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きゅんきゅんハニー  作者: 松宮星
幻想の野ふたたび
165/236

愛の贈り物

 起きてすぐに、ピロおじーちゃんに呼ばれ、お師匠様の部屋へ行った。


《隅々まで調べたぞい。この部屋には、特に何も仕掛けは施されておらぬ。異次元通路もなければ、千里眼等の覗きの魔法も仕込まれておらなんだ。賢者がこっそりここに戻ってくることはなさそうじゃな、あ、いや、クマー》


 白クマさんが、アタシの前にドンと箱を置く。道具箱くらいのサイズのが三つ。

《勇者の書と着替えを除けば、私物はこれぐらいじゃのうクマー》

『幻想世界』て張り紙がついた箱と、『精霊界・英雄世界』に『エスエフ界・ジパング界』って書かれた箱。


 なんというか……納戸にしまう箱に『夏物』『冬物』とちゃんとメモを貼るお師匠様らしい。


《精霊支配者よ、開けてみるがいいクマー》

 おじーちゃんに促され、『幻想世界』の箱を開けてみた。

 小袋が幾つかに、封がされた手紙が何通か。

 宛名はデ・ルドリウ様、エルドグゥイン王子に、ファーガス王?

 むむ?

《竜王、エルフの王子、ドワーフ王宛じゃな》


 あー


 エルフの王子さまとドワーフの王さまか!

 そいや、そんな名前だった!


《開封するがいい》

 え?

 でも……手紙を勝手に開けるなんて……


 白クマさんが、やれやれって感じに頭を振る。

《精霊支配者よ。賢者はそなたを裏切ったのじゃぞ。その持ち物を改めるのは、犯罪を調べる為であり、今後のそなたの旅を円滑に進める為である。罪悪感を抱く必要などないのじゃぞクマー》

 う。

 わかりました……


 アタシは、デ・ルドリウ様宛の手紙を手にとった。

 中は……

 普通の礼状だった。幻想世界で、このまえデ・ルドリウ様がしてくださった数々の助力へのお礼。アタシの近況。勇者として成長しつつあることを喜ばしく思うという付記……日付を見ると、ジパング界から還った日だった。


 ドワーフの王さま宛のも、礼状だった。アタシの剣を鍛えてくれた事への。

 謝礼として、アタシたちの世界の物を贈るって書いてある。

 いっしょに入ってた小袋の口をあけると、中には宝石が……


 お師匠様は、勇者(アタシ)の為にいろいろ準備してくれてたんだ……


 そう思うと、胸がジーンとした。


 アタシは、すっごく大事にされていた。

 今は、違うんだとしても……

 この手紙を書いた頃のお師匠様は、アタシを愛してくれていた。それだけは、間違いない。そう思えた。


《精霊支配者よ。手紙も小袋も持って行くがいい。幻想世界で役に立つやもしれぬ》

 目元をぬぐいながら、アタシは頷いた。

《他の箱も改めるがいい。そなたが確かめた後、箱ごと学者にでも預けておくぞ……あ、いやクマー》

 無理に『クマ』をつけなくてもいいのに。

 ちょっとだけ楽しい気分になって、アタシはクスッと笑った。


「あれ?」

『幻想世界』の箱の中に、やけに軽い小袋がある。

 中身は……植物の種?


 これも、ドワーフの王さまへの謝礼?


《違うぞ。それは、エルフの王子へのプレゼントじゃクマー》

 む?

《そなたの記憶を見たぞクマー。そなた、エルフの王子に、この世界の植物の種を贈るのであろう?》

 え?

 そうだっけ?


 白クマさんが、ふーっと息を吐く。

《エルフの王子は、そなたをドワーフの洞窟まで案内したなクマー?》

 ええ。

《したが、そなたは洞窟に着く前に卒倒した》

 あ〜

 ええ、まあ、その……

 カトちゃんのことがショックで……。

《目覚めた時には、エルフの王子は居らなんだ。返礼しそこねたとしょげるそなたに、竜王が助言したであろう? 花エルフは、緑を愛する種族。何であれ異世界の緑を贈られれば、厚き友情と感じ、喜ぶ。再訪の時に種を贈るとよい、と》


 そういや、そんなアドバイスされた気も!


《そなたが忘れた時の用心に、賢者は種を用意しておいたのじゃろうクマー》

 ぐ。

 すみません、すっかり忘れてました……いろいろあって忙しくって……幻想世界のことなんて、もうすっかり忘却の彼方でした……。


……お師匠様、アタシをフォローしようとしてくれてたのか……

 なんか、また、しんみりしちゃうわ。






 その後、早めの朝食をすませ、仲間たちとアタシの部屋に集まった。



「賢者様の書を、幻想世界の魔法陣の上へ」

 テオ先生の指示通り、『勇者の書 96――シメオン』を魔法絹布の一番右端の魔法陣の上に置いた。

「呪文は、まえの時と同じでいいのよね?」

「はい。賢者様から、そのように伺っています」


 もともと幻想世界へは、アタシの武器が完成したら再来訪する予定だった。

 その時には、デ・ルドリウ様推薦の伴侶候補とお見合いもするはずだった……今となってはありえない話だけど。

 とりあえず、向こうに着いたら、ドワーフの洞窟を目指してみよう。


「ダーモットとは連絡ついた?」

 幼馴染(クロード)は、ず〜っとしかめっつらで、う〜んう〜んうなってる。トイレにこもってる人みたい。

「だめ。返事がないんだ」

 左手の指輪を見つめながら、クロードがため息をつく。

 ガーネットは、クロードとダーモットを繋ぐ絆石。石を通せば別の世界に居ても会話できるって、ダーモットは言ってたのに。

「いちおう、今からそっち行きますとは伝えておいたよ」


 周囲が、わいわい勝手な事を言う。

「もしや、そのアイテム、故障中なのではありませんかな?」

「クロード君。君の魔力が足りないのではないのかね?」

「寝てるんじゃねーの? 時間がズレてて、あっちは真夜中とか?」

 いや、ダーモットは不死の魔法使い(リッチ)よ。真夜中でも、寝ないと思う。


「ダーモット殿は、今、会話する余裕がないのかもしれませんね」

 裸戦士の人が、もっともなことを言う。

「時間をおいてから、あらためて連絡し直してみては?」

「うん。そうしてみるよ、アランさん」


「戦闘中なのかもしれんな」

 ジョゼ兄さまが、真面目な顔で言う。

「接戦の最中ならば、会話もできまい」


 幻想世界一の魔法使いが必死で戦わなきゃいけない相手なんて、そうそう居ない。

……竜王? それともお師匠様?

 まずいことになってないといいけど。


「ま、ダーモットは幻想世界一の魔法使いだもの。アタシたちが転移すれば、すぐに気づいて、駆けつけてくれるわよ」

「だよね」



 そこで、突然!

 テオの横にいた金の巻き毛の麗しい方が、アタシの前に跪く!

「あなたの旅に幸多からんことを……。どうぞお気をつけて、ジャンヌさん。あなたの笑顔に再び出会える日を楽しみにしています……」

 うひょ!

 手の甲に接吻された!

 あ。

 そうだ、言い忘れてた。

「シャルル様……昨日は、たくさんのバラをありがとうございました」

「お気に召していただけましたか?」

「ええ」

 まあまあ。

 おかげで、この部屋、バラだらけです。

「……孤独なあなたの花園を、ほんの少しでも華やかにしてさしあげたい……その一心でした」

 見た目ゴージャスだし、いい香りがするし。一時間ごとのバラ攻撃もといプレゼントには、びっくりしたけど……心づかいは嬉しかったかな。綺麗なお花を見れば、それだけで心が癒されたりするものね。

「オランジュ家の魔法結界も、お戻りの時にはより完璧なものとなっているでしょう。どうぞこちらのことはご心配なく……」

 シャルル様が、凝っとアタシを見つめる。

……そんな熱い視線を送られたら、ドキドキしちゃうわ。ちょっとうざいけど、シャルル様はすっごい美男子(イケメン)なんだもん! 王子様みたい! 頬が熱くなっちゃう。


「ジャンヌは、俺が守る」

 見つめ合うアタシとシャルル様の間に、ズンと兄さまが。

「シャルル様はどうぞ結界強化にご専念ください。ジャンヌのことはすべて(・・・)俺に任せて」


「ふん。大言壮語にならないことを祈っておくよ、ジョゼフ君。私の魔法に手も足もでなかった君がどれほどの働きができるのか……正直不安だがね」

「ご心配なく。シャルル様には押さえられなかったピアさんとも、俺は戦えましたから。少なくとも、あなたよりはジャンヌの役に立てるはずです」

「ピアさんを止めたのは、テオの先制攻撃の法だ。君ではない」


 兄さまとシャルル様が、鋭い目つきで向かい合う。


 ちょ。

 ちょ。

 ちょ。


 やめてよ、朝っぱらから!


「あらあらあら、まあまあまあ。微笑ましい光景ですわね」

 どこがです、シャルロットさん?


「勇者様、くれぐれも明後日の日中までにご帰還ください」

 テオ!

 睨みあう二人はシャルロットさんに任せよう! アタシは学者様と向き直った。

「明後日の夜に何事かがあると、アレッサンドロさんは占っています。的中するとも限りませんが、彼も勇者様の仲間として信念をもって占ったのです。その志に、応えてあげてください」

「わかった。長居しても、二日にしとく」


「ドロ様とマルタンの具合は、どう?」て聞いたら、

「まだ寝てるよ」と、生意気盗賊から返事が。

「けど、医者の診たてじゃ、ただの過労だ。ゆっくり寝ていいもん食ってりゃ、すぐに元気になるんじゃねーの?」

 なら良かった。



 相談すべきことは、相談した。

 持ってく荷物の再チェックも終わってる。

 ポチごとピアさんを抱きしめてるニコラも、お別れの抱擁はもう十二分にしてると思う。

「新たな旅立ちをなさる勇者様の為に! 新たな旅のお伴をつくりました! その名も『ルネ ぐれーと・でらっくす』! あらゆる危機に対処できる、発明品を詰めておきました! 勇者様、困ったなーという時にはこれですぞ! どうぞお持ちください」

 て、押しつけられた物も、兄さまに押しつけた。いつまでも睨みあってないで、行く支度しましょ、兄さま!



 けれども、まだ旅立てない。


 いっしょに行くジュネさんとエドモンが、来てないのだ。

 集合時間は、ずいぶんオーバーしてるのに。


「すみません。うちの愚孫どもが……」

 セザールおじーちゃんが、アタシたちにペコペコと頭を下げる。

「お待たせして、たいへん申し訳ありません」

 さっきおじーちゃんが様子を見に行った時、二人ともベッドの中だったのだとか。

「もう一度見て参ります。少々、お待ちを」


 おじーちゃんがダッシュしかけた時、扉が開き、

「ごめんなーい、遅くなりましたー」

「……すまない」

 待ち人たちが部屋に入って来た。


「おまえたち! 勇者様をお待たせするとは何事じゃ! 猛省せい!」

 セザールおじーちゃんの怒声だけが、やけに大きく部屋の中に響く。

 他の者は、あっけにとられ二人を見つめた。


 二人とも、派手にイメチェンしてたのだ。


 思わず聞いちゃった。

「ペアルック……?」

 いや、髪型や衣服は、今まで通りなんだけど!

 顔の模様がそっくりなのだ。

 赤い染料で顔中に、波模様のような、蔦のような、複雑な模様が描かれている。


「いやぁん。ペア(・・)ルックだなんて! ジャンヌちゃんったら♪」

 両頬にそえた手にも模様が……首にも模様……。顔だけじゃなくて……

「ボディペィンティング?」

「そ」

 お美しい獣使いさまが、ウィンクをする。異様なフェイスペィンティングをしてても、やっぱ美人は美人だわ。綺麗。

「エドモンは全身に、あたしは前だけにね。ほら、後ろは自分じゃ描けないからー」

 へー これジュネさんが描いたのか。

「器用ですねえ……」


「は? それをおまえが?」

 兄さまが、やけにびっくりしている。

「こんな細かい模様をか? 嘘だろ?」


「んまあ。失礼ねー。あたし、お化粧は得意なのよ」

「いや、でも、おまえは、手先がものすごく……」

 腑に落ちないって顔の兄さまに、ジュネさんがふふんと笑う。

「あたしとエドモンを、より美しくする為の装いですもの。愛をこめて! はりきって! めいっぱい盛って、濃いお化粧をしたわ! ね、ね、ね、今日のエドモン、いつもの何億倍も美しいでしょ?」

「……ああ、そういうことか」

 兄さまが納得いった! って顔になる。


「それは……呪術化粧ですか?」

 テオの問いに、

「あら。よくおわかりで」

 ジュネさんが、ニッと笑う。

「こっちじゃ廃れてるのに、よく気がついたわね」

「獣使いが使うと、書で読んだことがあります。呪術文字を体に描くことで、自身や獣を鼓舞したり、獣への支配力を向上させるのですよね?」

「そうよ。彩色にも意味があるの。赤は情熱の色。太陽や血、ひいては命を表し、強大なパワーを宿らせるわ。邪悪な霊を退けたい時、戦勝祈願の時なんかに、好まれる色なの」

「なるほど……」


「あたしが施した呪模様で、エドモンのカリスマは更にパワーアップ! 二人の魅力は、相乗効果ですっごい膨れ上がってるのよ」

 へー

「最強の獣を更に強くできるパートナー……それが獣使いよ。超一流のあたしが助力するんですもの、エドモンが更に輝くのは当然ってわけ」

 つまり……

 エドモンは獣扱いなのね。

 まあ、わけもなく獣に好かれる人だし、ダーモットが言うには『獣の王』だし……強くなれるみたいだし。うん、まあ、それでも、いいのかも。

「うふふ。本番が楽しみ♪ ドラゴンに勝てるよう、エドモンをもっともっと美しく飾ってあげるんだから♪」

 呪術化粧は、デ・ルドリウ様対策なのか。


「それ、どれほどもつものなのですか?」

「この季節だと、一週間ちょっとかしら。ま、幻想世界に行って帰っての間なら、ぜったい色は落ちないわ」

 ほうほう。


「ね、ね、ね、エドモン、やっぱ、服脱がない? 呪模様は見せて歩いた方が効果がアップするのよ? 前髪をあげて、その素敵な両目も見せちゃいましょうよ! 竜王もきっとイチコロよ!」

「……やだ」

 大はしゃぎのジュネさんに比べると、エドモンの方はテンションが低い。

 ていうか、あくびしてる。


「眠そうだけど、大丈夫?」

「……ああ、まあ」

「へーき、へーき」

 美女にしか見えない獣使いさんが、妖艶な笑みを浮かべる。

「体はつらいけれど、心は満たされているから。エドモンを裸にして、一晩中あ〜んなことやこ〜んなことができたんですもの……あたし、幸せよ。夢のような一夜だったわ」


 しぃぃんと……辺りが静まりかえる。


 え?


 それって……


 えぇぇぇ?


 呪術模様のついた頬を、うっとりと赤く染めるジュネさん。

 その美しい人を、農夫が乱暴に蹴っ飛ばす。

「ばか」

 不機嫌そうに下唇をつきだしながら。

「変な言い方はよせ……描いて、乾かしてた。それだけだ」


 な〜んだ。

 そうか……

 あ〜 びっくりした!


 もうちょっとで、アリス先輩を召喚しちゃうとこだったわ!




 全員揃った。


 荷物を持って、兄さま、クロード、ジュネさん、エドモン、ニコラが、アタシの後ろに立つ。


 アタシは残る仲間達へと手を振ってから、瞼を閉じ、深呼吸。

 それからゆっくり目を開けた。


 今までは転移の時に、アタシの前にはお師匠様が居た。

 向かい合って額を合わせるのは、最初はすごく恥ずかしかった。

 接吻するみたいに顔が近かったから。

 慣れてきても、その綺麗な顔を見る度にドキドキした。


 けれども、今、アタシの前には誰も居ない……



 魔王が目覚めるのは、三十九日後だ。



 落ち込んでる暇なんかない。


 アタシは、幻想世界への呪文を唱え……


 魔法陣を通って、仲間達と共に幻想世界へと旅立って行った……


挿絵(By みてみん)


* * * * * *



 転移のまぶしい光が消えたと思った時には……


 ガクンと体が揺れた。


 全てがスローモーションのように、ゆっくりと見えた。


 みんなが驚いている。


 落ちる。


 落ちてゆく……


 足元には何もない。

 足場が崩れ、アタシは宙に放りだされたのだ。


 風を感じた……


「ジャンヌ!」

 兄さまの叫び声。


 大きな手が伸びて来る。

 救いを求め、アタシも手を伸ばした。

 だけど、届かない。

 アタシは仰向けのまま、落下している。


 頭が真っ白になりかける……


 天界から堕ちた時の記憶が、生々しく甦る……


「ヴァン!」

 命令じゃない。

 ただ名前を呼んだだけだ。

 けれども、風の精霊は、応えてくれた。


《危なかったな、オジョーチャン》

 アタシの体が、ふわりと宙に浮く。

 人の姿のヴァンが、お姫様抱っこでアタシを抱えてくれている。

 空中浮遊しながら。


 ヴァンの腕の中から、アタシは下を見た。


 崖下は海だ。

 灰色の海と泡立つ白い波が見える。


 そして……

 海が裂け、巨大なものが飛び出して来たのだった。

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