兎と熊と猫と萵苣
竜王デ・ルドリウ様のお城は、岩山の中にある。
というか……普段は城そのものが存在しない。
客人が訪れた時に魔力でつくりだす宿泊場所を、デ・ルドリウ様が便宜的に『城』と呼んでいるだけなのだ。
岩山が巨大なんで、いっぺんに何百も宿泊用の部屋をつくれるのだとか。
一つ一つの部屋を、一体の接待用ゴーレムが管理する。
ゲストの心を読んで、全て魔法で。
岩の中をくりぬいてゲスト好みの部屋を準備し、ゲストに必要なもの――空気、食事、飲み物、お風呂、着替え、灯りなどなど――を提供し、ゲストにかしづくのだ。
寝こけてるマルタンを除き、アタシ達はそれぞれ接待用ゴーレムをお借りした。名前をつけて、自分好みの形にしてある。
アタシのゴーレムは、黒ウサギ番長のクロさん。
クロードは、黒猫のミー。
兄さまは、オレンジのぬいぐまのピアさん。
エドモンは、手足の生えたキャベツ。
お師匠様は、目鼻も口も耳もない、のっぺりとした人型のゾゾ。
五体のうち、ゾゾ以外の四体がアタシの伴侶……。
お師匠様がかなりショックを受けてたから、さっき、
『大丈夫です。次からは、魔王に大ダメージを出せる人しか仲間にしませんから』って元気づけた。なのに、
『……おまえには緊張感がなさすぎる。強い伴侶を得られねば困るのは、おまえなのだぞ』と、叱られてしまった。
弱っちい伴侶ばっかを集めたら、魔王を倒す為にアタシは自爆しなきゃいけなくなる。
わかってはいる。
でも、いったん伴侶枠に入ったら、取り消しできない。
前向きになるしかないと思う。
超強いドラゴンの王様を仲間にできたし、あと八十三人も仲間にできるんだ。四体のゴーレムはちょっと失敗だったとしても、取り返す余地はあるわ。『どうにかなるなる〜♪』。そう信じておく方が、精神衛生上、いいもん。
曇天の空はどんどん暗くなってきた。夕陽すら差さないまま夕暮れの時間は、間もなく終わりそうだ。
《望みは全てゴーレムに伝えよ。口にせず、思うだけでいい。それぞれが異なる部屋へと渡るが、話をすることも、部屋を行き来することも可能じゃ》
「マルタンは私の部屋で預かる」
座り込んでお眠りあそばしている使徒様を、お師匠様が担ぐようにして抱えあげる。
長身のマルタンを軽々と抱えるお師匠様。
クロードがびっくりしている。兄さまも意外そうに眉をしかめてる。
お師匠様は現役時代は竜騎士。そのまんま不老不死になったんだ、非力なわけない。だけど、腰までの白銀の髪に白銀のローブ――優美な賢者スタイルがしっくりきすぎてるから、武とは無縁な繊細な人に見えちゃうのよね。
ちょんちょんと腿のあたりを叩かれた。
視線を下げると、白の学ランに白の学生帽、牧草をくわえたクロさんが居た。
アタシ用の接待ゴーレムだ。
クロさんの可愛らしいおめめが、アタシをジーッと見つめている……
お鼻をひくひく、牧草をもしゃもしゃさせながら。
胸がきゅぅぅんとした。
《明日からの旅に備え、ゆるりと休むがいい》
デ・ルドリウ様のお別れの挨拶を耳にした。
お答えしようとした時には、
「あれ?」
アタシは別の場所に居た。
クロさんと二人っきりだ。
素敵なお部屋だった。
広い。
年代ものな感じのシャンデリアとアンティークっぽい家具がしぶい! 派手じゃあないけど、キュンキュンもので……
壁には、ドラゴンの彫刻。
ドレープたっぷりのカーテン、テーブルクロス、椅子やソファの張り布地やクッション、ベッドカバーに至るまで濃い赤色に統一されてるのもうっとりもの。光沢ある美しいファブリックは、高級感にあふれている。
王城の一室って感じ!
というか、当たり前か。
アタシが、デ・ルドリウ様のお城の客室ならこんな感じ? ってイメージした通りに魔法で作られたわけだから。
――各自、休め。必要なものはゴーレムが用意する。不自由はないはずだ――
頭の中に、唐突にお師匠様の声がした。
――しばし私はデ・ルドリウ様とお話をする。用がある時は、声に出して私の名を呼ぶがいい――
いくら見渡しても、部屋に居るのはアタシとクロさんだけ。
みんな、別室に居るようだ。
部屋には、窓や扉もある。
背負っていた荷物を下ろし、窓へと向かってみた。
……カラコロ足音がついてくる。
振り返ると、クロさんがアタシを見上げていた。
アタシが一歩前に出ると、クロさんも一歩。
二歩前に出ると、クロさんも二歩。
歩くとクロさんも歩き、走るとクロさんも走る!
クロさんが、後をついて来る!
ぴょんぴょん跳ねて、カラコロ鉄下駄を鳴らして!
やぁん、嬉しい!
気づいた時には、息が乱れていた。
部屋を何周走ったのかしら、アタシ……
ゴーレムのクロさんは、もちろん息が上がってない。というか、呼吸そのものをしてない。
アタシの背後にちょこんと立ってるかわいい黒ウサギ。
白学ランのかわいい子を、思う存分ハグした。
気分が落ち着いてから、窓に向かった。
透明な窓ガラスの先には、綺麗なバルコニーがあって、緑あふれる庭園が見えた。
窓に手をかけたけど、開かなかった。鍵がかかってるみたい。
クロさんが静かにかぶりを振る。
「この先には行けないの?」
クロさんが大きく頷く。
バルコニーも庭園も、幻影? 窓の外の景色は、そこにそれがあって欲しいってアタシが思ったから出来た、書き割りの背景みたいなものなのかも。
今度は扉に近づいてみた。
鉄下駄を鳴らしながら、クロさんが後を追って来てくれる……嬉しい。
扉の取っ手に手をかけると、ジョゼ兄さま、クロード、エドモンが心に浮かんだ。
でも、いくら取っ手を動かしても、扉が開かない。
振り返ると、クロさんが静かにかぶりを振っていた。
「この先にも行けないの?」
クロさんが、まだかぶりを振り続ける。
行けるみたいだ。
そいや、デ・ルドリウ様は部屋の行き来が出来るって言ってたっけ。
あらためて扉に手をかけると、兄さま、クロード、エドモンの姿がまた心に浮かんできた。
「あ」
なんとなく、ひらめいた。
もしかして……
「どこに行くか決めたら、行けるの?」
クロさんが大きく頷く。
当たり!
とりあえず、兄さまの部屋でいっか。
そう思うと、扉はあっさりと開き……
そして……
アタシは『別世界』に辿りついた……
一言で言うなら、メルヘンな世界。
白い壁のお部屋にあるものは、すべてが丸っこい。
部屋の奥にある丸太の形が残っている木のベッド……はいいとして……
かわいい食器棚、ゆらゆらゆれる木馬、おしゃれな白いピアノ、白いレースのカーテン……。その周りを二頭身のクマさん達がちょこまかしている……洗濯籠を抱えているのはおかあさんクマ、木馬にのってる子供のクマ、窓際でパイプをぷかぷかしてるのがおとうさんクマ。
でもって、カントリー風なダイニングテーブルを囲む、切り株のお椅子。その一つにピアさんが座っていて、向かい合って座って幸せそうにピアさんを見ているのは……
部屋に入ったアタシと、部屋の主の視線が合う。
「………」
すごい勢いで兄さまが、椅子から立ち上がる。
「ジャンヌ!……いつから? い、いや、その、こ、これは、だな」
アタシの来訪に、兄さまがあたふたと慌てまくる。
イケメンだけどちょっと濃い顔が、真っ赤になってる。
まあ……兄さまが十九歳な事を考えると、このメルヘン・ワールドはかなりアレ……
でも、兄さまがそっちの趣味を隠したがっていたのは知っている。
隠しきれてなかったけど。
アタシは義妹だもの。
優しくあたたかく見守ってあげるわ!
アタシは、にっこりと笑みを浮かべた。
「絵本にあった、ピアさんのお家みたい! 兄さま、よく覚えてたわねー さっすがピアさん好き! ピアさんの為にそっくりなお部屋を作ってあげたんでしょ?」
「……リクエストしたわけじゃない」
兄さまが、恥ずかしそうに両手で赤い顔を覆う。
あら、やだ。元気づけたげようとしたのに、逆効果?
「……ピアさんが準備してくれた部屋が、これだったんだ」
兄さまの記憶にあった『ピアさんのお家』を、ゴーレムのピアさんが現実化したってこと?
アタシは、部屋の中を歩き回るクマさん家族を見つめた。おっきな頭とちっちゃな体がラブリー……
「このお父さんとお母さんと妹クマちゃんはどうしたの? この子たちもゴーレム?」
「違う。幻だ」
「へー」
立体映像か〜
「これも俺が願ったわけじゃない。だが、俺が来た時にはピアさんの家族がここで普通に暮らしていた……」
ふーん。
「絵本のピアさん家には、いつも家族が居たからかしら? 兄さまの記憶をもとにできた部屋だから、家族つきなのかも?」
「……かもしれん」
兄さまが、苦虫を噛み潰したかのような顔でアタシを見つめる。
「……それで、ジャンヌ。なぜ、ここに?」
アタシはくぐってきた扉を指さした。アタシの部屋の扉は王城にふさわしい立派なものだったけど、兄さまの部屋の扉は木目のはっきり残っている素朴な扉だった。
「取っ手を握ったらね、兄さまとクロードとエドモンが頭に浮かんだの。兄さまに会いたいなって思ったら、ここに来てたわけ」
「そうか……」
兄さまがズンズンと扉に向かってきて、その後を大きな頭を振り振りピアさんが追っかけてきた。
「……よそへ行こう」
兄さまの頬はまだ赤い。他の誰にもこの部屋は見せたくないって感じ。
「クロードの部屋へ行くぞ」
兄さまが、勢いよく木の扉を開く。
そして……
アタシは『別世界』に辿りついた……
一言で言うなら、ネコの世界。
というか、ネコだらけ!
アタシや兄さまの部屋よりもうんと狭い空間が、見渡す限りネコで埋め尽くされている。
テーブルもソファーもベッドも、床も、クローゼットの上も。
黒ネコ、白ネコ、灰ネコ、茶ネコ、三毛、縞、キジトラ……長毛から短毛。尻尾も、ふさふさ、ロング、まん丸まで。
元気に走り回ってる子もいるけど、ゴロゴロ、のた〜としてる子のが多い。
「あ。ジャンヌぅぅ、ジョゼぇぇ」
ベッドの端に腰かけていたクロードが、アタシ達にぶんぶんと手を振る。
その足元にうずくまっている黒ネコが、ミー・ゴーレムだ。
「何なの、このネコ部屋は?」
アタシは室内を見渡した。
「ミレーヌおばあちゃん家の居間だよ。覚えてない?」
「あ、ああ……そういわれればそうか」と、兄さま。
「本物とは、ちょっと違うけど。おばあちゃん家の居間にベッドはないもんね」
ネコに囲まれた幼馴染は、ニコニコ笑っている。
ネコ、多すぎ。二十匹以上いる。おばあちゃん家の居間に、ここまでは居なかったのに。
「シピもカラメルもゾエもリルもミヌもいるんだー いなくなった子も死んじゃった子もぜ〜んぶ」
おばあちゃん家のネコ、新旧勢揃いってことか。
しゃがみこんで、すぐ側の灰ネコちゃんを抱っこしようとした。けど、手がスカスカと宙を切るだけ。
ピアさんの家族と一緒で、幻なんだ。みんな、鳴かないし触れないし匂いもしない。
「すごいよね、ミーは。ボクが、もう一度みんなに会いたいって思ってたの、わかってくれたんだ」
ゲストが一番喜ぶだろう部屋を、ゴーレムは用意してくれたわけね。
ネコに囲まれたクロードは幸せそう。
けど、アタシ的には落ち着かない。
どこもかしこもネコだらけで、足の踏み場がない。幻だってわかってても、踏んだり蹴ったりするのは嫌だし。
兄さまと顔を合わせた。兄さまも困惑顔だ。かわいい部屋だけど、居場所が無いもんね。
ミレーヌおばあちゃん家の扉は、水色。アタシは、扉の取っ手に手をかけてみた。
エドモンの姿だけが心に浮かぶ。
お師匠様とマルタンの部屋には、行けないようだ。まだデ・ルドリウ様とお話中なのか〜
「エドモンのお部屋に行ってみようか?」
「うん、行こう!」
アタシの提案に、クロードが即答。扉へと走り寄って来る。幻ネコの方が道を開けるんで、クロードはネコを蹴っ飛ばさずに思い通り動けるようだ。
ミーはクロードを追って足元にやって来て、すりすりと頭をこすりつけてる。
「せっかくいっしょに旅してるんだもん。エドモンさんとも仲良くなりたいよねー」
「そうだな……。よくわからん奴だが……できるだけ仲良くせねばな」
兄さまはむすっとした顔だ。
だけど、左腕はオレンジのクマさんを抱っこし、右手は撫で撫でしてたりする。無意識に可愛がってるっぽい。
いいなあ、大岩みたいに重いゴーレムを軽々と……。アタシはクロさんを抱えあげられないのに。
アタシは扉へと手をかけ……
そして……
アタシは『別世界』に辿りついた……
一言で言うなら、飴色の部屋?
焦げ茶というか褐色の、古びた感じの木のお部屋。奥に暖炉がある。
壁には、据え付けの本棚やら食器棚。その間を埋めるように、お花や動物を題材にした小さな刺繍絵がいっぱいあって……
人間や武器を描いた刺繍絵もあった。夫と妻と祖父と子供が並ぶ家族の絵、黄金弓……
誰ん家をモデルにして作られた部屋か、一目瞭然だ。
暖炉のそばのダイニングテーブルが一番大きな家具で、両側に木のベンチがあった。
右のベンチに寝そべっていた人が、むっくりと上体を起こす。
「……何か用か?」
反対側のベンチには丸いものが転がってる……てか、座っている? 正座して? エドモンのゴーレム、キャベツだ。
「ごめんなさい、寝てた?」
「……いや」
そこまで言って、彼は口を閉ざし、頭を左右に振る。で、のっそりとベンチから体を起こした。
「……横になった。が、まだ寝てない……問題ない」
彼は、ゆっくりと言葉を続けた。
「で……?」
「ごめんなさい」
アタシはもう一回謝った。
「特に用事は無いの。親睦を深めにきただけ」
エドモンが微かに首を傾げる。意味がわからない、と言うように。
「アタシ達、まだろくに話もしてないじゃない? もっと互いの事、知り合った方がいいと思うの。あなたとセザールおじいちゃんが仲間になったのは、昨日の朝だもん」
それからその日のうちにニコラも仲間にして、オランジュ邸でアンヌちゃんと再会させたげて……
結婚式ごっこやったのは今朝よ。んで、幻想世界に来て、モンスター達に襲われて、竜王デ・ルドリウ様を伴侶にして、ゴーレム達にキュンキュンしまくって……
怒涛な二日だったわ。
「……ああ。そうか……」
両目が前髪で隠れた顔が、まっすぐにアタシを見る。
「……気持ちは、わからなくも、ない。が、無駄だ……と思う」
え?
そこで言葉を区切ったエドモンが、顎の下に手をあてる。
しばらく続きを待ったけど、閉ざされた口はなかなか開かない。
我慢しきれなくなって、こっちから聞いてみた。
「迷惑? だったら、帰るけど?」
「……いや」
エドモンがゆっくりと近づいて来る。彼の後を、主人のスピードに合わせてキャベツが追いかけてくるのがラブリー。
「……迷惑では、ない。が、退屈だ……と思う」
本業農夫の人は無造作に髪を掻いた。
「……おれは口が……うまくない。話しても、つまらない……と思う」
言い方はぶっきらぼうだし、下唇を突き出しむっと結んだ口は不機嫌そうに見える。
でも、声は正直に内面を表していた。好意に応えられそうにない自分を申し訳なく思っている……。
胸がちょっぴりキュンとした。
「迷惑じゃないなら、良かった。みんなでいっしょに夕食を食べましょうよ」
思いつきを口にした。
「え?」と、エドモン。
「うんー いいねー そうしよう」ノリのいいクロードは、すぐに賛成してくれる。
「俺は別に、構わんぞ」
そう言ってから、兄さまは慌てて付けくわえた。
「だが、ここかジャンヌの部屋で、だな。猫まみれ部屋も俺の部屋も、食事には不向きだ」
「ボクはどこでもいいけど……」
クロードが、無邪気に笑う。でもって、聞いてはいけないことを兄さまに……
「そーいえば、ジャンヌとジョゼの部屋ってどんななの?」
「どんなでもいいだろう」の一言で切り捨て、それでもしつこく尋ねてきた幼馴染を兄さまは右の拳で黙らせた。ピアさんを抱っこしたまんま、兄さまにしてはかなり優しいパンチで。
エドモンの部屋で、食事会をする事にした。
「……おれが主人か?」
料理をふるまった方がいいのか? って聞かれたんで、逆に何を食べるつもりだったのか聞いてみた。
「……野菜」
ぼそっとエドモンが答える。
「……この世界の野菜料理を、頼んだ。仮眠した後、食べる、つもりだった」
へー
「んじゃ、アタシもそれにしよっかな」
エドモンがやめろと首を振る。
「……肉も魚もなしで、頼んだ。……ゴーレムに望んで、好みのものを、出してもらった方がいい」
「あら、野菜料理も好きよ」
ニンジンは苦手だけど。食べられないことはない。
「菜食主義なの?」
「……違う。出されたものなら……何でも、食べる……。だが、好んで、口にしたくは、ない。……それだけだ」
生き物の体を傷つけたくないって言ってたし、肉・魚料理に抵抗があるようだ。
「……たぶん、おれの嗜好を読んで……庶民料理が出る……と思う。高貴な方々の口には合わない……と思う」
高貴……
パパもクロードのパパも豪商。貴族邸に出入りできる身分だったから、そこそこお金持ちではあった。でも……
「高貴ってほどでもないわよ。アタシたち、商家の出だし」
「……そうなのか?」
エドモンは意外そうだった。
「……貴族かと」
エドモンの顔が、ちょっとだけジョゼ兄さまの方を向く。金髪カツラはやめたものの、兄さまはお貴族様っぽい絹のシャツを着ている。
「俺の父親は、な。だが俺は、母親がジャンヌの親父さんと再婚するまで田舎暮らしだったんだ。素朴な料理の方が舌に合う」
あら、まあ。
……知らなかった。
てか、本当のお父さんがオランジュ伯爵家の跡取り息子だったってのも、つい最近知った。魔王が復活してからよ。
兄さまがアタシの義兄さまになる前のこと、よく知らないのよね……
「お上品に盛られた『なんちゃら香草のジュレのなんとか添え かんとか風』みたいな料理は好かん。味が良くても、かたっくるしくって、美味いと思えん」
「……わかる」
エドモンが小さく笑う。
兄さまが意外と庶民だと知って、エドモンの緊張がちょびっと解けた感じ。
彼の方もアタシ達のことをよく知らないわけだし、知り合う時間をもうけるのはいい事だと思う。
「ねー ジャンヌ、賢者様と使徒様もお呼びしようよ」と、クロード。
え?
だけど……
「みんなで食事したら楽しいよ、きっと」
クロードはニコニコ笑顔だ。
「………」
お師匠様はいいの。
でも……みんな一緒か……
う〜ん……
……仲間はずれはダメよね、勇者として。
……マルタンも誘おう。
ふぅ〜 と溜息をついてから、大きな声を出してみた。呼べば答えるって言ってたから、試してみたのだ。
「お師匠様、聞こえます?」
返事はすぐに返った。
――何だ?――
この場にはいないお師匠様の声が、何処からともなく聞こえる。
「アタシ達、エドモンの部屋で夕食をとることにしたんです。お師匠様とマルタンもいらっしゃいます?」
――いや、すまぬ。デ・ルドリウ様ともう少し話をしたい――
ありゃ、残念。
――マルタンはまだ起きておらぬ。おまえ達だけで食事をしてくれ――
ホッ。
――ああ……そうだ。ドワーフの洞窟に行った後だが、――
ん?
――可能な限り早く幻想世界を離れ、帰ろうと思う――
へ?
もう?
「幻想世界には強力な魔法生物がいっぱい居るのに? 会って仲間にしないんですか?」
――仲間にはしたい。だが、会うのは次回で構わぬ――
どういう意味?
――いったん帰り、日を置いて幻想世界を再来訪する。ジャンヌの武器は、完成まで数十日を要するだろう。依頼後、他の世界を回る方が効率的だ――
お師匠様じゃない声もする。デ・ルドリウ様だ。
――次のそなたの来訪に合わせ、百一代目勇者殿にふさわしき強者達を集めておこう。親睦はその時に深めればよい――
今回は、デ・ルドリウ様と、クロさん、ミー、ピアさん、キャベツで打ち止め。
じゃなかった、ドワーフ王にもキュンキュンできるかチャレンジするんだった。
でも、そこでおしまいで……
次回来訪で、幻想世界のすっごい実力者と顔合わせする……そういう事か。
――おまえの託宣は『一つの世界に一度しか行ってはならぬ』とは断っておらぬ。数十日後に、また、幻想世界へ来ればよいのだ――
アタシの託宣は《汝の愛が、魔王を滅ぼすであろう。愛しき伴侶を百人、十二の世界を巡り集めよ。各々が振るえる剣は一度。異なる生き方の者のみを求めるべし》だ。
百日の間に、幻想世界に二度も三度も来ても良さげではある。
「でも、一ジョブにつき一人しか仲間にできないんですよ? 次に来た時じゃ、デ・ルドリウ様ご推薦の方々はジョブ被りになってて仲間にできないかも」
――なるほど。確かに、その可能性もあるな――
一呼吸置いてからお師匠様は言った。
――思案しよう。そこに皆が集まっているのならば、今回の来訪のうちに果たしておくべき事は他にはないか思案してくれ。何かあれば、伝えて欲しい――
お師匠様の声が途絶える。
アタシと、兄さまと、クロードと、エドモンは視線を交わし合い……
それぞれ、自分のゴーレムへと視線を向けた。
アタシの足元のクロさんが、鼻をヒクヒクして、垂れ耳を揺らしている……
明日にはお別れ……?
そう思うと、目にじわ〜っと熱いものが浮かんだ。
アタシはしゃがみこんで、真っ白な学ランの黒ウサギをひしっ! と抱きしめた。
兄さまも、クロードも、アタシと同じだ。
キャベツの主人だけは、ハグの輪に加わっていなかったけど。