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きゅんきゅんハニー  作者: 松宮星
番外編【勇者列伝】
227/236

七代目   ヤマダ ホーリーナイト

【これまでの QnQnハニー】も更新しております。

 長い渡り廊下で、僕と彼女は見つめ合った。


 周囲の学生たちの喧騒は完全に消えた。

 僕の目や耳は、彼女だけに囚われている。


 すらりとした美少女だ。

 セーラー服がよく似合う、ちょっとキツメの顔立ち。ショートボブで猫目。右目の下のほくろもチャームポイントだ。

 これで、あと十センチ以上背が低くて、もう少し……いや、もうかなり(・・・)胸にボリュームがあったら、わりとタイプなんだが。……実に惜しい。


 上履きのつま先は赤色のゴム……一年生だ。


 美少女も僕を見つめる。


 僕だけを見つめる……


 この気持ちは何と言えばいいのか。


 狂おしいほどに、彼女が愛しい。

 そして、心が満たされる。悦びに、全身が震えている……。


 この思いは、賢者モーリスに抱いた感情とまったく同じだ。ということは、彼女は……


「あなたは……」


「キミは……」


 二人の声が重なった。


「もしかして、勇者……?」



 勇者や勇者であった者は、深い絆で結ばれている。

 出逢えば、互いの魂が惹かれ合う。『長い間引き裂かれていた半身と再会できた喜び』にも例えられる。互いに、離れがたく愛しく思えるのだ。


 僕らは互いが勇者である事を確信していた。



 昨年、僕は異世界へ召喚された。


 勇者と魔王の戦いが繰り返されている世界で……


「僕は七代目勇者だった」

「わたしは十六代目でした」


「へー 十六代目……て、あれ? 本当に? 僕があっちに行ったの、去年だぜ。もう後輩が九人も居るの? 勇者誕生から魔王戦まで最短でも百日だぞ。計算合わなくないか?」

 九人×百日で…… うん、二年半は経ってなきゃおかしい。

「そう言われても……。わたし、本当に十六代目だったんです」


 う〜ん?

 勇者世界とこっちでは、時間の流れ方が違うのか? あっちの方が時の流れが早い?


「賢者はモーリス?」

「ええ。モーリスさまでした」

 一緒か。でも、あいつ、不老不死だしなあ。


 むぅぅ?


………


 あ!


「ごめん。名乗ってなかったね。3−Aの櫻井正孝だ。どうぞよろしく」

 右手をさしだした。

「1年D組の藤堂杏璃子(アリス)です……よろしくお願いします」

 やわらかな手が、僕の手を握り返してくる。

 剣なんか持ったこともなさそうな、華奢な手だ。この手で、魔王戦を生き抜いてきたのか……。


 アリス君か……。


「可愛い名前だね。キミにぴったりだ」と微笑みかけたら……

 背後から背中をどつかれた。

《まったくあなたという人は……口説かなければしゃべれないのですか?》

 振りむくと、顔をしかめた美少女に睨まれていた。小柄だが出る所はしっかり出ていて、セーラー服に黒髪三つ編み……実にイイ! いつもの金髪もいいが、黒髪もステキだ! 幼さを漂わせる美貌をいっそう魅力的にしている!


「セーラー服も似合うじゃないか、リヒト。今度、夏服も着てくれよ。どっちも好きだが、どちらかといえば冬服より、」

 それ以上は言えなかった。三つ編み美少女に、また小突かれたのだ。もちろん軽〜くだが。

 精霊(しもべ)は主人に危害を加えられない。が、ノリツッコミはOKらしく、僕は精霊達によくポコポコ叩かれる……。

《話が脱線しています。彼女と会話してください》


 リヒトが右手をかざすと、僕らの周囲がキラキラとまばゆく輝き出した。


「え? なに、これ?」


「大丈夫。この光は、リヒトの魔力だ」


「え?」


 右の親指で、三つ編み美少女を指さした。

「こいつは、僕の精霊(しもべ)だ。キミと内緒話がしたかったので、光結界を張らせたのさ」


《初めてお目にかかります。櫻井正孝の光精霊、リヒトと申します》

 優美に頭を下げるリヒトに、アリス君も「はじめまして」と挨拶を返す。

《櫻井正孝の命令により、光結界を張りました。光結界の内にいる限り、会話は外に漏れません。心置きなく、正孝との邂逅をお楽しみください》

 それだけ言って、リヒトの姿がスーッと消える。居なくなったわけじゃあない。光に溶け込んだのだ。僕と彼女の会話を聞く気まんまんだな、こいつ……。


「精霊……」

 リヒトが消えた宙を、アリス君は不思議そうに見つめていた。

「櫻井先輩は、精霊をもらったんですか?」

「ん?」

「わたし、『絶対防御』の力をもらいました。先輩は、精霊だったんですか?」


「あ〜 いや、そうじゃないよ。精霊支配者になったのは、七代目勇者を終えてからなんだ。僕が神様からいただいたのは、別の力だよ」


 勇者になる前に、僕は神様から超能力?特殊技能?イカサマ技? う〜ん、まあ、ともかく凄い力を貰った。

 あの世界の神様曰く《『名は体を表す』能力》。


《汝の名のもとに、正義を示せ。愛と勇気と慈悲の心をもって、疾風のごとき光たれ》


 ようするに、あの当時の本名……山田神聖騎士(ホーリーナイト)の『神聖騎士』にふさわしい力――意志の力でつくりだす剣――精神剣(サイコ・ソード)を貰ったのだ。

 精神剣(サイコ・ソード)は僕の意のままに、太さも長さも変わった。槍にも鞭にもなり、時には盾としても使えた。 

 勇者となってからは、賢者モーリスや仲間たちと共に各地で修行を積み、『一撃必殺』系の技を数多く身につけたが……魔王にとどめをさしたのは使い慣れた精神剣(サイコ・ソード)だった。



「リヒトたち精霊とは、精霊界で出会ったんだ」


 頭を掻いた。

「勇者世界へ行った後、僕はいわゆる転移(トリップ)体質って奴になっちまってね」

 それもこれも……最速で魔王を倒してしまったからなんだが……。

 魔王戦をご覧になられていた方々――よその世界の神々から深く愛でられてしまった僕は……

「あっちこっちに『勇者』として召喚されてるんだ」

 冷蔵庫を開けた途端に転移、風呂場やトイレでもお構いなく転移……こっちに還ってからも、落ち着かない日々を送っている。


「転移体質?」

 アリス君の顔から、サーッと血の気が引く。

「それって、わたしもですか?」

「?」

「わたしも櫻井先輩みたいになってしまうんですか? 先週、還って来たばかりなのに、学校だっておとといからやっと……」

 アリス君が悔しそうに顔をしかめる。

 けれども、その目には、じんわりと涙が浮かんでいて……。


 キラキラと輝いている……。


 ものすごく……可愛い。


 胸がドキドキする……。


「そうか……復学したのは、おとといなのか」

 還りたてのホヤホヤだ!

「今日までキミに会えなかったのも、無理ないね」


 あっちで百日……

 夏休みを挟んだとはいえ、二カ月近く休んでしまったんだ。

 補習に次ぐ補習、テストに次ぐテスト。それでも進級できるかどうかギリギリのラインだ。

 これ以上休んだら、留年必至。……今は異世界と関わっている暇なんかないよな。思い出したくない……僕も去年、ひどい目にあったんだ……。


「大丈夫だよ、アリス君」

 そっと肩を抱いて、彼女を引き寄せた。

「もう、キミをよそへは行かせない」

「でも、」

「大丈夫だ。今日からは、僕がキミを護るから」

……シャンプーの香りだ。精霊達とも勇者世界の女の子たちとも違う……彼女の清潔感あふれる匂いに僕は包まれた……。

「キミが意に添わぬ転移に巻き込まれかけたら、必ず助ける。誰かが行かなきゃいけないのなら、代わりに僕が異世界へ行くよ。もう二度と、キミを悲しませたりしない」


 しばらく口を閉ざしてたら、アリス君がクスッと笑った。

「……それ、本気で言ってます?」

「僕はいつでも本気だよ」


「先輩、カッコイイ」


「当然だよ。僕は勇者だからね」


 腕の中で少女が、クスクスと笑う。


「でも、気前良すぎです」


 髪の毛が、顎の辺りにこすれてこそばゆい……うん、やっぱ、あと十センチは低い方がいいな……。


「ダメですよ。初めて会った女の子に、そんな優しいこと言っちゃ……」


「出会ったのがいつかは関係ないさ」

 後輩勇者に微笑みかけた。

「僕らは、同じ世界へ赴き、魔王を倒した勇者……。同じ秘密を抱える者だ。ある意味親兄弟よりも近しい存在じゃないか? 僕はキミに出会えて最高に嬉しいんだ」

「わたしも……」

 アリス君が顔をあげる。

「櫻井先輩に会えて……う、嬉しいです……」

 うん、可愛い。勝気そうな子がふとした時に見せる、気弱な表情っていいよなー キュンキュンものだよな。


「アリス君、キミは僕の半身……魂の伴侶だ。一生大切にする。僕は誓う。全身全霊をかけてキミを護り続けるよ」



* * * * * *



「とか、言ってたのよねえ……」

 高校時代のアルバムを閉じた。


「嘘つき」


 写真の中の、学ランのリーダーと、セーラー服のわたし。

 二人は、屈託のない顔で笑っていた。


 この世界に違和感を覚えた時、勇者世界が恋しくて切なくなった時……分かり合えたのはリーダーとわたしだけ。

 手をとりあって、悩み、喜び、共に困難に立ち向かった。

 この世界でわたしたちは、二人きりの同朋だったのだ。



 あれから十五年。

 腐れ縁は続いている。

 リーダーは今も、わたしを大事にしてくれている。


 でも、今のわたしはもう……リーダーのオンリーワンじゃない。

 直矢くん、奈々、名倉くん、真澄、西園寺さん、ユウ……。勇者世界(あっち)で勇者だった同朋を六人見つけたし……それに……


 テーブルに置かれた葉書、『結婚しました』の文字が、ため息を誘う。

 可愛らしい花嫁さんは、リーダーの腕の中にすっぽりとおさまってしまうほど小柄で……童顔でトランジスターグラマー。その上、高校を卒業したばかりの十八歳。



「ったく。ロリ巨乳好きが……」

 三十三のオヤジが、十八歳美少女にベタ惚れとかもう……

 あんたが精神剣(サイコ・ソード)振り回していた時、彼女、まだ二歳じゃないの……

 本当、信じらんない……


 リーダーへの想いは、『恋』でも『愛』でもなかった……と思う。


 その場の雰囲気に流されやすい、どーしようもないナンパ男。考え無し。無神経。大ざっぱ。ロリ巨乳好きの変態。性癖を隠そうともしないバカ。


 あいつにはロマンを感じない。


 チャンスはあったのよ。それこそ、何度もね。

 だけど、『魂の兄妹』以上の関係に進む気になれなかったんだもの。しょうがないじゃない。



 まあ……

 結婚しようが関係ないわ。


 これからも、一緒よ。


 あいつは愛すべきバカだから……

 陰から見守り続けるわ。


 直矢くん、名倉くん、西園寺さん、ユウ、それにリヒトたち精霊と絡ませて、あれこれ妄想するのはわたしの自由よね!

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