名を与えよ、さらば魂は吹き込まれん
岩山の頂上で、竜王デ・ルドリウ様は、どこからともなく金の深皿を取り出した。
物質転送の魔法で、呼び寄せたんだろう。
《一つづつ取るがいい》
取っ手のついた金ぴかな深皿が、アタシ達の前の宙を漂う。
深皿に山もりとなっているのは、黒い小石だ。
《我が魔力がこもりし石じゃ。一番最初に触れ、名を与えたものを仮の主人とし、ゴーレムが生まれる》
竜王デ・ルドリウ様が、アタシ達にゴーレムを貸してくださると言うのだ。
しかも、人数分。六体も。
太っ腹!
《危険な荒野を旅する助けになろうし、これなくばそなたらは立ちゆかなくなる》
ゴーレムは、魔法によって、土くれと岩より変化するものだ。
幻想世界では、わりとポピュラーな使い魔。力持ちで食事いらずのゴーレムは、番人やら召使いやら工事現場の労働力として大活躍だ。しゃべれないから、不平不満も言わないし。
さっきアタシ達を取り囲んでいたゴーレムは、どっかの魔法使いの使い魔か、主人に捨てられて野生化した『はぐれゴーレム』。
魔力によって生まれ、魔力によって生かされるゴーレムは、幻想世界ではほぼ不死。
空気にまで魔力があふれてるから、エネルギー切れなんかありえないわけで。
創造主が『無に帰す』ことを望むか、浄化魔法でいびつな存在を清められない限り、消滅しないのだ。
『勇者の書』にそう書かれてたから、知識としては知っていた。
でも、実物を見たのはさっきが初めて。
当然、使役したことなんかない。
《むろん、創造主たる予こそ真の主人である。が、そなたらにも絶対服従を誓い、意のままに変形し、あらゆる願いを叶える為に働く》
つまり、アタシの忠実なしもべ?
乙女を守る岩石巨人?
いいなあ、それ♪
《遠慮せずともよい。客人には、みなゴーレムを与えておる。小さきものの世話は、予にはできぬゆえ。接待用ゴーレムをあてがっておる》
「メイド代わりだ」と、お師匠様。
むぅ。そう言われると、ロマンないなあ。
お手本って形で、お師匠様が黒の小石を一つ取る。
「ゾゾ」
お師匠様が『名』を与えると、指先でつまんでた小石がピカッと輝く。
宙に放り投げたそれが、見る見る大きくなってゆき、人の形をとる。
お師匠様の前に、目も鼻も口も耳もない、人の形をしただけの黒いものが現れる。女の子の名前だけど、胴体には凹凸がない。胸もお尻もぺったんこ。背の高さは、お師匠様と同じくらいだ。
「ゴーレムは、主人が心に描く姿となる。人型以外にも、鳥にも動物にも、乗り物にもなる。必要に応じ、形態を変えさせることも可能だ」
へー
変身しもべ、か。
宙に浮かぶ金の皿が、アタシの前にやってくる。
「ジャンヌ」
お師匠様に促され、アタシは皿に盛られた黒の小石へと手を伸ばした。
お師匠様がつくったような、のっぺりしたゴーレムじゃつまんない。
側に置くのなら、格好いいのがいい。
ゴーレムらしくごっつく?
ワイルドに?
だけど、メイド役もしてもらうのよね。ごっつすぎるのは、却下か。
小型の……戦うメイド・ゴーレム?
メイドさんの衣装って、わりと好き。でも、岩じゃなあ……萌えない。メイドさんは、ヒラヒラ、フワフワしてるから可愛いんだもん。むぅぅ。
ん?
そうだ!
身の回りの世話をしてもらうのは、メイドじゃなくてもいい! 男の召使いでもいいんだ。
執事もおっけぇ?
渋くて美形な、おじいちゃん執事?
老メガネ、白髪、深い皺……
ああ……いい、かも……
名前は、定番のセバスチャン?
アタシだけのおじいちゃん執事か……
うっとり……
あ。
うわぁぁぁ。
駄目だ。
ゴーレムは、しゃべれないんだった。
お嬢様を思いやっての、お小言をクドクド言う……そこに、執事の様式美があるのにぃぃぃ。
しゃべれないのかぁぁ。
それに、今、気づいた。黒石からだと、白髪のおじいちゃん執事を作るのは難しいんじゃ?
むぅぅぅ……
どーしよ。
黒い召使い?
イメージがまとまんないよ。
「ジャンヌ?」
小石を持ったまま固まったアタシを、お師匠様はいぶかしく思ったようだ。
デ・ルドリウ様も、アタシに助言を与えてくれる。
《無聊を慰める、愛玩物として使ってもよいぞ。口のきけぬ、岩だがな》
愛玩物……
ペット、おもちゃ……
ふと思い出した。
昔、真っ黒なぬいぐるみを持ってたって。
可愛いのに、ちょっぴり悪そうで、ふわふわのもこもこで……
お気に入りの、一人だった。
名前は……
「クロさん……」
名前を与えたことで、小石は変化してゆき……
アタシの望んだ形になった。
アタシの生み出したものを見て、周囲から歓声があがる。
そうよね、この姿を見たら、みんな、夢中になっちゃうわよね……
胸がいっぱいになった。
懐かしい姿。
ちっちゃい頃、大すきだった子が、そのままの姿でアタシの前に現れたのだ。
胸がキュンキュンした……
心の中でリンゴ〜ンと鐘が鳴る。
欠けていたものが、ほんの少し埋まっていく、あの感覚がした。
《あと八十六〜 おっけぇ?》
と、内側から神様の声がした。
「そのゴーレムを仲間にしたのか?」
お師匠様の声は、いつも通り抑揚がない。
だけど、びっくりしてるっぽい。
アタシも驚いてた。
魔法生物のゴーレムは『男』ってわけじゃない。
なのに、伴侶枠入りしたのだ。
キュンキュンすれば、無性でも、もしかすると同性でもいいのかも?
ちょっとした驚きだった。けど、ンなこと、今はどーでもいい。
アタシはしゃがみこんで、現れた子に抱きついた。
硬くて、冷たい。
見た目は、ふわふわのもこもこなのに!
残念。
でも、しょうがないか。もとは小石だし。
それに……
アタシはハグするのを止め、ちょっと顔を離してその子を見つめた。
ちっちゃい。
背はアタシの膝ぐらい? 抱っこすると、ちょうど胸の中にぴったりおさまるサイズ。だけど、重たいんだ。持ちあげるのはやめといた。
アタシを見上げる姿は、心躍るものだった。
垂れたお耳と、つぶらな丸い瞳、かわいらしいお鼻。全身を覆う毛は、闇のように黒い。ふわふわで、やわらかそうに見える。
後ろ足で立ってる、ラブリーな黒ウサギ……
なんだけど!
衣装がいいのよ!
白の学ランに、長いお耳とお耳の間にちょこんとのってる白の学生帽! でもって、鉄下駄! さらに、長い楊枝ならぬ牧草をくわえているのだ!
伝説のヒーロー『番長』! アタシ達の世界には存在しない、ファンタジーな職業だ。
一説では、英雄世界出身の七代目勇者『ヤマダ ホーリーナイト』先輩がモデルだと言われている。けれども、さだかじゃなくって……
ともかくも、『番長』というのは、さすらいの正義の味方! 物語に描かれる時も、何処からともなく現れて、悪漢を倒し、鉄下駄を鳴らして去ってゆく格好いいヒーローなのだ。
クールで一匹狼な番長……
それが、ウサギなのよぉぉぉ!
このアンバランスさが、もう……凶悪なほど……
「かわいい! かわいい! かわいい!」
アタシは、黒ウサギのクロさんを抱きしめた。
衣装は白だし、牧草は緑。大好きだったクロさんが、ちゃんと再現されている。黒石は、黒以外にも変化できたようだ。おじいちゃん執事もつくれたかもしれないけど、もう、そんなのどうでもいい。
クロさんに会えたんだもん!
ものいわぬクロさんが、つぶらな瞳でアタシを見つめ……
その長〜い垂れたお耳がほんのちょっとぴょこっと上がり、両前足でやさしくアタシの頬をポンポンしてくれて……
きゃぁぁ!
このクロさん、動く! ぬいぐるみと違って、リアルなクロさんなのだ! やわらかくないけど、いい! 許す!
「ジャンヌぅぅ! 次! ボク! ボクにも、抱っこさせて!」
クロードがやけに興奮した声で、迫って来る。
「ジャンヌ……俺にも、少しだけ貸してくれないか?」
兄さまも、抱きしめたそうに手をわきわきとさせている。ガキ大将な外面は守ってたけど、兄さま、けっこうファンシー好きだったものね。アタシのぬいぐるみ遊びにも付き合ってくれたし。
だけど……
「だめ! クロさんはアタシのだもん!」
渡すものかと、クロさんを抱きしめた。
「ジャンヌの意地悪ぅぅ」
何と言われても、嫌。べーっと舌を出した。
「欲しかったら、自分のクロさんを作れば?」
幼馴染が、『あ、そっか』って顔になる。
「よぉし! ジャンヌのクロさんより、もっともっとかわいい子つくっちゃうぞ!」
「……クロさんも捨て難いが……そうだな、何でも作れるのなら……」
兄さまが浮き浮きとした感じで、ゴーレムの素の小石を手にとった。
どんな子が生まれても、アタシのクロさんにかなうもんですか!
……そう思ったんだけど……
クロードと兄さまの前に現れた子達は、あまりにもラブリー過ぎた。
胸がキュンキュンして、キュンキュンした……
心の中でリンゴ〜ン、リンゴ〜ンと鐘が鳴る。
欠けていたものが、ほんの少し埋まっていく、あの感覚がした。
《あと八十五〜 おっけぇ?》
と、内側から神様の声がした。
と、思ったら、すぐさま、
《あと八十四〜 おっけぇ?》
てな神様の声が続いた。
「ゴーレム作りはしばし待て。エドモン、マルタン、黒の小石に触れるな」
お師匠様が、珍しく大きな声をあげた。
「……わかった」
サブジョブ狩人の人は短く答え、使徒様はまだ寝こけているので当然返事はなし。
クロードや兄さまは、お師匠様がそんな事を言い出した理由を知らない。
しゃがみこんで、ただただ満足そうに、かわいい子たちを抱きしめてるだけだ。
仲間枠が見えないから、アタシがその子たちまで伴侶にしたってわかってない。
さすがに、アタシもびっくり。
かわいいなあと思ったわよ。
でも、ゴーレムはもう仲間にしたのよ。
なんで伴侶にできたわけ?
同じジョブは仲間にできないんじゃ?
「……おまえ達、ゴーレムについて説明してくれ。どういう設定なのだ?」
お師匠様の問いに、クロードがゴーレムを抱きしめながら答える。
「この子? ミーだよ。近所のおばあちゃんが飼ってた、ネコちゃん」
「ミー?」
アタシと兄さまがぴくっと反応する。
「ミレーヌおばあちゃんちの、ミー?」
「うん、そう」
クロードが大きく頷く。
『ネコおばあちゃん』のミレーヌおばあちゃん家に、みんなでよく遊びに行った。飼いネコ、半野良、いれかわりたちかわりでいつも十匹以上、お家の中をネコちゃんが歩いていたのだ。
自由きままなネコちゃんの中にも、愛想のいい子もいた。子供が触っても怒らない、心の広い子も。
ミーは、比較的触らせてくれるネコだった。たいてい日向で眠ってた。撫で撫ですると、ちょびっと目を開ける。あくびをして、また、眠る、そんなネコちゃんだった。
ピンとたった耳、盛り上がって見える厚手でふわふわとした黒の毛、金の目、ちょっと潰れたような愛嬌のある鼻、もこもこの太い尻尾。
言われてみれば、ミーだわ、この子。
「ミーは、おばあちゃん家のボス猫だったんだ。あと、ネズミとりが上手な『ネズミとり屋』だったんだ」
クロードが、クスンと鼻を鳴らす。
「……おととし死んじゃったけど」
そっか……そうなのか。
てか、ずっと、こいつ、おばあちゃん家に遊びに行ってたのか……
クロードが、ミー・ゴーレムをハグする。冷たいやとえへへと笑いながら、クスンクスン鼻を鳴らして。
けれども、お師匠様が気にしていたのは別の事だった。
「『ボス猫』で『ネズミとり屋』……ジョブはいづれか、か?」
何のジョブでアタシがゴーレムを仲間にしたか。問題は、そこのようだった。
戦士を仲間にしたら、もう戦士は仲間にできない。
考えてみれば、ゴーレムって種族名だ。
クロさんにしても、ジョブは『ゴーレム』じゃないわけで……『番長』? 『ジャンヌのしもべ』?
ミーは『ボス猫』か『ネズミとり屋』か……『クロードのしもべ』?
あ〜 『しもべ』はジョブ被りになるか、違うか。
アタシとお師匠様の視線が、兄さまへと向く。
ハッとしてから、兄さまがしゃきっと立ちあがる。
お師匠様にニヤケ顔を見せたくないようだ。
えっへんと咳払いする兄さま。取り繕ってるけれど、頬が赤い……
「ジャンヌが喜ぶと思ってな……思い出のものをゴーレムとした」
うん、喜んだ。
でも、アタシ以上に兄さま、喜んでるでしょ?
クマのピアさんだもん。
ピアさんは……
茶というよりはオレンジな毛皮で、口から鼻のあたりだけが白みがかっている。もこもこの毛皮、つぶらな黒い瞳、小さなお鼻、小さなお口、丸いかわいいクマ耳。
頭が、とっても大きい。だもんで、体は丸々としてるんだけど、細く見える。二頭身しかない。
まさにぬいぐるみ。ぬいぐるみ以外のなにものでもない。
そんな子が後ろ足で立って、つぶらな瞳で見上げているんだ。
平静を装った兄さまの顔が、再びデレてくる。
アタシもピアさんは好きだったけど……
兄さまのが、ものすごぉ〜くピアさんが好きだった。
ベルナ・ママにお願いされたのだ。『たまにでいいの。他の子がいないところで、こっそりジョゼに貸してあげて』って。
隠れファンシー好きの兄さまの為に、デキタ妹のアタシは『いっしょに、ねんねしてあげて』って夜にピアさんを託したりした。
ピアさんは、兄さまの夜のお友だちだったのだ。
昔は兄さまも、いたいけな子供だった。ピアさんと寝ても、問題なかった。今の兄さまがピアさんを抱っこして寝るのは、かなりアレだろうけど。
アタシはお師匠様に、ピアさんの説明をした。
「ピアさんは、森のクマさんシリーズのぬいぐるみなの。職業は、森の消防士さん」
「消防士か……」
お師匠様が溜息をつく。
《シメオン、予の城ではゴーレム無しには過ごせぬぞ。残りの者にもゴーレムを持たせよ》
とデ・ルドリウ様に言われ、お師匠様はエドモンに『ジャンヌがキュンキュンしない形態のゴーレムを作るのだ』と命じた。
「ゴーレムたちは、デ・ルドリウ様の使い魔。幻想世界で一番強い方が魔力で生み出したものだ。弱いわけではない。しかし、戦闘力はデ・ルドリウ様と比べるべくもない。魔王に100万ダメージは無理であろう」
そっか……じゃあ、もう萌えないようにしなきゃ。
「これ以上、ゴーレムをジャンヌの仲間としたくない。私のゾゾのようなゴーレムならば問題ないはずだ」
お師匠様が作ったのっぺりしたゴーレムを見て、エドモンが首をかしげる。
「……いやだ。それは、気持ち悪い。側に置きたくない……。百一代目の彼女が、キュンキュンしないものを、つくる」
前髪で両目を隠したエドモンの顔が、アタシの方に向く。
それから順に、アタシの前のクロさん、クロードのミー、ジョゼ兄さまのピアさんを、無言でジーッと見つめる。
しばらく沈黙を守ってからエドモンは、「……決めた」とゴーレムの素を手に取った。
で、ぼそっとつぶやいたのだ。
「キャベツ」と。
エドモンの前に、ゴーレムが現れる。
きりりと太い眉、意志の強そうな目、涼しげな口元。
すらりと長い手足。
そして、濃い緑色の葉。
丸々とした葉野菜だ。
大人の頭ぐらいの大きさ。
葉っぱの皮は、ハリとツヤがあってぶ厚くて、見るからに美味しそう。
いやん……
キモかわいい……
胸がキュンキュンした……
心の中でリンゴ〜ンと鐘が鳴る。
欠けていたものが、ほんの少し埋まっていく、あの感覚がした。
《あと八十三〜 おっけぇ?》
と、内側から神様の声がした。
無表情のままお師匠様がふらっと二、三歩よろけ、額に手をあててうつむいてしまった。
「……なぜ、キャベツなどに……」
いや、あの、その……
「もはや動物ですらない。植物ではないか……。わからん……私には、ジャンヌの好みがさっぱりわからない……」
ご、ごめんなさい、お師匠様。
でも、これは萌えるわよぉぉ
まん丸キャベツに手足がはえて、おっきな目があるのよ。
キャベツなくせに、イケメン風の顔しちゃって。
ファンシーすぎて、素敵!
ブサかわいいというか、キモかわいいというか、アリでしょ、これは?
「……え? キャベツだが……? ……萌えたのか?」
キャベツの生みの親が、けげんそうにアタシに顔を向ける。
そこまで『信じられない!』て雰囲気漂わせなくても。
可愛いのよ、このキャベツ。ハートをズッキュンする愛らしさよ。普通、萌えるわよ!
同意を求めて兄さまやクロードを見ると、視線を外されてしまった。
何でよ?
可愛いでしょ、キャベツ!