守ってあげたい
マルタンは、なんというか……黄昏ていた。
五階建てのビルの、外に面した階段。
その踊り場で。
手すりに肘をついて、紫煙をくすぶらせていたのだ。
吹きすさぶ風や舞い散る雪を浴びながら喫煙とか……正気?
《もうちょっと下がりなさいよ》
マルタンの後ろの女性が文句を言う。
《煙草の周囲だけピンポイントで乾燥させとけとか、馬鹿じゃないの? 私の炎、あなたの全身だってカバーしてあげられるのに》
マルタンの炎精霊の『しもべ』さんだ。
このバカに『しもべ』と命名され、名前すら呼んでもらえない可哀想な精霊。たまに『自動扉開け』とも呼ばれている。
《わざわざ外で吸うとか、自虐にもほどがあるわ。ねえ、中に戻って》
シクシク泣いている姿ばかり目撃してきたけど、人形のしもべさんはキリッとした美女だ。神の使徒を恐れず、言いたい事を言っている。
《体を痛めつけては、治療して……魔力の無駄使いよ。もうやめて。あなたの生命力はかなり衰えている。このままじゃ、その肉体が壊れてしまうわ……あなた、死ぬわよ》
「黙れ、しもべ」
神の使徒は、こっちに背を向けたままだ。
手すりの先を……遥か遠くまで続く凍えた街を、見るとはなしに見てるのだろう。
「この俺の目覚めの一服を邪魔するとは・・神をも恐れぬ、冒涜的な、万死に値する罪人め。あとでたっぷり仕置きしてやる。そこで、煙草の番を続けてろ」
しもべさんが、こっちを向く。
下の階から踊り場を見上げているアタシたち――アタシ、兄さま、クロード、セザールおじーちゃんを見ても、その勝気そうな顔に変わりはない。
空気かなんかみたいに無視した。
てか、精霊なんだから、とっくにアタシ達の接近に気づいてるわよね? なのに、主人に報告しようともしない。不機嫌そうに口を閉ざしたまま、プイッとそっぽを向いた。
「・・肺にガツンときた。ククク・・ようやくエンジンがかかってきたぞ・・。さて、やるか。しもべ、今日こそは、邪悪めを」
振り返ったマルタンがアタシたちを見て、目を見開く。
「なぜ、きさまらが・・」
「それは、こっちのセリフよ」
頭と肩に雪積もらせちゃて、まぁ……。
ほんとにひどい姿だ。
顔色は青白いを通り越してるし、目の下のクマはめちゃくちゃ濃いし、やつれきってるし、薄着の僧衣のままだし……。
フラフラだわ。
そんなにまでなって……
「そんなとこで一人でなにやってるのよ、雪だるま!」
いや、しもべさんも一緒だった。
訂正。
「かわいそうなしもべさんまで巻き込んで! 一人で勝手やってんじゃないわよ、バカ!」
「どういうことだ、しもべ!」
神の使徒が、女性の姿の精霊をぐいっと掴む。
「きさま、なぜ、こいつらの接近を許した! 答えろ!」
《命令には違反していません》
ツーンとした顔で、炎精霊が答える。
《あなた、『俺が仮眠をとる間、俺の行く手を遮る全ての愚かなる者どもを払っておけ』って命じたでしょ? だから、ちゃんと、近くの邪悪は燃やしといたわ。でも、女勇者たちは違う。行く手を遮る気はなく、むしろ協力しようとしている。追い払う必要なんかないわ》
「姿隠しのマントまで外したな!」
《アイテム整理をしただけよ。このまえ、しておけって命令したでしょ? 今、あなたがアレを装備している意味はないから、片づけておいたの》
「きさまが、こいつらを招き寄せたのか!」
マルタンがカッ! と魔力を高めた瞬間。
「よせ!」
兄さまが光速の移動で、マルタンとしもべさんの間に割って入る。
拳にこめたまばゆい光の一撃を、兄さまはがっちりと手で受け止めた。
しもべさんが、《ひぃぃぃ〜》っと頭を抱えて縮こまる。マルタンのあの光、くらうと多分むちゃくちゃ痛いんだろう。
「どけ、筋肉!」
「どかん! 主人を思っての行動だ! いいしもべじゃないか!」
「しもべの分際で神の使徒に背いたのだ! どけ! 神罰を下してやる!」
なに言ってやがる、このバカは!
さすがに、アタシもムカッときた。
「あんたが自殺行為を繰り返してりゃ、そりゃ止めるわよ! この精霊は、あんたに生きていてもらいたいのよ! ずっと、ずっとよ! あんたと一緒よ! あんたがこの世界の人達の幸福を願うように、しもべさんもあんたが生き続けてくれることを願っているの! それが罪なわけ?」
「男同士の話だ。横から口を出すな、女」
なんだとぉぉぉ!
「黙らないわ! 男も女も関係ない! バカはバカよ! あんたは、とびっきりのバカ!」
「きさま」
「あんた! 意地でもジェラールを倒したいんでしょ! なら! 一人でしょいこまないでよ! いつもみたいに図々しく、ふんぞりかって、周りをこきつかいなさいよ! 神の正義のためだ、助手になれ凡俗ぐらい言えよ!」
「・・・」
「内なるあんたの霊魂は、いっせいに、こぞって、景気よく、この世界の邪悪を祓いたいんでしょ? 協力してあげるわよ! アタシも、ここの邪悪をどうにかしたいの! 内なるアタシの霊魂は、あんたに協力しろってマッハで告げてるのよ! 拒まないでちょうだい!」
「・・・」
マルタンは口を閉ざし、しばらくアタシを見つめ……
それから、ククク・・と笑ったのだった。
「そうか・・きさまの内なる霊魂がそう告げた、か」
でもって、今度は兄さまをジロッと睨む。
「筋肉。きさまの霊魂も、か?」
そう聞かれりゃ、
「おぅ」
と肯定するしかない。
聞かれるまえに、セザールおじーちゃんが叫ぶ。
「我が一族の血と、九十八代目カンタン様の仲間であった矜持にかけて誓います。この老いぼれは、神の使徒様の手足となって働きましょうぞ」
そして、もともとマルタンの犬だったクロードは、
「使徒様〜」
階段を駆け昇り、神の使徒の前で恭しく跪く。
「喜捨に来ました! 魔力満タンの『魔力ためる君 改』と食事とあったかい服です! 受け取っていただければ、すっげぇ幸せです! どうかどうかどうか! 聖戦にお役立てください!」
「あっぱれな心がけ。さすが、イチゴ頭。やはり、きさま、なかなかに見どころがある・・」
マルタンの顔は、すっごくふてぶてしそうで偉そうで……いつも通りに戻った。
さっきまでの殺気は、とりあえず引っ込めたもよう。
そんなマルタンからちょっとづつちょっとづつ距離をとろうとしていた炎精霊さんを、
「しもべ」
主人が引き止める。
《な、なによ。お仕置きする気? 命令をちょっと拡大解釈しただけでしょ。目くじらたてるなんて、度量が狭いんじゃない? あなたがどうなろうが知ったことじゃないけど、さすがに目の前で死なれるのは気分が悪いから。それで……。だから……。……それだけよ!》
「誤解するな。責める気はない」
マルタンは笑顔で、かぶりを振った。
「今日のきさまは、実にあっぱれであったぞ。命令してもおらんのに、この俺の健康にまで気を配るとは・・きさまは、しもべの中のしもべ。キングオブしもべだ」
女性の姿なんだから、クィーンにしてあげたら?
《な、なんなのよ、それ》
「きさまには褒美をやらねばな・・」
神の使徒は口元を歪め、にぃぃっと……まるで悪魔のように微笑んだ。
「全てが終わったら、新たに聖痕を刻み直してやろう。喜べ、しもべ。それで、きさまのしもべ期間は百日延長! これからも、ずっとずっと聖痕を刻み直してやる! ずっとずっと永遠に、神の使徒のしもべであれるようにな!」
それ、永久奴隷宣告なんじゃ?
しもべさんは……
何も言わず、
両手で顔をおおって、
静かにシクシクと泣き出した。
この厨二病男と、とっとと縁を切りたいだろうに……どんどん縁が深まっているというか。泥沼になっているというか。
ほんと、かわいそうな精霊……。
* * * * * *
吹き荒れる吹雪を避け、アタシたちは建物の中に入った。
中は、けっこうがらんとしてて。ダンスホールのように広くって、何もない。何のための建物なのか、何の部屋なのか、異世界人のアタシにはさっぱりわかんない。
入ってすぐの壁際に、棚やらカーテンやらで天幕のようなものがつくられていた。マルタンの就寝用に、しもべさんがつくった物なんだろう。
天幕の周りの床には、チョークでやたら落書きがあった。
「踏むなよ。聖文字で結界をつくっている」
この勝手気ままにくねくねした絵もどき、文字なのか。まえも思ったけど、あんた、字が汚い。
天幕の中には、絨毯が敷かれ、毛布があった。小さな箱も雑然と積み上げられている。DHC、ビタミン、青汁、サプリとか書かれてるわね。
全員で入るのはちょっと狭いと思ったのか、「わしは外で結構です」とセザールおじーちゃんは天幕外に留まる。もちろん、模様を踏まない位置に。
アタシと兄さまとクロードはマルタンについてって、絨毯の上に腰を下ろした。
しもべさんやピナさんが気温をあげてくれたんで、中はポカポカだ。
話を始める前に、使徒様は食事を始めた。
まずは、魔力の補充から。
クロードから捧げられた『魔力ためる君 改』のストローもどきの箇所に口をつけ、ズズズーッと中身を吸い上げて。
終わったら、
「しもべ」
と、左手で催促。
炎精霊から手渡される『魔力ためる君 改』を二本とも一気飲み。
そこでようやく人心地がついたのか、ぷは〜と酔っ払い親父のような息を吐いた。
で。
しもべさん、クロード、兄さまに、空になった『魔力ためる君 改』を投げつけ、「補充しておけ」と上から目線。
「ピナさんにさせればいいのか?」
「フッ、筋肉。光に決まっておろう。きさまのスピード狂精霊は、腐っても光精霊。神の使徒にふさわしき魔力といえば、第一が光。炎は次点、炎は光がない時の予備に過ぎぬ。自ずと自明のことを聞いてくるとは・・やれやれだな。これだから素人は・・」
うん。あんた、だいぶ調子が戻ってきたわね!
「え? じゃあ、トネールさんの雷の魔力じゃ、使徒様の嗜好には合わないんですか?」
がっかり顔のクロードに、神の使徒がかぶりを振る。
「いや。きさまの雷精霊は、このメンバーの中では一番格が高い。俺の魔力として、悪くはない」
「なら、よかったです! トネールさん、チャージして!」
今いるメンバーは……アタシのソル(同化中)、兄さまのピナさん&バリバリ、クロードのトネール&ユーヴェ、それにしもべさんだ。
こん中では、クロードのトネールが一番強いのか。今の灰猫の姿だと、そうは見えないけど。一本角を生やした、あの魔族っぽい姿なら、まあ強そうでは……
………
「あ!」
「ぬ? どうした、女?」
「なんでもないわ!」
ちょっと思い出しただけ! クロードが持って来た『魔力ためる君 改』だけど! それ、一回、使ってるから! アタシのリクエストで、トネールが! 中のレイの魔力を吸い上げたの!
つまり! ストローに口をつけてるわけで……
となると、
トネールと、
マルタンが、
間接……
ああああ、駄目! もうこれ以上は無理! 乙女として、深く追求できない!
トネールが、ニャーと鳴く。
妄想がダダ流れで伝わってるだろうに、我関せずの態度を貫く気のようだ。
主人に抱っこされながら『魔力ためる君 改』にピタッと前足をあてて魔力注入中。
というか、むしろ、しもべさんの方が……。それ、軽蔑の眼差しですよね……。
……すみません。
魔力補充後、使徒様は食事へと移行。
クロードが喜捨した物は、交換って形で受け取った、この世界の食べ物だ。アタシたちの携帯食は、レジーヌさんを通してプレゼントしちゃって手元にないから。
「コンビーフに、コーン缶はいいとして・・オートミール缶だと? むむむむ・・食えんな、これは」
中身が何なのかわかるようだ。さすが、ここの並行世界の出身。
開け方もわかるようだ。使徒様は、コーン缶を開けてスプーン(これもクロードが持って来た)でガツガツと食事を始めた。
しもべさんから《もっとゆっくり食べたら? この三日、手持ちの食料もほとんど手をつけなかったのに。胃が驚くわよ》って心配されても、「腹痛になれば、癒すだけだ」とか返すし。子供か、あんたは。
缶詰を左手に持っている使徒様。
何だっけ。
これと似たようなこと、まえあったような。
思い出せないなあと首をひねったら、ふいに鮮明な映像がパァーっと眼前に広がった。
同化中の土精霊が気を利かせて、記憶を活性化してくれたようだ。
これは……英雄世界から還ってすぐの記憶だったか。
英雄世界の先輩たちからいただいた餞別――非常食料のうちの一つを、マルタンは握りしめて離さなかった。
『惜しむ心なくマッハで施捨しろ、凡俗。それが、神への儀礼だ。俺が受け取ってやる』
素直にくださいって言えんのか、この男は。
『宗教上の戒律で、マルタン様は金品の所持が許されませんもの。どうしても欲しいものでも、欲しいとおっしゃれないのよ。私達で察してさしあげなくては、ね』
シャルロットさん、大人発言よね……。
結局、マルタンはシャルロットさんにたかり……もとい、喜捨を求め、アタシから巻き上げた物のラッピングをねだったのよね。
『この缶詰、俺のもとに置くには、いかにも貧相で心もとなく寒々しいとは思わぬか? もっと派手に盛大に華やかにパーッと、アレでアレしてアレしたいと、きさま、思うであろう?』
どんな包装をしてもらったのかは知らない。見てない。
だけど……
処分しておけ、ってマルタンがクロードに投げつけた荷物。
あの中に入っていたプレゼント……布と油紙でしっかりとくるまれた、ピンクのリボンつきの、子犬柄の包装紙のアレは……大きさからいって、たぶん、あの時の桃の缶詰。
再現記憶から戻り、コーン缶を食べる男を見つめた。
こいつ、この世界に来ることがわかってたんだろうか?
予知夢で?
それとも、内なる霊魂とやらが、桃缶をキープしとけって命じた?
桃缶がどんな物だか知ってるの?
アタシは英雄世界で初めて食べたけど、コンポートみたいな感じだった。シロップが甘くって、実がぷりんぷりんでとっても美味しかった。アタシは、三缶はイケル!
ちっちゃい子なら喜んで食べると思う。
そういう物だと知っていて、贈りたかったのかしら……?
『わんわん』が大好きで、この並行世界ではまだ生きている妹に。
……まあ。
聞いても、きっと答えてくれないな。
神の使徒であるこいつは、いろんなことに制限がかけられている。語っちゃいけないことが多いんだ。
なので。
「独り言を言うわ。内なるアタシの霊魂が、言えって言ってるの」
独り言でーす! って強調するために、天幕の天井を見あげた。
「こっちで、すっごくかわいい女の子に会ったの。こぉんな小さくって、舌っ足らずで、お話の仕方がゆっくりで。でもって、誰にもニコーって笑顔をみせるのよ……キュンときたわ。持って帰りたくなっちゃうぐらい!」
目の端で見れば、マルタンは食事を続けていた。俺には関係のない話だと言わんばかりの態度で。でも、きっとアタシの独り言を聞いている……
「『わんわん』が大好きなの。動物は、ぜんぶ『わんわん』だと思ってるのよねー アタシの黒クマさんを『わんわん』って呼んで抱っこして、キャッキャッ笑ってた」
ついでに、握りつぶして、ひきずってもいた!
「でも、一番は、おにーちゃんなのよね。おにーちゃんがどっかいっちゃうと、後をトコトコおいかけるのよ。さっきは、いっしょに神の使徒ごっこをしてたわ。ポーズとって『ユ〜ジャ〜イ』って叫んで。二人でツイン・グッバイの魔法をぶっ放してたわ。ほ〜んと可愛かったなあ」
カランと音が響いた。
空っぽになったコーン缶に、マルタンがスプーンをポイッと投げ捨てたのだ。
「神よ。あまたの御恵みに感謝を捧げ奉る。願わくば、聖者たちの霊魂、いと気高き方の御あわれみにて、清きものどもに安らかなる憩いを」
食後の祈りを唱え、マルタンは十字を切った。
食後の祈りをやるの、初めて見た。
てか、食前の祈り抜きで、食後の祈りだけとか……
『清きものどもに安らかなる憩いを』
これで、精一杯の感情表現をしてるのかしらね……。
「さて」
コロッと態度を変えて、神の使徒がふんぞりかえる。
「愚かなる凡俗のために、この俺が状況説明をしてやろう。イチゴ頭、紙とペン」
「はぃぃ! 使徒様ぁぁ!」
クロードが捧げた物を受け取り、神の使徒様が何かを書き始める。
「邪悪のボスの現在地は、自ずと自明だ。何処へ移動しようとも、俺にはわかる」
なんだ、これは……
歪んだ……楕円?
「図に書くと、こうだ。円の中心をボスと思え。ここのボスは、自分の支配領域、つまりは結界を、半径二十キロに渡って張り巡らせられる」
は?
ちょっと待って!
これ、円なの?
縦と横で長さが違いすぎる! 楕円でしょ? しかも、よれて、曲がってるし!
「俺は聖なる血を受け継ぎし神の使徒だ・・・俺の前では、魔王すら赤子も同然。マッハで消え去る運命にある。敵が結界を張ろうが、近寄れなかろうが、無問題。俺の聖なる光は結界すらもすりぬけ、邪悪を浄化できるのだ。だが、しかし、けれども」
マルタンが楕円の外側から中心に向けて線を引き、あともうちょっとで中心に届くってあたりでペンを止める。
「俺の聖霊光はここまでは届くのだが・・あといま一歩というところで、悔しくも、無念にも、口惜しいことに、ボスに届かず」
《これは、いくらなんでも嘘ね》
しもべさんが紙に指を向けると、うっすらとこげ茶の線がついた。炎の力で紙の表面だけ焦がしたようだ。
《聖気10%解放状態でも、あなたの聖霊光の大きさは半径五キロ。ボスまであとちょっとどころか、半分にすら届いてないわ。せいぜい、これぐらいよ》
こげ茶の線は、かなり短い。
「しもべ・・きさま」
使徒様が、自分のしもべの両のほっぺをびよ〜んと引っ張る。
「しもべの分際で、主人を愚弄するとは・・いい度胸だな」
しもべさんが反論する。頬をひっぱられても普通にしゃべれるみたい。
《状況をきちんと説明しなきゃ、対策のたてようがないでしょ! ここは、見栄を張るとこじゃないわ!》
「見栄ではない。心の目で見た光の輝きだ」
意味不明なことを言ってるバカは、さておき。
グッバイの魔法が届けば、倒せる。
でも、届かない。
敵の遥か手前で魔法の効果が消えちゃう……そういうわけね。
「敵の結界って無効化できないんですか?」と、クロード。
「吸血鬼王のノーラさんが、そういうの、得意でしたよね。ノーラさんに協力を求めたらいいんじゃ? 使徒様はノーラさんに聖痕を与えてるし、頼めば、きっと……」
言いかけた言葉を、クロードは飲み込んだ。
すごい眼で、マルタンに睨まれたからだ。
「イチゴ頭。神の使徒であるこの俺に、邪悪を倒す為に、邪悪に願いごとをしろと・・きさま、そう言うのか?」
「いえ……すみません。考え無しでした」
「何にせよ、吸血鬼王とやらは、今は呼び出せん」と、兄さま。
「吸血鬼王の蝶ネクタイは、アランに返してしまったんだ」
あら、そうなのか。
「敵をおびき出せないものでしょうか?」と、天幕の外からセザールおじーちゃん。
「無理だ。いかなる挑発にものらんのだ・・あのひきこもり」
兄さまが腕を組む。
「俺のバリバリなら、光速の移動が可能だ。結界にほんの少しでも穴を開けられれば、敵のボスまで瞬く間に近づけるんだが……」
『排他』の支配領域が、異分子の進入を許すわけがない。
むぅぅ……
いちおう、『困った時にはこれですぞ!』と発明家に押しつけられた袋も開けてみた。
けど、役に立ちそうなものは無く。
……ま、予想通りよね!
《困った時には、やはりこれではありませんか?》
アタシの内側から、土精霊の声がする。
でもって、アタシの右手が勝手に動き出したのだ。
胸のポケットへと。
《あとはご命じになればよいのです、女王さま。貫禄あふれる女主人にふさわしく、犬どもを睥睨し……『このアタシを、助けなさい』と》
歴代勇者のサイン帳を使え、ってこと?
英雄世界の先輩たち。
絶対防御のアリス先輩。
霊力で戦うキンニク バカ先輩。
共有幻想のフリフリ先輩。
描いた絵を実体化させるナクラ サトシ先輩。
巫覡の人、サイオンジ サキョウ先輩。
言霊使いのヤザキ ユウ先輩。
サイン帳から呼び出せるのは、この六人だ(サクライ マサタカ先輩はサインを貰い損ねてるから!)。
先輩たちなら、この状況を打破できる?
でも、いったい誰を呼び出せばいい?
「歴代勇者のサイン帳を使うわ。英雄世界の先輩を、今からこの体に降ろすわね」
ゴクッとツバを飲み込み、アタシは……
サイン帳に手をそえ、願った。
いい考えが浮かばない時は、その場の勢いで押し切るもの!
誰でもいいです、この状況をどうにかできそうな先輩、来てください!
第7章『人物紹介【これまでの QnQnハニー】』の「英雄世界・エスエフ界・ジパング界」に、四十九代目&七十四代目勇者の紹介を追記しました。