空と海と大地と
この俺に語れと言うのだな?
ククク・・よかろう、凡俗ども。
この俺の聖なる軌跡を、きっちり、かっちり、正確に、話してやろうではないか。
天にあまねく星が輝くがごとく、光の教えに満ちた世界は八百万那由多の彼方まで存在し、尊き神に信仰を捧げる清き者は無量大数のごとく存在する。
創造神が創造物を愛するの自己愛の延長であり、対象物からの愛に奇跡をもって応えるのは自己満足に・・
ぬ?
なぜ、邪魔をする、女?
要点だけを手短に話せ、だと?
神をも恐れぬ願いだな。しかし、まあ・・おまえがそう望むのであれば・・
心ならずも、やむをえず、不本意ではあるが、話を端折ろう。
邪悪は見つけ次第祓う。それが、神と人との黄金律だ。
だが、しかし、けれども。
ブラック女神の現在の器は不老不死の賢者殿であり、
しかも、依り代に宿るのを常としている。依り代を倒したところで、新たな依り代が動き出すだけ。無限に賢者殿が湧き続けてしまう。
それゆえに。
ただ祓うのではなく。
新たな依り代を起動できぬようにせねばならなかったのだ。
現在、メガネの実家を覆っている光結界・・『マント』は光の檻などと言っていたが・・あれは『雲』が築いたもの。『雲』が去った後はこの俺が術師を引き継いだ。
つまり、この俺が在る限り、あの光結界は消えぬ。
あの中に、賢者殿の魂を留め置けるのだ。
むろん、永久にではない。
いかに優れた楽園であろうとも。
そう、邪悪を徹底的にまんべんなく余すところなく駆逐し、清らかなるものには幸福を約束する・・封印されし祝福の土地であろうとも。
火事場泥棒のごとく、この世界の理が壊れた隙につくったものだ。
いずれは世界からの揺り戻しをくらう。
俺は神の使徒だ。神の御心に逆らう気はない。
その時が来たら・・神のご意志を感じたら、光結界は消滅させる。
覚悟はしておけ。
何時とは言えん。
八日・・いや、十二日か? しばらくは神もお目こぼし下さるだろう。幻想世界に敬意を表して、な。
しかし、最長でも二十八日だ。
魔王戦よりも前に、賢者殿を拘束できなくなる。
それまでに、未来に備えておけ。
以上だ。
きさまらに、神のご加護があらんことを。
* * * * * *
言いたいことだけ言って、使徒様は黙ってしまった。
それだけじゃ、わけわかんないわよ!
『光結界の中に賢者を閉じ込めた。でも、そのうち逃げられる』しか言ってないもん!
ったく、もう……
オランジュ邸に残っていたメンバー――セザールおじーちゃん、リュカ、ニコラ。
ボーヴォワール邸にいたメンバー――ジョゼ兄さま、シャルル様、テオ、ドロ様、ルネさん。
あとクロードとアラン。
長机を囲む仲間たちを見渡してから、アタシは溜息をついた。
アタシが肌着代わりに着ている鎖帷子には、デ・ルドリウ様の鱗がついている。
ドラゴンが誰かに鱗を与えるのは、おまえは俺の眷属だ、困った時には呼べ、助けてやるって意味らしく。
鱗を通してデ・ルドリウ様は知ったのだ、お師匠様がテオの家を襲ったことも、シャルル様の石化魔法が解けそうなことも、MP切れのマルタンをアタシが幻想世界に連れてくことも……
だから……
デ・ルドリウ様は、空間交替の封印主――空王アースキン様、海王マーリン様、花エルフの王(エルドグゥインのお父さん)のもとへ向かったのだ。
《シメオンが、また悪事を働こうとしている。勇者に助力して、意趣返しをしたい。その間だけ封印を解いてくれまいか?》ってお願いをしに。
そしたら、空王も海王も花エルフ王も『その話に一枚噛ませてくれるのなら、封印を解いてやろう』と言い出し……
全員揃ってからアタシのもとへ助力を申し出に来て……
それで……ああいう形でご助力くださる事になったのだ。
ボーヴォワール邸であった事を口で語るより、目で見てもらった方がぜったいわかりやすい。
なので……
「お願いね、クロード」
「まかせて!」
大きく頷いてから、深呼吸。クロードは、右手で魔術師の杖をぐっと握りしめた。
「大魔法使いダーモットさん。絆石を通じてお願いします。あなたの弟子に、どうかお力を!」
そう叫ぶや、左の薬指の指輪から七色――赤、青、緑、黄、水色、紫、黒――の光が広がり、クロードを包み込む。
魔力増強だ。
ニュー絆石の新機能でダーモットから魔力をちょっとだけ貰ったクロードが呪文を詠唱し……
長机の上に、幻影が現れる。
本物の何十分かの一の貴族邸だ。
《うわ、すごい!》
現れたもののリアルさに、ニコラが目を見張る。
よく出来た模型というより、本物がそのまま縮んだ感じ。エスエフ界の立体映像みたいなのだ。
三階建てのお屋敷、庭園、塀までちゃんとあって、正門から屋敷までの馬車道や、隣家の庭の一部までもが再現されている。
けど、幻があるのは長机の上だけ。そこから先はない。プッツリと途切れている。
「私の実家、ボーヴォワール伯爵家王都屋敷ですね……」
テオが幻影へと顔を近づける。
「建物の外観ばかりか、庭木まで精巧に再現されていますね。最近母がつくった花壇まである」
「細部は、トネールさんの記憶で補完しました。ボクの目に映らないところも、精霊は見てますから」
馬車が通る為の道に、人間が現れる。黒のローブをまとった魔術師のような姿。風に靡く白銀の髪。感情の浮かんでいない顔……お師匠様だ。
「賢者様はこの位置……シャルル様の邪悪除けの結界があったから、これ以上は前に行けなかったんですよね? えっと……わかりやすいように色をつけます」
ミニ・ボーヴォワール邸とその周囲が、ぽわんと光り出す。
「賢者様の石化が解けて、戦闘になったんですよね?」
「いいえ。賢者様の石化が解ける前に、魔術師協会が動きました。たたずんでいた地面ごと、賢者様を火山の火口に送ったのです」と、テオ。
幻影のお師匠様が消え、地面にポッコリ穴があく。
「時間稼ぎにもならなかったが、な」と、ジョゼ兄さま。
「ここで石化していた体は、賢者本人ではなく、魔力で生み出された依り代だった。その体が溶岩に落ちて燃え尽きた後、賢者は新しい依り代に憑依して現れた」
長机の幻影の上に、またお師匠様が現れる。
「賢者から凄まじい瘴気が広がり……このままでは屋敷に張った結界が無効化されてしまうだろうとアレッサンドロが言ったんで、俺とルネは外へ出た」
お師匠様の幻影の側に、兄さまとロボットアーマーが現れる。
「召喚した吸血鬼王と共に、賢者に戦いを挑んだ」
黒髪黒マントの魔族も、お師匠様のそばに現れる。
「吸血鬼王の音波、ルネの発明品、テオドールの技法、魔法道具に魂を宿したシャルロット様の魔法……みなの力で賢者を足止めしていた時、デ・ルドリウが現れたんだ」
幻のボーヴォワール邸。
そのずっとずーっと上……天井の辺りで異変が起きる。
キーンって音が鳴り響き、宙に亀裂が走ったのだ。
まるで布がびりびりと裂けてゆくようにどんどん割れゆき……
やがて、切れ目同士がつながって、がくんと落ちた。
切り取られた空間から、黒いドラゴンが颯爽と現れる。直下のボーヴォワール邸よりも大きい。
黒い鱗で覆われた、大トカゲに似た恐ろしげな外見。鋭い口に、巨大な爪、ぎょろりと獲物をみすえる赤の隻眼。
デ・ルドリウ様だ。
《ドラゴンだ!》
迫力満点の幻に、ニコラが目を輝かせる。
「ちょ! 座れ、ニコラ!」
リュカが、ニコラを席に戻そうとする。けど、リュカもみんなも、ドラゴンから目を離せない。釘付けだ。
《あのドラゴン、ピアさんのご主人さまでしょ? ゲンソー世界のリュー王だよね?》
ニコラのそばのオレンジのクマ・ゴーレムが、そうだよって感じに頷く。
正確には、『もと竜王』。空間交替を封じられた時に、『竜王』の座は他のドラゴンに移っているから。
「空間交替には、『世界の理を壊す』力があるの」
マルタンがそう言ってた!
「二つの空間を強引に繋げちゃうでしょ? あれって、世界ごとに決められたルールをねじ伏せてやってるんですって。だから、空間交替発動中は、その場では主神よりもドラゴンの方が偉くなるの」
体のわりに小さな翼を羽ばたかせ、黒い鳥のようなドラゴンが地上へと巨大な口を開く。
迸るのは、咆哮。
空気は激しく振動し、地上に強風が吹き荒れる。
幻の風だから、見てるアタシたちには何ともないけど。
長机の上は凄いことになった。塀が崩れ、庭木がなぎ倒され、近接する貴族邸も暴風被害に見舞われたかのようになって……
ボーヴォワール邸が揺れに揺れ……
デ・ルドリウ様の背がまばゆく輝き出す。
背に乗せられて共に次元を渡って来たものたちが、力を使い始めたのだ。
「こっちに、背中のアップを出しますねー」
クロードがそう言うと同時に、長机の上に別の幻影が現れる。ボーヴォワール邸の幻に重なるように、デ・ルドリウ様の背中のドアップが見えるようになったのだ。
首と翼の付け根の間ぐらいに、魔法陣が浮かびあがっている。本来は竜騎士が立つべき座だ。
「見えにくかったら、どっちかに意識を集中してください。もう片っぽが透明になりますから」
「竜騎士の座に居たのは、アタシたちと、」
その尾っぽ側の方に、アタシとクロードとアランが現れる。
魔法陣内は特殊な魔法がかかっているので、空飛ぶドラゴンに乗っててても、振動もなければ風も感じなかった。幻のアタシたちも、普通に立っている。
「ジュネさんと、」
ジュネさんの幻も、パッと現れる。お美しい獣使い様は、アタシの前に立ってうぉ〜うぉ〜っと吠えた。戦勝の呪歌だ。
「ジュネ殿は、デ・ルドリウ様の後方支援の為に同行したのです。ドラゴンも獣の仲間。ジュネ殿なら、能力向上ができますので」と、アランが付け加えてくれる。
「幻想世界の、空と海と大地を代表する方々」
ジュネさんの右横に、白いものが現れる。大きさはジュネさんとほぼ同じくらい。目も耳も鼻も口すら無い、白くてモコモコの……入道雲。
みんなが『何だ、これは?』って顔になる……ま、わかるけど。
「こちらが、空王アースキン様よ」
《え? この雲が?》
「ええ」
《ゴーレムなの?》
「ちがうわ。ちょっと見、『ゲボク』に似ているけど、ゴーレムじゃなくて妖精の一種みたい。森の王にも並ぶ古えからの存在なんですって」
《雲の妖精さんなのか……》
幻のアースキン様が、モコモコっと動く。雲の姿だから変幻自在、その姿は意志のままに変わるのだ。
入道雲からパーッと光が広がり、ボーヴォワール邸全体、建物はもちろん庭も含めてがアースキン様の結界に覆われる。
「この世界の理を破壊したことで、あの時、あの場所では、デ・ルドリウ様が最強の存在になっていたの。そこを、アースキン様が結界魔法で保存して、外の世界から分断したわけ。新たな理のある空間を創造する為に」
結界は、半円球型で半透明。
なぎ倒された塀の辺りまでが、透明なガラスのドームカバーが被せられた感じになる。
次に竜騎士の座に現れたものは、ともかく大きかった。
巨大で太くて長くて……竜王の座にいるアタシたちを包み込むように、とぐろを巻いている。
でもって、ピコピコと光っているのだ。顔に目はないわ、全身は半透明だわ、それがぬらぬらテカテカしてるわ、七色に輝いているわ……。キモ可愛い、と言えなくもない。
「こちらが、海王マーリン様よ」
「なにこれ? 蛇? ミミズのオバケ?」
少しは歯に絹を着せなさいよ、リュカ……。
「ううん。マーリン様は……えっと……シンカイギョ?って魚みたい。海の底に棲む太古の種族らしいわ」
「海蛇のようなものですか?」とセザールおじーちゃん。
「たぶん」
きっと、そう!
「アースキン様が築いた結界の中に、マーリン様が魔力の雨を降らせたの」
オランジュ邸の幻影が、キラキラと光り出す。魔力を含んだ空気が煌めいているのだ。
「マーリン様の魔力には、生命を開花させる効果があるの。始原の海って言うらしいわ。新たな命が芽生えやすくなって、負傷治癒、状態異常回復、疲労回復、体力(HP)魔力(MP)回復効果もあるの。霧雨を含んだ空気、雨がしみ込んだ大地に治癒再生フィールドができたのよ」
「なるほど。この方の魔力が、瀕死だった私を蘇らせてくださったのですね」と、シャルル様。
シャルル様は普段通り……というか、HP&MPともにフル回復、肌も髪も生き生きツヤツヤ、アタシたちが幻想世界へ行く前よりも、むしろお元気になっている。
でも、生命あるものにとっての恵みの空間は、魔族には逆効果なわけで……。
もと魔族のドロ様は、ひどくだるそうで、時々頭痛を堪えるように目元を押さえている。オランジュ邸に移動してからは、多少顔色が良くなったけれども。
ルネさんが、いきなり大きな声をあげた。
「なるほど! なるほど! やはり、大気に回復効果があったのですな! むむむ……水蒸気に魔力が籠っているのならば、水の電気分解で酸素を補給し、採取した空気を増幅することも……」
途中から完全に自分の世界に入って、わけのわからないことをつぶやき続ける……。
「マーリン様を、いったん消しますね」
幻のアタシたちをぐるりと囲んでいた、巨大蛇もどきを消して。
クロードは、代わりに、ジュネさんの左隣に第三の協力者が出現させた。
ハチミツ色の髪、森歩きしやすそうな服、左腕が抱えているのは竪琴だ。でもって、先がピンと尖ったエルフらしい耳……
「花エルフの王子エルドグゥインよ」
《あー こいつ、このまえの……》
ニコラが嫌そうな顔をする。うん……『おまえみたいな悪霊が、森の王に近づけるわけねーだろ。ベッペッペ』みたいな態度とられたもんねえ。
「エルドグゥインは花エルフの王の名代よ。花エルフの王様は森を離れられないから、アタシたちと縁の深いエルドグゥインが代役で来たの」
幻のエルドグゥインが竪琴を奏でる。その手にあるのは、守護樹『穏やかなる陽光』から生まれた竪琴なのだとか。
ボーヴォワール邸の庭に、木々が生えてゆく。地面を突き破り発芽した芽は、みるみる太く大きな幹となり葉を茂らせてゆき……あっという間に森をつくってしまった。樹齢百年はありそうな木々が、葉を揺らしている。
「竪琴の調べに、植物の成長を促す魔法がこめられてるの。生えたのは、全部、神樹。空気を清め、魔力を糧として、魔力を生み出す木なんですって」
つまり、濃い魔力が神樹に力を与え、神樹が在る事で空気が澄み、澄んだ空気が水を清め……
空王、海王、エルドグゥインの魔法は、支え合って活性化し合う関係になって……
そこへ……
魔法陣のまん真ん中に、幻のマルタンが現れる。くねっと腰を曲げた、いつものアレなポーズで。
「邪悪なるものよ。その死をもって、己が大罪を償え・・・真・終焉ノ滅ビヲ迎エシ神覇ノ贖焔!」
幻のマルタンが、説明不要のグッバイの魔法をぶっぱなす。
デ・ルドリウ様の背から、目に痛いほどの光が広がりだす。
結界の中が、パーッと激しく光る。
「これでお師匠様が宿っていた依り代は浄化されたわ。魂は、結界の光の中に溶けたんだそうよ」
結界の中に、絶えず光の爆発が起きる。クロード曰く「使徒様の魔法の十分の一ぐらいの眩しさ」に調整したらしいんだけど。それでも、目に辛い。
「普通は、どんな魔法も一定時間が経てば効果がなくなるでしょ? でも、この結界の中は特別な理に支配されているから……」
光の輝きはずっと衰えない……。
「グッバイの魔法が、あの中でず〜っと連発されてる感じになってて……」
そうして、光の檻は完成したのだ。
「ただ閉じ込めただけじゃ、ブラック女神がパワーを溜めてしまうから……浄化魔法の効果が消えない空間にお師匠様を閉じ込めたというわけ」
それでもブラック女神が滅びることはない……らしい。マルタンがそう言ってた。
けど、ずっとずっと浄化魔法を浴び続けているんだ。
痛い、だろう。
幻を見ていると、胸が苦しくなってくる。
だけど……
だからって……
どうにかできるわけじゃない。
敵に心をかけすぎていいわけがない……アタシは勇者なのだ。
幻のアタシが、緑クマに風結界をつくらせて移動。
デ・ルドリウ様は、その背にジュネさんとアースキン様たちを乗せたまま舞い上がり、次元の穴へと身を沈ませ……
空間交替で開いた穴を閉じて、幻想世界へと帰還していった。
長机の上には、半円球型の半透明な結界に覆われた深い森……のように見えるボーヴォワール邸の幻影だけが残った。
「マルタンがお師匠様を足止めしてくれてる間に、やれるだけのことをやりましょう。あと二つの世界に行って仲間を増やさなきゃ……」
「あと二十七人だっけ?」と、リュカが聞いたから、
「ううん。あと二十四人よ」と、答えた。
「え? あっちで三人も伴侶増やしてきたの?」
「ええ、人馬のシロエさんでしょ、」
「人馬ぁ?」
「腰から上が人間で、下が馬。幻想生物ですね」と、テオ。
クロードが、ボーヴォワール邸の幻影を消し、白い人馬の幻をつくってくれる。ちゃんと弓まで持たせて。
「それから、アースキン様とマーリン様よ」
「はぁ?」
リュカが目を見開く。
「それって、さっきの白い雲とミミズだろ? 伴侶にしたの?」
「……そうよ」
「正気かよ!」
「その時は、違うお姿だったの!」
クロードが幻影をつくりだす。
一人は、正統派イケメン。
背が高くてスラッとしていて。でも、胸板は厚いのよ〜 しっかり筋肉がついていて、長衣をまとった姿は、古代神像のよう。顔立ちにも威厳があって……鋭い眼光と高い頬骨、鷲鼻、がっしりとした顎に顎髭……カッコイイとしか言えないそのお姿!
もう一人は、透き通るように白い肌の美形。
髪の色こそ、赤、橙、黄、緑、青、藍、紫に染め分けられてるみたいで変だけど! 服もツルツルテカテカしてるけど! 蒼の瞳はまるで宝石みたいだし、ほっそりとしているせいか儚げで……絵画の中の人のようなのだ。ただただ、綺麗で……。
「初めて会った時は、こっちだったの!」
デ・ルドリウ様が頼んだらしい、『人間が好む姿』になってくれって。お二人はとっても強いから……アタシの伴侶になればいいと思って。
「へー で、まんまと騙されたわけ。ほんとは、白い雲とミミズなのに。ふーん……」
やめて! そんな珍獣を見るような目で見ないで!
笑い声。
……ドロ様?
「さすが勇者さま。いつも面白い星の下で輝いていらっしゃる……」
むぅぅ。そんなに笑わなくても……。
ともかくも!
「あと二十四人なの! 託宣を叶えるのに協力してね!」
テオが頷く。
「もちろんです。現在、判明しているのは英雄世界とジパング界用の技法のみです。転移の呪文は研究中ですが、」
魔法陣反転の法+転移の呪文。両方が正しくなければ、裏世界には行けない。
「裏エスエフ界用の呪文をベースに、予測呪文を多数組み立ててあります。明日、裏世界行きに挑戦しましょう」
「明日?」
今これからでもいいんだけど?
「申し訳ありません、すぐにも対処しなければいけない問題がございまして、伯爵家で起きている奇跡についての対外的説明も必要ですし……」
キリッとした顔で、テオがメガネのフレームをもちあげる。
「王国軍・魔術師協会・聖教会に直接ご挨拶に伺い、今後のことも含め話し合って参ります」
むぅ。テオが忙しいのか……。
「私も共に行くよ、テオ」
「心強いです、シャルル。それから……」
そこでいったん言葉を区切り、テオはプカプカと煙草をふかしてる奴へと視線を向けた。
「できますれば、使徒様にもご同道願いたいのですが」
「ぬ?」
「奇跡を起こされたご本人からの説明に勝るものはありません。使徒様が共にいてくだされば、百人力、いえ、千人力よりも遥かに上、八百万那由他力というもの。迷える信徒にお力添えをお願いします」
マルタンがぴくっと反応する。
「八百万那由他力か・・。ククク、そこまで言うのなら仕方がない。この俺自らがきっちりかっきりくっきりと説明しに行ってやろう」
「いつも無理を聞いていただき、誠にありがとうございます」
テオったら、いつの間にかマルタンの操縦がうまくなってる???
「アタシも行こうか?」
「お気持ちだけ、ありがたくいただいておきます。明日に備えて、勇者様はお休みになっていてください」
「でも、」
「……正直に申し上げますと、勇者様について来られては迷惑なのです」
テオのメガネがキラリと光る。
「勇者様に萌えられた男性は、強制伴侶入りです。関係組織の重鎮には、年配者の方、武に縁のない文官の方とておられます。魔王戦に巻き込むべきではありません」
ぐ。
「オランジュ邸で、大人しくしていてくださいますね?」
「アタシ、誰にでもキュンキュンするわけじゃ……」
って言ったら、部屋の中が妙にシーンとした。
なによ?
なんなの、この沈黙は?




