表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
きゅんきゅんハニー  作者: 松宮星
氷の世界
194/236

きよしこの夜

 歓迎の宴は、やめにしてもらった。


 セドリックさんは残念そうだったものの、アタシが子供を産めない体だと聞いて(この説明もどうかと思うわ、ヴァン!)、わりとあっさりと引き下がった。


「お部屋は、みなさんが寝泊まりしやすいように直させましょう」

 現在、かなりアダルトな内装になっているらしい……。


「……その間に、子供たちに会わせてもらえませんか?」

 セドリックさんとレジーヌさん(マルタン君のお母さん)が、不審そうに眉をひそめる。

 なので、ちゃんと伝えておいた。

「あの子の名前は絶対呼びません。他の子の名前も、もちろん口にしません。だから会わせてください」


「何故です?」


「それは……」

 あの子がアタシの仲間の僧侶かもしれないから会いたい……とはさすがに言えないわね。


 えっと……


 なんか適当な言い訳を……


「……う、内なるアタシの霊魂が、マッハでそうせよと命じたからです」

 苦しい! 苦しすぎる!

「ほう。あなたの霊魂が……。わかりました。レジーヌ、子供部屋にお連れしてくれ」

 なんか、あっさり許された!


 マルタンのノリが通じる世界なんだわ、ここ!




「この階層は居住エリア。あなた方がいた部屋は、倉庫の一つです」

 先に立って廊下を歩くレジーヌさんの後を、ついて行った。

「子供部屋は最奥です」


「子供たちは、みんな同じ部屋で暮らしてるんですか?」


「分散しているより一カ所に集めた方が、暖かいですし、エネルギーの消耗を押さえられますので。年長者をリーダーにして、子供だけで過ごさせています」


 つまり……

「レジーヌさんは、お子さんと一緒じゃない?」


「ええ、同室ではありません」


「下のお子さん、二才だとおっしゃってましたよね? お寂しいですよね……」


「有事ですから、仕方ありません」

 レジーヌさんが、やわらかな声で答える。

「今、私が母親でいられる時間は、ほとんどないんです。この施設を維持する為の人手が、圧倒的に足りないのです。故障している箇所も多いですし……」


 十五人が暮らして、大人は六人しか居ない……セドリックさんはそう言ってたっけ。


「それに、子供たちの中には、親兄弟が居ない子もいます。自分の子だけを手元に置いて可愛がるなんて、できませんわ」


 あ……


「すみません、アタシったら……」

 無神経なことを。

「いえ、お気になさらないでください。『光なき時も共にあり、苦しみをわかちあえ』ですわ。マルタンも他の子どもたちも、時空を司る   様に仕える弟妹。みんな、愛しています。導師として導いていきますわ」



 階段がある場所に通りかかった時、レジーヌさんは「階段は使わないでいただけますか?」と頼んできた。

「神よりいただいた力で、上階には守護の為の空間が築かれています。一族以外の者の接近を、空間が拒絶するのです」

 う〜ん……防御結界が張られてるってことかな? まあ、確かに近寄らない方が良さそう。

「また、下階には空調システム、発電室、貯水庫等の重要施設もありますので、」

「わかりました。上の階にも下の階にも行かないようにします」

「すみません。外出をお望みの時は、私かセドリックにお声をかけてください。客人(まれびと)であるあなたにご不自由を強いてたいへん申し訳なく思います」


 むぅ。


 ここの人、異世界人をもちあげ過ぎ。

 こそばゆいわ……。



 子供部屋は薄暗く、やっぱりものすごく冷えきってた。


 部屋の子供たちは、最初こそ見知らぬアタシたちに戸惑いを見せたものの……

 異世界からの客人(まれびと)だと、レジーヌさんが説明した途端、顔をキラキラと輝かせ始め、

 更に、ツイン炎の精霊が部屋を明るくあたたかくしたもんだから、大喜びとなって、


「キャー! カワイイー!」

「次、あたし!」

「ピンク・クマちゃん、かして、かして〜!」


 あっという間に、アタシの精霊たちの虜になってしまった。


 一番モテモテなのは、バレリーナ姿のピナさん。

 赤クマさんも、ショートマントをつけた緑クマさんも、まあ人気。

 女の子は三人なので、黒クマさんはちょっとあぶれ気味。でも、みんな、一回は抱っこしてる。いろんな子から頬ずりされて、ピクさんは嬉しそうに照れてた。


 いちおうソルにも、あんたもチヤホヤされたい? って聞いてみたんだけど……

《結構です。子供は、ワタクシの守備範囲ではありませんので。ワタクシが敬愛するお方は未成熟な果実であって、幼児そのものではありませんから》

 とか、言いやがったのだ! それ、どういう意味? アタシの知性が幼児並ってこと? それとも外見? 幼児体型だって言いたいの? っくそ、あとで踏んづけてやる!


 サイボーグおじーちゃんや逞しい兄さまは、男の子たちから人気。


 ではあるんだけど……


「いねーじゃん、あのガキ」

 うん……。


「ジャンヌ。あっち……」

 クロードが指差してるのは、部屋の奥。二段ベッドの下段……


 !


 居た!

 てか! マルタン君、ぐるぐる巻きに縛られてて、ベッドに転がされてる! 口には猿轡まで!

 ちょっ!

「マ……」

 じゃない!

「あの子、どうしちゃったんです?」

 って聞いたら、レジーヌさんはあっさり答えた。

「『ふんじばって、ベッドに転がした』のです。セドリックから、やれと命じられましたので」

 だからって、ほんとにやっちゃうなんて……か、過激ですね、お母様……


「解いてあげてください!」

「わかりました。客人であるあなたのご希望に従います」


 レジーヌさんが、息子が転がっているベッドに向かう。


 マルタン君の枕元には、大きなお人形がちょこんと座ってる……

 と、最初は思ったんだけど!

 生きてるわ! 瞬きしてる!

 もこもこに着ぶくれた女の子。亜麻色のふわふわの髪の毛。可愛い子だ。だけど、大きな目はとろ〜んとしてて、半分眠ってるみたいな表情だ。


「マリー」

 レジーヌさんに呼びかけられ、眠そうな目がパッチリと開く。

 でもって。

 笑ったのだ。

 ほわほわ〜っと。

 無邪気に、可愛く。


「ママ〜」


「ずっとおにーちゃんについていてくれたの? やさしい子ね、マリー」

 両手を広げて待つ子供を、レジーヌさんは抱き上げて頬にキッス。

「おにいちゃ、ないてるの〜」

 う。

 そのスローモーなテンポが! 舌っ足らずなしゃべり方が! 胸にズッキュンとくる!

「泣いてないわよ、おにいちゃんは」

「おにいちゃ、いたいの〜」

「そうね。今、痛いのを取ってあげるわ。良い子に待っててね」


 床の上に、もこもこのちっちゃい子がちょんと降ろされる。

 あんなちいちゃな足で立ってるぅぅぅ!

 小動物的な可愛さというか!

 抱き上げて、頬ずりしたくなるというか!


「なー ねーちゃん、あいつ、汗かいちゃうんじゃね?」とリュカ。

「赤クマたちが室温あげてんだ。あんなブクブクじゃ、あちーだろ、あのガキ」

 おお!

 たしかに!

……よく気がついたわねえ、リュカ。


 今、お母さんは、息子の縄を外すのに忙しそうだし……


 アタシは、チビちゃんの前にしゃがんだ。

「上着、脱ごうか?」


 こっくんと頷くのが、またなんとも……か、かわいい……かわいすぎる……持って帰りたくなる……


「あいがと、です〜」

 脱がせてあげたら、お礼言うし!


……ときめいちゃいそう。


 そうだ!


「ピクさ〜ん」

 あぶれてた黒クマさんを呼び寄せ、

「はい」

 おチビちゃんに手渡そうとした。


 けど、受け取ってくれない。


 大きな青い目をきょとんと丸め、女の子がピクさんを見つめる。


 宝石みたいな目をパチパチ。


 しばらく、真っ黒なクマさんを見つめてから、女の子は笑ったのだ。ほわわ〜んって感じに、それはもう愛らしく。


「わんわん〜」


 え?


「わんわん〜」


《お、おらのこと? おら、黒クマ……》


「わんわん〜」


 どわっ!

 いきなり、ピクさんの頭を鷲づかみ!

 頭がつぶれてるわ! ぬいぐるみだからいいけど! 容赦のない掴みっぷり!

 でもって、振り回すし!


「ダメよ! それじゃかわいそう!」

 キョトンとしてる女の子から、ピクさんを取り上げた。


「わんわん……」

 うわっ! 大きな目から、じわわ〜んって涙が!


「抱っこは、こうよ!」

 赤ちゃんを抱っこするみたいに、やってみせた。


「わんわん……」


「返すわ。さあ、やってみて」

 手を添えて、女の子が乱暴な抱き方をしないよう指導してみた!

「可愛い子には、優しくするの。お母さんが、あなたを抱っこする時みたいにね。愛をこめて、そっと、そっと、ね。……そう上手、上手。ほ〜ら、ピクさん、気持ちいいって喜んでるわ」


「わんわん〜」

 うん……

 さっきは悪魔みたいだったけど。

 その笑顔は、天使だわ!


「その子はね、わんちゃんじゃないの。クマちゃんなのよ」


「わんわん〜」

 むぅ……


「熊では通じません」と、レジーヌさん。

「動物を見たことがないんです。ここには絵本すらありませんし。マルタンの帽子の飾りの犬だけが、その子の知ってる動物なんです」

 あらま。


 見れば、マルタン君はもうベッドに座ってた。しびれちゃってるんだろう、腕をさすりながら。でもって、アタシをジーッと見てる。ものすごーく言いたいことがあるって顔だ。


「お仲間の精霊への狼藉、申し訳ありませんでした。ですが、決して悪意があったわけではありません。その子は、お人形遊びも知りませんので……ぬいぐるみの扱い方がわからなかったのです」

 人形遊びを知らない……?

 ここ、人形も無いのか……

 胸がチクッと痛んだ。


「知らない事は、これから覚えていけばいいだけです。アタシの精霊も怒ってませんし」


 抱っこされたピクさんが、女の子を抱っこし返す。

 それだけで、キャイキャイ喜ぶんだもん。なんか胸が更に締めつけられそう……。

「気にしないでください。アタシも気にしませんから」

「ありがとうございます」


「ねえ」

 マルタン君の声だ。

 青い瞳が、ジーッとアタシを見つめている。


「……オレのなまえ、よんでくれた?」


「呼んでない」


「なんで!」


「あんたと契約を結ぶ気がないからよ」


「ケチ!」


「マルタン、客人(まれびと)に失礼ですよ」

 お母さんから、ゲンコツ。


 マルタン君は、上目づかいにアタシを睨み続ける。

 顔は真っ赤。しかめて、しわだらけ。今にも泣くぞ!って、表情で訴えてる。

 顔自体はそっくりなんだけど、こういうとこ似てないのよねえ。感情表現が、ストレートすぎる。


「少し息子さんと話させてください。内なるアタシの霊魂が、マッハでそうせよと言っているんです」


「わかりました。私はご就寝用の部屋を整えてきます」

 またまたあっさりOKが出た!

『内なるアタシの霊魂』をつければ、なんでも要求が通りそうな予感……。



 ベッドの端に腰かけ、床に目を落とし、ムスッとしてるマルタン君。


「隣、いい?」

 しばらく待ったけど、返事がかえってこない。

 無言を了承だと勝手に解釈して、その隣に腰かけた。


 すぐ側では、彼の妹――マリーちゃんがピクさんを抱っこして、「わんわん〜」と無邪気に笑ってる。めちゃくちゃ可愛いな。


「アタシが来ること、夢で見たんですって?」

 マルタン君、無言。


「どんな夢だったの?」

 無言。


「妹さん、すっごく可愛いわね」

 話題を変えてみても、やっぱり無言。唇をむっつり閉じたままだ。


「ねえ、力が欲しいって言ってたわよね? どんな力が欲しかったの?」


 そこでようやく、マルタン君が口を開く。目は床に向けられたまんまだけど。


「……おしえたら、くれる?」


 ん?


「『マレビトにはチシキとジョリョクを、マレビトからはチシキとトミを』。オレのことしりたかったら、タイカ(対価)をはらって。オレのマレビトになってよ」


 ぐ。


「オレ、ただじゃ、チシキはつたえないよ」


 こ、こいつ〜


「こら、マルタン! マレビトにしつれーよ!」

 緑クマさんを抱っこした女の子が、走り寄ってくる。

「よばれたら、おへんじするの。あんた、もう五つなのよ。ちゃんとおにーちゃんにならないと、マリーにわらわれちゃうわよ」

 七才ぐらい? もうちょっと上?

 色白でそばかすだらけの子だ。顔のつくりは、マルタン君とよく似ている。


「うるせーよ、リナ」


「きたないことばは、やめなさい。ねんしょうしゃは、ねんちょうしゃの言うこときくものよ。さあ、マルタン、おぎょーぎよくして。マレビトのしつもんに、ぜんぶきちんとこたえるのよ」


 アタシの横のマルタン君が、チッと舌打ちをする。

「えらそうにすんなよ。バカガキ」


「バカでもガキでもないわ。あたし、あんたよりおねーちゃんよ」


「よわっちぃくせに、いばるな」

 伸ばされてきた女の子の手を、マルタン君がバシッとはらいのける。

「さっさとダイサンのトビラあけろよ、のろま」


 そばかすの女の子の顔が、カーッと赤くなる。


「十までには、できるようになるわよ! それなら、ふつうよ! おねーちゃん言ってたもん! あたしは、ふつう! ヘンなのは、マルタン、あんたでしょ!」


「マリーはダイヨンまであけてるぜ」


「うそ……」


「うそじゃないよ。マリー、オレとおなじものみてるし、きいてるんだ」


「うそ! うそ! うそ!」


「二さいのマリーができること、どーしてできないんだよ。ほんきになれよ。八つだろ。ガキでバカなままじゃ、しぬんだぞ」


「うるさいッ! マルタンのバカーッ!」

 そばかすの子は、もう半泣きだ。


 子供のケンカではあるけれど……

 この暴言は、聞くに堪えない。


 マルタン君の頭にゲンコツを落として、見上げてきた顔に向け、びしっと指をさした。

「今のは、あんたが悪い!」


 天才のあんたにはわからないんだろーけど!

 凡人には凡人なりの成長スピードがあるの!

 本人はものすごく努力してるかもしれないのよ。あんたの物差しで測ったらかわいそうだわ!


 そんな気持ちを視線にこめて、睨んでやった。アタシも凡人代表だから……。


 目を大きく見開き、口をむっと閉じて、しばらくブルブル震えて……

 それから、マルタン君はアタシに背を向け、走り出した。


「待って」

 伸ばしたアタシの手は、スカッと宙を切った。


 マルタン君の姿が、フッと消えてしまったのだ!

 最初から、そこに居なかったみたいに。


《魔法による移動です》

 アタシと同化中のソルが、簡潔に教えてくれる。


 呪文詠唱無しに、パパッと消えたわッ! 凄い!



「マルタンったら、また脱走? んもう、しょうがない子。思い通りにならないと、すーぐ逃げるんだから」と、女の子たちからブーイング。


 そばかすの子は、もっと年長の子たちにヨシヨシと慰められていて……。


「マレビト。マルタンなら、このフロアーに居ますよ」

 男の子たちが教えてくれる。

「さっき族長が、シェルター全体の空間を作り直したばかりですから。いくらあいつでも、今は外へは行けないはずだ」

 よくわかんないけど、わかったわ! マルタン君は、この階のどっかに居るのね!


 ポテポテポテっと。

 お人形みたいにちっちゃな子が、廊下にむかって歩いてゆく。

 ちょっ!

 マリーちゃん!

 ピクさん、ひきずってるわよ!

 足もってひっぱるんじゃなくって! 抱っこしてあげて!


「マリーについてけばいい。マリーは、おにいちゃんが大好きなんです。あいつがどこに隠れてるんでも、マリーならすぐに見つけますよ」




 マリーちゃんの後をおっかける事にした。

 廊下は寒いだろうと思って、ピオさんを呼び寄せると、


「ボクもいっしょにいく」

「俺も」

 クロードと兄さまがついて来た。


 リュカはバイバイとアタシに手を振って、セザールおじーちゃん&男の子チームの方に合流しに行った。この部屋から出たくない模様。


「ピオさんの代わりに、ユーヴェちゃんを出しといたから」と、クロードはニコニコ笑顔。

 クロードの光精霊は、白い子猫の姿だ。ピオさんの代役のはずのユーヴェを見た途端、女の子はキャーっと甲高い悲鳴をあげ、たちまちピナさんまで放り出すぐらいの熱狂ぶりに……


《チェッ》

 アタシのすぐそばで、赤クマさんがイジケル。

《チェッ、チェッ、チェッ》

 しょんぼりとうなだれ、つまらなさそうに右足で床を蹴ったりなんかしちゃってて……

 大丈夫よ、ピオさん! 子猫のユーヴェもすっごく可愛いけど! ピオさんも、すっごくラブリーだから! アタシが保証する!




 マルタン君は、すぐに見つかった。

 てか、すごくわかりやすい所に居た。


 上の階に通じる階段の踊り場で、こちらに背を向けて膝を抱えて座っていたのだ。


 隠れてないし!


 あからさまな『オレ、拗ねてます!』『誰か気づいてよ』アピール。

 思わず吹き出しちゃった。

 そういう面倒くさいとこ、うちのマルタンによく似てる。


「おにいちゃ」

 ヨチヨチ足のマリーちゃんが、階段をヨタヨタとあがり出して……


 落ちたら、危険!


 アタシとクロードは左右をガード、兄さまは落ちてきてもキャッチできるようすぐ後ろについた。


 ピクさんもひきずられるのをやめ、マリーちゃんと手をつないでひっぱってあげている。


 他の階へ行っちゃ駄目って、レジーヌさんから注意されてるけど……

 踊り場までなら……

 おっけぇ?

 だといいな!


 いや、だって! この子一人で昇らせらんないでしょ?


「お兄ちゃん、妹がそっち行こうとしてるわよ。降りて来て」

 つっても、チビ・マルタン、動かないし。


 どうにか!

 無事に!

 踊り場に到着!


「おにいちゃ」

 可愛い妹はニコニコ笑って、イジケてるお兄ちゃんのもとへ。


「おにいちゃ」

 右手でぎゅっとつかんだものを、ひっぱって、

「わんわん〜」

 見て見てって感じに、お兄ちゃんにくっつける。


 そんな愛らしい妹に、お兄ちゃんはポツリと一言。

「……クマだよ」


「わんわん〜」

 マリーちゃんが、マルタン君にピクさんを押し当てる。

 貸してあげる、抱っこしていいよって感じに。

「いらないよ」

「おにいちゃ、わんわん〜」

「いらないってば」

「わんわん〜 ギュッ。おにいちゃ、わんわん〜」

「チェッ」


 面倒くさそうにマルタン君は右手をあげ、マリーちゃんごとピクさんをギュッする。

「……ありがとう、マリー」

 マリーちゃんが、キャッキャ楽しそうに笑う。


「仲がいい兄妹だな」と兄さま。


 うん、ほっこりしちゃう……。



「オレ……つよくなりたいんだ」

 背を向けたまんま、マルタン君がつぶやく。


「……オレがつよくなんなきゃ、みんないなくなっちゃう。ママもマリーもリナもおじさんも、みんな……だから、」

 小さなマルタン君は妹をそっと離し、立ち上がり、振り返った。


 息をのんだ。


 目の前に居るのは、五才の子供なのに。


 その青い瞳は、どこまでも澄んでいて……


 その顔は、信仰を貫く決意に満ちた殉教者のようで……。


「マレビト。トミは、オレにください。オレたちがウちくだかれるまえに、オレはわるいヤツをたおさなきゃいけないんだ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=291028039&s
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ