表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
きゅんきゅんハニー  作者: 松宮星
氷の世界
202/236

其は聖なる御使いなりや

 アタシに降りて来た人は、キョロキョロキョロと辺りを見渡し……それから、パーッと笑顔になった。


「キタキタキター! ついに、ワタシも異世界召喚!」


 兄さまとクロードをみて、先輩がふわっと笑みをつくる。

「コンニチハー おひさしぶりでーす。三十三代目『フリフリ』こと、一之瀬奈々でーす♪」


「う」一瞬喉をつまらせ、それから兄さまは何故か顔を赤く染めた。

「おいでいただき、ありがとうございます。英雄世界ではお世話になりました、フリフリさん」


 アタシに宿ったフリフリ先輩は、ぷ〜っと頬をふくらませてから、握った両手を顎の下にあてて、『いやいや』と首を横に振った。

「いやぁん。『ナナ』よ。『ナナ』ってよんでぇ〜」

「……な、ナナ、さん」

 だから、兄さま! なんで赤くなるの?


 クロードも鼻の頭を真っ赤にしてる。

「かわいい〜〜〜〜〜〜。ちょ〜 かわいい! ジャンヌが別人みたい! 可愛すぎるよぉぉ!」

 そりゃ、中身、別人ですもの!


 フリフリ先輩は、めちゃくちゃ可愛い人だった。

 ゆるふわな髪、ぱっちりとした目、ふっくらほっぺ。十代で通りそうな、清潔感あふれる、おっとりした美少女風の主婦だった。

 中身も、その外見にふさわしく可愛らしかった。

 憑依された今、アタシはほわほわのふわふわな感じになってるんだろう。


「あ〜 はじめまして〜 カッコイイおじーさま。一之瀬奈々でーす♪」

 サングラス着用、右手は銃、左手はソードなおじーちゃんが、キリッとした顔で挨拶をする。

「はじめまして。セザールと申します。サイボーグ狩人です」

「サイボーグぅぅ? いやぁん、カッコイイ!」


 ニコニコ笑顔の先輩は、次に赤クマさんに挨拶。

「コンニチハー あなたはー えっと……ピグさん、だっけ?」

《ブッブー ボクはピオさんだよー》

「ごめんごめーん」

 両手をあわせ、小首をかしげての『ごめんねポーズ』。

 アタシの体でも中身が違えば、印象が変わるんだろう。ピオさんが鷹揚に許す。

《んー ま、しょーがないよね。ピオにピロおじーちゃんにピクだもん。ボクら、まぎらわしーもんねー》

 そのうえ、ピナさんに、ピアさんまで居るものね!


「で。こちらのステキな紫の方が……もしかしてもしかして、レイさん?」

 人形(ひとがた)になっているレイが、その通りだと頷く。紫の長髪に、紫の半纏に、着物。人の姿のレイは武人風の、すらりとしたハンサムだ。

「やぁん、アリスちゃんの想像通り! ううん、想像以上! カッコイイわー ああん、写メとりたーい! このレイさんなら、ぜったい、アリスちゃんの創作意欲がかきたてられるのにぃー」


 大はしゃぎのアタシを見下ろしながら、レイがわざとらしくため息をつく。

《三十三代目勇者殿。八十九代目サイオンジ サキョウより、事情は聞いておられるな?》


「ええ、それはバッチリ。ワタシ、神の使徒さんの記憶で、共有幻想すればいいんでしょー?」


 キョロキョロと、先輩がもう一度辺りを見渡す。

「で、その話題の彼は? どこ?」


「外だ」と、兄さま。

「リフレッシュ中なんです」と、クロード。


 外の階段で煙草吸ってるのよ、あいつ。

 普段は寝てる人間のそばで平気でスパスパやるくせに。吹雪の外に出てわざわざ……。

 しもべさんが止めても聞かないんだもん、ガキなのよ、あいつは。

 自分を追い込んで、傷つけて……。

 魔王ジェラールを倒せるまで、自分に安穏を許す気がないんだろう……きっと。


 外に通じる扉が開き、入って来たのは頭と肩に雪を積もらせた雪だるま……もとい、マルタンとその世話をしているかわいそうな炎精霊だ。


 マルタンを目にして、

「キャ――――!」

 アタシの喉を使って、先輩が黄色い声をあげる。

「カッコイイッ、イケメン! キャーキャー 素敵ぃ! いやん、いやん、いやぁん! アリスちゃんの言った通りの人だワ!」

 こいつ、先輩の超好み(ストライク)でしたか……でも、見た目は良くても、中身は、その……。


 駆け寄った先輩が、満面の笑顔となる。

「はじめましてー 三十三代目フリフリこと、一之瀬奈々でーす! よろしくネ、マ……」


 先輩が言えたのは、そこまでだった。


 首が絞まったから!


 首をおさえて蹲る先輩……てか、アタシの体……


 アタシに降りて来た人が『マルタン』って言ってもアウトなの?


 ひどすぎない、この聖痕……

 アタシが言ったんじゃないのに!


 兄さまが、背中をさすってくれる。

 クロードも初級の回復魔法をかけてくれてるような。


 けど、聖痕をつけた張本人は何もしてくれない。

 回復魔法がお得意なくせに〜

 あんたがつけた聖痕のせいで、こっちは苦しんでるのに〜

「バカめ」の一言だけ。バカって言った奴がバカなのよ! バーカ!


「……名前呼んじゃいけないんだった」

 口元をおさえ、かわいらしく咳をしながら先輩が言う。

「左京くんから『神の使徒様のお名前を口にしない方がいいと思います。なんとなく、そんな気がします』って注意されてたのにー すっかり忘れてたワ」

 そういえば、サイオンジ先輩、ずっと『神の使徒様』で通してたっけ。まえは『マルタン様』って呼んでたのに。名前を口にしたらひどい目に合うって何となくわかって(・・・・・・・・)、避けてたのか。

……ズルイです、サイオンジ先輩。




「簡単にご説明しますねー ワタシの共有幻想は、幻術の一種です」

 フリフリ先輩がほんのちょっとだけ真面目な顔をつくって、マルタンたちを見渡す。

「でも、ふつーの幻術とは違います。

 一つ目。幻を作りだすのは、ワタシではありません。ワタシに選ばれた人間でーす。その人の記憶や思いから、ワタシは幻想空間をつくりだすだけ。どんな幻想ができるかは、今回は、神の使徒さん次第ってわけー

 で。ふつーと違う二つ目は、幻が現実になっちゃうこと。幻影の中の剣で切られれば、ほんとうにケガしまーす。高いところから落ちれば、グシャしまーす。死ぬかもしれませーん」


 兄さまとクロードが頷く。

 英雄世界で、アタシと兄さまとクロード(あとジュネさん)は、共有幻想を体験済みだ。

 フリフリ先輩はジュネさんの記憶を借りて、ジュネさんの故郷の村をつくりだした。

 森に囲まれた村。呪術模様だらけの建物。そこに住む獣使い、彼らのペットたちが、アタシたちの目の前に現れたのだ。現実そのもののリアルさで。

 あまりにも現実そのまんますぎて。アタシ、そこに居たジュネさんのおじーちゃんに萌えちゃったんだけど!


 それは、まあ、ともかく!


 現実的な幻で、この世界の神様をだまくらかして!

 神の力を借りて!

 マルタンが第八の扉をつくるのが、今回の作戦の肝ってわけで!


「今回はー 幻影はオープンでつくりまーす。つまりー 幻影でつくりだしたものが、ほんとーにそこにあるかのように周りから見えちゃうわけー その幻影が光り輝けば輝くほど、邪悪を惹きつけると思うの。光に群がる羽虫みたいに、邪悪がわんさと来ると思うけど。だいじょーぶ?」


「大丈夫です。その為に、俺達が居るんですから」

 力が有り余ってます! って感じに兄さまが、ポキポキと指の関節を鳴らす。


《神の使徒の第八の扉が開くまでは、吾輩たちが護衛する。開きし後は、光精霊バリバリが、神の使徒と幻影のつくり手であるあなたを、魔王ジェラールのもとへ連れてゆくのである》


《全開バリバリだぜーッ!》


「ボクらが、邪悪をやっつけます! 使徒様やジャンヌにぜったい近づけません!」


《ボクもボクもー がんばるぞー》


「使徒様。雑魚掃除はわしらにお任せを。わしらが不甲斐なくみえましょうとも、くれぐれも手出しはお控えくださいますよう、重ねてお願い申し上げます。とるに足りぬ雑魚相手に、使徒様の神聖魔法はもったいなさすぎますゆえ」



「・・うるさいぞ、ジジイ。俺だとて、ボスに行き着く前に魔力枯れで沈没はご免だ。今回ばかりは・・ボスだけをみすえる」

 大物狙う為に、体力・魔力・霊力は温存しておく、と。


「しもべ」

 マルタンの求めに応えて、炎精霊が奴の右手に黒革の本を出現させる。時空を司るナントカ神の教典だ。


 超不機嫌そうな顔で教典を見つめ、マルタンはそれをグッと握った。


「準備万端だ。女、共有幻想とやらを、とっとと、さっさと、マッハにつくりだせ」


「ん〜」

 口をちょこっと開けて、上目づかいにマルタンを見て。『どうしようかな〜』って感じにアタシに憑依した先輩が、小首をかしげる。

「あなた、ちょ〜強い神さまの加護うけてるでしょ? あなたの記憶、ぜーんぜん見えない。このまんまじゃ、幻想空間つくれないワ」


 ニコッと微笑んで、アタシは手袋を外し……ヤツへと右手を差し出した。


「手をつなごう」


「ぬ?」


「心が見えないタイプの人とはね、肉体を接触させるの。肌から記憶を感じ取るのヨ」


 え〜

 こいつと手をつなぐわけぇ?


 ニコニコ笑いながら、アタシの体をのっとった先輩が、マルタンに握手を迫る。


 何よ、その嫌そうな顔は。

 言っとくけどね! アタシだって嫌よ!

 あんたとおててつないでランランランとか、冗談じゃない!

 でも、この世界の邪悪を倒す為なのよ! しょうがないでしょ!


「不浄な女の存在は、内なる十二の宇宙的秩序を乱す・・」

 は?

「俺は聖なる血を受け継ぎし神の使徒だ・・・堕落は許されんというのに・・」

 はぁ?

「警告しておくぞ、女。俺に惚れるなよ? 常に輝かしき聖戦の中にある俺に、女の思慕など不要・・。いや、迷惑だ。きさまが破廉恥な行為に及ぼうとし、あまつさえ俺の純潔を奪おうとしたら、マッハで自衛させてもらう」

 はぁぁぁ?

 なに言ってやがる! 手ぇつなぐだけだろーが! 誤解すんな! あんたなんか、アタシ、これっぽっちも! 何とも思ってないんだから!


 アタシは怒り狂っているのに。

 アタシの顔は、楽しそうに笑ってるのだ。

 でもって、アタシの体を使って先輩がチョンチョンとアタシの唇をゆびさして。

「キスでもいいのヨ」


 は?


「繋がりが濃ければ濃いほどー 心と心が通じ合ってー 濃厚な共有幻想できるもん」

 意地悪く笑い、小首をかしげ、アタシが上目遣いにマルタンを見つめる。

「手をつなぐ? キス? もっと熱いのにする?」


 もっと熱いの????


 て、なに?


 先輩、アタシの体つかって、なにやる気ですか????


「ナナさん! それはあまりにも!」

 視界の端で兄さまが暴れてるっぽい。

 でもって、セザールおじーちゃんと、レイとピオさんに押さえつけられてるっぽい。


「チィィ」

 派手な舌打ちをして、マルタンがアタシの右手をむずっとつかむ。

「これでいいな? とっとと共有幻想しろ、女」

 痛いわよ!

 女の子はデリケートなのよ。もっと優しくしなさいよ。ほ〜んとデリカシーが無いんだから。


 指が冷たい……もともと血行が悪いのに、指出し手袋だもんなー それで、外で煙草なんて……


 ほんと、もう……


 あんたってば、バカよね。



* * * * * *



 つくられた幻影。



 見えるのは、薄暗い部屋。


 宵闇のほの暗さといおうか……暗すぎて、よく見えない。

 そんなに広い部屋じゃなさそうなのに、壁が何処にあるのかもわかんない。見えない。

 誰が何処にいるのかはかろうじてわかるけど。


 セドリックさんが立っている。

 髪はボサボサ、髭はボーボー。室内なのにコートを着た、いつもの姿で。

 セドリックさんの前には、小さな机。

 そして、教典。

 こんなに暗いんだ、読めるはずないのに。書を開き、朗読するかのように教典の言葉を、高らかと口にしている。


 セドリックさんと対する形で、横向きに二つの長テーブルと折り畳み椅子が置かれていて……


 そこには、シェルターの人たちが……


 子供たちも居る。


 そばかすのリナちゃん。

 隣はリナちゃんのおねーちゃんの、ユニスちゃんだ。

 サイボーグについて熱く語っていた、エドゥアールくん。

 年少者に勉強を教えていた、おっとりとしたグレゴワールくん。


 ああ……アルフォンスくんも、

 ヴァレリアンくんも、

 ソフィーちゃんも、みんな、みんな……


 レジーヌさんは席についていない。

 みんなから離れた所で、ぐずっているマリーちゃんを抱っこして、優しくあやしている。


 みんな居るのに……

 マルタン君が見当たらない。


《この幻想を構築した者だからですよ、女王さま。人間の視界に、自分は入りませんから》

 アタシと同化中の土の精霊が教えてくれる。

《それから、今見えているのは、女王さまが直接知り合われた者どもではありませんよ。混乱なさいませんよう。女王さまは、今、神の使徒の記憶の再現の中に居られるのです》


 わかってるわよ。

 並行世界の人たちなんでしょ。


『並行世界のあり方は、世界ごとに異なりますが……ここは神によって創られた複写(コピー)……いや、保存データ……バックアップみたいなものですね。おそらくは、やり直しの世界』

 サイオンジ先輩は、そう言った。


 今いる世界が『やり直しの世界』なら……


 この幻影の人たちは、おそらく……


 マルタン君の予知夢の中で、セドリックさんたちが雪の中で一人また一人と逝ったように……


 もうみんな……。



 見えるのは、幻影だけだ。

 アタシのすぐ右隣に居て、手をつないでいるはずのマルタンの姿が見えない。


《異教の神を戴く今の自分を、この幻の中に置きたくないと思ったんでしょうね。だから、見えないんでしょう》


 だけど、アタシの右の掌は、マルタンの左手を感じている。



 セドリックさんが、教典を閉じる。


 しばしの黙想。


 その後、全員が立ち上がり……

 聖歌を歌い始めた。


 心と声を一つにして、時空を司る神に聖なる歌を捧げているのだ。


 マルタン君の歌声も混じっている。

 いや、違う。マルタン君じゃない、小さい頃のマルタンだ。

 この頃のマルタンは、マルタン君とまったく同じように、一族の神を純粋に信仰し、文字も読めないうちから教典を丸暗記していたんだろう。


 けれども、今……

 マルタンは、アタシの世界の神の使徒だ。


 一族の教えを棄教し、別の神の庇護下に入ったのは、たぶん……


 邪悪を滅ぼす為。


 強大な神の加護を求めて、マルタンは何もかもを捨てたのだ。


 自分の世界も。

 信仰も。

 愛する者たちへの想いを口にすることも。



 胸がキュンキュンした……






 アタシは、共有幻想の中にいる。


 アタシの目は薄暗い部屋しか見えず、

 アタシの耳は幻の人たちが歌う聖歌だけを聞いている。


 幻想の外は、まったく感じとれない。


 けれども、どうなってるのかはわかる。


 幻影の外は……戦場となっているだろう。


 時空を司る神の信者たちが、街中にポコンと現れたわけだから。

 共有幻想を現実だと勘違いした邪霊たちが、わんさと迫って来ているはず。

 光の信奉者たちを穢し喰らってやろうと、牙をむいて。


 兄さま、クロード、セザールおじーちゃん、ピオさん、レイ……


 見えないけど、みんなが守ってくれてるんだ。


 幻影の中に、邪悪が入り込んでこないように。


 この世界の神様が、動いてくれる時まで。

 神の加護が共有幻想に注がれる時まで。


 ただずっと……アタシとマルタンを守ってくれているんだ。






 ふと気がつくと……


 右手がモミモミされていた。


 ぎゅっぎゅって握られてはゆるみ、握られてはゆるむ。その繰り返し。


 マルタンの左手がやっているのだ。


 開いては閉じ閉じては開きで、まるでマッサージするかのようにアタシの右手をニギニギ、ニギニギ、ニギニギ。


 セクハラ!


……なわけないか。

 こいつが、アタシの手を触りたがるわけない。

 たぶん無意識にやってるんだ。


 マルタンは、時々、左の掌を開いては閉じ、閉じては開きを繰り返す。

 考え事をしている時。

 ボーッとしてる時。

 一人の時に。


 掌が、不思議なほど優しい。やわらかく、一定のリズムで、力を入れては緩めてくる。



『マリー ゆびをニギニギして。つないだテを、オレがギュッするから、ギュッしかえして』


 予知夢の中で、マルタン君はマリーちゃんの手をニギニギしてた。

 吹雪の中、子供たちだけで彷徨っている時に。


『わらって、マリー……もっともっとわらって……』


 けれども、マリーちゃんは雪の中で……




 胸が、痛い。

 体の自由がきかないはずなのに……

 アタシの頬を熱いものが流れていった……


 ふと。

 アタシの手が動く。

 アタシに憑いているフリフリ先輩が、奴の手を握り返したのだ。


「やだ……胸が苦しい……ジャンヌちゃんが泣いてるのネ」


 マルタンからのニギニギが止まる。

 握り返されて初めて、アタシの手をニギニギしてたことに気付いたんだろう。


「だいじょーぶヨ」

 先輩が涙声で言う。

「最後まで、ジャンヌちゃんがいっしょだから」


 先輩がぎゅーっと強くマルタンの手を握る。


「あなた……一人じゃないから」


 しばらくして。

 奴の左手が、またギュッしてきた。


 先輩も、ギュッし返す。


 試すような感じの握り方から、だんだんテンポよく。


 一定のリズムで。


 そこにいることを、二人で確かめ合うように。

 互いの手を優しく握り合った。




 やがて……


 まばゆい光が。


 雲間から日の光が射すように。

 輝かしい光がアタシを照らす。


 いや、違う。

 そうじゃない。

 光輝な光を浴びているのは、共有幻想によって生み出されたものすべてだ。


……愛し子のすべて。

……一人一人を愛くしむ深い愛が、光の雨となって注いでくる。

……幻影のあるこの空間が、祝福されているのだ。


 突然、アタシの右隣が輝き出す。


 まぶしすぎ。


 まるで、光の洪水だ。


 凄まじい勢いで、光が爆発的に広がってゆく。

 神々しく。

 強大で。

 圧倒的な光だ。


 目に悪いほどギラギラしてる。

 ずっと見てたら目がつぶれそう。


 なのに、ずっと見ていたくなるような……


 何処までも美しい光だ……。




「第八の扉、全・開!」

 やったぜ! って感じにマルタンが叫ぶ。


 アタシの右隣からの光は、どんどんどんどん膨れ上がってゆく。

 際限なしに。

 嵐のように、膨張していく。



「よぉし! 今だ! 今なら奴の結界を突破できる! ゆけぇ、スピート狂! 俺と共に疾風怒濤の風となれ!」

《おぅけぃ、使徒様! 全開バリバリだぜーッ!》


《キャー! いきなり特攻? 頭、おかしいんじゃないの、あなた?》

「案ずるな、しもべ。既に聖霊光は極大までに溜め(チャージ)済みだ」


 疾走感すらない。

 アタシが知覚できるのは、共有幻想がつくりだした幻と、幻の中にいる者たちだけ。


 けれども。

 感じた。

 感じ取ったのは、アタシと同化しているソルなんだろうけど。


 暗い……

 あまりにも黒くて、暗い……

 光を穢すおぞましいもの……

 触れてはいけない醜いもの……

 どこまでも深く強大な闇が、すぐ側に居る……


《キャー! 近いわ! デカいわ! 深いわ! こんな果ての無い存在……無理無理無理無理! 人間が祓える敵じゃないわ》

「やかましい。きさまは、しっかり発明家のボトルを持ってろ。俺は両手がふさがっているのだ。俺の魔力が切れかかったら、ストローをくわえさせろ。いいな、『ボトル持ち』」


 どんな差し迫った状態でも、マルタンのマイペースは変わらない。

「魔王に堕ちし、愚かなりし者よ。堕落前が何者であろうが、もはや関係ない。邪悪に堕ちしものは、粛清するのみ。内なる俺の霊魂が、マッハで、きさまの罪を言い渡す」

 しっかりと罪を言い渡してから。

「有罪! 浄霊する!」

 決め台詞まで言いやがる。


聖気(オーラ)10%解放!」

 また10%?

 こんな大切なシーンでも、100%でいかないわけ? ほんと、勝手なヤツ。


 つないだ掌から、ぐぅぅんと熱が伝わってくる……


「綺麗さっぱりまったく完璧に完膚なきまでに祓ってやるぞ、ジェラール!」

 そんでもって、わっはっはっは大笑いするし。

 何がおかしいのよ。さっぱりわかんないわッ!


 とっととグッバイの魔法をうてよ!


 あんたは、変!


 変よ!


 変すぎ!


 変だけど……


 邪悪には、間違いなく最強!


「その死をもって、己が大罪を償え・・・」


 ぶっぱなせぇぇ、マルタン!


 あんたが祓いたいもの、ぜんぶ祓っちまえ!


真・終焉ノ(グッバイ・)滅ビヲ(イービル・)迎エシ神覇ノ(ファイナル・)贖焔(バーン)!」




 高まった神々しい霊力が、どデカい白光の玉となって……


 神への祈りを捧げているセドリックさん達の幻影をも飲み込んで……


 世界の全てが光に包まれてゆくのを、アタシはマルタンと共に見つめたのだった……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=291028039&s
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ