◆QnQnハニー/トラブルは舞い降りた◆
「あらあらあら、まあまあまあ。可憐で素敵な方ね。はじめまして、ボワエルデュー侯爵家三女シャルロットですわ」
うわぁ!
美人!
金の縦ロールに、華麗で上品なドレス! どこをどう見ても、お姫さまだわ!
背後から、軽く背をたたかれる。
リュカくんだ。
そ、そうね、ご挨拶しなきゃ。
「は、はじめ、まして。アネモーネ、です」
やだ、声が震えてる……。
「アネモーネさん、そんなに緊張なさらなくとも大丈夫です。我が妹は、あなたがルネさんの愛娘であることを承知しています」
すかさずシャルルさまが、フォローしてくださる。
「オランジュ邸に置く便宜上、シャルロットのメイドという形をとっていただくだけのこと。メイド奉公させる気などありませんので」
「そうですわ、もっとお楽になさって」
侯爵家令嬢が、口元に手をそえてコロコロと笑う。
「年の近いお友達ができて、私、とても嬉しいのよ。アネモーネさん、仲良くしましょうね」
「ありがとうございます」
すごい! すごい! すごい!
二人とも、キンキラだわ!
美男美女のゴージャス兄妹!
シャルルさまとリュカくんに連れられ、オランジュ伯爵さまのお屋敷に来た。
ボワエルデュー侯爵家ご令嬢の下で行儀見習いするんじゃなかったの?
なんで、オランジュ邸?
よくわからないけど、このお屋敷で、勇者さまの手伝いをしているシャルロットさまにお仕えすればいいみたい。
ニコラくんって子の遊び相手も頼まれた。
何がなんだか、もう……
でも!
ここがふんばりどころ!
ボワエルデュー侯爵家はすっごいお金持ちだって、おじい様は言ってたわ。
このお二人は、金づる!
……もとい、極上のスポンサー!
わたしがお二人に気に入られれば、お父さまの未来はますます明るくなるわ! 頑張らなくっちゃ!
「わたしお仕えするからには、誠心誠意ボワエルデュー侯爵家のために働きます! お裁縫もお料理もお掃除もお洗濯も、一通りのことはできます! なんでも命じてください!」
「あらあらあら。頼もしいこと」
「読み書きも計算もできます! お父さまの発明品の試供販売を手伝ったこともあります! ちょっとした故障なら直せます! 発明品のことでご不明な点がございましたら、お申し付けください!」
「ほう。機械の修理もできるのですか?」と、シャルルさま。
「はい! 小破ぐらいまでなら! お父さまからのプレゼント、いつも自分で整備してますもの! 修理道具も、バッチリです!」
美形兄妹が、顔を合わせる。
「これは、これは……。アネモーネさんは、期待以上の拾い物だったかもしれないな」
「お兄様。アネモーネさんに、私の仕事を手伝っていただいてよろしいのですわよね?」
「ああ。どの程度のことを頼むのかは、おまえの判断に任せる。それから、くれぐれも一人には」
「もちろんですわ、お兄様」
侯爵令嬢が微笑む。大輪の薔薇のように艶やかな笑顔だ。
「ルネさんの大事なお嬢さんに、不埒な輩を絶対に近づけさせません。私がお守りしますわ」
「侯爵令嬢さまがメイドを守るんですか?……それって逆なんじゃ?」
首をかしげたわたしに、シャルルさまがフッと笑いかける。
「ボワエルデュー侯爵家は代々魔法騎士を輩出してきた家柄。我が妹シャルロットも、魔法の才にあふれています。若輩ながら、魔術師協会でも有数の実力者なのですよ」
へー
「嫌ですわ、私などまだまだですわ。お兄様こそ、百年に一人現れるか現れないかの逸材と、協会長からお褒めの言葉をいただいていらっしゃったくせに」
へー へー へー
「いやいや。純粋な魔力だけ見れば、おまえの方が……」
美しいだけじゃなくって、魔法の天才で、しかもお金持ち。完璧な兄妹ね。
「チッ。自慢しあいやがって、胸糞悪い兄妹」
……背後から、なんか声がした……。
もしもし、リュカくん? 声が大きいわよ?
「アネモーネさんに、ご紹介しておきましょうね」
侯爵令嬢が手招きすると、部屋の隅の白い雲の置物がふよふよと動き出す。……ロボ?
「こちらは、ゲボクさん。神の使徒さまからお預かりしているゴーレムさんですわ」
ゴーレムって、魔術師の使い魔だったっけか。
「魔法生物なんですか? 初めて見ました」
シャルロットさまの横に、かしこまるゴーレム。ベッドぐらい大きなそれは、どう見ても白い雲。
ふわふわな綿菓子みたい。
「こんにちは」
挨拶すると、白い雲の先端が少しだけ下を向き、それから上向きとなった。
「まあまあまあ。ゲボクさんもご挨拶してますわ。かわいらしいこと」
「言語機能は無いんですか?」
「ええ。でも、いっしょにいると、なんとなく感情はわかりましてよ。子犬や子猫みたいなものよ」
にしては、でっかいけど。
「オランジュ邸には、あともう一体ゴーレムがおりますの。ニコラくんのお友だちのピアさん。とても可愛らしい方なのよ。後ほど、ご挨拶に伺いましょうね」
ニコラくん……か。
「さて……後はシャルロットとリュカ君に任せ、私はそろそろお暇しましょう」
シャルルさまが、わたしの前にやって来て……
うわ、片膝をついて、跪いた!
右手をとった!
「今、ここでお別れするのは、とても辛い。空気のない世界に追いやられるような……そんな寂しさに苛まれています。もしも、私を哀れにお思いでしたら……」
手の甲にチュッ!!!!!
「今宵、あなたのもとを訪れるのをお許しください。アネモーネさん、夢でお逢いしましょう……」
はわわわ!
な、な、な、なに、これ!
なんて、お返事すれば?????
「ケッ! 女とみりゃ、すぐこれだ! ちったぁ控えろよ、スケベ貴族!」
だから、聞こえるわよ、リュカくん!
「まあまあまあ、お兄様ったら、おマヌケさん。アネモーネさんは、このお屋敷に滞在なさるのよ。就寝までの間に、お顔を合わせたらどうなさいますの? 口説き文句が台無しになりましてよ」
「もっともだな」
ハハハと爽やかに笑って、シャルルさまが立ち上がる。
「アネモーネさん。不自由な点がありましたら、シャルロットかリュカ君に伝えてください。善処しましょう」
「……ありがとうございます」
「約束します。ルネとの面会の場も、速やかにもうけましょう。それでは、また……」
胸元に手をあてて、シャルルさまが優美に一礼する。
そして、数歩歩いたところで……
お屋敷が、ズゥゥンと揺れたのだった。
リュカくんの後を追って駆けつけた部屋では……
「答えろ! どういうことだ!」
浮浪者みたいな大男が、学者さんのネクタイを締めあげていた。
「なぜ、すぐに知らせなかった! 賢者ならできたはずだ! 俺はジャンヌの危機も知らず、今まで」
「ちょ! にーちゃん、落ち着け!」
リュカくんが、大男のもとへ走ってゆく。
「気持ちはわかる! けど、ちょいと頭を冷やせよ! そんなにしめあげたら、メガネのにーちゃん、しゃべれないぜ!」
ごわついたボーボーの黒髪に、汚れた衣服。無精髭。
大男が、おっかない顔でリュカくんを睨みつける。
「盗賊の小僧! おまえもグルか?」
どう見ても、ごろつきだわ、こいつ!
こういう時には、これね!
わたしは胸元から、頼もしい発明品を取り出した。
『ドラゴンころ〜り君』!
一見、筆! だけど、ほんとーは銃! スイッチポンで長く伸び、もひとつポンで弾を射出! ドラゴンすら倒せちゃう(であろう)すぐれもの!
麻酔弾、催眠弾、煙幕といろいろ出せる!
ここは、麻酔弾で!
て!
よけるし!
秒速1000mの弾を、よけた????
ううん。きっと、偶然ね!
今度こそ!
催眠弾を発射!
嘘ぉ!
またよけた! ちょっと頭を動かしただけで!
人間じゃないわ、こいつ!
空気をびりびりと震わせるような大声が響く。
「すっこんでろ、女! 俺はこの男に、用があるんだ!」
恐ろしげな顔……まるで悪魔みたい。
「……我が魔力が、願わくば、あの愚かなる男の縛めとならんことを。不滅の呪縛」
大男の動きが、ぴたっと止まる。
学者さんをしめあげ、止めようとしたリュカくんまで振り払いの大暴れだったのに。
リュカくんが、大男から学者さんを引き離す。
「まったく……」
振り返ると、シャルルさまが扉のあたりに立っていた。
「ジョゼフ君……君には、愛想がつきてしまいそうだよ。アンヌ様の孫でなければ、ジャンヌさんの義兄でなければ……攻撃魔法を叩き込んでいたところだ」
床に座り込んで咳き込んでいた学者さんのもとへ、シャルロットさまが急ぐ。その後を、尾を振り振り白い雲が続く。
「テオ兄さま」
今、ぽわっと光った!……治癒魔法?
「すみません、シャルロット……」
ゼーゼーと息を整える学者さん。
「学者のにーちゃん、これ……」
そう言ってリュカくんが差し出したのは、学者帽と歪んだメガネだった。踏んづけちゃったのか、レンズは割れている。
「ふん」
シャルルさまは大男の前に立ち、両腕を組んで薄く笑っていた。
「悔しくてたまらないって顔だね、ジョゼフ君。しかし、今は動くことも、話すことも出来ないよ。君が闘気というやっかいなものを使うことは知っている。しかし、我が魔力をもって、私の編み出した強力な魔法で呪縛したのだ。我が魔力が尽きぬ限り、君の呪縛は解けない」
こんな顔もするんだ……
びっくりするほど冷たい顔で、シャルルさまが大男を睨みつける。
「君が理性を取り戻せたら、呪縛を解いてあげよう。それまではそのまま、我々の会話を聞いていたまえ」
シャルルさまが、学者さんへと視線を向ける。
「テオ。何があったのか、教えてもらえるか?」
頭を振り振り、学者さんが立ち上がる。
「移動魔法で現れたジョゼフ様に、問いただされていただけです」
「移動魔法? ジョゼフ君が、そんな高等な魔法を?」
「しもべ精霊の魔法です。ジョゼフ様は炎精霊とスピード狂の光精霊をお持ちです。精霊であれば、自分が行ったことのある場所に瞬時に飛べる……失念していました」
「なるほど。それで、思いの外、早いお帰りだったのか。帰還までの間に、頭を冷やして欲しかったのだがね」
「ジュネさんやエドモン君は一緒ではありませんでした。戻られたのは、ジョゼフ様おひとりでした」
「つまり、カッとなって、一人だけ帰って来たわけか。二人を北に置き去りにして……。貴族にあるまじき、直情的な男だ」
「問題はないでしょう。帰りが一瞬なら、迎えに行くのも一瞬。まあ、それも精霊を使ってこそ。ジョゼフ様に冷静になっていただいてからの話ですが」
学者さんが、曲がったメガネを手にため息をつく。
「シャルロット。すみませんが、オランジュ家の方に、お騒がせして申し訳ないと伝えてくれませんか? あの音は……発明家の発明品が爆発したせい。そういうことにしておきましょう」
「よろしくってよ、テオ兄さま。その理由でしたら、みなさま納得なさいますものね」
あら……。お父さまの発明品、もしかして爆発しまくってるのかしら?
「男同士の話がしたい。シャルロット、おまえは席を外してくれ」
「わかりました、お兄様。退出いたしますわね」
にこやかに微笑んでから、侯爵令嬢は大男に対してお辞儀をした。
「ご無事のお戻り、嬉しいですわ。後ほどお話しましょうね」
シャルロットさまの後についてお部屋を出ようとした時、学者さんの声が聞こえた。
「ジョゼフ様。いろいろとお話ししたいことがあります。その上で、私たちを糾弾なさりたいのでしたら甘んじて受けましょう。しかし、一つだけ、あなたにも謝罪していただきたい」
とても、穏やかな声だ。
「仲間の言い分も聞かず、一方的に暴力を振るう。果たしてそれは、漢にふさわしい行動でしょうか?」
足を止め、肩ごしに振り返った。
「あなたを慕い、手本としている少年も居るのです。ニコラ君を失望させる振る舞いだけは、どうかおやめください。お願いします」
その優しい声は、ルカ神父さまによく似ていた。
「ニコラ君?」
学者さんが目を細め、キョロキョロと辺りを見渡す。
「こちらに来てくれませんか? 私、メガネがないと、ほとんどものが見えなくて」
学者さんのそばに、白いものがスッと現れる。
びっくりした!
真っ白だわ!
髪も、顔も、体も、全部が白くて半透明!
……幽霊?
「ニコラ君。驚かせてしまい、すみませんでした。ですが、先程のジョゼフ様は、いつものジョゼフ様ではない。激情に駆られ、一時、冷静な判断を失っただけです。落ち着かれればいつものジョゼフ様に戻られるはずです」
《……うん》
「シャルル。ジョゼフ様の呪縛を解いてください」
「しかし、テオ」
「大丈夫です。ジョゼフ様は漢ですから。守るべき者の前で、己に恥じる行動をなさるはずがありません」
「学者のにーちゃん……あんた、このまえから変だぜ。どっかで頭ぶつけたんじゃ……?」
「失敬な。私は勇者様の学者として、仁に基づき行動しているだけです」
「テオ兄さま、全てを丸くおさめたのね。さすが、名教師ですわ」
うわ!
びっくりした!
侯爵令嬢はニコニコ笑っている。
「アネモーネさん、立ち止まっていてはダメよ。さ、参りましょう」
「あ、はい。すみません」
シャルロットさまとゴーレムを追って、廊下に飛び出した。
「……我が魔力が、願わくば、薔薇の騎士たるこの私とその伴の盾とならんことを。光輝なる帳」
その声を最後に、部屋の中からの音がまったく漏れ聞こえなくなる。
「あらあらあら。結界まで張って、内緒話。最近のお兄様ったら、ほぉんと秘密主義さん」
騒ぎを聞きつけて集まってきた屋敷の者たちに、侯爵令嬢が『ルネさんの発明品が、また爆発しましたのよ』と、おっとりと説明する。
みんな、『なぁ〜んだ、いつものことか』って顔で引き返して行く……。すっごく納得いかないんだけど……。
「それにしても、アネモーネさん、足がお速いのねえ。驚きましたわ」
部屋に帰る途中、侯爵令嬢がそうおっしゃったので、裾をめくり靴をお見せした。
「これのおかげです! 『ロケットブーツくん』!」
胸をはって、ご説明した。
「小型ロケットブースター内蔵、車輪つきの靴です! 『ニュー かっとび君』ほどのパワーはありませんが、それでも最高瞬間秒速50m! 履き慣れるまでちょっとというかだいぶ訓練が必要ですが、慣れちゃえばこっちのもの! あっという間に、ストーカーから逃げられますよ! お一ついかがですか?」
「まあまあまあ。面白いですわねえ」
よし! 好感触! 売り込めそう!
「アネモーネさんが遊んでくだされば、きっとニコラ君も大喜びですわね」
ニコラくん……
「て、さっきの真っ白な子ですよね?」
「ええ」
「幽霊なんですか?」
「ええ」
あっさり認めた!
シャルロットさんが足を止めて、後ろのわたしを振り返る。白い雲のゲボクを間に挟んだ分だけ、わたしたちは離れている。
「あの子が、怖い?」
首を傾げた。
三白眼で怨みがましく睨みつけられたらゾゾっとしちゃうけど……怖い感じはしなかったなあ。しょんぼりとしてて、おとなしそうだったし。
わたしがかぶりを振ると、侯爵令嬢は「よかったわ」と朗らかに微笑んだ。
「あの子より、さっきの大男さんの方が怖かったです」
「あらあらあら、まあまあまあ」
侯爵令嬢は、口元に手をそえて楽しそうに笑った。
「ジョゼフ様は、私の婚約者。オランジュ伯爵家の継嗣ですのよ」
「え?」
あの浮浪者みたいな人が?
シャルロットさまの婚約者? でもって、貴族?
「え〜〜〜〜〜!」
嘘!
「そんな! シャルロットさまみたいな綺麗な方が、あんな野獣と!」
侯爵令嬢が、コロコロと笑う。
「ジョゼフ様は、お優しい方よ。とても硬派なのに、女子供の気持ちを大切にしてくださいますもの。私、あの方が大好きなのよ」
「はぁ」
「あんな面白い殿方、他にはいらっしゃいませんもの。あなたも、そう思うでしょう?」
「はぁ」
……あんなおっかなそうな人のどこが? さっぱりわからないわ。
「うふふ。アネモーネさんには、こっそり教えてさしあげようかしら」
こっちにいらっしゃいと、侯爵令嬢が手招きをする。
近寄ると、耳打ちをされた。
「実はね、私、お兄様が大好きなの」
はぁ。
「お兄様が好きすぎて、他の殿方なんてずっと視界の隅にも入りませんでしたのよ」
はぁ。
「でも、ジョゼフ様は別。ほんとに変わっていらして……とっても魅力的。お兄様に代わる玩具……いえ、飽きずに生涯を共にできそうな方だと、私、確信しておりますのよ」
はぁ。
「そのお兄さまというのは……シャルルさまのことですよね?」
「あら?」
「さっきの学者さんは?」
「ああ。テオ兄さま? テオ兄さまは、またいとこよ。ボワエルデュー侯爵家と親しいボーヴォワール伯爵家の次男です」
ボーヴォワール伯爵家! そこのご子息ってことは! たしか、お父さまのスポンサーのおひとりよね?
あの優しそうな学者さんが、スポンサー!
上客になりそう!
しっかりご機嫌とっておこう!
シャルロットさまが、わたしをジーッとご覧になっている……。
「あ、あの……?」
「うふふ。正直におっしゃい。あなた、お兄様のこと、どう思ってらっしゃるの?」
正直に?
お父さまの金づる……では、正直すぎよね。
「お父さまのスポンサー。大事にしなきゃいけない方だと思っています」
伯爵令嬢が、とても明るく笑う。
「あなたも、素敵ね。オランジュ邸には、ほんと、面白い方ばかり」
楽しそうなシャルロットさまの後について、シャルロットさまのお部屋に戻り……
その三時間後……シャルロットさまのお部屋に、ジョゼフさま来訪。
「……先程はお見苦しい姿をお見せして申し訳ありませんでした」
婚約者に対し、胸に手をあてて頭を下げるジョゼフさま。
これ誰? ってぐらい別人だわ!
金髪のくるんくるんの頭だし! もしかして、カツラ?
でも、貴族的所作がしっくりくるというか……上絹の衣装をきっちり着こなしているというか……よく見ればハンサム。シャルロットさまと並んでも、どうにか許せるレベル?
「淑女であるあなたを怯えさせたことを、お詫びいたします」
「お気遣いありがとうございます、ジョゼフ様。お顔を拝見できて、嬉しいですわ」
「……いえ」
「ニコラ君と仲直りできまして?」
「……はい」
「北方での修行はいかがでしたの? どんな成果が?」
「……まあ、そこそこ」
すっごい不機嫌顔。
答えも、ぶっきらぼうだし。
シャルロットさまと目を合わせようとしない……。
「申し訳ありませんが、そろそろ退出します。まだ北でやり残したことがありまして……こちらで休息をとった後、あちらに戻ろうかと思っているのです」
「あらあらあら。そうですの。残念ですけれど、それでは仕方がありませんわねえ」
ん?
あれ?
ジョゼフさまが、こっちを見てるような?
「シャルロットさま。そちらが、発明家ルネの娘ですか?」
「ええ。アネモーネさんよ」
「はじめまして」
次期伯爵に、ご挨拶をした。
オランジュ家継嗣は、興味なさそうにわたしを見ている……。
「ジュネがその娘に会いたがっていました。今度、時間をつくってやってください」
は?
ジュネ?
誰?
「まあ、ジュネさんも、戻ってらっしゃいましたの?」
「はい。ですが、俺といっしょに、あいつも北方にとんぼ返りします」
「お会いしたいわ。今、ご挨拶に伺おうかしら」
「今ですか……?」
ジョゼフさまの顔が渋いものになる。
「あいつは、今、シャルル様と話していますので……」
「あらあらあら。お兄様と? それではお部屋に入れてもらえませんわね。男同士の大切なお話の最中ですものね」
「……顔を出せるようなら、こちらに寄るようにジュネに伝えておきます。それでは」
頭を下げ、ジョゼフさまはさっさと部屋を出て行ってしまった。婚約者の義務で、顔を見せただけって感じ。
しかし……
ジュネ……?
誰だろ? なんで、わたしに会いたがってるの?
わかんないなあ。