君に会いに行こう
「おはよう、いい朝だな」
「おっはよー 勇者のねーちゃんにニコラ。クマ公もごきげんじゃん。よ、ねーちゃんの義兄ちゃん。おつかれー セザールじいさん……あれ? 学者のにーちゃんは? ここで徹夜してんじゃなかったっけか?」
「お嬢ちゃん、ジョゼフくん、精霊をお返ししますぜ。助かりました。後はクロードくんだが、まだ来てないか……」
「勇者様、おはようございます」
だんだん仲間たちがアタシの部屋に集まってきて、そして……騒動勃発。
「いってぇ!」
ぎゃあと悲鳴をあげて、リュカが額をおさえる。
「なにしやがんでえ! クサレ僧侶!」
「聖痕をくれてやった。命が惜しくば、これから一週間、俺の名前を口にするなよ?」
アレな奴が、ククク・・と笑っていやがる。
「俺と共に旅立つ者には、漏れなく聖痕をプレゼント・・内なる俺の霊魂が、そうせよと俺に命じたのだ」
「いらねーよ! つーか! 俺、おまえのこと、いっぺんも名前で呼んでねーのに! なんでつけんだよ!」
噛みつくリュカに、
「これでおまえも仲間だな!」とか、
「額の方が背中よりマシだぞ」とか、
「フッ。神速のリュカの名が泣くぜ、見事に不意打ちされやがって」とか、
アランと兄さまとドロ様が、慰めてるんだか微妙な声をかける。
《いたいのいたいのとんでけ〜》してるニコラだけが、リュカを慰めているような。
やりたい放題の使徒様も、セザールおじーちゃんの前でその進撃を止める。
「・・・」
「………」
見つめ合う、神の使徒とサイボーグおじーちゃん。
額をさしだすように、おじーちゃんが進み出る。エドモンよりは高いけど、おじーちゃんも背は低い方。マルタンに見下ろされる形となる。
「我が一族の血と、九十八代目カンタン様の仲間であった矜持にかけて誓います。この老いぼれ、決して神の使徒様には背きません。誓いを破った時には、どうぞ神罰をおくだしください。死をも厭わぬ覚悟にございます」
「・・・」
マルタンは右手をスーッと伸ばし、セザールおじーちゃんを指さし叫んだ。
「合格!」
んでもって、背中をみせ、スタスタと部屋の奥へと歩き去ってゆく。
「ずっけぇ! どーして、じーさんは免除なんだよ! じーさんにもデコピンしろよ!」
う〜ん……
兄さまが、ポツリと。
「機械の体に聖痕をつけても意味がない、そう思ってやめたのかもな」
兄さま、鋭い。
実は、アタシもそう思ってた!
「すみましぇぇん! ねぼうしましたぁぁ!」って奴が駆けこんで来て、
「ただ今戻りました、ジャンヌさん」ってなシャルル様と、
「みなさま、おはようございます。お忘れ物はございません? 非常食料も一週間分お持ちですわよね? 足りない物がございましたら、お知らせください。すぐに用意させますわ」ってシャルロットさんが来て、
「おはようございます。早速ですが、異世界転移の概要を説明します」と、テオ先生が登場。さっきよりは、キリッとしてる……顔を洗って来たのかな?
「魔法陣反転の法は、英雄世界用、ジパング界用、エスエフ界用のものが発見できました。え〜 『どこぞのさすらいの世捨て人』が残した研究によりますと……」
『どこぞのさすらいの世捨て人』=セリアさんだ。向こうの世界のことをしゃべるなと使徒様に言われてるから、セリアさんの名前を伏せてるのだ。
「裏英雄世界の人間の攻撃力にはたいへんバラつきがある……あ、いえ、そのように推測されるとの事ですので、『どこぞのさすらいの世捨て人』の意見を容れ、まずは裏ジパング界への転移を試みてみようかと思います」
むぅ。
アタシは、挙手した。
「いかがなさいましたか、勇者様?」
「『どこぞのさすらいの世捨て人』さんだと長いので、『世捨て人』さんにしてください」
「……了解です」
コホンと咳払いをしてから、テオは手に持っていたものをアタシへ。
紙の束だ。
ずしっと重い!
百科事典なみの厚みがあるというか!
「全て、裏ジパング用の転移の呪文です」
「これ全部? 全部唱えなきゃいけないの?」
「いいえ。一枚ごとに、呪文は完結しています」
む?
「私が技法を唱えた後、魔法陣が輝き出します。魔法陣反転の法の有効時間は十分ですので、その間に勇者様はお手元の紙に記した呪文をお読みあげください。転移の魔法が発動しなかったら次、その次の紙へと進めて欲しいのです」
はぁ。
「一言一句であろうとも呪文が異なれば、転移の魔法は成りません。ですので、名詞、動詞、形容詞、副詞、助詞、助動詞、接尾語などの言い換えた文を、豊富に用意いたしました」
テオがメガネのフレームを押し上げる。
「これだけあれば、どれかは当たってると思います」
数うちゃ当たる作戦きたー!
「それでは、旅立たれるみなさま、魔法絹布の前へご移動ください。荷物もお忘れなく」
「結局、ルネは間に合わなかったか……」
シャルル様が、ため息をつく。
「ジャンヌさんの異世界転移に間に合わせろと、あれほど強く言ったのに。……期待外れだった、か」
ルネさーん、スポンサーが怒ってますよー しっかりやらないと、お金やスタッフを取り上げられちゃうわよー
魔法絹布の上、魔界への魔法陣の隣に、『勇者の書 39――カガミ マサタカ』をさかさまに置いた。
アタシの後ろには、ジョゼ兄さま、クロード、セザールおじーちゃん、リュカ、マルタンが準備オーケーな感じに立っている。
アタシはちょっと脇によけ、『勇者の書 39』の前の場所をテオに譲った。
テオが聞き取りづらい声でブツブツと何かをつぶやき、手や足や首や体を動かしている。曲芸的な動きはないものの、落ち着きが無い。体のひねり方も何段階もあるようだ。
「…… 様と子と聖霊の御力によりて、奇跡を与え給え。魔法陣反転の法!」
三十九代目の書の下から、パーッと明るい光が広がり始める。
とても、綺麗だ。
周囲から、おお! っと歓声があがる。
「魔法陣反転の法発動中です。勇者様、どうぞ」
テオが魔法絹布から離れて行く。留守番組だから転移の呪文に巻き込まれないよう、距離をとったのだ。
紙の束を握りしめたアタシが、再び三十九代目の書の前に。
ジパング界の裏世界へ行くのだ。
あと三つの世界に行かなきゃ、アタシの託宣は叶わない。
何としても、裏世界に行かなきゃ!
「勇者様、こちらのことはご心配なく。どうぞ仲間探しに専念なさってください」
「お気をつけて、ジャンヌさん。ジョゼフ君、セザール殿、クロード君、リュカ君、この世界の希望の星をしっかりと護衛をしてくれたまえよ」
「使徒様、ゲボクさんのお世話はお任せください。心置きなく異世界でご活躍くださいませ」
《おねーちゃん、ジョゼおにーちゃん、リュカおにーちゃん、がんばってね!》
「フフッ。よりよい良い星がみなさんの頭上に輝くよう、お祈りしますぜ」
「勇者様、どうぞご無事で! アレッサンドロ殿は俺が全力で護衛しますので、ご安心を!」
この世界に残る仲間たちに手を振ってアタシは……
転移の呪文を口にしたのだった。
そして……
ガッションガッション、ドスン、ドォン!
派手な騒音がどんどん大きくなってくる……
「シャルル様! 遅くなって、たいへん申し訳ありません! ご注文のアレ、どうにか稼働するようになりました!」
部屋に飛び込んで来たロボットアーマー。
金属製のチェストみたいな不格好な『迷子くん』が、オーバーアクションで驚きを体現する。
「ややっ! そこにいらっしゃるのは、勇者様ではありませんか! いやはや! 朝に異世界にご出立と伺っておりましたが! 昼食時間もとうに過ぎたというのに! まだいらっしゃるとは! 思いもかけぬ幸運でした! これで、『ルネ ぐれーと・でらっくすⅡ』をお渡しできます!」
旅立ちたかったわよ、アタシも!
しょーがないでしょ! 転移の呪文が発動しないんだから!
裏ジパング界用の呪文が全滅で!
裏英雄世界用の呪文も全滅で!
裏エスエフ界用の呪文まで全滅だったのよ!
魔法陣が反転しても、異世界転移の呪文が失敗だったら異世界には行けないのよ!
テオとシャルル様とシャルロットさんは、顔をつきあわせて呪文の書き換えをあれこれやってるし!
暇をもてあましたニコラはピアさんと遊びだすし!
用事があるって、ドロ様とアランは部屋から出てっちゃうし!
使徒様は聖戦で、異世界へ魂だけ飛ばした……もとい、寝ちゃったし!
アタシは喉が痛くなって、ハチミツドリンクをもらってるの! その他のメンバーも暇なんで、お茶してるの! 昼食はもう食べたし! やる事ないのよ!
シャルル様が文章書き換えチームから離れて、こっちにやって来る。
「ルネ。私の要求を満たす水準の物が出来たのだな?」
「もちろんですとも、シャルル様! こちらがご注文の品!」
ババーン! とばかりにルネさんが出したのは、ストローを挿したボトルのようなもの。エスエフ界のスムージー風食事をとる時に使ったのに、よく似てる……
「私の最高傑作の一つ! 蓄魔力器『魔力ためる君 改』です!」
……名前からして、ダメそう。
「ぶっちゃけて言いますと、エネルギー生産用魔法機関です。ほんの三十秒精霊に持ってもらえば、はい終了。精霊より摂取した魔力を、どんどんどんどん増幅、ボトル内に圧縮して保存してゆきます」
はぁ。
「で! 画期的なのがその魔力の放出方法! このストロー状の部位、実は魔法弁になっておりまして、ほんのちょっとストロー口から魔力を注ぎますと、それが誘い水となりまして、ドバーと濃い魔力が噴射される仕掛けでして!」
はぁ。
シャルル様が、爽やかに微笑みかけてくる。
「ジャンヌさんの為に発明させました」
アタシのため?
「正確には、使徒様の為ですが」
ふぁさっと、シャルル様が金の髪をかきあげる。
「使徒様は神の奇跡を起こされる方。神にも等しい力をふるわれる為には、相応の魔力や霊力を必要とされる。ご自身か憑依体の魔力・霊力・生命力を用いるか、魔界の時のように精霊を吸収するか、幻想世界の時のように魔素を吸わねば、神の奇跡をふるえなくなります」
「そうですね」
「そこで、この私は考えたのですよ。足りなくなるのならば、補えばいいと。ジャンヌさん、この『魔力ためる君 改』があれば、魔力をお持ちでないあなたが使徒様を降ろしても大丈夫。『魔力ためる君 改』から魔力を吸った使徒様が奇跡を起こせますから……あなたの精霊が犠牲となる事はもう二度と、おそらくないでしょう」
!
「……シャルル様」
アタシの胸は、キュンキュンした……
「ようするに! 『魔力ためる君 改』は、使徒様に魔力を提供するための機械なのです! とりあえず! 今日は三本ご用意いたしました! 中身が空っぽとなった後の再チャージは、エネルギー変換率が多少は落ちますが、それでも可能! 理論上、十回までのご使用が可能です! たいへん優秀な魔力チャージ機『魔力ためる君 改』、ぜひご利用ください!」
「でかした、ロボとクルクルパーマ2号」
起きてたのか、あんた。
白雲の上から、使徒様がむくりと体を起こす。
「ククク・・きさまらがどうしても喜捨したい、どうぞお受け取りくださいと、媚びへつらうのであれば使ってやらなくもない。この俺がその発明品を有効利用してやろうではないか」
プレゼントしてもらう立場のくせに、偉そうだ。
「さっそくご使用いただけますか! さすが、使徒様! お目が、高い! どうぞバンバンお使いください! 取扱説明書にアンケートがついております。ご帰還後、ぜひ! 使用感をお聞かせください! 不都合があれば、じゃんじゃん改良してゆきますので!」
「あっぱれだ、ロボ。きさまに神のご加護があらんことを」
「ルネ。『魔力ためる君 改』を大量生産するかは、使徒様のご帰還後に判断する」
「わかりました、シャルル様」
「それとは別に、同タイプの物を至急一ダースつくって欲しい」
「は? 一ダースも? よろしいのですか? もしも構造に致命的な欠陥があった場合、全部廃棄となりますが?」
「そうなっても構わない。たったの三ボトルでは、使徒様の活動支援にならないだろう? 『もしも欠陥が無かった』場合、速やかに次のチャージ機をお渡しできるよう準備しておきたいのだ」
「あっぱれだ、クルクルパーマ2号。きさまに神のご加護があらんことを」
何やら、盛り上がってきたけど。
アタシは、ロボットアーマーの人をツンツンした。
「魔力をチャージしすぎて、ドッカ〜ンとかない?」
「はっはっは! ありませんとも!」
ほんとに、ほんと〜でしょうね?
「実はですね、勇者様。『魔力ためる君 改』の基礎構造の開発はレイ殿がやっておりまして」
へ?
「ほら。サイボーグ体のセザール殿は、機械部位をエスエフ界から持ち込んだエネルギーパックで維持しているではないですか」
えっと……たしか、そう!
「しかし、エネルギーパックの個数は有限。ですので、魔法炉からのエネルギー変換器の開発も必須なわけでして。エスエフ界に居るうちに、レイ殿が私の発明品『魔力ためる君』をちょちょいのちょいとイジってくださってですね、実に! 効率のいい! 画期的な! 魔法炉、つまり蓄魔力器をつくってくだすったのですよ!」
へー レイが。
「今のところ残念ながら、セザール殿の機械の体に適したエネルギーへの変換装置は完成してないのですが、魔法炉部分は出来上がっていたわけで! それに更に改良をくわえ、使徒様向きにしたのが今回の『魔力ためる君 改』なわけなのですよ!」
そっかー おおもとはレイが作ったのか。
ルネさんの純正品じゃないのかー
なら、安全だわ。
「今回お渡しした三ボトルにチャージされてるのは、レイ殿の魔力です」
レイの……
アタシは、左手首のアメジストの腕輪をチラッと見た。
「ですが、ボトルが空になった後は、何精霊がチャージしても問題ありません。まあ、使徒様と相性のいい精霊の力の方が、より良いとは思いますが」
聖職者向けの魔法といえば、光。
あとは、炎。
水も雷も土もイケルはず。
風は……イマイチかな?
氷も、向かない?
闇は、使い方次第ってとこ?
「そうか!」
突然の大声。
「この単語を古語に変えれば、韻を踏めます! 内容的にも、発音的にも、完璧なリフレインです! これでいってみましょう!」
「テオ兄さま。その古語は、あまりよろしくなくってよ。禍福をも意味しますもの。旅立ちに、不吉ではありませんこと?」
「単語自体は、聖文字も含んだ尊いものです」
「でも……」
「シャルロット。禍は転じれば、福となります。我々にとっての最悪は『勇者様が異世界へ行けなくなる事』であり、『託宣が叶わぬ未来』こそが最悪なのです。何も行動しない事が、一番の禍なのですよ」
「おっしゃる事はわかりますわ。でも、私、嫌なのです。魔術に関わる者として、この呪文が気持ち悪い。一語一語は構いませんのよ。でも、一つの形となると……。テオ兄さま、もう一度転移の呪文を別の視点から研究し直してみませんこと? 私、もっともっと頑張りますから」
「……魔王が目覚めるのは、三十五日後です。仲間探しに割ける日数は三十四日、ブラック女神の妨害もあるでしょう。あまり悠長なことはしてられないのです」
テオが、アタシに聞いてくる。
「試してみてもよろしいでしょうか?」
「いいわよ」
ま。唱えたところで、また何も起きないかもだし。
テオの好きにすればいいわ。
新たな呪文が記された紙が手渡される。
アタシの後ろのメンバーは、ダレまくり。
使徒様はゲボクの上に寝転んでるわ、リュカも床に座り込んでるわ。
兄さまも、うんざりって顔。
しゃきっとしてるのは、セザールおじーちゃんだけなんじゃ?
クロードは『がんばれ、ジャンヌぅぅ』って応援してくれてるものの、回を追うごとにおざなりになってるのよねえ。
テオに言われるままに、『勇者の書 78――ウィリアム』を魔法絹布にさかさまに置く。
魔法陣反転の法が発動。
勇者の書の下から広がる光を浴びながら、アタシは、テオから渡された紙をただ読んで……
そして……転移したのだ。
転移のまぶしい光が消えた時……
アタシは思わず叫んでいた。
「さむぅぅぅ!」
寒いのだ。
猛烈に!
いや! 寒いを通り越して、痛い!
肌を突き刺すような痛みすら感じている!
周囲に激しい雪と風が荒れ狂っている。
どこまでも続く真っ白な風景。
舞い散る雪風と白い世界しか見えない。
目を細めて、見た。
視界はほとんどきかないけど、でも……デカイ建物が近くにあるような。
エスエフ界で見たビルによく似た建物だ。