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きゅんきゅんハニー  作者: 松宮星
光の檻
213/236

夢の中の賢者

 夢を見た。


 夢の中で、ちっちゃなアタシは夜の家を彷徨っていた。


 暗闇に怯え、しゃくり泣きながら。


「おししょうさま?」

 小さな手灯りでは、闇は払いきれない。

 ちょっと先に何があるのかが、かろうじてわかるぐらい。


 何処までも何処までも、深い闇が続いている……。


 こんなこと昔あったなあって、ぼんやりと思い出す。

 賢者の館に引き取られたばっかの頃。

 真夜中に目が覚めて。

 寝直そうと布団を被ってもぜんぜん眠れなくって。

 真っ暗な部屋が怖くって、たまらなくなって、部屋を飛び出したんだ。


 なのに、お師匠様は居なかった。

 自分の部屋にも、図書室にも。

 階段を降りて、居間や厨房を覗いた。けれども、何処も真っ暗で……。


 賢者の館には、賢者と勇者(見習い)しか居ない。

 お師匠様が移動魔法で出かければ、アタシは一人っきりになる。


 真っ暗でしぃぃんと静まり返った家の中を、手灯りを手に彷徨い歩き……

 行き着いたのは、入ってはいけない部屋の扉。


「ベルナ・ママ……」

 ちっちゃなアタシが、ノブに手をかけ、ガチャガチャ回す。

「ジョゼにいさま……」


 ノブの冷たさや、バンバンと扉を叩く衝撃が伝わってくる……

 小さなアタシが感じてることが、伝わってきてるんだ。


「おうちに、かえる……」

 小さなアタシは、そこを出口だと思い込んでいた。

 本当にそうかは、わからない。入ったことがないから。扉にはいつもカギがかかっていた。


「にいさま……にいさま……にいさま」

 昔、ジョゼ兄さまはアタシのヒーローだった。

 アタシが困っている時には、いつも駆けつけてくれた。近所の悪ガキをぶっとばし、大嫌いなニンジンをこっそり食べてくれ、抱っこしてくれ……

「きてよ、にいさま。はやく、きて」

 扉を叩きながら、何度も何度もジョゼ兄さまの名前を呼んで……

「なんで、きてくれないの! にいさまの、バカぁぁ!」

 かんしゃくをおこし、泣きわめき……

「もう、やだ。ここは、いや……おうちに、かえりたい……」

 そのうち疲れ果てて座り込んでしまった。

「パパ……クロード……」

 誰でもいいから助けてと、ボロボロと涙を流し……


 泣いて、泣いて、泣いて。


 やがて、全てが真っ暗となった。


 泣き疲れて眠ってしまったのだ……




「こんな所に居たのか……」

 お師匠様の声……


 何も見えない。

 真っ暗なままだ。

 けれども、あたたかなぬくもりを感じる。


 ちっちゃなアタシは、お師匠様に抱きかかえられたみたいだ。


「寂しい思いをさせてしまったようだな……。夜半の外出は控えよう」

 やさしい手を感じた。

 大人の掌だ。

 包み込むように髪から頬へと触れてくる手。心地よくって、小さなアタシは微笑んだっぽい。顔の筋肉が、にへら〜っとゆるむのを感じる。


「……ジョゼ、にぃ、さまぁ……」

 小さなアタシがむにゃむにゃとつぶやいた途端、お師匠様の手が止まった。


「……家族の夢を見ているのか」

 お師匠様の手が再びゆっくりと動く。


「すまぬな、ジャンヌ。私がおまえを見つけたばかりに……」

 いたわるように、掌がアタシを撫でる……。


「おまえから何もかもを奪ってしまった。家族も、人としての未来も……」


 いつもと同じ抑揚の無い声で、お師匠様は淡々と言う。


「命までは奪いたくないが……」


 命?


「マルヴィナ、カンタン、ヴァスコ、セルジュ……側に居るのなら、どうか……」

 ぎゅっと、抱きしめられる。


「せめて、この子は……」


 小さなアタシを抱きしめる大きな腕は……


 少し……


 ほんの少しだけど……


 震えていた……。


「この子だけはユウのように……」



* * * * * *



 目を開けたら、見知らぬ天井が見えた。


 獣人たちの温泉宿に泊まったんだっけと、思い出す。

 簡易ベッドが幾つかと長テーブルと椅子があるだけの、丸太小屋(ログハウス)。逗留者が自分で掃除をして、裏の川の側で自炊をして泊まる……そんな宿だ。


 まだ薄暗い。

 近くから、誰かの寝息が聞こえる……


 瞼を閉じた。


「お師匠様……」


 なんで、こんな夢を?


 寝る前に、お師匠様のことをあれこれ考えちゃったから?


 それとも、過去見? アタシにはそんな力があるんだろうって、セドリックさんは言ってたけど……



 今の夢は過去の再現……?



『命までは奪いたくないが……』ってお師匠様は言っていた。


『せめて、この子だけはユウのように……』

 生き延びて欲しいってこと?



 究極魔法のことが、チラチラと頭をよぎる……。



 勇者が『さらば、愛しき世界よ!』と叫べば、究極魔法が発動する。

 チュドーンして敵に4999万9999の固定ダメージを与える代わりに、勇者は死ぬ。必ず死ぬ。自爆魔法だ。


 けれども、勇者が唱えなくても。

 賢者が『この世界の礎となってくれ、勇者よ!』と唱えても究極魔法は発動してしまうわけで……。



 お師匠様は、アタシの前に四人の勇者を育てている。

 全員、異世界出身。だから、みんな魔王を倒してもとの世界に還ったんだと思い込んでいた。実際、ユウ先輩は英雄世界に還っていた。


 だけど、もしかしたら、魔王戦を生き延びた弟子はユウ先輩だけで……

 カンタン先輩、ヴァスコ先輩、セルジュ先輩は……。


 前にセザールおじーちゃんが言ってた、自分を庇ってカンタン先輩は体の半分が石化した、魔王戦があんな結果になったのは自分のせいだって。

 お師匠様が遮って、それ以上のことは口にさせなかったけど……。



 枕を顔に被せた。


 勇者は世界を守る者だ。


 アタシが死ぬか世界が滅びるかの二択なら、答えは決まっている。もちろん、死にたくはないけど。生き延びたところで世界が無くなってれば、どうせ死んじゃうんだ。なら、アタシ一人の犠牲ですむ方がマシ。


 でも……

 自分でそう納得して死を選ぶのと、『こいつでは魔王を倒せないな』と見限られて『世界の礎』にされるのではぜんぜん違う。

 少なくともアタシは……そんな最期、嫌だ。


「お師匠様……どうして……」


 勇者見習いの間、アタシは究極魔法の存在すら知らなかった。


 旅立ちの時、《え? ウッソ? シメオン君、教えてないの?》って神様もびっくりしていた。

 普通は教えとくわよね、いざって時のかくし玉なんだし。唱える方にしても、心の準備が必要なわけなんだから。


 なのに、教えてくれなかった。


 うっかり忘れてたなんて、ありえない。

 意図的に、アタシに伝えなかったんだ。


「なんで……?」


 アタシにだけ、内緒にしてたの?


 それとも、先輩たちにも?

 それで、先輩たちが負けそうになった時に、こっそり究極魔法を唱えた……?


 世界を守る為に、勇者(せんぱい)たちを礎にした……?


………


 枕を抱えながら、かぶりを振った。


「違う……」


 アタシの知ってるお師匠様は、そんな人じゃない。


 お師匠様は、勇者(アタシ)と正面から向き合ってくれた。

 アタシを生きのびさせようと、いつも一生懸命だった。


 真面目で、優しい人だった……


 究極魔法のことを伝えなかったのは、きっとアタシを不安にさせたくなかったからよ。そうに決まっ……



――答えはあんたの手の中だよ。


 ふいに、声が聞こえた。


――備忘録って書かれた本さ。あれに真実が書いてある。


「誰?」



 この声は……精霊達じゃない。でも、何処かで聞いたことがあるような……


――真実を教えてやろうか?



「……おい」


 突然降って来た声に、思考が止まる。

 ビクッ! と体がすくませたら、

「……外で待ってる」

 てな声が続いて、パタンと扉が閉まった。


 跳ね起きて、辺りを見渡した。小屋の中には、誰もいない。……いや、居た。隣のベッドにクロード。すよすよピーピー寝息をたてている。


『教えてやろうか?』とさっきの声は別人……よね?


 あれ?


《出てったのは農夫です、女王さま》


 横を見下ろすと、そ・こ・に・は……


 黄クマ!


 何でアタシのベッドに寝っころがってるの?


「添い寝はやめろっ!」

 変態クマを、ベッドから叩き落とした。

《ワ、ワタクシめは、本日の護衛担当で……》

「チェンジ! ピオさんかピロおじーちゃん、ヴァンでもいいわ! あんた以外なら誰でもいい!」

《あああ……そんな鳥肌たてて嫌がられるなんて……ハァハァ》


 話を戻そう。

「エドモンがそばにいたのね?」

《さようにございます。女王さまがベッドでごそごそし始めたタイミングに、あの男、タオルを取りに戻って来まして……バッドタイミングでしたね》

「ん?」

《……爽やかな朝に、一人ベッドに籠る乙女……男がふと近づくと、せつなく『お師匠様ぁ』と喘ぐ声が……漏れ聞こえ……》

 は?

《ビクンビクンと跳ねる若い体、トクントクンと高鳴る胸、そろそろと這う細い指……。けれども、そんな刺激ではむず痒さに似たもどかしさが鎮まるはずもなく。そこに男がいるとも知らず、乙女は更に大胆に、更に激しく、みずみずしい果実にも似た肉体を、》


 はぁ?


「アタシ、枕を抱えてゴロゴロしてただけでしょ!」

 てゆーか! そばにエドモンがいるなら教えろよ!

《女王さまのプレイを、奴隷の身で邪魔だてするなど……恐れ多く……》


 ふざけんな、バカ!


 ベッドで『お師匠様』の名前呼んでたの、仲間(エドモン)に聞かれてただなんて……


 そんな……


 そんな……


 みっともない!


……頬がカーッと熱くなった。




 着替えて、丸太小屋から飛び出した。

 朝の清々しい光が、目にまぶしい。


「おはようございます」

 アランが居た。素振りをしてる。

「おはよう」とだけ返して走った。


 アタシの頭にくっついている黄クマが、ボソッとつぶやく。

《魔術師以外、みな起きています。黒馬は裏手で朝食の支度を、獣使いは川の側で朝メイク中。農夫たちは、あちらに》


 少し先で、エドモンは白い人馬と向かい合っていた。


《ちなみに、ヴァンから僧侶帰還の連絡は来ていません。『扉』はまだ開いていないようです》



「エドモン!」


 農夫の人が振り返る。

 下唇をつきだして結ばれた口。ジロリとこちらを睨む三白眼。不機嫌そう……。


「さっきのことだけど。あれ、別にメソメソしてたわけじゃないのよ」

「………」

「マルタンが還って来たら、あっちでお師匠様と戦う。アタシ、勇者だもの。戦えるわ。ドロ様と絵の部屋を守るわ。ちゃんと、その覚悟はあるから」

「………」

「さっきのは、夢見が悪くって……それで、ちょっと考え事をしてただけなの。紛らわしいことして、ごめんなさい。心配しないでね、アタシ、大丈夫だから」

「………」


 エドモンは何も言わない。

 だけど、眉間に皺を寄せるわ、凶悪そうな目を更に細めるわ、「はあ、めんどくせぇ」って感じにため息をつくわ……


……怒ってる?


「………」

 ポリポリと頬を掻いてから、おもむろに彼は口を開いた。


「……そんなことより、」

 いきなり話題変えてきたー!


「……もう一度、シロエを見てくれ」


 ん?


「……シロエは人馬一族の代表……あんたの仲間候補だ」


「デ・ルドリウ様が選んだ、伴侶候補のひとりなのよね?」


「……そうだ。おれと弓比べもした……腕は悪くない……武器も、いい。おれの黄金弓や、赤侍の大弓に、匹敵する……シロエは強いぞ」


 そうなのかー


「……萌えられないか?」


 エドモンと白い人馬を見比べた。

 シロエさんは、ちょっぴりふてくされたみたいな……ううん、照れたような顔で、アタシに視線を返す。


「……あんたに会わせるために、連れて来たんだ……もう少し、こいつにチャンスを……。頼む……」


 再チャレンジねえ……。


「でも、シロエさん、狩人なんでしょ? ジョブ被りよ」

「……いや」

 そこでいったん言葉を区切って、エドモンが首をかしげる。

「……『狩人』は仲間にいない……と、思う」

 え〜

 アタシを見て、エドモンがムスッと顔をしかめる。

「……じいちゃんは、四十年前に弓を持てなくなった。もと狩人だし……おれは……農夫だ」

 え〜

 たしかに本業は農夫で、獣の王だけど、黄金弓の使い手でしょ? 狩人じゃ?

「……それに、ジョブ分けは、神基準だ。あんたの目にはジョブ被りに見えても……神基準では違う、かもしれない」

「まあ、そうだけど」


 アタシが萌えないことにはなあ。



 白マッチョな人馬と向かい合った。


 デカイわ〜!

 ぬぉ〜んって感じ!

 腰から上が人間で、下は馬。ていうか、馬の首の部分に人間の上半身があるわけだから、顔の位置は本物の馬よりも高い。


「アタシの仲間になりたいの?」って聞けば、シロエさんはコクンと頷く。でもって、エドモンよりももっと小さい声で「恩を返したい……」って。

「竜の咆哮で……オレ、ひぃばあちゃんを……襲った……。あんたたちが来るのが……もっと遅かったら……もしかしたら……オレ……」

 デッカイ人馬が肩を落とし、うなだれる。

 で、前肢で地面をガリガリし始める。前掻きって、ヤツだ。

「勇者のために働けば……ひぃばあちゃんも喜ぶし……」


 おばあちゃんっ子……いや、ひいばあちゃんっ子なのか……


 ちょっぴりキュンとした。


「エドモンといられるし……」


 ぉい。

 もしかして、そっちがメイン? 頬染めちゃって、もう!


 むぅぅ……。


 短く刈り上げた髪に、精悍な顔立ち。ハンサムだ。


 色白マッチョなわりに、内気、ひいばあちゃんっ子……ギャップ萌え要素もあり。


 でも、やっぱり、キュンキュンしない。アタシ、人外萌えじゃないのよ。


 かといって、エドモンと絡めて萌え想像しようにも、サイズが違い過ぎる……。

 エドモンはアタシとほとんど変わらない身長。男の人としては、かなり小柄。対するシロエさんは、本当の馬より大きい。体重500キロはありそう。

 この二人で……萌え……?

 う〜〜〜〜〜ん。

 ダメだ、頭が想像を拒否しちゃう……。アリス先輩なら、美味しい想像ができるんだろうけど、アタシには無理!


………


 あ!


「そうだ! 他の姿になってくれる?」

 それなら、萌えられるかも!

「獣人って、大中小になれるんでしょ?」

 カトちゃんの中サイズは半獣半人、小サイズはぬいぐるみみたいな小狼だった。外見が変われば、萌えツボにヒットするかも! エドモンとも絡ませやすいし!


「できない……」

 シロエさんが、のろのろと言う。

「他種族には……見せるなと、言われてる」


 エドモンも、ゆっくりと言う。

「……変身は禁忌(タブー)らしい。……おれは見せてもらえたが……」

 さすが獣の王、特別待遇。

「……小サイズは……かなり小さい。……逃げ場のない、草原で、アレでは……危ない。……捕食されかねない。……だから、外ではぜったいに変化しない、そうだ」

 へー

「……中サイズは……うん、まあ……」

 言いにくそうに、エドモンが頭を掻く。

「……刺激的すぎる……。……見せない方がいい、と思う」


 ふーん?


 刺激的な姿ねえ……


 そう言われると、逆に気になっちゃうわ。

 やっぱ、半獣半人?

 カトちゃんの場合は、頭のてっぺんに犬みたいな耳があって、尻尾もあって、首と手首それから腰から足にかけてもこもこの蒼毛が残ってるぐらいで、あとは上半身裸の男の人みたいだったけど……

 シロエさんも同じ感じ?

 あ〜 でも、人馬って体毛がモコモコしてないか。


 人の姿になったら……


 全身ツルンツルン?


……全裸?


 え〜〜〜〜〜


 いやん、それはちょっと!

 シロエさんも、クロエさんみたいに服を着てくれれば……

 いや、待て! クロエさん、上だけだった! 上半身鎧で、下は丸出し? そ、それでは、大事なところがモロ……



 アタシを見つめて、エドモンが溜息をつく。

「……ときめかない、か」


「あ! ごめんなさい!」

 いろいろとアウトな妄想してたの!


 シロエさんの前掻きがもっと激しくなる。


「待って! ごめんなさいって、駄目っていう意味じゃないの! 今は駄目だけど! このあと変わるかもしれないし!」


「変わる……?」


「ときめくかもしれないってこと! マルタンが還って来るまで、アタシ、こっちに居るんだもの。時間はまだあるわ。あなたのこともっと知れば、気持ちが通じ合うかもしれない。仲間にできるかもしれないわ」


「うん……」

 シロエさんが前掻きをやめる。


「いろいろおしゃべりしましょ」って言ったら、シロエさんははにかむみたいに微笑んで、小さく頷いた。


 大きな体のわりに表情も仕草も可愛いのよね、このヒト。


 ちょっとだけ、キュンとなった……。



「……できるのなら、」

 フーッとエドモンが息を吐く。

「……シロエを仲間にしてくれ」

 気難しそうな眉をしかめ、エドモンは眉間に皺を寄せた。

「……あと何人だ?」

「二十七人よ」

 魔王戦は二十九日後、行かなきゃ行けない世界はあと二つ。

 残り二世界で、二十七人全員を見つけられるとも限らない。裏エスエフ界なんて、二人しか伴侶増やせなかったし、天界も四人だった。

 仲間にできそうな人と知り合えたら、できるだけ萌えた方がいい。……わかってはいるのよ。


「……なにも考えないのは、バカだが、」

 三白眼がギロッとアタシを睨む。

「……考えすぎるのもバカだ、と思う。……動けなくなる。……今、目の前にある……できることを……やっていけば、明日につながる」

……いや、睨んでるんじゃないのか。目つきがキツイからそう見えるだけなのかも。


「……賢者が敵方に回ったんだ……あんたが、平気なはずがない……わかってる」


 !


「……おれは……こっちで、仲間さがしもしてる……。あんたの力になりたいと、思う。……思っている……おれも、ジュネも、デ・ルドリウも……だから、」


 紅色の目が、まっすぐにアタシを見る……。


「……一人で泣くな」


「アタシ、泣いてなんか、」


「……抱え込むな」


「別に、そんなことしてない」


「……なら、いい」

 一呼吸おいてから、彼はゆっくりと言った。


「……おれじゃなくてもいい。つらくなったら、誰かに言え。……仲間だろう?」


……胸がキュンキュンした。


 バカ。

 違うでしょ、エドモンにキュンキュンとか。

 いま萌えなきゃいけないのは、シロエさんよ。

 なのに……


 胸がきゅぅぅぅんとする……。


 ポンポンと頭のてっぺんを叩かれた。


 シロエさんだ。人馬のデッカイ手で押さえつけるように頭をグリグリしてくる。


「何です?」

 上目づかいに睨んでやっても、シロエさんは手を止めない。

「泣いてるって……」

「泣いてません」

「うん。でも……」


 ぐいぐいと押すように、大きな手がアタシの頭を撫でる。夢の中のお師匠様の手とはまったく違う。乱暴な撫で方だ。

 優しさのかけらもない力の押し付けのようなナデナデ。

 ではあるけれども……慰めようという気持ちだけは、伝わってくる。


「泣きそうだ……」


 だから、そういうのはやめて! アタシ、メンタルが弱ってるの! そーいうの、ズッキュンってきちゃうのよ!



 胸がキュンキュンした……



 心の中でリンゴ〜ンと鐘が鳴る。

 欠けていたものが、ほんの少し埋まっていく、あの感覚がした。


《あと二十六〜 おっけぇ?》

 内側から神様の声がした……




「お師匠様が石にされてて、ショックだったの」とか、

「お師匠様を深海に落とすって聞いて、胸が苦しくなったわ」とか、

「お師匠様と戦わなきゃいけないって、わかってるのよ。だけど、それでも……お師匠様が酷い目にあってる姿を見るのが辛いの」とか、ポロポロと本音を漏らした。


 二人は「わかる」と言ってくれた。

「……じいちゃんと戦えと言われたら、おれも困る」とか、

「血だらけのひぃばあちゃん、オレはもう見たくない……」とか言ってくれて。


「……逃げたら駄目だが……あんたは踏みとどまっている。だから……いいんだ。……弱音ぐらい、吐いても」

「そう?」

「……あんたが弱った時は、おれたちが支える。そのための、仲間だろ?」


……ほんのちょっと、胸がキュンキュンした……



 夢の話もした。

 究極魔法のことは伏せて、勇者カンタンがどうなったか知らないかエドモンに尋ねた。

「……じいちゃんから、聞いてない。……話しちゃいけないこと、らしい。……だが、おれも……勇者カンタンは死んでいる、と思う。じいちゃんを庇って、右半身が石化したんだ。……治らない石化だ……生き延びるのは難しい。……それに、じいちゃんは昔から、勇者への報恩にやたら拘っていた。それは、たぶん……」


……そういうことよね。


 あっちに還ったら、勇者カンタンのことをセザールさんに聞いてみよう。

 話せることだけでもいいからってお願いして。


 聞けば、お師匠様の気持ちが少しわかるかもしれない……。



 ベッドの中で聞いた声を思い出した。


――答えはあんたの手の中だよ。


――備忘録って書かれた本さ。あれに真実が書いてある。


――真実を教えてやろうか?



 お師匠様が、あれこれ書き込みをしていた備忘録。

 どう見ても、ただの献立ノートだったけど。


 あれを読めば、知りたいことがわかる……?


 ほんとうに?


 アタシが知りたいのは……



「……おい」

 肩を叩かれ、ドキッとした。

「……行こう」


「え?」


 エドモンが顎で丸太小屋をさす。

「……朝食」


 振り返れば……丸太小屋の前にクロエさんとジュネさんが……。


「いまいきまーす」

 二人に手を振ってから、もう一度考えた。


 アタシの心をかき乱したあの声は……何だったんだろう?


 半分寝てたし……夢でも見たのかも?

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