ダモクレスの剣
強くなりたいと、マルタン君は言った。
すっごく真剣な顔で。
夢を見るのだそうだ。
世界が闇に包まれてゆく。
どの夢でも、必ずそうなって……
その先は、日によって違う。
シェルターの防御の力が無くなる理由もさまざま。
おじさんが病気で死ぬ、おじさんがおかしくなっちゃう、誰かが悪い奴の味方になってしまった……
理由はどうあれ。
安全なはずのシェルターの中に邪霊が現れる。
全員が無事に逃げられる事もあれば、そこでほぼ全滅になる事も。
あてもなく雪の中を彷徨って、一人、また一人と消えてゆき……
一人っきりになったマルタン君は、マレビトに出会う。
深い闇か、まばゆい光。
どちらのマレビトに会うのかは夢ごとに違うものの、どちらに出会っても同じ。その体を差し出すのなら力をやろうと、もちかけられるのだそうだ。
「それじゃ、おそいんだ。みんながいなくなるまえに、つよくならなきゃ」
「『ジヒブカきカミよ、ミテにスガるアワレなるモノどもにキュウサイを』って、まいにちカミさまにおいのりしたんだ。それで、オレ、みたんだよ。マッハなひかりを! ゆめで!」
「すごかった。ぜんぶふきとんだんだ、わるいヤツらがぜんぶ」
「あのひかりなら、ぜったいかてる」
「おねがい、あれをちょうだい。マレビトに、オレのからだ、ぜんぶあげる。オレ、しんでもいいから」
子供の言うことだ。
かなりなところ、アタシたちが『こういうこと?』って聞いて誘導したし、こちらが想像で補ったところもある。
予知夢なのか、ただの夢なのかもわからない。
けれども、この子は夢を重く受け止めている。『みんなが死んでしまう』未来がこないよう、必死に戦おうとしているのだ。
とはいえ……
「死んではダメだ」
階段にいる兄さまが、教え諭すように静かに語りかける。
「おまえが死んだら、お母さんや妹が悲しむぞ」
「だけど、ほっといたら、みんな、しんじゃうんだ」
なら自分一人が死ぬ方がいいと、小さなマルタン君が叫ぶ。
まだ五才なのに……。
「それに、からだしかないんだ」
悔しそうに眉をしかめ、マルタン君は言う。
「チシキはないし……ダイゴのトビラまでしかあけてないから、あんまりチカラもない。ほかにささげられるものなんて……」
「真の漢は、見返りなど求めない。漢とは、弱きもの、守るべきものの為に、全力で戦う生き物なのだ」
「おとこ?」
「おまえは、今は何も捧げる必要はない」
兄さまが、ゆっくりと階段を昇って来る。
「大人になってから、弱きもの、守るべきものの為に戦え。それがヒーローへの返礼だ」
「え? でも、それじゃ、ダメだよ。マレビトにささげるものがちいさいと、ちいさいトミしかもらえないって、おじさんが、」
「俺たちは、おまえの客人になる気はない」
兄さんが、きっぱりと言い切る。
「だが、仲間の僧侶は地上に残っている。邪悪と戦うと言ってな。あの男は、邪悪がそこにいるから戦う。おまえの返礼があろうがなかろうが、行動に変わりはない。神の使徒とはそういうものなのだ」
「そのとおりだよ! 使徒様はね、すっげぇ、かっこよくって! 神々しくって! 優しいんだ!」
優しいかどうかはともかく。
「アタシの僧侶は、むちゃくちゃ強いわ。昇天を望まぬ霊まで、浄化しちゃうもの。この世界の邪悪がどんなものか、どれほどの力があるかわからないから、はっきりとは言えないけど……頑張ってくれると思う。今もきっと一人で頑張ってると思うわ」
……マルタン。
ここがあんたの過去世界だったら……
この世界に災いをもたらしてるものを退治したら、タイムパラドックスが起きる。
あんた、消滅しちゃうんじゃないの?
でも、だけど……
それでもいいんだろうな。
邪悪さえ祓いきれれば満足して消えそうよね、あんた……。
伴侶のあんたが消えたら、アタシ、困るのに。
そういうこと、ぜんぜん考えてなさそう。
あいつには、未来は無い。
いつも、今だけ。
目の前の邪悪を倒すことしか頭にない……そんな男だ。
「どうしても何かを捧げたかったら……ぜんぶ終わった後、アタシの僧侶にお礼を言って。妹さんといっしょに、とびっきりの笑顔で。それから、この世界がずっとずっとずーっと続くよう頑張るって約束して。それで、あいつ、きっと喜ぶから」
わかったと、小さなマルタン君は頷いた。
「この世界の悪いヤツってどんなヤツ? 邪霊を操ってるのよね?」
「おおきなイシをおとしたのも、あいつだよ」
「大きな石?」
「あのイシのせいで、おっきなマチがいくつもきえて、ユキばっかりになっちゃったんだ」
「隕石のことかな?」とクロード。
マルタン君が首を傾げる。単語がわからないようだ。
「あいつはね、ジェラールっていうんだ。いまはね、そのなまえ。ジェラールのからだをつかってるから、いっぱいおおきなチカラがつかえるんだ。ジェラールをけせば、ジャアクはぜんぶきえるはずだよ」
* * * * * *
子供部屋にピナさんを残し、アタシたちは準備してもらった部屋へ行った。
冷えきった部屋には、五つの簡易ベッドと長テーブル、それと膝ぐらいの高さの四角い機械があった。
「ヒーターです。炎精霊をお持ちのあなた方には不要かとも思いましたが、よろしければご使用ください。使い方をお教えします」
レジーヌさんは、食事を運んで来てくれた。
ヌードルの入ったスープと、やたらしょっぱいお肉の缶詰。
味はともかく。あったかいものは、ありがたかった。
寝る前に、みんなと今後のことを話し合った。
「バリバリは頑張っているが、まだ神の使徒を見つけられないようだ」
「なあ、ねーちゃん。あのガキ、やっぱあの僧侶なの?」
まだなんとも……。
無関係じゃあなさそうだけど。
本人がいないところで話しても答えなんかわかるはずもなく。
「話は変わりますが、みなさんお持ちの食料を、あちらに提供してはいかがでしょう? サイボーグのわしは、残念ながら、差し上げられる物など持ってないのですが」
エネルギーと換装用の腕と修理器具とパーツだけだと、おじーちゃんがため息をつく。
「そうだな……堅焼きのパンやチーズ、ドライフルーツは喜ばれるんじゃないか? もっと新鮮な物があれば、より良かったろうが」
「けどさー 行方不明のあいつ、いつ帰ってくるかわかんねーじゃん? 粘るんなら、食料は大事だ。バラまくべきじゃねーよ。あのおばさんと相談して、ここの食料と交換って形で渡すんでどう?」
「そうだね。全部置いてくのは還る時でいいよね。でも、使徒様のお荷物の中の物は明日にはあげちゃおうよ。ここの人たちに渡すことを、使徒様はお望みだと思うんだ」
クロードがマルタンから押しつけられたバッグの中には、五日分の食料が残されていて。
それでもって!
なんと!
ピンクのリボン付きプレゼントが、入ってたの!
すっごく可愛らしい子犬柄の包装紙!
布と油紙で、厳重に包まれたそれは……
誰かからのプレゼント?
それとも、誰かにあげる気?
あの厨二病男が、誰に?????
アタシたちは顔を合わせた。
「これ、ボクがお預かりしとくね」
そうね! その方がいいと思う!
そして、あともう一つ。忘れ物っぽいものが。
「『魔力ためる君 改』?」
ルネさんから三本もらってたけど。
そのうちの一本が、バッグに残っていたのだ。
魔力補充アイテムはいくらあっても足りないだろうに、持って行かなかったなんて……。
これもとりあえず、クロードに預かってもらうことにした。
埃っぽい布団をかぶり、目を閉じてから、アタシたちにできることはないか考えてみた。
ピオさんは、この階層全部も温められるって言ってくれた。
明日になったらレジーヌさんに話してみよう。
そんなことを思っているうちに、アタシは……
夢をみはじめていた。
あ、これ、夢だって思いながら。
真っ暗な夢だ。
何も見えない。
聞こえるのは声だけだった……。
* * * * * *
「おにいちゃ、おにいちゃ……」
ついてくんなよ。
いつも、いっつも、チョロチョロして。
じゃまなんだよ。
「や。も、マリー、あるけ、ない。あし、いたい〜」
だから、ついてくんなっていったのに。マリーのバカ!
なくなよ、うるさいなあ……
ほら、おんぶ。
「わんわん〜」
こら。ぼうし、ひっぱるな。
「わんわん〜 おにいちゃ、わんわん〜」
やだよ。
「わんわん〜 わんわん〜 わんわん〜」
もう。
……ウ〜、ワンワン、ワンワン、ガルルル、キャゥンキャゥン、クーンクーン……マリー、わらいすぎ。おちちゃうよ。
「もっと〜 ワンワン、もっと〜」
チェッ。かなわないや。
「ジェラールは……あなた達のお父さんは、とても立派な人だったのよ。知ってるわよね? 第十の扉まで開けられたのは、お父さんただ一人なのよ。お父さんは本当に凄かったの」
「そんな高みにまで行き着いたのに少しも驕ることなく、賢く、強く、優しく、明るい……素晴らしい族長だったわ」
「けれども、ある日、客人が来て……」
「お父さんは客人の求めに応えて魂だけの戦に赴いて……長い間、眠りに就いて……目覚めた時、別の存在になっていた。抜け殻となった体を、他の存在が乗っ取ってしまったのよ」
「時空を司る 様と敵対する存在――邪悪の王がお父さんの体を盗んだのよ」
「お父さんの魂は、戻って来なかった。あの時の客人も。激しい戦いの末に、二人とも亡くなったのでしょうね」
「今のジェラールは、あなた達のお父さんではないわ。あれは、ジェラールの力を勝手に使っている魔……滅ぼすべき邪悪よ」
「移動する。全員、俺のそばへ」
「セドリック! まだローラとアリアが!」
「あの二人は飲まれた。もう助からん」
「そんな……」
「来い、チビども! 邪悪に飲まれたくなきゃ、俺のそばへ来い!」
おじさん、どこへいくの?
「さあな。俺にもわからんよ。何処へ行けばいいのか……」
おじさん?
「マルタン。おまえは妹の手をしっかり握ってろ。ぜったい離すなよ」
「逃げ場なんて何処にもない……凍え死ぬか、飢え死にか、邪悪に飲まれるか……」
「シッ。セドリック、声が大きいわ。子供たちが起きてしまう」
「……レジーヌ。死のう。今、ここで。子供たちが眠っているうちに、すべて終わらせよう……」
「馬鹿なこと言わないで。あなたは族長なのよ」
「だから言っているんだ。子供たちが人間であるうちに楽にしてやる……それが、慈悲というものだ」
「セドリック。『道は神の教えを正しく識る者に開かれる』のよ。あなたは、神が無辜なる者を見捨てると思っているの?」
「神の救済があると……?」
「信じなければ、道は開けないわ」
「『慈悲深き神よ、御手に縋る憐れなる者どもに救済を』か……唱えて済むのなら百万回でも唱える。だが、俺には……救いの道が見えない……」
「しっかりして、第八の扉まで開けてるのはあなただけなのよ。あなたが光と共にあれば、あなたと共にいる子たちも清くあれる。あなたのそばに光の世界をつくり続けて」
「……いつまで、俺に道化をさせる気だ。俺の空間では、ジェラールには勝てない。君は、よく知っているはずだ」
「セドリック。次の客人が来るまでよ。それまで、頑張って。神は必ず客人を遣わしてくださるわ。救いの舟に乗る運命の子を、人の手で殺さないで。お願いよ」
「いいか、覚えておけ。怖いのは、死ぬことじゃあない、死んで屍を残すことだ」
「体をのっとられれば、邪悪となる。清らかなまま逝っても、肉体が穢れ、魔にふさわしいものに堕ち続ければ、その穢れは魂にまで及んでしまう」
「穢れてしまえば、神の御許に旅立てなくなる」
「だから……」
「穢れる前に……神に打ち砕かれる存在となる前に、その肉体を消し去るんだ」
「俺が側にいたら、必ず送ってやる。第八の扉で、存在を完全に消去してやる」
「しかし、これから先は、何が起きるかわからない。いざとなったら、自分のことは自分でやるんだ」
「これを一個づつやる」
「もうどうあっても助からないと思ったら、ピンを抜け。清めの炎が、おまえたちを邪悪から守ってくれる……」
「ピンを抜けずに死んだ奴がいたら、代わりに抜いてやれ。まず、亡骸から離れ、ピンを抜く。その後、第二の扉で抜いたそれを亡骸に送ってやるんだ。抜いてから三数えるまでに全て終わらせろ。送ったら、身を伏せるんだ。忘れるなよ」
「マリーには持たせない。マリーじゃ、ピンを抜く力もないし、危なっかしいからな。マリーの分は、レジーヌに預けておく」
「アルフォンス、『神に打ちくだかれる前に、安息を』」
アルフォンス、カミにウちくだかれるマエに、アンソクを。
「ヴァレリアン、『神に打ちくだかれる前に、安息を』」
ヴァレリアン、カミにウちくだかれるマエに、アンソクを。
「ソフィー、『神に打ちくだかれる前に、安息を』」
ソフィー、カミにウちくだかれるマエに、アンソクを。
「ジェラール……ああ、あなた、そこにいたのね……」
ママ?
「もう二度と離さないで、ジェラール……愛しているわ」
ママ! オレとマリーはここだよ! どこにいくの、ママ!
「俺のそばを離れるな! おまえまで取り込まれる!」
おじさん、ママが!
「レジーヌは……もう駄目だ。ジェラールの支配空間に取り込まれた。俺達の声はもう聞こえない」
だけど、ママが!
「うるせぇ。黙れ、ガキ。妹を抱っこしてろ。死ぬ気で妹を守れ……守り抜け……」
「マルタン! マリーの両目をふさげ! ぜったい見せるなよ!」
「レジーヌ……『神に打ちくだかれる前に、安息を』」
ママ!
なんで、ママを!
どうして、ママを殺したんだよ、おじさん!
「マルタン。あれは、ただの邪悪だ。堕落前が何者であろうとも、関係ない。邪悪に堕ちたものは粛清する……それが光の道だ」
だけど……ママは……
「誰かを守りたければ、私情は捨てろ」
ママ……
「目の前の者は光か邪悪か。生かすべきか殺すべきか。おまえならわかるはずだ……」
ママ……
「おにいちゃ」
「いたいの?」
「おにいちゃ、ないちゃ、メッ。おにいちゃ」
「グレゴワール……『神に打ちくだかれる前に、安息を』」
「俺がくたばったら……族長は一番年長の奴のもんだ。チビどもを守りながら、客人を待て。客人がおいでになれば、全てが変わる。おまえ達は必ず助かる。必ず、だ」
「だが、もしも……客人の到来の前に、運悪くジェラールに会っちまったら……アレを使え。ジェラールの空間にとりこまれたら、二度と光の道には戻れない。『神に打ちくだかれる前に、安息を』……清めの炎がおまえ達を神の御許に導くだろう」
「マルタン。マリーの分はおまえが持ってろ。いつ使うかは、おまえが決めていい」
「っくそ……。すまない……本当に、すまない……おまえ達に、神のご加護があらんことを……」
おじさん……カミにウちくだかれるマエに、アンソクを。
「ここはオレに任せろ! おまえたちは先に行け! ユニス、族長はおまえに渡す! チビどもを守れよ!」
エドゥアール……カミにウちくだかれるマエに、アンソクを。
「いいから行きなさい」
「おねえちゃん……」
「リナ。今からあんたが族長よ。きっともうすぐ客人が来るわ。あともうちょっと、マルタンたちとがんばるのよ」
「おねえちゃん!」
ユニス……カミにウちくだかれるマエに、アンソクを。
「おにいちゃ、おなか、すいた」
「あし、いたい〜」
「おにいちゃ、さむい〜 さむいの〜」
マリー ゆびをニギニギして。
「ニギニギ?」
つないだテを、オレがギュッするから、ギュッしかえして。
ギュッギュッで、ニギニギだよ。
「ニギニギ〜」
そう。
「ニギニギ〜」
もっとやって。
「ニギニギ〜」
わらって、マリー……
もっともっとわらって……
「ねえ、マルタン。ここ、すこしあったかくない?」
……あったかいかも。
「あ! マルタン、あんたのかお!」
かお?
「まっかにはれあがったの、なおってる!」
え?
「ほら、マリーも!」
ほんとだ、どうして……?
「あんたのまわり、キラキラひかってる……ねえ、マルタン、もしかして、あんた……ダイハチのトビラをあけたんじゃない?」
え?
「ぜったい、そうよ。あったかいとこにいきたい、マリーのほっぺかわいそうって、あんたがおもったから、あったかくって、けががなおるクウカンができたのよ」
オレが、これ、つくってるの?
「あんたでしょ? あたしじゃないもん」
リナにできるわけないよな。ダイサンのトビラも、あけてないもん。
「……あんたのそーいうとこ、ほーんとだいっきらい。だけど、いまは……あんたが天才でよかったっておもってるわ」
「おにいちゃ、あったかい……」
うん……
「マルタン。ゾクチョウ・メイレーよ、あったかいスープのあるクウカンつくりなさい」
できないよ。
「できないの? なーんだ。天才もたいしたことないわね」
うるせー リナのバカ
「バカでもあたしがゾクチョウよ。さ、いこう。きょうこそ、たべられるものみつけよう」
「おにいちゃ、マリー、おなか、すいた……」
「これ、けずればたべられるんじゃない?」
「あたしは、いいわ。あんたとマリーがたべなさい」
「あたしはゾクチョウだから、へーきよ」
「あっちよ。あたし、みたの。おひさまみたいなキラキラなひかり……マレビトがきたの」
リナ。ないよ、あっちには、なんにもない。
「みえたのよ……あたしの……ダイサンのトビラがひらいたの」
リナ……
「あっちにいけば、たすかるわ……はやくいきなさい」
リナ……
「ごめん……マルタン……ピンぬいて……ゆびが、うごかない……」
……わかった。
「いまから、あんたがゾクチョウよ……おにーちゃんなんだから……ちゃんとマリーをまもるのよ」
マリー。あっちむいて。オレがいいっていうまで、おめめとおみみをとじてて……
リナ……カミにウちくだかれるマエに、アンソクを……
「おにいちゃ、リナは……?」
オレがいるよ、マリー。
オレが、ずっとまもってあげるよ。
ずっと、ずっと、ずっと……
マリー。
だめだよ、たべて。
たべなきゃ、あるけなくなるよ。
のんで、マリー。
マリー。
マリー。
マリー。
へんじして、マリー。
ねちゃダメだよ。
ずっとおんぶしてあげるから。
わんわんぼうし、ひっぱっていいよ。すきなだけ、ひっぱっていいから。
めをあけて、マリー。
おねがい……めをあけて……
カミさま、カミさま、カミさま、カミさま、カミさまカミさまカミさまカミさまカミさまカミさまカミさま!
ジヒブカきカミよ、ミテにスガるアワレなるモノどもにキュウサイを!
* * * * * *
「ジャンヌ……ジャンヌ、大丈夫か?」
瞼を開けたら、心配そうな兄さまが見えた。
「ひどくうなされていたぞ」
目尻を伝う涙で、ひりひりと肌が痛む。アタシは寝ながら泣いていたのだ。
「もう朝だ。このまま起きてしまえばいい……ジャンヌ? どうしたんだ? どこへ?」
アタシは……
走った。
子供部屋を目指して。
「んもう、マルタン、今日もうるさい」
「寝言っていうより、悲鳴だよな」
「またおねしょしてるんじゃないの? 五さいなのに、マルタンってば、ほ〜んとあかちゃんよね」
「あ。マレビト、おはようございます」
アタシは……
寝台でうなされてるマルタン君のもとへ、走った。
彼のそばには、小さな妹が……
「おにいちゃ、いいこ、いいこ、おにいちゃ」
眉間に皺を寄せ、苦しそうな息を漏らす子供。
夢の中で戦い続ける小さな戦士を……
アタシは抱きしめた。
胸がキュンキュンした……
心の中でリンゴ〜ンと鐘が鳴る……
欠けていたものが、ほんの少し埋まっていく、あの感覚がした……
《あと二十七〜 おっけぇ?》
と、内側から神様の声がした。
生きている……
まだ生きてる……
みんな、まだ……
あの夢を現実にしちゃいけない。
ぜったいに……
そう思いながら、同時に。
さっき見たのが、マルタンの過去そのものではないにしても。
同じような道を通り抜けて来たのだと……そうわかってしまっていた。