◆QnQnハニー/気になるあの子Ⅲ◆
わかんねーことだらけだ。
正直、何で賢者が敵方に寝返ったんだかわかんねーし。
学者のにーちゃんの実家やアレックスが狙われる理由も、よくわかんねえ。
学者のにーちゃんの説明によれば……
ボーヴォワール邸の『絵の部屋』って場所に、異次元通路があるらしい。
そこの管理者は、なぜかアレックスで。
その次元通路は、(夜の間だけ)決まった世界に通じる。その先で勇者のねーちゃんは七人を仲間にした、魔王戦前日にその七人が異次元通路を使ってこっちに来る。
だから……次元通路を壊されてもアレックスを殺されても、困るのだとかなんだとか。
勇者のねーちゃんの託宣は、
1.十二の世界で百人の伴侶(仲間)を集めて、一緒に魔王と戦え。
2.攻撃できるのは、それぞれ一回だけ。
3.ジョブ被り禁止(戦士が伴侶にいれば、もう戦士は伴侶にできない)。
託宣通りに戦わないと、勇者は魔王に勝てない……そう言われている。
つーても、歴代勇者は全員託宣をかなえ、魔王に勝利してきた。
託宣通りにならなかった事は一度もないんだ。
だから、本当は『託宣通りに戦わなくても、魔王に勝てる』のかもしれない。が、それが嘘か本当か確かめるために、オレらの代で託宣破るのもバカげている。
そんなんで、魔王に負けたらアホすぎるもんな。
なので。
ねーちゃんは、頑張って百人伴侶を探しているし。
学者のにーちゃんは、百人伴侶を守ろうと動いているわけだ。
魔王戦当日、百人伴侶が揃ってなきゃ、託宣がかなわなくなるんで。
それに協力すんのは、別に嫌じゃない。
アレックスは、まあ、身内みたいなもんだし。
勇者のねーちゃんも(バカだけど)いい奴だし。
学者のにーちゃんも、だいぶ付き合いやすくなったし。
けど、オレ……
なにやりゃいいんだ?
身軽さには、まあまあ自信がある。
スリや錠前破りならお手のもんだ。
聞き込みとか、情報攪乱とかも、わりと得意。
けど、今、そういう働きどころはないし。
戦うったってなあ……
オレの腰の小剣は、魔法剣ではある。が、メイン能力の『魂喰らい』は、ほぼ発動しない。並の剣よりは切れ味がいい『10分の1の確率で麻痺魔法を付与する』だけの小剣でできることなんざ、たかがしれている。
賢者は、むちゃくちゃ強いんだろ?
主神級だって言ってたよな?
どんぐらい強いんだが、いまいち、ピンとこねーが……
人間つーより、大嵐とか大地震みたいな天災クラスの破壊力があるんだろ?
少なくとも、ジパング界の鬼の大将よりはずっとず〜っと強えよな?
そんな敵を相手に……オレに何をしろと?
オレ、鬼の大将にすら、軽ぅくあしらわれたっつーのに。
オレ、完全に戦力外だよな?
かといって。
魔力ねーから、結界維持も手伝えないし。
学者のにーちゃんの事務仕事も代われない……。
やることねーよな?
オレ、勇者のねーちゃんといっしょに幻想世界へ行っても、良かったんじゃ……?
* * * * *
「リュカ君には、大事な事をお願いしたい」
オレを自分の部屋に呼び出したくせに。
学者のにーちゃんは、さっきからず〜っと書き物。
王国軍・魔術師協会・聖教会・戦士ギルド・獣使いギルド等勇者後援組織への手紙を書いたり、諜報組織への指示……あれやこれやで、忙しそうだ。
オレの方を見もせず、手も休めず、にーちゃんがオレに指示する。
「ニコラ君といっしょにいてもらいたいのです。事態が収拾するまで、あなた方は勇者様のお部屋に籠っていてください。あの部屋は、守護結界で最も手厚く守られていますし、関係者以外立ち入り禁止の魔法結界も張られています。オランジュ邸の警備が壊滅しない限り、第三者が入室してくることもないでしょう」
「第三者?」
「王国軍が介入してくるかもしれませんので」
「へ? 軍隊が? この屋敷に来るの?」
「今のところ、その予定はありません。しかし、状況次第で、これから国や各種機関がどのように動くか……。賢者が魔王側につくなど前代未聞の事態です。率直なところ、未来を予測しきれません」
「……あんたの予測でいいよ。軍隊が、この屋敷に乗り込んで来る可能性は?」
「五十%です」
むぅ……。
「軍隊にしろ聖教会にしろ魔術師協会にしろ……オランジュ伯爵アンヌ様に敬意を払って、無体なことはしないでしょう。けれども、彼等には彼等の正義がありますからね。私達とは異質な正義を振りかざすかもしれません」
そこで初めて。
にーちゃんが、机から顔をあげた。
メガネの奥の瞳が、まっすぐにオレを見つめる。
「ニコラ君の盾となってあげてください。過去の行いゆえに、あの子はたいへん不安定な存在です。好奇の目を向けるような輩は、絶対に近づけたくない。ニコラ君が清らかな子供のままでいられるよう、助けてあげて欲しいのです」
「悪霊化しねーよう監視しとけってか?」
学者のにーちゃんが、かぶりを振る。
「『監視』など望んでいません。信頼と友情をもって、あなたはあの子と接してくれる……そう信じています」
ケッ。
ほんと、もう……あんたってば、笑っちゃうぐらい『善人』になったよな。
「ニコラは、オレの弟分だ。言われなくとも、かわいがってやるさ」
「ありがとう、リュカ君」
学者のにーちゃんが封筒を差し出してきた。
「これを持っていてください」
「なに、これ?」
「あなたの身分証明書です。あなたが『勇者様の仲間』であることを、私と私の実家が保証するという内容です」
「ふーん?」
「セザール様にも同じものをお渡ししてあります。身分の低い者を蔑む輩は多い。対等と認めた人間の声しか聴かぬ者も居ます……以前の私のように、ね」
苦い笑みを浮かべてから、にーちゃんは言葉を続けた。
「間もなく、私はボーヴォワール邸に移ります。シャルロットも、常にあなた方と一緒に居るわけではありません。いざという時にあなたが自由に動ける為の布石……そう思って持っていてください」
なるほどね。
んじゃ、遠慮なく。
「サンキュウ」
もらった封筒は、懐にしまっといた。
ボーヴォワール邸にゃ、今、アレックスと、勇者のねーちゃんの義兄ちゃんと、スケベ貴族がいる。
もうちょいしたら、アレックスの精霊が迎えに来て。
学者のにーちゃんと発明家のおっさんが、増援に向かう予定だ。
オランジュ邸の方は、
結界の維持役がスケベ貴族の妹(天才魔術師)で、
護衛はセザールじーさん(二十四時間戦えるサイボーグ)。
戦力は、この二人だけだった(オレとニコラはお籠りだし。オレンジくまや白雲ゴーレムは戦力外だ)。
が、学者のにーちゃんが話つけて、いざとなったら転移の呪文研究チーム(学者や魔術師)も防衛戦に参加する事になったそうで……
手は、そこそこ足りている。
だってのに。
スケベ貴族の妹が、よけいなことを言ったせいで。
この部屋の隅で、さっきから親子の愁嘆場が続いている……。
「アネモーネ、本当の本当のほんとーに大丈夫かい? 護衛役なんて、断ってもいいんだよ! おまえは、勇者様の仲間ではないし、召使でもない。行儀見習いでシャルロット様のお側にいるだけだ。無茶する必要は、まったくない。お暇をいただいて、しばらくお母さんの家へ帰っててもいいぐらいだよ」
ロボットアーマーのおっさんは、あたふたとうろたえている。
対するねーちゃん……おっさんの娘の方は、落ち着いたもんだ。
「せっかくシャルロットさまが推薦してくださったんだもの、わたし、このお屋敷を守るために働きたいわ」
「いやいやいや! 何事もなければいいが……間もなく、お父さんはテオドール様とご実家へ向かう。だから! もしも! このオランジュ邸が邪悪に襲撃されたとしても! お父さんは駆けつけられない……可愛いおまえを守ることができないのだよ」
「なに言ってるの、お父さま。悪い奴に狙われてるのは、ボーヴォワール邸でしょ? オランジュ邸は大丈夫よ」
「いやいやいやいや! そうとも限らないんだ! オランジュ邸は、勇者様の本拠地だからね! 防御が手薄になった時をみはからって、ここぞとばかりに悪が押し寄せて来るかも!」
「なら、ますます帰るわけにはいかないわ」
メイド姿のねーちゃんが、にっこりと微笑む。
「わたしが、お父さまの発明品を一番上手に扱えるんだもの。ピンチになったら、お父さまの発明品を駆使して、オランジュ邸を守ってみせるわ」
「おおお、アネモーネ!」
「昔から、よく言うでしょ?」
ねーちゃんが、ぐっと右手を握る。
「ピンチはチャンス! 危ないところをお助けして、オランジュ家、ボーヴォワール家、ボワエルデュー家にたっぷり恩を売っておきましょう! スポンサー料アップ間違いなしよ!」
「おおお! 素晴らしい先見の明だ! さすが、私の娘だ、アネモーネ!」
……おまえら、本音はもっと小さい声で話せよ。
そこで、ボーヴォワール家ご子息さま――学者のにーちゃんがため息をついているぞ。
「護衛役させるより、ニコラの遊び相手のがよくない?」
ポリポリと頬を掻いた。
「ねーちゃん、ニコラと仲いいし。くだらねー発明品の品評会してりゃ、ニコラの気も紛れるんじゃねーの?」
「まあ、そうかもしれませんが……彼女は勇者様のお部屋に入室できませんからねえ」
声を潜めて聞いてみた。
「なに? あいつのこと、まだ疑ってるわけ? 魔王教徒かって?」
「いいえ。もうその疑いは晴れました」
にーちゃんが軽く頭を振る。
「ですが、勇者様のお部屋に入室できる人間は限定しておきたいのです。彼女に、外部から要らぬ干渉が及んではたいへんですからね」
ふーん?
「……しかし、アネモーネ……『もしも』があったら……おまえに何かがあったらと思うと、お父さんは心配で心配で……」
「お父さま……」
「無茶しなくていいんだよ、アネモーネ。おまえは女の子なんだ」
「あら。でも、百一代目勇者さまも女性なんでしょ?」
ねーちゃんが、笑う。とても嬉しそうに。
「わたし、頑張ってみたいの。おじいさまのおうちに帰ったら、自由に外に出させてもらえなくなるわ。お嫁に行くだけが、未来じゃない。わたし、発明家ルネの娘として、いろんなことにチャレンジしてみたいのよ」
「アネモーネ……」
「オランジュ邸に居たい。ここで、シャルロット様やお父さまのお手伝いがしたいの。女勇者さまのために働きたいわ」
「あああ! アネモーネ! おまえは本当に、私の最高傑作だよ!」
ロボットアーマーのおっさんが、娘をハグする。
「そうだ! アネモーネ、『迷子くん』を貸そう! 装着しなさい! ドラゴンにふみつけられてもへっちゃらな強度! 背中には、魔法機関のロケットエンジン! 城壁すら一撃で粉砕する鉄の拳! 私の最高傑作のひとつ、フル・ロボットアーマー『迷子くん』さえあれば! オランジュ邸が跡形もなく崩壊したとて、大丈夫! おまえだけは生き延びられるよ!」
だから、おっさん!
本音は、もっと小さい声で言え! オレも、オランジュ家残留組なんだよ!『屋敷が崩壊したら』なんて不吉なこと大声で言うなよ、バーカ!
「だめよ、お父さまが『迷子くん』を着てなきゃ」
娘の方が、冷静だ。
「あちらには、ボワエルデュー侯爵家、オランジュ伯爵家、更にはボーヴォワール伯爵家のご子息さまが詰めるのだもの。あっちで大活躍して、『迷子くん』の優秀さをアピールすべきだわ。全ては、スポンサー料のためよ」
……冷静なんじゃない。金銭欲にまみれてるだけだった。
「おっさんの発明品、賢者に通じるの?」
オレの質問に、学者のにーちゃんが首をかしげる。
「どうでしょう? ルネの発明品は、しょっちゅう誤動作や爆発をしますからね。どんな動きをするのか、当人にすら予測できない時もある。期待はできませんが、賢者様の意表はつけると思います」
アクシデントを期待しての配置かよ。
「使徒様のお言葉によれば、賢者様は、今は本気ではありません。『魔王と勇者の戦いを妨げる』ことができない制約がある為です」
「ああ、まえにそんなこと言ってたよな。勇者やその仲間を襲うには、魔王の許可がいる、けど魔王は百日の眠りに就いている、だから今あっちはオレらを直接攻撃できないんだとかなんだとか」
「ええ。このまえ、アランたちを襲った時も、『人間を襲えない』為、近寄るものを切り裂く瘴気を自分の周囲にただ配置しただけだったそうです。敵が無作為戦を仕掛けてくる以上、でたらめ発明品で隙をつけるかもしれません」
そんなもんかねえ。
学者のにーちゃんがメガネを外し、目頭を親指と人差し指で押さえる。
賢者を警戒、またいとこを支援、関係組織への連絡、人員配置、諜報組織への指示、異世界への転移呪文の研究……完全にオーバーワークだよな。
「ま、ニコラのことは心配しないでいいぜ。オレがついてるから。いろいろたいへんたぁ思うけど、にーちゃんも倒れねえ程度に頑張ってくれよ」
「……ありがとう、リュカ君」
迎えに来た精霊は、ほとんどすっぽんぽん。スレンダーな体に半透明な薄緑色のベールを何枚も巻きつけただけの、イカレた格好だ。見えそで見えない。野郎のスケベ心を煽るような姿をしてやがる。
緑色ってぇことは、風精霊。勇者のねーちゃんとこの、ヴァンのお仲間だ。
初めて見る精霊に、発明家の娘が目を白黒させる。
「うわぁ……うわぁ……うわぁ……」
ほっぺに両手をあてて、真っ赤になってやがる。
その素直な反応が気に入ったんだろう、やらしい格好の精霊は楽しそうにニッと笑った。
《んじゃ、行きましょうか。ご主人さまのもとへ、案内しちゃうわよ♪》
「あ! いけない! ちょっと待ってください!」
発明家の娘が、オレらの方にぱたぱたと駆けて来る。
「テオドールさま。シャルロットさまからです」
そう言って、差し出してきたのは小袋。
「シャルロットさまお手製のお守りが入っています。人数分あるのでみなさま身につけてください、っておっしゃってました」
こら、ねーちゃん。おまえ、メイドとしてここに居るんだろ?
主人からの預かりもんがあるなら、先に出せよ。親父と抱き合ってないでさ。
「シャルロットからですか、それは有難い」
学者のにーちゃんが中身を確かめる。
模様付きの白いリボンだ。規則正しく並んだ模様は、飾り文字か? 美麗すぎて、読めねーけど。
「その模様、シャルロットさまが魔力で刻んだものです。幸運を招き寄せる言祝ぎが記されているみたいです」
「シャルロットは魔術師協会でも有数の実力者だ、その魔力のこもったアイテムならば効果は抜群でしょう。アネモーネさん。シャルロットに、ありがとうと伝えておいてください。必ず身につけます、と」
「はい! お伝えします!」
「アネモーネ! くれぐれも無茶だけはしないでおくれ! 危なくなったら、逃げるのだよ!」
「リュカ君、ニコラ君のこと頼みましたよ」
風精霊が、ベールを一枚とって、サッと投げる。
風をはらむベールが、学者のにーちゃんや発明家のおっさんを包んで、ふくらんでゆき……
巨大な半球状のドームになったところで、パッと消えた。
移動魔法で、ボーヴォワール邸に跳んでっちまったんだ。
「はぁぁ、すごかった……精霊って……精霊って……精霊って……」
ものすごく何か言いたそうな顔で、ねーちゃんが精霊の居た空間を触りまくっている。
「つーか。ねーちゃん、ほんと、無茶すんなよな」
このトロそうな女が、護衛組で。
オレは、ニコラといっしょにお籠り……守られる側だ。
納得できねえ。
ま、オレが外にいても役にはたたねーんだけどな!
ねーちゃんは目を丸め、それからニコ〜と笑った。
「ありがとう、リュカくん。気をつけるわ」
「そーしろよ。ねーちゃんに『もしも』があったら、発明家のおっさん、大泣きするぜ。ぜったい、親父、泣かすなよ」
「ええ……」
ねーちゃんが、満面の笑顔になる。
「あなた、本当、優しい子よね」
む。
「『子』とかやめろよ」
「え?」
「オレら、そんなに年離れてねーんだし。ガキ扱いしないでくれる?」
くりくりの目をますます大きくして、ねーちゃんがほにゃ〜と顔をゆるめ……
でもって、ふきだしやがった。
「なんだよ?」
「ごめんなさい……でも……」
「でも?」
「……可愛くって」
はぁ?
可愛い? このオレが?
箱入りのおじょーちゃんが、たわごと言ってんじゃねーよ。
「ごめん、ごめん、ふくれないで、リュカくん」
ふくれてねーよ、バーカ。
「リュカくんは、ニコラくんとお部屋に籠るのよね? 武器と防具を貸すわ。それから心が豊かになる発明品も! 『ばっく みゅーじっく君』はどう? 『魔力ためる君』+『呪文いってみよー君』の魔術師ごっこセットも楽しいわよ♪」
なんで、そんなにニコニコ笑ってやがるんだよ……
ほんと……わけわかんねーよな、この女。




