笑顔が好きだから
マルタンは、魔王ジェラールを滅ぼした。
奴に従っていた邪霊たちも、もろともに浄化したのだ。
共有幻想も消えた。
今は、マルタンが見える。
アタシの右隣に立っている。
「俺の勝ちだ・・」
教典を持った手を胸にあて、ぜいぜいと息を吐きながら、神の使徒はククク・・と笑っていた。
「付近に居なかったカスどもはとりこぼしたが・・だが、しかし、けれども。ボスが居らねばたいしたことはできん・・。人間レベルの力でも祓える雑魚敵ばかりだ・・後はこの世界の者に任せて、無問題・・。俺は・・勝ったのだ・・」
そこまで言って。
マルタンの体が大きく傾いだ。
手をつないでたアタシも、いっしょに転びかけたんだけど。
《もう……馬鹿》
長身のマルタンを、女性の姿の精霊が支えている。
自分の足で立つこともできない男を、転ばせまいと抱きしめているのだ。
《魔力を全部を注いで、心霊の力も体力も限界まで……。今回は、かろうじて命の灯が残ったけど……こんな無茶ばかりしてたら、あなた、死ぬわよ。振るえる力は大きくても、その体はひよわな『人間』なのよ》
「フッ。それゆえに、きさまらを飼ってやっているのだ・・。しもべ、これからもあらゆるものをこの俺に捧げ、俺の手足となり、俺を支えろ・・。神の奇跡を共に起こす栄誉をくれてやっているのだ、涙を流し感謝して、しもべであり続けるがいい」
《聖痕がある間だけよ。消えたら、とっとと炎界にかえるわ。あなたのお守は、もううんざりなんだから》
しもべさんがマルタンを抱きしめる。
生きていて良かったと……口にはしない気持ちをこめて。
吹雪から、アタシたちを、いやマルタンを守ってるのも、しもべさんだ。雪風が届かないようにマルタンを包み込むついでに、アタシも炎結界の中に入れてくれている。
「いいなー ワタシも、ライラたちを……昔の仲間を思い出しちゃったワ」
アタシに憑依中のフリフリ先輩は、ニコニコ笑顔。
マルタンとしもべさんを見つめている。
「ワタシ、還るわネ」
あら。
「こっちがどうなったのか、はやく左京くんに教えてあげたいし。アリスちゃんにもいろいろ話してあげたいし♪」
おつかれさまです、フリフリ先輩。
「魔王戦、がんばりましょーネ。ジャンヌちゃん、また会いましょう!」
* * * * * *
「客人ジャンヌ様……あなたとあなたのお仲間の方々に、何とお礼を申し上げてよいのか……感謝の言葉もありません。衷心より、御礼申し上げます……ありがとうございます、本当に、本当にありがとうございます……」
セドリックさんが、アタシの手を固く握りしめる。
「ジェラールの脅威を払っていただいた対価、いかような形でお返しすればよろしいのでしょう? 何でもおっしゃってください。俺にできる事などたかがしれていますが、それでも、」
「何もいりません」
アタシはかぶりを振った。
「この世界の魔王を倒すのは、アタシの僧侶にとって自分との戦いのようなものでした。魔王を倒せて、彼はとても満足しています。もらうべきものは、アタシたちはもうもらっています。充分です」
「しかし……」
セドリックさんが、アタシの後ろに居る者を見渡す。
兄さま、クロード、セザールおじーちゃん、レイ、ピオさん、ピナさん。
「僧侶の方に、せめて、ひとことお礼を申し上げたく……」
アタシは、もう一度かぶりを振った。
「神の使徒である彼は、別行動をとっています。魔王は消えても、地上から全ての邪悪が消え去ったわけではありません。内なる霊魂の声に従い、彼は帰還の時ギリギリまで地上で邪悪と戦い続けます。アタシは彼の聖戦を邪魔したくないんです……あいつは放っておいてやってください」
「そうですか……内なる霊魂の声に従い、今もなお聖戦を……」
嘘だけど!
ほんとは、体力の限界がきてぶっ倒れてるんだけど!
まともに立てないぐらい具合が悪いのに。
しもべさんと二人で地上に残るってかたくなに言い張りやがったんだ、あいつは。
あのビルの天幕の中に籠るって、居場所は自己申告してきたから……好きにさせてあげてる。
たぶん神様から、並行世界の自分や家族たちとの接触を禁止されてるんだろう。
邪悪退治の時に相手がたまたま近くに居るのは、おっけぇ。
でも、平時にこのシェルターを訪問するのは、完全にアウトなんだろう。
治療役にピクさんをつけてあげるのが、アタシからしてあげられる精一杯だった。
「少しだけ……私心を述べます」
セドリックさんが、淡く微笑む。
「ジェラールの肉体を邪悪から解き放ってくださったことを、深く感謝します。ジェラールは、レジーヌの夫、マルタンたちの父親……みなから愛されていた族長でした。これでようやく……兄も安らかに眠れるでしょう。ありがとうございました」
《主人よ》
雷の精霊の声が、心の中に響く。レイからの内緒話だ。
《このシェルターの者に、いかように生きたいか尋ねられたし》
後ろにいるレイを、チラッと見た。
《魔王がいなくなったところで、毎日が吹雪。氷河期は少なく見積もっても二百年は続く。この死んだ世界で、尚も生き続けることを望むか否か》
レイはいつも通り、澄ました顔をしている。
《この者どもが自力で生活できる環境をつくるのは、非常に困難な事である。なれど、吾輩の助力があれば、不可能ではなし。吾輩を譲る心づもりがあると、伝えられよ》
わかってるわよ。
言うわよ。
アタシは、この世界の人たちに幸せになってもらいたもの。
せめて、この世界の人間たちだけは……笑顔で暮らし続けて欲しい。
たとえ、レイとお別れする事になったとしても。
そうであって欲しいのだ。
* * * * * *
《セザール殿がこの世界に共に来られたのは、幸いであった。換装用の腕を数本、エネルギーパック、修理工具等を譲ってもらえることになっておる。エスエフ界の機械、更には『ルネ ぐれーと・でらっくす』内の発明品を改造・転用し、この世界の文明の礎を築こうと計画中である》
アタシはレイと二人で、守衛室という部屋に居る。
レイが修理して、この部屋を使用可能にしたらしい。
モニターは、ほとんどが真っ黒。だけど、レイが優先して修理した監視カメラはそこにある映像を映し出せるようになっている。
《地下水耕場である。現在修理中であるが、配管さえ組み直せれば近日中に使用が可能となり、》
これからどんな事をしていくつもりなのか、レイが説明してくれる。
《こちらは、DNA貯蔵庫である。この世界に存在したさまざまな動物の……そうであるな、動物の素が保管されている場所と思われたし。クローン増殖培養設備も、骨董レベルの旧式ではあるが存在している。しばらくは試行錯誤となろうが、食料の自給体制は早急に整えてみせる》
レイの本体は、アタシといっしょにいるけれども。
実は、今、分身も三体いて。
一体は、セザールおじーちゃんに、サイボーグ体の再レクチャー中。
次の一体は、ルネさんあての伝言を書いていて。
残る一体は、セドリックさんと今後の相談をしているのだ。
分身を利用して、別の場所にいる人間をいっぺんに教育指導できて。
雷の精霊だから、電力の供給もできて。
滅びかけた文明を再建した経験があるから、さまざまな事態に冷静に対応できて、いろんなアイデアを出せて……。
ほんとにレイは役に立つ精霊だ。
レイがいれば、このシェルターの人たちは生きていける。
《吾輩が居なくなった後でも暮らしていけるよう、環境・人材を整える。それが吾輩の役割なのである》
レイを譲ることにして、本当に良かった。
本当に……。
切れ長の紫の瞳が、ジーッとアタシを見つめる。
《半分も聞いておられぬな。話が難し過ぎたようである》
「説明が長すぎるのよ」
言ってやった。
「修理してここは畑にします、ここでお肉をつくります、で充分よ……アタシには、ね」
《たしかに》
レイが快活な声で笑う。
《主人よ。昔話を聞いてはくれまいか?》
「なに?」
《最初の主人のことである》
ほうほう。
《彼の方の御名はシャフィア様。シャフィロス星の女王であられた。しかしながら、民を失い、国土を失い、孤独の中におられたのだ》
お?
おお? 滅びかけた文明を復活させた時の話?
《未来を憂いたあの方は、吾輩を手に入れられ、》
ふむふむ。
《あの方に出会った瞬間、吾輩は恋に堕ちた》
は?
はぁ?
はい?
恋に堕ちた? あんたがぁぁ?
《吾輩が恋してはおかしいか?》
いや、あの……あんた、常に冷静というか、スカしているというか、ひねくれているというか……
いきなり恋バナ始めるタイプじゃないと思ってたんで。
びっくりしたの。
「ごめん、続けて」
《あの方の望みに応えて、吾輩はあの方との間に子をなした》
子供! 子供も居るんだ!
《さよう。胎生であるあの方が一度に出産できるのは一人であったが、出産後、あの方の意志のままに子供は億にまで分裂し、数秒で成人個体となった》
へ?
レイは静かに笑っている。
《主人よ。吾輩の最初の主人は、人類ではないのだ》
へー……
《女王が頭、労働者階級が手足。互いに依存し合って生存する、完全な分業社会であった。吾輩と女王との最初の子供は、無個性・無性の労働者階級であった。更に、女王が亡くなる少し前に、繁殖能力を持つ個体を男女ワンセットもうけた。シャフィロスで……あの星で吾輩は己を三回切り取ったのである》
そういえば、あんたが女系世界のしもべだったって話、エスエフ界で聞いたわよね。アリス先輩がメモにして残してる。
《あの時、話さなかったこともある》
む?
《主人よ。精霊界の精霊は、精霊支配者に絶対服従が基本。なれど、いかような契約であろうとも、己の生命に関わる命令は拒否しても良し。主人に『四散しろ』と言われても、拒絶する権利があるのである》
「それは、まあ……当然なんじゃない?」
《同じ理由で、子を望まれても拒否する権利がある》
ん?
《子を成そうとすれば、精霊は自分の存在基盤の一部を核として提供せねばならぬ。つまりは、子をつくればつくるほど弱体化し、最後には個を保てなくなり、完全消滅する。精霊にとっての死亡である》
!
《精霊支配者に三人も子を与えた吾輩は、精霊界の基準で言えば、相当に酔狂。なれど、ヴァンは吾輩の上をゆく。七、八人は少なくとも誕生させていよう。あれは……情が深すぎるのである》
「弱体化したら、それっきり? もとには戻れないわけ?」
《かようなことはなし。精霊界に籠り、己が司るものを吸収し続け、自己を研磨し続ければ、失ったものを取り戻すことも可能である》
ホッ。
《なれど、一人の子をなす為に失ったものは、千年単位の自己修練をせねば取り戻せぬ。次々と新しい主人を求め、風界に居つかぬヴァンなどは、失ってゆく一方。あれが、精霊としての格が低いのは、当然のことなのである》
そんな……
《しかし、そう承知の上で、子をなしておるのである。時の過ぎゆくままに消えてなくなる肉持つ存在。儚き存在を愛するがゆえに、主人の分身を望むのである》
そうか。
好きだから、か。
「……あなたの最初のご主人様、すごく素敵な人だったのね」
《さよう。とてもお美しい方であった》
レイが微笑む。
いつものレイらしくない、優しい表情で。
《ほのかに青みがかった白い肌、神秘的な金の瞳、濡れたような睫毛、静かに微笑む薔薇色の唇、月光を思わせる白銀の髪……波にたゆたう小舟と言おうか……夜の帳に消えゆく夕日と言うべきか。せつないまでに美しい、うたかたの夢のような方であられた》
うほ!
《うほ?》
いや、あの……シャルル様以上の詩人だと思って、つい。
「ごめん、続けて」
《シャフィア様は、まことお美しかった……姿形ばかりではなく、お心ばえまでもが……》
レイが、目を細めて虚空を見つめる。
《世界の命運を握る者は、己が感情にかまけてはならぬ。大局をみすえ、より良い未来を思索し続けねばならぬのだ。必要とあらば非情の判断を下す……その覚悟なくば、世界を守護することかなわぬ》
ん?
それって、あんたがアタシにした助言よね?
《シャフィア様のお言葉である》
え?
《吾輩は、受け売りを口にしただけなのである》
え――っ! そうだったの!
レイが声をあげて笑う。快活に、とても楽しそうに。
《星全体の未来の為に非情な判断を下すこともあられたが、真なるお姿は、慈母のごとくお優しく、一途で、けなげで、繊細な方であった。吾輩は心からシャフィア様をお慕いしていた……》
《シャフィア様が幸福を取り戻すまでという期限で、吾輩は契約を結んだ》
《なれど、その半ばで……美しきシャフィロス星が復活しきる前に、吾輩はシャフィア様より契約を解除された》
《あの方は御身の衰えを感じられ、死を選ばれたのだ。吾輩との間に、生殖能力を有する男女をもうけた後、次代の女王の贄となることを望まれ……共に逝きたいと望んだ吾輩を雷界に送還し、たった一人で……》
《逝ってしまわれたのだ》
《吾輩はその死に立ち会うことも許されず》
《子孫たちのその後の繁栄を見ることも叶わず》
《雷界の壁を越えることもできず、雷界にあり続けねばならなかった》
《絶望より立ち直りし後は、ひたすら修練を積んだ。雷界に我が子孫が現れる時を夢見て。子孫か否かは、一目見ればわかる。必ずや魂が共鳴する。矮小なる精霊と子孫に見下されては、『しもべ』にしてもらえぬ。再びシャフィロス星に戻り、星に遺りしシャフィア様の心に触れたい……その一心で己を磨き続けた》
《しかしながら、時折、吾輩は……明らかに子孫ではない相手に共鳴してしまう。主人の流儀で言えば、『キュンキュン』だ。何処となくシャフィア様の面影の在る方が雷界を訪れると、たまらなく心惹かれ、お仕えしたくなってしまうのだ》
「じゃあ、もしかしてアタシは……」
その女王様にそっくりなわけ?
《いや。面影は微塵も無し》
きっぱりとレイが言う。
《更に言えば、知性も品位も美も、シャフィア様とは比べるべくもない。吾輩は、『男』としての興味をあなたには抱いておらぬ。現在はむろん発育後であろうとも完全に対象外であると、以前、お伝えしたはずだが》
ムカッ!
そうね!
そうだったわね!
《であるのに、主人が雷界を訪れし時より、吾輩は主人が気になってたまらなかった。主人の何かが、吾輩の魂と共鳴したのだ》
何かって、なに?
《『覚悟』やもしれぬ。出会った時はわからなかったが、今はそうではないかと思う》
覚悟……
《主人よ。吾輩を譲られよと提案した時、あなたは『他に手がないんなら、しょうがないわ。あんたを、譲る』と即答された》
それは……
《わかっておる。吾輩を手放したくはないが、この世界の人間の幸福の為とあらば、その道を選ぶ。そう決断された時のあなたのお心は読んでいた》
レイは淡く微笑んだ。
《あの時、吾輩は……たまらなく嬉しかった》
「嬉しい?」
《主人よ。あなたのお心ばえは美しい。シャフィア様のごとく、気高く、慈悲深く、他の者の幸福の為に己を捨てることができる。あなたのしもべとなったのは間違いではなかったと、吾輩は確信できたのだ》
「レイ……」
《吾輩の望みは、主人が幸福な未来を手に入れることである。吾輩はこの地に残り、あなたの憂いを取り除いてみせよう。この星の人間を繁栄させるのも、全て、あなたの笑顔の為なのである》
「レイ……」
やだ、もう。
気障! 気障すぎ! シャルル様以上だわ!……あんたがこんな気障男だったなんて、アタシ、ぜんぜん知らなかった……。
《あの厚顔無恥なナンパ男と比べられるとは、甚だ不快である》
いつも通りの皮肉な顔で、レイはフンと息を吐いた。
《主人よ。この世界の真の幸福を望まれるのであれば、魔王戦で生き延びられよ。譲ると言っても、契約の証をこの世界の人間に貸し、仮の主人とするだけのこと。吾輩の真の主人は、あなたのままなのだ。あなたが亡くなれば契約は無効となり、吾輩は雷界に強制送還されてしまう。吾輩をこの世界で働かせたいのであれば、あなたは死んではいけないのである》
「わかってるわよ」
拳を丸めて、軽くレイの胸をパンチした。活を入れる感じで。
「……元気でね。こっちで、しっかりやってね」
《せっかちな女である》
口元を歪めて、レイが意地の悪い顔で笑う。
《還られるのは明日であろう? 別れの挨拶は明日にされたし》
「うるさいわね」
ベーっと舌を出してやった。
「レイ!」
扉を勢いよく開け、チビッ子が部屋に飛び込んでくる。
「キノウのアレ、やって!」
マルタン君だ。マリーちゃんも少し遅れて廊下から姿を見せる。
「クウキをごにょごにょするヤツ。あれ、みたいんだ」
《ここは守衛室。子供は立ち入り禁止である。出てゆかれよ、小さき主人よ》
「あのさ、ちょっとみて」
レイの言うことなんか聞いちゃいない。
要求だけぶつけて、マルタン君が両手を動かしだす。さわさわと何かを触るように目の前の宙を撫で始めたのだ。
「こうで、こうで、こうだよね? ゲンエーってさ、こにょこにょ、サッサ、パッパすればいいんだよね?」
マルタン君の前の宙がゆらゆらと揺れる。熱と風が発生しかけているような。
でも、それでおしまい。
小さなマルタン君は、顔をしかめ、う〜んう〜んうなっている。
彼の左手首にあるのはアメジストの腕輪……アタシの手首サイズだけど、着ぶくれしてる彼の手首にもけっこうぴったりおさまっている。
アタシは、レイをマルタン君に譲った。
けど、この世界のマルタンは、まだ子供なので。
彼が成人するまでは、セドリックさんが仮の(仮の仮の?)主人となる事になった。
なら、最初から、マルタン君ではなくセドリックさんに譲りゃいいように思えるんだけど。
レイが、マルタン君のしもべとなりたいって希望したんで。
その通りにしたんだ。
マルタン君は、五才にして精霊支配者だ。
でも、魔法の才能にあふれる天才だし。
いずれはレイを従えて、この世界の人たちを導く指導者となってくれるだろう。
アタシは、そう信じている。
レイが、アタシを見ている。
だから、言った。
「アタシの相手はもういいわ。新しい主人の頼みを聞いてあげて」
《承知した。では、吾輩は小さき主人らをつれて退出する》
廊下を歩くレイに、小さなマルタン君がちょろちょろとついて回る。その後を、マリーちゃんがトテトテ追いかける。
「もうちょっとでできそうなんだ。レイ。ね、おてほん。おてほんやって」
《小さき主人よ、何の幻影をつくられたいのだ?》
「いぬだよ」
《『わんわん』であるか》
「わんわん?」
キラーンって感じに、マリーちゃんが笑顔になる。
「わんわん〜 わんわん〜 わんわん〜」
「あ〜 もう。うるさいなあ、マリー。ちょっと、まって。いま、オレがつくってあげるから」
《なるほど。妹が黒クマを失い、寂しがっている。それ故、幻をみせて楽しませてやれるようになりたいと……そうお望みであるか。お優しいことだな、小さき主人よ》
人の姿のレイが、ゆっくりと歩いてゆく。
二人の子供の歩調にあわせ、とてもゆっくりと。
その背が去りゆくのを、アタシはただ見送っていた。