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きゅんきゅんハニー  作者: 松宮星
堕ちた勇者
139/236

死霊王の国で

 目覚めたら、不気味な空が見えた。雲ひとつない空は、紫色に濁っているのだ。


 変な空だと思っていると、

《おはよー ジャンヌ》

 赤い毛の塊が、アタシの視界を覆った。

 口から鼻のあたりだけが白みがかっている。もこもこの毛皮、つぶらな黒い瞳、小さなお鼻、小さなお口、そして、丸いかわいい……クマ耳。

「ピオさん……」

 その横から、同じ顔の白クマが現れる。

《少し顔色がよくなったようじゃなクマー》

「ピロおじーちゃん……」

 二匹のぬいぐまを、ハグした。


《よお。『お顔ふき君』でスッキリする? それともお食事にするかい、お姫さま?》

 ヴァンの軽口も聞こえる。


《おはようございます、勇者ジャンヌ》

 アタシのすぐ横に、ルーチェさんが座っていた。

 今日のルーチェさんは、女性形だ。

 腰までのロングヘアーは、ちょ〜ド派手。赤、橙、黄、緑、青、藍、紫……七色染めだ。

 それに対して、服は地味というか……珍しいことに真っ白なのだ。宗教画そのままのような白い服。

「それ、たしか導き手の制服……よね?」

 ルーチェさんは、軽く肩をすくめた。

《ええ。ダサイですが、魔界滞在中はこれでいきます。神聖補正効果がありますので》

 やや目尻が下がった緑の目が、スッと細められる。

《光界からのこのお仕着せ、対邪悪にはそれなりに高性能なんですよ。神聖攻撃及び防御25%アップ、存在基盤強化50%アップ……。制服の支援を受ければ、次こそはあなたのお役に立てると思うのですよ》


 アタシを見つめ、光精霊がやわらかく微笑む。笑うとできる、えくぼが可愛い。

《あなたが魔界から出界するまでは、還りません。ご一緒します》


「え?」


「でも……ルーチェさんには、導き手のお仕事が、」


《同僚に代わってもらう事にしました》

 ルーチェさんが、にっこりと微笑んだ。

《今は、あなたの方が大事ですから》


 じわ〜っと涙が浮かんだ。


《『勇者はね、何があっても仲間と共に生きるの』でしたよね? その言葉、お返しします。勇者ジャンヌ。私はあなたの側にいますよ》


 ルーチェさんに、抱きついた。


 ありがとう……もう、その言葉しか言えなかった。



 アタシの頭を、上からポンポンと撫でてくれてるのはヴァンだ。

 ピオさんとピロおじーちゃんも、背をさすってくれる。


 あんたたち……優しすぎるわ。


 ルーチェさんに抱きつきながら……


 ラルムのことを、

 ピクさんのことを、

 ソルのことを、

 レイのことを思った。


 アタシを庇って四散した精霊たち。


 アタシが堕天しないか心配していたラルム。

 落ち込んでたアタシを必死に慰めようとしてくれた、ピクさん。

 いつもバカやってるけど、いざとなったらアタシのために体を張ってくれるソル。

 耳に痛い真実を皮肉まじりに教えてくれたレイ。


 アタシがバカだったせいで、みんなは……。


 ごめんなさい……。


《主人が嘆き悲しんでばかりでは、四散した精霊が浮かばれぬ。四散損である。我ら精霊を大切に思われるなら、勇者としての生をまっとうされよ》

 レイの言葉を思い出した。


 もとの世界に還らなきゃいけない……

 ぜったい還らなきゃ。

 あらためて、そう思った。



 ヴァンは空中浮遊と短距離の移動魔法で、風結界ごとアタシを運んでいる。

 風の精霊は風から風に渡れる。けれど、跳べるのは、行った事のある場所か知覚できる範囲のみ。

《悪いな。魔界はオレも初めてで、ね》

 初めての場所なので、遠くまでは跳べないのだそうだ。


 少しづつ少しづつ、アタシは北へと近づいて行った。

 生きているものなどいない荒野を、ひたすら進んで。


 移動中、食事もした。


 荷物の中に非常用食料が入ってたし……

 エドモンからのおすそわけもあった。亀女神さまからの贈り物。賞味期限三日の果実。食べちゃわないと。

 袋から取り出すと、赤かったはずの皮が赤褐色になっていた。鮮度が落ちたっぽい。

 けど、皮をむいて出てきた実は、白くてぷるるんとしてて、いい匂いがして……変わらず美味しそうだった。

 果実を口に含むと、それだけで、体がカーッときた。不味かった口の中が爽やかになり、だるかった体に活力がみなぎる。

《さすが神の食事ですね》

 ルーチェさんは感心し、それから眉をひそめ周囲を見渡した。とっても不快そうな顔で。

《瘴気に満ちたこの世界では、腐敗も早い。食べ物は、全て私の光結界の中に入れておきましょう》

 で、透明な箱を幾つか作ってくれた。

 英雄世界の、タッパーとかいう密閉容器そっくりだ。

《この中に入れておけば、これ以上、鮮度は落ちません。神の食事は、まあ、どうあっても神聖さが減じてゆきますが……五日ぐらいなら奇跡をキープできると思います。疲れた時、神の食事を少し口にするようにしてください》



 おなかがくちたら、ちょっとだけ元気が戻った。


 北の魔界貴族を頼れと、マルタンは言った。

 いや、『眼帯に会え』だったっけか。

『萌えろ。無理なら、決して叶わぬ望みを言え・・心からそれを望め・・それであいつを無力化できる』

 使徒様の言うことは、いつもわけわかんない。

 てか、名前教えとけよ。『眼帯』なんてあだ名じゃなくてさ。なんて名前の貴族を頼ればいいのよ。


 っとに、バカでマイペースではた迷惑で……

 マルタンの神聖魔法のせいで、レイが……


………


 ちがう。


 そうじゃない。


 マルタンは悪くない。


 魔界に堕ちたのも、マルタンを呼んだのも、アタシ。

 全部アタシのせい。


 あいつは、アタシのピンチに駆けつけてくれただけだ。 


『俺が迎えに行く』

 あいつは、そう言った。 

 それまで邪悪に堕ちず待っていろ、と。


 胸がキュンキュンした……


 してしまった……


 ほんとに、もう……今のアタシはどうかしている。

 あの使徒様に早く会いたい。

 ほんのちょっとだけど、そんなこと思ったりしてる。

 おかしすぎ。


 魔界が寂しすぎる所だからだ。荒れ果てた荒野を見ながら、そう思った。




 たまに、スケルトンやらゾンビやら不死生物が襲いかかってきた。

 けど、ピオさんやピロおじーちゃんの敵じゃなかった。


《まっかせて! 世界の平和とジャンヌはクマクマ(エイト)が守るから!》

《ホッホッホ。今はクマクマ(フォー)どころか、クマクマ(ツー)じゃがなクマー。ヴァンもルーチェも人型じゃて》

《ピロおじーちゃん。今こそ、クマ(ぢから)を見せよう。2人ユニット、クマクマDUOを新結成! 歌って踊れるアイドル戦士をめざさない?》

《ふむふむ。おもしろそうじゃなクマー》

《ラブリーさで、ジャンヌをキュンキュンさせちゃお。かわいいは正義だよ♪》


 とことん明るいピオさんと、のほほんとしたピロおじーちゃん。

 風結界の中でダンスの練習をする二体を見てると、心が和んだ。



 そんなこんなで旅は続き……


 アタシは、また、死霊王に出会ったのだ。


 魔界の空には太陽が無く、昼も夜もない。

 不気味な色の空は、紫から、ピンクになり、黄色、灰、緑にとコロコロと変わってゆくだけ。

 どれほど時間が経ったのかはわからない。


 たぶん別れてから二日ぐらい……だと思う。二回、寝たから。


《それ以上進んだら、死ぬよ》

 そう言って、アタシたちの前に舞い降りたのは、死霊王ベティだった。


 少なくとも、頭は。


 ブラジャーすらしてない大きな胸をぷるんぷるん揺らし、グヒヒと笑うそれは……両手が翼、下半身が鳥の姿をしていた。

《下はハーピーだ。ハーピーに自分の首をくっつけたんだな》

 内緒話をしてきたのは、ヴァンだ。

 言われてみれば、死霊王の首の周りには縫い合わせたような痕がある。

 自分も改造しちゃうのか……とことんイカレた奴だ。


 赤と白のクマさんが、アタシの中にスッと入って来る。

 人型のルーチェさんとヴァンが、アタシを背にかばってくれる。


「なんか用?」

 左手を『歴代勇者のサイン帳』にあてながら、睨んでやった。


「とっとと帰ってくんない? マルタン、けしかけるわよ」


《やれるもんならやってみせな》

 魔族はゲヒヒと笑う。

《クサレ僧侶を降ろしたら、だいじなだいじなクマちゃんが四散しちまうよ。あと四匹しか居ないってのに、できんのかい?》


 ぐ。


「……聞いてたのね、アタシたちの会話」


《ここはあたしの領土だからね。こん中じゃ、あたしが一番強い。なんでも、見通せるよ》

 ハーピーが、デッカイ胸をそらせる。たっぷんたっぷんの(なま)の胸が揺れ動く。


《ちょいと、お話しないかい、勇者さま》


「話すことなんてない。あんたの道化も家来も、お断りよ」


《ああ……》

 魔族が、ウヒヒヒヒヒと笑う。

《悪かった。このまえのアレは無しにしようや》

 ん?

《あんたと出会えて、あたしゃ、ガラにもなく舞い上がってたのさ。許しておくれよ。首をちょんぎりたくなったのだって、ず〜っとあんたを側に置いときたかったから。『愛』なんだよ、『愛』》

「いらないわよ、そんな愛」

《そうだろうとも。せっかちはやめにしたよ》

 白粉で真っ白な顔が、イヒヒと笑う。


《お友達から始めないかい?》


 へ?


《よくよく考えりゃ、ジャンとも最初から仲良しこよしってわけでもなかった。二人の『愛』を育むには時間が必要だよね。あんたといっしょに旅して、苦難を乗り越え、二人の『愛』を育ててみたくなったのさ》


 あ……


 あからさまに、あやしい!


 ていうか! 改造マニアの死霊王のくせに! 『愛』ですってぇ?


 口をパクパクさせてるアタシに代わって、ヴァンが尋ねる。

《で? お教えください、死霊王さま。我が主人の為に、どんな友情を示してくださるおつもりで?》


《無事に、サリーのもとへ送ってやるよ。それで、どうだい?》

 ハーピーと合体した死霊王が、顎で背後を差す。

《このまんままっすぐ行きゃあ、アタシとサリーの領土の境界だ。けど、あんたらだけで突っ込んだら、ひっどいことになる》


「……どういうこと?」


《言ったはずだ、魔界貴族は争い好きだって。貴族の称号や土地を景品に遊ぶのも、戦争や部下の反乱も、しょっちゅうさ。だから、当然……》

 真っ赤な唇が、にたりと笑う。

《国境には、それ相応の備えをしてある。あたしとサリー、それぞれが防衛用に結界を張り巡らせてるし、罠もたっぷり、毒もたっぷり。あたしらの許しのない奴が近づきゃ、血を見るよ。魔王級の奴でもなきゃ、無事に国境を越えられないね》


「じゃあ、このまま行ったら……」


《あんたの大事なクマちゃんは、四散したろうね》

 下卑た顔で、死霊王が笑う。

《少なくとも一匹は。悪くすりゃ、三匹ぐらいボンだったろ》


 今の、本当?

 心の中で質問しても、なかなか返事が返ってこない。

 重ねて尋ねると、ピロおじーちゃんがため息まじりに答えた。

《国境が危険であることは、一度、伝えたぞいクマー。このエリア、つまり死霊王の領地に侵入した時に、ソルが大ダメージを受けたとな》


《そのせいでソルは四散しちまったが、どんなもんかはあれでだいたいわかった。同じ轍を踏まないよう慎重に越境するつもりだったんだぜ?》

《問題なく越境できるはずでした。だから、話題にあげなかった……それだけです》


 アタシを安全地帯に向かわせるために、内緒で無茶しようとしてたのか……。


 アタシは拳を握り締めた。


《気にしすぎちゃダメだよ、ジャンヌ。レイさんも言ってたでしょ、しもべの四散に心を痛めるなって。ボクらはねー ジャンヌを守るために存在してるんだから。ジャンヌのためなら、ぼくらなんだってやるよー》


 だけど……

 しなくてもいい無茶は、して欲しくない。


《チェッ。こうなるってわかってたから、ないしょにしてたのにぃー》

 ピオさんが、アタシの中でブーイングをする。



「教えて。アタシと仲良くなりたいのは……」

 一呼吸おいて言葉を続けた。

「もしかして、マルタンをはめるため?」


 派手な化粧のハーピーは、ニヤニヤ笑っている。


「あんたたち、なんか因縁があるんでしょ? どっかの世界で、敵同士だったとか?」


《う〜ん……まあ、当たらずとも遠からずかねえ》


「言っとくけど、アタシに人質の価値はないわよ」

 きっぱりと言いきってやる。

「あの野郎、邪悪を滅ぼす為なら、平気でアタシを見捨てるから。あたしが犬死したって無問題だ、魔王は俺が倒す、安心してくたばれとか、まえに言いやがったし」


 死霊王はプッとふき出し、翼でおなかを抱えてゲヒヒヒヒと爆笑した。


《だよねー 知ってる、知ってる! あいつは、そういう男さ!》


 笑いすぎてこぼれた涙を、死霊王は翼で拭いた。


《……だから、楽しいんだけどね》


 その笑顔はとても禍々しく……いかにも魔族って感じだった。


《あんな無茶苦茶で、強くって、見境なしの男、めったに居ない。あたしの手でバラバラにして、いい死霊(こぶん)にしたい……そうは思うけどねえ》

 死霊王が、アタシを見つめニィィっと笑う。

《今は、あいつよりあんたに興味があるんだ。あんたに好かれたいのさ》


 う!


 嘘ばっか!


 黒のアイシャドウとアイライナー、長いまつげの青い目が、瞬きすら惜しむかのようにアタシを凝っと見つめる……

 真っ赤な口に、親しげな笑みを浮かべて。


 無駄だから!

 そんな熱っぽい目で見ても、騙されないわよ、アタシは!

 あんた、ぜったいなんかたくらんでるでしょ!


「もっかいあらためて聞く……あんた、ほんとーにジパング界って知らない?」

《知らないよ》

「カガミ一族は?」

《さあ? 聞いたこともないね》

 ほんとのほんとに?


 こいつが、カガミ マサタカ先輩の仇じゃないんなら……


 ほんのちょっとの間だけなら、手を結んでもいいかもしれない。

 もちろん信用なんかしないけど……


 こいつの力があれば、国境を越えて、『眼帯』? サリー? って奴の所へ辿りつける。



 マルタンと再会するまで、こいつを利用してやる。



《黒いねー ジャンヌ。ジャンヌのが(わる)みたいー》

 赤クマさんの、ほんわかした声が心の中に響く。


 いいのよ、こいつは魔族なんだから!

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