死神王VS吸血鬼王
『私は……私だ』
真実の鏡が、お師匠様そっくりな奴を映し出す。
『おまえを見つめ続けるもの』
英雄世界でのあいつとの対決……その記憶が再現されているのだ。
賢者専用の白銀のローブ。
絹糸のような白銀の髪。
透き通るような白い肌。
感情がうかがえない、まるで氷像のような、冷たい美貌。
切れ長のスミレ色の瞳。
どこからどう見てもお師匠様。
でも、これは、サイオンジ サキョウ先輩曰く『魔力で生み出された依り代』。言い換えれば『人造人間』、『生きている人形』だ。
ブラック女神の器が、お師匠様のそっくりさんをつくってそれに宿ったのだ。
お師匠様の姿なら、アタシを騙しやすいから。
ブラック女神の器は、アタシを次元穴のところまで連れて行こうとした。
次元穴は、他次元――異世界やらその世界の別の場所やら過去やら未来やら――へと繋がる穴だ。
普段は閉じているんだけど、強い思念や特殊な生体エネルギーを持つ人間が接近すると活性化して開いてしまう。
勇者であるアタシが近づけば近づくほど、次元穴は活性化する。アタシが穴に落ちるのでもいい、穴から流れ出たものに襲われるのでもいい。次元穴に接近した為に勇者が死ねばラッキー的な、けっこう大ざっぱな作戦だったと思われる。
だけど、それって……
《幼き日と似ているな》
ダーモットがそういうや、英雄世界の再現映像に、森での映像が重なってくる。
後先考えないバカな子供――アタシが、僧侶エルマンのもとへのこのこと向って、封印されていた邪霊を解放してしまう瞬間が鏡に映る。
《あの時は、汝が勇者ゆえに、邪霊は悪として活性化し、封印が破られた》
お師匠様の偽物と、僧侶エルマン。
美男子と、人の良さそうなおじいさん。
アタシの目には、二人は別人に見える。
けれども、ダーモットの眼で見れば……魔力で見れば、そっくりなのだ。
その器に宿るものは……
とてつもなく大きい。
闇の海の中で、もっとも暗いもの。
それでいて、とても神々しいもの。
闇のように深く沈みながら、まばゆく輝く不可思議なもの。
強大な存在でありながら、それはひどく人間的だった。
深い憐れみと怒りと嘆き……そんな感情を抱き、孤高を貫く姿勢は、死をもいとわず信仰に身を捧げる殉教者を思わせた。
ブラック女神に関する記憶が、呼び覚まされてゆく。
鏡にお師匠様が映る。
『……ブラック女神は、通常の憑依はせぬ。器と『混ざる』のを好まれるのだ。女神の願いが器の願いとなり、器の願いが女神の願いとなる。それ故、常に一体しか器を持てぬのだ』。
続いて、お師匠様の偽物。
『魔王と勇者がある限り、終わりなき過ちが繰り返されるだけ……その愚かなる輪を断ち切りたいがゆえに、私は常におまえの事を思ってきた。いかにしておまえを殺そうか、と』。
それから、マルタンだ。
勇者は存在自体が罪、殺すべきものだ……その心境に至ったものだけがブラック女神の器となれる。そんな意味のことを口にする。
『ブラック女神の器の禁忌中の禁忌が、『魔王と勇者の戦いを妨げる』ことだ。すなわち、勇者を殺したくば、魔王の許しが必要なのだが・・あの当時、この世界には魔王は居なかった』。
それから、鏡はヤバイものを映し始めた。
振り返るものか、と思ってた過去だ。
慌てて、顔をそむけた。
《ブラック女神は……う〜ん、魔というよりは、暗黒神? 魔王の守護神っていうかぁ〜》
見ない……見ない……
てへ★ぺろしてる野郎なんか、絶対に視界に入れるものか。
廊下のギャラリーが『ヒヒヒ』とか『マッハくん、かわいい♪』とか、おおはしゃぎしてる……とりあえず無視。
《キミを殺そうとしたのは、ブラック女神じゃなくって、あっちの、マルタン君だ。暗黒神の器となれる者が、女神の力を借りてキミを殺そうとしているんだよ》
女神の器は、自分じゃアタシを殺せないから……
次元穴のもとへ連れて行こうとし、封印されていた邪霊を用い、エスエフ界ではナターリヤさんを利用した。
そして、天界では……
真実の鏡に、バルコニーの天空温泉が映る。
赤いビキニを着たアタシが、ピクさんを抱っこして、お湯の中をザブザブ歩いている。流れる涙をぬぐいもせず、泣きながら。
足元は、透明な床
その下に広がる白い雲の絨毯。
そこに、何かが居た。
白い雲よりも、なお白いそれは大きな翼を広げ、天空を舞っている。
白竜だ。
姿はマルヴィナに、そっくりだ。
けれども、その魂は……
魔力で見れば、僧侶エルマンやお師匠様の偽物と、まったく同じ。
あの白竜も、ブラック女神の器だったのだ。
魔力でマルヴィナのそっくりさんをつくり、それに宿ってアタシのそばに姿をみせ、アタシの興味を引く。
で、アタシに『もっと見たい。近くに来てほしい』と思わせ、あの場に立ち入る許可をゲット。空間変替で間近に現れ、巨大な翼の羽ばたきで強風を起こし、アタシを天空のバルコニーから落としたのだ。
天界から堕天させて、殺す為に。
レイの声が鏡から響く。《あの形であの場に出現すれば、主人が無事に済むはずはなし。かの存在は承知の上で、招きに応じたのである》。
頭上から、声がする。
《汝、休息せよ、勇者よ》
そう言って、ダーモットは鏡から手を離した。
魔力の供給が切れ、過去の再現映像が途切れる。
真実の鏡は黒い金属の塊に戻ったのだ。
ダーモットは、過去見をいつも強制的に打ち切る。
アタシの健康を配慮してのことだ。
真実の鏡を使うと、ものすご〜く疲れる。
亀女神さまからいただいた果実――神の食事をかじったり、ルーチェさんに疲労回復の魔法をかけてもらえば、多少は楽になるけれども……
連続使用は二時間が限度だ。
《ダーちゃん、ユーシャちゃん、お茶にしよー クマちゃんもおいでー》
廊下から、死神サリーがぶんぶん手を振る。
出入口の扉の所に、ふんわりしたレースのテーブルクロス、お花をあしらったかわいらしいティーセット、薔薇とケーキで飾り立てられた丸テーブルなんかが置かれていて……。
死神サリーと死霊王ベティさんはお茶会をしている。
アタシの過去を覗きながら。
……ンなとこで、お茶のむな! と怒鳴りたい。
でも、真実の鏡はサリーの持ち物。借りてる手前、強く出られない……なあなあで、見学を許している。
まあ、見てたんなら協力してもらおう。
「なんか、気づいたことある?」
くまさんズ――アタシの精霊たちとテーブルにつきながら、魔族たちに尋ねた。
魔王級の二人なら、ブラック女神やその器について何か気づくかも。戦い方でも対抗策でも。そう期待したんだけど……
《サイコーの見世物だったよ!》
ハーピー姿の死霊王は、大爆笑をはじめた。
《クサレ僧侶が、神に憑かれちゃってさ……グヒヒ》
《マッハくん、すっごくかわいかった♪ ノーラちゃんにも見せてあげたかったなー》と、死神王もニコニコ笑顔だ。
神様・イン・マルタンを見せちゃったんだっけ。
あの姿を魔族に見せたのがバレたら……
いや、そもそも、アタシの記憶のせいで顔バレしたのよね。まえに魔界に来た時は、勇者ジャンの仲間の尼僧に憑依してたみたいだし。
これって、もしかしなくても……
かなりマズイ……?
粛清される……?
いやいやいや! ブラック女神に勝つ為の手を探してただけ! 不可抗力! 事故よ、事故! マルタンが迎えに来たら、それで押し切ろう!
「ブラック女神か、その器のことで、なんかわかった?」
《ん〜 まえのウツワは、マッハくんのせんせい。いまのウツワはだれだかわかんないんだっけ?》
死神サリーが、首をかしげる。
《ユーシャちゃんのキオク(記憶)のなかに、それっぽいのはいなかったなー》
《イヒヒ。まだ混ざりきってないんじゃないなの? 巨悪になりきってなきゃ、人間の中に潜めるしさ》
ん?
ダーモットが説明してくれる。
《巫覡は長く神を降ろせぬ。人間の脆弱な肉体では、強大な存在に耐えきれぬ為だ。神を憑依できる時間は、数分から数時間だ》
真実の鏡から離れた為に美形エルフから骸骨の姿に戻ったリッチが、淡々と説明を続ける。
《しかし、汝の記憶の中で賢者は『女神の願いが器の願いとなり、器の願いが女神の願いとなる。それ故、常に一体しか器を持てぬ』と言うていた》
《体を固定することで融合度を上昇させ、長きにわたる憑依を可能とするのではないか。我は推測する》
《まったき『混ざりしもの』となるには、時をかけて混じりあうていく必要があろう。ブラック女神は、魔王の守護神。主神級の存在ゆえ》
むぅぅ……?
サリーが、にぱっと笑う。
《ブラック女神とウツワのアイショー(相性)は、まだいまいち。女神はちょっとしかヒョーイ(憑依)できないんじゃないかってことー》
なるほど!
《オンオフ・モードがあってー 女神オフの時は、女神オンの時とベツジンじゃないかなー》
《だよね。てか、今は、器は自分の正体に気づいてないかも》
ベティさんも、グヒヒと笑う。
《告知しないで、勝手に乗り回す神もいるもの。意識の無い時に、勝手に憑いてさ。で、分離不可能になってから、バラすのさ。神ってのはエゲツないからね》
「ようするに……憑依されてる時に出会わなきゃ、器が誰かわからないってことね」
ダーモットが、頷く。
《その可能性は高し。汝の記憶だけでは、器に憑依体である自覚があるか否かは不明であり、敵は器に『魔力で生み出させた依り代』にも憑依する。探索は、困難を極めるであろう》
「そうね」
《なれど、器が不完全であることが、勝機に繋がるのではあるまいか?》
《ブラック女神とその器。両者の絆を断ち切る術を探すのだ。器がブラック女神を降ろすのにふさわしからぬ存在となれば、ブラック女神は地上に留まれなくなる。脅威は去る》
《神の器となるには、条件がある。ある属性を抱く者、無我の境地に至った者、清らかなる者、霊力の高い者……どのような神を如何ように降ろせるかは、巫覡の本質に関わる問題ゆえ説明はできぬ》
《ブラック女神の器は、女神を降ろせる下地を持つ者。器が器たりうる理由を砕き、器の変心を促す。其れが、汝の勝利への道》
《『混ざりしもの』を退けられるのか……退けようとすれば、どれほどの危険を伴うのか、我にはわからぬ。我は、魔法使い。巫覡に関しては知識でしか知らぬゆえ。巫覡の専門家に意見を求めるべきであろう》
ん?
「神降ろしが得意なすっごく優秀な神官、知ってるけど……」
ポケットの中の『歴代勇者のサイン帳』を意識した。
八十四代目勇者サイオンジ サキョウ先輩。
いろんな神様を降ろしては邪悪と戦い続けている先輩は、いわば依り代のエキスパート!
「今、呼んでもいい?」
《召喚魔法か?》
「召喚して、アタシに憑依してもらう魔法よ。体を明け渡すことになっちゃうけど、アタシの考えてることは『なんとなくわかって』くれる方だし、アタシの精霊たちが橋渡しをしてくれるから会話はスムーズにいくと思うけど」
全員の視線が、この城の持ち主へと向かう。
チビッ子堕天使は、唇をとがらせている。
《ん〜 その子、かわいい?》
へ?
《美形? カッコイイ? キレイ?》
「サイオンジ先輩は、素敵なメガネ男子だけど?」
超絶美形のダーモットやサリー(大人版)にはかなわないけど! 美形メガネよ!
《なら、ゴーカーク! おシロによんでもいいよー♪》
《ウヒヒ。この城、『美しくないもの、立ち入るべからず』って城主ルールがあるんだよ》
……へー。
先輩の目を通してアタシの記憶を見てもらえば、何かわかるかも。
『勇者のサイン帳』に、手をのばしながら、ふと思った。
先輩……今はお風呂……じゃないわよね?……
「いやあ、さすがに昼風呂はしてませんよ」
アタシに降りて来た方は、ひたすらにこやかだ。
「トイレでした。あ、でも、しばらくあっちの体は放置しても、大丈夫です。汲み取り式じゃないので、中に落ちる心配はありませんから」
……す、すみません。
突然、魔界に呼び出されたのに、いつも通りのマイペース。
ダーモット、サリー、ベティさんに、笑顔で挨拶。
アタシの心が何となくわかる先輩は、頬をめいっぱい緩ませながら首を傾げた。
「しかし、自分色に染めるだけではなく、その人間の思考を受け入れ、自身を変化させていく『器と混じる』女神ですか。う〜ん……完全同期する前なら、分離も可能とは思いますが……断言はできませんね」
なぜです?
「その手のタイプとは、一度もご縁が無かったんです。ぼかぁ、一期一会の、ゆきずりの関係しか知らないので」
むぅぅ。
「まあ、視れば、何かわかるかもしれない。記憶を見せてください」
ブラック女神の器――エルマン、お師匠様の偽物、マルヴィナの偽物。
神様・イン・マルタン。
天界へ行く前の会議。
天界での食事・修行シーン。
サイオンジ先輩の求めるままに、真実の鏡に過去を映し出した。
「天界で襲われた……ん〜 これは、ちょっと……マズイですね」
アタシの記憶をしばらく眺めてから、先輩は頬を掻いた。
「ブラック女神の器は……この中の誰かだ」
え?
「今の段階ではこれ以上のことは言えません……勇者世界のお仲間が全員集合している記憶はありませんか? 最近のと、ぼくの世界にあなたが来る前の、二パターンが視たい」
* * * * * *
《着いたぞ、サリーの城だ》
その言葉が聞こえた時には、いきなり現実世界に引き戻されていた。
目に入るのは、白亜の城と緑の木々。魔界とは思えない美しい庭園に吐き出されたようだ。
しかし、そこは戦場だった。
強大な力を持つ者が、一方的にそこに存在する者を薙ぎ払うだけの……一方的な蹂躙の場だ。
吸血鬼王が、敵――子供の天使たちを倒してゆく。
鋭い爪と牙で天使を切り裂き、口から放つ『音』で天使を粉々に砕いて。
そのあまりにも非情な行為に驚いた。が、殺したのではなく、『分身』を消し去っているだけらしい。クロード君が教えてくれた。言われてみれば、子供天使は全員同じ形態だ。魔法による複写の個体ばかりなのだろう。
時々、天使と同じコスチュームに身を包んだ者も参戦してきた。が、そちらには吸血鬼王は催眠波を放つのみだった
霧となり、蝙蝠となり、銀狼となり……必要に応じ、自身を次々と変化させ、吸血鬼王が縦横無尽に敵の中を駆け巡る。
初対面の時は、この魔族の格好に驚かされた。
が、戦闘スタイルを見れば、裸の理由もわかる。人型の時以外、衣服など邪魔なだけだ。
唯一身に着けているマントは、衣服ではなく、体の一部。蝙蝠に変化した時は、あれが羽となる。
クロード君の精霊トネールが紫の雲となり、主人と俺を乗せる。
「居ます! ジャンヌは、この城の中です!」
クロード君が嬉々とした声をあげる。
外に出てからずっと、勇者様の現在地を探していたようだ。
《ほう。おまえの勇者は、どこに居る?》
戦いながらの吸血鬼王の問いだ。
「えっと……高さは……たぶん、三階? でなきゃ四階? ここより、やや西です!」
《よし、わかった。美しいこの私について来い》
ステンドガラスの玄関扉を衝撃波で破砕し、吸血鬼王は城の中へ。
吸血鬼王が切り開いた道を、クロード君と共に追った。
城の中でも、戦いだ。侵入者の俺達の前に、小さな天使たちが現れる。
が、話し合いなど無用とばかりに、吸血鬼王は全て引き裂いてしまった。
しなやかに、かろやかに、自由に駆ける吸血鬼は……実に楽しそうだ。
時々、使徒様のように高笑いをしている。
魔族は全般的に闘争本能が高い、テオドール様はそうおっしゃっていた。『弱いものイジメも好きらしいですが、好敵手との好勝負が最も好まれます。強い敵と見るや、王や貴族が自ら出向いて戦う事もあるようです。きわどい勝負の末に、強い敵を叩き潰すのが何にも勝る快感なのだとか』。
吸血鬼王が使徒様に執着しているのも、好敵手と認めているがゆえなのだろう。
階段を駆け上がる途中、吸血鬼から伝わる気配が変わった。
今までの遊び半分の闘争心ではない。
肌につきささるような冷たい気を、発しだしたのだ。
俺たちの前の空が揺れ、
《んもぉ〜 ノーラちゃんったらー あばれんぼさん》
黒い大鎌を持った、小さな天使が現れる。
肩にかかる水色の髪、右目を隠すハート型の眼帯、薄い白レースのミニドレス。外見は、これまで吸血鬼王が倒してきた天使にそっくりだ。
けれども、存在感が明らかに違う。息をするのも苦しくなるほどの威圧感を漂わせるそれが、『分身』のはずはない。
《ブンシン、ころしまくりー あたしのそっくりさん、ころすの、たのしい?》
《ようやく本体がおでましか》
くつくつと笑い、吸血鬼王がバッとマントを広げる。
マントはそのまま黒い羽となり、吸血鬼王は跳躍した。
人の体に蝙蝠の翼を生やした悪魔の姿で。
右手から刃のような爪を伸ばし、小さな天使のもとへと。
吸血鬼王の鋭い一撃を、天使の大鎌が受け止める。
舞い散る火花。
そのまま両者は、爪と大鎌で押し合った。
《う〜ん……もしかして、ノーラちゃん、ごきげんななめ?》
《当然だ。何故、貴様、迎えを寄越さなかった? 何度も連絡したであろうが》
《え〜 そんなん、きまってるでしょー》
小さな天使は、外見通りの愛らしい声をしている……。
《しんゆうのノーラちゃんのためだよー》
《何?》
《おむかえにいったら、マッハくんとのたびがおわっちゃうじゃない?》
くねくねと、体を動かす仕草も可愛らしい……。
《いっぷんでもいちびょうでもながく、ノーラちゃんをしあわせにしておいてあげたかったのー》
天使が笑う。清らかな、きらめく笑顔で。
《えへへ。マッハくんとのデート、たのしかった? よかったねー ノーラちゃん、マッハくんに、ずっと、ずっと、ず〜っとあいたがってたもんねー》
《……殺す》
吸血鬼王の髪の毛が、ゆらゆらと天へと向かう。
《サリー! その口を引き裂いて殺してくれる!》
《んもー ノーラちゃんの、て・れ・や・さ・ん♪》
爪と大鎌の応酬。
技を繰り出すスピード、切れ、いなし、払い。実力伯仲。素晴らしい攻防に目を奪われてしまった。
しかし、ふと自分の役目を思い出した。
「勇者様!」
俺にとって今、誰よりも大事な方。ご無事か、この目で確かめなくては。
「クロード君、前進の指示を」
振り返ると、クロード君は、鼻の下を押さえ、うつむいていた。吸血鬼王の裸体を見て、又、のぼせてしまったのか。まあ……この年齢の少年では仕方がないか。
クロード君のしもべ――紫雲が階段の上を滑るように移動し始める。
蝙蝠の羽を生やし、裸体の人型で戦う吸血鬼王。
大鎌を楽々と操り戦う、天使。
その横を雲が通り過ぎる時、
《ユーシャちゃんは、カイダンのぼってひだり、おくのへやー へやのまえに、ベティちゃんいるから、すぐわかるよー》
親切にも、天使が行先を教えてくれる。
外見通り、心まで清いのか……。
くだんの部屋は、すぐにわかった。
何故か、その前に丸テーブルと椅子。
テーブルの上に、ハーピーが載っている。
邪魔だてするなら払うまで。
剣を構えると、
《お〜お〜お、勇ましい! 生きのいい死霊になりそうな男だねえ!》
グヒヒと下品に笑いながら、ハーピーは舞い上がり、距離をとった。
道を阻む気はないようだ。
紫雲は丸テーブルを越え、部屋の中へ。
扉の先は、異質な空間だった。
まるで、古代の神殿のような。
窓もないその部屋の中央には、巨大な黒いモニュメントがあり……
そこに手をついて、魔法使いがたたずんでいた。
背の高いその男がこちらへ顔を向け、その陰に隠れる形になっていた者が顔を見せる。
その方こそ探し求めていた……
「勇者様!」
勇者様の黒い瞳が、俺を、クロード君を見る。
ご無事だったようだ!
安堵を覚えた時、すぅぅっと現実が遠のいた。
気がつけば、森の中に居た。
樹が茂った森の先に、ぽっかりと空の開けた場所がある。
所々に黒く焦げた木々。ぱっくりと割れ、煙をくすぶらせているそれらは、落雷の痕を語っていた。
そして……
火災の跡地に、子供が二人。
ストロベリー・ブロンドの男の子が、黒髪の女の子を抱きしめて座り込んでいる。
男の子は意識がないのか、ぐったりと女の子の肩にもたれていた。
一方、女の子はうつろな表情だ。泣いてすらいない。ただ目を見開き、茫然としている。
『さきほどの泣き声はあの子らか』
背後からの声に、ハッとした。
『塚が壊れておるな。晴天に雷鳴、森火事の痕、子供……。ここで、何ぞあったようじゃ』
ため息がつづく。
『はてさて面倒な……』
ゆっくりと視界が動く。
振り返るまでもない。
そこにいらっしゃるのは……
シリル師匠……俺の剣の師だ。




