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きゅんきゅんハニー  作者: 松宮星
氷の世界
190/236

君に会いに行こう

「おはよう、いい朝だな」

「おっはよー 勇者のねーちゃんにニコラ。クマ公もごきげんじゃん。よ、ねーちゃんの義兄(にー)ちゃん。おつかれー セザールじいさん……あれ? 学者のにーちゃんは? ここで徹夜してんじゃなかったっけか?」

「お嬢ちゃん、ジョゼフくん、精霊をお返ししますぜ。助かりました。後はクロードくんだが、まだ来てないか……」

「勇者様、おはようございます」


 だんだん仲間たちがアタシの部屋に集まってきて、そして……騒動勃発。


「いってぇ!」

 ぎゃあと悲鳴をあげて、リュカが額をおさえる。

「なにしやがんでえ! クサレ僧侶!」


「聖痕をくれてやった。命が惜しくば、これから一週間、俺の名前を口にするなよ?」

 アレな奴が、ククク・・と笑っていやがる。

「俺と共に旅立つ者には、漏れなく聖痕をプレゼント・・内なる俺の霊魂が、そうせよと俺に命じたのだ」


「いらねーよ! つーか! 俺、おまえのこと、いっぺんも名前で呼んでねーのに! なんでつけんだよ!」

 噛みつくリュカに、

「これでおまえも仲間だな!」とか、

「額の方が背中よりマシだぞ」とか、

「フッ。神速のリュカの名が泣くぜ、見事に不意打ちされやがって」とか、

 アランと兄さまとドロ様が、慰めてるんだか微妙な声をかける。

《いたいのいたいのとんでけ〜》してるニコラだけが、リュカを慰めているような。


 やりたい放題の使徒様も、セザールおじーちゃんの前でその進撃を止める。

「・・・」

「………」

 見つめ合う、神の使徒とサイボーグおじーちゃん。

 額をさしだすように、おじーちゃんが進み出る。エドモンよりは高いけど、おじーちゃんも背は低い方。マルタンに見下ろされる形となる。

「我が一族の血と、九十八代目カンタン様の仲間であった矜持にかけて誓います。この老いぼれ、決して神の使徒様には背きません。誓いを破った時には、どうぞ神罰をおくだしください。死をも厭わぬ覚悟にございます」

「・・・」

 マルタンは右手をスーッと伸ばし、セザールおじーちゃんを指さし叫んだ。

「合格!」

 んでもって、背中をみせ、スタスタと部屋の奥へと歩き去ってゆく。


「ずっけぇ! どーして、じーさんは免除なんだよ! じーさんにもデコピンしろよ!」


 う〜ん……


 兄さまが、ポツリと。

「機械の体に聖痕をつけても意味がない、そう思ってやめたのかもな」


 兄さま、鋭い。

 実は、アタシもそう思ってた!




「すみましぇぇん! ねぼうしましたぁぁ!」って奴が駆けこんで来て、


「ただ今戻りました、ジャンヌさん」ってなシャルル様と、


「みなさま、おはようございます。お忘れ物はございません? 非常食料も一週間分お持ちですわよね? 足りない物がございましたら、お知らせください。すぐに用意させますわ」ってシャルロットさんが来て、


「おはようございます。早速ですが、異世界転移の概要を説明します」と、テオ先生が登場。さっきよりは、キリッとしてる……顔を洗って来たのかな?



「魔法陣反転の法は、英雄世界用、ジパング界用、エスエフ界用のものが発見できました。え〜 『どこぞのさすらいの世捨て人』が残した研究によりますと……」

『どこぞのさすらいの世捨て人』(イコール)セリアさんだ。向こうの世界のことをしゃべるなと使徒様に言われてるから、セリアさんの名前を伏せてるのだ。

「裏英雄世界の人間の攻撃力にはたいへんバラつきがある……あ、いえ、そのように推測されるとの事ですので、『どこぞのさすらいの世捨て人』の意見を容れ、まずは裏ジパング界への転移を試みてみようかと思います」


 むぅ。

 アタシは、挙手した。

「いかがなさいましたか、勇者様?」

「『どこぞのさすらいの世捨て人』さんだと長いので、『世捨て人』さんにしてください」

「……了解です」


 コホンと咳払いをしてから、テオは手に持っていたものをアタシへ。

 紙の束だ。

 ずしっと重い!

 百科事典なみの厚みがあるというか!

「全て、裏ジパング用の転移の呪文です」

「これ全部? 全部唱えなきゃいけないの?」

「いいえ。一枚ごとに、呪文は完結しています」

 む?

「私が技法を唱えた後、魔法陣が輝き出します。魔法陣反転の法の有効時間は十分ですので、その間に勇者様はお手元の紙に記した呪文をお読みあげください。転移の魔法が発動しなかったら次、その次の紙へと進めて欲しいのです」

 はぁ。

「一言一句であろうとも呪文が異なれば、転移の魔法は成りません。ですので、名詞、動詞、形容詞、副詞、助詞、助動詞、接尾語などの言い換えた文を、豊富に用意いたしました」

 テオがメガネのフレームを押し上げる。

「これだけあれば、どれかは当たってると思います」


 数うちゃ当たる作戦きたー!


「それでは、旅立たれるみなさま、魔法絹布の前へご移動ください。荷物もお忘れなく」


「結局、ルネは間に合わなかったか……」

 シャルル様が、ため息をつく。

「ジャンヌさんの異世界転移に間に合わせろと、あれほど強く言ったのに。……期待外れだった、か」

 ルネさーん、スポンサーが怒ってますよー しっかりやらないと、お金やスタッフを取り上げられちゃうわよー



 魔法絹布の上、魔界への魔法陣の隣に、『勇者の書 39――カガミ マサタカ』をさかさまに置いた。


 アタシの後ろには、ジョゼ兄さま、クロード、セザールおじーちゃん、リュカ、マルタンが準備オーケーな感じに立っている。


 アタシはちょっと脇によけ、『勇者の書 39』の前の場所をテオに譲った。


 テオが聞き取りづらい声でブツブツと何かをつぶやき、手や足や首や体を動かしている。曲芸(アクロバット)的な動きはないものの、落ち着きが無い。体のひねり方も何段階もあるようだ。

「……  様と子と聖霊の御力によりて、奇跡を与え給え。魔法陣反転の法!」

 三十九代目の書の下から、パーッと明るい光が広がり始める。

 とても、綺麗だ。


 周囲から、おお! っと歓声があがる。


「魔法陣反転の法発動中です。勇者様、どうぞ」

 テオが魔法絹布から離れて行く。留守番組だから転移の呪文に巻き込まれないよう、距離をとったのだ。


 紙の束を握りしめたアタシが、再び三十九代目の書の前に。


 ジパング界の裏世界へ行くのだ。

 あと三つの世界に行かなきゃ、アタシの託宣は叶わない。

 何としても、裏世界に行かなきゃ!


「勇者様、こちらのことはご心配なく。どうぞ仲間探しに専念なさってください」

「お気をつけて、ジャンヌさん。ジョゼフ君、セザール殿、クロード君、リュカ君、この世界の希望の星をしっかりと護衛をしてくれたまえよ」

「使徒様、ゲボクさんのお世話はお任せください。心置きなく異世界でご活躍くださいませ」

《おねーちゃん、ジョゼおにーちゃん、リュカおにーちゃん、がんばってね!》

「フフッ。よりよい良い星がみなさんの頭上に輝くよう、お祈りしますぜ」

「勇者様、どうぞご無事で! アレッサンドロ殿は俺が全力で護衛しますので、ご安心を!」


 この世界に残る仲間たちに手を振ってアタシは……


 転移の呪文を口にしたのだった。


 そして……






 ガッションガッション、ドスン、ドォン!


 派手な騒音がどんどん大きくなってくる……


「シャルル様! 遅くなって、たいへん申し訳ありません! ご注文のアレ、どうにか稼働するようになりました!」

 部屋に飛び込んで来たロボットアーマー。

 金属製のチェストみたいな不格好な『迷子くん』が、オーバーアクションで驚きを体現する。


「ややっ! そこにいらっしゃるのは、勇者様ではありませんか! いやはや! 朝に異世界にご出立と伺っておりましたが! 昼食時間もとうに過ぎたというのに! まだいらっしゃるとは! 思いもかけぬ幸運でした! これで、『ルネ ぐれーと・でらっくすⅡ』をお渡しできます!」


 旅立ちたかったわよ、アタシも!


 しょーがないでしょ! 転移の呪文が発動しないんだから!


 裏ジパング界用の呪文が全滅で!

 裏英雄世界用の呪文も全滅で!

 裏エスエフ界用の呪文まで全滅だったのよ!


 魔法陣が反転しても、異世界転移の呪文が失敗だったら異世界には行けないのよ!


 テオとシャルル様とシャルロットさんは、顔をつきあわせて呪文の書き換えをあれこれやってるし!

 暇をもてあましたニコラはピアさんと遊びだすし!

 用事があるって、ドロ様とアランは部屋から出てっちゃうし!

 使徒様は聖戦で、異世界へ魂だけ飛ばした……もとい、寝ちゃったし!

 アタシは喉が痛くなって、ハチミツドリンクをもらってるの! その他のメンバーも暇なんで、お茶してるの! 昼食はもう食べたし! やる事ないのよ!


 シャルル様が文章書き換えチームから離れて、こっちにやって来る。

「ルネ。私の要求を満たす水準の物が出来たのだな?」

「もちろんですとも、シャルル様! こちらがご注文の品!」

 ババーン! とばかりにルネさんが出したのは、ストローを挿したボトルのようなもの。エスエフ界のスムージー風食事をとる時に使ったのに、よく似てる……


「私の最高傑作の一つ! 蓄魔力器『魔力ためる君 改』です!」


……名前からして、ダメそう。


「ぶっちゃけて言いますと、エネルギー生産用魔法機関です。ほんの三十秒精霊に持ってもらえば、はい終了。精霊より摂取した魔力を、どんどんどんどん増幅、ボトル内に圧縮して保存してゆきます」

 はぁ。

「で! 画期的なのがその魔力の放出方法! このストロー状の部位、実は魔法弁になっておりまして、ほんのちょっとストロー口から魔力を注ぎますと、それが誘い水となりまして、ドバーと濃い魔力が噴射される仕掛けでして!」

 はぁ。


 シャルル様が、爽やかに微笑みかけてくる。

「ジャンヌさんの為に発明させました」


 アタシのため?


「正確には、使徒様の為ですが」

 ふぁさっと、シャルル様が金の髪をかきあげる。

「使徒様は神の奇跡を起こされる方。神にも等しい力をふるわれる為には、相応の魔力や霊力を必要とされる。ご自身か憑依体の魔力・霊力・生命力を用いるか、魔界の時のように精霊を吸収するか、幻想世界の時のように魔素を吸わねば、神の奇跡をふるえなくなります」

「そうですね」

「そこで、この私は考えたのですよ。足りなくなるのならば、補えばいいと。ジャンヌさん、この『魔力ためる君 改』があれば、魔力をお持ちでないあなたが使徒様を降ろしても大丈夫。『魔力ためる君 改』から魔力を吸った使徒様が奇跡を起こせますから……あなたの精霊が犠牲となる事はもう二度と、おそらくないでしょう」


 !


「……シャルル様」

 アタシの胸は、キュンキュンした……


「ようするに! 『魔力ためる君 改』は、使徒様に魔力を提供するための機械なのです! とりあえず! 今日は三本ご用意いたしました! 中身が空っぽとなった後の再チャージは、エネルギー変換率が多少は落ちますが、それでも可能! 理論上、十回までのご使用が可能です! たいへん優秀な魔力チャージ機『魔力ためる君 改』、ぜひご利用ください!」


「でかした、ロボとクルクルパーマ2号」

 起きてたのか、あんた。

 白雲の上から、使徒様がむくりと体を起こす。

「ククク・・きさまらがどうしても喜捨したい、どうぞお受け取りくださいと、媚びへつらうのであれば使ってやらなくもない。この俺がその発明品を有効利用してやろうではないか」

 プレゼントしてもらう立場のくせに、偉そうだ。


「さっそくご使用いただけますか! さすが、使徒様! お目が、高い! どうぞバンバンお使いください! 取扱説明書にアンケートがついております。ご帰還後、ぜひ! 使用感をお聞かせください! 不都合があれば、じゃんじゃん改良してゆきますので!」

「あっぱれだ、ロボ。きさまに神のご加護があらんことを」


「ルネ。『魔力ためる君 改』を大量生産するかは、使徒様のご帰還後に判断する」

「わかりました、シャルル様」

「それとは別に、同タイプの物を至急一ダースつくって欲しい」

「は? 一ダースも? よろしいのですか? もしも構造に致命的な欠陥があった場合、全部廃棄となりますが?」

「そうなっても構わない。たったの三ボトルでは、使徒様の活動支援(バックアップ)にならないだろう? 『もしも欠陥が無かった』場合、速やかに次のチャージ機をお渡しできるよう準備しておきたいのだ」

「あっぱれだ、クルクルパーマ2号。きさまに神のご加護があらんことを」


 何やら、盛り上がってきたけど。


 アタシは、ロボットアーマーの人をツンツンした。

「魔力をチャージしすぎて、ドッカ〜ンとかない?」

「はっはっは! ありませんとも!」

 ほんとに、ほんと〜でしょうね?

「実はですね、勇者様。『魔力ためる君 改』の基礎構造の開発はレイ殿がやっておりまして」

 へ?

「ほら。サイボーグ体のセザール殿は、機械部位をエスエフ界から持ち込んだエネルギーパックで維持しているではないですか」

 えっと……たしか、そう!

「しかし、エネルギーパックの個数は有限。ですので、魔法炉からのエネルギー変換器の開発も必須なわけでして。エスエフ界に居るうちに、レイ殿が私の発明品『魔力ためる君』をちょちょいのちょいとイジってくださってですね、実に! 効率のいい! 画期的な! 魔法炉、つまり蓄魔力器をつくってくだすったのですよ!」

 へー レイが。

「今のところ残念ながら、セザール殿の機械の体に適したエネルギーへの変換装置は完成してないのですが、魔法炉部分は出来上がっていたわけで! それに更に改良をくわえ、使徒様向きにしたのが今回の『魔力ためる君 改』なわけなのですよ!」

 そっかー おおもとはレイが作ったのか。

 ルネさんの純正品じゃないのかー

 なら、安全だわ。


「今回お渡しした三ボトルにチャージされてるのは、レイ殿の魔力です」

 レイの……


 アタシは、左手首のアメジストの腕輪をチラッと見た。


「ですが、ボトルが空になった後は、何精霊(だれ)がチャージしても問題ありません。まあ、使徒様と相性のいい精霊の力の方が、より良いとは思いますが」


 聖職者向けの魔法といえば、光。

 あとは、炎。

 水も雷も土もイケルはず。

 風は……イマイチかな?

 氷も、向かない?

 闇は、使い方次第ってとこ?




「そうか!」

 突然の大声。


「この単語を古語に変えれば、韻を踏めます! 内容的にも、発音的にも、完璧なリフレインです! これでいってみましょう!」


「テオ兄さま。その古語は、あまりよろしくなくってよ。禍福をも意味しますもの。旅立ちに、不吉ではありませんこと?」


「単語自体は、聖文字も含んだ尊いものです」


「でも……」


「シャルロット。禍は転じれば、福となります。我々にとっての最悪は『勇者様が異世界へ行けなくなる事』であり、『託宣が叶わぬ未来』こそが最悪なのです。何も行動しない事が、一番の禍なのですよ」


「おっしゃる事はわかりますわ。でも、(わたくし)、嫌なのです。魔術に関わる者として、この呪文が気持ち悪い。一語一語は構いませんのよ。でも、一つの形となると……。テオ兄さま、もう一度転移の呪文を別の視点から研究し直してみませんこと? 私、もっともっと頑張りますから」


「……魔王が目覚めるのは、三十五日後です。仲間探しに割ける日数は三十四日、ブラック女神の妨害もあるでしょう。あまり悠長なことはしてられないのです」


 テオが、アタシに聞いてくる。

「試してみてもよろしいでしょうか?」


「いいわよ」

 ま。唱えたところで、また何も起きないかもだし。

 テオの好きにすればいいわ。



 新たな呪文が記された紙が手渡される。


 アタシの後ろのメンバーは、ダレまくり。

 使徒様はゲボクの上に寝転んでるわ、リュカも床に座り込んでるわ。

 兄さまも、うんざりって顔。

 しゃきっとしてるのは、セザールおじーちゃんだけなんじゃ?

 クロードは『がんばれ、ジャンヌぅぅ』って応援してくれてるものの、回を追うごとにおざなりになってるのよねえ。


 テオに言われるままに、『勇者の書 78――ウィリアム』を魔法絹布にさかさまに置く。


 魔法陣反転の法が発動。


 勇者の書の下から広がる光を浴びながら、アタシは、テオから渡された紙をただ読んで……



 そして……転移したのだ。


挿絵(By みてみん)







 転移のまぶしい光が消えた時……


 アタシは思わず叫んでいた。

「さむぅぅぅ!」


 寒いのだ。


 猛烈に!


 いや! 寒いを通り越して、痛い!

 肌を突き刺すような痛みすら感じている!


 周囲に激しい雪と風が荒れ狂っている。

 どこまでも続く真っ白な風景。

 舞い散る雪風と白い世界しか見えない。


 目を細めて、見た。

 視界はほとんどきかないけど、でも……デカイ建物が近くにあるような。


 エスエフ界で見たビルによく似た建物だ。

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