七代目 ヤマダ ホーリーナイト
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長い渡り廊下で、僕と彼女は見つめ合った。
周囲の学生たちの喧騒は完全に消えた。
僕の目や耳は、彼女だけに囚われている。
すらりとした美少女だ。
セーラー服がよく似合う、ちょっとキツメの顔立ち。ショートボブで猫目。右目の下のほくろもチャームポイントだ。
これで、あと十センチ以上背が低くて、もう少し……いや、もうかなり胸にボリュームがあったら、わりとタイプなんだが。……実に惜しい。
上履きのつま先は赤色のゴム……一年生だ。
美少女も僕を見つめる。
僕だけを見つめる……
この気持ちは何と言えばいいのか。
狂おしいほどに、彼女が愛しい。
そして、心が満たされる。悦びに、全身が震えている……。
この思いは、賢者モーリスに抱いた感情とまったく同じだ。ということは、彼女は……
「あなたは……」
「キミは……」
二人の声が重なった。
「もしかして、勇者……?」
勇者や勇者であった者は、深い絆で結ばれている。
出逢えば、互いの魂が惹かれ合う。『長い間引き裂かれていた半身と再会できた喜び』にも例えられる。互いに、離れがたく愛しく思えるのだ。
僕らは互いが勇者である事を確信していた。
昨年、僕は異世界へ召喚された。
勇者と魔王の戦いが繰り返されている世界で……
「僕は七代目勇者だった」
「わたしは十六代目でした」
「へー 十六代目……て、あれ? 本当に? 僕があっちに行ったの、去年だぜ。もう後輩が九人も居るの? 勇者誕生から魔王戦まで最短でも百日だぞ。計算合わなくないか?」
九人×百日で…… うん、二年半は経ってなきゃおかしい。
「そう言われても……。わたし、本当に十六代目だったんです」
う〜ん?
勇者世界とこっちでは、時間の流れ方が違うのか? あっちの方が時の流れが早い?
「賢者はモーリス?」
「ええ。モーリスさまでした」
一緒か。でも、あいつ、不老不死だしなあ。
むぅぅ?
………
あ!
「ごめん。名乗ってなかったね。3−Aの櫻井正孝だ。どうぞよろしく」
右手をさしだした。
「1年D組の藤堂杏璃子です……よろしくお願いします」
やわらかな手が、僕の手を握り返してくる。
剣なんか持ったこともなさそうな、華奢な手だ。この手で、魔王戦を生き抜いてきたのか……。
アリス君か……。
「可愛い名前だね。キミにぴったりだ」と微笑みかけたら……
背後から背中をどつかれた。
《まったくあなたという人は……口説かなければしゃべれないのですか?》
振りむくと、顔をしかめた美少女に睨まれていた。小柄だが出る所はしっかり出ていて、セーラー服に黒髪三つ編み……実にイイ! いつもの金髪もいいが、黒髪もステキだ! 幼さを漂わせる美貌をいっそう魅力的にしている!
「セーラー服も似合うじゃないか、リヒト。今度、夏服も着てくれよ。どっちも好きだが、どちらかといえば冬服より、」
それ以上は言えなかった。三つ編み美少女に、また小突かれたのだ。もちろん軽〜くだが。
精霊は主人に危害を加えられない。が、ノリツッコミはOKらしく、僕は精霊達によくポコポコ叩かれる……。
《話が脱線しています。彼女と会話してください》
リヒトが右手をかざすと、僕らの周囲がキラキラとまばゆく輝き出した。
「え? なに、これ?」
「大丈夫。この光は、リヒトの魔力だ」
「え?」
右の親指で、三つ編み美少女を指さした。
「こいつは、僕の精霊だ。キミと内緒話がしたかったので、光結界を張らせたのさ」
《初めてお目にかかります。櫻井正孝の光精霊、リヒトと申します》
優美に頭を下げるリヒトに、アリス君も「はじめまして」と挨拶を返す。
《櫻井正孝の命令により、光結界を張りました。光結界の内にいる限り、会話は外に漏れません。心置きなく、正孝との邂逅をお楽しみください》
それだけ言って、リヒトの姿がスーッと消える。居なくなったわけじゃあない。光に溶け込んだのだ。僕と彼女の会話を聞く気まんまんだな、こいつ……。
「精霊……」
リヒトが消えた宙を、アリス君は不思議そうに見つめていた。
「櫻井先輩は、精霊をもらったんですか?」
「ん?」
「わたし、『絶対防御』の力をもらいました。先輩は、精霊だったんですか?」
「あ〜 いや、そうじゃないよ。精霊支配者になったのは、七代目勇者を終えてからなんだ。僕が神様からいただいたのは、別の力だよ」
勇者になる前に、僕は神様から超能力?特殊技能?イカサマ技? う〜ん、まあ、ともかく凄い力を貰った。
あの世界の神様曰く《『名は体を表す』能力》。
《汝の名のもとに、正義を示せ。愛と勇気と慈悲の心をもって、疾風のごとき光たれ》
ようするに、あの当時の本名……山田神聖騎士の『神聖騎士』にふさわしい力――意志の力でつくりだす剣――精神剣を貰ったのだ。
精神剣は僕の意のままに、太さも長さも変わった。槍にも鞭にもなり、時には盾としても使えた。
勇者となってからは、賢者モーリスや仲間たちと共に各地で修行を積み、『一撃必殺』系の技を数多く身につけたが……魔王にとどめをさしたのは使い慣れた精神剣だった。
「リヒトたち精霊とは、精霊界で出会ったんだ」
頭を掻いた。
「勇者世界へ行った後、僕はいわゆる転移体質って奴になっちまってね」
それもこれも……最速で魔王を倒してしまったからなんだが……。
魔王戦をご覧になられていた方々――よその世界の神々から深く愛でられてしまった僕は……
「あっちこっちに『勇者』として召喚されてるんだ」
冷蔵庫を開けた途端に転移、風呂場やトイレでもお構いなく転移……こっちに還ってからも、落ち着かない日々を送っている。
「転移体質?」
アリス君の顔から、サーッと血の気が引く。
「それって、わたしもですか?」
「?」
「わたしも櫻井先輩みたいになってしまうんですか? 先週、還って来たばかりなのに、学校だっておとといからやっと……」
アリス君が悔しそうに顔をしかめる。
けれども、その目には、じんわりと涙が浮かんでいて……。
キラキラと輝いている……。
ものすごく……可愛い。
胸がドキドキする……。
「そうか……復学したのは、おとといなのか」
還りたてのホヤホヤだ!
「今日までキミに会えなかったのも、無理ないね」
あっちで百日……
夏休みを挟んだとはいえ、二カ月近く休んでしまったんだ。
補習に次ぐ補習、テストに次ぐテスト。それでも進級できるかどうかギリギリのラインだ。
これ以上休んだら、留年必至。……今は異世界と関わっている暇なんかないよな。思い出したくない……僕も去年、ひどい目にあったんだ……。
「大丈夫だよ、アリス君」
そっと肩を抱いて、彼女を引き寄せた。
「もう、キミをよそへは行かせない」
「でも、」
「大丈夫だ。今日からは、僕がキミを護るから」
……シャンプーの香りだ。精霊達とも勇者世界の女の子たちとも違う……彼女の清潔感あふれる匂いに僕は包まれた……。
「キミが意に添わぬ転移に巻き込まれかけたら、必ず助ける。誰かが行かなきゃいけないのなら、代わりに僕が異世界へ行くよ。もう二度と、キミを悲しませたりしない」
しばらく口を閉ざしてたら、アリス君がクスッと笑った。
「……それ、本気で言ってます?」
「僕はいつでも本気だよ」
「先輩、カッコイイ」
「当然だよ。僕は勇者だからね」
腕の中で少女が、クスクスと笑う。
「でも、気前良すぎです」
髪の毛が、顎の辺りにこすれてこそばゆい……うん、やっぱ、あと十センチは低い方がいいな……。
「ダメですよ。初めて会った女の子に、そんな優しいこと言っちゃ……」
「出会ったのがいつかは関係ないさ」
後輩勇者に微笑みかけた。
「僕らは、同じ世界へ赴き、魔王を倒した勇者……。同じ秘密を抱える者だ。ある意味親兄弟よりも近しい存在じゃないか? 僕はキミに出会えて最高に嬉しいんだ」
「わたしも……」
アリス君が顔をあげる。
「櫻井先輩に会えて……う、嬉しいです……」
うん、可愛い。勝気そうな子がふとした時に見せる、気弱な表情っていいよなー キュンキュンものだよな。
「アリス君、キミは僕の半身……魂の伴侶だ。一生大切にする。僕は誓う。全身全霊をかけてキミを護り続けるよ」
* * * * * *
「とか、言ってたのよねえ……」
高校時代のアルバムを閉じた。
「嘘つき」
写真の中の、学ランのリーダーと、セーラー服のわたし。
二人は、屈託のない顔で笑っていた。
この世界に違和感を覚えた時、勇者世界が恋しくて切なくなった時……分かり合えたのはリーダーとわたしだけ。
手をとりあって、悩み、喜び、共に困難に立ち向かった。
この世界でわたしたちは、二人きりの同朋だったのだ。
あれから十五年。
腐れ縁は続いている。
リーダーは今も、わたしを大事にしてくれている。
でも、今のわたしはもう……リーダーのオンリーワンじゃない。
直矢くん、奈々、名倉くん、真澄、西園寺さん、ユウ……。勇者世界で勇者だった同朋を六人見つけたし……それに……
テーブルに置かれた葉書、『結婚しました』の文字が、ため息を誘う。
可愛らしい花嫁さんは、リーダーの腕の中にすっぽりとおさまってしまうほど小柄で……童顔でトランジスターグラマー。その上、高校を卒業したばかりの十八歳。
「ったく。ロリ巨乳好きが……」
三十三のオヤジが、十八歳美少女にベタ惚れとかもう……
あんたが精神剣振り回していた時、彼女、まだ二歳じゃないの……
本当、信じらんない……
リーダーへの想いは、『恋』でも『愛』でもなかった……と思う。
その場の雰囲気に流されやすい、どーしようもないナンパ男。考え無し。無神経。大ざっぱ。ロリ巨乳好きの変態。性癖を隠そうともしないバカ。
あいつにはロマンを感じない。
チャンスはあったのよ。それこそ、何度もね。
だけど、『魂の兄妹』以上の関係に進む気になれなかったんだもの。しょうがないじゃない。
まあ……
結婚しようが関係ないわ。
これからも、一緒よ。
あいつは愛すべきバカだから……
陰から見守り続けるわ。
直矢くん、名倉くん、西園寺さん、ユウ、それにリヒトたち精霊と絡ませて、あれこれ妄想するのはわたしの自由よね!




