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きゅんきゅんハニー  作者: 松宮星
ふたりのゆうしゃ
185/236

勇者は世界と繋がるべきだ

「イザベルさんちの精霊を仲間にできた? 五体も? 良かったな、ジャンヌちゃん。魔王戦は三十七……いや、日付変わったから三十六日後か。それであと二十九人なら、余裕、余裕! イケル、イケル! かんたん、かんたん!」


 賢者ジャンが、ビキニ戦士をひきつれてやって来た!


 ニコニコ笑顔の賢者が、アタシの両手をぎゅっと握る。

 この人も、百日で百人の伴侶を探す勇者だったのだ。期限内に数をこなさなきゃいけない辛さは、身にしみて知っているんだろう。我がことのように喜んでくれる。


「オレも精霊出そうか? 光以外の子が七人いるけど」

 へー。

「みんな、綺麗で強くって優しくってサイコーなんだ。萌えてみる?」


「……おやめになった方がいいわ、賢者さま」

 水晶珠を撫でながら、イザベルさんがうふふと笑う。

「私は女。女勇者さまのお仲間にはぜったいになれないから、精霊をお貸ししたのです。でも、賢者さまは、勇者ジャンヌさまの伴侶として異世界に赴かれるのですし……手持ちの精霊を他人(ヒト)にお渡しになっては弱体化してしまいましてよ」

「あ〜 そうか」

「魔王に大ダメージを与える為にも、賢者さまはそのままでいるべきですわ」

「ですね! イザベルさん、ご助言ありがとうございます!」


 賢者ジャンの後ろから、ビキニ・アーマーの人がひょこっと顔を見せる。この女性(ヒト)、賢者ジャンより背が高い……。

「あのねー 女勇者さまー お願いがあるんだけどー」

「何でしょう?」


 女戦士が、明るくニコッと笑って手を合わせる。

「そっちの戦士さん、すこぉし貸して」

「え?」

「お願い! 対戦したいんだ!」


「オレが許可したんだよ」と、賢者ジャン。

「この部屋の扉は、マリーさん……てか、今は『マッハな方』が封印してるし、オレの精霊たちも隠密に配置した。護衛メンバーはいっぱい。むしろ、余りまくり。だから、その、アナベラがシャルルにつきっきりじゃなくってもいいし、そっちの戦士さんもジャンヌちゃんについてなくてもいいんじゃないかな?」

 賢者ジャンがポリポリと頬を掻いて、アタシの顔を覗き込む。

「ダメかなあ? 異世界の出会いは一期一会だ。やれる時にやりたい事するのが一番だと思うけど?」

 ごもっとも。


 振り返って、後ろに立ってる人を見上げた。

「やりたい?」

「俺は勇者様の護衛です。勇者様のご命令に従います」

「じゃなくって。女戦士さんと対戦したいか聞いてるの」

 ま、聞かなくてもわかってるけど!

 赤毛の戦士が、野性味あふれる顔で爽やかに笑う。

「勇者様のご許可がいただけるのでしたら、ぜひとも」

 戦闘(バトル)マニア、め。

「んじゃ、女戦士さんと戦ってらっしゃいな」

「ありがとうございます」


「やったー! ありがと、女勇者さま!」

 ビキニ戦士が、子供みたいに飛び跳ねる。

 胸が、ぷるんぷるん。お尻が、ぷりんぷりん。 

 本当に大事な所だけを隠しただけのビキニだから、それはもうゆっさゆっさエッチに揺れるわけで……


 鼻の下のびきってるわよ、賢者ジャン……



「今、部屋の外には出られないのよね。かといって、この部屋で暴れたらたいへん。絵がどうにかなったら、セリアさんが泣いちゃうわ」

 女占い師さんが、ラルムを手招きして「あれをお願い」と色っぽく笑う。

 イザベルさんのラルム……ラルムB?が、右手をあげ、薄い水の膜をつくりだした。

「水鏡?」

「そうよ。ご存じなのね」

 ええ、まあ。

 うちのラルムも作れます。

 水鏡は、人間の精神だけを内に取り込む。鏡の中には疑似空間があって、そこでラルムによって再現された体を使って戦闘訓練を積めるのだ。


「用ができたらすぐ呼んでねー 護衛にもどるからー」てなビキニ戦士と、

「いってまいります」てな裸戦士。

 二人は部屋の隅に行って、武器をすぐにとれる位置に置いて横たわり、目を閉ざした。


 頭上の水鏡に精神が取り込まれ、肉体が眠りについたのだ。


 水鏡の中でどんな戦いをしているのか……

 二人とも赤毛、でもって裸、見た目は蛮族戦士。

 けど、それ以外はあんま似てない。

 女戦士さんはほにゃ〜とした寝顔なのに、アランは眉間に皺を寄せて眠ってる……性格がぜんぜん違うわよね、この二人。




 イザベルさんはラルム以外の精霊(おとこ)たちを契約の石に戻し、

 アタシたちは、またテーブルについた。


 イザベルさんの隣に、賢者ジャンが腰かける。……魔法陣反転の法テーブルに戻らないでいいの?


「気になるなあ。なんで、炎と水と光の精霊は仲間にできなかったんだろう」

 賢者が顔をしかめ、アタシは首を傾げた。

「わからないわ……」


 アタシは、ジョブの異なる異性を百人仲間にする。

 ジョブ被りしている場合、キュンキュンしても仲間枠には入らないわけで。


 ラルムとフラムとマタンは、今まで仲間にした誰かとジョブ被りした……そういう事よね。


「そういえば、まえにアタシの精霊が言ってたんだけど……」

 頬を掻いた。

「託宣のジョブ被り判定は、神様基準なんだって」

 勇者ジャンが、『ああ、そうか』とポンと手を叩く。

「そーそー。時々、謎判定で仲間を増やせなかったりしたよな」

「やっぱ、そう?」

「ああ。戦士とクマ戦士はおっけぇで、バイキング戦士は駄目とかさー 天使と有翼人がジョブ被りになったり」

「なに、それ! ひっどーい!」

「そのくせ、これ被ってるだろ? ってジョブが仲間にできたりしたなあー 忍者とNINJAマスターとか」

「え? 忍者とNINJAマスターは別物でしょ?」

「え?……そう思う?」


 なんか、話がはずむわ!

 こんなに気が合う人、初めてかも!


 あ。

 でも……

「……あっち戻らなくていいの?」

 技法研究テーブルを指さして聞いた。

「うん」

 賢者ジャンは、へらへら笑っている。


「側についてなくて、大丈夫? こっちは平気よ」

「あ〜 うん、実は……」

 賢者ジャンが頭をカキカキ、弱々しく笑う。

「あっちの話、専門的すぎて……さっぱりわかんないんだよね」


 は?


「セリアさんに『あちらのテーブルに移られては?』ってすすめられたし、」


「………」


「お師匠様も『無理して付き合うことはない』って言ってくれたし、」


「………」


「シャルルの野郎まで『テーブルが狭いから、どいてくれないか?』なんて言いやがったから……こっち来た」


「……あなた、賢者……よね?」


「……うん」


「賢者が、そんなんでいいの? 『賢者』よ、ケ・ン・ジャ! ワイズマンよ? 賢い人なんでしょ?」


「いいんだ、オレの頭脳、いや、セリアさんがあっちの中心になってくれてるから……」

「人任せ?」

「一応、精霊には聞かせてるよ。アドバイスがあったら、アウラさんたちが発言してくれる」

「精霊任せ?」

「呼ばれたら、ちゃんと荷物運ぶし!」

「運送屋か、あんたは!」


 両耳ふさぐな、こら!

「しょーがないだろ! オレ、知恵で戦った勇者じゃないんだ! バカなんだよ!」

「開き直るなよ!」

 賢者のくせに!


 そりゃ、アタシだって、古代技法なんてさっぱりわかんないけど……

 賢者になれば、あらゆるジョブの指導者になれる知識を得るはず。その知識を生かせば、普通ついてける……わよね?


 普通じゃないのか、この人……?


 もしかして、もしかすると……

……とんでもないバカ?


 裏世界のアタシだってのに!



「ああ、そうか」

 アタシの隣の兄さまが、唐突に声をあげる。

「炎水光の精霊を仲間にできなかった理由がわかった」


 え?


「ほんと、兄さま?」


「ああ。おそらく間違いない」

 ジョゼ兄さまが、ジッとアタシを見つめる。

「おまえ、英雄世界でメガネ秘書を仲間にしたな?」

「リヒトさん?」

「ああ。あいつは、光精霊だろ?」

「ええ」

「それから、俺が二十九代目のもとで修行している間に、炎精霊と水精霊を仲間にしてたな?」

 炎精霊と水精霊……?


 え?


 誰?


「俺は直接見てないが……ピナさんが、今、教えてくれた。炎精霊はノヴァ、アジトの護衛役。水精霊はシュトルム、諜報・遊撃・七代目を含むOB会メンバーの影武者なんかをやっていた工作員らしいが?」


 あ。


 あ〜


「した! 仲間にした! サクライ先輩の精霊を二体!」

 そーよ! あの精霊(ふたり)、女の格好でストリップしたり、半裸の男になって抱き合ったりしたのよ! それで、アタシ、キュンキュンしちゃったんだった!


「今日、おまえが五体の精霊に萌えたことで、『他の精霊支配者が所有する精霊』が八属性ぶん揃ったことにならないか?」


 !


 炎水風土氷雷光闇。

 ノヴァ、シュトルム、ヴァン、ソル、グラス、トネール、リヒトさん、ニュイ。

 八体だ。


 確かに!


「兄さま、冴えてる!」

 頭いい!


 賢者ジャンが、うんうんと頷く。

「そうだよな。精霊界で何の仕事もしてなかった精霊たちは、『炎の無職(フリーター)』『水の無職(フリーター)』とかで。主人持ちの精霊は『炎のしもべ』『水のしもべ』だもんな。うん、別ジョブだよ」

 そうよね!

 アタシの精霊って、導き手をやってたルーチェさん以外、無職(フリーター)だったもん!

 てことは、もう誰かの精霊は仲間にできないってことか……賢者ジャンの精霊に萌えても、仲間入りしなさそう。光の無職(フリーター)はまだ仲間にできるけど、そこらをフリーの精霊がうろうろしてるはずもないし、難しそう。



「それでさ、ジャンヌちゃん、ちょっと聞きたいんだけど」

 賢者ジャンが、筆記用具と分厚い『雑記帳』を取り出す。なんか……どっかで見たことがあるようなデザインの本?

「君さ、精霊界と魔界と天界に行ったことがあるんだよね? あと英雄世界かな? 他にはどこへ行った?」


「幻想世界とエスエフ界とジパング界。それと、あなたの居るこの世界よ」


「まあ、そうだよな。『勇者の書 7――ヤマダ ホーリーナイト』と『勇者の書 39――カガミ マサタカ』と『勇者の書 78――ウィリアム』、それに九十六代目の書だもんな。う〜ん……」


「あなたの十二世界はどこ?」


「オレ? 自分の世界だろ、幻想世界、精霊界、英雄世界、ジパング界、天界、魔界、エスエフ界、冒険世界、裏冒険世界、裏ジパング界、裏英雄世界で、十二」


 へー

「けっこう被ってるのね」


「キミとオレの世界ほとんどいっしょみたいだしね。被っても別に変じゃあないんだけど……」

 賢者ジャンが口元に左手をあてて首を傾げる。真面目そうな顔。何か考えているようだ。

「だけど、被り過ぎではあるな」

 ん?

「勇者の書から行ける世界は、七十近くあるのに……う〜ん……やだなあ、なんかありそうだな……」

「なんかって、なにが?」

「……いや、まあ……」

 へらっと賢者ジャンが笑う。

「神々の思し召しってヤツだよ。ま、オレら人間じゃどーこーできない次元で、何かあるんじゃないかって、そー思っただけ」

 ふーん?


「ま、気にしてもしょうがないことだ。忘れて」

……うん。


「今言えることは、手元に『勇者の書 61――アリエル』が無いから、キミは冒険世界には行けない。裏冒険世界にも行けない。それぐらいかな」


「でも、裏ジパング界と裏英雄世界には行けそうなのよね?」

「うん、そうだね。セリアさんたちが頑張ってるから」

「と、なると残り一世界ね! 手元にある書の他の裏世界の行き方さえ発見できれば、どうにかなるわけね!」

「うん。キミのところの学者さんも優秀みたいだし、たぶんどうにかなる」

「そうよね!」

 そう信じよう!


 アタシは、身を乗り出した。

「ね、裏ジパング界と裏英雄世界ってどんな所? あなたは、どんな女性(ヒト)を仲間にしたの?」


「いい所だったよ、裏ジパング界も裏英雄世界も。オレはアネコ様に救われたし、ミドリさんのおかげでこの世界で賢者になれたんだ」


「どういうこと?」

「あ〜 魔王戦に関わることだから詳しくは言えない」

 む?

「賢者は、語るべきでない事は語れない。キミの世界でも、そうだろ?」

「そうね」

「魔王戦のことを語るのは、禁忌(タブー)中の禁忌なんだ。勇者のキミであっても、話してあげることはできないんだ」

 話そうとしたって女神様からストップがかかる、音声が聞こえなくなるとか、突然オレが昏倒しちゃうとか、と賢者はため息を漏らした。


「オレにできるのは、紹介状を書くぐらいかな」

 おお!

「この人のために仲間探しを手伝ってあげてくださいってな紹介状を、現地の人に渡すわけね! 仲間探しが楽になるわ!」

「だけど、キミが同じ場所に転移するとは限らないんだよな」

「それはそうね」

 転移した世界のどの場所に出現させるかは、その世界の神様がお決めになることですものね。


「そもそも同じ裏世界に行けるとも限らないし……」


 ん?


「キミが行った精霊界、オレが行ったのとは別ものなんだろ?」


 あ!


「そうだった……」


「キミの世界の魔法陣を利用して行けるのは、オレが行ったのと同じ世界かもしれないし、並行世界かもしれない、まったく違う世界かもな。何とも言えないよ」


「たしかに……」


「ま、いちおう紹介状書いとくよ。アネコ様もミドリさんもすっごくいい人だから。出会えたら、きっとキミの力になってくれる」

 賢者ジャンが、便せんと封筒を物質転送で取り寄せる。

「ちょっと待っててね。今、書くから」

「ありがとう」

「あと三世界に行くわけだし。三通書いとくか……キミ、オレの行ったことない世界に行くかもだけど、まあ、保険で」

 つくづく……いい人だわ、賢者ジャン。


……バカって思って悪かったかも。



 封筒を三通受け取った。

 表書きは『親愛なる 心優しき隣人へ』。

 裏書きの差し出し人名は、『もと百一代目勇者 賢者ジャン』。


「中身はいっしょだから。どれをどの世界で渡してもいいよ。それからこっちが裏ジパング界と裏英雄世界で知り合った人たちのリスト。特に重要な子には『●』つけといたから。『○』印が伴侶になってくれた子、無印は向こうで会った人ね」

 人の名前がズラーと書かれた便せんもくれた!

 ほとんど、女性名だわ!

『●』は……裏ジパング界のアネコ様と、裏英雄世界のミラクルみどりさん、それに風来戦士マサタ=カーンさんか……覚えておこう。



「……夜明けまでまだ間があるよな」

 ポリポリと頬を掻いてから、賢者ジャンがテーブルの面々――アタシ、ドロ様、兄さまを見渡す。

「なんか質問ある? 答えられることなら、答えるけど」


 悪魔の姿のドロ様が、両手を組み合わせながら尋ねる。

「NGなのは、魔王戦のことと神さまのことですかね?」

「うん。だいたい、そうだね。ま、答えられなきゃ『答えられない』って言うから。遠慮なく何でも聞いてくれ」


 アタシと兄さまが、顔を合わせる。

 聞きたいことはいっぱいあるんだけど……何を聞いたらいいのか、とっさに思い浮かばない。

 顎をしゃくって『兄さまどうぞ』と譲った。


「さきほどから気になっていたんだが……この世界で百一代目勇者が戦ったのは昨年。その理解で合ってるか?」

「うん」

「百二代目魔王はまだ現れておらず、百二代目勇者はまだ見習いだ。これも合ってるか?」

「ああ」

「この世界に、賢者の館は無いのか?」

「あるよ。オレの家だし、シャルルも用が無い時は賢者の館に居る」

「あるのか……では、」

 兄さまは、技法研究チームの方をチラッと見てから、賢者ジャンの方に向き直った。

「何故、百二代目勇者がこの場に居るんだ?」


 む?


「何故、賢者の館に居ない? 俺達の世界では、勇者見習いは賢者の館で育てられる。魔王が現れるまで、外には一歩も出られない。手紙のやりとりすら禁じられていたんだが」


「ああ……なるほど。そのことか……」


「この世界の勇者見習いは、世俗と交わって暮らしているのか?」


「ん〜 まあ、シャルルはそうだな」


「特例なのか?」


「つーか」

 賢者ジャンは兄さまではなく、アタシに問う。

「賢者の館で育てられた理由、どう聞いてた?」

「暗殺防止のためって、教わったわ」

「うん、そうだ。勇者を死なせちゃマズイから、賢者以外誰も近寄れない館で勇者見習いは育てられる。見習いが自分の身を自分じゃ守れない子供の時には、まあ有効な手段ではある」


 賢者ジャンが、ふ〜っとため息をつく。

「けど、『賢者の役割』は、勇者を育てあげ、魔王戦に連れて行くことだ。それさえ守れりゃ、神様も文句を言わないわけで……『賢者の館』をどう利用するかは、賢者次第なんだよ」


「え?」


「勇者見習いは、賢者の館に居なくてもいい。外部の者と交わって暮らしてもいいってことだ」


 え―――ッ!


「オレの世界では、ね」


「ああ……そうか、あなたの世界の話ね」


「オレの世界じゃ、賢者の館に客を招くこともあるし、勇者見習いのシャルルは月の半分は外だ。あいつは現侯爵様でもあるから、いろいろ忙しいんでね」


「そう……羨ましいわね」

 アタシはちょっとうつむいた。

「アタシ、十年間、賢者の館から出られなかったから。パパやベルナ・ママが亡くなったことも、ジョゼ兄さまがオランジュ家にひきとられたことも、魔王が現れるまで知らなかったわ」

 兄さまが、そっと肩を抱いてくれる。

「外の情報をくれなかったのは、話してもアタシを悩ませるだけだったから。出られないのに外のことを教えたらかわいそうだから……お師匠様はそう言ってたわ」


「うん。心からそう思ってたんだろうね」

 賢者ジャンが頷く。

「悪意はなかったと思うよ。勇者見習いを賢者の館に軟禁するのは伝統だ。自分も見習い時代そうだったろうし、キミのお師匠様はシステムに疑問すら抱いてなかったんだろう」


「……お師匠様は二才の時に、賢者に引き取られたみたい。家族のことすら、師から教えてもらえなかったって言ってたわ。学校に行ったことはないし、友だちもいなかった。師匠以外の人間を知らなかったって言ってたわ」


「そっか。そうだよな……二才じゃ、外のこと忘れちまうよな」

 賢者ジャンが目を細める。

「キミのお師匠様の師匠(せんせい)ってさ……八十八代目ピエリック?」


「え? あ? どうだったろ? 覚えてない。でも、」

「でも?」

 幻想世界で見た過去の再現の中で、マルヴィナが言っていた、『あなたは今日も一人なの?』『たいへんなあなたを師はどうして助けないの?』って。それに対して、お師匠様は『魔王と戦うのは自分だから』とか『師は思索に忙しい』とか言ってたっけ。

「お師匠様の師匠(せんせい)、もしかしたら、あまりいい指導者じゃなかったのかも。お師匠様を放置してたみたいだし……」


「……賢者がサイテーな人間だったら、賢者の館での暮らしは悲惨なものだったろう。見習いの子にとっちゃ賢者が全てなんだ。自分をろくすっぽ見てくれない、ろくな指導もしてくれない、いい加減な世話しかしない奴と二人っきり。全てをそいつに頼らなきゃ生きていけないなら……オレだったらグレるな」


「アタシだって、きっとそうよ」

 拳を握りしめた。

「そんなんで、世界を愛せるわけない……」


「だよな。オレは百一代目勇者として、魔王と戦った。何度も何度も挫けそうになったけど……みんなが生きる世界を守りたい……そう思えたから最後まで戦えた。みんなの支えが、オレの原動力だった」


 賢者ジャンの黒い瞳が、真っ直ぐにアタシを見つめる……。


「勇者は、世界と繋がるべきだ」


 アタシは頷きを返した。

「アタシもそう思う……」


「なら、キミはキミの正義を貫くといい」

 賢者ジャンが、笑う。

 ほにゃ〜というか、へちゃ〜というか、ゆるみきった顔で。

 顔のつくりが悪いわけじゃない。だけど、まとう雰囲気がダラけているというか、しまりがないせいで、まったく『賢者』らしくない。

 でも……


「ぜったいできるよ。保証する。なにしろ、このオレでさえ正義を貫けたんだからね」


 見る人の心を和ませる、優しい微笑みだ。



 アタシの胸は、キュンキュンした……

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