暁ヲ統ベル女王ノ聖慈掌
アタシはお師匠様の胸に飛び込んだ。
もふっと。
やわらかい。
たわわに実った果実というか、大きなマシュマロというか……ローブの下の胸は、柔らかくって、豊か! てか、大きい!
女性?
慌てて、胸から顔を離した。
月のように綺麗な顔が、静かにアタシを見下ろしている……。
お師匠様だと思ったけど……よく見れば違う。顔の輪郭とか。
それに……そうだ、このひと、お師匠様よりも背が低い。このまえ、ジパング界で支えてもらった時、アタシはお師匠様の胸にすっぽりおさまったけど。あれは斜面だったからで。頬に胸がモロにあたるなんて、平地じゃありえないわけで……。
「人違いだ、異世界の勇者殿」
その口から漏れるのは、しっとりとした耳に心地よい声。でも、
「私はシルヴィと言う。あなたの師ではない」
女の人の声だ……
ポロッと、涙が落ちた。
ダメ。
泣いちゃ、ダメ。
勇者のくせに、異世界でベソベソ泣くとか、ありえない。
そう思うのに……
あとからあとから。
勝手に涙があふれてきて……。
「どうぞ」
白いハンカチ……。
差し出してくれたのは、シルヴィさんの隣にいた人だ。
「お話は、精霊を通して聞いていました」
涙でにじんだ目に、黒髪、黒目の男の人が映る。心配そうに、けれども優しい眼差しでアタシを見つめている……
「えっと、その……」
男の人は、ますます困った顔になって、コホンと咳払い。それから、口調を変えてきた。
「泣きたい時は、おもいっきり泣くといいよ。ずーっと側にいてくれた大事な人を失ったんだ。寂しくって悲しくって、気が狂いそうなんだろ? みんながついていてくれるから、みんなのためにも頑張らなくっちゃって……そう思っても、寂しい気持ちは消えないんだよな」
男の人が、ハンカチで頬をぬぐってくれる。
「わかるよ、オレもそうだったから」
「……あなたも?」
男の人が頷く。
この人……白銀のローブを着ている。賢者にのみ許されるローブを着ているって事は、この人が現賢者……
「魔王戦の二十九日前に、お師匠様を失った。石化されてしまって、その魔法が解けるのは三十日後だったんだ。今のキミほど深刻な状況じゃなかったけど、それでも、オレ、荒れに荒れて……みんなに迷惑をかけた」
黒い瞳が、まっすぐにアタシを見つめる。
「魔王戦で死んだら、もう二度とお師匠様に会えないと思ったから」
あ……
「チュドーンで?」って聞いたら、
「うん。チュドーン」って男の人は頷いた。
勇者が勝たなきゃ、世界は滅びてしまう。
だから、このままじゃ負けると思ったら、究極魔法を唱える。火の玉になって突っ込んで、魔王を道ずれに死んで……そうやってでも世界を守るしかない。
そんな未来はごめんだけど、それしか道が無いとなったら、呪文を唱えようと思っていた……アタシは『勇者』だから。
「頑張りすぎると、ほんとに、そのうちプッツンって糸が切れちゃうよ」
男の人が、また涙をぬぐってくれる。
「ほんの一時なら、泣き崩れても大丈夫だって。キミには、支えてくれる仲間が居る。共に困難に立ち向かってくれる『伴侶』がいる。そうだろ?」
「ええ……」
「辛い時には、『辛い』って言っていいんだよ。キミが情けないところを見せても、伴侶たちは見捨てたりしない。立ち直るまで、側で待っていてくれるさ」
特にキミは女の子だからね、弱音を吐いていいと思うよ、頼られた方が男は嬉しいからね、と男の人が笑う。
へらっていうか、軽ぅい感じに。
『賢者』のはずなのに、重みがまったくない。
ただ、ただ、優しい笑顔だった……。
胸がキュンキュンした……
心の中でリンゴ〜ンと鐘が鳴る。
欠けていたものが、ほんの少し埋まっていく、あの感覚がした。
《あと三十四〜 おっけぇ?》
と、内側から神様の声がした。
我慢できなくなって。
子供みたいに、うわ〜んと声をあげて。
異世界の賢者に抱きついて。
みっともないほどに泣きわめいた。
支離滅裂な愚痴をこぼしながら。
「お師匠様は、マルヴィナが好きだったの。愛していたのよ」
「なのに、死なせてしまって……。愛してるって言えなかったことを、ずっと後悔してたのよ」
「マルヴィナが命をかけて守ってくれた世界だから、守りたくって、賢者をやっていたけど、」
「お師匠様は、ほんとは世界なんかどうでも良かったの。『神にも、生まれた世界にも、そこに住まう人々にも、何の情も抱けない』……そう言ってたのよ。森の王が見せてくれた、過去の映像の中で……」
「アタシは、すっごくすっごく大事に育てられたの。ほんとよ。お師匠様は、アタシを大切にしてくれた。それは……弟子への情だと思うけど……それでも、でも……」
「アタシがバカなことをする度に叱ってくれたの! バカで物覚えが悪いアタシのために、何度も何度も同じことを教えてくれた! アタシが困らないようにいつも見守ってくれてたわ! ドワーフの王様やエルドグゥインへのお礼だってアタシの代わりに用意してくれてたのよ!」
「……愛されてなかったなんて、思いたくない。『勇者が敗北した後の世界が見たい』だなんて……お師匠様がアタシの死を望んでるだなんて……認めたくなかったの」
異世界の賢者は、何も言わない。慰めるような言葉も、助言も。
アタシに言いたい事を言わせて、よしよしと頭や背を撫でてくれるだけだ。
そして、ハンカチを出してくれる。びしょ濡れになる前に、新しい物を。次から次に渡してくれる。
「物質転送魔法?」って聞いたら、賢者はへらっとしてた顔を急にひきしめて、
「ハンカチをいっぱい持つのは、『賢者の嗜み』です」
なんて真面目な声で答えるんだもん。
思わず吹き出しちゃった。
ちょっとだけ、明るい気分になれた……。
アタシが口を閉ざしてから、賢者はようやく助言らしいことを口にした。
「オレはキミのお師匠様を知らない。だから、憶測でいい加減なことを言うのはやめとく。だけど、たった一つわかる事がある。明るくって、素直で、がんばり屋のキミを見ればわかるよ」
賢者は口元にふわっと笑みを浮かべた。
「間違いない。キミは愛されて育った。賢者の館で、キミはお師匠様と二人っきりだったんだろ? 虐待されてたり放置されてたら、今のキミは居ない。今のキミこそが、深い愛をたっぷり注がれていた証なんだよ」
やだ、また、涙が……
せっかく止まりかけてたのに……。
賢者がまたまたまた新しいハンカチを手渡してくれる。
……胸がキュンキュンした……
「アタシ……あなたに会ったことがあるわ」
「へー いつ、何処で?」
「勇者見習いの時に……夢の中で……」
「夢か……」
「あなた、魔王カネコと戦ってたわ」
「え? それ、ほんとに夢?」
「夢よ。夢の中のあなた……カッコよかった」
「……ありがとう」
アタシが泣き止むまで、みんな待っていてくれた。
ほんと、申し訳ない……。
兄さまやアランの硬直も解けたようで、そばで、いたわるような目でアタシを見ている……。
重い空気を払うように、賢者が、明るく軽くへらっと笑う。
「どうも。改めて、自己紹介しますね。もと百一代目勇者、賢者ジャンです」
つづいてその隣のお師匠様に似た人も。
「もと九十六代目勇者シルヴィだ。今は、賢者ジャンの助手のような事をしている」
この世界では、九十六代目勇者はシメオンじゃないんだ。
お師匠様が居ない世界なんだ……。
「はじめまして」
て言うのも今更って気もするけど。まあ、一応。
「百一代目勇者ジャンヌです」
「私達の自己紹介は不要ですね」
テオとセリアさんが視線を交し合い、シャルA様とシャルB様がフンと視線をそらし合う。
「ジャンヌの義兄ジョゼフだ」
簡潔に自己紹介した兄さま。
それに、テオが説明をつけくわえる。
「ジョゼフ様は、オランジュ伯爵家の継嗣、現当主アンヌ様の孫にあたります」
「え――ッ?」
何故だか、こっちの世界の人たちがものすご〜く驚く。
まあ、シルヴィさんは無表情のままだけど。
特に、賢者ジャンとシャルB様がショックを受けてるような……? 信じられないって顔で、兄さまをマジマジと見つめてる。
「こちらの世界にも、オランジュ伯爵家はあるのですね?」
テオの質問に、セリアさんが「ございます。現当主はアンヌ様。そこは同じですが、」と、答える。こちらも、少し動揺している。
「オランジュ伯爵家の次期相続人は、女性です」
へー
「お名前は、ジョゼフィーヌ様。賢者ジャン様の義理の妹です」
へ?
義理の妹……?
「ひとつだけ教えてくれまいか?」
シャルB様が、ジョゼ兄さまのもとへ、ズン! と詰め寄る。
「君の両親の名前だ」
賢者ジャンも、ズズズン! と兄さまのもとへ。
「まさかとは思うけど! ぜったい違うとは思うけど! 父親はオランジュ家のレイナルド様、母親は格闘家のベルナ……なんてことは……ない、よな?」
兄さまは大柄だから、二人を見下ろす形になる。体格も、二人よりずっといい。格闘家だから。
戸惑いながらも、兄さまはきっぱりと答えた。
「父はレイナルド、母はベルナで間違いない」
こちらの世界の二人が、みるみる青ざめてゆく。
「じゃ、じゃあさ、い、妹、いる?」
「俺はジャンヌの義理の兄だが?」
「ちがぁう! そーじゃなくって、実妹! 同じ父母から生まれた妹が居るんじゃないの?」
兄さまが、顔をしかめる。顔がちょっとごっついから、そういう表情すると、おっかない人みたいに見える。
「俺が生まれる前に、父親はオランジュ家に連れ戻された。実妹など居ない」
「ああぁぁぁ……」
シャルB様が、床にへたりとうずくまる。
「ジョゼが……あぁぁぁ、オレのジョゼが……こんなむっさい……」
あれ? 賢者ジャンも? なんで?
女学者さんが、イラッとした声で言う。
「賢者様、シャルル……。異世界のことです。あちらの世界のジョゼフィーヌ様
が、むくつけき大男でもいいではないですか。こちらのジョゼフィーヌ様が性転換して、こんな風になったわけではないのですから」
「むくつけき……こんな風……」
さすがに兄さまも、ショックを隠せない。
女学者さんが、コホンと咳払いをする。
「失礼。ジョゼフィーヌ様は、儚げな美少女なのです。賢者様は、かよわげな妹さんをとても可愛がっていらっしゃるので、そちらのジョゼフ様との違いに驚いておられるのです」
へー こっちの兄さまは儚げなの……ふーん。
「シャルルにとっては、もと婚約者です。事情あって婚約は解消しましたが、今も交遊は続けているのです」
「シャルB、あ、いや、シャルル様がジョゼフィーヌさんの婚約者?」
アタシと兄さまが、顔を合わせる。
「あの、ジョゼ兄さまは、シャルル様の妹のシャルロットさんと婚約してるんですが……」
どっちの世界でもシャルル様のお家と縁があるのね。
「シャルロットと婚約?」
シャルB様が、ピクッと反応する。
「こんな男と、私の妹が婚約しているだと?」
いえ、あなたの妹ではありません。シャルA様の妹のシャルロットさんの方です……ええ〜い、ややこしい。
シャルB様が立ち上がって、シャルA様のもとへ。
「野蛮人を、高貴なる薔薇シャルロットに近づけるとは……君の正気を疑うね」
「父上の決めたことだ」
「親の言いなりか? 情けない。守るべき妹をこんな男に……」
「私は反対したさ。今だって、反対しているよ。アンヌ様は尊敬できるご婦人だが、この男は……社交性も知識も教養もなく、貴族の義務を心得ぬ無能者だ。義弟にしたいものか。しかし……忌々しいことにね、何故かシャルロットは乗り気なのだよ」
兄さまが、二人の間に入る。
「シャルル様、本人の前でよくもそこまで悪口が言えますね」
「事実を述べただけだ。ジョゼフ君、はっきり言っておく。私は、富を享受しているだけの惰弱者が大嫌いなのだよ」
「……おっしゃりたい事はわかります。オランジュ家継嗣の責任から逃げてばかりいる俺を軽蔑しているのも、わからなくもない」
「ほお?」
「しかし、これは、俺とおばあ様との問題だ」
「違う。君の決断が、オランジュ領の人間すべてに影響を与え、ひいては国に影響を及ぼすのだよ。オランジュ家継嗣となった日から、君は一人であって一人ではない。領民の未来を背負う者となっているのだ」
「……この話題は帰ってからにしませんか? 今、ここで論を交わしても、ジャンヌやこの世界の方々を困らせるだけだ」
「む」
シャルA様が、口元に指をあてる。
「わかった、ジョゼフ君、そうしよう。……ジャンヌさん、異世界の方々、場を考えず熱くなってしまい、大変申し訳ありません」
いいえ。
何か口をはさめなかったというか……
兄さまは、ベルナ・ママの跡を継いで格闘家になるものだと思っていた。
けど、そんな単純なものじゃないんだと、おぼろげながらわかった。
「えっと……じゃあ、自己紹介の続きいこうか! ここに居る女性はみんな、オレといっしょに百一代目魔王と戦ってくれた仲間なんだ!」
賢者ジャンが、わざとらしいほど明るい声をあげる。
「では、まず! マリーさん、どうぞ!」
尼僧さんが、ほんわか微笑む。
「え〜 ご紹介に、あずかり、ました〜 マリーと、申します〜 みなさまに、お会いできたことを 神様に、感謝します〜」
すご〜いスローテンポ……。
「マリーさんは、悪霊祓いのエキスパート! 超一流の聖職者! 聖女なんだ!」と、賢者ジャン。
ん?
悪霊祓いのエキスパート? 超一流の聖職者?
あれ?
それって……
「でもって、こちらが、今夜『絵の部屋』で何かが起こるって教えてくれた、国一番の占い師の、」
ババーンとばかりに、賢者ジャンが掌でさした先……部屋の扉の前から一人の女性が歩み寄って来る。
「うふふ。占い師イザベルですわ。はじめまして、異世界の勇者さま、みなさま」
褐色の肌の美女! 胸、デカッ! たわわんというか、たっぷんたっぷんというか! ビキニ戦士も大きいけど、それ以上だわ!
超セクシーなお姉さまって感じ!
意志の強そうな眉 まつげの長いダークグリーンの瞳、高い鼻、微笑を浮かべる真っ赤な唇。
赤紫のヘッドスカーフを巻いた頭、ダークブルネットの癖のある長髪、いかにも流浪の民風の衣装……。
国一番の占い師……?
「この方が、こっちの世界のドロ様……?」
どうでしょうと、テオが首を傾げる。
どっちも、超セクシーではあるけれども。
「何が起こるのかまではわかりませんでしたのよ。でも、セリアさんにお願いして、聖女さまにこの部屋の封印を解いていただいて、良かったですわ。二つの世界の勇者、二人の百一代目の邂逅……素晴らしい場に立ち会えて、私、浮き浮きしてますの」
「で、あっちにいるのが、戦士のアナベラ! 『何が起こるかわからない』って話だったんで、護衛として来てもらったんだ!」
「はい、はい、はーい」
元気よく手をあげたのは、赤毛のビキニ戦士だった。
「あたし、アナベラ! よろしくね!」
有無を言わさぬ笑顔というか。
思わず、「こちらこそ」と答えてしまった。
ビキニ戦士は、ニコニコ笑顔でアランに笑いかける。
「おにーさん、お名前は?」
「アランだ」
「えへへ。おにーさん、すっごく強いよねー」
「君も、な」
「また、戦ってくれる?」
「ああ。機会があったら、また戦いたいな」
「やったー!」
ビキニ戦士はニコ〜と笑うと、アランの手をとり、ぶんぶん振りまわした。『約束♪ 約束♪』と、ぴょんぴょん跳ねながら。胸とお尻が、ぷるんぷるんぷりんぷりん揺れる。
て! アラン! なに頬染めてるの! 幼女好きのくせに!
てか、賢者ジャン、鼻の下のびてる!
二人のシャルル様は口元をハンカチで隠してるし!
テオは……その顔のそむけ方! わざとらしすぎない?
なんか、ムカつく〜〜〜〜
シャルル様……もといシャルA様が、アタシにそっと耳打ちをしてくる。
「……ジャンヌさん」
なんですか、シャルA様!
「ここは『慈悲深き女神様』の世界ではありませんか?」
ん?
「『慈悲深き女神様』です。天界でジャンヌさんの為に『最強神争い』のイベントを企画してくださった、私の麗しい女神様です」
あ……ああ……
『私の女神になってください』ってお願いして、シャルル様はあのノリのいい女神様の『しもべ』になったんだっけか。具体的にどんな加護をもらったんだかは聞いてないけど。
「女神様は、ジャンヌさんにこうおっしゃっておられた。ジャンヌさんは『ジャン君によく似ている』と。勇者ジャンの事は、『うちの世界に居た勇者の一人』『お師匠様が大好きだった』『お師匠様が言えば、白も黒。盲目的になんでも信じてしまう』人間だと」
てことは!
ハッとして、賢者ジャンを見た。
「ベティさん、知ってる?」
「へ?」
「ベティさんよ! 死霊王ベティ! 笑う生首よ、知ってるでしょ?」
賢者ジャンが、目を丸める。
「ああ、知ってる。ベティさんは、伴侶の一人だ。魔族だけど、オレといっしょに百一代目魔王と戦ってくれたんだ」
やっぱ、そうか!
「ベティさんから聞いたわ! 勇者ジャンは、勇者のくせに魔界まで伴侶探しに来たんだって! でもって、あの生首を『友だち』にしたんでしょ?」
「えっと……」
賢者ジャンが、探るようにアタシを見る。
「キミ、ベティさんと……どうゆう知り合い?」
「ベティさんは、アタシの伴侶でもあるの!」
てゆーか!
「あんたのせいで、アタシ、首をちょんぎられかけたんだから!」
「へ?」
賢者ジャンが、ますますマヌケな顔になる。
「アタシ、あなたにそっくりなんですって! オーラも魂も! あんたに逃げられたから、あんたの代わりにアタシを道化にするって言ったのよ、あの生首!」
「そ、それは、災難だったね」
「で! 逃げ出せないよう、首をちょんぎるって言いやがったの!」
「げ」
「首と体をすげかえる。オークがいいか犬かネコがいいかって……あの生首ぃ」
「うわぁ……」
「毎日、蹴っ飛ばして、踏んづけて、椅子の代わりにするとか、冗談じゃないわ! だから、言ってやったのよ! 愛も、改造も、道化も、ジャンって奴にどうぞって! アタシは、勇者ジャンヌよ! あんたの友達じゃない! 玩具でもないわって!」
「え〜! オレに押しつけようとするとか……キミ、ひどくない?」
キッ! と睨んでやった。
「ひどくない! アタシは巻き込まれただけだもん! ベティさんが執着してたのは、あんたなんだから!」
賢者ジャンが、うへぇって感じに顔をゆがめる。
「魔界では強さが正義だ、嫌なら戦って勝てって迫られたのよ! よその世界じゃ魔王の、魔界貴族によ! 勝てるわけないじゃない! 天界から落っこって、仲間も居なかったし!」
「え? 天界から堕ちた?」
「あん時は、もうダメかと思ったわよ! 『勇者のサイン帳』で、マ………」
そこで、アタシはまたまた蹲った。
……うっかり言っちゃうのよ、『マルタン』って!
「……神の使徒様を呼び出せたおかげで、ベティさんを追い払えたけど……ほんとにピンチだったんだから」
首をおさえてぜいぜいと荒い息を吐くアタシに、尼僧さんが回復魔法をかけてくれる。
「暁ヲ統ベル女王ノ聖慈掌・弐式〜」
ありがとうございます。
呪文は変だけど、いい人ですね、尼僧さん!
「魔界で、サリーとノーラも仲間にしたわ。二人とも、あなたの伴侶だったんでしょ?」
「え? え? え? 死神王サリーと吸血鬼王ノーラ? キミ、今までいったいどんな旅を……」
「二人の百一代目さま。互いのことを知りたいってお気持ちは人情としてわかりますよ……しかしね、そいつは悪手だ。今ここで無駄話に興じていたら、百一代目勇者ジャンヌさまの未来は闇に閉ざされる……二つの世界が繋がっているのは、月が空にある間だけ。時間は有限なんですよ」
この声は!
アタシは部屋の奥へと振り返った。
そこに、ドロ様が居るんだと思って。
けど、そこに居たのは、ドロ様ではなく……