荒野の六人
エドモンが弓を放つ。
宙にバラバラと大量の矢が、現れて広がる。弓に願い、魔法矢を出現させたのだ。
伝説の黄金弓ならではの、特殊技の一つ。
放物線を描いた矢の雨が、アタシ達に迫り来る異形のものへと降り注ぐ。
小鬼やトカゲ人間や狼なんかが、地に伏してゆく。
けれども、魔法矢で貫かれても、岩石巨人やスケルトンたちはへっちゃらだ。空飛ぶ悪魔の石像も、そう。どんどん近づいて来る。
「エドモン。眠りを知らぬものに、眠りの矢は効かぬ」
お師匠様の指摘に、前髪で目を隠した男は無言で頷き、再び弓を構える。
矢をつがえないまま右手で弓の弦を引き、天に向かって弓を鳴らす。
再び宙に、大量の矢が現れ広がる。今度の魔法矢はキラキラと輝いている。
魔法矢が雨となって、魔法生物達へと降りかかる。
矢に貫かれた岩石巨人たちは倒れ、悪魔の石像は形を崩してゆく。石像から、ただの岩の塊へと。溶けるように、褐色の大地と一体化してゆく。
スケルトンは光に包まれたままチリとなって消えてゆく……。昇天した?
けれども、光の矢は後方から走り寄って来た小鬼たちには全然効いていない。魔法矢が刺さったまま、走って来る。
「なにをしたの?」
アタシの問いに、
「聖なる矢……あるべき姿に戻した」
農夫というかサブジョブ狩人の人は簡潔に答え、又、魔法矢を射る。
今度は『眠りの矢』のようだ。矢が刺さった小鬼たちが大地に崩れ、グーグーと寝こけだす。矢はじきに、フッと消えた。矢傷も残ってないはず。
エドモンの魔法矢は、敵を行動不能にする。けれども、寝かすか、仮の魂がこもってしまった無生物を浄化してるだけだ。
だから、『生き物の体を矢で傷つけたくない』と言っていたエドモンも使えるわけで。
黄金弓は、どんな敵にも99万9999の大ダメージを出せる。けど、他にも、聖なる矢が放てたり、眠り・麻痺・暗闇・スリップダメージなどの状態異常魔法矢が撃てたりと実に多芸なのだ。
そうとは知っていた。
でも、生き物は射れないって聞いてたし、メインジョブが農夫だから、つい……
ごめんなさい、エドモン。
みくびってたアタシが、失礼だった。
今、メインアタッカーはあなただもん。
結界外に居る敵は……百は超えてる……どんどん数が増えている……
マルタンは戦闘不能状態だ。うずくまるように、座っている。
結界を張ってはくれているけれど。
使徒様の胸の金の十字架だけが、ピカピカと派手に光っている。
『俺の念をこめた。半日はこれを中心に結界が生まれる。綺麗さっぱり、まったく、完璧に、邪悪は退ける。それ以外のものの攻撃は、おおよそ退けるだろう』
敵に囲まれているのだ、結界は有り難い。
けど、『攻撃を、おおよそ退ける』だけの結界じゃ不安だし……
何より、こんだけ後から後から敵が押し寄せてくるのは、こいつのせいなわけだし!
結界が解けた場合を警戒し、ジョゼ兄さまは最前に立って、腰を落として構えている。格闘家の迎撃の姿勢だ。
喧嘩っぱやい兄さまでも、さすがに結界外に飛び出す無謀はしない。敵の数が多すぎる。
幼馴染はがたがた震えながらも、両手で杖を持ち、兄さまの斜め後ろに立っている。
迫って来てるのは、おっかなそうな異形のものたち。小鬼とかトカゲ人間とか狼とか岩石巨人とか、他にもスライムやらスケルトンやら……
ヘタレなクロードは、かなりびびってると思う。けど、
『ボ、ボクだって、男だもん。……何があっても、ジャンヌだけは守るよ』と、けなげにも頑張ってくれてるのだ。
その後ろからエドモンが魔法弓を天に向かって使い、アタシとお師匠様は更にその後ろに居た。
お師匠様は、半ば目を閉じ、静かにたたずんでいる。
心話で、旧知の仲のドラゴン族の王様と話をしているのだ。
迎えが来るまで、あとどんぐらい?
アタシはちらりと背後を見た。
岩だらけの大地は先細りとなり、崖となっていた。
そのずーっとずーっと下は、灰色の海……
断崖のすぐそばの岩地で、アタシ達は幻想世界の住人に襲われているのだ。
* * * * * *
転移のまぶしい光にのまれていたのは、それほど長い時間じゃなかったと思う。
オランジュ邸でお師匠様とおでこをくっつけて、転移の呪文を唱え……
てか、唱えようって頑張ったけど、無理だったんだ。間近に迫ったお師匠様の美貌にどぎまぎしちゃって。
十年間、毎日、顔を合わせてて、見慣れたはずなのに……
キスができそうなほど近くにお師匠様の顔があって、顔から火が出るほど恥ずかしかった。
白銀のさらっさらの髪がアタシの頬を撫で……
お師匠様の息を感じるだけで、胸の鼓動は高まっていった。
魔法陣が光と共に浮かび上がるのは、目の端で見てた。
ちょうど『勇者の書 96――シメオン』が置かれてた辺り。
そこから光が、アタシとお師匠様に迫ってきた。
光は、まず、呪文の術者であるお師匠様を飲み込んだ。
それからアタシ、その後に近くに居た仲間――兄さま、クロード、マルタン、エドモンをも包み込んで……
ピカッと輝いたのだ。
眩しさに目がくらんで、目を閉じ……
強風を感じ、驚いて目を開けのだ。
下からのぼってくる風が、容赦なくアタシをたたきつける。
そして、アタシは見た。
数歩先で足場が無くなっているのを。
崖だと気づき、下を見た。
崖下は海だった。
灰色の海と泡立つ白い波があるのは、気が遠くなるほどずっと先で……
聞こえるのは風の音だけで、波音がしない。
海は荒れているのに。
ものすごい高い所にいるのだと実感し……
足がすくんだ。
「ジャンヌ!」
背後からの逞しい腕が、アタシを抱きしめ後方へと連れ去ってゆく。
兄さまの腕の中で、アタシは大きく息を吐いた。
「ありがと、兄さま……」
びっくりした〜
落ちてたら、間違いなく死んでたわ!
ちっちゃい頃に木の上から地面を見た時よりも、オランジュ邸の三階から庭を見下ろした時よりも、高かった。迫力の景色だった。
けれども、お師匠様はいつも通り、淡々としている。
崖側に立ったまま、強風に髪やローブがあおられているのに、ごく自然に身をかがめ、足元の『勇者の書 96――シメオン』を拾っていた。転移の時に使った書も、この世界まで共に来ていたのだ。
ここが幻想世界なの……?
アタシは兄さまから離れ、周囲を見渡した。
痛いほどの風は、しょっぱい匂いをはらんでいる。
崖とは反対側には、灰色の岩場が広がっていた。ずっと先には山や森があるみたいだけど、この辺りにはゴロゴロした岩と苔ぐらいしかない。
灰色の雲だらけの空の下に広がるのは、何とも寂しい景色だった。
魔法生物がいっぱい居る世界だから、美しい楽園なイメージだったんだけど。
「ふひぃぃ」
風にあおられたクロードが、兄さまにしがみつく。
「重いぞ、馬鹿」
と言いながら払わないあたり、兄さまは優しい。
「ふはははは。いい風だ!」
バッサバッサとロンゲと僧衣を風に靡かせ、アレな僧侶はご機嫌にポーズをとっていた。
「吹けよ風、呼べよ嵐。最初の異世界で、これか! 女。おまえの前途を表すような、おあつらえむきの、狙いすましたような、どんぴしゃな、悪天候だな」
やめてよ、不吉なこと言わないで。アタシの未来は前途洋々よ。
「……何か居る」
狩人でもあるエドモンが、ぼそっとつぶやいた時には、
「瓏ナル幽冥ヨリ疾ク奉リシ麗虹鎧」
使徒様が、わかりやすいけど格好悪い呪文を唱えていた。
アタシ達の周囲に、魔法の防御壁が生まれる。
それとほぼ同時に、何かが次々に跳びかかってきた。
鱗だらけの人もどき。でも、鋭い牙と爪を持つそいつらは、人というよりトカゲみたいな顔で……ぎょろっと大きな眼をしている。
「トカゲ族だな。木や岩に擬態し、通りかかった獲物を捕食する」
お師匠様が抑揚の無い声で教えてくれる。
マルタンの結界内に入ったんで、強風も届かなくなった。お師匠様は、手にしていた『勇者の書 96――シメオン』をパラパラとめくり始める。
「……リザードマンが居るということは……北部の、かなり西……」
「こいつらを倒してもいいか?」
うずうずしながら、兄さまがお師匠様に聞く。恐ろしげな牙と爪を持つ異世界の生き物を前にして、『強い奴をぶっ倒し、最強となる!』的な、格闘家の本能が刺激されたっぽい。
「やめておけ。酸を吐くぞ」
「ほう」
ひるむどころか、兄さまはますます対戦したそうな顔となる。
「テリトリーに不用意に侵入した我々にも非がある。ここは穏便に、やり過ごすべきだ。エドモン、彼等を眠らせてくれ」
「……わかった」
長すぎる前髪で両目を隠したエドモンが、矢を使わずに弦を引き、天に向かって弓を鳴らす。
空より現れた『眠り』の魔法矢が、雨のようになってリザードマン達に降り注ぐ。
魔法矢に貫かれたものは、即効で眠る。リザードマンは次々に岩場に倒れていった。矢はすぐに消え、矢傷もできない。
初めて見る魔法矢に、アタシ達はびっくり。
だけど、エドモンも驚いていた。
「……矢の数が、いつもより、多い」
「幻想世界ゆえだ」
お師匠様は、書をめくる手を止めた。
「おまえの目には見えぬであろうが、幻想世界は大気にまで魔力の源があふれている。魔法的な力を振るうと、空気中の魔素が呼応し、威力が増す。睡眠効果も深くなったはずだ。少なくとも、倍の時間は眠るだろう」
「……じゃあ、こいつら、十分間は眠るな……」
「空気中の輝く波動を意図的に利用すれば、一の力を百にも千にも万にも増幅できる。黄金弓を使う時、力の増幅を願ってみるといい」
ああ……
そんなこと、書いてあったなあ、『勇者の書』に。昔、読んだ覚えがある。けど、関係ないから忘れてた。
空気中には、魔力の素が敷き詰めた砂のようにびっしりと漂ってるらしい。だけど、魔力の無いアタシには、その魔力の源ってのが見えない。魔法のアイテムとか使わない限り、一般人には無縁なものなのだ。
「我々が今居るのは、おそらくこの辺りだろう……大陸最北西だ」
お師匠様がみんなに『勇者の書 96――シメオン』を見せる。勇者時代のお師匠様が書いた、幻想世界の地図の頁だ。
横長すぎるけど、見ようによっては翅を開いた蝶に似ているような……そんな形の大陸の北西の端っこをお師匠様は指さした。
蝶でたとえるなら、左前翅の上縁辺りだ。
「大陸北部は荒野と呼ばれている。森や野原が広がる南部とは異なり、好戦的な種族が多く、肉食の大型獣も跋扈している」
「我々の目的地……ドワーフの洞窟はここ」
お師匠様の指が、蝶の右前翅下部へと滑って行く。
「ここより東に向かい、やや南に下る。最初に訪れる世界を幻想世界にしたのは、ひとえにジャンヌの武器を依頼したいゆえ。一流の魔法鍛冶師のドワーフならば、ジャンヌにふさわしい武器を鍛えられる。どうあってもここに行きたい」
お師匠様が竜騎士時代に使っていたランスも、この世界のドワーフが生み出したもの。魔法岩石巨人すら一撃で粉々に砕く、凄まじい破壊力だったらしい。
「仲間としたい方の筆頭は、ドラゴン族のデ・ルドリウ様だ」
お師匠様の指が、蝶の右前翅の外縁へと向かう。
「ここにお住まいだ。獣たちの王であるドラゴン、その中でもデ・ルドリウ様こそが最強。参戦を願い、こちらからお訪ねするのが筋だが……」
お師匠様が微かに眉をしかめ、アタシ達を見渡す。
「荒野の旅は困難だ。行き着くまでにどれほどかかるか……。荒野を避けて南下すれば旅路は楽となるが、南部との境には高い山々が連なっている……」
お師匠様の形の良い唇から、溜息が漏れた。
「幻想世界で長旅をするわけにはいかん。魔王が目覚めるのは九十三日後。ジャンヌはまだ十の異世界へ行かねばならぬ……」
「移動魔法で行くんじゃダメなんですか?」
クロードの問いに、
「移動魔法は使えん」
お師匠様が、きっぱりと答える。
「私の力は神から与えられたかりそめのもの。異世界では、魔法はほぼ使えぬ」
ありゃって感じに、クロードが口元をおさえる。
「心話は使えるが、もとの世界に残った者と話すことはかなわぬ。この世界に居る心話が可能な能力者としか会話できん。たとえば、マルタン……」
と、お師匠様が言いかけた時だった。
突然、キラキラとした光を発しながら、
「その死をもって、きさまらの罪業を償え・・・終焉ノ滅ビヲ迎エシ神覇ノ贖焔!」
使徒様が、アレな呪文を唱えたのは。
マルタンから生み出された光が、すっごくまぶしい。まともに目を開けてられない!
曇天の下に、まるで太陽が落ちて来たようだ。
まばゆい光の奔流が、使徒様を中心にして、結界をすりぬけ、四方へと広がっていく。
なんか、うぉぉ〜とかうわぁぁとか、断末魔っぽい声が周りから聞こえる。何か祓ったのかもしれないけど、辺りが真っ白すぎてよくわかんない。
「ククク・・なるほど、こういうことか。これは気分がいい」
光に包まれた使徒様が、ババッといろんなポーズをとっているっぽい。
「そこらに浮かぶ魔力の源を利用すれば、聖霊光を極大まで溜めずとも浄化魔法が撃てる・・・いや、撃ち放題。ぬかったな・・こんな所に、俺の楽園があったとは・・」
高笑いをしてから、マルタンがもっかいイービル・ブレイクなんちゃらを撃つ。
「マルタン、威力を押さえろ!」
お師匠様の叫び声。
だいぶ慣れた。
薄目なら、何とか目を開けていられる。
光の波が周囲に広がって行く。地面から現れかけてたものが光を浴び。形を崩して散っていくのが見えた。
マルタンの放った光は、何処までも、さながら風のように渡ってゆく。
けれども……
光の先に、たたずむものが居る。
幾つも。
遠くから、何かがたくさん押し寄せて来てるような……?
「馬鹿者。派手な攻撃で、離れた地のものまで挑発するな。敵を増やす」
もう手遅れっぽい。
崖側に居るアタシ達が進める方向は限られている。どっちへ向かうにしても、何かと戦わなきゃいけなさそう。
てか……
「なんで、あんなに動いてるの? 魔法をくらったんじゃ?」
「・・言ったはずだぞ、女。俺の浄霊は、除霊かつ昇天だと」
使徒様はアタシの方を見ていない。背筋を曲げてクネッと立ち、右手で顔半分隠したアレなポーズをとっている。
「神聖魔法は、生あるものに対しては、綺麗さっぱり、まったく、完璧に役立たず。毛ほども効かん」
何ですとぉ!
あんたの魔法は、敵を呼び寄せただけか!
「煙草に火をつける程度には、魔術師の初級魔法も使える。この世界でなら、ある程度は通用しそうだが・・・」
やれやれって感じに、顔の右半分を隠しながらマルタンが首を振る。
「時間切れだ・・」
はい?
使徒様が横目で、お師匠様を見る。
「賢者殿。俺の信仰の証に、念をこめた。半日はこれを中心に結界が生まれる。俺の内なる霊魂の輝きが敵を呼ぶ誘蛾灯ともなろうが、綺麗さっぱり、まったく、完璧に、邪悪は退ける。それ以外のものの攻撃は、おおよそ退けるだろう」
マルタンの胸の十字架が、ピカピカと点滅しだした。
「行くのか?」
お師匠様の問いに、マルタンが頷く。
「内なる十二の世界の何処かで誰かが、俺の助けを待っている。神の奇跡を起こすのが、俺の存在理由。行かずば、なるまい・・」
ちょっ!
「何処に行くってのよ、この状況をおっぽりだして!」
マルタンがフッと鼻で笑う。
「女。きさま、腐っても勇者だ。俺に頼らず、自力でどうにかしてみせろ・・」
「あんたが敵を呼び寄せたんでしょーが!」
責任とれ、こらぁ!
「・・怖いのなら、結界の中で縮こまって待っていろ。神の使徒の使命を果たした後、俺がガツンと華麗に雑魚どもを掃討してくれる。・・じゃあな、あばよ」
マルタンの体から、ガクンと力が抜ける。
腰をつき、うずくまるように小さくなっていく。
アタシや兄さまは驚いて、駆け寄った。
うなだれた使徒様はきつく瞼を閉ざし……
そして……
グーグーと寝息を漏らしていた……
寝てる……?
寝ちゃったの?
眠りの魔法でもかけられた……?
「マルタン! しっかりして! どうしたの?」
その体を揺さぶると、
「ジャンヌ、邪魔しちゃ駄目」
珍しく強い口調で、クロードがアタシを止める。
「使徒様はね、今、内なる十二の世界の何処かで、邪悪と戦ってらっしゃるんだから」
クロードは鼻の頭を赤く染め、ぽわ〜んとした目でマルタンを見る。
「臨時講座の講師をなさってた時も、時々、突然寝ちゃってた。異世界の誰かが、使徒様に奇跡を乞うたんだ。応えるのが聖職者の務めなんだよ!」
「……こいつ、時々、寝ちゃうの?」
うん! と、クロードは元気よく頷いた。
「魂だけが肉体を離れ、異世界へと旅立ってるんだって! 授業が休講になっても、ボクはちゃんと使徒様のお目ざめまでお側でお待ちしてたんだ〜 異世界でどんなご活躍をなさったかすぐに聞きたかったから」
使徒様、かっけぇ! と、クロードは興奮してる。
へー……
今、どっかで戦ってるの……?
神の使徒として?
いびきかいてるんだけど。
「………」
アタシと兄さまは白い目で、お眠り遊ばしている使徒様を見つめた。
お師匠様が、淡々と教えてくれる。
「マルタンは、突発的に睡眠状態に陥る。本人の意志ではどうにもならぬ……まあ、体質のようなものだ。承知の上で、おまえの仲間候補に推薦したのだ。あきらめてくれ」
はあ……。
「早ければ数分で目覚めるが、遅い時には半日以上、起きん」
げ。
「……囲まれたぞ」
口数の少ないエドモンがそう言った時には、半球上の結界の形がはっきりとわかるほどびっしりと魔法生物達に囲まれていた。
リザードマン以外にも、小鬼、狼、スケルトン、岩石巨人、スライム等々がいる。空にはガーゴイルとか巨大烏が飛んでいる……
マルタン信者な幼馴染も、さすがに顔色が悪くなった。
「仕方がない……。恥をしのんで、デ・ルドリウ様に心話で事情をお話し、救いを求めてみる」
* * * * * *
「ねえ、ジャンヌ、何でみんな……こんなに好戦的なの?」
クロードは涙声だ。
無理ないか。牙をむいたり、武器構えて襲い来る魔法生物達が、結界のすぐ側までがんがん迫って来てるんだから。
「スケルトンは、生体に反応してるんだと思う」
『勇者の書』に書かれてあったことを、頑張って思い出しながら説明した。
お師匠様はドラゴンの王様と心話で話している。煩わせちゃ悪い。説明できることは、アタシがしなきゃ。
「魔法岩石巨人やガーゴイルも、そうかも。魔法使いの使い魔かもしれないけど」
「……魔法使い。……魔術師とどう違うの?」
「う〜ん……いっしょ……かな? ただ『魔法使い』でくくられるジョブが多いのよ」
「へー」
「魔導師、魔女、巫女、森の祭司、精霊支配者、死霊使い、召喚士、呪術師、祈祷師、錬金術師……あと何だっけか……ぜんぶ、『魔法使い』よ」
「そんなに種類があるんだ」
クロードがキョロキョロと当たりを見回す。
「本人はこの辺に居ないと思うわ。遠くから遠視の魔法で様子を伺って、使い魔に攻撃させた方が安全だもん」
「なんで魔法使いがボクらを襲うの?」
「さあ? 異世界人だから、面白そうだと思ったのか……彼等の使い魔をうっかり壊しちゃったことを怒ってるのか……」
アタシは襲い来る魔法生物達を見渡した。
赤銅色の小鬼が、リザードマンの陰からちょこちょこ現れては結界を殴って走り去って行く。
「小鬼族はあんま強くないけど、強欲なの。アタシ達が狩られちゃった後の、荷物を狙ってるのかもね」
「……そうなんだ」
「リザードマンにとっては、アタシ達はエサね」
「エサ……」
「北部に居る生物のほとんどが、肉食だもん。んでもって、好戦的。狼族なんか特にそう。戦い、喰らい、寝る事にしか興味がないんですって」
でも、狼族はリザードマンに比べると知性が高い。闇雲に近づいても眠らされるだけだとわかったみたいで、突進をやめ、遠巻きに眺めている。
「……いらっしゃった」
お師匠様のつぶやき。
大きな陰が、薄日を遮る。
天を仰ぎみると、そこには……
大きな黒い鳥が……
「エドモン、撃つな。魔法矢を射かけてはならん」
それは、どんど大きくなって……
羽ばたき音が大きくなると共に、結界外に旋風が吹き荒れる。
「でかッ!」
クロードの言う通りだ。
頭の上に、黒い屋根ができたみたい。
巨大な生物に恐れをなしたのか、小鬼達は一目散に逃げ出し、魔法岩石巨人たちは自ら大地へ、或いは宙へと戻って行った。
リザードマン達はその場に伏し、深々と天のものに頭を下げた。
《ひさしぶりじゃな、シメオン、息災そうで何より》
何処からともなく聞こえた声。
お師匠様は、胸に手を当て天へと最敬礼をした。
「遠路おこしいただき、申し訳ありません。再びお目にかかれ、光栄に存じます、デ・ルドリウ様」
空気を振動させるような、快活な笑い声が響いた。
《何ほどのことはない。人の身には遠路と思えども、翼ある身には散策の道に過ぎぬ》
デ・ルドリウ様……?
て事は、ドラゴンの王様?
アタシは、宙に浮かぶものを改めて見つめた。
言われてみれば、太い鈎爪のある足のようなものが見える。けど、大きすぎて全体がわかんない。黒い鱗に覆われた、お腹を見てるっぽい。
頭上から迫り来るものは、さながら、巨大な黒い壁だった。
次話は1月12日(日)予定。以後、隔日更新してゆきます。