◆使徒聖戦/吸血鬼のマント◆
囲まれちまったな。
ざっと見たところ、大物はいない。
魔界はS級魔族の溜り場だが、部下はそうでもねえ。魔界生まれ魔界育ちの小物も居る。あんまり知的じゃねえ、獣に近い野良モンスターもうようよいる。
今、俺たちを囲んでるのはそんな奴ら。とるにたりねえ雑魚ばかりだ。
だが、その数は半端ない。
次から次に現れちゃ、砂糖に群がる蟻のように、俺たちのもとへ殺到してくる。
それというのも……
「魔界に棲くうクズどもよ。人を堕落させ、喰い物にするゴミどもよ。存在自体がきさまらの罪だ。内なる俺の霊魂が、マッハで、きさまらの罪を言い渡す」
この人がいるせいだ。
神の使徒は、嫌になるほど神々しい。
光り輝く魂は、邪悪には眩しすぎる。
魔族は、恐れをなして逃げ出すか、逆上して襲いかかってくるか。いずれにしろ、神の使徒を無視できないのだ。
「有罪! 浄霊する!」
神父の祭服に、十字架、五芒星つきの指出し革手袋。
いつもの格好に、更におまけがついている。
まず、腰に細剣。クロードくんが借りたはずのボワエルデュー侯爵家の家宝は、今、なぜか使徒さまのものに。
『ククク・・良いものを持っているではないか、イチゴ頭。その神の奇跡、この俺が使いこなしてやろう』と、同時に預かった護符ごと、取り上げたのだ。
更には、アランさんが天界で貰った物も物色し、その内の数点も巻き上げ……じゃねえ、『有効活用のため預かって』いる。なので、背にマントもしている。まあ、俺には見えねえんだが。
クロードくんはもちろんアランさんの方も、すんなり貸してたから問題はないが……
アレな格好のアレ度は、確実に高まっちまった。
使徒さまの体から、光が広がり始める。
白い聖霊光……本人曰く、聖気、信仰心、魔力、精気、生命力、気力。あらゆるものをぶちこんで生み出した、神の奇跡。
邪悪を葬り去る強大な刃だ。
「その死をもって、己が罪業を償え・・・終焉ノ滅ビヲ迎エシ神覇ノ贖焔!」
光が一気にふくれあがり、どデカい白光の玉と化してゆく。
目を刺すような痛みを感じ、瞼を閉じた。今の俺じゃ、あれを直視できない。
光の波が周囲に爆発的に広がって行くのを感じながら、俺は顔を伏せていた。
ぐぉぉ〜 うぉぉ〜と響く断末魔の声。惨状は見えないが、周囲に居た魔は根こそぎ祓われたはずだ。
「使徒様! かっけぇぇ!」
クロードくんのやたらハイテンションなはしゃぎ声やら、
「凄まじい浄化の力……さすが使徒様」
アランさんの驚きの声も聞こえる。
お二人は、『使徒さまの光』をまともに見られるのだ。清らかさゆえに。羨ましいこった。
「マルタン。これではキリがない。おまえの攻撃は敵を呼び寄せるだけだ」
感情のこもらない平坦な声で、賢者さまが使徒さまをたしなめる。
「邪悪を無視できぬことは、知っている。だが、今は『勇者』を救う使命の下にある。小悪を見逃したとて、神への誓いを破ったことにはなるまい」
「ククク・・賢者殿、俺だとて、やみくもに、手当たり次第、考え無しに、暴れているわけではない」
わっはっはっはと楽しそうに高笑いをしてから、使徒さまがきっぱりと言いきる。
「これも馬鹿女を救い出す為の策。俺の内なる霊魂がそうせよと命じているのです」
今のところ、俺たち一行に被害はない。
使徒さまのおかげ。
それと、俺の八人の精霊たちのおかげだ。俺らの周りに結界を張り、索敵をし、使徒さまに疲労回復の魔法をかけと、精霊たちは大活躍だ。
大物さえ出てこなきゃ、何時間でもここで粘れそうではあるが。
『じーぴーえすクン』やクロードくんの魔法で、お嬢ちゃんの現在地はだいたいわかっている。
ここよりかなり北。
精霊の風渡りでも、一日じゃ辿りつけねえ。
その上、障害物がごまんと居るのだ。とっとと移動した方がいい。しかし……
薄目を開けてみた。
使徒さまは、腰ひねり、両手を胸の前で交差させている。
まだまだ殺る気のようだ。
観念して、しばらく目を閉じることにした。
「穢れし呪縛より、解き放たれるがいい・・・終焉ノ滅ビヲ迎エシ神覇ノ贖焔!」
今ので、五発目だ。
有無を言わさず全てを浄化しまくる魔法。
それが放たれたってのに、終わりがこなかった。邪悪な存在が蠢く気配が消えない。どころか、徐々に大きくなる。
《見つけた! ついに見つけたぞ、僧侶!》
聞こえてきたのは、使徒さまにも劣らぬ高笑いだった。
《その姿! 魂と合致した肉体! 器ではないな! それこそが貴様の真の肉体! 会えて嬉しいぞ。美しいこの私が華麗に引き裂いてやろう》
目を開け、空を見上げた。
緑色の空に、人の姿をとったものが浮かんでいる。
襟の高い黒マントを、体に巻きつけて宙に立っているのだ。風になびく黒髪は長く、肌は青白い。目も唇も血のごとく赤い。男とも女ともとれる中性的な美貌の主。
アランさんが剣を抜き、クロードくんが魔術師の杖を構える。
二人にも敵の力量がわかったようだ。
使徒さまの魔法一発じゃ祓いきれぬ存在……魔王級のご登場だ。
なにやら、使徒さまとは因縁があるようだが。
使徒さまが、派手な舌打ちをする。
「俺はまたしても、きさまの領地に来てしまったのか?」
《ふん。違うぞ、ここはエドナの領土だ。あの化け蛇に獲られる前に、貴様を狩りに来たのだ》
魔界貴族は、互いに監視し合っている。殊に隣人の動向には目を配り、戦となれば、介入もする。隣人に加勢するか、攻め手側につくかは、その時の気分次第だが。
「ほう? 他領では、能力が制限されるのではなかったか? 二流の分際で、更に弱くなったわけだな」
《二流だと……?》
「魔界貴族の中では、『眼帯』が一番強かった。俺は、強い奴と戦いたいのだ。クズどもを祓いまくり、俺という存在をアピールし続けたというのに・・」
やれやれといった感じに、おおげさに使徒さまが首を振る。
「釣れたのがきさまでは、話にならん。マッハで立ち去れ。今ならば、昔のよしみで見逃してやることもない」
……つまり、見逃す気もない、と。
《僧侶! 吸血鬼王ノーラを愚弄するのか!》
魔界貴族は、総じて誇り高い。侮辱には、敏感に反応する。
「当然だ。貴様は『眼帯』よりも弱い。俺が手を下すまでもない」
使徒さまがフンと鼻で笑う。
「もう一度言ってやる。立ち去れ、三下」
あからさまな挑発。
だが、そうとわかっていても無視できまい。ここまで言われて立ち去っては、矜持に関わる。
《楽には死なせぬぞ、僧侶》
怒りも露わに、吸血鬼王が口を大きく開く。
その口から、キ――ン! と、耳をつんざく不快音が発せられる。
吸血鬼族の超音波攻撃は、衝撃波、精神撹乱、麻痺、催眠など種類は豊富だが、こいつのは一味違った。
「お?」
光精霊の結界が、一気に消え去ったのだ。
結界消去? いや、魔法付与を無効化する音響か?
口から不快音を発しながら、魔族が急降下してくる。左手に黒く光る魔力球を溜めながら。
精霊に結界を張り直させても、駄目だ。無効化されてしまう。
使徒さまの全身から光が一気にふくれ上がり、どデカい白光の玉と化してゆく。
まともに目を開けていられねえ。
だが、光の広がり方が半端ないのはわかる。いつもの倍? いや、それ以上だ。
「愚昧なる吸血鬼王よ! その死をもって、己が大罪を償え・・・真・終焉ノ滅ビヲ迎エシ神覇ノ贖焔!」
「俺の背後へ!」
アランさんが叫ぶ。ただならぬ雰囲気を察し、戦士の直感のままに動いているのだ。
使徒さま以外の人間が動く。
たしかに、こいつはまずい。
「緊急退避! 全員、戻れ!」
俺の内に、精霊達を同化させる。
物理的にヤバイのは人間の方だが、精神生命体の精霊もヤバイ。この激突の煽りをくらえば、存在基盤がふっとぶ。占い師の勘が、そう告げている。
俺の肉体の内に籠もってりゃ、人間が殻となり、精霊の存在基盤は守られる。魔界に来たばかりの、序盤も序盤。ここで、大切な女たちを失うわけにはいかねえ。
《あああ……ご主人さまのお体を逞しくすることすら、できません。こ、このままでは、ご主人さまといっしょにグチャグチャに……ハァハァ……》
土の精霊は何やら嬉しそうだ。とりあえず、放っておいてやる。
「ククク・・・滅べ」
使徒さまのごきげんな声。
聖なる光と邪悪な魔力。
間もなく、ふくれゆく二つがぶつかる。
衝撃に備え、そばに居た奴を引き寄せた。
賢者さまは不老不死。
なら、この肉体を盾に守るべき人間は一人だ。
「はひ?」
かぼそいクロードくんの体、そして頭を抱えこみ、上半身を被せた。
おかしくって、口元に笑みが浮かぶ。
野郎と心中だけはご免だな。
ここじゃぜったい死ねねえな、リュカにあざ笑われちまう。そう思った瞬間、衝撃が訪れた。
烈風、地面の揺れ、全身に走る激痛。
一度に襲ってきた痛みの全てに堪え、必死にその場に踏みとどまった。
吹き飛ばされたら、よけいひどい。
強靭な戦士の背後こそが、安全地帯だ。
辺りが暗くなる。
周囲の地面がえぐられ、土砂が舞い上がっているせいだ。
剣と剣とがぶつかり合う音が響いた。
「アレッサンドロ殿、治療を!」
アランさんが叫ぶ。
「精霊を出してください! こいつは俺がおさえます!」
視界がきかない。
だが、アランさんの背は見える。
鈍色の両手剣を振り回し、襲いかかってきたものを突き飛ばし、受け流し、斬りつけと、めまぐるしい剣戟を繰り広げている。
敵は、吸血鬼王ノーラ。
アランさんの背に隠れてほとんど見えねえが、尖った剣先のような爪で戦っているようだ。
一見五分に見える。
が、アランさんは思う存分戦えてない。背後の者を庇い続けようと、動きの幅を狭めているせいだ。
更に言えば……
《戦士。人間のくせに、なかなかやるではないか》
吸血鬼の方は、余裕綽々だ。くつくつ笑っていやがる。
再びキ――ンと耳障りな音がする。
しかし、何も起きない。
吸血鬼王が感嘆の声をあげる。
《魔力ばかりか、我が声までも斬るか。素晴らしき剣技だな》
「……魔法剣のおかげです」
《その驕らぬ気性、顔、逞しい体、太い首……どれをとっても、いい。超好みだ。貴様は実に美味そうだ……我が手でねじ伏せ、組み敷き、太い血管を噛み切ってやる。喜べ、貴様、吸血鬼王ノーラの食事となれるのだぞ》
「お断りします」
吸血鬼を弾き飛ばし、アランさんがきっぱりと言う。
「俺の命は勇者様のものです。魔族などに、捧げません」
《勇者か……ふふん、またしても、か》
「思うままに動け! フラム、マーイ、アウラ、サブレ、グラキエス、エクレール、マタン、ニュイ!」
判断はすべて、女たちに任せる。
炎と雷そのものの姿となって敵を狙う、フラムとエクレール。
アウラはアランさんの護衛につき、
グラキエスは氷の結界を張り巡らし、
サブレは俺と同化、
マーイが俺に、マタンがクロードくんに、ニュイが賢者さまに治癒魔法をかける。
だが、半泣きのクロードくんは治癒魔法を唱えるのをやめない。
必死になって、初期魔法を……効果の弱い魔法を賢者さまに唱え続けている。
《魔力の無駄使いはおやめ。妾の治癒が信じられぬのかえ?》
闇精霊の問いかけに、素直な彼はハッとなる。
「すみません! ボク、そんなつもりじゃ!」
ニュイが口元に手をそえ、笑う。
《よい、よい。わかっておる。優しき子よ、妾は穏やかな眠りを司り、死者への尊厳を抱くもの。傷つき疲れたものは、妾の懐に抱く》
賢者さまは、ニュイの治癒の力に包まれている。
その姿をお嬢ちゃんが見たら、怒りのあまり卒倒しかねないな。
大地に横たわる賢者さまのローブはズタボロ。全身は血まみれだ。
俺たちとアランさんの間に入り、アランさんの剣が切り裂ききれなかった攻撃をその身に受けてくれたのだ。
勇者の伴侶である、クロードくんと俺を殺さぬよう……勇者ジャンヌの託宣を叶えるために、自ら壁となったのだ。
血の気のない顔を見てると、嫌ぁな気分になる。
さっき、俺も自分の体を盾にした。
この体には、さほど未練はない。死んでも、構わねえと思ったんで。
あの世界の理に則って、魔界に転移したんだ。死んだって、理どうりに、次の体に移るに決まっている。新たな人生……いや、魔生となるのか? ともかくクソッタレな輪にはまるだけだ。
そんな自分を棚上げしといてなんだが……
ためらいなく犠牲になる生きざまは、気に喰わねえ。
賢者は、たしかに不老不死だ。どんな深手を負おうとも、たとえ木っ端微塵になろうとも、必ず甦る。
しかし、痛覚は普通の人間と同じ。
死亡同然の傷を負えば、地獄の痛みを感じ、再生中もとんでもねえ痛みを感じ続ける。
その上、治癒速度は魔法よりも何十倍も遅いときてる。『人としての痛みを忘れぬため』。ありがたい神の御心って奴だ。
痛みを感じて、人であれとは……傲慢はなはだしい。
賢者本人の自己治癒に任せるより、魔法で癒した方が遥かにいい。早いし、人道的ってもんだ。
神さまは『賢者』に、不老不死の祝福と、かりそめの魔法の力、あらゆる職業を導ける知識を授ける。
そして、こき使うのだ。
次代の勇者を育てろ、と。
勇者を見出し、育成し、勇者と魔王の戦いを見届ける……『賢者』は、それを繰り返すだけ。運が悪ければ何百年もの間、勇者と二人っきりで、外界から隔絶された賢者の館で暮らすはめとなる。
『賢者』を退けば、有限の命に戻れる。とはいえ、賢者であった時が長ければ長いほど外界との繋がりは弱まり、もと賢者は知人など誰もいない――見知らぬ異世界のような場所に放り出されるのだ。
勇退賢者の全員が、その後、安寧な人生を送れたとは思えない。
時として、神さまってぇのは、魔族より残酷なことをなさるもんだ。
『賢者』は、神の駒。自由を奪われた、奴隷なのだ。
賢者は、気づいていないのか、そうと知っていて従っているのか……。
ま、どっちでもいいが。
剣戟はまだ続いている。
アランさんは戦い続けている。
フラムとエクレールも果敢に攻めちゃ居るが、攻めきれない。あの超音波攻撃は、精霊にゃ脅威だ。距離をとって、主にアランさんの支援に務めている。
《僧侶! 出て来い! 貴様の仲間をすべて殺すぞ!》
粉塵はあらかた消えたが、使徒さまのお姿が見当たらない。さっきの衝撃でどっかに吹っ飛ばされたのか、内なる魂の命令に従って身を潜めているのか、華々しい出番を待って隠れているのか……あの人の考えだけは読めねえな。
「アレッサンドロさん。さっきはありがとうございました」
俺に頭を下げてから、クロードくんは深呼吸をした。
「ボクも戦います」
両手で杖を握りしめ、クロードくんは杖底を地面につきたてる。
杖頭のダイヤモンドに額をあて、小声で呪文の詠唱を始める。
俺も、懐から水晶を取り出し、左の掌にのせる。
右手を、そっとその上にそえ、水晶の中に映し出されるものから、未来を読み取る。
湧いて来る、おおよそのイメージ。
それを現実にあてはめ、置かれている状況も加味した上で、未来を推測する。
仲間の未来、俺の選択、勇者さまに繋がる道。
おぼろげながら、よりよい未来が見えてきた。
「エクレール」
名前を呼ぶと、雷精霊は人型になってすぐそばに現れた。
「注目を集めたい。できれば、吸血鬼にダメージを与えたいが、ま、嫌がらせでもいい。いい物ないか?」
《はいは〜い♪ 困ったなーという時には、これ! 『ルネ えきすとら・でらっくす』〜》
預けておいたルネさんの発明品を、エクレールは何処からともなく取り出した。
《それじゃ、これいってみよー! 『悪霊から守るくん 改』〜》
エクレールに、腕輪を手渡される。
《勇者さまが、デュラフォア園で使った奴の改良版! スイッチ押せば、もうバッチリ! 賛美歌が流れて、悪霊撃退! 絶対に悪霊にとり殺されないんだって〜》
「賛美歌ねえ」
《あたしのみたてでは、小物魔族には効果抜群! 蹴散らせると思うんだー だけど、たぶん中級魔族以上には逆効果! 窓ガラスをキーキーひっかかれてるようなもんだもん! やかましいって怒らせると思うんだ〜》
「なるほど」
水晶珠をしまい、腕輪を左手首につけた。
スイッチを押すと、パイプオルガンの厳かな曲が流れ、変声期前の少年たちの澄んだ歌声が流れ出す。
神を讃える歌。天上の音楽だ。
ピカッと周囲が光り、遅れてドドォンと雷音が響く。
クロードくんの雷魔法だ。
その直撃を避け、吸血鬼王は飛翔していた。マントをバッと広げて。
風に靡く黒髪とマント。
そして、今までマントで隠されていた体は……
一糸まとわぬ姿だった。
前方のクロードくんが、体勢を崩し、動揺のあまりか杖を落とす。鼻の下をおさえているようだ。
ふくらみがほとんど……いや、まったく無い絶壁でも、女の姿。
裸の女がマントなびかせて目の前に現れたんじゃ、純情少年は、まあ、こうなるか。
騒音発生源の俺を、宙から吸血鬼王が冷めた目で見下ろしてくる。
ニヤリと口元を歪めて、手を振ってやった。
吸血鬼王が、けげんそうに眉をひそめる。
《貴様……大侯爵殿か?》
否定も肯定もせず、ただ視線を受け止めた。
《これはこれは……まったくもって変わったお姿で。酔狂なあなたらしい》
吸血鬼王が、くつくつと笑った。
人ではないものの目で、全てを見通せたようだ。この肉体、宿る魂、祝福という名で与えられた神の呪いを。
《肉の殻に閉じ込められ、神の掌で遊ばされておいでか》
「まあ、人生いろいろあるさ」
肩をすくめてみせた。
「吸血鬼王さま。俺の顔に免じて、仲間を見逃しちゃくれませんかね?」
《ふん?》
「あんたの獲物は、神の使徒のはず。二兎追う者は、何とやらだ。欲張ると、痛い目に合いますぜ」
《ハッ! 忠告か? 人の身に堕ちた分際で、この私に対等な口をきくか?》
「とんでもない、吸血鬼王さまのお慈悲におすがりしているだけで。そこの戦士と魔術師は、俺のお得意さま。そっちに倒れてる男は、俺の女の家族も同然のお人。俺にとっちゃ大事な方だ。命ばかりはお救いいただけませんかね?」
《知らぬな……私の知ったことではない》
「切り刻み足りないのでしたら、この肉体にどうぞ。バラバラにしてくだすって構いません……なんでしたら、殺しますかい?」
「アレッサンドロ殿!」
「ダメです、アレッサンドロさん!」
占いの館の上客二人が、俺の前に立つ。吸血鬼から、俺を守ろうと。
《貴様を殺す? ふざけるな! 天地が逆転しようがご免だ!》
吸血鬼王の端麗な顔には、嫌悪の情が浮かんでいた。
《呪いをうつされては、たまらん! 貴様だけは何があろうが、手にかけぬ! あわれな人間となりし者よ、親しき者が屍となりゆくさまを、そこで……ッ!》
吸血鬼の上体が傾ぐ。
その美貌を、驚愕に歪めて。
一滴の血も流れなかった。が、吸血鬼は胸から刃を生やしていた。
背後から、刺されたのだ。
「囮ご苦労! ドレッド! よくやった! それでこそ我が親友!」
《貴様……》
肩越しに振り返った吸血鬼。
宙に浮かぶ魔族の後ろに、寄り添うように光輝く男がたたずんでいる。空中浮遊の魔法で浮いているようだ。
「後方不注意だったな、裸」
《僧侶。貴様、いつの間に……》
「何を今さら驚いているのだ、裸? 俺は神の使徒。邪悪と戦い続けるのが使命だ・・であるからには、」
まばゆく輝きながら、使徒さまが高らかに笑う。
「あらゆる神の奇跡は、俺のもとに集う! 言うまでもなく、確定的に、明らかな、この世の黄金律なのだ!」
吸血鬼王を刺している剣は、ボワエルデュー侯爵家の家宝。魔力をこめればこめるほど切れ味が増すという魔法剣。魔力自動回復の護符も奪っ……いや、借りてる使徒さまは、魔法撃ち放題、剣振るい放題の状態だ。
背後から忍び寄れたのは、アランさんから借りたマントのおかげだ。俺の目には見えないが、使徒さまは『心の清いものにしか見えないマント』を装備している。装備者が望めば、姿ばかりか魂も気配も魔力すらも他者から『見えなくする』奇跡を起こせるらしい。盗賊が欲しがりそうな一品だが……そもそも、あのガキにはマントが見えねえか。年のわりに、すれてるからな。
「剣には、俺の聖気もこめた」
剣をひきぬくために、使徒さまが吸血鬼王を蹴り飛ばす。
瞬く間に、吸血鬼王の傷は塞がる。しかし、剣先で貫かれた箇所は赤黒いまま残り、青白い肌の中に浮き上がる醜い傷跡と化した。
「ありがたく思え、裸! 聖痕をくれてやった! これから百日の間、きさま、俺の助手に返り咲けたのだぞ!」
《僧侶ぉぉぉ! この私に、貴様ぁぁぁ!》
耳まで裂けんばかりに口角をつりあげ、吸血鬼王が怒り狂う。
だが、しかし……
「動くな、裸」
主人の言葉に、しもべとされたものは逆らえない。
吸血鬼王にできることは、憎い相手を睨みつけることだけだ。
神の使徒が、楽しそうに笑う。その悪どい顔は、まったく聖職者に見えねえ。よくて凶悪犯ってとこか。
「俺たちを、『眼帯』のもとまでマッハで連れて行け。用がすめば、穢れた世界から出て行ってやる。自由が欲しくば、とっとと働くのだな」