表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
きゅんきゅんハニー  作者: 松宮星
堕ちた勇者
146/236

◆北の国から 追憶◆

 俺が生まれ育った北は、過酷な土地だった。


 ついさっきまでいっしょに遊んでた奴が消えたこともあった。

 血の臭いに満ちた場所で、人間の一部であったものを見つけてしまったこともあった。


 獰猛なモンスターや野獣が徘徊している北では、死は常に隣り合わせだった。


 土地は貧しく、ろくな食い物はなく……

 ろくでもない人間も居た。

 全部が全部そうだったわけじゃない……他人から、やさしくしてもらった記憶もある。

 だが、許せねえ最低野郎も居た。自分よりも弱い立場の者を食いものにするような……。


 ガキなりに覚えている。


 あいつらが母さんにしたことを、俺は生涯忘れない。



 強くなる。


 強くなって、俺が母さんを守る。


 ずっと、そう思っていた。



 人間不信だった俺は、最初、ジャンヌのおやじさんも敵視していた。

 北の女を『妻』に迎えてくれた、あの人のいいおやじさんを、だ。


 おやじさんの娘にも、いい感情など抱いていなかった。



 けれども、ジャンヌは……


 俺と出逢った時、微笑んだのだ。

『ジャンヌよ』

 とても嬉しそうに、無邪気に笑いかけてきたのだ。


 ムスッと口を閉ざした無愛想な俺に。


『にいしゃま、にいしゃま』


 たどたどしい言葉。

 大きな頭をゆらし、ヨチヨチ歩く姿。


 なにもかもが無防備で、弱々しかった。


 北に行けば、一日どころか半日も生きられない。死ぬべき運命の者だ……幼心にそう思った。

 俺ですら殺せそうだ、とも。


 だが、俺は……

 そんな冷めた思いとは裏腹に、両手を差し延べてしまった。


 足がもつれて転びかけたジャンヌを、支えてしまったのだ。


『あいがと』

 元気よく答え、そしてジャンヌは笑ったのだ。


 天真爛漫な笑顔で。


 俺だけを見つめて。


『あそぼー にいしゃま』


 そのセリフに……ずっきゅんと何かが突き刺さった。


 俺の魂の奥深いところが揺さぶられてしまったんだ。



 俺のハートは、キュンキュンと鳴った……




 その日から、俺は小さくて、可愛くて、天使のようなジャンヌを守る為に生きてきた。


 ジャンヌのおやじさんがいい人すぎて、母さんを守る必要がなくなったせいでもあるんだが……。



『みて、みて、にいさま、お花〜』


『このいちばんキレイなのが、にいさまのね』


『にいさま、だっこ〜』


 俺の後をついてきて、俺のやることはなんでもやりたがり……


 よく笑い、よく泣き、よく怒り……


 一人じゃなにもできないくせに、俺を守るんだと息巻く義妹。


『にいさま、いいこいいこ』


『にいさま、げんき?』


『なかないで、にいさま。ピアさんかしたげる』


……無邪気に慕ってくれるおまえに救われた……ささくれだっていた俺の心を、おまえは癒してくれた。



『にいさま、だーいすき』


『せかいでいちばん、にいさまがすきぃ』


『おおきくなったら、ジャンヌね、ジョゼにいさまの、およめさんになるの〜』


『はやく大きくなりたいなあ』


『ジャンヌは、ずっとずっとず〜っと、にいさまといっしょよ』



 ずっと一緒だと答えた。

 おまえの為なら何でもする、生涯おまえを守るとも誓った。



 幼い日の誓いを支えに生きてきた。


 ジャンヌが賢者に連れ去られた後も。

 母さんやおやじさんが亡くなって、オランジュ邸に引き取られた後も。

 おばあ様の命令で、無理矢理シャルロット嬢と婚約させられた時も。


 苦しい時も悲しい時も、おまえを思った。

 勇者という過酷な運命を背負ったおまえを助けたい……その一心で体を鍛えた。



 愛らしいジャンヌ。


 あどけなく、優しく、可憐で……


 まっすぐな瞳でオレを見てくれた、清らかなジャンヌ。


 誰よりも、この世の何よりも、おまえを愛してきた。



 誓いを果たし、共に生きる日を夢見てきた。



 けれども……


 わかっていた。


 幼い日の約束で、おまえを縛ってはいけない、と。



 幻想世界で、狼王カトヴァドに淡い恋心を抱いたジャンヌ。

 失恋の嘆きに沈むおまえを慰めようとして、俺は認めたくもない事実を口にした。



 幼い日のおまえは、

『おおきくなったら、ジョゼにいさまの、およめさんになるの〜』と、そう言ってくれた。

 しかし、翌日にはクロードにもプロポーズをしていた。

『ピーピー泣かないの、およめさんになってあげないわよ』と。

 そうかと思えば、『せーじょ(聖女)さまになるの。ショーガイドクシン(生涯独身)なの』だの、『お姫さまになるの』だの、『ミレーヌおばあちゃん()のネコになる』だの……。


 子供は移り気だ。

 だが、その場その場では真剣なはず。

 カトヴァドはいい加減な気持ちでおまえにプロポーズしたのではない、真剣におまえが好きだったはず、本人には心変わりをしたという自覚すらあるまい、子供のしたことだ許してやれ……俺はジャンヌをそう慰めた。


 おまえとの約束が、むなしいものとなると承知しながら……






 開いた目に、布の天井が映った。


 いやな夢を見た……。


 溜息を漏らすと、

「あら、おはよ」

 のんびりとした声がかかった。


 ジュネは、『だれでもテント』の出口の方で、すり鉢を抱えて座っていた。

 毛皮にシャツにズボンというラフな格好。その上、化粧もしていない。だが、それでも女にしか見えない。華奢というわけでもないんだが。

 その側に、ピナさんがちょこんと座っている。バレリーナ姿のピナさんは、ぽわ〜んと淡く光っていた。ジュネの手元を照らす灯りになっていたようだ。

《ジョゼ〜 まだおひさまが出てないわよ〜 もすこしねたら〜?》

 ピナさんが、おっとりと尋ねる。ピンクの毛も、白いチュチュや白鳥のティアラも、ほんわかした雰囲気も、なにもかもが可愛らしい。


「いや、充分眠った」

 俺が『おはよう』と言うと、ピナさんも『えへっ♪』て感じに首をかしげ挨拶を返してくれる……とても、愛らしい。

 ちいさいころのジャンヌみたいだ。


 いつも通りに、服の下になっているペンダント――ピナさんとの契約の証に触れ、愛しい義妹の無事を祈った。

 異世界へ赴いたジャンヌの胸には、お揃いのペンダントが輝いている。

 ペンダントを通しジャンヌの無事を祈るのが、就寝前と起床時の俺の日課だ。


 ピナさんも俺と同じポーズをとる。

《ピオが〜 異世界で、がんばっていますよ〜に》。



 ジャンヌの側を離れてから、二十日が過ぎた。


 ジャンヌもピオさんも、元気に旅をしている……そう信じている。


 何があろうとも、賢者や仲間たちが『勇者』を守り通してくれる。

 信頼して託してきた以上、雑念は抱かない。


『上位者』と呼ばれていた敵の存在は気がかりではあるが……


 今は、自分のことだけに集中する。


 強い(おとこ)にならねば。



 (こっち)に来てから、俺が生まれ育った集落が無くなったことを知った。


 しかし、ジュネやトマじいさんの尽力で、何人かの格闘家に会えた。中には、あの集落出身の者もいた。

 彼らとの対戦から、得るものは多かった。

 生き抜く為に鍛えられた技は、無駄が無く、鋭く、早く、そして美しかった。勉強になった。


 彼らの修行方法を参考に、時にはモンスターと対戦し(北の住民に迷惑がかからないよう、対戦相手・場所はジュネたちに決めてもらった)、俺自身の技を追い求めている。


 ピナさんとの合体技『くまくまファイヤー』も、どうにか形になってきた。

 精進を重ね、もっともっと威力を高めなくては。


 欲しいのは、絶対的な力だ。

 ジャンヌの敵――魔王や『上位者』を葬れるだけの力が欲しい。


 そうでなければ、意味がない。

 ジャンヌを守る……その為に俺は生きているのだから。



「さっき、じいさまから、獣のお知らせ便が届いたの」

 ジュネは手元を睨み、すりこぎを、ぎくしゃくと動かしている。

「朝食を食べたら、移動しましょ。『カタギリ ユキヤ』って村に行くわ。滞在許可は、じいさまが貰ってくれたから」

「カタギリ……?」

 俺は眉をひそめた。

「変な名前の村でしょ? 村の始祖の名前が、そのまま村名になってるのよ」

「カタギリ ユキヤ……?」

 何だろう。何かがひっかかる。どうして気になるのかは、自分でもわからないが。

 俺の方を横目で見て、ジュネがニッと笑う。

「英雄世界であなたに稽古をつけてくれた二十九代目勇者、『カタギリ ナオヤ』って名前じゃなかった?」


 あ。


「そうか」

 二十九代目は、体術に霊力をこめて戦う格闘家だった。

 闘気の使い方に無駄がある、戦闘スタイルを根本から見直さねば伸び悩むことになるだろう、そう助言をくれた恩人。

 あの人の助言もあって、俺は再修行に踏み切ったのだ。


 二十九代目は、英雄世界の格闘技――ジュードーの使い手。ジュードー技に霊力をこめ、超怪力を発揮したり、自分ばかりか他人に活力を与える……そんな二十九代目の活躍は、子供の頃、『ふたりの ゆうしゃ』という絵本で読んだ。

 あの絵本では、二十九代目の名前は『キンニク バカ』。

 導く賢者は、二十九代目の実の兄。英雄世界の人間でありながら賢者となった変り種。二十八代目勇者『エリートコース』。


 それが勇者名であって本名でないことは、英雄世界に行ってから知った。


「では、カタギリ ユキヤは……」

「二十九代目の兄か、その名を継ぐ者でしょ。二十八代目の名前は『ユキヤ』だって、爽やか美形の七代目が教えてくれたじゃない?」

……そうだったろうか。

「二十八代目は、未だに帰還していない。おそらくは亡くなったのだと、覚悟もしている。二十八代目のその後も知ってたら教えて欲しいって、七代目が賢者さまに頼んでたでしょ?」

 ああ……

「そういえば、あったな、そんなこと」

 よく覚えているものだ。

「あの時は、『伝えられぬ事は語らない』って、賢者さまはにべもなかったけどね。あなたが、自分で知ったことを伝える分にはぜ〜んぜん問題ないんじゃない? 一日とはいえ、格闘の師になってくれた人だもの。喜ばせてあげたいわよね?」

「その通りだな。ありがとう」

「あなたが次に二十九代目に会うのは、魔王戦の時よね。時間ないだろうし、『カタギリ ユキヤ』村で見聞したことは手紙にしておけばいいかも」

「わかった」

「『カタギリ ユキヤ』村は魔王城の北にあるの。村人全員が技法使いって変わった村でね、都のとはちょっと系統が違うらしいの。せっかくだから、お手合わせ願ったら? 一対一の戦闘なら、あなたが負けることはありえない。けど、複数の技法使いとの対戦となったら話は別。技法発動までの長い下準備をする仲間を、他の奴が庇うから……」


 話をしながら、ジュネは乾燥した芋を砕き、粉末にしている。


 この野生の芋の粉が、最近の主食だ。


 獣を使って掘り起こしたものを、

 何度も水にさらしてアク抜きし、

 それから三日かけて乾燥させ、

 砕いて粉末にして保存。

 水をまぜて練って焼くか、スープに入れて食べる。


 食べるまでに手間がかかる上に、うまくない。

 ガキ時分によく食べた(もん)だから、俺は食えるが……クロードなんか無理だろう。苦味が強すぎ、えぐみすらある。口残りも悪い。


 しかし、これが一番無難な食べ物なのだ。


 北に来る前は、食料が尽きたら狩りでもしようと甘いことを考えていた。

 だが、ジュネに止められた。北は、貧しい。それぞれの村が、テリトリーを死守し、どうにか生きているのだ。旅人ならば、最低限の採取は許す。が、長期滞在者は、村の『敵』とみなされ、私刑にされかねない。北は、余所者に寛容な土地ではないのだから、と。


 食料を買おうにも店などなく、むろん宿屋もない。

 どこぞの村の客人となれば、食料と住む場所は用意してもらえる。けれども、どこも豊かではないのだ。厄介になればなるほど、食料の蓄えを減らさせることになる。分けてもらうのも心苦しかった。


 だから、トマじいさんの村の客人となり、獣使いの村のテリトリーで修行しつつ、村人が採らないものを食べて暮らしているんだが……


 俺は、ほぼ何もしていない。

 ジュネ、それとトマじいさんに頼ってしまっている。

『雑事はあたしたちに任せて、修行に専念してちょうだい』。

 道案内(ガイド)どころか、水や食事、宿泊場所の確保、野宿時には獣使いの力で周囲から野生モンスターを追い払うことまでやってもらっている。

『好きでやってんだから、気にしないで。あなたは強くなって、ジャンヌちゃんを助ければいいの。それが、勇者の仲間であるあたしへの恩返しじゃなくって?』


 軽薄なおかまだと思いこんでいたジュネは、知れば知るほどいい(おとこ)だった。


 しかも……


 寝床から起き上がり、ジュネの隣に座った。

「代わろう」

「あら、休んでていいのに」

「働ける時には、働く。手伝わせてくれ」

 正直、見てられない。

 乾燥芋をすり潰すだけなのに、何故、そんなに肩をいからせているのか。


「じゃ、お願いしちゃおうかしら。うふふ。ご親切にどうも、次期伯爵さま」

 ジュネが、俺にウィンクする。


 (こっち)に来てから、わかったが……

 ジュネは、ひどく不器用だ。細かい作業が苦手というか、やたら物を壊すというか。力が有り余りすぎているんだろう。

 ものすごく集中すれば、できないことはない(・・・・・・・・・)らしい。実際、興味があること――化粧や装いなどはうまくやれている。

 けれども、単純労働は駄目だ。すぐに集中力を切らしてしまう。

 雑巾も、まともに絞れない。力を入れすぎて雑巾をズタボロの布片にするところや、水の切れていないびしょ濡れの状態で使う姿を、何度か目撃している……。


 目も当てられないほどの不器用なくせに、俺の世話役を買って出てくれたのだ。

 ほんとうにいい奴だ。



 ただ、こいつが故郷の村に馴染めなかった理由もよくわかる。


 北では、ほとんどの物を自分たちで作る。

 家を建て、畑を作り、家畜を飼育し、狩りをし、薪を集め、保存食・薬・道具・衣服を作り……生活していく上で習得しなければならない技術は多い。

 一通りのことができて、初めて一人前。

 不器用な人間は、一段も二段も下に見られる……そういう土地柄なのだ。


 ジュネは、記憶力に優れ、頭の回転も速い。

 獣使いとしての才にも、あふれているように思う。

 であるのに、『獣使いの村』で『労働力にならない人間』と軽んじられては……


 故郷での日々は、さぞ不愉快なものだったろう。



 芋の粉のパンケーキ(もどき)と、トマじいさんから貰った木の皮のような燻製肉。それに、獣に採らせたという木の実が加わり、豪勢な朝食となった。


 味はともかく、腹はふくれた。


 食後に黄色い茶を飲み、口の中をすっきりさせてから、移動の準備となった。


『だれでもテント』をたたみ、ピナさんに手伝ってもらいながら、グリフォンのグラの背にまとめた荷を載せる。


「魔王城のそばの村、『カタギリ ユキヤ』か……」


 魔王の誕生と共に、北の荒れ地に魔王城が出現する。

 魔王が百日の眠りに入る城だ。

 歴代魔王の城はぜんぶ同じ位置に同じ形で現れたそうで、魔王城が立つ場所は『呪われた北』と呼ばれている。


『呪われた北』に行ったことはない。

 ガキのころもそうだし、今回、北に渡る時も『呪われた北』の辺りは通らず、山を越えた。

『呪われた北』を避ける理由は、『そばに王国の城砦があるから』だとジュネは説明した。城砦の主目的は、魔王城を監視し、凶悪モンスターの南下を防ぐこと。それに加え、越境者の拘束・監禁の役目も担っているのだとか。

『北に幾つもの村があることも、土地を捨てた農民、犯罪者、異端者、政治犯なんかが逃げ込んで暮らしていることも、城砦の奴らも知ってはいるのよ。でも、建前上、『呪われた北』より先は神の恩恵が届かぬ地、誰も住んでないことになってるでしょ? 越境者を発見したら、働かざるをえないわけ。トラブルは避けましょ』


 北には、魔王城を目にした人間が多い。

 だが、子供のころ聞いた話は、誰から聞いてもいっしょだった。


 魔王城は、草木一本ない荒れ地にあった。

 闇のように黒く、山のように超巨大な城。

 外から見えるのは、ただひたすら高い黒い壁。黒光りする不思議なもので出来ていて、金属とも岩とも骨ともつかぬ壁が、空に向かってありえぬ高さまで聳えているのだとか。

 雷鳴轟く嵐や暗雲漂う曇天が似合いそうな不気味な場所だった……

 魔王城はある日ふっと消えてしまった、それで勇者が魔王を倒したのだとわかった。


 話は、それだけだ。

 それ以上のことを知っている大人は居なかった。


 誰も、魔王を見ていない。


 魔王は出現と同時に百日の眠りにつく。眠っている間は完全無敵。眠るのは、魔王としての力を溜める為だと言われている。

 で、目覚めた日が、勇者と魔王の決戦日。

 戦いは魔王城の中で繰り広げられる。賢者と仲間しか、その戦いに立ち会えないのだ。


 ジャンヌの宿敵――今世の魔王は、どんな奴なんだろう。

『ふたりのゆうしゃ』の魔王は、巨大な角を持ち、黒い翼を持った影みたいな奴だったが。



 手を動かしながら、とりとめもないことを考えてたら、グラが奇声をあげた。

 グラだけじゃない。グラの兄のグリも、ばっさばっさと翼を動かし、落ち着きなく四足を動かしている。すぐにも飛び立ちたいというかのように。


 二匹のグリフォンは、ひどい興奮状態だ。


 けれども、モンスターをなだめるべき獣使いは、しまりのない顔で、

「きゃぁぁぁ〜ん♪」

 赤くなった頬に両手をあて、天を見上げていた。


 明けたばかりの、薄ピンク色ともオレンジともつかぬ空。

 そこに動く何かがあった。


 小さかったそれが、徐々に大きくなる。

 巨大な鷲と馬が混ざったようなモンスター。

 ヒッポグリフだ。


 それが、天から舞い降りると、

「いやぁん、もう、うれしー!」

 獣使いとグリフォンは、翼あるものに殺到した。


「会いに来てくれるなんて、夢みたい! 会いたかったわぁん、ダーリン!」

 頬を染めて詰め寄る獣使いに、ヒッポグリフの背にいた者は一言、「……ばか」と、だけ言った。


「んもう! つれないんだから! そこもいいんだけど!」

 ジュネは、ニコニコ笑顔だ。

 ぽわ〜んとした顔で、ヒッポグリフの背に居る男――農夫のエドモンを見上げている。

「ね、ね、ね。どーしちゃったの? わざわざ北まで来てくれるなんて。もしかして、おじいさまの呪いが解けた報告? おじいさま、元気になったの?」

「あ」

 ゆっくりと、農夫は頷いた。

「……うん」

「ほんと! きゃー! 良かった! ず〜っと心配だったのよ! 呪いが胸まで達してるって聞いたから!」

「……なおった。というか……さいぼーぐ、になった」

「さいぼーぐ? なにそれ?」

 聞かれても、農夫は答えない。下唇をむすっとつきだし、不機嫌顔で黙ってしまう。

「あ〜 何だかわからないけど、元気になったってこと?」

「……うん」

「そう。良かったわ! じゃ、お祝いパーティね! やるって言ってたもの!」

「……言ってない。おまえが、そう、」

「ちょ〜嬉しいわ! だけど、ごめんなさい。今、ジャンヌちゃんのお兄さまの修行につきあってて、側を離れられないのよ。祝杯はまたこんど誘って。とびっきりのワイン、持ってくから。それから氷なんだけど」


「黙れ」

 エドモンが、珍しくしゃきしゃきしゃべる。

「黙ってくれ……あいつと話したい」


 獣使いが驚いたように、口元に手をあてる。


 ヒッポグリフから降りた小柄な男が、俺の前までやって来る。

「……その、」

 俺の前に来てから、エドモンはどもった。

 両目が前髪に隠れているせいで、表情は読みづらい。


 だが、やけに真剣な雰囲気はひしひしと伝わってくる。


……嫌な予感がした。


「……すぐに、帰った方がいい、と思う……いや、帰って来てくれ」


 農夫の言葉を待たず、こちらから聞いた。


「ジャンヌの身に何かあったのか?」


 農夫が、のろのろと頷く。


「……行方不明だ」



 頭の中が、真っ白になった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=291028039&s
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ