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きゅんきゅんハニー  作者: 松宮星
氷の世界
201/236

◆光ノ風吹ク丘◆

 オジョーチャンたちが、魔王ジェラールと一戦を交える。


 その情報は、レイの分身体がシェルターの大人達に伝えた。

 盗賊の坊やにゃ、オレが知らせた。


 オレが苦手なあの人が、きっちりジェラールを祓ってくれりゃいいが。

 しくじりゃ、邪悪からの反撃もありうる。

 凶暴化してシェルターに殺到、数の暴力で『第八の扉』の守護を突破、雪崩こんでくる事態もありうるわけで。


 いや、そもそも。

 ジェラールって奴がちょいと本気になるだけで、このシェルターは終わりなんだっけか。


 とうとう、チビッ子の予知夢が現実になるかどうかの瀬戸際にきたって感じだ。



 族長のセドリックは『第八の扉』でシェルター内の防御空間をつくり直し、大人たちは武装を始めた。


 あのチビッ子の母親――レジーヌが教典を片手に子供部屋にやって来た。

 訓話の勉強会をする、全員テーブルに集まるようにと、にこやかな笑顔だ。


 これから決戦ってのは、子供にゃ伏せとくようだ。

 子供を一部屋に集めておき、いざって時には『第五の扉(移動魔法)』持ちの大人(レジーヌ)が脱出させる備えだけはしているが。



 盗賊の坊やが、うへ〜っと部屋の隅に逃げる。

 今までは、オレといっしょに男の子たちに体術を教えていたんだが。

 道徳話なんかご免だって顔だな。


 部屋から出ていかないのは、

 邪悪が侵入してきた時には子供たちを守ってやるんだって気概があるから……

 それと、廊下が寒いからだ。


 シェルター全体にオレが風結界を張ったんで、それなりに冷気は防げているんだ。

 が、あくまでそれなり。

 簡易暖房のピオとピナが居なくなった今、シェルターの温度は下がっていく一方。

 人が集まっている部屋に居た方が、あったかいに決まっている。



 盗賊の坊やは部屋の端で、丸まってる。二段ベッドの下の段のあたりに背もたれて。

 譲ってもらった上着やらセーターを着こんでるから、やたら膨れ上がって見える。


 寒いのは、本当に苦手なようだ。


 記憶が見える。


 雪景色……

 この世界の地表。

 来てすぐに見た吹雪の街を思い出している。


『外に逃げたって、凍え死ぬだけだろうに』なんて考えてやがる。

 それと同時に、ここの子供たちが邪霊に追われない未来を切に願っている。

 誰も死なないで欲しいと。



 違う景色も見える。

 これは……オジョーチャンの世界の街並みだ。



 そうか……。


 そういうことか。


 こいつ、ガキ時分に、凍死しかけたことがあるのか。



 母親の急死。


 家主に家を追われ、冬の街を彷徨い……

 スリをしくじり……

 殴られ、蹴られ、どうにか逃げ出せたが……

 街角に倒れ……


 冷たい風を浴びながら。

 自分のそばを通り過ぎてゆく他人の足を眺めてたのか。


 ああ……

 寒いな。

 凍える記憶だ。


 やがて、何も感じなくなり、意識をうしない……


 占い師に救われ、一命をとりとめたのか。


 だが、目覚めたこいつは、『インチキ占い師』と命の恩人を責めた。

 なんで母親の死を占えなかったんだ、おまえの恋人だろう? と。

『助ける気があるのなら、もっと早くに来いよ。のろま』と泣きわめくこいつに、

 あの男は『すまねえな、へっぽこ占い師で』と、苦い笑みを浮かべながら謝り続けた。

『しかし、わめく元気がありゃ、もう大丈夫だな。今日のとこは、あったかくして寝ちまえ』

『好きなだけ、俺の所にいていい』

『おまえは愛しい女の忘れ形見だ。デカいツラして、俺をこきつかっていいんだぜ』


 愛情と反発、感謝と負い目……占い師の嘘を、当時から、こいつは見抜いていた。

 母親は『愛しい女』ではなかった、占い師にとって『遊び相手の一人』に過ぎなかったのだと……下町育ちのマセたガキは気づいていたわけだ。


 世話してもらえる立場にないとわかってはいたものの。

 ガキすぎて一人で生きていく力などなく。

 早く大人になろうとあがき続け。

 占い師を慕いながら、素直に甘えることもできず……



 なるほどね。



 普段は、人間の心は読まない。

 必要な時に、必要な分だけ、人間の記憶や思考を盗み読むぐらいだ。


 けど、時々、強烈な感情や思いがダダ漏れで伝わってくることもある。

 見ようと思って見るわけじゃない。

 見えちまうんだ。


 今が、まさにそう。



 盗賊の坊やの隣に、腰をおろした。


 意味は無い。


 だが、寂しい気分の時に、一人っきりはよくない。

 余計落ち込みかねない。

 誰であれ近くにいりゃ、それだけで楽になることもある。


 それだけだ。



 そのまんま盗賊の坊やと並んで、有難いお話をするおばさんと子供たちをぼんやりと眺めていた。


 神の使徒のこの世界バージョンは、真面目な顔だ。年長者に混じってきちんと座ってる。

 けど、妹の方はダメだ。おにーちゃんの横に座っちゃいるが、話なんざ聞いちゃいない。黒クマ(ピク)を、ナデナデしちゃ、ギュッ。ほわほわ笑顔だ。

 このおチビちゃん、このとこずっとこうだ。何処へ行くにも何をするのも、ピクといっしょ。ピクを離そうとしない。

 そのストレートな愛情表現は微笑ましいし、ピクも大喜びでおチビちゃんにくっついている。ひきずられようが、うっかり踏まれようが、潰されようが、気にしない。

……こんなんじゃ、お別れの時が心配だね。大泣きするだろうな、おチビちゃん。



「ねえ」

 しばらくしたら、盗賊の坊やが小声で聞いてきた。

「ほんとのとこ、子供なんにんいるの?」


 さらっと聞きやがった。


 おととい、オレがレイに食ってかかった時、この坊やも側には居た。

 あのクソ雷野郎の《おまえでは、格が低すぎる。いったい、何人の主人と子をなし、何人の子に自分の力を与えてきたのだ?》の問いも聞かれてるわけだ。

 けど、今日の今日まで、そのことを表層意識にのぼらせなかったくせに。

 このタイミングで聞いてきた。

 興味本位ってわけでもなさそうだ。が、オレが話す気はないって断りゃ、あっさり引き下がりそうだ。

 気まぐれで、軽くって、ドライで。

 ネコみたいな、坊やだよ、まったく……。


 別に隠してるわけじゃあねえんだが。

 シェルターには、クソ雷野郎の分身が居る。

 聞かれるのもしゃくなんで、

 ドーム全体の結界の他に、別の風結界を張った。オレらの周囲だけを包む小さいヤツ。これで、オレらの会話は、他の奴にゃ聞かれない。


《七人だ》


「へー 意外と子だくさんだね」


 子供をつくればつくるほど、精霊は弱体化してゆく。

 子づくりのために、自分の存在基盤の一部を核として提供するからだ。

 産まれる子供は、一般的な人間よりは魔力や身体能力が高く寿命も長めとなる。しかし、しょせん人間でしかなく……もって百年ちょっと。

 身を削って子供をつくっても、あっという間に死なれちまうわけだ。

 むなしすぎる。

 そうだってわかっちゃいた。が、惚れた女から頼まれりゃ、拒まなかった。オレの子供が欲しいってねだられりゃ、尚更だ。


「けど、全員と子づくりしてきたわけじゃないんだ。勇者のねーちゃん、十二人目のご主人さまだろ?」


 記憶力のいい坊やだ。自分にとってどーでもいい情報を、よく覚えていやがる。


《オレを『男』として見なかったクズどもの誘いは拒否したんでね》


 最初の女の娘は……まあ、オレの娘でもあるんだが、サイテーのクズだった。

 最期まで、精霊を『便利な道具』か『奴隷』としてしか扱わなかったんだ。


 惚れた女の娘が、母親とは似ても似つかぬクズに育つのは悲しい。いや、むなしい。姿かたちは似てるのに、中身がどブスとか冗談じゃない。


 なので、三人目の主人からは、子孫への譲渡は断固拒否、一代限りの契約を貫いている。


 主人をなくす度に、新しい主人を探してきた。

 条件は一つだけ。

 オレを必要としてくれる可愛い女かどうか……それだけだ。

 妥協しすぎて主人選びに失敗したこともあったが、契約時に《どちらかが主従関係に嫌気がさしたら、契約解消》ってな言葉を交わしてたんで、スパーンとお別れで、風界に還らせてもらってきた。


「へー んじゃ、十一人中の七人が当たりだったってことかな? イイ女ばっかだったんだね」

 男心をくすぐるのが上手いガキだ。

 ま、自分の女を褒められりゃ、悪い気はしねえが。



「ぶっちゃけた質問してもいいかな?」

《質問にもよるな》

「ん〜 精霊の『格』ってのが、よくわかんねーんだけど。教えてくれる?」


《……なんで、そんなことが知りたい?》


「後学のためってヤツ? オレ、精霊のことよく知らねーからさ」

 盗賊の坊やが、ニッと笑う。

「ジパング界の白髪鬼や赤鬼が、精霊の子孫だってのは聞いたよ。あー あと、赤侍とか、キャーキャー姫もさ。あいつらが普通じゃねーのは、知ってるよ。精霊と子づくりできりゃ優秀な子孫を残せるわけだし、人間にとっちゃメリットいっぱいなわけじゃん」

 けどさー と盗賊の坊やが頭を掻く。

「あんたらにとっちゃ、『格』が下がるだけ。自分が弱体化するだけよね。それでも子づくりに協力しちゃうってことは……」


《人間の男といっしょだよ。惚れた相手の分身が欲しくなりゃ、子づくりに協力する。それだけだ》


「ふーん」

 坊やの心が、チラチラ見える。

 あの占い師とそれによりそうアウラ達八人の精霊の姿も見える。

 八人の精霊(おんな)に慕われた占い師がこれからどうなるのか、八人の子供(ガキ)が産まれるのか、そんなことを考えている。

 そこには嫉妬の感情もわずかながらある。

 あの男にガキができるとなりゃ、複雑な気分にもなるだろう。

 あの男は、こいつには、恩人であり父親であり兄であり……家族だったわけだから、当然とも言える感情だ。


《ま、惚れたからって、必ず子づくりするわけじゃねえ。双方の合意があって初めて、子をなせるんだ》

「へー」

《占い師が八人の子持ちになるかどうかは、今のとこ何とも言えないね》

 そう言ったら、睨まれた。『別にそんなことは気にしてない』って言いたそうだ……ほんと、素直じゃないガキだ。



《なあ、オジョーチャンの精霊の中で一番『格』が高いのは誰だと思う?》


「白クマ」

 即答。


《当たり》


「だろ? 見てりゃわかるよ。他の精霊、へーこらしてるもん。偉そうだよな、白クマ」


《ピロ様は、氷界の古老だ。氷界で数万年以上己を高めてこられた方なんだ》


「へー 長生きすると『格』が高くなるんだ」


《ダラダラと長い時を生きても駄目さ。所属世界で己を研磨し続けるか、異世界でさまざまな経験を積んで自己を豊かにするか……それプラス、子づくりをしないで、『格』はあがってく》


「んじゃ、次に『格』が高いのは水だろ」


 ほぉ〜

 勘いいねー

『格』を見分ける目を持ってないくせに。


《当たり。なんでわかった?》


「見るからに、童貞くさい」


 プッ。


 いや、まあ……

 その通りなんだが!

 ちょっとだけ楽しい気分になった!


 早く復活してくれないかねー ラルム君。あのクソ真面目をからかって遊べりゃ気分が晴れるんだが。


「その次は……あの雷か?」

《外れ。ルーチェだよ。虹クマの光精霊》

「ああ。なるほどねー あいつも、童貞くさいよね」

……どうだろう?

「つーか。ナルシストっぽい。自分の『格』が下がる行為は避けそう」

 うん、まあ、たしかに。


「んで、雷?」

《ああ。けど、ルーチェとレイの差は、けっこうデカイ。レイが二体(ふたり)居たとしても、ルーチェには及ばないね》

「へー」


 人間界の基準でたとえると、どうなるだろう?

 ピロ様を世界的に権威のある学者とするのなら……

 ラルム君が有名大学の大学院生。

 ルーチェはラルムよりはランクの落ちる大学(だが一流ではある)の学生ってことになり、

 レイは……レイのレベルじゃ……中学生だな。

……あまり、いい例えじゃなかったな、うん。


「そん次が、あんた?」

《いいや、ソルだよ》

「ソル?」

《土の黄クマ》

「あ〜 勇者のねーちゃんを『女王さま』って呼ぶ奴」

《そう。その変態》

「へー」

 ソルは初しもべ組だ。が、それは主人を選り好みしてたからであって……実力的には中堅しもべ級。妄想もんもんで土界で己を高めてきた甲斐もあってか、格はそこそこ高かったりする。


《ソルの次が、オレとピオ。ほぼ同格だよ。で、一番下が生まれたての黒クマ(ピク)

「ふーん」


 さっきの例えだと。

 ソルも中学生。

 オレとピオが小学一年生。

 ピオは幼稚園児になるかな。




『あの時××してれば』とか『あの時××してたら』話は大嫌いだが。

 七人の子供をつくってなきゃ、オレはラルムと同格か、それ以上の精霊だった。


 それが……新人しもべのピオと同格だ。


 若いピオは経験を積みゃ伸びてく一方。

 片や、オレの方はほとんど成長しない。風界に籠って本格的な修練をしない限り、『格』があがることはない。


 しかし、もうそれでいい。


 オレは……このままだ。

 何も変わらない。

 何も変える気はない。



「勇者のねーちゃんがあんたの子が欲しいって言ったら、どうするの?」


《喜んで応えるよ。オジョーチャンは、可愛いからな》


「けど、そしたら、あんた、赤クマ以下になっちゃうんだろ?」


《まあな》


 これ以上『格』が下がったら、次のご主人様探しは難航するだろう。

 精霊の『格付け』が見える精霊支配者からは、確実にそっぽを向かれる。

 でも、まあ……

 そん時は、そん時。

 オジョーチャンみたいに『目』を持ってない女をひっかけりゃいいだけのこと。

 どうにかなるさ。

……たぶん、な。



 アウラの奴ぁ、オレのことを『ご主人様中毒(ジャンキー)』と笑いやがる。

 だが、あいつだって五十歩百歩だ。


 一度、肉持つ者にのめりこんだら、もう精霊界じゃ生きていけない。

 刺激のない世界(くらし)じゃ、つまらなさすぎる。


 常に女を切らさず。

『オレの女』の道を助け、苦楽を共にし、語り合い、求め合ってゆけりゃいい。


 その果てにどうなろうが、どうでもいい。


 オレの女が喜んでくれるんなら、それで満足だ。



 ただ、まあ……

 オジョーチャンは、オレの子は欲しがらないだろうね。

 精霊は自分の力を分け与えて子供つくるんだって、知っちまったからなー オレがますます弱くなるとわかってて、望むはずがない。


 オレとオジョーチャンの子供……見てみたい気もするんだが。



「わっかんねーな。オレにはわかんねーや」

 盗賊の坊やがつぶやく。

「寿命が短くなるわ、力が弱くなるわ、頭が悪くなるわ、足が遅くなるわ……だったら、オレはご免だね。女なんかいらねーや」


《そういう奴ほど、コロッと変わるもんさ》

 笑みが漏れた。

《運命の相手に出会うと、ね》


「ケッ」

 盗賊の坊やがそっぽを向く。



 子供部屋での有難いお話し会は、まだまだ続くようだ。


 オレの苦手なあの人が、さっさと魔王を倒してくれないもんかねえ。

 そう思いながらオレは……

 盗賊の坊やと並んで座り続けた。

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