おれの勇者さま
「よぉ、お嬢ちゃん。まばゆい星の輝きを感じるぜ。間もなく別の世界への扉が開きそうだな」
「ドロ様!」
思わず、扉へと駆け寄った。
部屋の中に居たクロードもアランもニコラも、アタシの後を追って来る。
「もう大丈夫なんですか?」
「お元気になられたのなら何よりです」
《アレッサンドロおじちゃん、もう痛いとこない?》
さすがドロ様。信奉者がいっぱい。
昨日のドロ様は、ひどくだるそうだった。光の檻は、生命あるものにとっては恵みの空間だけど、もと魔族のドロ様には逆効果。あの中に居たせいで、ドロ様はお加減が悪くなっていたのだ。
「ご心配をおかけしてしまったようで、すみませんね。この通り、光酔いは醒めましたよ」
ドロ様がニヤッと笑う。肉食獣のようなその笑みは、本当、かっこいい……
ドロ様の後ろから、ひょこっと顔を出したのはリュカだ。背には大きなリュックを背負っている。シャルル様から届けられた二週間分の食料を詰め込んだせいで、リュックはふくれあがってる。
部屋の中のメンバー――ジョゼ兄さま、クロード、アラン、ニコラ、ピアさん、アタシのクマさんズを見てリュカは「あれ? いるの、こんだけ?」と首を傾げる。「オレら、ビッケかと思ったのに」
「みなさま、お忙しいのだ」
盗賊少年の疑問に、アランが答える。
「テオドール様はまだ呪文の研究をしておいでだ。こちらにいらっしゃるのは早くても正午過ぎらしい」
「へー まだやってんの。今日中に異世界へ行けねーんじゃねーの?」
「大丈夫よ」
テオたち、がんばってるもの。
「シャルル様はルネ殿と、発明品の準備をなさっている」
「ふーん。セザールじーさんもその手伝い?」
「ああ。後、緊急調整だそうだ。ルネ殿の不在中に不具合が発生しないよう、細部チェックをするみたいだ」
「あ〜 発明家のおっさんも異世界行きだもんなー」
部屋の隅に荷物をよっこらせと降ろしてから、リュカが溜息をつく。
「てか、今回、ひっでぇメンバーだよな。暴れん坊と、アレな魔術師、発明家のおっさんと、露出狂……。オレが苦労すんの、目に見えてんじゃん」
「おい、盗賊の小僧。どういう意味だ?」
「アレって……アレってなに、リュカ君?」
「いい加減覚えろ。俺は露出狂ではない……災厄除けスタイルをしているだけだ」
アランの頬は、ほのかに赤くなっている。
つめ寄ってきた仲間たちを軽くいなし、リュカがアタシへと問いかける。
「何でこのメンバーなの?」
「わかんない」
ラルム、理由言ってなかったもん。
……どういう基準で選んだんだろ?
ドロ様とニコラが駄目なのは、もと悪魔と幽霊だから?
とはいえ、選ばれたメンバーが光のメンバーかといえばそうでもなく……
むぅぅ?
「ま、何でもいいけど。次も吹雪の世界とか、マジ勘弁な。あったかい所にしてくれよ」
「それ、アタシに言われても困る。どんな所に行くかは、できる呪文次第だもん。ジパング界の裏世界だから、たぶん、それほど寒くはないと思うけど」
「チェッ。まあ、何処行くんでもいっか」
面白くなさそうな顔で頭を掻いてから、リュカは懐に手を入れた。
「はい」
折りたたんだ黒い布を取り出し、アタシへと差し出してくる。
「やる」
「アタシに?」
お礼を言って受けとった。
広げてみた。ずいぶんと細長い筒状の袋だ。飾り気がなくって黒くて地味。口紐つき。
「旅の間、キンキラ剣をそん中にしまっときな」
「もしかして、これ、剣袋?」
「そ」
「え〜 でも、これ、袋の紐を解かなきゃ剣が抜けないじゃない。いざって時、困るわ」
そう文句を言ったら、リュカにチッと舌うちをされた。
「バーカ。キンキラ剣をみせびらかして歩く気かよ? あっという間に盗られるぜ」
む。
『ジャンヌの剣』は、非常に豪華な見た目だ。宝石が柄と鞘にいっぱいついてるし、柄頭のドラゴンや鞘の模様も美麗。その上、魔法剣だし。剣身までキラキラ輝いていて、振ると軌跡がしばらく光るのだ。確かに、これ、盗賊に目をつけられるかも……。
「裏エスエフ界では平気だったとか言うなよ。シェルターの奴等は、レアケースなんだから。ふつー、あんたみたいなお嬢がンな剣もってもフラフラしてたら狙われるっつーの」
むむ。
「袋被せときゃ、安全だ。小娘がお宝持ってるたぁ、ふつーの盗賊は思わねーもん。いいか? お宝持ってるからって、ビビるなよ。不自然な態度とってると、目ェつけられかねねえ。木剣を持ってるとでも思いな」
そいや、リュカの腰の小剣も、泥棒よけにわざと安っぽい見た目にしてるのよね。魔法剣なのに。
普段は『オニキリ』を使って、シュテンみたいな大ボスとあたる時だけ『ジャンヌの剣』も使えばいいとリュカは言う。……なるほど、いちいちごもっとも。
あらためてお礼を言った。
「ありがとう。使わせてもらうわ」
当然! って感じにリュカが頷く。
「大事にしろよ。オレの手作りなんだからな」
「え? そうなの?」
リュカの横で、白い幽霊が笑顔をみせる。
《リュカおにーちゃん、器用なんだよ。パパッとつくってたー》
「こんなの裁縫のうちに入らねーよ。オレ、ドレスだって仕立てられんだぜ」
《すっごーい》
「ま、変装術の嗜みだ」
すっごーい……アタシ、その嗜みは皆無だわ。雑巾ぐらいなら縫えるけど……。
手作りの物をプレゼントされたかと思うと、胸がキュンとするほど嬉しかった。
「あ〜 そーいや、僧侶は? また聖戦にでも行ってんの?」
「聖教会よ」と答えた。
「聖教会の偉い方に呼ばれたみたい」
テオから連絡があった。
「ふーん」
「きっとボーヴォワール邸のこと、説明しに行ったんだよ」と、クロード。
何にせよ……
光の檻を維持する為に、マルタンは術師としてこの世界に在り続ける。
お師匠様を捕らえておけるのは、マルタンだけだから。
みんなと紅茶をいただきながら、昨晩あった事を話した。
死霊王ベティさんが現れたこと、ラルムが復活したこと、素行が良くない為(邪悪と馴れ合い過ぎている為)にアタシは『勇者資格剥奪』処分になりかけてる事なんかを……。
「『勇者資格』そのものは、この世界の神より与えられたんだろう?」と、兄さま。
アタシは頷いた。
「ああ。こないだ僧侶に取り憑いたオカマかー あのオカマ・ショーは……ジパング界から還った後だっけか?」
こら、リュカ。不敬罪で捕まるわよ。
そりゃあ、口調はきゃぴきゃぴしてるけど。
ああ見えて、強大な力を有する、すっごい神様なんだから。
兄さまが心配そうにアタシを見る。
「この世界の神がおまえを罰しようとしているのか?」
「……わからない。アタシたちの神様なのか天界の偉いどなたかなのか……」
「『勇者資格』を剥奪されたらどうなるんだ?」
その問いにも、「わからない」としか答えようがない。
「死刑にされる事だけはない……と思う」
魔王が目覚めるのは二十八日後だもん。その前にアタシを死刑にしちゃったら、この世界は魔王に蹂躙されちゃう。いと高き方がそんな事態を自ら招くはずがない……と思いたい。
んで、魔王戦の後ならアタシは賢者だ(予定)。不老不死だから、殺したって死なない。
うん、死刑はないわッ!
「だいじょーぶだよ、ジャンヌ」
出たー 根拠のない『大丈夫』。
幼馴染は、ほにゃ〜っと笑った。
「これからは魔族にキュンキュンしなければ平気。いつも通りにしてれば大丈夫!」
「いつも通り?」
「うん。ジャンヌは、明るくって優しくってかっけぇもん。本当の勇者だよ。『これが正しい!』って思う道を突っ走ればいい。ぜったい大丈夫だから! ボクを信じて!」
何なのよ、この無上の信頼は……
照れちゃうわ。
心配しすぎてもどうにもならないし。
明かな背徳行為をしないよう、それだけを気をつけていこう。
お師匠様の『備忘録』が『賢者の書』だったことも伝えた。
「アタシを弟子にしてからの記録というか、日記というか……」
『賢者の書』には呪いがかかっていて、賢者以外には他の書に見えてしまう。
ベティさんの魔法で最初のページだけ本当に書かれてあった事が浮き上がった。六才のアタシを家族から引き離した事に心を痛めている……そんな内容だった。
「その先を読めれば、良かったんだけど……」
読めば、(はっきりとは書かれてないものの)お師匠様がどうしてブラック女神の器になったのかがわかるらしい。
でも、チューさせなかったから、ベティさんは『賢者の書』にかけた魔法を解いてしまい……
本は、ただの献立ノートに戻ってしまっている。
「まあ、それも運命だ。仕方がない」
ドロ様がフフッと笑う。
そうよね。
ベティさんにチューさせてたら、アタシは『勇者資格剥奪』処分になってたわけだし。
『賢者の書』を読めなかったのは、すっごくすっごく惜しいけど。
拒否して正解だったのよね。
『賢者の書』にかかっている特別な呪い、解けないものかなあ……
呪いを無くせる人が、次の世界に居たらラッキーなんだけど。魔族には頼れないから、神族か人間で。
ピロおじーちゃんに記憶からの引き上げをお願いして、一頁目の写しをつくってもらった。
アタシが目にした通りの文字が書き写されていて……文字までお師匠様の手跡そのもので……見てたら、胸がチクッと痛んだ。
仲間たちが写しを回覧している間、アタシは見るとはなく窓を見つめていた。
窓のそばから覗けば、庭の草木、塀、そこから先の街並みが見えるんだろうけど……部屋の中に座ってるんで、青い空ぐらいしか見えない。
ぼんやりしてたら、
「そっちじゃないぜ」ってリュカに言われた。
「メガネのにーちゃん家は、こっから北西ね。その窓からじゃ見えないぜ」
「別に、ボーヴォワール邸が見たかったわけじゃないわ」
けっこう距離があるから、オランジュ邸の屋上から見ても街並みが邪魔で見えないんじゃないかって気もするし。
「……なんとなく外を見てただけ」
ボーヴォワール邸を包む光の結界。
幻想世界の伴侶たちの協力で築かれたあの空間の中に、お師匠様は囚われている……。
腕をツンツンされた。
ニコラが可愛らしくアタシに笑いかけてる。
《おねーちゃん。お話は終わった?》
う〜ん……
「だいたい」
ニコラが更に可愛らしく微笑む。
《お昼まで、ヴァンおにーちゃんたち貸してくれる?》
「ん? いいわよ」
《おねーちゃんに元気をあげるね!》
かくして。
《アカグマー》
《モモクマ〜》
《シロクマー》
《クロクマー》
《キーグマー》
《ミドグマー》
《ニコグマー》
ヒーロー・ショーが始まった。
センターは、マスコット役のピアさん。
その右側にニコラ。左側はピナさん、ジョゼ兄さまの炎のピンクくまさんだ。
残りのクマさんたちは三人の背後に立って、外側のクマさんはしゃがんて中央はバンザイしてって感じに高低をつけて扇形になっている。
全員で、ビシッとキメポーズ。
《七体そろって》
クマさん達が声をそろえて、叫ぶ。
《しもべ戦隊クマクマ7!》
ピアさんもいるけど、8じゃなくて、7。
マスコット役のピアさんは、クマクマ戦隊にカウントされないんだそうだ。ニコラが力説してた。
ピアさんはかわいらしくポーズをとるだけとって、戦闘シーンになったらトテトテ後ろにさがってった。
《正義の力がしゅーけつ(集結)すれば、みんなのえがお(笑顔)はとりもどせるんだよ! ボクたちの戦いを見てね!》
このショーは、ニコラなりのアタシへの応援なのだ。
気持ちが嬉しい。
クマクマ7と対しているのは、バイオロイドのポチだ。
ポチは、不定形ゲル状の人工生命体。薄緑色のスライムというか、ゼリーのような見た目。飴玉みたいに小さくなれるし、山のように大きくもなれる。
心話でニコラの心を読んだポチが、場面に合わせて形態変化をする。
いまポチは、クマクマ7の行く手を遮る敵の役だ(さっきまでは、クマクマ7に助けられる子供役だったのに)。影のようなのっぺりとしたその姿は、絵本『ふたりのゆうしゃ』に出てきた魔王にちょっと似ている。
《だめだよ、アカグマ。たとえ悪でも、一方的にぼうりょくをふるっちゃダメ! やさしさをわすれたら、漢がすたるよ! ぼくがやる! 手を出しちゃダメだからね!》
ニコラに怒られて、赤クマさんは《失敗しちゃったー》って感じにえへっと小首をかしげる……ラブリー。
アタシの横のジョゼ兄さまは、両腕を組み、『うんその通りだ!』って感じに頷いている。ニコラのセリフのかなりの部分は、兄さまからの受け売りのようで。兄さまは、時折、照れている。
パンチをはじかれ、ふっとぶニコラ。背から倒れかけたニコラを、緑クマと黄クマが支える。
バレリーナのチュチュを着たピンク・クマさんが、アタシたちの方(客席)を向いて可愛らしくお願いする。
《みんな〜 元気パワーをニコグマにわけてあげて〜 みんなの応援が、力になるの〜》
すかさずリュカが声援を送る。
「がんばれよ、ニコグマー」
両手を握りしめた幼馴染や、兄さまが更に熱い声援を送る。
「がんばれぇぇ! がんばるんだぁぁ、ニコグマぁぁー!」
「いけぇ、ニコラぁぁ!」
ドロ様が手拍子を始め、アランもアタシも兄さまもみんな一緒になって手を叩いた。
《燃えてきた! 燃えてきたぞ! うぉぉぉ!》
ニコラのパンチが決まって、ポチがぱぁぁんと弾けた!
と、思ったら、部屋の隅の方で体を形成し直して今度はトカゲっぽい形となって再登場。
それもやられたら、今度は鬼っぽい姿で……ポチ、大活躍ね。
《さ、なみだをふくんだクロクマ。男が泣いていいのは、愛しい女と結ばれた時だけなんだぞ!》
話自体は即興っぽい。
ニコラが言ったセリフに、ポチやくまさんズが合わせてる感じ。
《見つけた! あそこに、あらたな悪がいるぞ。くさった玉ねぎだ〜 だれかがあいつを食べるまえに、正義のパンチでやっつけなきゃ! いくよ、シロクマ!》
ボス級の敵も(めんどくさくなったら)パンチ一発でぶっ倒して、張っといた伏線を放置して次のストーリーに雪崩れこむ。
いつも、おいしい役はニコラ。
クマさんズは、ズッコケ役やらトラブルメーカー役を振られても、文句も言わずに役を演じている。弟と遊ぶお兄ちゃんポジションってとこ?
ごっこ遊びの延長みたいな、ショーだ。
でも、ニコラはすっごく楽しそう。
歌って踊って、カッコつけて。
ず〜っといい笑顔だ。
ルーチェさんが復帰して、クマクマ8ショーが出来るようになったら……もっともっといい笑顔になるんだろうな。
クマクマ7も敵も、幽霊にゴーレムにバイオロイド。
人間と違って疲れ知らず。
昼食までノンストップで、ショーは続いた。
昼食前にシャルル様が、食事中にテオとシャルロットさん、おまけにラルムが合流。
食後、シャルル様が退出して、それで……
ルネさんを連行して、セザールおじーちゃんを伴って戻って来た。
「ああああ、もうタイムアップですか! たった今、いいアイデアが浮かんだのに! 諸問題によって開発を見合わせていた『最終兵器 ひかる君』! あれの魔法炉内で凝縮するエネルギーを、ボーヴォワール邸に充満中の光の空気にすれば! レーザー・ランチャー型退魔銃が、」
わめいているロボットアーマーの人を、サイボーグおじーちゃんがなだめる。
「ルネ殿、アイデア・ノートはトスカン殿たちにお渡ししておきます。後は助手の方々にお任せし、ルネ殿はどうか異世界に旅立たれてくだされ」
「いやいやいやいや。駄目です。駄目なのです……」
ルネさんはこの世の終わりが来たかのように落ち込んでいる……
「発明には旬があるのです。思いついたら即発明してこそ、発明品が輝くのですよ! モチベーションが下がってからつくった物では、グダグダに決まっている……」
ルネさんが機械の手で、フルフェイスの顔の部分を覆う。さめざめと泣いてるみたい。
「それに、トスカンさんは優秀な魔法鍛冶師ですが、アレンジの才能に欠けておられる! 作っているうちにフィーリングで、あ、これ良くない? やっちゃおう的な遊び心が全くない! アイデア・ノートと設計書をお渡ししても、結果が期待できない! 設計書通りの物しか出来ないはず……」
頼んだものを頼んだ通りにつくってくれるんなら、優秀だと思うんだけど。
ルネさん的には、ダメらしい。
「ルネさんは天才ですからねえ」
ドロ様はニヤニヤ笑っている。
「料理人にたとえれば……目玉焼きの注文が入ってから、平凡な料理を出してはつまらないと、あれこれ工夫をして、常人では考えもつかない調理法で極上霜降りステーキを作るような人だ」
ステーキじゃ、卵料理ですらないじゃん。
「完成までに、三日ぐらいかけてね」
お客さん、怒って帰っちゃうわよ……。
「せめて『魔力ためる君 改改』を完成させたかった! ボーヴォワール邸の光の空気! あれをスイッチポンでプシャーっと噴出すれば、素早くHP&MP補充できるはず! 加圧噴霧式吸入器『魔力ためる君 改改』……あぁぁ……」
「物は考えようだと思うのだがね」
シャルル様が、フッと笑う。
「君が不在の間に、助手たちが叩き台を用意しておくのだと思いたまえ。帰還してから、アレンンジして良し、そのまま完成品としても良し。デメリットは無いのでは?」
「しかし……」
「君の残した資料、それに雷精霊レイさんの書きつけがあるのだ、彼等だけでもある程度の水準の物は作れるよ。トスカン氏もサガモア君も優秀な人物だ。信頼してやってくれ」
スポンサーにそう言われたら、逆らえないわよね。そもそも、ルネさんの助手って、ボワエルデュー侯爵家が後援している工房の親方と助手、それとシャルル様のお知り合いの大学院生だし。
「あああ! 魔王戦用の武器も、まだほとんど出来てないのに! 何故このタイミングに! アイデアが湯水のようにわいてくるこのタイミングで、どうして異世界へ行かねばならないのか!」
恨みがましそうにこっちを見ないでよ。
ルネさんの異世界行きを決めたのは、アタシじゃないわ。ラルムよ。責めるんなら、あっちでしょ。
「ううう……セザール殿。またまた良いアイデアを思いついたので、アイデア・ノートに書いておきます。魔界でもそれなりに活躍した『悪霊から守るくん 改』ですが……更に! グレードをあげる手段を思いつきました! 使徒様に讃美歌を歌っていただいて、それを録音するのです! 使徒様のお声ならば、神聖力がぐぅぅんとアップ! ぜひぜひ『悪霊から守るくん 改改』を発明するよう、トスカンさんに…………」
ふと見れば、ジョゼ兄さまとシャルロットさんが向かい合っていた。
「ご無事なお帰りをお待ちしておりますわ、ジョゼフ様」
「シャルロット様も、ご無理はなさらずに。昨日はお命が危なかったんですから……しばらくは安静に……」
「あらあらあら。お優しいお言葉ありがとうございます」
「……いえ。こちらこそ、ありがとうございました。昨日は助かりました……」
「私達、婚約しているのですもの。助け合うのは当然ではなくって?」
兄さまはムスーってしてる。お礼を言う顔じゃないけど、シャルロットさんはそんな兄さまをとてもにこやかに見つめている。……意外と、お似合いのカップルかも。
あら? シャルル様が兄さまを睨んでいるような……?
《それでは、異世界へ旅立ちましょう》
アタシの水精霊が、場をしきる。でも……
《魔法絹布の上に、勇者の書 39――カガミ マサタカ』を逆向きに置いてください。あ! もっと丁寧に! その書を書いた御方への敬意をこめて!》
《百一代目勇者様の義兄、荷物を奪わないでください。重そうでも、ご本人に持たせるのです。荷物はそれぞれが所持しなければ意味無いと伝えたはずですよ。記憶力の『き』の字もありませんね》
《転移後ならば、魔力で運べます。今だけは、その貧弱な体で荷の重量を耐えてみせなさい。骨と皮と脂肪しかなくとも、それぐらい出来るでしょう?》
うん……ラルムはいつも絶好調だ。
「…… 様と子と聖霊の御力によりて、奇跡を与え給え。魔法陣反転の法!」
三十九代目の書の下から、明るい光が広がり始めた。
テオが退き、アタシはラルムから渡された呪文の紙を手に前へと進み出た。
呪文研究チームがラルムにののしられながらつくりあげた呪文……きちんと効果があるといいなあ。
そう思いながら呪文を口にしていると……
違和感を覚えた。
一人で呪文を詠唱しているはずなのに。
唱和する声が聞こえるのだ。
空耳じゃない。
何処からともなく、声がする……。
お師匠様と二人で呪文を唱えていた時のように、声が重なる。
初めて聞く声だ。耳に心地よい、少しかすれたような……明らかに男の人の声なんだけど、妙に艶めいている……
書の下に魔法陣が生まれ、魔法絹布から広がる光がまばゆいばかりのものとなる。
呪文を唱え終えた後、声は言った。
『頼むぜ、早く来てくれ……おれの勇者さま……』
はっきりと、『勇者さま』と言ったのだ。
その声を聞きながらアタシは……仲間と共に転移の光に包まれていった……。
きゅんきゅんハニー 第13章 《完》
第14章は、現在執筆中です。発表のめどがたちましたら、活動報告でお知らせします。
これからも「きゅんきゅんハニー」をどうぞよろしくお願いいたします。