十六代目 アリス
「還っちまったな……」
フェリックスと共に、彼女の消えた荒野を見つめた。
そこには、ほんの少し前まで彼女が居た。
魔王と対峙する、少女……
『絶対防御』の勇者アリスが……。
変な小娘だった。
重い物は持てず、足は遅く、体力も無かった。
少し体を動かせば、すぐに息があがった。半日の山歩きにすら耐えられず、フェリックスに泣きついていた。何もない所でもよく転んだ。
戦えぬ『勇者』など……本来ありえん。
普通の人間であれば、不甲斐ない己が身を恥じるだろう。
しかし、彼女は開き直った。
『しょーがないでしょ、わたし文系なんだから!』と自分を正当化して。
剣すらまともに握れぬくせに。
騒動に自らつっこんでゆくような少女だった。
負けん気が強く、意地っ張り。
やりたくない事は、他人に押しつけるか、屁理屈をこねてやり過ごそうとばかりした。口だけは達者だった……。
口癖は『文句なら神様に言ってちょうだい』『わたしが勇者よ』『気に入らないわね』『ダメよ。わたしの正義に反するわ』……。
『この世界の常識なんか知らないわよ』
『わたし、この世界の人間じゃないもの』
『わたしは、わたしの正義を貫くだけよ』
たった一人で見知らぬ異世界に来て『勇者』となったというのに……
怯えることなく。
己が不運を嘆く事もなく。
アリスは、いつも勝気だった。
決して自分を曲げなかった。
なぜ、彼女はああも真っ直ぐでいられたのか……?
《汝が在ることが仲間を護るであろう。あらゆる刃は汝に触れること能わず。汝の正義を阻むものは無しと、心得るべし》
アリスの『絶対防御』の力は、確かに凄まじい。
あらゆる敵意・攻撃から、彼女と彼女に触れられている者は護られる。
誰にも傷つけられない。殺される事はない。
けれども……
アリス本人が死を選んだら……『絶対防御』は発動しない。
彼女がうっかり階段から足を踏み外しても、同じだ。『絶対防御』は発動せず、打ち所が悪ければ普通の人間のようにアリスは死んでしまう。
『絶対防御』は、彼女を不死身にする力ではない。
第三者からアリスを護る……それだけの力なのだ。
それに気づいた私は、フェリックスやソフィーと共に彼女を守り続けた。
そのへんでうっかり死にかねない、赤子より目が離せない、子供のような彼女だけを見つめ続けた……。
彼女が私の前に現れた日からずっと……彼女が私の全てだったのだ。
『絶対防御』持ちの彼女がいたからこそ、範囲即死魔法をふりまく十六代目魔王に我々は立ち向かえたのだ。
背負子でアリスを背負ったフェリックスが、魔法剣と盾で魔王を足止めしつつ、隙を見て守護結界を切り裂く。
そこに、私の指揮する魔術師団が攻撃の雨を降らせた。
アリスと彼女を背負うフェリックスには、あらゆる攻撃が無害となる。
私達の魔法は、魔王にだけ損傷を与えていった。
しかし、魔王の魔法防御力は尋常ではなかった。
僧侶・尼僧の方々の回復魔法、魔法道具、魔法威力増幅の魔法陣、魔法陣形……さまざまなものに頼っても、時間と共に戦況は思わしくなくなっていった。
魔力枯れを起こし、一人また一人と魔術師達は脱落していったのだ……
『大丈夫! いけるわ! 魔王の残りHPは、たったの三千万とんで四十五よ!』
アリスだけが強気だった。『仲間や敵の、攻撃値と残りHPを見る』勇者眼で、魔王の残りHPを見ては、彼女は私達を励まし続けた。
『ここまで来たら、ぜったい負けないから!』
『いざとなったら、わたしがどうにかする!』
『わたしを信じて!』
『全力でいっちゃって!』
『あんたたちの本気を見せて!』
『男でしょ! あきらめないで!』
剣すら握れぬくせに……
あの局面で、なぜ勝利を疑わなかったのか……。
不思議な小娘だった……。
尼僧のソフィーに回復魔法をかけられてるフェリックスは、らしくないほどおとなしい。
アリスを背負い、剣をふるい、盾で魔王を弾き、走りきったのだ。流石の体力馬鹿も、バテたようだ。
かくいう私も、消耗しきっていた。
杖に体重をあずけ、座り込んでいる。
魔王を倒す為に、全ての魔力・体力を注ぎ込んだのだ。もはや小石一つ持ち上げられない。
今はもう……
何も気力が湧かない。
気を失った魔術師団も、僧侶様方に任せっきりだ。
今はただ……
彼女が消えた地を見つめるだけだ。
「あ〜あ。フラレちまった……」
フェリックスが舌を打つ。
この男はアリスをよく口説いていた、『魔王を倒しても、還るなよ。こっちで、俺と結婚しようぜ』と。それに対しアリスは『冗談は顔だけにしてよね』とまったく相手にしてなかったが……。
「最後まで、ほだされてくれなかったなあ、アリスちゃん……」
「仕方ありませんわ。アリスは異世界人ですもの。使命を全うしてお家に帰れた事を、祝福してあげましょう」
そう慰めるソフィーも寂しそうだ。
無理もない。アリスと知り合ってから、片時も彼女のそばを離れなかったのだ。魔王の信奉者達から彼女を護る為、寝るのも食事するのも、風呂ですらも一緒だったのだ。
喪失感は、ソフィーが一番強いのではなかろうか。
魔王討伐後、歴代の異世界出身勇者はアリスを含め、全員この世界から消えている。
皆、もとの世界に帰還したのだろう。
「何度も言うたはずじゃ、フェリックス」
抑揚の無い声が響く。
「アリスがこの世界に残留したとて、『賢者』を継ぐだけ。おまえの妻になる未来などありえぬと」
賢者モーリスは、いつも通りだ。
ピクリとも表情を変えない。
長い時を生きてこられたこの方は、人間らしい感情に欠けておられる。
愛弟子との別れにも、何の感慨も覚えていらっしゃらないようだ。
「また、我もアリスが我が跡を継ぐ事を望まぬ。あのような浮ついたおなごに、賢者は務まらぬ。……還って良かったのだ」
白銀のローブをまとった賢者が、フッと姿を消す。
移動魔法だ。
王宮へ報告に行ったのか、呪われた北を包囲していた部隊のもとへ状況説明に向かったのか、はたまた新勇者の気配を感じて迎えに行ったのか……行先はわからん。魔力切れの今の私では、賢者を追えない。
「ミッシェルが口説いてくれてりゃなあ」
フェリックスは、何故か私を睨んでいる。
「あんたの求愛になら、アリスちゃんも心を動かしただろうに……」
何を言ってるのだ、この馬鹿は。
「あの子、あんたに惚れてたんだよ。いつも、すっげぇ熱い目であんたを見てた。……さすがに、気づいてただろ? ちょ〜カタブツの宮廷魔術師様でも、さ」
知らんな、と答えておいた。
王命によって、彼女の仲間となった。
彼女を護衛したのも、
衣食住の手配をしたのも、
彼女の愚痴につきあったのも、
協力者を探したのも、
魔王戦の作戦を考えたのも、
欠陥だらけの『絶対防御』の秘密を隠させたのも……
アリスを想ってではない。
全て、国への忠義の為だ。
しかし……
戦闘中、フェリックスの背のアリスと何度か目が合った。
勝利を信じる、彼女の勝気な瞳……
まっすぐに私を見つめる黒曜石のような……
煌めく瞳が、心に焼き付いている……。
私は……
生涯、あの瞳を忘れる事はないだろう。
フェリックスとソフィーと、荒野を――『呪われた北』を見つめた。
魔王誕生と共に、魔王城が出現する。
歴代魔王の城は、全て同じ位置に同じ形で現れた。
十六代目魔王の城も、ここ『呪われた北』に現れ……
魔王を倒して、十六代目勇者は消え、魔王城も跡形もなく消え去ったのだった。
「……変な小娘だった」
口から漏れた言葉に、何故かフェリックスは頷いた。
「だよな。あんなすげぇ子、二人といねえよ」
「ええ。アリスは、わたくしたちの大切な方。わたくしにとっては、たった一人の勇者ですわ」
ソフィーが穏やかに微笑んだ。
十七代目勇者が現れ、王命によりその仲間となったとしても……
『私の勇者』と心から思える相手は、アリスだけかもしれない。
……そんな予感がした。
* * * * * *
奈々ならわかってくれるわよね……わたしの気持ち。
わたし、勇者だった時のこと、忘れられないの。
わたしの仲間――フェリックスとミッシェルのこと、まえに話したわよね?
この二人がね……ほんと〜にステキだったの。
二人を想うと、今でも胸がときめくわ……。
フェリックスは、ムキムキマッチョな戦士で! 酒と女を愛する、ちょ〜ナンパな性格! なのに、いざって時は頼もしかったわ。剣一つでどんな敵でも蹴散らしちゃうし、女子供に優しいし。
対するミッシェルは、ちょ〜真面目な宮廷魔術師! でもって、ストレートロングの優男なのよ! 髪が長かったのは、髪に魔力をためる為らしいんだけど。それが似合う美形だったわけ。
そんな二人といっしょに、魔王を倒す旅をしたのよ……。
あ、尼僧のソフィーも居たけど。
わたしとソフィーは、オマケ枠みたいなもので。
夢のように幸せだったわ……。
頭が良くて神経質で小言屋なミッシェルと、ずぼらで大ざっぱなフェリックス。
その二人が絡むのよ、軽口をたたくのよ、嫌味をぶつけあったり、喧嘩したりしたの。
……眼福だったわ。
だってだってだって!
わたしを間にはさんでイチャイチャするんだもん!
ミッシェルがね、フェリックスがわたしを甘やかしすぎると怒るとね、『妬いてるのかよ』とフェリックスったらニヤニヤ笑うわ、小突くわ……
もうもうもうご馳走さまって感じ!
戦闘も阿吽の呼吸なのよ!
目と目で通じ合ってるのよ!
たま〜に『やるねえ』とか『流石だな……』とかポロッとお互いを褒めたりしたけど。
たいていは、ミッシェルはツンツン。フェリックスはニヤニヤ。
ま、それも、フェリックスがミッシェルに見せつけるようにわたしやソフィーを口説いたからなわけで……
わたし、気づいてたの。フェリックスが誰かを口説く時って、必ずミッシェルの側でなの。
わたしとソフィーを出汁にしてたのよ!
もうもうもう! フェリックスったら♪
でね、でね!
フェリックスったら、ミッシェルを呼び止める時、髪の毛をグイーッと引っ張るのよ。
ミッシェルがいくらやめろって言っても聞かないの。俺のもんだから触らせろよって感じにね、こうグィィッと……。
あぁぁぁ……
フェリックス×ミッシェルでも、ミッシェル×フェリックスでも。
どっちもイイ。
どっちもイケル。
美味しかった……。
勇者世界でね、二人の熱い触れ合いをいっぱいメモしたわ。
会話やシチュも記録した。
旅の間に、二人の美しい物語もね、いっぱい創作したのよ。
なのに……
なのに、なのに!
わたしったら!
よりにもよって!
それ全部、『勇者の書』に書いちゃったのよ!
書いたもの、あっちに置いてきちゃったのぉぉぉ!
あぁぁぁ……
絶対、モーリスに読まれた……。
後輩勇者たちにも……。
遺品としてBL同人誌を発見された気分……。
……一生の不覚。
でも、まあ。
勇者世界は勇者世界、こっちはこっちだものね。こっちで、腐った趣味がバレたわけじゃなし!
悔やんでもしょうがない事は、すっかり忘れたわ!
でね!
わたしのサイトのここから!
パスワードを入力すると、『アリスの花園』のページにいけるから!
奈々には、パスワード教えてあげる♪
他の人には、ぜったい内緒よ。
ぜーったいよ。
BL小説目次には二次のもあるんだけど、隠しメニューもあるのよ。
《夢の囁き》から……
そう、ここをクリックすると、『櫻井先輩シリーズ』&『フェリックスとミッシェル』一覧へジャンプ!
先輩の話は、このまえちょっと見せたわよね。直矢くんとのヤツ。他にも、リヒトたち精霊、賢者のモーリス、七代目魔王とのCPがあって……もちろん、先輩の総愛されよ。
フェリックスたちの方は、リバCP♪
話ごとに作風をガラッと変えてあるの。
笑いあり涙あり! もじもじハムハムの純愛ものから、鬼畜ドS攻めものまであるから!
奈々なら、ぜったいキュンキュンできるわよ!
記憶をもとに書き上げたの。
真実2割、妄想が8割よ。
わたしが脇役で出てる話もあるから。
読んでみて!




