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きゅんきゅんハニー  作者: 松宮星
番外編【勇者列伝】
230/236

三十三代目 フリフリ

 出会った瞬間、ワタシの胸はキュゥゥンとしめつけられた。


 体がカーッと熱くなって……

 心臓はバクバク。


 愛しい、愛しい、愛しい……


 もうそれしか考えられない。


 長い間別れていた恋人と再会したみたいに、甘酸っぱくて、息苦しくて……。


 涙が出そう……。



 白銀の衣装をまとったその人しか、もう目に入らなかった……。



* * * * * *



「正孝さん! 四人目が見つかったって? 三十三代目って本当か?」

 部屋に入って来たのは、ゴリラみたいな大男。

 見上げるような身長。服の上からでもわかる、がっちりとした逞しい体。精悍な顔。刈り上げた頭。


 ぜんぜんタイプじゃないのに。


 出会った瞬間、胸が高鳴った。


 その人も、ワタシから目をそらせないようだ。熱っぽい目で真っ直ぐに、ワタシを見てる……。



「直矢くん、落ち着いて」

 この(マンション)の主――櫻井さんが、大男をなだめる。

 街中でこの人と出会ったから、ワタシは今ここに居る。お互い(もと)勇者だと……同朋だと気づきあえたから……。

「彼女が四人目の仲間だ。三十三代目だった一之瀬奈々さん」


「ハジメマシテ……」

 お辞儀した。


 でも、何かこの人……

 怖い。

 今にも突進してきそう。


「コラ、筋肉バカ」

 遅れて部屋に入って来た女性が、大男をポカリと殴る。ショートボブですらりとした綺麗な女性(ヒト)だ。

「あなた、ただでさえ強面(こわおもて)なんだから。そんなおっかない顔で凄んじゃダメでしょ。こういう時こそスマイルよ、ス・マ・イ・ル」


「すまない……」

 大男が恐縮して、体を小さくする。


「けど、これだけは聞きたい……教えてくれ」

 その体はとても威圧的だけれども……


「あなたの賢者は?」

 その顔は、やけに真剣で……

 追いつめられた人のように青ざめていた。


「エリートコース、いや、片桐雪也でしたか?」


 カタギリ ユキヤ……?


 日本名?



「違います」

 かぶりを振った。

「コレットちゃ……コレットさまでした」


「片桐雪也じゃない?」

 大男が更に詰め寄って来る。

「引退したのか! いつ? あんた、三十三代目だったな? 前の賢者の事は、何か聞いてないか? 片桐雪也という人間について何か情報は……」


「直矢くん!」

「落ち着け、筋肉バカ!」


 大男は、二人に抱き止められても尚、ワタシに迫ろうとしていた。


 でも、さっきより怖くなかった。


 とても悲しそうで……今にも泣き出しそうに見えたから……。






「え〜 あらためて、自己紹介しようか。ここに集まったのは全員、勇者だった同朋(なかま)だ」

 櫻井さんが咳払いをする。

「僕は、櫻井正孝。もと七代目勇者だ。勇者世界へは、十年前、高二の時に行った」


「はじめまして。もと十六代目勇者、藤堂杏璃子(アリス)よ。よろしくね」

 ショートボブの女性が、にっこりと微笑みかけてくる。美人だワ……。女性の同朋(なかま)が増えて嬉しいわと、ウインクまでしてくる。

「あっちには、九年前、十六の時に行ったの。わたし、セーラー服勇者だったのよ。貰った能力は、絶対防御。戦闘力ゼロの、防御オンリーの勇者だったわ」


「先程はすみませんでした」

 大男が背筋を伸ばし、勢いよく頭を下げてくる。

「自分は片桐直矢。もと二十九代目。警察官です」


 警察官……なんか、すごく納得……。


「勇者名は『キンニク バカ』でした」


 は?


「あのね、一之瀬さん。勇者名って賢者が決めるんだ。賢者が勇者の書に記した名前がそのまんま正式名になってしまうわけで……」

 言いづらそうに、櫻井さんは口元を押さえた。

「……僕の勇者名は『ヤマダ ホーリーナイト』だった」


「そうなんですかー ワタシ、『フリフリ』でした〜」


「へ? 『フリフリ』?」

 なに、それって感じに櫻井さんが目を丸める。


「ピンクのフリルエプロンつけたまま、勇者世界(あっち)に行っちゃってー 『フリフリ』があだ名みたいになっちゃってー それでー」


「ああ、そうなの。それで、『フリフリ』。そっか……」


 ?


 櫻井さん、笑顔だワ。


「いや、まあ、その……。アリス君とは高校で、直矢くんとは大学時代に知り合ったんだ。同朋の発見は実に七年ぶり……。あなたに出会えて僕らはとても嬉しいんですよ、一之瀬さん」

 キラッと歯を輝かせてのスマイル。

 本当、この人、ハンサムだワ……。



「自分は七年前にあちらへ行きました。自分よりも前に、兄貴も勇者になっています」

 深く息を吐き、大男は言葉を続けた。

「二十八代目、片桐雪也。勇者名は『エリートコース』。賢者を継いで、勇者世界(あっち)に残留した変人です。自分は兄の消息が知りたい……。賢者コレットの前任者のこと、何かご存じではありませんか?」


 ゴリラみたいな大男――片桐直矢さんが、弱々しく笑う。


「こちらと勇者世界(むこう)では、時間の流れ方が違う。自分にとっては別れてから七年ですが、兄貴の方では何十年いや何百年も昔の話になってるかもしれない。不老不死の賢者を勇退したのなら……或は、もう亡くなっているかも……。覚悟はできています。何でもいい。知っていたら、教えてください。お願いします」



* * * * * *



 ワタシが神さまからもらった力は、『共有幻想』。

 幻術の一種ヨ。

 でも、ふつーの幻術とは違って〜

 幻を作りだすのは、ワタシではなく。ワタシに選ばれた人間。その人の記憶や思いから、ワタシは幻想空間をつくりだすだけ。どんな幻想ができるかは、ワタシが選んだ人次第。ワタシは、なぁんにも介入できない。

 で。その幻が現実になっちゃうわけ。幻影の中の剣で切られれば、ほんとうにケガしちゃう。高いところから落ちれば、グシャってなる。打ち所が悪かったら、死んじゃうワ。

 そんな幻影を何人に見せるかとかー 幻影をただ観るだけなのかー 登場人物となって幻影に関わっていくかはー ワタシが決められるの。



 だから。

 ピンチの時に。

 敵を『共有幻想』の中に閉じ込めて、その場から逃げるコトもできちゃう。



 勇者世界でー ワタシが初めて降り立った場所()は、王都の下町。

 それも、裏の裏の方。

 治安が悪い場所(トコ)

 通りは狭くって。落書きやゴミだらけ。こわそうな若者たちがたむろしてたの。


 そんな場所(トコ)に、フリフリエプロンの女が突然現れたわけだからー

 こっちにも非はあったんだけど。


 彼等がナイフをちらつかせて近寄って来た時には、もう怖くって怖くって。


『共有幻想』で彼等を幻影の中に閉じ込めて、ソッコーで逃げたわけ。


 でも、土地勘ないからー

 どんどんヤバイ方へヤバイ方へ、行っちゃったのよネー


 見るからにゴロツキって奴等に囲まれちゃって。



 そこに駆けつけてくれたのが、コレットちゃ……コレットさまなの。


 賢者の証の白銀のローブをまとってたけど。

 見た目は十五、六のフツーの女の子だったワ。

 目がすごく大きくて。琥珀色(アンバー)だった。

 頬が真っ赤で、走って来たのか息があがってて。

 ライトブラウンの長髪は、首の後ろで一つに束ねてた。でもね、おざなりな、ひどい結び方をしてて、リボンに髪の毛が絡まってた。髪は、くしゃくしゃだったワ。


 あの頃のコレットちゃんは、お洒落に興味がなかったから。


 身だしなみのコト、ぜんぜん気にしてなかったのよネー


 コレットちゃんに出会った瞬間、ワタシの胸がキュゥゥンとしちゃって。


 体がカーッと熱くなって……

 心臓はバクバク。


 好き好き好き……で、頭がいっぱいになっちゃったの。


 あの頃は、勇者と勇者は惹かれ合うって知らなかったから。

 ユリに目覚めたのかと、あせっちゃった。



 コレットちゃん、ワタシにぶつかって来て、

「バカ! 死にたいんですか!」って怒鳴って。

 移動魔法で、賢者の館まで運んでくれたの。


「ぜったい犬死にしちゃダメです!」ってコレットちゃん、プンプンだったワ。真っ赤な顔で、怯えたように震えていた……。


「魔王を倒すまで、あなたは死んじゃダメです! ぜったいに死なせません! この世界を守るって、あたし、誓ったんですから!」



……誰に誓ったかは、最後まで教えてくれなかった。


 コレットちゃんは、ほとんど自分のコトは言わなかったから。



 コレットちゃんが何代目勇者だったかは……ごめんなさい、知らないの。

 知ってるのは……

 十五で勇者になって、そのまま賢者を継いだコトぐらい?


 でも、ワタシの前に、少なくとも一人は指導してたはずヨ。

『前の勇者の時は』って比較されたコトあったし……

 あの子、ワタシによく言ったもの、『あたし、あなたよりずっと年上なんです。子供扱いしないでください』って。

……三十代目か三十一代目勇者だったんじゃないかな。



 前賢者のコトは、知らないワ。

 聞いてない。


 でも、コレットちゃん……自分を導いてくれた賢者をすっごく尊敬してた。


 あの子、劣等感がひどくて……『あたしなんて、まだまだです』が口癖だった。


 それって、自分を導いてくれた賢者に比べ、自分はまだまだ至らない……そういう意味でしょ?



 コレットちゃんは、寂しがり屋で、意地っぱりで、笑顔をつくるのが下手くそだった。


 最初は、すっごくトゲトゲしてたんだけど……


 少しづつ少しづつ、仲良しになっていって……


 あの野暮(ヤボ)ったい髪も、ワタシが可愛くしてあげたの。おでこは出したり隠したり。ポニーテール、ツインテール、おだんご、編み込み、三つ編み、アップ。毎日ヘアアレンジしてあげたワ。



 ワタシね、十人の仲間と魔王に挑んだのヨ。

 それもこれも。

 コレットちゃんが、心配性だから。

 ワタシを死なせたくないって言って……

 あの子、勝手に、ワタシの仲間をどんどん増やしてったの。

 戦士が二人に、僧侶が二人、格闘家と暗黒騎士と獣使いがいて、巫女に盗賊に魔術師……

 最終的には、ワタシとコレットちゃんも入れて、十二人になったワ。

 全員女。

 美女PT(パーティ)だったんだから。

 すごいでしょ?


 仲良しだったのヨ、ワタシたち。


 お揃いのアクセサリーもつくったの。

 ほら、これ。

 ルビーのイヤリング。

 キレイでしょ?


 ワタシたち、魂の姉妹だった……。


 お別れの時は、辛かったワ。

 大泣きしちゃった。


 こっちに還って来たかったけど……

 みんなとも別れたくなくって……。


 特にね。

 コレットちゃんを一人にしたくなくって。


 せっかくいい顔で笑うようになったのに。


 ワタシが居なくなったら、また昔みたいになっちゃうんじゃないかなあって……


 心配で……


 心配で……



 でも、あの子、ずいぶん変わったし……


 強い子だから……


 きっと、三十四代目勇者を……笑顔で……



* * * * * *



 ふわりと。


 優しい腕が、ワタシを抱きしめる。


 そっと、ハンカチを差し出してくれる……。


 ワタシを抱きしめてるのは、藤堂さんだ。しっかり支えてくれるその腕は、獣使いのライラを思い出させる……。

「こっちに還って来たの、いつ?」


 じんわりと、涙が浮かんできた。


「半月前……」


「そっかそっか。それじゃあ、勇者世界(あっち)が恋してくてたまらない時期よね……」

 藤堂さんの声は、とてもあたたかい……。

「心の中にたまってるもの、ぜんぶ吐き出す? 他の誰にも……家族にも話せない事でも、同朋になら話せるでしょ? ぜんぶ聞いてあげるわよ、同じ世界で勇者だったこのわたしがね」



 藤堂さんの腕の中で、泣いて、泣いて、泣いた。


 コレットちゃんやいっしょに魔王と戦った仲間たちが、恋しくて恋しくてたまらなかったけれど……


 藤堂さんが側に居てくれることが、すごく嬉しくて。

 ワタシが泣き止むまで見守ってくれた櫻井さんや片桐直矢さんの存在が、とても有難くって。



 ほんのちょっとだけ明るい気分になれた……。






「え〜〜〜〜〜! 人妻ぁ? 一之瀬さん、結婚してるの!」

 やけに大きな声をあげて、櫻井さんがのけぞる。

「残念……けっこうタイプだったのに」


「そーですよね、先輩のタイプですよねー 一之瀬さん、胸おっきいもの」

 藤堂さんが、櫻井さんをポカリと殴る。

「このロリ巨乳好きが」


 ロリって……

「ロリじゃないですヨ。ワタシ、二十四です〜」


「あ? そうなの? じゃ、いっこ下?」

 藤堂さんがペロッと舌を出す。

「ごめんごめん。わたしも高校生ぐらいかと思ってたわ」

 向こうでも、コレットちゃんと二人で、子供に間違えられまくりだった……。童顔だから……。


 藤堂さんがウィンクしてくる。

「奈々って呼んでいい? わたしも、アリスでいいから」




「一之瀬さん、今日はすみませんでした。また何か思い出されたら、教えていただけますか?」

 警察官の(もと)勇者が、真面目くさった顔でワタシに頭を下げる。


 もちろんです、と笑顔で応えた。



 帰って来て半月。


 普通の生活に戻るまで、まだまだたいへんだけど……


 こっちでもどうにかやっていけるような……そんな気がした。

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