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きゅんきゅんハニー  作者: 松宮星
堕ちた勇者
140/236

死神とお人形

 死霊王ベティが、箱馬車を魔法で呼び寄せた。丸くてオレンジで穴が開いてて……カボチャのランタンそっくり。御者はスケルトンで、馬も骨だった。アンデッドの王らしい子分たちね。


《あらゆる攻撃を弾く、鉄壁のカボチャさ。ノー・ダメで国境を越えられるよ》

 死霊王は、ハーピーの体に自分の首をくっつけている。胸まで人間、両腕は翼、下半身は鳥。ちょんちょんと跳ねて、カボチャ馬車に乗り込んでゆく。

《おいでよ、ゆーちゃちゃま、クマちゃんたち。外にいたら、やわなあんたらはズタズタになっちまう》


《行こう、オジョーチャン》

 いつのまにか、ヴァンはマントつきの緑クマに、ルーチェさんは白いドレスを着た虹クマさんになっていた。

 ちっちゃいぬいぐま姿の二人が、アタシの荷物を頭に抱えて運び、カボチャ馬車に飛び乗る。

 アタシと精霊たちは、死霊王と反対のシートについた。緑クマになったヴァンたちは、アタシの荷物の上だ。ちょこんと座っている姿は、とってもラブリー。


《悪いね。あたしや眷族だけならさ移動魔法で運べるんだけど、人間を無事に目的地まで運ぶ魔法なんざ知らなくてねえ。ぺっちゃんこに潰れてもよければ運んだげるんだけど》

 死霊王は、ゲヒヒと笑った。

 笑えないわよ、その冗談。



「サリーって、どんな奴?」

『お友達になりたい』って近づいて来た魔族に、質問した。

《死神王サリー。暗黒神とも呼ばれてるね》

「マルタンの言ってた『眼帯』が、そいつ?」


《そうだよ。右目の眼帯が、あいつのトレードマークさ》

 片目の魔族なのか。

 右眼に眼帯……デ・ルドリウ様といっしょね。


《クサレ僧侶の奴、あんたに、サリーに萌えろって言ってたよね? 伴侶の一人にするのかい?》

「わからないわ……会ってみなくっちゃ」


 死霊王がニッと笑う。

《サリーは、いい奴だよー あたしの国はさ、東は吸血鬼王ノーラ、西は獣王バガス、南は蛇身王エドナとしょっちゅう争ってるんだけどね、北のサリーだけはぜったいに攻めてこない。北の境は、いつものんびりしたもんさ》

「平和主義ってこと?」

 そう聞くと、魔族はゲヒヒと笑った。

《そうとも言えるね。あいつは、戦争ごっこに興味がないんだ。自分の領内でよその貴族(ヤツ)が多少の悪さをしても見過ごす……てか、気にもしない。だけど、自分の大切なものを侵されたら烈火のごとく怒る……そういう奴さ》

 へー

《めったに本気にならないけど、個体としての戦闘力だけ見りゃ、ここらで随一だ。たのもしい奴だよ、ものすご〜く美しいしね》


「美しいの? 死神が?」


《聞いたことあるだろ? 魔族は美しいものなのさ。上級の魔族ほどその美しさは完璧さとなる。人間の美男美女なんざ、目じゃないね。どっちにもなれるし》

「男にも女にもなれるってこと?」

《そ、そ、そ。だからさー 出逢った時、見た目が女でも、がっかりおしでないよ。男でもあるからさ》

「美しい外見は、人間を誘惑する為でしょ?」

《そうだねえ。あとは、まあ、ナルシストだからか。み〜んな美しい自分が大好きなのさ》

 ハーピー姿の死霊王が、グヒヒと笑う。う〜ん……その姿が美しいと、死霊王本人は思ってるのか。悪趣味……。


《連絡とってもいいかい?》

 ん?

《サリーはさ、美しいものやかわいいものが大好きなんだよ。『かわいいお嬢ちゃんと、ぬいぐまを連れてく』って言やあ、国境をすんなり通してくれる。ご機嫌で城に招いてくれると思うんだ》

 死霊王がヒヒヒと笑って、アタシを見つめる。

《あんた、ぶちゃってほどじゃないし、そこそこ見られるもん。サリーの好みだと思うよ……胸は貧しいけど》

 む!

 わざとらしく、生胸(なまむね)ゆさゆさ揺らすなよ、ハーピー魔王!


 アタシは、死霊王をジーッと見つめた。

 厚化粧の魔族は、下卑た笑みを浮かべている。


「やけに親切ね、あんた」

 なにたくらんでるのよ。


《当然だろ、あたしとあんたは『お友達』なんだから。友達のために、あたしゃ、一肌ぬいでんだよ》

 死霊王はプッと吹きだし、イヒヒと笑う。いかにも悪どい顔で。


《それとまあ……あんたの可能性を見極めたいってとこかな》

「どういう意味?」


 死霊王がウヒヒと笑う。

《あんたがジャンとどこまで一緒か、どんだけ魔界で旋風を起こせるのか、そばで見ていたい……それだけのことさ》


「ますます意味がわかんないわ」


 死霊王は、ニタニタ笑っている。

《この話はまたにしようや。もうすぐ国境だ。サリーと連絡とるよ」


 何もない空に、黒いものが現れる。黒い……しゃれこうべ?


《もしも〜し、サリー。あたしだよ》

 顔の高さにプカプカ浮かべたソレに向かい、おしゃべりを始める。もしかして、アリス先輩達が使ってた携帯電話……みたいなものかしら?

《ちょいと面白い子見つけてねえ。今から連れてくよ……。は? 客ぅ? あんたんとこに? めっずらしい。誰だい?……へー ふーん。まあ、いいや。国境通しとくれ。あんた好みのお嬢ちゃんとぬいぐるみ連れてくからさ。かわいいよぉ〜 なぁんとクマちゃんだ》




 道中、死霊王は『勇者ジャン』のことを語った。


《『勇者ジャン』は魔界に仲間探しにやって来たのさ。このあたしの他にも、死神王サリー、吸血鬼王ノーラ、蛇身王エドナ、夢魔ラモーナなんかを仲間にしてたねえ》

 死霊王が目を細める。過去を振り返る人のように。

《おちちょー様が大好きで、スケベで、純で。なんにでも一生懸命になるガキだった。あんなバカ、めったにいない。だから、あれこれ手伝ってやったのさ。あたしが頑張ったから、あいつ、魔界の王すら仲間にできたんだよ》


 へ?


「魔界の王って、魔界のトップよね? 一番偉い王様まで仲間にしちゃったわけ?」


 死霊王がニヤリと笑う。

《そうだよ。凄いだろ? 光の勇者のくせに!》

 ウヒヒと死霊王が笑う。

《あんたは、どこまでやれるかねえ? せめてサリーぐらいは仲間にしなよ。ちょいと足を伸ばして、すましやノーラや、悪食のエドナも仲間にしちゃえば? ついで、だ。ジャンは行かなかったけど、あたしの領地の西にも行きなよ。バガスってバカな獣王がいるからさ。キュンキュン萌えておくれよ》


 そこで虹クマさんが口をはさむ。

《勇者ジャンヌを使って、敵を撹乱する。それがあなたの狙いですか?》


 死霊王は真っ赤な口を歪め、荷物の上に座るぬいぐまをジロリと見た。

《そーなったら、笑えるってだけだ。勇者さまは、自分の意志でサリーのとこを目指すんだろ? だから、『お友達』のあたしは手伝っている。それだけだよ》


 お友達ねえ……。


「ねえ、勇者ジャンって、あんたが死霊王だってわかってたのよね?」

《そうだよ》

「あんたが死者を操ること、どう思ってたの?」

 反発したり、更生させようとかしなかったわけ?


《そういうもんだって受け入れてくれたよ》

 魔族がヒヒヒと笑う。

《肉食獣が獲物を喰らうのと、いっしょさ。あたしゃ、魔の生き方しかできない。それが駄目だってんなら、力づくでくりゃいい。魔界じゃ、力こそ正義だ。超強い奴に祓われるんなら、文句はない。あたしゃ、綺麗に消滅してやるよ》

 ゲヒヒヒヒと、ハーピー魔王が笑い転げる。


「……マルタンに負けるのならいいってこと?」

 死霊王がピクッと反応する。

《人間ごときに、あたしゃ負けないよ》


「マルタンとは、いつ知り合ったの? やっぱ、魔界?」


《ああ。勇者ジャンの仲間の一人が、クサレ僧侶の器だったんだよ》

 へー

……てことは、あいつ勇者ジャンを知ってるのか。

 どんな人か聞けば教えてくれるかなあ? ん〜 神との誓約とやらで、なんも教えてくれないかもだけど、いちおう聞いてみよう。

《凶悪な面がまえの尼僧だった。まあ、クサレ僧侶が憑依してたからなんだけどさ。ちっちゃい体で好き勝手に暴れやがって、あたしの体を吹き飛ばしたばかりか、額に……》

 ギリリと歯ぎしりの音が響く。

 死霊王は、超不機嫌そうな顔だ。

《ちきしょー! ちきしょー! ちきしょー! 思い出しただけで、むかっぱらだ! あのクサレ僧侶! いつか、生皮ひんむいて、あたしの玉座の絨毯にしてやる! 踏んで、踏んで、踏みまくってやるんだ!》


……これ以上、マルタンとの因縁は聞かない方が良さそう。


 ひとしきり怒鳴った後、死霊王はニタリと笑った。

《あの野郎の話は、やめにしよう。あんたのこと聞かせてくんない? どんな冒険してきたんだい? そのかわいいクマちゃんたちは、何処で手に入れたのさ?》




 死霊王とおしゃべりをしたり、食事をとったり。


 馬車の旅は順調に進み……


 死神領に入ってからは、魔法の先導を受けた。

 カボチャ馬車ごと空中浮遊の魔法で浮かされたのだ。

 馬車は空を飛び、ハゲ山とハゲ山の間の谷に運ばれたのだ。

 高い所から谷を見た時、びっくりした。

 そこは白い霧におおわれていた。

 霧が出てるのに天からは白い光が差してるんで、白い谷はキラキラと輝いていた。

 そんな中に、城はあった。白い塔が四つある、青い屋根のキレイな城。おとぎ話に出てきそうなかわいい城だ。白い霧につつまれたその姿は、天空の城のようにも見えた。


 死神王の城って聞いたから、くずれる寸前のボロボロの城をイメージしてたんだけど!


 死神といえば……デッカイ大鎌を持ち、ボロボロの黒のローブをまとった、ガイコツ。大鎌を振って命を狩り、ガイコツの馬で馳せる魔……


……むぅ。

 キュンすらしない。

 アタシ、スカル萌えじゃないし……。でも、まあ魔族にしては『いい魔族(ひと)』らしいし、萌えられるように頑張ろう。


『萌えろ。無理なら、決して叶わぬ望みを言え・・心からそれを望め・・それであいつを無力化できる』

 マルタンの言葉が、頭の中に甦る。


 ずっと『決して叶わぬ望み』のことを考えてきた。


 魔王を倒し、アタシの世界を救う。これが今のアタシの一番の望み。だけど、これは『ぜったいに叶える望み』だ。


 みんなのもとへ帰りたい、強くなりたい、レイたちが早く復活して欲しい、ブラック女神の器を倒したい……望みはいっぱいあるけど、どれもしっくりこない。


 何度も、お師匠様を思い出した。

 夢の中で、微笑んでいたお師匠様。

 白竜マルヴィナを見つめ、ほんの少しだけれども口角をあげ、目元も細めて、幸せそうにお師匠様は微笑んでいた。


 あんな風にアタシにも微笑みかけて欲しい……思う側から、否定した。


……アタシは、まだ『決して叶わぬ望み』を思いついていない。


 でも、きっと……どうにかなる! してみせる!




 馬車は城門の前で止まった。

 城壁には彫刻やらレリーフがある。聖教会のものに似ている。天使や聖獣にしか見えない美しい像が、いっぱい刻まれている。


 そのアーチ門の門扉の前に、死神が居た。

 黒のローブをまとった、骸骨。ローブの古び具合といい、肉も皮もない乾いた姿といい、いかにもだ。

 けれども、持ち物が違う。

 右手に大鎌ではなく、角つきの杖を持っているのだ。そこだけが、典型(テンプレ)に合ってない。


 肝心の大鎌は、すぐそばにたたずむ小さな子が大事そうに持っていた。


 アタシは何度も目をこすって、見直した。

 その子の頭の上には輪っかが浮いてて、背中には白い翼まで生えてる。

 どー見ても、天使……のような?


 薄い白レースのミニドレスはスケスケで、下着が見えちゃってる。ブーツも白い。

 髪の毛は、澄んだ空のような水色。肩にかかる長さにまで伸ばしている。

 顔はちょーかわいい。ふっくらとしたほっぺたがピンク色で、口元はにっこりと笑っている感じ。

 右目にはハート型の眼帯。左目は青く、こぼれそうなほど大きくてくりくりしてた。


 魔界に天使?

 しかも、すっごくかわいいのにほぼ裸で、デッカイ黒い鎌を持ってるんだ。

 それだけでも、変なんだけど……


 どー見ても幼児。

 たぶん、五、六才ぐらい。


「死神サリーって……」

 馬車の中のアタシは、死霊王に尋ねた。

 骸骨と天使。パパと娘ぐらいの身長差があるけど……

「どっち?」


《『眼帯』だよ。クサレ僧侶がそう言ってたろ?》

 ヒヒヒとハーピー魔王が笑う。

《あっちのガイコツは、サリーの客さ。サリーに負けず劣らずのひきこもりのくせに、遊びに出るとは、どういう風のふきまわしかねえ》


 門前のチビッコを、あらためて見つめた。

 とっても、かわいい。

 かわいいけど……

「天使なのに、死神?」


《堕天使ですね……》

 ルーチェさんが、ポツリとつぶやく。

《天界を追放された天使の成れの果てです》


《ゆーちゃちゃまも、天界を追放された口だろ? サリーといっしょだ》

「落っこっただけよ。追放されたわけじゃないわ」

《はいはいはい。おバカなあんたは知らないだろうけどね、そーいうのを堕天って言うんだよ。さ、行くよ、ついといで》

 馬車の扉が勝手に開き、死霊王がちょんちょん飛び降りて行く。


《行こうぜ》

 ヴァンに促され、アタシも馬車を降りた。

 緑クマさんと虹クマさんが脇をかためてくれ、体の中にはピオさんとピロおじーちゃんが居る。二つの剣はちゃんと装備してるし、『勇者のサイン帳』もポケットの中、バイオロイドのポチの培養カプセルも持っている。

 大丈夫、いざとなったら戦える。どうにかなる……。


 鎌を持ってない左手をあげ、幼児がハーピーへと手をふる。

《ベティちゃん、おしらせありがとー》

 にっこり笑う顔が、むちゃくちゃかわいい……。


 アタシの胸は、キュンと鳴った。


《トリさんになったベティちゃんもかわいいねー ギュッしたい! お人形にしていい?》


《ケッ! あんたのお人形なんざ、ご免だね! そっちの娘に遊んでもらいな》


《ちぇっ。つまんなーい》

 ぷぅ〜っと頬をふくらませてから、チビッコ天使がアタシを指差す。


《それ?》

《だよ。ぬいぐまのおまけつきだ》

《うわ、うわ、うわぁ〜 かわいい〜》

 チビッコ天使が、ほにゃ〜と笑って、ヴァン、アタシ、ルーチェさんの順に指差す。

《100テン、75テン、100テン! ぜぇいん、ゴーカク!》


 アタシ、75点?

 てか、合格ってなに?


《死神王さまがお人形にしてくださるのさ》

 死霊王がギヒヒと笑う。

《サリーはね、美しいものを、生き人形にするのが趣味なんだよ。あの城の中には、人形ハーレムがあるのさ》

 はぁ?

《人形になったら、あの城で籠の鳥だ。くたばるまで、外には出られない。サリーの慰みものにされるんだよ》


「冗談でしょ!」

 カッとなって叫んだアタシ。


 そこへ。

《あはは。元気な声。キミ、おなまえは?》

 のんびりとした声が、かかる。


「ジャンヌです」

 あれ?

 答える気なんかなかったのに。


 チビッコ天使は、ニコニコ笑いながらアタシを見ている……


《いくつ?》

「十六です」

 また、口が勝手に!


《もうちょっとこっちにきて、ジャンヌちゃん》


 アタシの足が勝手に歩き出す。

 ヴァンもルーチェさんも、その場から動かない。

 アタシだけがお子さま天使を目指す。


 助けを求めても、心の中から返事がない。ピオさんもピロおじーちゃんも動けないの?


 足が止められない。

 手も動かない。ポケットの中の『歴代勇者のサイン帳』、あれに触らなきゃマルタンを呼び出せないのに!


《あんたはもう、あいつのお人形になりかけてるんだよ》

 ウヒヒと笑いながら、アタシの横をハーピーがちょこまか歩く。

《サリーの左目をまともに見ちまったろ?》

 アタシの目は、チビッコ天使に釘付けだ。右眼をハート型眼帯で覆った死神は、キラキラ光るつぶらな瞳でアタシを見つめている……

《あいつの左目は、魔眼だ。目だけで、相手を殺すこと、身動きを奪うこと、魅了することができる。あれに魅入られたら最後、何もできなくなる。生かすも殺すもサリー次第になるのさ》


……なんですってぇ?

 なんで、今の今までそのことを教えなかったのよ!


《だけど、まだ逃げ道はある。本当のお人形にするには、契約が必要なんだよ。あんたの願いをいっこ叶える代わりに、サリーはあんたを人形にするって流れなのさ》

 ハーピーが下品に笑う。

《あんたなら、サリーに勝てる。あたしゃ、信じてるよ。バカの真価を発揮すりゃ、どうにかなるはずさ……あの時のジャンみたいに》

 グヒヒと笑いながら、ハーピーは飛び去って行った。


 ふつふつと怒りがこみあがってくる。


 死神王にアタシをぶつけて、ジャンって奴と比較するの?

 いいかげんにしろ!

 アタシは、勇者ジャンじゃない! そう言ったのに!


 宝石みたいに綺麗な左目を見つめながら、アタシは立ち止まった。天使と骸骨と向かい合うように。


 目を閉じようとしてもダメだ。勝手に開いてしまう。

 当然、目もそらせない。


《キミ、ニンゲンにしては、キラキラだねえ。キューセイシュとかユーシャとか、そーいうの?》

「勇者です」

 答えようと思う前から、しゃべってしまう。


《へー ユーシャ! じゃあ、ユーシャちゃんだぁ!》

 死神王が、無邪気に笑う。

《やったー こんどは、ユーシャをお人形にできるー うれしー! キミ、かわいがってあげるね!》


 こんどは(・・・・)


 その言葉が、アタシの怒りを煽る。


 アタシを誰かと比べてるわけね?


 あんたまで!


 怒りが全身を駆け巡る。


 濃い香りが広がる。

 覚えのある香りだ。

 ピュアでフルーティーな花々の香りのような。

 甘い香りに包まれながら……アタシの視界は真っ赤になっていった。


 そして……

 アタシの中で、何かが外れた。

 ピオさんとピロおじーちゃん。同化していた二体の精霊が、アタシの内から剥がれてゆくのも感じた。


《んじゃ、サクサクいこー ケイヤクだ。いちばんのねがいごとを、いって。なんでもかなえてあげるよー おしえて〜》


「アタシの願いは……」

 今、一番願っていることは……


「アタシがアタシであることよ!」

『オニキリ』を抜いた。

 ジパング界のヨリミツ君から託された、戦う為の刃だ。


「あんたの人形なんて、お断りよ! アタシは好きなように生きる!」


 きょとんとした顔の堕天使に向け、刃を振り下ろした。


 アタシの『オニキリ』を、大鎌が受け止める。


 チビッコ天使の姿が揺らぎ、水色の髪と白い翼がぶわっと宙に広がった。

 アタシと対峙している相手は、いつの間にか変わっていた。いかめしい大鎌を持っているのは、チビッコ天使じゃない。

 アタシよりもずっと背が高い、六枚の翼を持つ天使だ。二枚で顔を覆い、二枚で下半身を隠している。体は隠してないから、スケスケのミニドレスと下着が丸見えだ。女性らしい丸みを帯びた体になっている。


《驚いた、私の邪視をはねのけるとは》

 声も口調もがらりと変わった。けど、声の主は死神サリーみたいだ。


《誇り高き人間よ。一つ問う。勇者とは神のしもべ。神の命ずるままに世界を救うものと、私は理解している。好きなように生きては、勇者の立場と矛盾せぬか?》


「ぜんぜん矛盾しない!」

 言ってやった!

「アタシは、世界を救いたいから救うのよ! 自分のために戦ってるの! それだけよ! 誰かにあやつられるなんて、死んだってご免だわ!」


《風のように何ものにも囚われぬ魂か……。得心した。勇者よ。支配を試みた非礼を詫びる。おまえは、好きなように生きるがいい》


 死神サリーの顔を覆っていた二枚の翼が開かれる。


 そこから現れたのは……


 究極の美貌としか言いようがなく……。



 胸がキュンキュンした……



 心の中でリンゴ〜ンと鐘が鳴る。

 欠けていたものが、ほんの少し埋まっていく、あの感覚がした。


《あと四十一〜 おっけぇ?》


 と、内側から神様の声がした。



 絹糸のような水色の髪、深遠な青い瞳……右目のハート型の眼帯だけはそのまんまだけど……美しすぎる。

 何って言えばいいのか。

 圧巻の美といおうか……

 妖艶でいて清楚、無慈悲にして情愛があふれる……何もかもを包容するかのような美しさなのだ。


 アタシは息をするのも忘れ、死神サリーを見つめ続けた……


《人の子をからかうのは、やめよ。良き趣味とは言えぬ。真の姿となった今、汝の魔眼は威力が増しておる》

 横からかかった声に、死神王は静かな笑みで応えた。

《からかいの報いは受けた。私はこの者に絡め獲られたようだ》

 楽しげに笑いながら、死神は縮んだ。頬はふっくら、胸はぺったんこの幼児に。翼は、六つから二つに減っている。

《やられっぱなしじゃ、つまんないとおもったんだけどー この子から、ヒカリのカゴ、くっつけられちゃったー あたし、また(・・)ユーシャのナカマにされちゃったみたいー》

 ぷ〜っと頬をふくらませる死神王。とっても愛らしい姿ではある。

 けど、縮んだせいか魅了の力は弱まった。


 アタシはサリーから目を離し、その横の魔族を見つめた。黒ローブをまとった骸骨。手には、角つきの杖。


 何もの? あんたもやる気? と睨みつけてやると、

《光をまといし者……魔王を倒す使命を帯びた勇者よ。ふさわしき力を身につけつつあること、嬉しく思う》

 などと魔族は言いやがって……


 思わず、

「誰?」

 って聞いちゃった。


 骸骨はカラカラと笑った。

不死の魔法使い(リッチ)、屍王ダーモットだ。一度まみえたはずだが、忘れたか?》


 リッチのダーモット……?


 記憶の糸をたぐりよせてると、すぐそばに浮かぶ赤クマさんが言った。

《ジャンヌの記憶を読んだよー そいつ、幻想世界のリッチだねー》

《英雄世界で、魔術師がこのものの影を召喚しておったぞクマー 巨大リッチ、そなたも見たであろうクマー》と、ピロおじーちゃん。


 おおお!


 思い出した!

 居た、居た、リッチ!

 デ・ルドリウ様のお友達! クロードの魔術の先生をやった、幻想世界一の魔法使いよね!


……なんで、魔界に居るの?

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