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きゅんきゅんハニー  作者: 松宮星
光の檻
214/236

漆黒の闇に光るもの

 丸太小屋のそばに座り込んで、アタシは途方に暮れていた。



 マルタンが還って来ないのだ。


 早ければ半日で還って来ると、クロエさんは言っていたのに。

 マルタンが居なくなったのは、昨日の夕方。もう半日は余裕で過ぎている……。


 何時までここにいなきゃいけないのか……


 あっち、どうなってるんだろう? 戦闘になっていない? ドロ様、襲われてない? 絵の部屋は無事?

 お師匠様は……


 どうしても、やきもきしちゃう。



 早く戻って来いよ、マルタン! 元気なあんたを連れ帰らなきゃ、ドロ様たちを助けらんないのよ!



《そのやりきれなさをおみ足にこめて、ぜひぜひ、このワタクシをぎゅぅぅっと……》

 てな変態は、とりあえずぶん殴っておいた。


『扉』のそばで、待機し(スタンバっ)てようかと思ったんだけど。

《あそこは火山ガスが充満しておる。長時間滞在はオススメできんのだクマー》

《もちろん、結界の中なら平気だけどー でもでもー もったいなくない? せっかく、空気も景色もキレーな世界に来たんだしー いい空気をスーハーした方が、みんなリフレッシュできるよ》

《だな。焦ったってどうにもなんねーんだ、この際、徹底的に休んどくのも手だぜ。ま、『扉』が開いたら、オレがパパッと近くまで跳んでやるからさ、ここら辺でゆっくりしてなよ》


 精霊達の忠告を聞いて、景色を眺めながら所在なげに過ごしている。


 突き抜けるような青い空。

 さんさんと太陽の光が降り注ぐ草原。

 湯気のたちこめる岩場地帯こそ草はないものの、それ以外は見渡す限り緑、緑、緑だ。


 本当に、ここはのどかだ……。



 ちょっと離れた所で、クロードが呪文の詠唱をしている。

 その右手の杖も、左手に大事そうに持っている『新編 応用魔法総合』も、シャルル様からいただいたもので。

 左の薬指に光っているガーネットの指輪は、ダーモットからの贈り物。ニュー絆石だ。

 正直……こいつが(ダーモット)からの贈り物をその指につけた時は、引いちゃったけど。

『左手の薬指に誕生石をつけると運気があがるんだって! アレッサンドロさんが教えてくれたんだ!』だそうで……深い意味はなかったようだ。

 ニュー絆石には今までになかった機能が追加されているらしく、指輪を使いこなすべくクロードは魔法の練習中なのだ。



 アランは、クロードとは別の所で素振りやら筋トレやら。本人曰く『軽い運動』中。幻想世界(こっち)に来てから、アランはかなり元気になった。お師匠様との戦いで負ったダメージは、(少なくとも見た感じ)もうなさそう。……こんな風に、マルタンも元気になっているといいけど。



 で、暇をもてあましてるアタシのそばには……


「いいお天気よねえ」

 さらさらのブロンドをかきあげるお美しい獣使い様と、

「……うん」

 とことんのんびりな農夫の人がいて。


「足湯いかがです? 足だけでも温泉につかると、リラックスできますよ」

「散歩……行ってもいいぞ。あんたになら、背を許す……」

 黒と白の人馬さんが何くれとなく声をかけてくれる。

 族長からアタシたちのお世話役を任じられた二人は、アタシたちの帰還まで付き添ってくれるそうで……いつ還るかわかんないのに、申し訳ない。


「伴侶候補に逢いに行ってみる?」と、ジュネさん。

「カッコイイ獣人くん、紹介するわよ」

「今からですか? 突然行ったら先方にご迷惑じゃ? それに、アタシいつ帰るかわかりません。トンボ返りになるかも」

「へーき、へーき。エドモンつれてけば何やってもへーき」

「……おい」

「むしろ、獣の王と再会できた〜って感激するから♪ こっちもあっちもハッピーよ♪ 行ってみない? 風の精霊くんに頼めば、パパッと行ってパパッと還って来られるんでしょ?」

《無理だと思うぜ。オレは自分が行ったことがある場所か、知覚できる範囲にしか跳べない》

「あら、そうなんだ。う〜ん、パパッとは行けないのか〜」

「……伴侶候補との対面は、後日、場をもうけると……竜王、いや、もと竜王か……デ・ルドリウが、そう言っていた。……今、あせって行かなくてもいい、と思う」

 そうね。



「勇者様、いっしょに鍛錬しませんか?」

 脳筋なお誘いキター

「剣を振っていれば、時が経つのも早いですよ」

 悶々としてるよりはいいか……


「いいわ。少し相手を頼める?」


「喜んで」

 赤毛のイケメンが爽やかに笑う。

「嬉しいです。一度ゆっくり勇者様と剣を交わしたかったんです」

 アランの目は、アタシの腰の剣を見つめていた。

『オニキリ』の方は、反りのある白い太刀。ヨリミツ君からの借り物は、雪みたいに白くって、格好いい。

『ジャンヌの剣』は、もっと短くて細い。でもって、キンキンキラキラ。柄にも鞘にも豪華な宝石や模様が散りばめられてて儀礼用の剣みたいだ。柄頭の口を大きく開いた勇ましい顔のドラゴン、モデルはたぶんデ・ルドリウ様よね。その口がくわえているのは、ファントムクリスタルだ。


「武器が変わってどれほど強くなられたのか……楽しみです」


 強くなったのは、たしか。でも、ここ最近剣を抜いてない。『ジャンヌの剣』用に、シルヴィ様からファントムクリスタルを贈られたぐらいで、戦闘は、賢者ジャンの世界でも裏エスエフ界でもまったく……


………


「あ!」


 やらなきゃいけないこと、あった!



* * * * * *



 連絡役(クロード)に心話で仲介役(ダーモット)に話を通してもらって。


 ほんの三十分後には、ヴァンの移動魔法で空間を渡った。

 ヴァンも行ったことのある場所――ドワーフの洞窟の前の野原へ、と。


 そこでアタシは……

「そなたの剣が生まれ変わったそうだな」

 ドワーフの王様と再会した。


「お忙しいところ、すみません」

「気にするな。剣を見たいと言ったのは俺だ」

 王様がニカッと笑う。赤毛赤髭のごっつい王様も、そういう顔だとちょっと可愛い。


 今日のドワーフの王様は、鎧じゃなく、長衣を着ている。政務中だった模様。後ろに文官っぽいドワーフを二人も連れてるし。

 いつ還るかわかんないギリギリに『剣のくすみがとれました』なんて連絡して、悪かったなあ。来てすぐに剣のことをお知らせするべきだった。……反省。


 クマさんズ(ピオさんを除く。ピオさんには『扉』の監視役を頼んだ)とアラン。伴った仲間は、これだけ。クロードたちは草原に残ってもらった。

 剣が変化した理由を話すとなると、『絵の部屋』の向こうの話題は避けられない。ボカして説明するにしても、あっちに行ってないメンバーを連れて来ちゃマズイと思ったからだ。



「手にとらせてくれ」


 鞘ごと、ドワーフの王様にお渡しした。

 王様が太い眉をしかめ、眼をぎょろつかせ、鞘を柄をじぃぃっと見つめる。何もかもを見透かすかのような眼だ。


「ふぅむ……ファントムクリスタルか……」

 王様が注目しているのは、ドラゴンがくわえている水晶だ。

「これがこの剣に命を与えたわけだな」

「それを贈られた途端、剣が華やかに輝き出したんです」

「ほうほう」

「アタシの世界の裏世界に……」


 そこまでで言葉を区切って、様子をみた。

 痛くない……

 絵の部屋の向こうのことを話しても、額がまったく痛くならない。

 よっしゃぁぁ!

 こっちの聖痕も消えた!

『マルタン』って言っても大丈夫! 賢者ジャンの世界のことを話しても平気! アタシはもう自由だ!


「勇者殿?」

 赤毛赤髭の王様が、いぶかしそうに首を傾げている。


「あ、すみません」

 聖痕が邪魔するようなら、代わりに精霊たちにしゃべってもらおうと思ってたんだけど。今なら、自分で事情説明できる!


「えっと……裏世界にも百一代目勇者だった人がいまして、彼が『ジャンヌの剣』とそっくりな剣を持っていたんです」

 名前は伏せておこう。

「そのファントムクリスタルは、もともと彼の剣についていた物です。ドラゴンの女王の祝福が付加されていて……」

 賢者ジャンを励ます為に、ドラゴンの女王は祝福を贈ったのよね。シルヴィ様が石化されちゃって、賢者ジャンが落ち込んでたから。

「宝石は、勇者に常によりそうもの――『賢者』を表しているようです」


「ドラゴンの女王の祝福……裏の世界……同じ形の剣……賢者……」


 王様が、スラリと剣を抜く。

 キンキラ剣は、刃まで綺麗だ。新雪のようにキラキラと輝いている。


「そうか……これが、剣の望んだ姿か……」

 王様は顔中をしかめ、唇を噛みしめた。

「なるほどなぁ……」

 陽気な王様らしくない顔になった。悲しそうというか、悔しいんだろうなあ。

『ジャンヌの剣』を贈る時、ドワーフの王様はすごく無念そうだった。未完成のまま渡すのは心苦しいが、自分ではもう完成させようがないって。


「……美しく、強く、やさしい……いい剣だ」


 やさしい……?

 女性用の剣だから?


「俺の手で生み出してやりたかったが……」

 大きく息を吐いて、王様は剣を鞘におさめた。

「……そなたの剣は、裏世界と繋がっていたのだ。あちらの助けがなくば生まれない運命にあったのであろうよ」


 そこで、王様の表情がコロッと変わる。

 明るく笑いながら、『ジャンヌの剣』を返してくれた。

「剣が真の姿となれた事、嬉しく思う。大事にするがいい。その剣で、仲間を守り、魔王を倒すのだぞ」


「はい!」






「さて……」

 ドワーフの王様が、アタシとアランを順に見つめる。

「ダーモットはそなたらのことを『暫時の客人。長逗留するはずもなし』と言うていたが、いつ還る?」


「還れるものならすぐにも還りたいです……」

 王様に事情を伝えた。

 仲間の僧侶が『大いなるもの』の所で療養している、戻り次第もとの世界に還ってお師匠様と戦わなきゃいけないって。


「むぅぅぅ、そうか、お国が一大事であったか……」

 唇をとがらせ、王様ががっくりと肩を落とす。

「いましばらく猶予があるのであれば、手合わせしたかった。『ジャンヌの剣』の真の力を見たかったのだ……そちらの御仁も、名のある戦士とお見受けする……まっこと残念至極」

……王様も、戦闘マニアなのね。

 てか、王様、政務の途中だったんじゃ? お仕事に戻ってくださいな!



「したが、かような事情であれば、待ち人をやきもきと待っておられることもあるまいて。迎えに行かれてはいかがか?」


 へ?


「『大いなるもの』の国へ行けってことですか?」

 ドワーフの王様が、大きくうなずく。

 いや、だけど……


 契約の石を通して、草原に残ってるピオさんに「扉は開いた?」って聞いてみた。予想通り、まだって返事が……。


「『大いなるもの』の国に通じる扉、開いてないみたいですよ?」


「ならば、他の扉を使えばよい」


「他?」


「『大いなるもの』とは、森の王の別名。『麗しの緑』『太古の輝き』『未来を見通すもの』、あのものには通り名が幾つもあり、あのものの国への道は幾つもある。ここより近いのは、悠久の森の『森の王の座所』だ。そなたも行ったことがあるであろう? あそこは一日中開きっぱなしの扉のはずだ」


 え、でも……


「今から行ってもすれ違いになっちゃうんじゃ……」


「それはありえんな」

 ドワーフの王様が、きっぱりと言う。

「あそこは森の王の意思で成り立っている国だ。そなたが仲間のもとへ行くことを望み、森の王がそれを許せば、たちまちに道は通じる。森の王の国に入った途端、目当ての男は目の前にいるであろうよ」



* * * * * *



 ヴァンの移動魔法で、悠久の森に跳んだ。


 巨木がそびえ、天を緑の葉で隠す深い森だ。そこの、とある樹木と樹木の(はざま)に妖精の国への入り口『森の王の座所』はある。

 んだけど……

 神秘を見通す目のないアタシには、それがどこかわかんない。


 緑クマさんが右手で、《あそこ》と示してくれなきゃさっぱりだわ。


「ああ……あそこが入口ですか」

 アランがさらっと言ったんで、驚いた。

「見えるの?」

「見えませんが、わかります。あの辺りは激しく気が乱れています。何か大きな力が働いている……しかし、嫌な感じはない。濃い緑の香りも感じます。よいものがあることは何となくわかりますよ」

 へー わかるんだ……さすが超一流の戦士。


 美しいものや清らかなものだけが森の王の領域に入れる。

 その中でも、森の王に会える人はごく一部。本当に心の綺麗な人だけが、深い霧を抜け、王のもとへと行き着ける。

 アタシは勇者だから、このまえもそのまえも特別枠で森の王に会えた。クロードも、すんなり入れた。

 でも、ジョゼ兄さまは駄目で、悪霊のニコラも弾かれかけた。


 アランは、どうだろう……?


 裸戦士の人を見上げた。


 命にかえてもアタシを守るって誓ってくれた人ではある。真面目で礼儀正しくて、強いのにまったく驕ることなく、誰にでも親切。でもってイケメン。

 でも、裸なのよねえ……。戦うのが大好きな戦闘マニアだし、幼女好きだし……ああ、でも、賢者ジャンのとこのビキニ戦士にもみとれてたなあ。幼女もおっぱいも好きなのか。


 う〜ん……


 アウト……?


「ここで待ってる?」

 一応聞いてみた。

「クロードたちのところに戻るんでもいいけど」


「俺は勇者様の護衛です。お供します」


 そう言うと思った。


「じゃ、手をつないで」

 アタシといっしょなら、アウトな人でも奥に行ける。

「入ってすぐが霧ゾーンなの。はぐれないように手をつなぎましょう」


「わかりました」

 差し出されたアランの左手は、指が太くて、ごっつくって、掌が大きい。手まで男らしい。それに比べてアタシのちっちゃいこと。大きな手で包み込まれた時、ちょっとだけ胸がキュンとした。武骨な手が、壊れものを扱うかのようにやさし〜く握ってくれるんだもん……ときめいちゃう。



 クマさんズには同化してもらい、アランと手をつないで『森の王の座所』を目指して進んだ。


 気がつけば、真っ白な霧の中に居て。


 更に数歩進んだら……

 いきなり、ぱぁぁっと霧が晴れていって……


 辺りは闇に包まれ、アタシたちは何とも言えぬ空間に行き着いた。……行き着いてしまった。


「こ、これは……」


 闇の中に、四角錐(ピラミッド)が光ってる???

 大きさはルネさんの『だれでもテント』ぐらい。中で人間が寝っ転がれそうだ。

 で、浮かんでいるのよ! パッパッとうるさいほど点滅しまくりながら!

 それだけじゃない、ピラミッドのそばを光る模様が飛び回っているのだ。クルクル回っているさまは、周遊する魚のよう。パッと見ただけでも、ルーン文字、ヘブライ文字、真言(マントラ)……『勇者の書』にも記されていた異世界神聖文字がてんこ盛り……

 極めつけは、ピラミッド直下の魔法陣。中央が、五芒星マークなのよ! 外縁には『†』が山のようにあるし!


 なんなの、この悪趣味で無節操な空間は?

《思念によって生みだされたフィールド、私的な亜空間じゃな》と、ピロおじーちゃん。

《森の王が用意した空間を、おそらくは客人自らが居心地のいい場所に作り直したのであろう。あのピラミッドや魔法陣からは、特に強い魔力を感じる。スーパーグレイトな回復フィールトといったところか……あ、いや、クマー》

 思念で生まれたフィールド?

 だとしたら……

 こんなデザインのものをつくるのは……


「・・来たか、女」

 ピラミッドの中から声がする。

 やっぱあんたか、マルタン!



《ジャンヌ〜!》

 闇の中から、黒クマさんが現れる。

「ピクさん」

 マルタンに連れ去られてた闇精霊だ。アタシのちょうど胸のあたりに飛び込んで来た愛らしいクマさんを、左手でギュッと抱きしめた。

《おら、使徒さまとずっといっしょにいただ。回復魔法かけたし、かっこいい聖戦のお話もいっぱい聞かせてもらっただよ》

 そうなんだ。マルタンのお(もり)ありがとうね、ピクさん!



「外で俺の帰還を待っていればいいものを。待ちきれず、俺のもとへやって来るとは・・やれやれだな。きさまの存在が、内なる十二の宇宙的秩序を乱しかねんというのに・・」


 ん?


「・・ひとつだけ言っておきたいことがある」


「なに?」


「あらためて言うまでもなく、自ずと自明だが・・俺は聖なる血を受け継ぎし神の使徒だ。きさまの想いには、悪いが、今は応えてやれん。無視(スルー)する。きさまは今まで通り(いち)ファンとして、俺を恋い慕い続けるがいい」


 は?


 はぁ?


 はぁぁぁ?


「寝ぼけんな、バカ!」

「フッ」

 フッ、じゃねえよ!

「寝言は寝てからほざけ! 起きてるんなら、還るわよ! 早くしないとあっちがたいへんなんだから!」


「・・私情を隠し、勇者の使命に重きをおく、か。ククク・・いいぞ、実にいい。それでこそ、俺の女だ。そうでなければ、おまえを選んだ意味がない・・」


 は?


 はぁ?


 はぁぁぁ?


 風の精霊が内緒話をしてくる……

《惚れられたね、これは》

 怖い事言わないで、ヴァン!

《いやだって、あのひと、基本的にボッチだもん。対人スキル低いよ〜 オジョーチャンは、あのひとの弱ってるとこに駆けつけ、あれこれ心配して、励まし、並行世界の家族の姿を伝えたばかりか、手までニギニギしちゃったんだよ。『こいつ俺に気があるな。フッ、困ったな』と思い込まれたんじゃねーの?》


 え〜〜〜〜〜


 いやいやいやいや!

 ないないないない!

 てか、あいつの手をニギニギしたのは、アタシじゃないわ! アタシに憑依してたフリフリ先輩よ!


 パッ、とアタシの右手を覆っていた手が離れる。

「失礼しました、勇者様」

 怪しいピラミッドとアタシを見比べて、アランが小声で話しかけてくる。

「知らぬこととはいえ、使徒様の前で勇者様の手を握ってしまい、すみませんでした。俺はそっち方面は不調法で……お二人の関係、まったく気づいていませんでした」

「違うわよ! マルタンはただの『仲間』! それ以上でもそれ以下でもないわッ!」

「え、しかし、使徒様は……。あぁ、そうか。今は秘めておくと、そういう事ですね。わかりました、俺は傭兵ですから、口はかたいです。他言はしません」

 だから、違うっつーの! 聞けよ、人の話!



「さて、帰還だが・・」

 ピラミッドから更にまばゆい光が!


 ちょっ!

 目に痛いわよ!


「残念ながら折あしく遺憾なことに、まだ早い・・まだ時が満ちていないのだ」


 目をつぶって、光から目を背けた。

 なのに、見える。


 目ではない目で見ているというか……


 心の中に、映像が流れてくる……


 お師匠様が居る。

 魔術師みたいな黒のローブをまとった姿、いつもと同じ感情のうかがえない顔……

 立っているのは、馬車道で……

 お師匠様めがけて、巨大な光が降ってくる。

 それがマルタンのグッバイの魔法だと気づいた時には、ギラギラの光は凄まじい勢いではじけていった。


 けれども……


 お師匠様は……


「つまりは、そういうことだ」


 薄目をあけて見ると、バカみたいに明るかった光は弱まっていた。

 アタシたちの前には、偉そうに両腕を組んだマルタンが居て……

 子供ほどの身長の妖精が、蝶のような翅でふわりと宙に浮かんでいた。

「森の王……?」

 青味がかった薄い紫色の肌、若草のように明るく瑞々しい長髪、不可思議な虹色の瞳。

 美しい妖精王は、アタシに優しく微笑んでくれた。


「『行き止まり』とはこういう事だったのですね……」

 アタシの横のアランが、つぶやく。

 どうやらアランも、アタシと同じものを見ていたようだ。

「アレッサンドロ殿が言っていたのです、勇者様のお体を使って使徒様が神聖魔法をうっても、未来につながらないと」

「ほう」

「進むべき道が間違っているのだ、より良い未来は他にあるのだと……」


 マルタンが大きく頷く。

「その通りだ。療養しながら、この『蝶』の、」

 そう言って、左の親指でクイッと森の王を指さし、

「預言者としての力を借りて、幾通りもの未来を見てみたのだが・・祓うだけではどうあっても、賢者殿を退けられん。助け手が必要なのだ」


「助け手……? 誰?」


「知らん」

 マルタンが肩をすくめる。

「だが、必ず現れる。偉大なる使徒様の助手にとりたててくださいませと、そいつらが乞い願いに来るのだ、もうまもなく、じきに、すぐにな」

「なんで、わかるの?」

「愚問だな、女・・」

 使徒様がやれやれって感じに、頭を振る。

「内なる俺の霊魂が、マッハで俺にそう告げているのだ」

 ぐ。

 そう言われたら、これ以上なにを聞いても無駄……


「回復したとはいえ、まだまだ百%ではない。出立の時まで俺は療養に専念する」


 そう言って、マルタンはその場で座禅を組んだ。

 宙に浮かんでいた光のピラミッドがいったんバラけ、マルタンを包み込み、また魔法陣の上へと移動していく。

 あのピラミッドも魔法陣もマルタン専用回復装置っぽい。


「きさまら俗物はどうする? 還って外で待つか?」


「じきに助け手が現れるんでしょ。なら、ここで待ちたいわ」

 いいでしょうか? と尋ねると、森の王はとても愛らしく微笑んで、そのままフッと消えた。


「なるほど、そこで俺の聖気(オーラ)を見ていたいと望むのか・・ククク、よかろう、ならば見せてやる。この俺の輝きの全てを、な!」


 うわ〜 イラっとくる〜〜〜〜

 前よりもムカつき度がアップしてるわ、こいつ!

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