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きゅんきゅんハニー  作者: 松宮星
ふたりのゆうしゃ
186/236

勇者の選択こそが、正しい未来なのだ

「正義の話も大事だが……」

 青黒い肌のドロ様が、やれやれって感じに頭を軽く振る。髪の先の黒い翼も、動きに合わせてゆらゆら揺れる。

「お嬢ちゃん、もっとさしせまった問題を質問した方が良かぁないか? 相手は魔王戦経験者だぜ?」


「でも、魔王戦のことは聞いちゃいけないんでしょ?」


「話せない時は、『話せない』って言ってくださるんだ。なら、ダメモトで、質問しといた方がいい」


「えっと……そちらの悪魔さん」

 賢者ジャンが、首を傾げる。

「『ドロ様』でしたっけ? 『ドレッド』さん?」


 ドロ様がフフッと笑う。

「『アレッサンドロ』で」

「じゃ、アレッサンドロさん。オレに何を聞きたいんですか?」

 悪魔相手でも、敵意も警戒心もゼロ。どころか、礼儀正しい。さすが、ベティさんたちを伴侶にした人ね。


「……九十八代目のもと仲間から聞きました。魔王城への道は賢者が開くんだそうで」

「うん、そうだ」

「このまんま賢者さまがブラック女神側だったりすると、勇者ジャンヌさまは賢者不在のまま魔王戦を迎えなきゃいけなくなる。そこで、」

 青黒い肌のドロ様が、野性味あふれる顔でニヤリと笑う。

「賢者不在で魔王を無事終えられた先人に伺いたいんですよ。魔王城は入口などない奇怪な城。どうやって中に入ったんです? 教えられる範囲で構いませんから、お聞かせくださいませんかねえ?」


「う〜ん……」

 賢者ジャンが腕組みをする。

 で、視線をアタシに向ける。

「魔王戦当日のこと、どの程度知ってる?」


「魔王が目覚めるのは、三十六日後の正午過ぎ。だから、その前に魔王城に乗り込んで、魔王の眠る玉座の間へ行っておかなきゃいけないってお師匠様は言ってた。魔王城への行き方や、異世界に居る伴侶達を召喚・帰還させる魔法の呪文やその原理も教わってるわ」

 エスエフ界で。


「あ、教わってるんだ」

 賢者は、拍子抜けって顔になる。

「ん〜 でも、オレらの世界と違う可能性もあるよな……一応、聞こう。何処から魔王城へ行ける?」


「賢者の館の地下からよ。魔王戦当日に、魔王城直通の魔法陣が現れるんでしょ?」


 歴代勇者の書にも、そう書いてあったもの。

 賢者の館の地下室は、魔王戦前に勇者と仲間達が集う場所だって。

 魔王が目覚める少し前に、地下室の床に魔法陣が出現する。数時間前の時もあれば、数分前の時もある。代ごとに異なる。

 魔王城へ渡れるその時まで、歴代勇者は地下室で仲間達と時を潰した。作戦を確認したり、最後の鍛錬をしたり、飲食したり、仮眠をとったり……


 地下室で、勇者の書の最終ページを書いた勇者も多い。

 魔王城へ赴く覚悟を記して書を閉じ、勇者の書をそこに残し魔王城へと向かったんだ。


「だけど、今、賢者の館に入る方法がない。館は道なんかない山の頂上にあるし、侵入者撃退用の罠も張られてるから、近づけないし……」


「侵入者撃退用の罠? そんな()あるの? キミの世界には?」

「こっちにはないの?」

「無い……と、思う」

 羨ましい。

「勇者の命を狙った暗殺者たちが百人以上侵入している。でも、生還者はゼロ。あの館を行き来できるのは、賢者だけなのよ」

 シャルル様が、そう言ってた。


「あー」

 ポンと、賢者ジャンが手を叩く。

「そっか、そのことかー オレらの世界にもあるよ、その罠」

 あら。


「これは……勇者に話していいのかな……?」

 首をひねってから、ちょっと情けない顔になって賢者ジャンがアタシに聞く。

「賢者の館がいろんな魔法で守られてることは、知ってる?」

「教わってないわ」

 アタシはかぶりを振った。

「でも、あんな場所に何百年も建物が建ち続けてるんだもん。魔法的な力が働いてるんだろうとは思ってたわよ」


「じゃ、その中の一つに、移動の制限があるって覚えといて。移動魔法で賢者の館を目指したものは、必ず地下に導かれる」

 へー

「だから……その、魔王城へのルートは心配しなくていい。魔王戦当日、移動魔法を使えば自動的に賢者の館の地下室に行くことになるから」


「それは便利だけど」

 でも……

「なんでそんな魔法がかかってるの?」


「……賢者の館に、招かざる者を入れない為だ」

「地下に入っちゃってるじゃない」

「地下はいいんだ」

 賢者ジャンが顔をしかめ、言いにくそうに口元を撫でる。

「あそこの出口は、賢者にしか反応しない。地下は、移動魔法使用禁止エリアだしね。階上にいる勇者が、侵入者に出くわすことは絶対にない(・・・・・)んだ」


「………」


「警告する。ジャンヌちゃん、魔王戦当日まで、絶対に賢者の館に近づくなよ。出られなくなるからな」


 それって……


 ゾクッ……と、背筋に寒気が走った。


 なんの為にそんな仕掛けがあるのか、鈍いアタシでもおぼろげながらわかったから。


 アタシは、賢者の館で十年間過ごしてきたのだ。

 地下にそんな恐ろしい仕掛けがあるとも知らず、のうのうと……。



「けど、魔王戦当日には魔王城に通じる魔法陣が現れる……出口が出来るってわけだ」てなドロ様に、

「魔王のもとへの一通の出口だけどな」と、賢者は苦笑で応える。

「しかし……危険じゃないか? 魔王戦当日にジャンヌは必ずそこを通ると、賢者に知られているも同然だ。……俺が敵だったら、そこに罠を張って待ち構えるぞ」と兄さまが言うと、

「うふふ。警戒は怠らない方がよろしいわね。より良い未来に近づけますわ」と女占い師イザベルさんは、笑みをみせた。


 ついでに、魔王戦絡みのことも質問してみた!

 けど、賢者ジャンは「あ、ごめん。答えられない」と頭を下げるばかり。


 ま、そうなるんじゃないかって思ってたから、いいんだけど!



 それから。

 互いの旅のことを語り合ったり。

「え? うちの女神様に会った? 天界で? 『最強神は誰だ?』イベント主催〜?……なにやってんだ、あの女神(ヒト)。……へー キミの世界は男神なの。たぶん? たぶんってどういうこと???」

 いや、あの……アタシはショタ神だと思ってるんだけど、一部では神の世界のジュネさんって説もあって……


 ナンパのたいへんさを共感し合ったり。

「キュンキュンしても仲間入りしないのはがっかりだけど、胸のときめきすらないのは寂しいんだよな。誰見てもときめけなくなった時期があってさ、あと何日であと何人仲間にしなきゃいけないのに〜って焦っちゃったんだよね。したら、ジョゼが、ああ、オレの義妹のジョゼがね、そのうちきっといい出会いがある、数を気にして急ぐより一人一人ときちんと向き合っていく方がいいって言ってくれて、」

 うんうん、わかるわかる。


 並行世界と裏世界の違いについて語り合ったり。

「真の裏表関係にあるのは天界と魔界だけで。英雄世界と裏英雄世界は正しくは並行世界か亜世界にあたるらしいよ……セリアさんがそう言ってた」

 賢者本人はその違いがよくわかってないらしい。

 具体的にどう違うのかはわかんないけど、天界と魔界は特別なのかもね。


 そんなこんなで時間は過ぎて……




「時間だ・・」

 ギン! と尼僧さんがアタシたちを睨む。

「馴れ合いは終わりだ。すぐにさっさとマッハに自分の世界に還る準備をしろ、女とその仲間たち」


「間もなく夜が明ける……二つの世界をつなぐ扉は閉ざされる……」

 歌うようにつぶやき、立ち上がったドロ様は再び背から漆黒の翼を生やす。

「二つの世界の扉が繋がるのは夜だけなんで……すみませんが、勇者ジャンヌさまの伴侶となった方々は三十五日後の夜からこの部屋に詰めていてもらえますかね。俺が迎えに参ります」

「ククク・・この世界から、綺麗さっぱり完璧に、賢者と勇者が消えてなくなるわけだが・・きさまらが留守でも、なんら問題はない。この世界はこの俺とマリーがしっかりかっきりあますことなく守ってやろう!」

「安請け合いなさっていいんですかい? 使徒さまだって、魔王戦がおありでしょうに」

「フッ。神の奇跡にぬかりはない」



「うふふ。お元気で、みなさま。私の男たちとの契約の証は、魔王戦前日には勇者シャルルさまにお預けしておきますわね。ヴァンたちに、女勇者さまのためにしっかり働いてくるよう、はっぱをかけておきますわ」

 女占い師さんが、部屋の隅の彼女の精霊(ラルム)を見つめる。

「ラルム」

 主人の求めに頷き、水精霊が水鏡を消す。


 裸戦士とビキニ戦士が目を覚ます。

 水鏡での対戦を終えた二人が、それぞれ自分の武器を手に立ち上がり、見つめ合う。

 やけに、にこやか。

「おもしろかったー」

「ああ」

「またやろうね」

「ああ。機会があったらな」

 満面の笑顔のビキニ戦士。アランは、ただ真っ直ぐに彼女を見つめている……

「そんじゃ、またねー」

 ぶんぶんぶんと右手を振るビキニ戦士に、アランも笑顔で手を振り返した。

「アナベラさん……お元気で」


 ビキニ戦士はシャルB様のもとへ、アランはアタシのもとへ。

「ありがとねー 勇者さま、賢者さまー えへへ、すっごく楽しかったー」

「自由時間をありがとうございました」

 二人の戦士は、それぞれ護衛の仕事に戻る。

 でも、なんか……アランの顔が、どこかせつなそうな……



 テオとセリアさんが、握手を交わす。

「ご助力感謝します」

「いいえ。感謝の言葉をいただけるほどの事はしていません。私自身不勉強で不十分な研究しかできておりませんので。せめて二年後だったら、もっと実践的な知識をお伝えできたのですが……残念です」

「本当に資料を持って帰ってもいいのですか?」

「構いません。全て頭に入っていますから」

「セリア……」

 テオは女学者さんを見つめ、微笑みを浮かべた。

「会えて良かった」

「私もあなたに会えて嬉しかったですよ、テオ。あなたの世界のお母様を大切にしてあげてください」

「はい」

 テオは部屋を見渡してから、言葉を続けた。

「この世界のボーヴォワール夫人にも、どうぞよろしくお伝えください」

 女学者さんは、ちょっと間をおいてから、笑みで応えた。

「……あなたがこの部屋に来てくれたと知ったら、このうえないほどお母様ははしゃいだでしょうね。どうぞお元気で、テオ。魔王戦を無事乗り越え、病にも倒れず、長生きしてください」

「あなたもです、セリア。あなたが『魔法陣反転の法』研究の第一人者として大成する日は遠くないないでしょう。異世界の妹の活躍を、遠い世界から祈っています」

「ありがとう、テオ」




「どうぞお元気で、勇者ジャンヌ様、私の太陽……。魔王戦であなたの御力となれるよう、この勇者(・・)シャルル、我が身を鍛えておきましょう」

 てなシャルB様に、

勇者(・・)ではない、君は勇者見習い(・・・・・)だ」

 てなシャルA様からの突っ込みが。

「これは、失礼。私としたことが、間違えてしまったようだ」

 シャルB様が、ふふんと余裕の笑みを浮かべる。

「正しい言葉使いをもって挨拶しよう。ごきげんよう、異世界のシャルル。いずれ百二代目勇者になる私から、君に声援を贈ってやろう。異世界の私ならば、もっと頑張りたまえ。勇者ジャンヌ様の仲間という栄誉こそあれ、君はただの一般人、単なる侯爵家嫡男。……情けないことだ」

「そう、君と違って、私は侯爵でもなければ勇者でもない。あわれな一般人だよ」

 とか言いながら、シャルA様は悠然と微笑んでいる……。

「しかし、君の優位は、この世界の時の流れが一年早いから生じただけのものだ。一年後の私は、侯爵かもしれない、君と同列の百二代目となっているかもしれない」

「そんな仮定など、」


「そうとなれば、私の賢者はジャンヌさんだ」

 シャルA様が、ババーンと指をさす。

「君のソレと違ってね」

 指さしてるのは、賢者ジャンで……


『ガーン!』ってな巨大文字を背負い、シャルB様はふらっとよろめき、がくっと跪いた。


「負けた……」


「ちょ! ま! シャルル! 負けを認めるのかよ!」


「不老不死の賢者となったジャンヌさんは、永遠の十六歳だ。愛らしくも溌剌としたジャンヌさんが、手取り足取り私を導いてくれるのだよ。二人っきりで過ごす賢者の館での時は、甘美なものとなるだろう。それにひきかえ、君の賢者はソレ……」


「完敗だ……」

「そこまで言う?」

「あああ……シルヴィ様、なぜ勇退なさってしまったのです。おかげで、私の世界の賢者はコレ……」

「おま! 少しはオレに敬意を払えよ! オレはおまえの『お師匠様』だぞ!」

「ジャン君、言ったはずだ……私は完成された超優秀な(パーフェクト)勇者だ。今更、君から学ぶ事など全く何も無い。『師』と呼べと言う方が無茶だ」

「てめえ! シャルル! いつか泣かせてやるからな!」


……この世界の賢者と勇者は、それなりに仲がいいようだ。




「そちらの勇者殿と話してもいいだろうか?」

 九十六代目シルヴィ様の問いに、尼僧さんに憑依している奴が偉そうに答える。

「手短に頼むぞ。もと賢者殿」

「承知した」


 アタシのそばに、シルヴィ様が近づいて来る。

 さらっさらの白銀の髪、すみれ色の瞳、表情のない綺麗な顔……見れば見るほど、この女性(ヒト)はアタシのお師匠様に似ている……


「百一代目勇者ジャンヌ殿、先程から気になっていたのだが……」

「なんでしょう?」

「あなたの腰の剣だ。すまぬが、見せてもらえまいか?」


 鞘ごと見たいってなリクエストだったんで、帯剣用のベルトごと外して、シルヴィ様にお渡しした。


 シルヴィ様の切れ長の瞳が、アタシの剣を見つめる。

 ドワーフの王様が鍛えた魔法剣。

『ジャンヌの剣』だ。


 柄頭はドラゴンの頭。不思議な光沢を放つ鞘には豪華な宝石や模様が散りばめられている。宝剣のように美しい武器だ。


 けれども、鞘も柄も何もかもが、くすんでいて……

 作られたばかりには、とても見えない。骨董品みたいな外見だ。


「これ……」

 賢者ジャンも、横からアタシの剣を覗き込んでくる。

「よく似てるとは思ったけど……」


「ジャン。おまえの剣をここへ」

「はい」

 シルヴィ様の求めに応じ、賢者ジャンが右手を振る。


 物質転送魔法で彼が呼び寄せたのは……


『ジャンヌの剣』にそっくりな意匠の剣だった。


 でも、彼の剣はとてもきらびやか。

 アタシのと違って、キラキラとまばゆく輝いている。

 それに、大きい。賢者ジャンはアタシより背が高いし、手も大きい。男の人だから、アタシより膂力がありそう。彼の為に鍛えられた剣だから、『ジャンヌの剣』よりも大きいんだ。


「ジャンの剣は、幻想世界のドワーフの王女が鍛えたものだ」

「そうなんですか。アタシのはドワーフの王様がつくってくださいました」


「剣の鞘には、十一の宝石がある」

 へー

 シルヴィ様は丁寧に剣の向きを変えながら、鞘をジッと見つめている。

「あなたのも同じだ」

「そうなんですか……気づきませんでした」

 というか気にしてもいなかった。


「そして、両剣ともに柄頭の竜の額にアメジスト。十二の宝石は、百一代目勇者の赴く十二の世界を表している」


 十二の世界……


「鞘の流形模様は戦勝の為の呪言葉……模様はジャンとあなたの物では異なっているが、効果は同じような物であろう。ジャンの剣は、絆によって伴侶と繋がっていた」

「絆?」

「百人の伴侶の存在が剣に、力を与えた。心を交わせた者が増えれば増えるほど、剣の威力は増した」

 へー へー へー


「……そのように聞いている」


 ん?


「ジャンが勇者としてこの剣を振るっていた時、私はそばに居なかった。賢者でありながら、私はジャンを導けなかったのだ」

「それは仕方ないです、お師匠様は石化されていたから」

 シルヴィ様が静かに頭を振る。「おまえが許してくれても、私は自分を許せない」……そう言いたそうな顔。表情は無いけど、何となくアタシにはそう思えた。


「勇者ジャンヌ殿。ジャンの剣の柄頭を見て欲しい」

 勇者ジャンが手に持った剣の柄を、こっちに向けてくる。

 柄頭の形はドラゴンだ。

 口をくわっと開いた勇ましい顔。額にはアメジスト。そして、その口は……宝石をくわえていた。

「ドラゴンがくわえているのは、ファントムクリスタルだ」

「ファントムクリスタル……」

「クリスタルの中に、幾層もファントムが重なった物。山入り水晶、幻想水晶とも呼ばれる」


 ファントムクリスタル……

 何だろう……何か心にひっかかった……


「ファントムクリスタルは、過去の思い出と未来への道標を示す。生まれ変わる力を導く石とも言われるのだそうだ。まえに、イザベルから聞いた」


「でも、そのファントムクリスタルを入れたら、宝石は十三ですよ。十二の世界を結ぶ宝石なら数は十二でなきゃ……」


 シルヴィ様が頷く。

「その通りだ、勇者ジャンヌ殿。剣の宝石は、本来十二であった。それに、アシュリン様がドラゴンの祝福を与えてくださり、柄頭のドラゴンにファントムクリスタルをくわえさせたのだ」

「アシュリン様……?」

「幻想世界のドラゴンの女王。フォーサイスの母君だ。その昔、私はあの方のご子息と共に天を駆けた……竜騎士だったのだ」


 幻想世界。

 ドラゴンの女王アシュリン。

 その息子フォーサイス。

 竜騎士。


 アタシの知ってる幻想世界では、最も強いドラゴンはデ・ルドリウ様、お師匠様のパートナーは白竜マルヴィナだった……

 違う『幻想世界』……並行世界なんだろう、たぶん。

 でも、それでも九十六代目は竜騎士で……


 頭の中が、ぐちゃぐちゃになりそう。


「ドラゴンの女王様は、なぜその剣に祝福をくださったんですか?」


「私がジャンのそばにいなかったからだ」

 シルヴィ様が、現賢者――百一代目勇者だったジャンを、静かな眼差しで見つめる。

「ジャンと共に()れぬ無念を察し、魔王戦に共に行けるようにしてくださったのだ。そのファントムクリスタルは私が身に着けていたものゆえ」

「てゆーか、メソメソしてたオレを励ましてくださったんですよ。オレはこの宝石から、勇気をいっぱいもらいました。魔王戦を乗り越えられたのは、お師匠様やみんなのおかげです」

「ジャン……」


 見つめ合う師と弟子。

 二人の間には、確かな絆と深い愛情がある……


 羨ましくって、そしてちょっと悲しくって……アタシの胸はほんのほんの少しチクッと痛んだ。


「アタシのお師匠様も、それとよく似たファントムクリスタルのペンダントを持っていました。ドロ様からプレゼントされて……」


「やはり、そうか。そうではないかと思ったのだ」

 女占い師さんとドロ様。

 二人を順に見てから、シルヴィ様は剣の柄を自分の弟子へと向けた。

「ジャン。柄をこちらに向けろ」


 この世界の師と弟子。

 アタシの『ジャンヌの剣』とこの世界の勇者の剣。

 それぞれの柄頭にあるドラゴンとドラゴンが向かい合い……


 まばゆい光が広がった。


 鮮烈な光が広がったのは、ほんの一瞬のこと。


 けれども、強烈な光が消えた後も、剣は光っていた。

 この世界の百一代目の剣に劣らぬ美しい輝きを、アタシの『ジャンヌの剣』も放ち続けている……

 もう骨董品のようには見えない。

 くすみが消え、剣は生き生きと輝いている……。


「綺麗……」


『ジャンヌの剣』の柄頭のドラゴンは、ファントムクリスタルをくわえていた。


「アストラルツインという言葉をご存じだろうか? 他人であっても、産まれた日時が同じ二人は占星術的には双子。絆で結ばれていると考えられる。あなたの師と私は、それに類似した関係ではないかと思う。同じ九十六代目、同じ竜騎士、同じ百一代目勇者を導く者……」

 シルヴィ様の口角があがる。

 その表情は、とても穏やかで……お師匠様がアタシを見つめる時の顔にそっくりで……


 胸がいっぱいになった。


「ドラゴンの祝福をお譲りする」


「ありがとうございます……」


 あ〜あって顔で自分の剣の柄頭を見る、賢者ジャン。彼の剣のドラゴンの口にあったものは、アタシの剣に移ってしまっている。

「すまぬな、ジャン。無断で」と言葉短く謝った師に対し、賢者はかぶりを振り、へら〜っと笑ってみせた。

「いいですよ。お師匠様のクリスタルが、ジャンヌちゃんの支えになるんなら。それにアレがなくても、オレには本物のお師匠様がいる! 寂しくありません!」


「なら、いいな」

 賢者ジャンの言葉をさらっと流して、シルヴィ様はアタシと向き直る。


「百一代目勇者ジャンヌ殿。あなたの旅は困難なものとなろう。しかし、己の運命を受け入れ、自分らしく生きて欲しい」


「シルヴィ様……」


「あなたは、あなたの正義を貫かれるがいい。誰が何と言おうとも、あなたが正しいと思った道を歩まれよ。勇者の選択こそが、正しい未来なのだ」




 シルヴィ様から手渡された『ジャンヌの剣』を抱きしめて……

 お師匠様そっくりなもと賢者に、深々と頭を下げた。

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