星の一秒
「ショウテンできぬクズどもよ。モーシュウにマドわされし、オロかモノどもよ。ダラクマエがナニモノであろうが、カンケーない。ジャアクにオちしものは、シュクセイするのみ」
マルタン君が、マルタンの真似っこをしている。
一回聞いただけなのに、あいつの呪文を丸暗記してしまったのだ。
さすが、天才幼児。
けど、何でも吸収できる柔軟な頭に、アレな言葉を刻んでしまうなんて……ものすごくもったいない。
たぶん、ヒーローごっこのノリなんだろう。
マルタン君は、すっごく楽しそうだ。
「ウチなるオレのレーコンが、マッハで、きさまらのツミをイいワタす」
マルタン君が、得意げにポーズをとる。
「ユーザイ! ジョーレイする!」
マルタン君が叫ぶと、その横で、
「ユ〜ジャ〜イ」
キャッキャ笑いながら、マリーちゃんも決め台詞を口にする。おにーちゃんが何度も何度も何度もマルタンの真似なんかするから、可愛らしいマリーちゃんまで毒されてしまって……。
マリーちゃんは、ピクさんを抱っこ……いや、ひきずりながらポーズをとってる。
「そのショーメツをもって、オノがザイゴーをツグナえ・・・グッバイ・イービル・ブレイク・バーン!」
「バ〜ン」
ツイン・グッバイの魔法。
どデカい白光の玉をくらったってな演技をオーバーにやって、
「ぐわぁぁぁ。やられたぁぁぁ」
クロードが、バッタリと倒れる。
人のいいクロードは、邪悪役をずーっとやってるのだ。
てか、こいつがマルタンごっこを助長させている。
『その台詞のキメポーズは、こう!』『台詞にもいろいろパターンがあってね!』『ふだんから、かっけぇポーズをなさるんだ! クネッと腰をひねって! 片手で顔を隠したり!』
あんたのせいで、二人が厨二病マスターになりかけてるわ……。
「わっはっはっは」
「わは、はは、はぁ〜」
「セーギはカつ!」
「かつぅ〜」
その台詞は、言ってないな。けど、いかにもあいつが好きそうな台詞だ。
さっきからずっと。
マルタン君とマリーちゃんは、アタシたち用の部屋で遊んでいる。
こっちに来た理由を、子供部屋に居たヴァンが教えてくれた。マルタン君は同室の子から『マルタンごっこ』にケチをつけられ、面白くないから場所変えをしたみたい。
でも、同室の子は、『罪を言い渡す → 有罪、浄霊する』の流れがおかしいんじゃないかって指摘しただけ。『判決を言い渡す → 有罪、浄霊する』のが良くはないかと。
正しい!
アタシも、ず〜〜〜っとおかしいと思ってたわ!
だって、『詐欺の現行犯だ』とか罪状を言い終えた後に、『罪を言い渡す。有罪、浄霊する』とか言うんだもん、あいつ。
あのね、マルタン君。うちの僧侶は言葉使いが不自由なの。同義語繰り返すの好きだし、あやしい金言使うし、文法もなってないの。
あいつの真似してると、あなたまで言葉使いが変になるわよ!
そんな賑やかな部屋の中。
部屋の隅で、セザールおじーちゃんとレイが顔を合わせて話をしている。レイはメモ帳にあれこれ書き込みをしては、おじーちゃんに説明をしている。おじーちゃんが理解できるまで、何度も言い直し、新たな説明をメモ帳に残して。
レイは……
この世界に残る準備を進めているのだ。
お師匠様につづいてレイまで居なくなったら、セザールおじーちゃんの体のメンテができるのはルネさんだけとなる。
その上、エネルギーパックの代替品の開発も終わっていない。
その全てを、ルネさん一人に任せるのは無謀だとレイは考えているようで。
《あの男、無能ではなし。なれど、アイデア優先型技術者である。時間をかけ、安全性や機能性を追究する作業には向かぬ》
メモ帳に書いてるのは、ルネさんへの伝言と、ルネさんの助手に向けた注意書きだ。
《サイボーグ体の維持は、人間一人の手には余る。助手が出来たのであれば手伝わせるべきではあるが、あの世界の人間は機械理解度が低い。サイボーグの基礎知識は吾輩が記しておく。ルネに任せるのは危険であるゆえ》
レイがそう言った時、緑クマなヴァンは《なら、ずっとオジョーチャンのしもべでいりゃいいのに》とそっぽを向きながらつぶやいていた。
《主人よ。あなたのご希望は、このシェルター内部の人間の存続と繁栄。それで間違いはないな? ならば、手立ては一つしかなし。このシェルターの誰かに、吾輩を譲られよ》
そう言われて、アタシは……
『他に手がないんなら、しょうがないわ。あんたを、譲る』って即答した。
だって……知っちゃったから。このシェルターの人たちが、一人また一人と死んでいく悲惨な未来を。
一人っきりになったマルタン君の祈りの声も、耳にこびりついていた。
この世界の人たちを救いたい。
レイとお別れになるんだとしても……
レイは、いつも耳に痛い真実を皮肉まじりに教えてくれた。
それはもうズバズバと、辛辣に。
けど、それは全部、アタシのためで……
《吾輩の望みは、主人が幸福な未来を手に入れることである》が口癖。
アタシなんか、ぜんぜんタイプじゃないって言ってたくせに。だけど、不思議な縁を感じる、魂が共鳴するって言って、アタシのしもべになって……
エスエフ界では、ヴァン達の四散で取り乱したアタシを叱咤してくれ……
ジパング界では、二刀流の師匠になってくれた。
そして、魔界では、四散するとわかっていてアタシと同化し、マルタンの魔力となったのだ。
思い出せば思い出すほど、胸が苦しくなった。
レイとお別れしたくない。
だけど、それでも、それしか道が無いなら……
勇者として、私情を捨てるしかない……そう思った。
そしたら、ヴァンが、
《決断はまだ早いよ、オジョーチャン、それとレイ君》って言い出して。
《ここの人間がオジョーチャンに望んだのは、移住だぜ? 魔王ジェラールの問題もある。レイ君を譲るのは、この死んだ星でそれでも生き続けるってあっちが根性を見せてからでいいんじゃない?》
《もっともであるな》と、レイ。
《なれど、先方の真なる願いは、部族神の存在する世界で生き続ける事のはず。年少者を逃がしたいとだけ望んだのは、主人に吾輩という隠し玉がある事を知らなかった故だ。吾輩の能力を知れば、欲しがるのではないか? それにジェラールとて、あの僧侶が本気になれば倒せよう。脅威はこの世界から消える。文明の存続は可能であるな》
《おまえ……》
ヴァンは緑クマの姿をやめ、人の姿になった。緑の髪、薄緑色のショートマント、膝上のワンピースみたいな服、踵に翼のついたサンダルの。
《手放されたいわけか? 魔王戦もまだだってのに》
《さようであった。魔王戦の問題があった……。主人よ。ここの族長か、あの僧侶のコピー子供、いずれかに吾輩を譲られたし。なれば、あの二人が魔王戦に召喚される時、しもべの吾輩も共に勇者世界に行けるゆえ》
《ふざけんな!》
温厚なヴァンらしくない表情で、ヴァンはレイに詰め寄った。
《しもべ素人じゃあるまいし。知ってるだろ? 八大精霊の一属性でも欠ければ、精霊支配者の人生はイージーモードからハードモードになる。八精霊揃っての合体技も使えなくなる。実力は雲泥の差に開くんだ》
《一精霊が欠けても工夫次第でどうにかなる……主人にそう言ったのはおまえであろう? 吾輩が欠けても、おまえ達が側に居れば問題はなし》
《いい加減にしろ、レイ! 二度目はないってオレは言ったはずだ!》
そう叫んだヴァンから、風がぶわっと広がった。
《てめえのスパルタ愛には付き合いきれねーんだよ!》
《これは、異な事を。吾輩は主人のリクエストに応えておるだけのこと》
《手放すように仕向けてるじゃねーか!》
《言いがかりにて、しもべ同士で戦う気か? 愚の骨頂である》
熱くなってるヴァンに対し、レイはとことん冷たい態度で。
《必ず勝つとわかっておる勝負など、時間の無駄である。ヴァン、おまえでは、吾輩の相手は務まらぬ。格が低すぎる。長き時を生きてきた、ベテランしもべ故であろうが……。いったい、何人の主人と子をなし、何人の子に自分の力を与えてきたのだ? ヴァン、おまえは情が深すぎるのである》
《よけいなお世話だよ、このクソ雷が!》
赤クマさんと黄クマさんが、二人がかりでヴァンを止める。
《ヴァン、おちついてー!》
《いけませんよ、ヴァン。キャラクターが壊れてます。女王さまも怯えておられますよ》
アタシの方を見て、ヴァンはどうにか大人しくなったけど。
あれから、ずっと。
呼ばない限り、ヴァンはアタシの前に顔を出さない。さっきだって、マルタン君たちにつきそって来たと思ったら、さっさと子供部屋に帰っちゃったし。
レイのそばに居たくないんだろう。
リュカといっしょに、子供たちの遊び相手をしつつ、体術なんかを教えているようだ。
レイは、だいたいセザールおじーちゃんと一緒。
自分そっくりな分身を一体つくって、セドリックさんの所に派遣してもいる。このドームの大人や年長の子供に、施設の運用・点検・修理の仕方を教えているのだ。今やってる事は、レイに言わせると応急処置。この施設内にあるものだけで自立した生活ができるようにならなきゃ、いずれ破綻をきたし、ここの人間は滅んでしまう……レイはそう言うのだ。
アタシは、毎日、予知夢を見ている。
セドリックさんが、子供たちに非常食の入った携帯袋を渡したり、レジーヌさんに予知夢のことを伝えたからか、多少内容は変わった。
でも、ほんとに多少なのだ。
レジーヌさんはジェラールの誘惑に乗らなくなったものの、マリーちゃんをかばって亡くなるし。食料はやっぱり尽きて、最後の方の会話が悲惨なものになるのに変わりはなく……。
決まって、マルタン君が一人っきりになってしまうのだ。
魔王ジェラールを倒さない限り、全滅の未来は避けられないのかも。
超ハードな夢を連日見ているせいで、寝れば寝るほど疲れてしまう。体が、ものすごくだるいのだ。
つくづく……マルタン君はタフだわ。目が覚めてから、マルタンごっこをする元気があるんだもん。毎日のことだから、慣れっこになってるんだろう。
五才の子供が、あんな夢を見続けるなんてひどすぎる。
早く魔王ジェラールを倒してほしい。マルタンなら、やれると思う。
でも、そうしたら、移住かこの世界で頑張り続けるかの選択になって……もしかすると、レイは……
いや、でも……
そもそも……ジェラールって倒せるんだろうか?
セドリックさん曰く、ジェラールは第十の扉まで開いた一族最強の能力者。第八の扉も実に多彩で、セドリックさんが得意な『排他』も使え、他の能力もあれこれ使えて……
『第八の扉持ち同士が対決した場合、能力が低い方が弾かれます。弾かれるだけで、殺されはしません。内なる霊魂は、神の力による殺し合いを許しませんから。ですが、やりようによっては殺せるわけで……。『排他』空間をつくっても支配領域外から拳銃で撃たれりゃ、俺はあっさり死にます。ジェラールも肉体が無敵なわけじゃあない。近づければ倒す手立てはあるんでしょうが……』
相手は、街規模の支配領域がつくれる魔王なのだ。
この世界の街は、たぶんアタシの世界の首都よりも大きい。
マルタンのグッバイの魔法は超強力ではあるけれども、敵に届かなければ意味がないわけで……
この世界に来て、今日で四日目。
アタシの世界で魔王が目覚めるのは、三十二日後。
マルタンは、無事なんだろうか?
神にも等しい浄化の力を使えるわ、治癒魔法も得意だわ、神の加護はあるわ、炎精霊をしもべにしてるわで、人間にしては強すぎる奴だけど。
吹雪の地表で、一人で……。
あいつ、食料を二日分しか持ってかなかったのに。防寒具も無し。魔力切れになれば、ぶっ倒れちゃうだろう……。
嫌な想像ばかりしてしまう。
『ジヒブカきカミよ。ミテにスガるアワレなるモノどもにキュウサイを!』
マルタン君の祈りが、何度も頭の中に蘇る。
マルタン君に萌えられたんで、疑問は解決している。
同じ人間なら、伴侶入りしないもの。
あの子は、過去のマルタンじゃない。
並行世界のマルタンなんだ。
賢者ジャンの世界にシャルル様が居たのと、いっしょ。
マルタンだけど、マルタンじゃない。神の使徒となる岐路に行き着く前のマルタンなんだ。
マルタンとマルタン君は、どこまでいっしょなのか……
アタシの世界と賢者ジャンの世界は、似ているようで、かなり違う。
あっちは女神様で、
九十六代目勇者はお師匠様じゃなくてシルヴィ様で、
還ってから教えてもらったけれど、シャルル様の家名が違うのだそうだ。アタシのシャルル様のお家は『ボワエルデュー』で、あっちは『ポワエルデュー』……違うのは『ボ』と『ポ』だけなんだけど! シャルル様のお家は何百年も続いている名家。その家名が違うってことは、少なくとも数百年は違う歴史を歩んでいるってことで……。
天使のキューちゃんは、並行世界を分岐したコピーだと言っていた。
神々は、多層的に世界をとらえて、並行世界をつくったり、統合したり、別世界に進化させたりして、支配世界の均衡を保っているのだとも。
分岐した世界は、時を経ればもとの世界からかけ離れてゆく。
けれども、神魔の介入で、両世界がすり寄ることもある。
この世界が、マルタン本人の過去とどれほど似ているのかはわからない。
でも、少なくとも……これだけは言える。
マルタンの生まれた世界は、邪悪に負けたんだ。
あいつ、しょっちゅう『邪悪によって滅びる世界など、二度と金輪際もう決して絶対にあってはならぬのだ』って言ってるもの。
だからこそ、何としても。
マルタンは、この世界の邪悪を倒したいんだろう。
魔王ジェラールを滅ぼし、この世界ではまだ生きている――過去の自分では救えなかった人々を救いたいんじゃないかしら?
その気持ちはわかる。
あいつには、神の制約がある。言動も制限されている。その胸の内を、アタシたちに語れないのは仕方がない。
……んだけども。
勝手すぎない?
どうしてもジェラールを倒したいんなら、協力を求めろよ!
なんでもかんでもぜ〜んぶ一人でやろうとしやがって!
ムカつく!
あいつにとって、アタシなんて『キャンキャン吠えるだけの名ばかり勇者』なんだろうけど!
兄さまは好敵手で、クロードは拍手係で、リュカはガキで、セザールおじーちゃんは聖痕を刻めないやっかいなメカぐらいにしか思ってないんだろうけど!
仲間でしょうが!
神様から、並行世界の自分や家族たちとの接触を禁じられてるんだとしてもよ、アタシたちとは行動を共にできるでしょ?
そりゃあ、アタシ、弱っちいけど!
上着届けるとか、食料届けるとか、『魔力ためる君 改』への魔力チャージを精霊に頼むぐらいならできる!
あんたが倒れそうなら、眠る間、見張りぐらいやったげるわよ!
クロードだって! 『魔力ためる君 改』に、トネールの魔力を注いで、あんたに渡せる時を待ってるんだから!
兄さまは、光精霊のバリバリに、ずーっとあんたを探させてるのよ!
セザールおじーちゃんも心配してるわ、リュカもたぶん!
連絡ぐらいしてこいよ、バーカッ!
凍え死んでたら、指さして笑ってやるわッ!
「ジャンヌ!」
扉を開け、兄さまが部屋に飛び込んで来た。
兄さまはこのとこ力仕事でセドリックさんの手伝いをしてて、別行動だったんだけど。
その左の二の腕には、ピナさんがくっついている。最近は女の子たちに貸しっぱなしだったから、そこに居るのを見るのは久しぶりだ。
「バリバリが、神の使徒を見つけた!」
アタシとクロードは、立ち上がった。
扉からレジーヌさんも姿を現す。
「地表までお送りします。その後は精霊の力で移動なさってください」
「バリバリは呼び戻した。ジャンヌ、このシェルターの暖房は、ピオさんに頼んでくれ。俺はピナさんを連れてく」
「おっけぇ!」
「ボクも行く! 『魔力ためる君 改』をお渡ししなくっちゃ!」
「わしも同行させてください。センサーはお役に立つはずです」
「よろしければ、こちらをお持ちになってください」
レジーヌさんが『第二の扉』で大きなカバンを呼び寄せる。
「上着や帽子、手袋、セーターなんかが入っています」
「ありがとうございます!」
「ジャンヌ! 食料も持ったから!」
「すまない。レジーヌさん、急いでくれ。あの馬鹿が移動する前に、何としても捕まえたい」
「わかりました。みなさん、もう少し私のそばへ寄ってください」
リュカは置いてくことになっちゃうけど、しょうがない。見失ったら、アウトだもん。急がなきゃ!
「そとにいくの? きをつけてね」
「ね〜」
マルタン君とマリーちゃんが、手を振ってくれる。
一瞬の浮遊感の後、アタシたちは再び猛吹雪の地表へと舞い戻った。
激しい風を、ピナさんが炎結界で塞いでくれる。
「なんかあったら、ピオさんやレイたちに知らせます! リュカには待機しててって伝えてください!」
「わかりました。迎えが必要な時も、精霊を通じてお知らせください」
「ありがとうございます!」
「バリバリ。神の使徒のもとへ直行だ!」
《おぅけぃ、ジョゼぇ! 全開バリバリだぜーッ!》
バッビューン! と激しい光を感じ、そして、アタシは……




