勇者と魔王
「お師匠様は……賢者シメオンはブラック女神の器となり、アタシの前から失踪しました」
アタシたちを囲むエルフたちは、敵意も露わだ。武器を手に、すっごい顔で睨んでいる。
「ブラック女神は、魔王の守護神。女神の器となったお師匠様に、アタシは命を狙われています。お師匠様がなぜ敵方に回ったのかはわかりません。どんな思惑で動いているのかも、竜王がどのような形で関わっているのかも、申し訳ありませんがアタシには説明できないんです。けれども、」
アタシはしゃきっと背筋を伸ばしてから、エルフたちへと深々と頭を下げた。
「アタシの世界の者がこの世界にご迷惑をおかけしていることを、勇者として謝罪します。微力ながら、この世界の為に働かせてください。デ・ルドリウ様を正気に戻したいんです」
「竜王を正気に戻す?」
エルフの王子エルドグゥイン。彼だけが感情を廃した顔で、アタシたちと対している。
「異世界の勇者様は、そんな能力をお持ちなのですか?」
「アタシにはできません」
きっぱりと答えた。
「ですが、アタシの仲間なら、きっとやってくれるでしょう」
アタシは後ろを向き、農夫の人を見た。いまいち信じきれないけど……ダーモットはエドモンならできるって言ってた。信じとくわ、エドモン。ジュネさんと力を合わせて、どうにかして!
エドモンとジュネさん。赤い呪術化粧で彩られた二人を、エルフたちが品定めするかのように見つめる。
「この者たちは、何者です?」
エルドグゥインの質問に、ジュネさんが堂々と答える。
「あたしは、勇者ジャンヌの世界のスーパースター獣使いよ。そして、彼は、」
エドモンを指すその顔には、誇らしげな笑みが浮かんでいる。
「あたしたちの『獣の王』よ」
「獣の王……」
エルフたちの間から、ざわめきが起こる。
もしかして、『獣の王』って称号は、幻想世界では特別な意味があるのかも?
エルフたちの視線を、ジュネさんは平然と受け止める。
けど、エドモンは居心地が悪そう。下唇をつきだし、ムスッとしてる。すっごい不機嫌顔だ。
「デ・ルドリウ様は、恩人です。アタシの世界の魔王と戦う事を誓ってくださった、仲間でもあります。あの方を、もとに戻したいんです。決して、この世界の『魔王』としたくありません」
「『魔王』となりかけているものを救いにいらしたわけですか……」
エルドグゥインが、口元に人さし指をあてる。仕草は思案げなのに、表情は無い。お面みたいな顔をしている……まえに会った時は、時々辛辣ではあったものの、にこやかなエルフだったのに。
「あなたに竜王の罪をご覧に入れましょう。その上で、もう一度問います。果たして、救うべきは誰であるかと」
エルドグゥインが、背後のエルフたちに目配せを送る。
「今から魔法を使いますが、遠見の魔法ですのでご安心を。誇り高き花エルフ一族は、決して不意打ちなどしません。花を愛でる私達光の民は、防衛以外の戦はしないのです」
杖を持ったエルフたちが、呪文の詠唱を始める。
「遠くの出来事を、ここに映します」
エルドグゥインが掌でさした宙が、揺らぎ出す。
「竜王の咆哮によって、獣人や獣たちは狂っています」
木々の間に、幾つもの映像が浮かび上がる。
暴走する人馬。
リザードマンと死闘を繰り広げている翼人。
骨をも砕きそうな恐ろしげな口を開くワーウルフ。
木の上から通りかかった者の頭上に飛び降り襲いかかる、猿やリスなどの小動物。
街で暴れる獣人たちから逃げ惑う小人たち。
大型船に絡まりつき、沈めようとしているクラーケン。
「大陸中がこのありさまです。リザードマン、ワーウルフ、クラーケンなどは、もともと性質的に『悪』。知性ある生き物すら狩る罪深き生き物、魔族です。しかし、それでも今までは無差別に他者を狩ることなどなかった」
エルドグゥインは、淡々と言葉をつむいでいる。
「偉大なる我が一族の森の現状です」
エルドグゥインが掌でさしたのは……
長い年月を生き抜いてきたであろう太い大樹がざっくりと折れ、他の木々を巻き込んで倒れているものだった。
「『穏やかなる陽光』の二つ名を持つ、力強い大樹でした。我らが森の守護樹の一本でもありました……竜王が彼を折ったのです。花エルフの森の結界を破る為に」
エルドグゥインは、表情からも声からも感情を消し去っている。
けれども、目だけは正直だ。とても冷たいまなざしで、アタシたちを見ている……
「森を襲撃した愚かものどもは、全て撃退しました。先程の小鳥たちが最後でした。彼らはあなた方のもとへと逃げてゆき、あなた方は雷の結界にて我等の追撃を阻まれた。あの小鳥たちは、あなたの手先なのかと思ったのですが……」
「違うわ」
アタシは強く否定した。
「たまたま居合わせただけよ」
ジュネさんが、言い添える。
「小鳥たちは蜂に襲われて、恐慌になっていたもの。そこへ、強大な獣の王が通りかかったのよ。小鳥たちが庇護を求めるのは当然じゃなくって?」
「共謀してはいないと、いちおう信じておきましょう。しかし、何の罪も犯していないものたちが、世界中で悲惨な目に合っているのです。時を経れば経るほど、被害は広がり、犠牲者も増えるでしょう。竜王を救うなどと……悠長なことをおっしゃるあなた方に、私は賛同できません」
ものものしい長弓を持つエルドグゥイン。その顔には、やはりなんの感情も浮かんでいない。
「この世界に初めて現れた『魔王』を討ち、地上に調和を取り戻さねばなりません」
ん?
初めて現れた魔王?
「それ、間違ってませんか?」
幻想世界の現魔王って、ダーモットでしょ?
てか、ダーモットって、もともとは勇者で、魔王を倒したせいで呪われてリッチになったわけで……
デ・ルドリウ様は、少なくとも、三代目候補よね? 初魔王なんかじゃない。
「勝者などないむなしい戦となる事は、重々承知しています」
アタシの『間違ってる』発言を違う意味でとらえたらしい。エルドグゥインが、淡々と決意を語る。
「正と邪の天秤を正す為であれば、死すら厭いません。この世界の最高神は、調和と秩序を愛されています。強大な魔を討伐すれば、等しき力を持つものが召されるのが運命……輝かしきエルフの王子として、『勇者』となって死んでみせましょう」
真実の鏡の中で、ダーモットの前代の魔王は言っていた。
《『魔王』ゆえに『勇者』が生まれ、『魔王』の滅びと共に『勇者』も消えゆく。調和神の思惑のままに、踊らされ、滅びる、あわれなる『勇者』よ》って。
そうだ、それに、あの時……
ダーモットの過去を、ベティさんは嘲笑った。
《あんたが善の心を持つ悪であり続けることが、神の天秤とやらを支えてるんだろ。バッカバカしい! あんたは世界を救ったんじゃない。神を喜ばせただけさ》。
昔、幻想世界にも『勇者』や『魔王』は居た。だけど、居なかったってことにされていて……
今、デ・ルドリウ様とエルドグゥインが戦ったら、この世界の神様の力で強引に相討ちにされる。
つまり!
アタシの伴侶が二人もいなくなるわけで!
……お師匠様の狙いは、デ・ルドリウ様もろともエルドグゥインを殺すこと……?
百人伴侶に欠員をつくって、託宣を実行不可能にすること?
そうなのだろうか?
振り返り、アタシはエドモンを見た。
アタシとほぼ変わらない身長。前髪が長すぎて、目が完全に隠れてる。目線がわからないけど……彼はアタシへと頷いてみせ、一歩前に進み出た。
「竜王は、おれが止める」
エドモンが、珍しくしゃきしゃきしゃべってる!
「止められる……と、思う」
あ、どもった。
「……獣たちの悲痛な声は……聞こえている。おれは、みんなを救いたい……みんなを、だ。竜王の声は……辛そうだ。彼はとても苦しんでいる……と、思う。おれは、彼も助けたい」
「エルフの王子。俺達を解放してくれないか? 俺達は、敵ではない」
兄さまが、ズンと身を乗り出す。
「ドワーフの洞窟を目指していた。森と洞窟の間の野原に竜王を誘い込み、エドモンと対峙させようと思っている」
エルドグゥインは、アタシ、兄さま、エドモンを順に見つめる。
「ここでグズグズしてたら、被害が広がるばかりだ。おまえが俺達の行く手を塞ぐのなら、追い払うまで。俺は勇者ジャンヌの護衛として、おまえたちを倒す」
「あなたが? 赫々たる花エルフ一族を倒す?」
エルドグゥインの表情に、微かな感情が浮かぶ。
面白い冗談を聞いたと言わんばかりに目を細め、鼻先で笑ったのだ。
「荒野の獣よりも、智慧の足りぬ方のようだ。しかし、寛大なる王子として、あなたの無知と無礼を見逃してあげましょう」
さすがに、兄さまがムッとする。
「異世界の勇者様、そして異世界の獣の王、しばしご同道願えませんか? あなた方に正義と真実があるのであれば、平和を愛する花エルフ一族は協力を惜しみません」
「しかし、俺達は、」
「さほどお時間はとらせません。私が向かおうと思っていた地に、共に行っていただきたいのです」
エルドグゥインが掌をあげ、兄さまの発言を制する。
「承知していただけるのなら、ドワーフどもとの連絡を引き受けます。竜王を誘い込む策がおありなら、伝えておく方がいい。ドワーフは粗暴で低能な種族ですが、見かけによらず手先が器用です。良い罠を作ってくれるかもしれません」
「わかりました、同道します」
即答した。逆らっても、バトルになるだけだし。
「何処へご一緒すればいいんですか?」
「森の王のもとへ」
エルドグゥインの緑の瞳が、アタシたち一人ひとりを見つめる。
特に長く見つめたのは、アタシとエドモン。次が、ニコラだ。ニコラを見る彼の目は、冷たい。
「古えよりこの世界におられるあの御方は、誰よりも光り輝いておられる。森の王があなた方を認め、祝福をお授けになられるのでしたら……あなた方こそが『正義』と認めましょう」
天を摩するほどの大木が密集した森――悠久の森。
そこの樹木と樹木の間に、妖精たちの世界がある。
入り口が『森の王の座所』と呼ばれる場所なのだけれども……特に何もない。
エルドグゥインが掌でさし示した先は、太い幹と幹の間というだけ。アタシの目には、そこが入口であることすらわからないのだ。
「美しいものや清らかなものの中にごく稀に、王の領域に入る資格を持つものが居ます。このまま全員でお進みください。あなた方が正しければ、王のもとへの道が開かれるはずです」
このまえ、アタシとマルタンは森の王のもとに招かれた。抱っこしてたカトちゃんと、黒ウサギ・ゴーレムのクロさんもいっしょだった。
けれども、ジョゼ兄さまは、森の王の国に入れなかった。兄さまは俗物だから王に会う資格が無いのだと、マルタンは言っていたけれども。
「全員そろって王のもとへ行くのは、無理だと思うわ」
「……そうですね」
エルドグゥインが意味ありげな視線を、ニコラへと送る。
「勇者と獣の王、この二人が揃って王のもとへ招かれれば良しとしましょう。偉大なる我が一族の誇りにかけ、あなた方を支持する事を誓います」
「残った仲間のことは、お願いできますか?」
「勿論です。森に愛される幸深き方のお仲間でしたら、緑を愛する花エルフ一族がお守りしましょう。お望みでしたら、ドワーフどもの洞窟へと送ってさしあげてもいい」
「ありがとうございます」
「心話にて、あなた方の来訪を既にドワーフどもに伝えてあります。森の王のもとに旅立つ前に、他に伝えておきたいことはありますか?」
アタシは、兄さま、クロード、ジュネさん、エドモン、ニコラを見渡した。
「少し仲間たちと相談してもいいでしょうか?」
構いません、とエルフの王子が泰然と頷く。
「ジュネさん。竜王との対決の場を、野原の丘につくるって言っていたわよね? その陣って、どんな風につくるの?」
「エドモンをより強くより格好良く見せる為に、呪術文字をたっぷり置くの。布に魔法陣を描いて敷き詰めるか、大地に直接模様を刻むか、石を並べるか、草を編むか……やり方はいろいろあるわ。地形次第ね」
「時間がかかりそうね」
「略式なら、一時間もあれば形になるわよ」
「だけど、凝れば凝るほどエドモンが強くなるわけでしょ?」
「それは、そうね」
「呪術文字って、ジュネさんが描かなきゃいけないものなんですか?」
「誰が描いてもいいのよ」
お美しい獣使い様が、頬に手をあてる。
「でも、獣使いの一族に伝わる呪術文字を組み合わせて呪模様を描くのよ。アタシ以外の人間には無理だわ」
「描けますよ、精霊なら」
アタシは笑みを浮かべ、クマさんズ――ピオさん、ヴァン、ソル、ピロおじーちゃん、ピクさんを手で示した。
「精霊は、人間の心が読めます。ジュネさんが『欲しい』と思う文字を心の中で思ってくれれば、精霊たちはそのままの文字を描けますよ」
「へー」
口笛を吹き、ジュネさんはニッと笑う。
「便利なのね、クマちゃんたち」
赤クマさんや黒クマさんたちが、照れたように頭を掻く。
「ジャンヌとエドモンは妖精の国へ。ジュネはこっちで陣の作成。他のメンバーも残って、その陣とやらをつくるのに協力した方が良さそうだな」と、兄さま。
「けどさ、森の王って、出会ったものに祝福を与える存在らしいよ。まえに、ダーモットさんが言ってた」と、クロード。
「すっげぇ力を持った、預言者なんだって。出会える機会があったら、ぜったい逃すなとも言われてたんだー 森の王なら、ボクの魔力封印解けるかもしれないからって」
むぅぅ。
「全員、会えるかどうかチャレンジした方が良くない? パワーアップできれば、ぜったいお得だよ」
「やるだけ無駄な気がする。俺はたぶん、残留組だ。しかし、まあ、行けるかどうか挑戦するぐらいなら構わないか……」
「あたしはやめとくわ。外で陣つくりをしたいから」
「いいんですか? 行けば獣使いとして更にパワーアップできるかもしれないんですよ?」
スーパースター獣使いが、ハイパースター獣使いになれるかもしれないチャンスなのに。もったいなくない?
ジュネさんが肩をすくめる。
「いいのよ、アタシ、エドモンをバックアップする為について来ただけですもの。妖精の国に行く時間があったら、一つでも多くの呪術文字を描きたいのよ。愛するスイートハートの帰還を、最高の舞台をつくって待ってるわ」
「……ジュネ」
エドモンが、ぼそぼそとつぶやく。
「……すまない」
「あらやだ、気にしないで。愛するあなたの為に働くのは、あたしにとって喜びなんだから♪」
獣使い様が、獣の王をハグする。小柄なエドモンは、完全にジュネさんの腕の中だ。
「それより、エドモンこそ気をつけてね。怪我しちゃ嫌よ。変な虫にも、たかられないでよ? エドモンったら、モテモテだから、心配だわ〜」
「……触るな」
と、二人はいつものやりとり。
「ね、ジャンヌ。精霊さんたちを、ジュネさんたちに貸してあげられる? 護衛兼連絡係でさ」
「そうね」
しばらく別行動になるわけだし、ひとりひとりに精霊預けた方が良さそう。
兄さまとクロードには、それぞれ精霊がいるからいいとして……
《精霊支配者よ。そなたのもとに、治癒の力を持つピクと、防御に長けたソルを残すことを勧める。妖精の国とて、安全とも限らぬ。仲間も大切じゃが、そなたが死んでしまっては全てが台無しとなるクマー》
わかったわ、ピロおじーちゃん。
「ヴァンはエドモンの、ピロおじーちゃんはニコラの護衛をお願い」
《いいぜ》
《うむ》
「ピオさんはジュネさんの……」
言いかけた言葉を、アタシは飲み込んだ。
「やっぱ無し。ジュネさんにはソル。ピクさんとピオさんが残って」
《は? 獣使いのもとへワタクシが行くのですか、女王さま?》
《あれれー? ボクがケモたん担当じゃないのー?》
ケモたん……
《精霊支配者よ、なにゆえソルではなくピオを残す?》
「ソルだったら、ジュネさんのいいアシスタントになれると思うの。土精霊なら、地面に呪模様を刻むのなんてお手の物でしょ? だから、」
《つまり、こうご命じになられるのですね。女王さま以外の方に、体を与え、触られ、奉仕をして来いと……。命令に従えばワタクシの貞操は失われ、拒否すれば女王さまの寵愛を失ってしまう……ワタクシのツボを押さえた、見事な淫従プレイ……素晴らしいです、女王さま……」
黙れ、変態。
あともう一つ……
ピオさんが乱暴者じゃないことは、アタシはよ〜く知ってるけど……炎精霊ってだけで、エルフの中には怖がる人がいると思うの。森に住むものは、だいたい火が嫌いだから。
なので、ピオさんは、誰にも付けたくないというか……
ごめんね、しばらくの間、姿を隠してて。ペンダントに戻ってくれるかな?
《ちぇっ。がっかりー》
ブーイングをしてから、ピオさんはしょぼーんとうなだれる。
《そばにいてって言てくれたから……とってもうれしかったのにぃ。そーんな理由だったなんて》
ぐっ!
そんな、つまらなさそうに右足で地面を蹴ったりなんかしちゃって……
《ボク、いらない子だったんだ……》
違うのよ! でも、今だけは! ほんとに、ごめんなさい!
《腐るなよ、ピオ。賢者のせいで、オジョーチャンはもろアウエーなんだからさ。助けてやろうぜ?》
緑クサマさんにこづかれ、ピオさんはますます顔をふくらませる。
《わかってるよーだ》
赤クマさんが、あっかんべーをする。
《契約の石にこもればいいんでしょー》
ごめんなさい!
《けど、すぐに飛び出せるよう、待機しとくー なんかあったら、ソッコーで呼んでよね》
ありがとう、ピオさん! 心づかいが嬉しい!
《ピク。ジャンヌと同化して、しっかり守るんだよ》
《うん、わがっだ。お、おら、が、がんばる》
赤クマさんはぬいぐま姿をやめ、炎となってアタシの胸元のペンダントに沁みこんでいった。
「よろしければこちらへ」
アタシたちの話し合いが終わったと見て、エルドグゥインが声をかけてくる。
「お仲間の中には、森の王のもとへ向かうのにふさわしからぬ者も居るようですが……」
エルフの王子が、フッと鼻にぬけるように笑う。
「穢れしものは淘汰されるだけ。邪悪な性を恐れるのなら、光のもとに歩み寄らねばよいだけのこと。進むも進まぬも、ご自分でお決めください」
彼の目は、ニコラを見つめている……。
ニコラが幽霊だから……?
《……ぼく、あのひと、きらい》
エルドグゥインが背を向けると、ニコラはつぶやいた。
《えらそうで、いじわるで……シャルルにそっくりだ》
ちょ?
シャルル様、呼び捨て?
「だな」
ニコラの白い髪を、兄さまの大きな手がくしゃくしゃに撫でる。
「俺もそう思っていた」
小さなニコラと大きな兄さま。
二人は、とてもいい笑顔を見せ合う。
のはいいとして……
「え〜 シャルル様は優しくって凛々しくってかっけぇじゃん?」
てなクロードが、「おまえは誰の味方だ」と兄さまにどつかれるのもいいとして……
ニコラはこのまま行ったら、マズイ?
《妖精の国じゃて、邪悪よけの仕掛けでもあるんじゃろうクマー。悪霊ゆえにあの子は弾かれてしまうやもしれぬが……だが、まあ、危ないようであれば、わしが守るわ。案ずることはないクマー》
ありがとう、ピロおじーちゃん。
エルフたちと言葉を交わした後、エルドグィンは、まっすぐに歩みゆく。
背に矢筒、左手に長弓を携えながら。
森の王の座所へ、と。
その背をアタシは追い、その後を黄金弓を持ったエドモンが続き、他の仲間たちもついて来る。
大樹と大樹の間にさしかかると、すらりとしたエルフの王子の姿がフッと消える。
妖精の国に入って行ったのだ。
彼の歩んだ通りに、アタシも進み、そして……