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きゅんきゅんハニー  作者: 松宮星
堕ちた勇者
155/236

Love or Death

 俺は、人間の過去と未来を読む悪魔だ。


 ある人間が辿って来た道をみつめ、その人間の未来を視る。


 未来は、一つじゃあない。

 何百、何千も存在する。

 未来は、本人或は他人の行動によって変動してゆくものであり、神魔の介入によっても大きく変わる……。




 昔、とある男と契約を結んだ。


 ギラギラした男だったよ。


 知識欲が旺盛。権威欲も性欲も物欲も人並み以上。

 気位が高く、傲慢丸出しで、幼稚。

 小心さや臆病をひた隠しにし、薄っぺらい虚勢を張り続けた。


 実に……人間らしい、人間だった。


 そいつの名前や契約内容は、伏せておく。

 ま、守秘義務ってヤツだ。


 ともかくも。

 そいつの野望成就の為に、俺はあれこれ力を貸したわけだ。

 その流れで、助言者かつ従僕として、俺自身も貸し与えた。


 その俺のなれの果てが、今、アレッサンドロと呼ばれるものだ。


 分身……

 いや、分裂と理解してくれ。

 悪魔ってのはな、自分を増殖できる。

 存在の在り方が多次元的である為、複数の世界で同時に存在できるんだ。


 分身魔法のように、本体が分体を生み出すわけじゃない。

 主も従もない。

 複数の世界に存在する全ての俺が、俺なのだ。

 全世界の自分と意識を共有し合い、互いの経験を共有していた。


 それが……

 ある日を境に、あんたの世界との精神共有(ライン)がプツンと切れちまってね。

 あっちが見えなくなった。

 あっちの俺は光のものに滅ぼされたんだろうと、思ったね。よくあることなんで、さして気に留めなかったが……


 まさか、『人間』にされてたとは。

 神も、たまに、愉快なことをしてくれやがる。



 王の城で、アレッサンドロに会ったよ。


 王が知らせてくださったんだ。


 あれが、俺であることは、視えるものにはすぐにわかること。

 どう処分するかは、一任された。


 で……

 あいつと、あれこれ話をした。


 なかなか興味深い時間だった。

 あの野郎には、神の制約がかかっている。あれも駄目、これも話せねえと、口は重かったが……

 何と言えばいいのか……

 うん……面白かった。


 精神共有(ライン)が切れた自分と話すのは、初めてだったしな。


 薄膜の張った氷越しに、景色を眺めている気分というか。

 手が届きそうなのに、届かねえ。

 話せば話すほど、歯がゆくなった。


 あれは、もう……

 別の存在だ。


 頭の中がよく似た他のもの……とでも思うことにした。


 今更、合体できねえし。

 あれが『人であり続ける』限り、とりこむ意味もねえ。


 あれに関しては、放置することにした。


『人の輪』から脱した後、あいつが望むんなら一緒になってやってもいいが……

 フフッ。

 多分、ないな。



 まあ、それはいい。


 ただ……話していて、あんたのことが気になってね。


 アレッサンドロの世界の勇者であり、

『運命の女』、

 神の使徒すら伴侶に巻き込む無謀な女。


 絶世の美女か、聖女か、無垢な子供か。


 どんな女か知りたくなって、ラモーナの作戦に協力したってわけだ。

 役どころは、牢獄長の前座。

 最上階まであんたが辿り着いたら、好きに料理していいって言われていた。

 殺すも閉じ込めるも、俺の気持ち一つだったんだが……


『勇者の呪い』をかけられて、俺の方が弄ばれるたぁね。

 参ったよ。




 さて。


 自分語りは、これぐらいでいいかな?


 俺の名前を当てた勇者よ。

 望む知識を与えよう。


 過去と未来を見通すものに問うがいい。


 何が知りたい?


 王のもとへと通じる道か?


 仲間の安否か?


 仲間を救う術か?


 ねじれた運命の正し方か?


 俺の持つ知識は、何でも伝えよう。



* * * * * *



《あんたの大切な師と仲間は、牢獄(ここ)には居ない……王のもとだ》


 玉座の大侯爵は、頭と背に黒い翼を持つ、青黒い肌の異形だ。

 衣装も、南国の王さま風。上半身は裸、南国風の長い腰布と、きらびやかな装身具、右手には床に届く長い王笏まである。

 けど、フフッと笑うところや、話し方、男くさい表情はドロ様そっくりで……不思議な感じ。


《このまま囚われていることをお勧めする。牢獄長室を出て仲間の救出に向かえば、魔界の王との対決は必至……死ぬぜ》


 アタシは喉を鳴らした。


《王の戦闘力は、魔界随一だ。この俺も王の前では赤子に等しい。力なき者は御前にあがるだけで吹き飛ぶのが運命(さだめ)……。今のあんたが王と対峙したって、瞬殺されるだけだ》

 ドロ様の分身は、口角をあげて笑った。

《運よく、生き延びられても……託宣を叶える(すべ)を失うだろう。勇者として『死ぬ』ことになる。待っているのは、破滅だ》


「だから、囚われてろと?」


《さっきも言ったが……あんたの仲間三人は、いずれ解放される》

 目を細め、大侯爵がアタシを見つめる。

 アタシの未来を、読み取っているのだ……たぶん。


《いま、三人は客人として遇されている。魔界風の歓待を受けているのさ……》


 え?


「歓待?」


 美女悪魔に囲まれて、飲めや歌えの大宴会をしている三人をイメージしてしまった。


 いやいやいやいや!


「無事なの?」

 牢屋に閉じ込められて、拷問されてるとか、殺されかけてるとか……そんな想像をしてた。

 だって、魔界で罪人となった不死者は公開処刑場に送られる、死ねぬ身に永久の責苦を負わされるんだって、吸血鬼王が言ってたから……。

《五体は満足だと教えたはずだが?》


 良かった……。


《無理をして助けに行ったところで、メリットは薄い。どころか、あんたが下手に動けば未来はねじまがる……俺が視る限り、三人が魔界(ここ)で死ぬ未来はなかった。しかし、》


「しかし?」


《『勇者』が動けば、運命は劇的に変化してゆく。『勇者』は、存在するだけで世界に影響を及ぼしてゆくものだ。死にゆく運命のものを生かすこともあるが、死なぬ運命のものを殺してしまうこともある》


 それって……

「アタシが救出に向かえば、マルタンたちが殺されるかもしれないの?」


 声をあげ、玉座の悪魔は笑った。

《他人より、自分を案じな。救出に向かえば、あんたは、ほぼ間違いなく死ぬんだぜ》


 むぅぅ……


牢獄(ここ)で囚われる方がマシって言ったわよね? どれぐらい捕まってればいいの?」


《さて……》

 軽く頭を振り、大悪魔は杖持たぬ手の方で顎を撫でた。

《未来は変化してゆくものだ……確たる時は、告げられない。だが、視たところ……早ければ数時間後、遅くとも三十日後には、仲間たちは解放されている。その後、揃ってもとの世界に還れるぜ》


「三十日後?」

 冗談じゃない!

「そんなに長く魔界に留まれないわ。魔王が目覚めるのは四十日後。アタシは、あと四つの世界を旅して、三十七人を仲間にしなきゃいけないのよ!」


《魔界に三十日滞在した後に、託宣を叶える未来もある……》

 大侯爵が、ニヤリと笑う。

《囚われたまま、仲間探しをするのさ》

「へ?」

《……魔界には、特殊ジョブがゴロゴロしている。私刑執行人・悪魔合成士・魔界司書……。魔界貴族やその配下。望むのなら、特殊なジョブの美形悪魔に引き合わせてやるぜ》

「いや、でも、」

《三十三人を選んじまえば、残りは四人。魔界に三十日滞在したところで、魔王戦当日をのぞき九日もあるんだ。四世界で四人ぐらい、いけるだろ?》


 それは、そうかもしれないけど……


 魔界に長期滞在か……


 気が進まないけど、でも……。


「ここに留まれば、仲間たちもアタシも安全なのね?」


 美丈夫の悪魔は、目をぎょろっと見開き……

《な、わけねえだろ》

 それから、声をあげて笑い始めた。

《『安全』なんかない。魔界滞在が長引けば長引くほど、魔族の仲間を増やせば増やすほど、光の加護は遠退き、あんたは窮地に陥っていく》


「え?」


《当然だろ? 魔界堕ちした勇者を、天界が見過ごすはずがねえ。堕落認定は、免れない……刺客を放たれる未来もある。天界神と長老神に見捨てられる未来も……》


 え〜〜〜〜


《健康被害もある。魔界の瘴気は、人間には有害だ。あんたや仲間が病に倒れ、仲間が癒えぬ深手を負い……ああ、そうだ、還らぬあんたたちを案じ、あんたの世界の仲間が捜索にうって出て遭難する未来もあるか……》

 ちょっ!

「なに、それ!」


《留まるも地獄、去るも地獄さ。俺には、あんたの未来が何千と見える。だが、そのほとんどが行き止まりだ。魔王戦より先に延びている道は、あまりない……大人しく虜囚となったとしても、煩悶と後悔の連続……魔王戦まで行き着ける未来は少ない》


「なんで?」

《過去の報いだ。魔界堕ちし、真実の鏡を見たのが、マズかった。どうあっても死がつきまとう……あんたは今、破滅への道を爆進中なのさ》


 破滅……。



 ゆっくりと、大侯爵が左の指をあげる。


 驚いて、アタシは飛びすさった。


 ただの指だ。

 それも一本向けられただけ。

 なのに、何千という刃で喉元を狙われたかのような、恐怖を感じたのだ。


《プアレナ、例の奴を》

 漂々とした声を崩すことなく、大侯爵は笑う。


 肩ごしに振り向けば……

 アタシの後ろ、数歩進めば届く距離に、扉が現れていた。

 部屋の真ん中。壁もないところに、デンと扉だけがあるのだ。

 聖教会の扉を思わせる、重厚感あふれる木目の扉だ。


《あれこそが、側近のみが持つ扉。扉の先は、王の自室……あんたの仲間三人も、そこに居る》


 !


《行きたきゃ行け》


「……いいの?」

 びっくりして振り返ると、にやりと笑う顔とぶつかった。


《ああ。ラモーナから頼まれた分は働いた》

 それに、と悪魔は楽しそうに笑う。

《俺もプアレナも、あんたに『勇者の呪い』をかけられ、人間と戦えぬ存在とされた。引き止めようにも、手がねえしな。なら、うだうだしねえで、敗者として勝者におもねる。出口ぐらい用意してやるさ》

 口では『敗者』と己を卑下しながらも、卑屈なところは微塵もない。堂々とした態度は、王者そのものだ。


《大侯爵さまの命令やさかい、貸したるけど、》

 玉座の後ろのインキュバスが、派手にため息をつく。

《行っても、かぁいい体、わやにするだけやん。おすすめ、できへんなあ》


《行くも、残るも、好きにすりゃいい。あんたの人生だ》

 俺は見物させてもらうと、玉座の悪魔は笑う。


 行けば破滅、だけど残ったって破滅。


 それなら……


「……せめて、やりたいことやってから逝きたいわね」


《必ず破滅するわけじゃあない》

 青黒い肌の悪魔が、フフッと笑う。

《言ったろ、魔王戦から先の未来もあるって。俺が見えるのは、今のあんたが生み出せる未来の形だけだ。あんたが変われば、未来も変わる。現実をどう受け止めるか、誰の味方をし、どのような能力を得て、どんな発言をするかによって、未来は変動してゆく》


 それは、つまり……


 扉を指さしながら聞いた。

「あっちにも、破滅以外の未来がある?」


《あるにはある》

 大侯爵が、微笑む。

 男くさく。

 余裕あふれる顔で。

 まるでドロ様本人のように。

《しかし、その未来にはほぼ行き着けない。あんたの言動、周囲の反応、偶発的な事象。その全てがうまい具合にぴったりはまった時にだけ、道は開くんでね。だから、こうすれば『正解』のような道筋も示せない》


「でも、道があるのなら……」

 深く息を吸ってから、吐き出した。

「それに賭けるわ。お師匠様たちを助けに行く」

 玉座の悪魔を見つめた。

「力を貸して。どうすれば、アタシは生き延びられる? アタシが『勇者』としての使命をまっとうできる未来が知りたいの。『正解』でなくていい。こうすれば成功率があがるって、知識をちょうだい」


《……予見が外れるかもしれない。そう承知の上で尋ねるんだな?》


「ええ」


《いいのか? 勇者が、悪魔に踊らされても?》

 大侯爵の口調には、揶揄がこめられていた。

「ぜんぜん構わないわ。無策でつっこむより、誰かの助言を聞いた方が遥かにマシだもの」

《ま、そうか》

「それに、あなたはドロ様2号だもの」

 笑みを浮かべた。

「ドロ様の分身……じゃなかった、分裂体だっけ? まあ、兄弟みたいなものでしょ? ドロ様は国一番の占い師。頼りがいのある、すっごい人だもの。ドロ様2号のあなたの言葉なら、信じることができるわ」


《ドロ様2号……》

 しばらくアタシをまじまじと見つめ、それから大侯爵は声をあげて笑い出した。

《俺の方が2号か!》

 膝を叩いて笑っている……。

……死霊王ほどじゃないけど、笑い上戸よね、この悪魔(ヒト)


 むぅぅ。言ってから気づいた。『ドロ様2号』って言い方、シャルル様を『クルクルパーマ2号』と呼ぶマルタンと同レベルな気も……。やだなあ、精神汚染されてるのかしら、アタシ……。



《……いいだろう。俺の名前を当てた勇者よ、『破滅』を遠退ける知識を授けよう》

 ドロ様の分身――未来を見通す悪魔は、にやにやと楽しそうに笑いながら、肩をすくめた。


《まず……戦力の強化だ。はぐれた仲間……魔術師、戦士、サリー、ダーモット、ノーラ。奴等も、王のもとへ向かっている。あの扉をくぐれば、合流は叶うだろう》

 おお!

《ただし、まだ早い、あちらはラモーナと戦闘中だ。……勝利をおさめ、ラモーナ所有の次元扉を奪うのはまだ先だ。合流できる時機(タイミング)に移動した方が、あんたの生存率は高まる……》

「その時機(タイミング)も教えてくれる?」

《いいだろう。次に、精霊だ。向こうに残した炎・風・氷・光の精霊は……ラモーナのペットの相手をしているな……》

「ペット?」

《異世界の勇者パーティだ》

 ああ……ラモーナの側に居た男たちか。

《光精霊が治癒も引き受けているようだ……。あちらで働かせておいた方がいい》

「わかった。呼ばないようにする」


《……召喚するのなら、土と闇だけにしときな》


 え?


 土と闇?


「復活したの?」

 その質問には答えず、大侯爵は不敵に笑った。

《ここは、外部からの進入禁止の最上階だが……中に居る者が召喚魔法を使う分には、問題ない。よそに居る奴を、呼び出せるぜ?》


 声をもって、アタシは精霊に呼びかけた。来られるのなら、来てと。


 アタシの前に、二体のぬいぐまが現れる。


 黒のネクタイをつけた黄クマと、うるんだ瞳の黒クマ……。


「ピクさん! ソル!」

 黒クマさんと、黄色クマをぎゅぅぅっと抱きしめた。


「よかった、復活できたのね……」

 二体(ふたり)は、堕天したアタシを庇って、それで……。


「ありがとう……本当にありがとう」

 それから、ごめんなさい。アタシがバカすぎたせいで、ひどい目に合わせちゃって……。


《いいよぉ。ジャンヌさえ、ぶじなら、おら……それだけで》

 ありがとうピクさん……。


《女王さまをお守りするのが、ワタクシめの務め。お気になさらず。ああ……でも、どーしても感謝を形であらわしたいのでしたら……ぜ、ぜひ、その可憐なおみ足で、ギュゥゥっと! 卑しきワタクシめにヒールの刻印をお与えください!》

 んもう!

 ほんとは踏みたくないんだけど!

 しょうがないか!

 今日は特別よ!

 再会の喜びを、足に込めて! ギュムっと!

《あああ! 躊躇のない、足裏! 素晴らしいです、女王さまぁぁ! でも、できれば、人の姿の時に踏んでいただきたくぅぅ!》

 あいかわらずね、あんた!

《変身してもいいでしょうか? ただ今、下半身がフリーダムなのですが……》

 ぜったい駄目!


 精霊は恒常不変の存在。大ダメージを受けて仮の姿を保てなくなっても、時間をおけば復活する。司るものを充分吸収できれば……。

 だから、魔界に来てから毎日、ピクさんとソル、それにレイとラルムの名前を呼んでみてた。

 ようやく今日……。

 ラルムもレイも、きっともうすぐ……。



《次の助言だ。行く前に、他の護衛(ガード)も呼べ》


「他?」


《まず、懐の使い魔……バイオロイドという生き物も出しておけ》

 ポチか!

 エスエフ界でもらったポチは、しゃべれないけど、アタシの心を読んで変身できる。ドーム状の障壁(バリア)になって、(せかい)を破壊するミサイルにも耐えられるらしい。


《それと、ベティだ》


 は?


「死霊王?」


《助けが必要になったら自分の名を呼べと、あいつ、言ったろう?》


 へ?


 嘘。


 いつ?


 覚えがないんだけど!


 大侯爵が、左手で指さしてくる。

 それだけで、すっごい威圧感。

 体が、ビクッとすくんでしまう。


 青黒い肌の悪魔は、アタシの左手のあたりを指している……ような。


《名を呼べば、アレはすぐに現れるぜ。おまえのもとに、ソレがあるからな》


 指さされた左手を見てみた。

 何もない。

 袖をめくっても同じだ。手首に、アメジストのブレスレットがあるだけ。透明感のある美しい紫色の水晶――雷の精霊レイとの契約の証だ。

《よく見な》

 顔を近づけて、目を細めてみた。

「あれ?」

 手首に、髪の毛が絡んでいた。細くて長い毛。光にきらめくそれは、色からしてアタシの毛じゃない。

《ベティの毛だよ》

 大侯爵は、ニヤニヤと笑っている。

《被術者のもとへ、己の分身を忍びこませ、監視する。物見の呪術の基本さ》


「呪術ぅ?」


《ああ。その毛を通し、あんたを覗いているんだ。遠く離れた場所からジーッとね……》

 げ。

《あんたが何をし、誰と関わり、何をしようとしているのか、あいつは全て知っているぜ。あんたとは、いつもいっしょだったからな。寝るのも、風呂も、トイレの時すらもな》


 ぞわっと悪寒が走った。

 手首のそれを取ろうとした。

 けど、髪の毛は、いちはやく動いていた。蛇のようにするすると、服の中に隠れてしまったのだ。袖をめくっても、めくっても、毛は見当たらない……。


《裏地の縫い目に逃げ込んだ……裸にならなきゃ取れねえな》

 え〜

《それに、その一本だけ取っても無駄だ。ベティの毛は、首の周りや背にもついている……あんたの荷物の中にも入り込んでいる》


 なに、それ!


 カーッと頬が熱くなった。


「どういうこと、ベティさん!」


 アタシがそう叫ぶや……

 何処からともなく、イヒヒヒと笑い声が響いた。


 そして、アタシの前の宙が揺らぎ……


 派手な化粧の女性が現れる。

 部分的に赤や緑や青に染めた金の巻き毛、黒レースのブラ、真っ赤なコルセット、黒レースのミニスカート、黒タイツにピンヒール……。

 ハーピーのボディはやめて、むちむちボディのセクシー美女になったようだ。


《どうもこうも……決まってるじゃないか、ゆーちゃちゃま》

 グヒヒと笑う、白粉で真っ白な顔。

 首には、つぎはぎメイクのような縫い目がある。


《『愛』だよ、『愛』》

 そう言ってにぃぃっと笑う顔は、悪人(ヅラ)だ。

《いざって時、大事なだ〜いじなあんたを守れるように、ストーカーしてたのさ》


「変な術かけないでよ」

《お〜 お〜 お〜 プリプリしちゃって。心せまいねー 始終、精霊くっつけてるくせに。プライバシーなんて、もともと無いだろーが》

 ぐ。

《覗き魔がひとり増えたって、たいして変わんないさ》

「……変わるわよ」

 クマさんたちは、勝手に覗かないもん。アタシは、腕の中のピクさんをギュッと抱いた。


「ベティさん……今までなにしてたのよ?」


《イヒヒ。まあ、いろいろとね》


《こいつが、おまえらを売ったんだ》

 ん?

《牢獄襲撃をラモーナに密告したのは、こいつだぜ?》

 なんですってぇ?

《ヒヒヒ。あんたの向かう所に、美男(エサ)を撒いてやろうと思ってさ。ラモーナのペットどもも美男だったろ? 萌えりゃ良かったのに》

 ラモーナに鼻の下のばしてた男どもに? キュンすらしないわよッ!


 青黒い肌の魔族は、死霊王に中指をたててみせた。

《ベティ……このクソ野郎。てめえの口車には、二度とのらねえよ》

《フヒヒ。あんたもプアレナも、呪われちまってまぁ、お気の毒さま。ま、いい男すぎるのが悪いのさ、自業自得だね》

《貴様こそ呪われろ。『勇者の呪い』にかかっちまいな》

《グヒヒ。そりゃないね。あたしゃ、『女』だもの。ゆーちゃちゃまの萌えにかすりさえしないさ》


 大きな胸と腰をゆっさゆさ揺らしながら、死霊王が手を振る。


《さっさと王のもとへ行こうじゃないか。おちちょーちゃまのために、破滅への道を突っ走るんだろ? おバカなあんたがどこまでやれるのか、あたしに見せとくれよ》



 言いたいことは、いっぱいある。

 勝手に居なくなったと思ったら、敵と馴れ合ってるわ、アタシを監視してるわ……。

 こいつは、本心を見せない。

 絶対、何かたくらんでる。

 でも……

 とりあえず……

 駆けつけてくれたことは、感謝しておくか。


「アタシについてくと、魔界の王に逆らうことになるのよ。いいの?」


《イヒヒ。いいよ、いいよ。あたしゃ、あんたの『お友達』だもの。苦境の友達を見捨てられないからさ》

 プッと吹きだし、死霊王はゲヒヒヒと体を揺すって笑った。


 言うことがいちいち怪しいのよ、あんた……。



《あんたの手駒は以上だ。俺やプアレナもあんたの『伴侶』ではあるが、いま共に戦う義理はない》

「そうね」

《動かしたきゃ、相応の対価を払いな》

 それって魂を寄越せ的なヤツ……よね?

《ちゅーか、王さまに逆らったら、プッチンされるんやで? 勇者はんが初めてくれるっちゅうても、お断りやわ〜》

 む。

 アタシだって、あんたなんかお断りよ。


《ま、手持ちの戦力でどうにかするしかないな》

 大侯爵が、顎の下を軽く撫でる。

《あんたの明るい未来の為に、とびっきりの助言をしてやろう。あっちに行ったら、》

 ドロ様の分身は、とても悪どい顔で笑っている……。


《ソッコーで萌えな。魔界の王を、伴侶にできりゃ死なずにすむ。できなきゃ……破滅だろうな》

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