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きゅんきゅんハニー  作者: 松宮星
氷の世界
197/236

◆使徒聖戦 外伝/呪われた部屋の主Ⅲ◆

『あなた……逆子で死んで産まれたんじゃない?』

 絵の部屋の向こうの世界。

 あちらで出会った女占い師殿は、神秘の目で全てを見通した。


『産婆さんのおかげで、すぐに生き返れたみたいだけど……ダメね、あなたのツキはそこでほぼ尽きてしまってる。それから、ずっと不幸続き……そうでしょ?』


 家族も俺も、己にも他人にも恥じぬ正しい生き方をしてきた。


 けれども、家は没落した。


 剣の師と旅をし、貧困や差別に苦しむ多くの人々を目にした。


 俺自身、傭兵となってからは、いわれのない怨みを買いまくりだ。

 回って来る仕事は、最前線やらの危険地域ばかり。

 いや、それ自体は構わないのだが……

 男色家だの幼児愛好者だのの風評被害は、地味に嫌だった。精神的なダメージとなった。家訓通りに、年少者に親切にし、婚前交渉を求める女性からの誘いを全て断っただけなのだが。

 傭兵仲間から、荷物を隠され、靴を捨てられ、剣を折られ……

 果ては『よくもオレの女をとりやがったな』と背中から狙われる始末。

 覚えのない痴情のもつれで死ぬなんて、納得できない。


 善良であっても正しくあっても、どうしようもない事がある。

 押し返せない大きな波に、時に、人は飲み込まれてしまう。



 だからこそ、俺は……



 救いの道を示してくれたアレッサンドロ殿に、深く感謝している。


『服を脱げ、恥を捨てれば万事うまくゆく』と助言をされた時は、あの方の正気を疑ったものの。

 言う通りにした途端、俺に寄って来る女性はいなくなり、傭兵仲間とのトラブルは激減。

 因縁をつけてきていた男達も、まったく近づいて来なくなった。

 俺の運気は上昇してゆき、勇者様の仲間の一人にも選ばれた。


 全て、アレッサンドロ殿のおかげだ。



 恩義あるアレッサンドロが危機とあらば、俺は全力で戦う。

 この命に代えても、アレッサンドロ殿を必ず守り通す。

 いや……

 俺も死んではいけないのだった。仲間の一人が欠けただけで、勇者様の託宣は叶わなくなってしまう。


 誰も死なせないよう戦いぬかねばならないのだ。



* * * * * *



「貴族の館には、警護用の私兵が居り、魔法防犯機構(セキュリティシステム)もあるものなのだよ」

 シャルル様が、魔法知識に乏しい俺の為にわかりやすい説明をしてくださる。

「しかし、はっきり言って、魔法防犯機構は形だけのものだ。盗賊避けの呪模様も、意志の弱い人間ぐらいしか払えないしね。真に重要なものが収蔵されている部屋には、それなりの結界が張られるものだ。が、範囲は狭く、ある程度の魔力がある者にとっては無いも同然の弱い備えなのだ。何故かはわかるかね?」


「ジパング界でシャルル様はおっしゃってましたね。結界を維持するには、莫大な魔力が必要なのだと。そのせいですか?」


「そうだ。魔術師には、肉体疲労という枷がある。空間制御に長けた特殊な魔術師ならともかく……貴族の屋敷全体を包み込むほどの結界を張り続けるのは、かなりの難事。私でも一日が限界だ」


「そういうものなのですか……。つまり、貴族の屋敷であっても、魔力の高い侵入者を防げないという事ですね」


「うむ。魔法防犯機構の不備は、私兵を大量に抱える人海戦術で補ってはいるがね。神魔が相手では、一般人の護衛など役に立つまい」


「ですね。居てもらっても、被害が広がるだけです」


「我が国の現状を鑑みるに、オオエ山の防衛システムは実に驚異なのだよ。あれは精霊の存在があってこそ成り立つものだが、魔法道具(マジック・アイテム)や魔法陣の配置が画期的でね……非常に効率がいいのだ。一の魔力から百の効果を得る、と理解してくれればいい。我々の世界には無い魔法技術の産物だったのだよ」


「そうだったんですか」


「オオエ山を参考にして、オランジュ邸宅の魔法防犯機構の改造を進めた。常時魔法結界が発動する仕掛けは、八割がた完成している。神魔であれ招かれざるものは侵入させぬ、それでいて術師にさほどの負担をかけぬシステムがほぼ出来たのだ」


「ジパング界から戻って半月ほどで、もうそこまで……。凄い。さすがシャルル様です」


「フッ。当然のことだよ、私は天才だ」


「はい。よく存じています」


「あちらには、シャルロットがおり、技法に長けたテオにも残ってもらった。ルネも居る。魔法防犯機構は未完成ではあるが、心配あるまい」


「そうですね。みなさまがオランジュ邸を守ってくださるでしょう」


「後は、こちらの……ボーヴォワール伯爵家の魔法防犯機構さえ整えば、魔王戦までの懸念が減る。おとといから、魔術師協会に依頼し、私の設計通りにこの屋敷の防犯機構の再構築を進めてもらっている。形になるのは明日ぐらいだが……完成までは、十人の魔術師が交替で屋敷全体に防御結界を張ってくれる。あともう少しなのだ」

 シャルル様が、魔法剣をすらりと抜く。

 ボワエルデュー侯爵家の家宝の剣。魔力をこめればこめるほど攻撃力が増すという、魔法騎士(マジックナイト)の為の武器だ。

「この屋敷には、『絵の部屋』がある。部屋自体は使徒様の聖なる結界で守られているが、屋敷が消失すれば、その結界も消え、あそこに存在する次元通路とて無事ではすむまい。邪悪の侵入を許すわけにはいかないのだよ」


「……来たようですね」

 シャルル様から少し遅れたが、俺も背の大剣を抜いた。

 レヴリ団の秘宝の一つ。

 あらゆる魔法を斬れるこの両手剣も、魔法剣だ。


「『絵の部屋』、そして『絵の部屋』の主人(あるじ)であるアレッサンドロ殿をお守りします」


「アンリエット様をはじめとする家人の方々には避難いただいた。心置きなく戦おう」




 今。

 アレッサンドロ殿は、正面玄関の扉の前だ。

 俺とシャルル様は、アレッサンドロ殿を背にかばう形で立っている。


 ボーヴォワール伯爵家の前を戦場とすると決めたのは、アレッサンドロ殿だった。



『絵の部屋から繋がる世界は、あちらさんにとってかなりの脅威のようだ……次元の扉が消滅すれば、あちらから賢者ジャンたちが来る事も無くなる……狙うのは間違いない……水晶のお告げだ』

 水晶珠を撫でながら、アレッサンドロ殿は静かに笑った。

『とはいえ、正直……俺を狙ってくるか、『絵の部屋』自体を狙うかは、五分と五分……どちらの未来もありえましてね……なら、いっそ二つ揃えておけばいいかと。目に見えぬ場所から、コソコソ狙われるのは面倒ですからね。道化よろしく囮になった方がマシってもんです』




 庭園の芝生に挟まれた、正門から正面玄関へと繋がる真っ直ぐな道。


 馬車が通る為の道に、一人の人間が佇んでいる。


 黒のローブをまとった魔術師のような姿。風に靡く白銀の髪。整った、しかし、感情の浮かんでいない顔。


 賢者様だ。


 先程までは誰もいなかった場所に、唐突に現れたのだ。移動魔法だろう。

 結界の張られた屋敷には近寄れないのか、ようやく声が届くぐらいの距離から進んで来られない。



「賢者様、ご本人か? それとも、魔力で生み出された依り代、人造人間というものか?」

 シャルル様の声が朗々と響く。


「私は私だ」

 返って来たのは、抑揚のない声だ。

「暗黒の女神と混ざりしもの。現世に関わる器になど、何の意味もない。魂は同一。一つゆえ……」

 謎かけのような答えだ。


「器が何であろうが同じ。その身にはブラック女神が宿っている、そう理解してよろしいか?」

「……そうだな」

「では、その器ごとブラック女神を弑し奉ろう」

「頼もしいな。できるものなら、やってみせるがいい」

 あくまでも平坦な声だ。


 賢者様が見ているのは、俺とシャルル様の背後――アレッサンドロ殿だ。

「すまぬな、アレッサンドロ。その体には死んでもらう」


「俺を殺すんですかい?」


「私は殺さぬ。おまえにかけられた神の祝福、いや、おまえにとっては呪いか……伝染(うつ)されたくはない」

「おや。どんなものかご存じで?」

「呪の性質は見えている。おまえの魂は、おまえを殺した者に移る……罪深き殺人者の魂を消滅させ、その体を乗っ取るのだろう?」

……アレッサンドロ殿からの答えはない。

「吸血鬼王がおまえを手にかけなかったのも、それ故だ。殺されぬ場合は、普通に転生し、赤子からやり直すようだが……おまえが怨みを買う生き方を好むのは、殺されたいからか? まあ、無力な赤子に戻り、数年思うままに生きられないのは辛かろう。想像はできる」

 やはり、アレッサンドロ殿からの答えはない。


「悪魔を人の(ループ)の中にはめ、生かし続ける。その祝福にどんな意味があるのか、私にはわからない。……わかりたくもない。私はブラック女神の望みのままに、神の(ことわり)を壊し続ける」



 賢者様の身体から、少しづつ闇が生まれ……

 目に見えぬ風が、吹きすさぶ。

 凄まじい圧迫感だ。

 賢者様の姿に変わりはない。

 しかし、賢者様がそこに存在している……それだけで本能的な恐怖を感じる。

 これは、もう……人間ではない。

 底知れぬほどに気が大きい、不気味な存在……

 巨大な黒い気。

 まるで、魔界の王そのものではないか。

 これがブラック女神の魂なのか……

 どこまでも深い闇が、俺の前に存在している。



 賢者様が、微かに眉をひそめる。

 アレッサンドロ殿とシャルル様を順にご覧になってから、最後に俺に目をとめた。


「私の気を前にして、恐慌(テラー)とならぬとは。デ・ルドリウ様とて、己を失い、悪夢に陥られたのだが。人ではないアレッサンドロはともかく……素晴らしい精神力だ、感心したぞ、シャルル殿、アラン」


「フッ、当然です。私は麗しの女神様のしもべ。いかな強敵が現れようとも、あの方の加護(あい)がお守りくださる。愛ある限り、この私は無敵なのです」

「なるほど、異界の女神の恩恵か」


「俺はどんな敵が相手でも平常心を保てます。戦士ですから」

「並の戦士ならば、恐慌となっている。ジャンヌは心強い男を伴侶にしたようだ」


 賢者様がジーッと俺を見る。

「そうか……聖痕(しるし)……。マルタンの加護もあるのか」


 シャルル様が一歩前に進み出られる。

「賢者様。勇者ジャンヌ様の伴侶として、あなたを倒します。個人的にも、あなたには思うところがある。ボワエルデュー侯爵家の護符を、あなたは持ち逃げされた」


「ああ……すまぬな。忘れていた。だが、アレをマルタンに持たせておくのは良くない。魔王戦が終わるまで、私が預かっておこう」


「我が家の家宝だと、ご存じのはずだ」

 珍しく、シャルル様が語気を強められた。


「手加減はしません。本気でいかせていただく……我が魔力が、願わくば、この者にあらゆる加護を与えんことを。戦場の鎧」

 シャルル様からの支援(バック・アップ)魔法。

 一時的ではあるが、俺の力強さ、防御力、素早さ、運等々、あらゆるパラメーターは上昇した。


 シリル師匠(せんせい)……

 戦場では非情であれ、それ以外の場では情をもって他者との絆を深めるべし。

 今こそ俺は……お教え通りに。


 雇用主であり、この世界の希望、俺の未来を委ねるべき方――ジャンヌ様の為、

 俺の恩人アレッサンドロ殿の為、


 賢者様を斬る!


「賢者様! お覚悟を!」

 屋敷を包む結界から飛び出し、鈍色(にびいろ)の両手剣を槍のように構え、走った。

 賢者様から生まれた瘴気を、両手剣をもって斬り裂きながら。


「……我が魔力が、願わくば、この者の盾とならんことを。光輝なる(とばり)

 屋敷の結界の外側に更に光の結界を張り、

「……我が魔力が、願わくば、薔薇の騎士たるこの私にあらゆる加護を与えんことを。戦場の鎧」

 ご自分を強化し、

「……我が魔力が、願わくば、薔薇の騎士たるこの私にふさわしき翼を与えんことを。飛天の夢」

 空中浮遊の魔法をご自身にかけたシャルル様が俺の後に続く。


 俺は前進するのみ。


 シャルル様の為に道を切り開くだけだ。



 神様曰く《ブラック女神は、魔王の守護神っていうかぁ〜 ちょ〜優秀なこの神が勇者のキミに味方しているように、ブラック女神は魔王の味方をする為に存在しているんだ》。

 ブラック女神の器となられた賢者様は、主神級の実力。使徒様曰く『巨悪』だ。

 けれども、ブラック女神にもその器となった賢者様にも、神や使徒様同様に制約がある。

 他者をそそのかし、けしかけてくる事はあっても。

 神の力で、人を砕こうとはしない。


 人とは、直接戦えないのだ。


 一撃で殺される事はない。


 ならば、何も恐れることはない。


 この濃い霧のような瘴気とて、そうだ。

 触れるものを切り裂き喰らおうとする邪気こそ、痛いほど感じる。

 しかし、瘴気には、意志がない。もっと原始的な感情……破壊衝動にのみつき動かされる単純な存在だ。

『人間を襲えない』制約がある為、近寄るものを切り裂く闇を自分の周囲にただ配置した……そういう事なのだろう。

 瘴気の動きは画一的で、読みやすい。

 濁流のように押し寄せて来ようとも、難なく避けられる。


 けれども。

 その一部を、わざとくらった。

 致命傷は避け、

 あくまでも、浅く。

 頬から首にかけて裂傷が走るよう、攻撃を見切りつつ。


 傷口から血が流れ、

 血が首の飾りへとかかるよう、

 負傷した。


 血がしたたり落ち……


 そして……

 俺の望み通り、旋風が生まれる。

 賢者様から放たれる黒い気を押し返すほどの鋭く凄まじい風が、俺のすぐ傍に。


《気のきいた召喚だな、戦士……戦場に招いてくれるとは》

 風の中心にいるのは、人の姿をとったもの。

 襟の高い黒マントを体に巻きつけて、宙に立っている(・・・・・・・)のだ。走る俺の横に並びながら。

《貴様らの賢者か。魔王(クラス)となったようだな……美しいこの私の敵として、不足はない》

 風になびく黒髪は長く、肌は青白い。目も唇も血のごとく赤い。

 男にも女にも見える中性的な美貌の主――吸血鬼王ノーラ。


 首の蝶ネクタイの飾りに血を注ぎ、吸血鬼王を召喚し、加勢してもらう……これが、この戦闘における隠し玉その一だ。


《血の宴に呼んでくれたのだ。戦士、この私の象徴を他人に貸した事は不問にしてやる》

 う!

 蝶ネクタイを、ジョゼフ様に貸してた事がバレてる????

 いや、でも、その……ほとんど裸の今の格好で蝶ネクタイ・チョーカーをつけ続けるのは、常識的に考えて、あまりにも……

《貴様に与えた、寵愛の証だ。無下にするな。同じことを繰り返すのなら……殺すぞ》

 ぐ!

 やはり、俺がつけなくてはいけないのか?



 奔流のごとく押し寄せる黒の気を押し返し、切り裂き、賢者様へと迫る。


 けれども、賢者様は、微動だにせず佇んでいる。

 その顔も、無表情のままだ。

 俺達の攻撃など意に介さないと、言うかのように。



 俺は両手剣を振り下ろした。


 しかし、届かない。


 激しい火花が散るばかりだ。


 目に見えぬ厚い壁に阻まれ、俺の剣は賢者様に届かない。


 吸血鬼王が、口を大きく開き、キ――ン! と、耳をつんざく不快音を発する。

 あらゆる強化魔法を消去する音波。

 結界すらも消し去れる力のはず。

 だが、俺と賢者様の間には依然として厚い壁がある。


《ほう。再生速度が早いな。消し去るそばから再生してゆく結界か》

 吸血鬼王は、楽しそうだ。

 口の端をつりあげて笑いながら、賢者様に何度となく襲いかかっては、身をひるがえし、距離をとっている。


 その身のこなしから察するに、攻撃されている……のだろう。

 人間には手出しできない賢者様も、魔族である吸血鬼王には制約がないようだ。

 その攻撃は、俺の目には映らないが。


 振り返ってみれば……


 真っ暗だ。

 俺達の周囲こそ闇は払われているが、賢者様から生み出される黒い気が靄のようにたちこめている。

 瘴気が濃くなれば、屋敷の守護結界も、シャルル様が張った光の結界も削がれてゆく。光の加護は弱まり、やがては消え失せる。瘴気が、アレッサンドロ殿に迫ってしまうのだ。


 時間をかけるべきではない。


「アラン!」

 空中浮遊の魔法で宙に浮かんでいるシャルル様。

 許可を求めるその顔に、頷きを返した。


「やってください!」

 隠し玉をとっておく余裕はありません。

 その二、その三も使ってしまいましょう、シャルル様。


「ノーラ殿! 結界の消去を!」

 それだけを叫び、賢者様へと斬りかかった。


「……我が魔力が、願わくば、この戦士(もの)の眠れる力を呼び覚まさんことを。覚醒せよ野獣!」


 シャルル様の魔法が、俺の全身に激しい衝撃をもたらし……




 視界が、真っ赤だ。

 笑い出したくなるような、暴れまわりたくなるような……奇妙な高揚感が俺を支配した。


 目の前に敵が居る。


 強固な結界に身を固めた暗黒だ。


 だが、何ものであろうが関係ない。

 目の前の敵は、

 この剣をもって、

 滅ぼすだけ。


 斬る!


 斬る!


 斬る!


 いつの間にか、俺は笑っていた。


 心のおもむくままに、剣を振るうのは……最高だ!


 耳をつんざく音が響く。


 しかし、そんなものもどうでもいい。


 飴のようにぐにゃりと曲がるものを、叩き続ける。


 遅い!


 遅い!


 遅い!


 再生したいのなら、しろ! その全てを、俺が破壊する! 破壊し尽くしてやる!




凶暴化(バーサク)か! 面白い!》

 俺が壊しかけたものを、衝撃音が粉砕し、


 開いた亀裂に、光を剣に宿した者が飛び込む。


「……麗しき光の女神よ。我が魔力が、あなたの微笑みに応えんことを。輝ける女神の慈悲」




 シャルル様の魔法剣が、賢者様を貫いた……




 そこまでは目にすることができたが……


 目の前が真っ暗となり、全身から力が抜け……


 意識は遠退いた……






《……命の灯は残っているな》

 吸血鬼王の声……?

《壊れたのではないか? それは、まともに動くようになるのか?》


「治してみせます。俺の精霊たちは優秀だ。必ずもと通りにしてみせますぜ」

 アレッサンドロ殿の声もする……。


 だが、まだ目があかない。

 瞼が重すぎる……。


「潜在能力発動魔法……眠れる力を顕在化し、火事場の馬鹿力的な効果を被魔法者にもたらすが……長時間の使用は不可能なのだ」

 シャルル様の声……やけに張りがない。

 ああ……そうか。

 魔法剣に大量の魔力を込めてしまわれたのか。消耗しきって、お体もろくに動かせぬ状態となられているのだな。

「魔法効果が消えた後、被魔法者の筋繊維や腱や関節に深刻なダメージを残す危険があるのでね……今回はほんの数分の凶暴化で済んだ……さほどダメージは残っていないはずだ……」


「ええ。治癒魔法の後、しばらく療養すりゃ、大丈夫でしょう。アランさんは、お若いですし、ね」


《チッ。つまらぬ。私は、筋肉の塊のような男を、ねじ伏せ、組み敷き、弄るのが好きなのだ。無抵抗な男など、面白くも何ともない。遊ぶ気にもならぬわ》

……しばらく寝ていよう。


《……僧侶は何処だ?》

 俺もそこそこ気に入られているが、あくまで二番手。

 吸血鬼王の本命は、使徒様だ。

《この場に来ぬということは、異世界か?》


 アレッサンドロ殿から答えが返る。

「ええ。勇者ジャンヌさまと異世界旅の途中で」


《なるほどな。僧侶が居らぬゆえ(・・・・・・・・)、貴様等、私を召喚できたわけか》


「事故ですよ、事故。アランさんの血が、偶然、吸血鬼王さまから下賜いただいた蝶ネクタイにかかったが為の、召喚事故です」

《ふん。事故なあ……》

「ま、そういうことで通します。占ったところ、俺が生き延びるには、偉大な吸血鬼王さまの御力にすがる必要ありと出ましてねえ」

《まあ、いい。私も、それなりに楽しませてもらった》


 そこで一呼吸おいてから、ノーラ殿は質問してきた。 

アレ(・・)をどうする気だ?》


「さてねえ……ま、いずれ逃げられちまうたぁ思いますが……足止めできるだけでも御の字です。その間に、神魔よけの結界は完成し、勇者ジャンヌさまの旅もつつがなく進みますからね」


「全ては、私の女神様の御心次第だ。使徒様のご帰還まで、繋ぎ止めておければ喜ばしいが……神の御心は人の身では測りきれない。私は、全てを女神様に委ねるよ」


「しばらくは、復活した俺の精霊(おんな)たちと、聖教会の僧侶さま方に、見張ってもらいますがね……どうにも未来が読めない。運命の歪みを感じます」




 かろうじて開いた目に、賢者様が映った。


 シャルル様は、ご自分に空中浮遊の魔法をかけたまま、勢いにのって突進されたのだろう。

 シャルル様の家宝の剣が、賢者様の左胸に深く突き刺さっている。

 そこから、広がる光の波動……神秘の目を持たぬ俺にも、おぼろげにわかる。尋常ではない気が、そこからあふれている。


 賢者様は……

 己の左胸に突き刺さるものを、静かに見下ろしながら……

 石化していた。


 まるで彫像のように、その場にたたずんでいるのだ。


 その顔には、苦痛も驚きもなく……


 ただ、ただ、無表情だった。

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