魔法陣反転の法
シャルロットさんが、裸戦士をひきつれて部屋に現れた!
見たところ……怪我はしてないみたい。
「おかえりなさい、ジャンヌさん。ご無事で何よりですわ」
「シャルロットさんこそ、大丈夫ですか?」
「あらあらあら、まあまあまあ。ご心配をおかけしてしまったかしら、ごめんなさい」
アタシの前で、ゴージャスな美少女が、くるりと回る。
「この通り、なんともございませんわ」
優雅なドレスがふわっと広がり、金の縦ロールの髪も美しく靡く。
お人形のように、綺麗で素敵だ……。
「先程、いつも私の後をついてくるゲボクさんが、突然、方向転換なさったの。最初は、使徒様が異世界からお戻りになられたのかと思いましたのよ。でも、ゲボクさんが向ったのは賢者様のお部屋で……体当たりで扉を壊して中に侵入していましたわ」
「雲ゴーレムが、お師匠様の部屋でいったいなにを?」
「これを持ち去ろうとしてましたのよ」
シャルロットさんの目配せに、アランが進み出る。
その手にあったのは……
『勇者の書 96――シメオン』
『勇者の書 39――カガミ マサタカ』
『勇者の書 7――ヤマダ ホーリーナイト』
『勇者の書 78――ウィリアム』。
幻想世界、精霊界とジパング界、英雄世界、エスエフ界の転移の時に使った、先輩たちの書だ。
「そのご本をどうなさるおつもり? と声をかけたら、突進してきましたのよ。あの時は、ほぉんと驚きましたわ」
シャルロットさんは口元に手をそえて、おっとりと笑った。
「なので、仕方なく魔法結界を張って籠って……ゲボクさんから、魔力を没収しましたの」
「魔力を没収?」
「ゴーレムは魔法生物。小石に戻らないよう、私、定期的に魔力を注いでさしあげていたでしょ。その流れを逆流させたのです」
「魔力を奪っちゃったんですか?」
「ええ。でも、安心なさって。全魔力は取り返してません。動く力を奪っただけよ。白雲の変化も解けていませんわ」
侯爵令嬢が、可憐に微笑む。
「ゲボクさんは、使徒様の大切なゴーレム。責任をもってお預かりした以上、お預かりした時の姿のままお返しするのが礼儀ですものね」
「シャルル様や俺が駆けつけた時には、使徒様のゴーレムは既に戦闘不能状態でした。賢者様の部屋の本棚の前で、彫像のように固まっていたんです」
「その上、お兄様が氷結の茨でゲボクさんを凍らせてしまいましたの。何かのはずみで動き出されては困る、慎重を期すなどとおっしゃって……ほ〜んとお兄様ったら、心配性さん。ノミの心臓ですわよね」
え? えっと……
「その後、シャルル様は、移動魔法でセザール殿たちを迎えに行かれました。間もなく、こちらに戻られるでしょう」
そうなのか。
「ジョゼ兄さま、そっちに行きませんでした?」
「ジョゼフ様? ええ。さっき、いらっしゃいましたわ。ご挨拶を交わしましてよ」
「兄さまは、何処に?」
キョロキョロするアタシに、
「北ですわ。バリバリさんの移動魔法で、ジュネさんを拾いに戻られましたの」と、シャルロットさんが答える。
「またジュネさんを置いて来てしまったのですって。そのことで、先日、お兄様に怒られたばかりですのに」
シャルロットさんが、コロコロと笑う。
「ジャンヌさんの炎精霊が、ジョゼフ様の炎精霊にジャンヌさんの帰還を知らせたのですの。それでいてもたってもいられず、バリバリさんの移動魔法でオランジュ邸に跳んでしまったみたい。ほ〜んと、後先を考えない方。直情的で、素敵ですわ」
あらま。
「……愛されてますわね、ジャンヌさん」
「はい、ありがたいです」
「うふふ」
「アラン、勇者の書をこちらへ」
テオがテーブルの上に、白地の布を広げる。
大きさは、花瓶敷ぐらい。色鮮やかで複雑な模様がいっぱい刺繍されている。
「なに、それ?」
「携帯用のミニ結界です。勇者様も、お手元の『勇者の書 24――フランソワ』をこの上に置いてください」
言われたとおりにした。
五冊の勇者の書が、白い布の上に積みあがる。
「第三者には触れられぬようにしておきます。勇者様自身の書を除けば、我々の手元にあるのはこの五冊のみ。盗まれるわけにはいきません」
「なんで、ゲボクは勇者の書を盗もうとしたのかしら?」
少しうつむき、テオが両腕を組む。
「推測の域を出ませんが……勇者様の託宣成就を阻もうとしてではなかろうかと」
「勇者の書で? どうやって?」
「それは……みなが集まってから説明します」
テオが、ちらりと視線を動かす。
そこには、にこやかに微笑むシャルロットさんが。
「シャルロット。すみませんが、退出してくれませんか?」
「あらあらあら。私、またのけものですの?」
おしとやかに口元に手をそえて、シャルロットさんが笑う。
「ほんとに、もう。テオ兄さまもお兄様も、秘密主義さん。でも、今回は、私も当事者ですのよ? ゲボクさんに襲われた理由ぐらい、知りたいわ」
「後ほど、事情は説明します」
「絶対ですわよ? あちらのことも……お教えくださいますわよね?」
シャルロットさんが、ソファーの方をみやる。
バイオロイドのポチに飲まれたピアさん、ピアさんの前に座る半べそのニコラ、慰めるアタシの精霊やリュカ。
彼等を見つめ、シャルロットさんはサファイアのような瞳を細める。
「私も、ニコラくんの友達です。お困りの時には、お力添えをしたいわ」
「ありがとう、シャルロット。後ほど必ず……」
と、そこで。
バーン! と扉を開けて、けたたましい人が入って来る。
「テオドール様。さきほどの轟音はなんでしょう? 私の発明品が爆発したなどという噂を耳にしましたが、事実でしょうか?」
ルネさんだ。
珍しく『迷子くん』を着てない。
ちょっと眠たげな目の、ダンディなおじさま姿だ。後ろにメイドさんを連れている。
「お? おおおお? 勇者様ではありませんか! これは、これは! おかえりなさいませ! 必ずや無事にお戻りになると、私は信じておりましたぞ!」
「ただいま」
などと挨拶してたら、
「いったぁ〜い!」てな悲鳴があがった。
見れば、ルネさんの後ろにいたメイドさんが派手に尻もちをついていた。
「なにこれ? 中に入ろうとしたら、目に見えない何かにゴツンとぶつかったわ! お父さま、扉になにか設置した? 『泥棒ホイホイ 君』とか?」
「いや、私は何も……」
「アネモーネさん。勇者様のお部屋は、関係者以外立ち入り禁止としました」
テーブルを離れ、テオが歩き出す。ソルが突貫工事で直した床を避け、扉の方へと。
「魔法結界を張り直したのです、今後、あなたは入室できなくなります。ご理解いただけますか?」
魔法結界?
「あ〜 そういえば、近々そんな風に変えるって話、シャルロット様から聞いてました! すみません、すっかり忘れてました!」
メイドさんが、ポンと手を叩く。
「じゃ、お部屋の中が真っ暗なのも、魔法のせいなんですね?」
「そうです」
こっちからだと、扉前の人がはっきり見える。
けど、向こうからだと、部屋の中は暗くて見えないのか。視覚遮断の魔法でも、かかってるのだろう。
「アネモーネさん、私とお部屋に帰りましょう」
「あ! その声は! シャルロットさま、ですね? シャルロットさまも、こちらにいらしてたんですか!」
「ええ。今、退出するところでしたの」
右の掌で扉の方を示しながら、シャルロットさんが振り返る。
「ジャンヌさん。あちらのお嬢さんが、ルネさんのご息女、アネモーネさんです。私の侍女として、オランジュ邸に滞在いただいてますの」
「え?」
ルネさんの娘?
あの子が?
なんで、シャルロットさんの侍女に?
てか……娘さん、意外と大きい。
同い年ぐらい?
こげ茶の髪の、ほんわかした感じの子だ。
「今はご紹介だけ。後日、あらためてお話できる場をもうけますわね」
それではごきげんようと微笑んで侯爵令嬢は楚々と立ち去り、その後をルネさんの娘が追いかけてゆく。
「アネモーネ! また、会おう! 次の出会いを、お父さんは楽しみに待っているよ!」
ルネさんがぶんぶん手を振って、娘の背を見送る。
やたら、ハイテンションだわ。
ほどなく仲間たちが揃う。
「勇者様、よくぞご無事で!」
「……その、……無事で……よかった……と、思う」
まずは、セザールおじーちゃんとエドモンを連れて、シャルル様が扉から入って来た。
つづいて、兄さまがジュネさんを伴って、やはり廊下から。
「はぁい、ジャンヌちゃん。大丈夫? なんかトラブルがあったんですって?」
「すまん、遅くなった。ジュネが支度に手間取って……」
「あら、失礼ね。とるものもとりあえず来たのに。清潔な格好をして、粉はたいて、眉を整えただけよ。最低限のみだしなみしかしてないわ」
ジュネさんが、兄さまにプンスカ怒る。
ずいぶん親しげ。
いっしょに北を旅してる間に、打ち解けたようだ。
「全員揃ったので、魔界での事を説明してもらいます……アラン」
惚け気味のアタシに代わり、裸戦士が説明役を担う。
お師匠様が、ブラック女神の器だったこと。
魔界に行くまで本人もそのことに気づいておらず、魔界の王のもとで覚醒してしまったこと。
デ・ルドリウ様の空間変替で、魔界から転移してしまったこと。
デ・ルドリウ様の友人のダーモットが、二人の行方を捜してくれていること。
魔界でアタシが増やした伴侶のこと。
アタシが真実の鏡を見てしまったこと等を、
私情をはさまずアランは簡潔に語り、
アタシの精霊たちや、ドロ様、クロードが、場面場面で説明をつけたし……
アランがすべてを語り終えた時、室内は重苦しい沈黙に包まれた。
信じられないって顔のセザールおじーちゃん。
ジュネさんやルネさんも、いつになく真面目な顔をしている。
沈黙を破ったのは、リュカだった。
「賢者が裏切ったとか、すっげぇマズくない?」
いつも通りの軽い口調で、リュカが疑問を口にする。
「いや、命を狙われてるのもマズいけどさ。それが賢者だったってのが、よけいマズイよな。賢者って、勇者のお守だろ? 魔王退治の旅につきそって、魔王戦も立ち会うもんなんだろ?」
「その通りです」
テオがメガネをかけ直す。
「賢者不在の魔王戦など、前代未聞です」
「カンタン様の代には……」
九十八代目勇者の仲間だったおじーちゃんが発言する。
「魔王城への道を、シメオン様が開かれました。魔王城は入口などない奇怪な城、賢者の導きがなければ魔王と戦えないと、聞き及んでおりますぞ」
「賢者は、魔王のもとへ勇者を導く者。現状では、魔王討伐が不可能となったとも言えます」
しかし、とテオが強い語調で言う。
「その問題は、今は保留しましょう。魔王戦は四十日後。まだ時間的に余裕があります。状況が変化するかもしれません」
「しねえだろ。賢者が暗黒の女神の器になっちまったんだから」
「かもしれませんね」
テオが息を吐く。
「ですが、今は、魔王戦のことよりも、さしせまった問題について相談したいのです。よろしいでしょうか?」
「さしせまった問題って?」
ジュネさんの問い。
テオは学者然とした顔を崩さないまま、よく通る声でアタシにとってお馴染みのアレを口にのぼらせた。
「《汝の愛が、魔王を滅ぼすであろう。愛しき伴侶を百人、十二の世界を巡り集めよ。各々が振るえる剣は一度。異なる生き方の者のみを求めるべし》。これが、百一代目勇者様が、神様からいただいた託宣です」
その通りだ、とアタシは頷きを返した。
「勇者様は七つの世界を旅し、私達の世界を含めると八つの世界で、魔王戦に臨む伴侶を求められました」
手元のメモに目を走らせ、テオは言葉を続ける。
「現在仲間は六十四人。勇者様は、あと四つの世界を巡って、各世界で最低一人は仲間を加え、合計三十六人を仲間としなければいけません。そうでなければ、託宣を叶えられません」
魔王が寝てる百日の間に、勇者は『勇者の使命』を果たす。託宣をかなえる準備をしておくのだ。
神様の託宣通りに戦わないと、魔王は倒せない……そう言われている。
「けれども、賢者様が敵方に寝返った今、従来の転移の法は使用できなくなりました」
「ならば、別の法で異世界へ渡ればいい」
シャルル様が、思案げに顎の下をさする。
「転移・召喚に関しては、残念ながら私は浅学なのだが……専門の魔術師も居る。悪魔支配者のランペールをはじめ異世界を旅した者、異世界から使い魔を召喚した者などの記録も残されている」
「ええ。別の魔法で異世界と接触する方法はあります。ですが、できればその方法は避けたい」
「なぜ?」
「シャルル。たった一つの魔法陣で、その世界に散在する者を同時に召喚できる魔法などありますか?」
「む」
口元に手をそえ、シャルル様が瞳を細める。
「無い、な。少なくとも、私が知る限り、無い」
テオが静かに頷く。
「異世界移動時に賢者様は、魔法絹布をご使用になってこられました」
魔法絹布は、アタシの部屋の隅に置かれている細長い布だ。
魔法絹布の上に勇者の書を置き、魔法を唱える事で赴くべき世界の魔法陣をそこに描いてきた。一番右端にあるのが、幻想世界への魔法陣。それから、精霊界、英雄世界、エスエフ界、ジパング界、天界、魔界への魔法陣が順に並んで記されている。
「あの魔法絹布には、賢者様の特殊な魔法防御がかかっています。勇者様達が異世界に行っている間、何人たりとも魔法絹布には触れられません。他にも、さまざまな呪がかかっています」
「個人的に、賢者様からご教示いただいたのですが……魔法陣は、異世界の伴侶と勇者ジャンヌ様を繋ぐ絆だと、賢者様はおっしゃっていました。勇者様や仲間の死亡時には、魔法陣の一部が書き換わるのだそうです」
「決戦日に、魔法陣を刻んだあの魔法絹布を魔王城に持ち込み、世界ごとに仲間を召喚してゆくのだとも伺っています。あの魔法絹布の魔法陣は、異世界の仲間と勇者様を結ぶ絆。あの絹布の魔法陣でなければ仲間の召喚はできぬのではないかと、私は推測します」
「てことは、これからも、勇者の書を用いてあの魔法絹布に魔法陣を刻んでいかなきゃいけないってこと?」
て、アタシが聞くと、
「それが理想です」と、テオは答えた。
「やっかいね……異世界への呪文がわからないのに……」
異世界への転移・帰還魔法の呪文や魔法陣の仕組みは、習った。メモもある。
だけど、全部の世界への転移・帰還魔法の呪文がわかってるわけじゃない。
呪文は世界ごとに異なる。正確な呪文を唱えなきゃ、異世界への道は開かないわけで……。
「問題は、それだけではありません」
テオがキリッと表情をひきしめ、視線をテーブルの上の勇者の書の山へと移した。
「先程もお伝えしました。が、私たちのもとにはこの五冊しか勇者の書が無いのです」
『勇者の書 96――シメオン』
『勇者の書 39――カガミ マサタカ』
『勇者の書 7――ヤマダ ホーリーナイト』
『勇者の書 78――ウィリアム』
『勇者の書 24――フランソワ』。
「この五冊の書を利用して、異世界に渡るしかもう道はないのです」
!
「なんで?」
リュカが、けげんそうに聞く。
「勇者の書ってのは、歴代勇者が書くんだろ? ねーちゃんの分を除いても、百冊あるんだよな」
「ええ、あります。……賢者の館の書庫におさめられている。そうですね、勇者様?」
テオの問いに、アタシは頷きを返した。
頷くしかなかった……。
「なら、賢者の館に取りにいきゃあ」
「リュカ君。それは不可能だ。我々は、賢者の館には入れない。行き来できるのは賢者様だけなのだよ」
テオに代わり、シャルル様が説明する。
「第一に、位置の問題。賢者の館は、とある山の山頂にある。人間の通れる道などない、断崖絶壁の急斜面ばかりの山だ。普通の人間では、館までまず辿りつけない」
「んじゃあ、移動魔法なら、」と、リュカが言いかけ、
「空を飛んでなら、行ける? 困ったなあという時には、これですぞ! 『迷子くん 飛行モード』!」と、発明家が声をはりあげる。
そんな二人に、少し黙ってくれたまえって感じに、シャルル様が手をあげる。
「第二に、防衛システムだ。第三者が入りこめぬよう、賢者の館にはさまざまな仕掛けがほどこされているようでね……あそこに忍び込み、生きて帰った者はいないのだよ」
「そうなの?」
「勇者の命を狙った魔王教徒、冒険家、大盗賊……記録に残っているだけでも、百名以上侵入していると思われるのだがね。生還者はゼロだ」
「殺されたわけ?」
その質問に、アタシは答えられない。
知らないから……。
「十年間、賢者の館で暮らしたけど、お師匠様以外の人には会ってないわ。誰かが忍び込んで来た騒動もなかったわね」としか言いようがない。
「勇者は使命の時を迎えるまで、世俗と交わらず、山の中の賢者の館で暮らさねばならない。そこから出る事はできず、外の世界の誰とも接触してはいけない。手紙を交わす事すらできない……賢者は、そう言ってたな」
苦々しい口調で、兄様が言う。
「侵入者がいたのだとしても、ジャンヌに気づかせぬよう、賢者がこっそり処分したんだろう」
……そうなのだろうか?
そんなことまで、お師匠様はやっていたのだろうか……?
勇者を守る為に……?
「賢者様は、歴代勇者様方の書を用い、書に刻まれていた魔法陣を魔法絹布に写し、異世界への扉を開かれました」
勇者が勇者としての生を終えた時、勇者の書の裏表紙に魔法陣の模様が浮かぶ。
その書を記した勇者の旅の跡……勇者の出身世界と、勇者が行った事のある世界への扉が刻まれるのだそうだ。
賢者だけが見える魔法陣模様なんで、アタシには見えないけど。
「賢者様の書には幻想世界の、七代目ヤマダ ホーリナイト様ことサクライ マサタカ様の書には英雄世界の、七十八代目ウィリアム様の書にはエスエフ界の、二十四代目フランソワ様の書には天界の魔法陣があります」
テオが『勇者の書 39――カガミ マサタカ』を手にとる。
「三十九代目カガミ マサタカ様の書のみ、二種類の魔法陣があります。出身世界のジパング界と、修行に赴いた精霊界。その二つの世界の魔法陣が刻まれています」
でも……
幻想世界、英雄世界、エスエフ界、天界、ジパング界、精霊界なら……
「ここの書から行ける世界には、ぜんぶ行っちゃってるわけよね?」
テオが頷く。
詰んだ……?
アタシ、託宣を叶える術を失ったわけ?
「なので、魔法陣反転の法を使おうかと思っています」
魔法陣反転の法……?
「て、なに?」
「とある魔法陣の裏世界へ行く為の技法です」
へー
「アランたちが魔界に赴けたのも、『勇者の書 24――フランソワ』に私が魔法陣反転の法を用い、天界行の魔法陣を魔界行のものに置き換えたからなのです」
おぉ!
そんな便利な裏技があったとは!
「じゃ、幻想世界とかの裏世界に行けばいいのね?」
「ええ。理論的には可能なはずです」
ん?
テオが息を吐き、左手でメガネのフレームを持ち上げる。
「どの世界に赴くかで呪文は変わります。呪文を全て裏世界用に正しく置き換えて唱える必要があります。一字でも異なれば、技法は発動しません」
苦々しい顔で、学者先生が言葉を続ける。
「幻想世界、精霊界、英雄世界、エスエス界、ジパング界。その全ての魔法陣反転の法を、私は存じません。各種機関に問い合わせてみますが、場合によっては一から研究を始める事となるでしょう。どれほど時を要するか……数日で済めば良いのですが、場合によっては数ヶ月……」
……やっぱ、詰んだ?