神託
百一代目の魔王が現れた。
ので、アタシは魔王退治に旅立つ事になった。
お師匠様に憑依した神様がにっこにこ笑顔で、アタシに告げる。
《キミの宿敵となる魔王は、異世界人だ。名前は『カネコ アキノリ』》
ジャジャーン!
ここぞという時には、魔法で効果音を鳴らすとか……
律儀ね、神様。
それより『カネコ』って、さっきの夢で勇者が叫んでいた名前じゃ……?
真面目に話を聞かなきゃと思ったものの……
百一代目魔王の説明を聞いたら、脱力してしまった。
《彼女いない歴=年齢な奴〜 一方的にリアカノ認定してた子からガチ無理されて、魔王パワーに目覚めちゃったんだねぇ 男を皆殺しにして、奴隷ハーレムをつくりたいみたい〜》
は〜あ?
男みなごろし〜?
奴隷ハーレムぅ?
「魔王の野望がそれ……なんですか? なんというか……ナニな敵ですね……」
アタシは、百一代目の勇者だ。さっき、勇者見習から昇格した。
『百一代目』って事は、アタシよりも前に百人の勇者が居たってこと。
歴代の勇者達が書き残してきた『勇者の書』は、ぜんぶ目を通してるから、異世界の専門用語もけっこうわかる。
アタシみたいな地元っ子よりも、召喚勇者や転移勇者の方が圧倒的に多かったもの。
こんなイタイ魔王なんか今まで居なかったのに……なんでアタシの宿敵に限って……
《ナニだろうがアレだろうが、魔王は魔王。キミが魔王に負けたら、この世は終わり。魔王は無敵化しちゃって、誰にも倒せなくなるからね。世界の命運を握っているのはキミだ。責任重大だぞ。おっけぇ?》
「……はい」
世界も大事だし、自分も大事。
魔王のハーレム入りなんてご免よ。
腐らずに、がんばろう。
《魔王と勇者の決戦は伝統通り、百日後〜 魔王のHPは一億。その他、定石に変更無し〜 ジャンヌちゃん、おっけぇ?》
お師匠様に憑いて、きゃぴきゃぴしている神様に、アタシは頷いた。
何度も歴代勇者の書を読んだから知ってる。
魔王は出現と同時に、北のはずれにある魔王城で百日の眠りにつく。魔王としての力を溜める為って言われてる。眠っている間は完全に無敵らしくて、手出しすらできない。
だから、魔王が目覚める日、要は百日目が決戦日となる。
《無事に魔王を倒せたら、ご褒美ターイム! キミの望みを一つだけ叶えてあげちゃおう♪ た・だ・し、邪悪なお願いは却下するからね〜 おっけぇ?》
魔王を倒した勇者は、神様に願いをかなえてもらえるのも慣例だ。何を願うかは、まだ決めてないけど。
その後で、身の振り方を決断するのよね。
この世界に留まって不老不死の賢者となるか。
よその世界に転移して只人として生涯を送るか。
《んじゃ、キミの使命を教えるぞ〜 おっけぇ?》
お師匠様に憑依した神様に、アタシは頷いた。
魔王が寝てる百日の間に、勇者は『勇者の使命』を果たす。
神様から魔王を倒す方法を教わり、準備しておくのだ。
神様の託宣通りに戦わないと、魔王は倒せないらしい。
神様から、それまでのにこやかな笑みがスッと消える。
奥の窓から差し込む陽に、白銀の髪やローブがキラキラと輝いてる。
まるで神聖な光に包まれているかのようだ……
- * - * - * - * - * - * - * - * - * -
《汝の愛が、魔王を滅ぼすであろう》
《愛しき伴侶を百人、十二の世界を巡り集めよ》
《各々が振るえる剣は一度。異なる生き方の者のみを求めるべし》
- * - * - * - * - * - * - * - * - * -
へ?
どーいう意味……?
《ぶっちゃけ、縛りプレイ〜》
うわ、びっくりした。急にもとに戻らないでください、神様……。
《ジャンヌちゃん、キミは十二の世界を旅し、百人の男の子を仲間にするの。でも、ジョブの被りは駄目ってわけ〜》
「ジョブの被り……?」
《どっかの世界で戦士を仲間にしたら、もう戦士は仲間にできないってこと〜》
え?
「それ、きつくないですか?」
《ん〜 どうだろ? 完全一致しなきゃいいんじゃなぁい? 戦士が駄目でもナイトはおっけぇとか、魔法戦士や狂戦士ならイけるかも〜》
「でも」
《あ〜、あとね、誰でも仲間にできるってわけじゃないから〜。愛しき伴侶でなきゃ、ダ・メ》
「愛しき伴侶?」
《そう、愛しき伴侶。萌えた相手だけ。おっけぇ?》
萌え……?
《女の子にもいるじゃん。好きな男性を『俺の嫁〜』って叫んで喜ぶ子。あんな感じ〜》
俺の……? 嫁……?
《でさぁ、百人の伴侶に一回づつ攻撃してもらって〜、魔王倒すの〜 キミも攻撃できるから、百一回も攻撃できるぞ〜 おっけぇ?》
攻撃の機会は、百一回…… も?
《魔王のHPは一億しか無いんだし〜 百人も居るんだもん、楽勝だよね〜。おっけぇ?》
「いやいやいやいや、それ、無理だから!」
アタシは叫んだ。
そもそもアタシがへっぽこ勇者なのだ。
勇者が見習の間に身に付ける必須技能に、勇者眼ってのがある。
『戦闘時に攻撃ダメージ値と対象のHPを見る』って、結構オンリーワンな能力。
賢者の館秘蔵の魔法木偶人形を相手に、ずーっと修行してたから、自分の実力はイヤになるほどよくわかってる。
魔王並の強度の相手に対し、アタシは……
「クリティカルが乗った時でも六千ダメージしか出せないんですけど……」
《へーき、へーき。彼氏クン達が百人でしょ〜? 一人あたり百万ダメ出してもらえば楽勝じゃん〜》
あっけらかーんと、神様が答える。
ああ、その美形が憎い! なんか無性に憎い! 普段のクールなお師匠様とのギャップが憎い!
《いろんな魔法や技術もあるし〜 攻撃力とかクリティカル率上げたり、魔王の防御力下げたりとか〜。伝説の武器を集めてもいいし、異世界のイケメン神様とかゲットしちゃえば〜 一億なんて軽い、軽い》
本当……?
本当にそうなの……?
《この世界を救うのはね、キミの萌えなんだよぉ。ジョブが被らなきゃ強制的に伴侶枠入りだもん。百人なんて、すぐすぐ〜》
そっか……
相手の意志は、ガン無視なのね。
アタシが萌えれば、伴侶にできるってことは……
アタシの事を何とも思ってない相手でも、めちゃくちゃ嫌っている男でも、伴侶にできちゃうわけで……
それなら、百日で百人、イけるんじゃ……?
《できる、できる〜。かんたん、かんたん》
神様を降ろしているお師匠様がニコニコ笑う。
何か……頭の隅でひっかかったけど……でも、何とかなるような……?
いや、そもそも、かなりラッキーな条件なのかも?
《いざとなったら、究極魔法つかえばいいし。大丈夫だよ〜、ジャンヌちゃん》
究極魔法……?
なに、それ……?
《え? ウッソ? もしかしてシメオン君、教えてないの?》
神様はスミレ色の瞳を見開いて、軽くのけぞる。白銀のさらさらの髪が、ふぁさって揺れてすっごくキレイ。
一瞬ためらったっぽいけど、まぁいっか、教えちゃえって感じの口元。
《勇者だけが使える魔法〜 4999万9999ダメージを固定で叩きだすんだ》
ええええ?
魔王のHP半分!?
すごい大技じゃない!
さすが勇者ね!
《今まで何人も、これ使って勝ってるし〜。単純な呪文だよ、誰でも覚えられるもん。あ〜 でも、いま唱えちゃダ・メ。発動しちゃうから。おっけぇ?》
「おっけぇ! どんな呪文なんです?」
《さらば、愛しき世界よ!》
は?
《さらば、愛しき世界よ!》
あ……
いえ、繰り返さなくていいです。
「それって……もしかして……」
アタシはツバをのみこんだ。
「……使ったら、死にます?」
《うん》
神様はにこやかな笑みを絶やさず、無慈悲にも頷いた。
《自爆魔法だもん。火の玉になって、魔王につっこんで、魔王ともどもチュドーンって魔法》
神様はニコニコ笑っている。
《だいじょーぶ。優秀な男の子を百人伴侶にしとけば、そんな究極魔法を使わなくても、勝てるし》
《だいじょーぶ。勇者が魔王に負けちゃったら、この世界もキミも滅びるようなもんだし。酷い目に遭ってから死ぬぐらいなら、気にせず、チュドーンしちゃえばいいんだよ~》
《だいじょーぶ。キミがその魔法を唱え損ねても、シメオン君が代わりに使ってくれるから。シメオン君が『この世界の礎となってくれ、勇者よ!』って唱えたら、キミはチュドーン。すぐ終わるから、痛みを感じる間もないさ〜。だいじょーぶだよ〜♪》
と、全然、大丈夫じゃないお言葉を残し、神様は天界に戻って行った。
お師匠様の顔から溢れんばかりの笑みが消え、いつもの無表情になった。
神様が憑いた時の躁状態がウソのように、かもし出す雰囲気が突然クールになる。
お師匠様が、微かに目を細めながら白銀の髪をかきあげた。白銀のローブの袖がひらりとたなびく。
だいぶ傾いた春の日差しが斜めに部屋に差し込んで、さっきよりちょっとだけお師匠様の顔が陰ってる。
「百日後が魔王戦……百日で十二世界を巡り、百人を仲間に迎えるのだ。時間を無駄にはできんな」
そう言ったお師匠様が右手を軽く上に向けると、一冊の本が宙に現れ、そのまま掌に収まった。物質転送の魔法で呼び寄せたっぽい。
「おまえの……百一代目の『勇者の書』だ」
アタシをじっと見つめたお師匠様は無表情のままだけど、でも口元に微かな笑みが浮かんだような、そんな気がした。
「次代の勇者への助言の書としても良し、ただの日記帳として使っても構わん。おまえ自身の『勇者の書』を綴っていけば良い」
アタシの為の……『勇者の書』。見習を卒業した証。
お師匠様から手渡された書物を胸元にあて、ぎゅっとした。
「これから異世界へ向かうんですか?」
「いや。まずは、この世界で仲間を集める」
「え? でも、託宣が……十二の世界へ行くんじゃ?」
「十二の世界から百人集めれば託宣は叶う。この世界も十二世界の一つと数えれば問題ない」
「なるほど!」
「異世界へ渡る手立ては知っている。十一の異世界へは私が案内しよう」
さすがお師匠様!
「どこの世界に行くんですか?」
「思案中だ」
お師匠様がアタシの目をまっすぐ覗き込みながら、口角をほんの少しゆるめる。
「私とて、先ほど初めて託宣を知ったのだ。考える時間が欲しい」
確かに。
「旅の間にさまざまな事が教えられそうだ。異世界転移の法も伝授してやろう。おまえは私の跡を継いで賢者となるのだ。次代の勇者を導く法も覚えておかねば、な」
跡を継いでって……
それは、つまり……
究極魔法でアタシを殺さないって事?
でも、ヤバくなったら、殺しちゃうわよね?
この世界を救う為だもん……
お師匠様の顔には、何の表情もない。
何を考えてるのかは、推測するしかない。
昔から、そうだった。
六つのアタシをさらうようにこの館に連れて来た時から、全然、変わらない。いつも、ずーーーっと無表情。
神様が憑いた時だけは、人が変わったかのような……て言うか変わってる訳だけど……不思議なくらいに笑顔で、それはそれでキュートなんだけど。
普段は、怒ったり、笑ったり、悲しんだり、感情を表に出さないのだ。
けれども……一緒に暮らしてきたアタシは知っている。
お師匠様は、感情表現は下手だけど、ちっとも冷酷な人じゃない!
アタシが熱を出した時は、つきっきりで看病してくれたし……
がんばって課題をこなせた時は『よくやった』って頭を撫でてくれたし……
誕生日には必ずアタシの大好きなコーンポタージュをつくってくれて、最後に絶対プリンを出してくれたし……
家に帰りたいって、びぃびぃ泣きわめいたアタシを、一晩中ずっと抱きしめてくれた。
アタシを究極魔法で死なせちゃうために、育てたんじゃないわ。
きっと、ううん、絶対そうよ。
「移動する。手荷物をまとめておけ。私は、おまえの家族や、要所の顧問たちに心話で連絡をとっておく」
「え? 家族?」
家に帰れるの?
「おまえの義兄に会いに行く」
「ジョゼ兄さま?」
「おまえの義兄は、義妹の力になりたいとの一念で、この十年間ずっと修行をつんでいた。可能ならば、仲間にしてやれ」
十年間、山奥のこの館だけで過ごしてきたアタシとは違って、お師匠様は移動魔法であっちこっちに行っている。
でも、ジョゼ兄さまにも会ってたとは、知らなかった。
ジョゼ兄さま……そっか、もう十九になってるのかぁ。きっと格好よくなったんだろうなあ……
「数日中に、王城や魔術師協会も訪れる。魔王の出現はこの世の大事だ。この世界を救う勇者の為に、各機関が、戦力となる男性を集めてくださるだろう」
それで、何人、仲間にできるんだろう?
アタシ好みの男性じゃなきゃ仲間にできないし、ジョブが被る人も仲間にできない。
本当に『だいじょーぶ』なのかなあ……?
「ああ……そうだ……」
手荷物の準備をしようと立ち上がったアタシ。その背に、お師匠様が声をかける。
「なるべく戦闘力のありそうな男性を選んで萌えろ。おまえが萌えた瞬間、相手は仲間枠に入るのだ。その後からもっと強そうな相手に会っても、ジョブが被っていたら仲間にできん」
う。
「それに、仲間にできる相手に条件はない。腰の曲がった老人でも、なよなよしたオカマでも、赤ん坊でも、おまえが萌えたら仲間だ。戦えぬ者ばかりを集めるなよ」
ぐ。
そうか……
萌えた瞬間、相手は仲間入り……
仲間枠は百。
不用意に萌え続けたら、戦闘力の低い仲間ばかりが枠を埋めてって……
魔王の一億HPを削る為に、アタシは究極魔法を使わざるをえなくなっちゃう……
ヤバ……
けっこう事態は深刻なんじゃ……。
扉を閉め、アタシは溜息をついた。
『カネコ!』。
夢でみた勇者の叫びが、頭の中に木霊する。
もしかしたら、あれは予知夢だったんじゃ?
対戦していた勇者はアタシじゃなくって、地味な兄ちゃんだったけど。
勇者の神秘の力が、『魔王の名』をいち早く教えてくれたのかも。
「……『カネコ アキノリ』」
魔王の名を何度も低く口にしながら、アタシは自分の部屋へと戻って行った。