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きゅんきゅんハニー  作者: 松宮星
幻想の野
22/236

幸せな眠り、不快な目覚め

 ゆでたジャガイモによく似た野菜、生野菜のサラダ、野菜の酢漬け、野菜たっぷりの塩味スープ。


 ふつうに食べられた。

 テオが『(幻想世界には)シメオン様をはじめ四人の勇者様が赴かれており、みなさま、ご滞在中はあちらの食事を摂取なさっておられました。あちらの人間が『食事』としているものならば、食しても何ら問題はないのです』と言っていた。その通りだったわけだ。

 てか、みんな美味しかった。

「……母さんの味だ」

 スープを一口飲んで、エドモンはそう言っていた。

 ゴーレムは、彼の記憶をもとに、彼好みの味付けで幻想世界の食材を料理してくれたっぽい。


 ゴーレム達は、物質転送魔法で料理を出しては給仕してくれる。

 ネコのミーが後ろ足立ちになってワゴンを押したり、ぬいぐまのピアさんが頭の上に(トレイ)をのっけたり、キャベツがせっせとグラスを取り換えたり……

 テーブルに届かない彼等は、ベンチの主人の横へとジャンプし、つまさきだちになって料理をテーブルに並べる。用が終わると、主人の横にちょこんと座る。ネコらしく丸くうずくまるミー、足をぶらぶらさせるピアさんとキャベツ。

 見てるだけで、顔がにやけちゃう。


 でも、一番胸がときめくのは、やっぱりクロさん。

 まず、服装! 白シャツに白ネクタイに燕尾服に着替えてるの! 晩餐会の執事って感じ?

 そんなクロさんが、でっかいお皿をのせた盆を、片手で運んで来てくれるのだ。んでもって、ぴょ〜んとテーブルの高みまで跳ねて、皿の上げ下げをしてくれる。不思議なことに、中身は全然こぼれない。というか、コップの水をテーブルに出した時、波立ってすらいなかった。

「ありがとう」ってお礼を言うと、ひくひくとお鼻を動かすのが可愛い。

 最初のうちは、給仕を終えるとクロさんは三折りにした白いタオルを左腕にかけてアタシの斜め後ろに立っていた。いかにも、給仕さんっぽく。

 でも、ピアさん達みたいに隣で座って欲しいな〜 って思ったら来てくれた。

 短い前足をちょんとテーブルにのせて、垂れ耳を揺らして、ベンチの上に立っているのが、これ、また、何とも……


 食事中だけど、アタシのハートはキュンキュンしまくった……


 かわいい子たちにお世話されて、みんな上機嫌。食事は進み、会話も進んだ。


 今後の事も相談した。

 お師匠様は、ドワーフに武器依頼をしたらさっさと幻想世界から引き上げるつもりだ。武器が完成した頃に再来訪して、その時に竜王デ・ルドリウ様ご推薦の仲間候補に逢えばいい……そう考えてた。

「帰還前にこっちでやっとく事って、何かある?」

 目は、ついつい可愛く働いているゴーレム達を追ってしまう。帰還前に、クロさん達と思い出づくりをするのは当然だけど……それ以外に何か……


「特に思いつかん。俺は、この世界のことをよく知らんからなあ」と、兄さま。


「……ボクは、魔法使いに会ってみたいな」

 生野菜をつっつきながらクロードは言った。 

「この世界には、魔法使いがいっぱい居るんでしょ? ジャンヌ、そう言ったよね?」

「うん」

 大気にまで魔力があふれている幻想世界には、魔法に携わるジョブが多い。『魔法使い』って呼ばれるジョブだけでも、魔導師、魔女、巫女、森の祭司(ドルイド)、精霊支配者、死霊使い、召喚士、呪術師、祈祷師、錬金術師などなど。まだ種類があったような。

「ボクはまだ『ファイアー』すら使えないへっぽこ魔術師だけど……その道の達人にお会いできれば、学べることがあると思うんだ……」

 幼馴染が弱々しく笑う。

「早く魔法が使えるようになりたい……ジャンヌを守れるようになりたいんだ」

 あら、まあ。

「ありがと、クロード」

 気持ちが嬉しい。

「お師匠様に相談してみたら? 誰か紹介してもらえると思うわ」

「うん、そうだね。食事が終わったらお話してみる」


「エドモンは? 何かやっといた方がいい事ってある?」

「……おれは、ない。……だが、百一代目勇者のあんたにはある……と思う」

 ん?

 エドモンが空になったグラスをテーブルに置くと、ゴーレムのキャベツが片づけ、次のお酒を何処からともなく出してエドモンの前へ。

「……強い男を、百人仲間にするんだろ?」

「ええ」

「……帰還まで、時間がないのだとしても……できるだけ、仲間は増やしておいた方がいい……と思う」

「そうね」

 出逢いがあれば、だけど。

「……あの狼はどうだ?」

「え?」

「……狼王なら、狼の中で一番強い……。でなければ、王となれない。……仲間にしないのか?」


 狼……


 記憶の片隅に追いやっていた、いや〜な経験が頭の中に蘇る。


 マルタンの結界を食い破ろうとした狼王。ものすごく大きな蒼狼だった。何って名前だっけ……カトなんとか……。

 丸太のようにぶっとい四肢。剣のように尖った前爪。どんなものでもバリバリと噛み砕いてしまいそうなデッカイ(くち)、ギラギラと輝く牙、だらりと垂れた舌……

 ヨダレを垂らしながら襲ってきた狼王は、ぎらぎらした目でアタシを見下ろしながら言ったんだ。

『アレがほしい』って。


 ゾクリと背筋に悪寒が走った。


「いやよ。あんなケダモノ」

 喰われたくないもん。

 ていうか。

「獣は論外。アタシはキュンキュンできる彼を仲間にしてるの」

 ウサギとネコとぬいぐまとキャベツを仲間にしたことは、この際置いといて!


「……そうなのか」

 エドモンが、又、グラスを空にする。すかさず次のグラスを、キャベツが持って来る。

 これで何杯目だろう。食前からカパカパあおってる。果実酒の飲み比べをしてるようだけど。


「……ジュネとたいして変わらないと思うが」

 ぶっ!

 口にした水を吹きかけちゃった。


 あのお美しい獣使いさまと、蒼狼が同列?

 なわけ、ないない!

 と、叫びかけて、思い出した。


 この(ヒト)、あの獣使い様に異常に愛されてるんだって。


 傍目も気にせず、ジュネさんはエドモンにラブラブだった。なのに、エドモンの方は迷惑そうにしてて……

 いかにもイケメン×平凡の、イケメン片想いバージョンだった……

 あの襲い方は、確かに肉食系のような。

 けど、共通点なんて、それだけよね。あの狼王、おバカだったし。ドキドキはともかく、キュンキュンはしないわよ。


 気になってたことを聞いてみる。

「ジュネさんと幼馴染なのよね?」

「……うん」

 グラスの底を手のひらで包み込むように持って、エドモンはお酒をゆらゆらと揺らしている。

 女の人みたいに綺麗なスーパースター獣使いさまと、もっさりと垢ぬけないエドモン。

 今や住む世界が、まったく違うけど。

「……じいちゃん同士が知り合いで……十で、獣使い屋の徒弟になるまで……あいつも、山にいたんで……」


 へー

「昔から仲がいいの?」って聞いてみた。ところが、

「……いや」

 との否定。エドモンはいったん口を閉ざした。むっつりと、不機嫌そうに下唇を突き出して。

「……むかしは、ちがった」

 でもって特大の溜息。

「……あれは……獣に近い。……いや、もう、そのものだ。だから……」


 そこで、エドモンは黙ってしまった。


 後の言葉が、なかなか続かない。


 ちょっ!


 ジュネさんが獣そのもの?

『だから』何なの?


 そこで区切らないで!


「……まあ」

 エドモンが首を軽く振る。

「……距離を置けば……いい。それだけだ」

 いやいやいや。よくない、それじゃわかんない。そこんとこ、もうちょっと詳しく!


「お」

 グラスを口に運んだエドモンが、微笑を浮かべる。

「これはいい……うちのアップルブランデーに近い……。いい香りだ。舌辺りもいい」

 キャベツに、二杯目を頼むし。よっぽど気に入ったようだ。関心が、完全にお酒に向いてしまった。

 むぅ……しょうがない……真実の探求は、次の機会に。


 食事は終わり、食後のチーズの時間となった。

 十種類もあって、なかなか豪勢。添えられたドライフルーツも、まろやかな甘み。

 ますますエドモンのお酒のペースは、早くなった。

 で、けろっとしてる。酒豪だ。


 多少の親睦もできたと思う。

 アタシと兄さまが義理の兄妹で、クロードが幼馴染でお隣さんだった事とか、話したし。

 こっちも、エドモンがご両親とセザールおじいちゃんと山暮らしな事や、狩人修行の事とか聞けた。

「……おれが狩人にならなかったんで……じいちゃんを、がっかりさせた。……悪かったと、思ってる。だが、向き、不向きがある……おれには、狩人には無理だ」

 大きな溜息をついたエドモンに、兄さまが尋ねた。

「弓の鍛錬は続けているんだろ? 継ぐ気がないのに、何故だ?」

「……義務だ。黄金弓はおれの一族に伝わる武器。狩人とならなくても……弓の技術だけは、後代に伝えなければ……」

「一族の義務か……」

 兄さまは口元に指を当て、何やら考え込んでいた。



 食後は、それぞれ自分の部屋に戻った。

 部屋に帰った途端、クロさんが変化した。執事から番長な格好に、一瞬の早変わりだった。


 食事をしたせいでそろそろ限界。男の子のクロさんに聞くのはちょっと抵抗があったけど、思い切って聞いてみた。

「……おトイレどこ?」

 たった今アタシが使ったばかりの扉を、クロさんの小さな右手がトンと叩いた。

 取っ手を持つと、今すぐにも使用したい物とそれが置かれている部屋が頭に浮かんだ。


 魔法の扉は、どこにでも連れてってくれるようだ。


 おトイレの後、お風呂にも入った。

 さっぱりしたところで、書きもの机に向かった。寝る前に、今日の出来事や仲間にした伴侶のことを『勇者の書』に書きとめておくのが、最近の日課なのだ。

 デ・ルドリウ様、クロさん、ミー、ピアさん、キャベツ。

 一日で五人も仲間にしたのは初めて。新記録だ。


 途中から瞼が重くなった。

 疲れてるんだなあ……


 もう限界! となってベッドに向かおうとすると……


 そ、こ、に、は……


 青地に黄色のお星様模様。ナイトキャップにお寝間着のクロさんが居た。マクラを小脇に抱えて、ベッドの前に……


 頭が真っ白になってしまった……


 キャァァァァ――!


 かわいい! かわいい! かわいい!


 アタシの胸はキュンキュンキュンキュンした! 


 いやん! もう!

 抱っこして寝たいなあってちらっとは思ったわ!

 そんなアタシの心を読んでのサービス!

 頭の中で思うだけで、望みがかなっちゃう!

 いたせりつくせり!


 素晴らしい!


 さすが、接待用ゴーレム!


 クロさんとは明日にはお別れ。

 今夜は一緒に寝よう……

 思い出づくりだ。


 天蓋つきのでっかいベッドで、クロさんとマクラを並べて横になった。

 横を向くと、ふわふわの黒毛のウサギが居る。人間みたいにマクラを使って、寝ている。天蓋を見上げていたクロさんが、ふと横を向いて……アタシと視線が合って……


 胸がキュンキュンした……


 触ると、石みたいに冷たくて硬い。そこだけは、とぉ〜っても残念。

 でも、こんな愛らしい子が隣で寝てるなんて……


 萌え死にしそう……


 こ、今夜、眠れるかしら、アタシ……


 胸はドキドキ、顔はニマニマ。


 みんなもゴーレムと寝てるのかな?

 兄さまはピアさんと、クロードはミーと、エドモンはキャベツと……。

……いや、エドモンは寝ないか。タイプ的に。

 だけど、かわいいもの好きの兄さまとクロードなら、きっと……。

 ちょびっと羨ましいけど、アタシにはクロさんが居る。クロさんが一番かわいい……。


 ああ、でも、明日の朝、兄さまに『ピアさんと一緒に寝た?』って聞かない方がいいか……

 また、真っ赤になって照れるだろうし……

 そっとしといたげよう。アタシはデキタ妹だから……。



 幸せな気分に浸りながらそんな事を考えているうちに、何時の間にか意識が遠くなって……






 誰かの声で目が覚めた……


 うるさいなあと思って薄目を開けると、にじんだ目にオレンジ色のものが見えた。

 何かわからないけど、ゆらゆら揺れてる……

 オレンジに映える、白学ランに白帽子のクロさんが見えた。牧草をくわえている。

 ほの暗いオレンジは炎……てか、焚き火。焚き火をはさんでクロさんと向かい合ってるのだ……そうとわかった時には、ヤバイ雰囲気がびんびんに伝わってきた。


 人が動く気配と音……

 宙を切る風、土を蹴る音、何かがぶつかり合う打撃音……


 そして、ののしり合う声……


 誰かが戦ってる……


 アタシは、慌てて立ちあがった。


 暗い。

 闇に包まれた辺りは、小さな焚き火の明かりだけじゃ照らしきれない。

 けれども、焚き火以外にも光源がある。

 焚き火より明るい。それが宙に浮かんで輝いているから、対立する二人がはっきりと見えた。


 光の下で、戦っているのは……


 一人は……いや、一匹は、後ろ足で立ってる蒼毛の大狼だった。

 唸って威嚇する声は、地を震わすようで……

 氷柱のように尖った牙が光り、鋭い爪が閃く。


 狼王だ……


 背筋が凍りついた。


「うせろ、けだもの!」

 対戦相手は、兄さまだ。

 アタシに背を向けて戦っている。お貴族様っぽいシャツに脚にぴったり合ったキュロットズボン。いつもの格好だ。

 大柄な兄さまが小さく見えてしまうほど、狼は大きい。兄さまの倍ぐらい?

 兄さまは時には避け、時には素早く相手の懐に入って丸太のようにぶっとい前足を払い、爪をくらわないようにしている。

 けれども、でっかいくせに狼も俊敏。拳を叩きこもうとする兄さまを、しなやかにかわしてしまう。


 どういうこと……?


 竜王デ・ルドリウ様のお城に居たのに……

 どうして外に居て、狼に襲われているの?


 兄さまが居なきゃ、アタシ、こいつに喰われてた?


 何でこんな事に……?


 ほっぺたをつねってみた。


 痛い。


 てか夜風を感じるし、焚き火の熱も感じる。


 夢じゃない。


 現実なんだ……


「お師匠様!」

 叫んだけど、返事がない。

「デ・ルドリウ様! クロード! エドモン! マルタン!」

 答えは返らない。


 闇の中に居るのは……

「大丈夫だ、ジャンヌ!」

 首の後ろで束ねた黒髪を揺らし、戦う兄さま……

「おまえは俺が守る!」


「おきたのか、女」

 グフグフと笑う蒼狼……

「この男、たおして、おまえ、オレさまのものにする」


 兄さまの頭上に浮かんで光り輝いて辺りを照らしているのは、まぁるい頭に丸い耳、丸々とした体。二頭身しかないその姿は、これぞぬいぐるみ、まさにぬいぐるみって感じに愛らしくって……

 ピアさんに間違いない。


 それでもって、アタシの前に、アタシの膝ぐらいしかない小さなクロさんが立つ。

 白学ランに白の学生帽に鉄下駄。番長スタイルの黒ウサギが、拳を構え、迎撃ポーズ。アタシを守ろうとしてくれている。


 わけがわかんない。


 けど……


 アタシは腰に手をあてた。

 寝間着に着換えて寝たはず。

 だけど、アタシはいつもの服で、腰に剣を差している。


 戦うことはできる……


 アタシは、ごくっと喉を鳴らした。

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