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きゅんきゅんハニー  作者: 松宮星
幻想の野ふたたび
161/236

狙われた勇者

 魔界からの帰還の魔法。


 転移のまぶしい光が消えるとアタシの前に……テオが居た。


「勇者様……」

 テオがアタシを見つめる。

 目をそらすのも、惜しむかのようにまっすぐに。

 学者的な鋭いまなざしじゃない。

 熱い瞳だ。

 目を細め、口元をわななかせてる。その顔は、泣いているようでもあり、笑っているようでもあった。

「よくぞご無事で……」


「ただいま」

 アタシは笑みを浮かべて、テオの視線に応えた。

「心配かけて、ごめんなさい。みんなのおかげで、還って来られたわ。ありがとう」



 テオが、魔法絹布の前の仲間たちを見渡す。


 グースカ寝こけてる使徒様。


 アランに支えられているドロ様。


 天使コスプレはどうにか脱いだけど、まだ顔にお化粧が残っているクロード。


 アタシの後ろにいる仲間は……四人だ。


「賢者様は? ご一緒ではないのですか?」


 ズキンと胸が痛んだ。


 ここにいるのが当然の人が、居ないんだ。

 問われるのは、わかっていた。

 なのに、いざ説明しようとすると、言葉が出てこない。


 お師匠様が、ブラック女神の器だったの。

 正体がバレて、デ・ルドリウ様と逃げたわ。

 デ・ルドリウ様は空間変替(コンバート)で、異世界にも跳べるのよ。今、幻想世界に居るのかどうかすらわからないの。

 デ・ルドリウ様の友人の不死者の王(リッチ)が、二人の行方を捜してくれてるわ。


 それだけのことが、どうして口にできないのか……。


「緊急事態です、テオドール様」

 まずはドロ様をソファーに運び、つづいて使徒様を抱え上げながらアランが言う。

「賢者様が、ブラック女神の器でした。現在、幻想世界の竜王と逃走中です」


「え?」

 目を丸めるテオに、アランが穏やかな声で要求する。

「すぐに勇者様の仲間をお集めください。後、治癒のできる者の手配を。使徒様とアレッサンドロ殿が、ひどく消耗しておられます」


「……わかりました」

 テオは、いつも通りの学者の顔で答えた。

「シャルルに、仲間の招集をさせます。あれは、移動魔法が使えますから。使徒様たちの治癒は……別室で、魔法医に頼むとしましょう」


「待ってくれ」

 ソファーに体を預けてるドロ様が、軽く右手をあげる。

「……俺ぁ、寝不足でバテてるだけだ。医者に診てもらうほどじゃあない。……このまま、会議に参加させてもらえませんかね?」

「大丈夫なのですか?」

「ああ」

 ドロ様がニヤリと笑う。

「俺は占い師だ……勇者さまを、より良い方向に導けるまで……休むわけにはいかない」


 ドロ様……


 胸がキュンキュンした。


 テオはしばらくドロ様を見つめてから、メガネをかけ直した。

「わかりました、同室を許します。ですが、体調次第ですよ。私には医学の知識もあります。無理だと判断を下した時には、強制的に休息させます。いいですね?」

「……了解だ、学者先生」

 ドロ様が闇精霊ニュイを呼び出し、自分の治癒にあたらせる。魔界での争いの中、他の七精霊は四散してしまい、残っているのは。ニュイだけだそうだ。



 魔法絹布の上の『勇者の書 24――フランシス』を拾い上げた。


 書をどけた箇所には、魔法陣が刻まれていた……魔界とこの世界を繋ぐ魔法陣だ。

 魔界へ渡る呪文を唱えたのはお師匠様で、

 帰還の呪文はアタシが唱えた。

 行きと還りで術師が違っても、魔法陣は完成するようだ。次元の壁を越えるのに、同じ『勇者の書』を使えば、問題ないのかも。


 広げられた巻物のような魔法絹布。そこには、幻想世界、精霊界、英雄世界、エスエフ界、ジパング界、天界、魔界……七つの魔法陣が並んでいる。


 天界に渡る時までいつも、お師匠様といっしょに呪文を唱えた。


『いずれ、おまえは賢者として、次世の勇者を異界に導くのだ。今のうちにその法も覚えておけ』


 お師匠様は、アタシと額を合わせて呪文を詠唱した。

 そうすると、さらっさらの髪が頬を撫でたりして。

 向かい合う度、ドキドキした。


 キスができそうなほど近かったし……


 お師匠様が……とても綺麗だったから。



 魔法絹布をぼんやりと眺めていると、ポンと肩を叩かれた。


 幼馴染(クロード)が、へらっと笑っている。

「荷物おろそう、ジャンヌ」

「……そうね」

「座ろうよ、疲れたでしょ?」

「ええ」


 アタシがボーッとしてる間に、テーブルに居たはずのテオ、それにアランの姿が、部屋から消えている。

 うるさいいびきも聞こえない。

 使徒様を別室に運んでったのかな?


 幼馴染が、ちょこまかとたち働く。

 テーブルの上の水差しでコップに水を注ぎ、まずはアタシ、つぎにドロ様のもとへ水を運ぶ。

「有難う、クロードくん」

 ドロ様が笑顔で水を受け取っている。

……気が利くなあ、クロード。

 アタシも見習わなきゃな。



 頭上で、何かが動いたような気がした。

 見上げると、白いものが。


「え?」


 天井をつきぬけ、白いものがぬっと現れる。

 そのまま重力を感じさせない動きで、ふわりと飛び降りて来たのは……髪も、顔も、体も、全てが白くて半透明の子供だ。


「ニコラ君」


 宙に浮かんだままのニコラ。その可愛らしい顔に笑みがこぼれる。

《ジャンヌおねーちゃん!》

 ニコラが、アタシの腕の中に飛び込んでくる。

《おねーちゃん……おねーちゃん……おねーちゃん》

 軽い……重みなど、まったくない体だ。

 けれども、その手は、強くアタシを抱きしめている。

 ここにアタシが居るんだと、噛みしめるように。

《生きててよかった……》

「ニコラ君……」

《おねーちゃんが、無事に還ってこられますようにって、神さまに毎日毎日おいのりしてたんだ……おねーちゃんが幽霊にならなくてよかった》


 胸がキュンキュンした……


《おねーちゃんが死んだら、みんな泣くよ。ぼくもジョゼおにーちゃんもテオおにーちゃんも……だから、》

「心配かけて、ごめんなさい」

 ニコラをぎゅっとし返した。

《ぜったい死んじゃダメだからね……幽霊はさびしい……すっごくさびしいんだよ》

「うん。もうバカしないように気をつける。ほんとに、ごめんね」

 ニコラの白い頭を、優しく撫でた。



「ニコラ! ずっこいぞ! 壁抜けでショートカットしやがって!」

 扉を開け、リュカが部屋に飛び込んで来る。少し遅れて、シャルル様も。

 アタシに対し『よぉ』って感じに手をあげてから、リュカはソファーに向かった。

「生きてる?」

 ひどい問いかけに対し、ソファーから弱々しい返事が返る。

「……ああ、どうにかこうにか、な」

「ケッ! どうせ死にたがりの、悪い病気が出たんだろ? 自業自得だ」

 リュカは、ドロ様の手の中のほとんど空になったコップを気にした。

「まだ飲む?」

「いや……持って来るんなら、そこの俺の荷物にしてくれ。あん中に、いい気分になれる、とっておきの気付け薬が……」

 ニッと笑うドロ様に、

「くたばれ、アル中」

 リュカは拳を向けた。といっても、額を軽〜くコツンとしただけ。

魔界(あっち)じゃ、荷物を途中で無くすわ、手持ちの煙草を使徒さまに喜捨させられるわで、さんざんだったんだ……還ってきたんだ、ちょいとハメ外してもいいだろ?」

「顔色がいまの百倍よくなったらな。それまでお預けだ、バーカ」




「おかえりなさい、ジャンヌさん。モン・アムール……私の太陽……」

 うわっ!

 びっくりした!

 いつの間にか、シャルル様がすぐそばに!


 シャルル様のサファイアのような瞳が、凝っとアタシを見つめる。


「ああ、ジャンヌさん、あなたがいらっしゃらない世界は深き嘆きに沈む闇のようでした。太陽よりも艶やかなモン・アムール……私の心の中の萎れた花は、あなたとの再会の喜びで甦りました」


「あれぇ?」

 リュカが聞こえよがしに呟く。

「その口説き文句、聞き覚えがあるぜ。勇者のねーちゃんには、もう使ってたよなー ジパング界でだっけか?」


「む」

 ちょっとだけ沈黙し、それからシャルル様がフッと憂いを帯びた表情となる。

「……申し訳ありません、ジャンヌさん。あなたの美しさを目の当たりにして、愚かな私は美しいとしか言えなかったようです。私は恋のしもべ……あなたの笑顔の虜……あなたのすべてに惹かれるものなのです」


……あいかわらずね。

 シャルル様もリュカも、ぜんぜん変わりがない。

 ぜんぜん……


 いつも通りの仲間たち。

 いつも通りの会話。


 だけど、ここには……

 いつも居た人がいない……


 そう思ったら、ちょっとだけホロッときた。


《おねーちゃん?》

 ああ……ダメ、ダメ。

 弱気になっちゃ、ダメ。

 ニコラを心配させちゃう。


 笑顔をつくってみせた。



「ここに居たのですか、シャルル」

 テオとアランが、戻って来た。

「遊んでないで、手伝ってくれませんか? あなたに用事を頼みたいのです」


「やれやれ……。遊んでなどいないよ、テオ。女性に対し、私はいつも真剣だ」


 テオに呼ばれ、シャルル様は扉の方へ。

 脇によけ、三人は立ったまま、小声で話を始めた。



 アタシの隣に、ニコラが腰かける。

 クロードが、あたふたとシャルル様のもとへと向かった。ボワエルデュー侯爵家の護符を()られたことを謝りに行ったのかな……? 盗んだのは、お師匠様だけど……。


 ぼんやりとそんなことを思ってたら、キィィっと音を立て扉が開いた。


 扉から、顔を半分覗かせているのはオレンジ・クマさんだ。

 口から鼻のあたりだけが白みがかっている。もこもこの毛皮、つぶらな黒い瞳、小さなお鼻、小さなお口、丸いかわいいクマ耳。

 頭が、とっても大きい。だもんで、体は丸々としてるんだけど、細く見える。

 二頭身の愛らしい、ぬいぐるみそのものの姿だ。


《ピアさん》


 ニコラの呼びかけに、こくりと頷き、ピアさんがとてとてと歩いて来る。

 扉を半ば開けたまま。

 後ろ足で立って、大きな頭を振り振り。

 アラン、テオ、シャルル様、クロードの横を通り過ぎ、

 テーブルのアタシたちの方を目指して。


 駆けてくるスピードが、だんだん速くなる。

 だんだん、だんだん……。

 あの短い足で走れたんだ。


 そして、ジャンプ。


 アタシは、そんなピアさんを、ただ眺めていた。


 走り幅跳びみたいなジャンプだなあと、のんきに……


 そんなアタシの視界を、突然、大きなものが覆った。


 ガキン! と。

 大岩と大岩がぶつかり合うような鈍い音がし、つづいて雷が落ちたような派手な音が響き渡った。床の一部が崩れたのか、瓦礫と粉塵が舞い上がる。


 何が起きたのかは、さっぱりわからなかった。


 けれども、アタシの視界を塞いでいるのは……

 覚えのある、大きな背中だった。

 男は背中で語るものと言わんばかりの、がっちりとした頼りがいのある背。

 シャツにズボンの、簡素な格好。まとう気がとても猛々しい。服を着ていても、鍛えているのがわかる、

 首の後ろで一つに束ねた癖のある髪。肩をすぎるくらいの黒髪をなびかせる、その人は……間違いなく……


「ジョゼ兄さま!」


 どこから湧いたの?


「……なにがあったのかは、知らん」

 兄さまは両足を大きく開いて立ち、腰をぐっと落とす。格闘家の迎撃のポーズだ。

「本音を言えば、拳を向けたくない……」

 低い声には、苦渋がこめられている。

「抵抗をやめてくれ。頼む、ピアさん!」


 ピアさん……?


 再び、激突音。


 そして、何かがふっとび、ズシャシャッと音を立て、床にめりこむように転がってゆく。


 床に半ば埋もれているのは、オレンジ色のゴーレムで……


《ピアさん!》

 ニコラの悲鳴が、響き渡った。


 瓦礫の中から、可愛らしいオレンジのクマが、ヨロヨロと起き上がる。

 動く度、砕けた床が、更なる重みでボロボロと壊れゆく。


 そうだ……


 ピアさんは、ゴーレムなんだ。


 ぬいぐまみたいに可愛いけど、大岩みたいに重いのだ。アタシやクロードじゃ抱き上げられなかった。


 そんなピアさんに、ダイブされたら……

 霊体のニコラはともかく……

 そのそばに居たアタシは、ぺっしゃんこに……


 ゾッとした。


 ピアさんが、アタシを殺そうとした……?


《ピアさん、どうしちゃったの? やめて! やめてよ!》

 ニコラは涙声だ。

 兄さまの背にすがりついている。

《ジョゼおにーちゃん、ピアさんをなぐらないで!》


「すまん、ニコラ。俺も殴りたくないんだが……」

 跳躍したピアさんを、兄さまが右手一本で叩き落とす。


「もう起き上がるな! 降伏してくれ!」

 兄さまの命令に抗い、オレンジのクマが立ち上がる。


 兄さまのゴーレムなのに、言うことを聞かない。


 兄さまよりも上位の存在に、命令されているとしか……。


 ピアさんは、兄さまを仮の主人とした時に『森のクマさん』のピアさんの姿になったものの……もとは魔力のこもった小石で……

 その魔力を与えたのは、竜王デ・ルドリウ様。


 ピアさんの本当の主人は、デ・ルドリウ様なのだ。



「……我が魔力が、願わくば、あの愚かなるものの縛めとならんことを。不滅の呪縛」

 シャルル様が呪文を詠唱する。

 けれども、ピアさんの動きは止まらない。

 兄さまが、また、ピアさんを叩き伏せる。

 ピアさんは、床にぐしゃっとめりこんだ。


「私の呪縛魔法が効かないだと?」


「ピアさんは、魔法防御力が高いんだと思います!」

 叫んだのは、クロードだ。

「ピアさんが生まれた幻想世界は、大気にまで魔力の源があふれてました! 小石でも、純度の高い魔力結晶と同じじゃないかと!」

 しかも、それにデ・ルドリウ様の魔力まで注がれているわけだから……魔法はほぼ効かないんじゃ?


 呼び出しても無駄かもしれない。そうは思ったけど、

「ピオさん、ラルム、ヴァン、ソル、ピロおじーちゃん、レイ、ピクさん」

 ルーチェさんを除く、七体の精霊を呼び出した。

 応えてくれたのは、炎、風、土、氷、闇。五体の精霊がぬいぐま姿で現れる。


《やだよ……やめてよ。ジョゼおにーちゃん、ピアさんが死んじゃう……やだやだやだ! こんなのいやだ! いやぁぁ!》


「お嬢ちゃん、ニコラくんを」

 ドロ様に叫ばれるまえから、アタシも動いていた。

 頭を抱え泣き叫ぶニコラ。

 小さな白い幽霊を、腕の中に抱きしめたのだ。

《いやだ……ピアさん……ピアさん……》

「大丈夫よ、ぜったい大丈夫だから」

 根拠のない『大丈夫』を繰り返し、アタシは白い幽霊を抱きしめ続けた。

「兄さまは、ピアさんを殺したりしない。兄さまも、ピアさんを愛しているんだもん。ニコラといっしょよ」



「……   様と子と聖霊の御力によりて、奇跡を与え給え。先制攻撃の法!」


 先制攻撃の法? テオ?


 空間がぎぎん! と、きしんだ。


 今にもアタシに飛びかかってきそうだったピアさん。

 その動きが、ぴたっと止まる。


 テオは両手を交差させ、あさっての方に顔を向け、腰をひねって立っていた。

 初めて見たけど、『先制攻撃の法』発動ポーズなんだろう。  

「先制攻撃の法発動中です。我々全員が攻撃しない限り、クマ・ゴーレムは敵対行動をとれません。いまのうちに捕獲し、拘束してください」


「え? なに、学者のにーちゃんの技法が通ったの?」目をパチクリさせるリュカに、

「技法は、古代宗教の教えだ。魔力を一切使わない。もたらされるものは、神の奇跡……魔法ではないのだよ」と、何処か悔しそうにシャルル様。


「ピアさんがこれでは……使徒様の『ゲボク』もどうなっているか。あれは、シャルロットと共にいるはず……」

 急ぎ退出するシャルル様の後を、

「お伴します」

 アランが追いかける。



「ピアさん、抱き上げるぞ?」

 ピアさんの前にしゃがみ、兄さまがオレンジのクマを抱え上げる。

 ピアさんは、カチンコチンに固まっている。ほんものの石像みたいだ。


「闘争心ゆえに、一時的に体が硬直しているだけ。いずれ普通に動けるようになり、戦闘以外の行為が可能となります。逃走をはかるかもしれません。拘束してください」


《ピアさんをしばるの?》


「そうです」


《そんな……》


「ニコラくん。勇者様のお部屋で、私はあなたとピアさんを見てきました。ピアさんがどれほど優しいかも、あなたがどれほど励まされてきたかも、よく存じています。あなたの大切なピアさんを、私も救いたいと思っています」


《テオおにーちゃん……》


「ピアさんは、おそらく竜王に操られているのです」


《……うん》


「狙われた勇者様もお気の毒ですが、ピアさんもかわいそうではありませんか? ほんとうは勇者様を襲いたくなかったでしょうに、無理矢理戦わされているのですから。正気に戻るまで縛っておいてあげた方が、ピアさんの為です」


《ピアさん……もとにもどる?》


「わかりません」

 テオがメガネのフレームを押し上げながら言う。

「しかし、私は学者です。勇者様の為、そしてニコラくんの為、情報を分析し、この状況を打破する方法を探していこうと思っています」

 一呼吸おいてから、テオはニコラに微笑みかける。

「力を貸してくれませんか、ニコラくん? いっしょに最善の道を探しましょう」


 アタシの腕の中から飛び出し、ニコラは駆けて行った。

 泣きながら、テオのもとへと。


 テオに抱きつくニコラに、アタシの胸はキュンキュンした。



《はい、はい、はーい。提案》

 背のショート・マントをたなびかせ、緑クマさんが右手をあげる。

《ピアさんに、ぴったりの檻があるんだけどー どうかな?》

「檻?」

 緑クマさんが頷き、アタシを指さす。

《そ。オジョーチャンのポチに、檻になってもらうんだ》



 ポチは、緑がかった半透明のゼリーもどき。スライムそっくりな、バイオロイドだ。

 微弱なテレパシー能力を持っていて、所有者(アタシ)の心を読んで、形を変える。

 バリア変化すれば、(せかい)を破壊するミサイルの直撃にも耐えられる。


 そんなポチは、今……


 アタシの部屋のソファーのそばで、チェスト・サイズになってたたずんでいる。

 その中に、ピアさんを飲み込んで。

 ぐにょぐにょぶるぶるなポチが、ピアさんの全身を包み込んでいるのだ。

 中のピアさんは、水中にいる感じ。短い手足をいくらパタつかせても、動きがスローモーになってしまう。

 勢いを殺がれて、暴れることも、逃げることもできないのだ。


《ポチくんはー サバイバル型バイオロイドなんだって。培養カプセルにしばらく入んなくても大丈夫みたいー ジャンヌがどうにかするまでー ピアさんには中に入っててもらおう》

《ピアさんはぬいぐまサイズじゃて、ポチの中で立ったり座ったり、寝転がったりできるクマー そなたとも毎日顔を合わせられる。寂しくはなかろうクマー》


《ピアさん……》

 リュカやクマさんズに囲まれ、ニコラはポチの前にしょんぼりと座りこんでいる。


 床に開いた穴は、土精霊(ソル)が修繕中。

 周囲を掃除し、ドロドロの粘土みたいなものを流し込んで平にしている。

 そこだけ周りと見た目が変わっちゃうけど、穴自体は綺麗に塞がるのだそうだ。


 騒ぎを聞きつけて来たオランジュ邸の家人には、テオが対応した。ルネさんの発明品が爆発しただけ、片づけは自分たちでやる、そんな説明でごまかしてる……。



 ヴァンが内緒話してくる。

《いずれ、ゴーレムは魔力(ねんりょう)切れになる。そのまえに、ケリつけたいよな》

 うん……

 ピアさんやゲボクは、シャルロットさんからずっと魔力を貰っていた。

 魔力が切れたら、石に戻ってしまうから……。

 ポチの中に入れられたままで、魔力って貰えるのかしら?

 出さないと、無理?


 ていうか……

 シャルロットさん……

 無事かしら?

 あっちで、ゲボクも暴れてるんじゃ?


「……ピアさんはもう大丈夫そうだな。俺もシャルロット様のもとへ行こう」


 兄さまの大きな手が、ポンポンとアタシの頭を撫でる。


 見上げれば、笑顔があった。

 日に焼けた肌に、無精髭、もともと、眉は濃いわ、まつげ長いわ、ちょっとだけ顎の先が割れてるわ、目鼻立ちがくっきりしすぎてるわで、いわゆる『くどい顔』だったんだけど……


 ますます男臭く、野性味にあふれた兄さまは……とても格好良く見えた。


《ごめんなさい〜 ジョゼ〜 そのまえに、ちょっとだけ〜》

 兄さまの体から、ピンクのぬいぐまがぬっと出て来て、ソファーに向かって走って行く。バレリーナの白いチュチュを着た、ピナさんだ。

《ピオ〜》


 アタシの赤クマさんが、ソファーから飛び降りる。

《ピナー》


 ひしっと抱き合う、ピンクくまさんと赤くまさん。


 別れ別れになっていた炎の精霊の再会だ。



「すまん、俺も少しだけ」

 ぐっと引っ張られ、抱きしめられた。

 小柄なアタシは、抱かれると兄さまの腕の中にすっぽりとおさまってしまう。


 厚い胸板。

 汗の混じった、兄さまの匂い。

 力強い鼓動。


 全身で、兄さまを感じる……。


「おまえが無事でよかった……」


 ぎゅっと抱きしめてから、兄さまがそっと離れる。

 兄さまの左腕には、しがみつくようにピナさんがくっついていた。


「クロード、ピオさんたち。ジャンヌを頼む」


 そして、フッと消えてしまう。

 空にのみこまれるように、唐突に。


 今の、なに? 


 移動魔法っぽかったけど……


 兄さまが? 移動魔法?


《いや、今のは移動魔法じゃない。光精霊の光速移動だ。速すぎて、オジョーチャンの目には消えたように見えただけだ》と、ヴァン。

《あんたの兄さん、いい感じに強くなってるよ。炎と光、二体の精霊の力を、うまいこと自分の格闘にとりこんでる。修行の成果だね》


 そう言えば、お礼を言い損ねた。

 ピアさんから、アタシを守ってくれたのに。


 大ピンチに駆けつけた、逞しい背……


 思い出すだけで、胸がキュンキュンした。

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