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きゅんきゅんハニー  作者: 松宮星
堕ちた勇者
138/236

◆使徒聖戦/魔界へ◆

 何ものかの策略で魔界に堕とされた、ジャンヌさん。


 かよわき乙女が助けを求めておられるのだ。

 そこが如何に危険な地であろうとも、恐れはない。

 一刻も早く赴き、数多の敵を討ち倒し、お救いしたい……それが、魔法騎士(マジックナイト)たるこの私の務めだ。


 そう思ったのだが……



「言うまでもなく、確定的に明らかだが、魔界へは俺が行く」

 神の使徒。

 邪悪祓いに秀でた彼ならば、魔族相手に戦える。彼が行くことに異存はない。


「ドレッド。きさま、案内(ガイド)しろ。『ランベールの日記』の写本を一時手にしていたのだ、他の者が知らぬこともきさまならば知っていよう?」

 神の使徒は、占い師に同行を命じた。

「使徒さま。ご存じでしょうが、あの書は千五百年前のものですぜ。魔界があの当時のままなわけがない。俺の知識なんざ古すぎて、役に立ちませんよ」

「しのごの言わず、ついて来い。きさまは役に立つ。内なる俺の霊魂が、マッハで俺にそう告げているのだ」

 神託が下っているのなら、反対のしようもない。

 占い師は肩をすくめた。

「なら守ってくださいよ。精霊支配者ではありますがね、俺はしがない占い師、ただの人間ですから」


 にやにやと笑いながら鳶色の肌の占い師は、クロード君を指さした。

「それと、クロードくんの同行を希望しますぜ」

「はひ? ボ、ボク?」

 鼻の頭を赤く染めた男が、気弱げに声を震わせる。

 おろおろとうろたえる姿は、実に滑稽だ。

「行くからには、占い師としても働きたい。あっちでもキミを通して占えば、たぶん勇者ジャンヌの未来が読める。お嬢ちゃんのよりよい未来の為に、俺たちがどう動けばいいのか助言もできる」

 マヌケな顔をした男が、ぐっと口を結び、目を見開いた。

「わ、わかり、ました。行きましゅ」

 ふむ。

……軟弱者の彼にも、幼馴染を守ろうという気概はあったようだ。


「同行者はマルタン、アレッサンドロ、クロードか。……剣となり盾となれる者が欲しいな」

 当然だ。

 僧侶、占い師、魔術師だけでは、物理戦闘は厳しい。


 賢者様が異世界に伴える人間は、五人。

 ジャンヌさんの身柄を確保して戻って来るのだ、救出に赴ける人間はあと一人。



 エドモン君の浄化の矢は、魔界では役に立つだろう。けれども、弓使いである彼は防御を苦手としている。


 サイボーグとなったセザール老は、まだ(ボディ)の調整が終わっていないとのこと。

 発明家のルネは、サイボーグ体の整備・点検役だ。


 悪霊のニコラ君が、魔界へ行くなどありえない。


 テオは……我が再従兄(またいとこ)殿は、武術とは縁のない学問の徒だ。


 リュカ君は、身軽さを生かして逃走をはかる、典型的な『盗賊』タイプ。戦闘は不得手だ。


 となれば……二択。


 私かアランか、だ。



 賢者様が、私を見る。


 笑みを浮かべ、頷きを返した。

 この世でただ一人の女性……勇者ジャンヌさん……モン・アムール……

 最愛の方の危機(ピンチ)に駆けつけ、死地よりお救いするのだ。魔法騎士(マジック・ナイト)冥利につきるというもの。行き先が魔界であろうとも、この私にためらいはない。


 しかし……


「賢者殿。最後の一人は、裸がいい」

 と、神の使徒がおっしゃったのだ。


「裸……アランか。なにゆえ、アランを伴えと言うのだ?」


「裸には、裸。内なる俺の霊魂が、マッハで俺にそう告げているのです」


 は?


「あるものは使う。馬鹿とハサミは使ってよし、という金言ゆえ・・とだけ言っておきましょう」

 ククク・・と神の使徒が笑う。


「神意か……ならば、従おう」

 賢者様が、アランへと視線を向ける。


「お供します」

 実直な赤毛の戦士が、表情をひきしめる。


 アランは傭兵としてのプロ意識が高い。ジャンヌさんの失踪を、自分の落ち度と考えている節もある。ジャンヌさんの奪還の為に、全力で働いてくれるだろう。

 剣の腕は戦士ギルド(いち)。魔法剣を持ち、更には天界で神々から数多くの贈り物もされている。


 任せることに、異論はない。


 だが、しかし。

 窮地に陥った乙女を救い出す役がこの私でないのは……非常に不本意だ。




「勇者様が失踪? 困ったなーという時にはこれですぞ! 『じーぴーえすクン』! 勇者様の現在地が丸わかりのレーダー装置! エスエフ界でもこれで、行方不明の勇者様を探せました! 魔界で、どうぞご活用ください!」

 発明家が、旅立つ者全員に発明品を手渡す。

「そして、そして! 困ったなーという時には是非是非こちらをどうぞ!」

 大きな袋が、占い師に押しつけられる。

「みなさまからいただいたご意見ご感想をもとに! そこらにあったものを適当に詰め込んで、即席でつくってみました! その名も『ルネ えきすとら・でらっくす』! す・べ・て! 魔界でもぜったい通用する、優れもの! 旅のお伴にどうぞ!」


 私の見たところ、この発明家、無能ではない。

 魔法工房に弟子入りした経験もなければ、大学で専門技術や知識を習得したわけでもない。

 であるのに、革新的なアイデアをもって、多方面、多岐に渡る発明品を完成させている。

 逸材であろう。

 しかし……優秀には見えないのだ。残念なほどに。

 常時、フルフェイスのヘルメットを被り、ロボットアーマーを装着しているせいもある。

 が、何よりも問題なのは言動だ。妄想癖のある奇人か、詐欺師にしか見えない。


 占い師が、美しい精霊を呼び出す。

 紫水晶のような髪、スレンダーな体を覆う紫水晶のビキニ。腕と足の装甲も紫水晶だ。

 雷精霊か。

 ミステリアスで、実に素敵なお嬢さんだ。キラキラと輝く瞳は星のよう。純真な笑みは、穢れを知らぬ幼子のよう……可憐だ。

《あはは。すっご〜い、おもしろそうな発明品がいっぱいだ〜》

『ルネ えきすとら・でらっくす』とやらの中身が見えているのか、雷精霊のお嬢さんは満面の笑顔を浮かべた。

《ね、ね、ね、発明品のこと、教えて〜 意識するだけでいいから。ご主人さまの代わりに、あたしがバッチリ覚えちゃうよ〜♪》

 ああ……そんな機械の塊に抱きついて。中身は中年やもめであるのに。

 そんな男ではなく、私……いやいや。

 子供のように無邪気な方だ。……こんな時でなければ、お声をかけ、楽しい時間を共に過ごしたいのだが……まあ、いずれ機会もあろう。



 再従兄殿は、短時間の内に全員の旅の支度を整えていた。

「天界用に準備したアイテムを、今回もご携帯ください。護符や聖絹布に携帯用聖結界リングなど、有効に使えると思います。それから、非常食料及び飲料水は多めにお持ちください。魔界には人間が飲食できる物はないとのこと。マルタン様やアレッサンドロさんの水精霊がいるとはいえ、不測の事態もありえ、」


 アランやクロード君の表情は硬い。


 神のご加護がない世界に赴くのは、容易なことではない。


 魔界に堕ち、そこから生還するなど……本来ありえぬことだ。


 しかし、彼等には還って来てもらわねば困る。

 この世界の希望――我が愛しのジャンヌさんと共に。



「クロード君」

 声をかけると、

「はひぃ!」

 まぬけな返事が返った。


「にゃんでしょう、シャルル様?」

 またか。

 まるで蛇に睨まれた蛙だ。

 私が声をかけるだけで、彼はひどく緊張し、まともにしゃべれなくなる。


 魔術師学校劣等生であった為だ。


 ボワエルデュー侯爵家嫡男にして、百年に一度の天才魔術師と称えられたこの私。

 学校一のエリートであった私をさしおいて勇者の仲間となったことを、小心の彼はひどく気にしていた。


 まあ、私もそれと承知の上で、魔術師学校代表となったクロード君に、魔術師の杖とローブを贈ったりしたのだが。


 私は……勇者の魔術師となった彼に、嫉妬していた。


 この国で育った少年少女の例に漏れず、勇者物語はよく知っている。

 更に言えば、私の再従兄殿は勇者愛好家(マニア)だ。

 我がボワエルデュー侯爵家とボーヴォワール伯爵家は親しい間柄で、夏の休暇(バカンス)を共に過ごす事も多かった。遊びをねだる年少者……私やシャルロットに、テオは勇者の冒険物語を語って聞かせた。

 私が一般人より、勇者物語に精通したのも無理からぬこと。


 夢物語のような冒険話が、現実味を帯びたのは……

 今世の勇者見習いが、私とさほど年の変わらぬ少女と伝え聞いた時だった。


 この世界の命運を、小さな肩に担う少女。

 邪悪と戦う、清らかな乙女。

 この世にたった一人しかいない、運命の女性……。


 まだ見ぬ少女に、私は恋をした。

 彼女の傍らに共に立ち、戦う日を夢見てきた。


 だからこそ……初めてジャンヌさんにお会いした時、胸が高鳴った。

 野に咲くデイジーのように可憐な方だった。飾り気はなく、純真で、小柄で、ほっそりしていて……とても愛らしかった。

 であるのに、彼女は『勇者』なのだ。

 この方こそ、私の最愛の方と確信した。


 しかし……


 既に、彼女の『魔術師』は決まってしまっていたのだ……クロード君に。



 まあ、全て過去のことだ。


 今の私は魔法騎士。多少回り道をしてしまったが、クロード君とは異なる立場で、勇者ジャンヌさんの傍らに立つことができた。


 もはや、クロード君になんの遺恨もない。



「魔界にこれを持って行きたまえ」

 私が差し出したものを見て、子供っぽい彼がますます幼い顔になる。

 目を丸め、口をパクパクさせる。実にマヌケな顔だ。


「で、でも、あの、これ、た、たしか、シャルル様の家の、」


 皆まで言わせず、こちらから言ってやった。

「ボワエルデュー侯爵家、家宝の護符と魔法剣だ」


 ひえぇぇっと、すっとんきょうな声をあげ、クロード君が大きく頭を横に振る。


「けっこうです! い、りましぇん! そ、そんにゃ、もの、いえ、そんな大切にゃもの、ボクなんかが」


「君の為ではない」

 一呼吸おいてから、言葉を続けた。

「ジャンヌさんの為だ」


 首振り人形の動きが、ぴたっと止まる。

「ジャンヌのため……?」


「君が剣が得意ではないことは知っている。だが、この魔法剣は、魔力をこめればこめるほど切れ味が増す。魔術師の為の剣だ。君ならば使いこなせると、私は信じているよ」


「シャルル様……」


「こちらは、装備しているだけでHPとMPが徐々に回復する護符だ。これさえあれば、魔力切れの心配はない。思う存分、魔法剣も振るえる」

 ついでに言えば、体力のないキミが卒倒する心配もなくなる。

「しかし、通常よりも遥かに速くHP&MPが回復する分、疲労の蓄積も激しくなる。無茶をし続ければ、護符を手放した途端に溜まりに溜まった疲労に一気に見舞われる。数日、寝込むことになるかもしれない。だが、構わないだろ? ジャンヌさんをお救いできれば、その後どうなろうが本望だろう?」


 クロード君が大きな目を見開き、鼻息も荒く、頷く。

「もちろんです。ジャンヌを助けられるんなら、ボクはどうなってもいい」


 フッ。いい顔だ……。

 それでこそ、ジャンヌさんの魔術師。


 決意に満ちたはずのクロード君の顔に、かすかに陰りが差す。

「だけど……ほんとにいいんですか? 魔界に行ったら、どんなことが起きるかわからないんです。お借りした家宝を、ボクはお返しできないかもしれません。無くしてしまうかも」


「構わないよ。必要とあらば、ボワエルデュー侯爵家の家宝を壊してくれてもいい」

 髪を掻きあげた。

「しょせん、道具は道具だ。人に勝る大切なものは無い」


「シャルル様ぁぁ……」

 クロード君が、うるんだ瞳で私を見上げる。

「だけどだけどだけど……剣が無かったら、魔王戦でシャルル様がお困りに」


「クロード君。くだらぬ心配はやめてくれたまえ」

 軽く頭を振り、ふっと微笑んだ。

「剣が無ければ無いなりに戦い、魔王に大ダメージを与えてみせる。この魔法騎士シャルルに、不可能などない」


「かッ、」

 声をつまらせてから、

「かっけぇぇぇ!」

 拳を握り締め、クロード君は絶叫した。

 私への敬意で、瞳を輝かせて。

 顔中が真っ赤。

 ひどい興奮状態だ。


 ハハハ。また一人、私の信奉者をつくってしまったか。

 陰に徹しようとしても、華やかすぎる私はどうあっても人を惹きつけてしまう。

 そういう運命の下にあるのだ。

 困ったものだ。




「それでは、お気をつけて。必ず勇者様をお救いし、みなさまご生還ください……賢者様、使徒様、クロード君、アラン、アレッサンドロさん」

《おにーちゃんたち、ぜったいおねーちゃんを助けてね。ぜったいだよ》

「私の発明品はどれも最高です。使ってみてくだされ」

「ドジふむんじゃねーぞ、アラン。悪い病気出すなよ、アレックス」

「北方のジョゼフ様とジュネのもとへは、愚孫(ぐそん)を連絡役に向かわせます。こちらのことはどうぞご心配なく」

「……がんばってくれ」


 勇者が魔王に勝利するのは、必然。私はその未来を決して疑わない。

 ジャンヌさんは、必ず無事に戻ってこられる。

 心から信じている……。


 床に広がった魔法絹布の一番右端にあるのが、幻想世界への魔法陣。それから、精霊界、英雄世界、エスエフ界、ジパング界、天界への魔法陣が並んでいる。

 その左隣に、賢者様は二十四代目勇者の書を逆さまに置いた。


 テオが小声で技法をくちずさみ、手や足や首や体を動かす。曲芸(アクロバット)的な動きこそないが、体のひねり方が何段階もあり、呼吸や瞬きまで制限される。古代技法はたいへん便利なものだが、発動の手順が複雑なことと時間がかかりすぎるのが難点だ。

「……  様と子と聖霊の御力によりて、奇跡を与え給え。魔法陣反転の法!」

 二十四代目勇者の書の下から、明るい光が広がり始めた。

 魔法絹布に刻むべき魔法陣に、古代技法の力が作用しているのだろう。


 テオが下がり、賢者様が静かに転移の呪文を口にする。

 魔界転移用の呪文――これも、占い師が教えたものだ。

 昔、呪いの大家(オーソリティ)だったそうだが……

 どうにも腑に落ちぬところがある。

 占い師アレッサンドロとは、今度、ゆっくり話してみたいものだ。



 魔法絹布の上に置かれた『勇者の書 24――フランシス』から、白い光が浮かび上がる。

 まばゆい光は、まず賢者様を飲みこみ、それから側に居た使徒様、クロード君、アラン、占い師をも包み込み、ひときわ華やかに輝き……


 消えた。


 勇者の書と側に居た人々を伴って。


挿絵(By みてみん)


……こんな形で、異世界に赴くのか。

 ジパング界、天界へと、この魔法で転移した。が、見送るのはこれが初めてだ。

 

 魔法絹布をよく見れば、先程まで勇者の書が置かれていたあたりに、魔法陣がうっすらと浮かんでいる。

 それに注目していると、テオが説明してくれた。

「絹布に魔法陣模様が完成するのは、みなさまが魔界から戻られてからです。それまでは朧げに輪郭が浮かぶぐらいで、呪模様は読みとれません」

 今はまだ未完成ということか。



 テオがメガネをかけ直す。

「繰り返しますが、みなさま、勇者様の失踪はくれぐれも内密に。魔王との決戦は四十七日後。今のところ大きな騒動(パニック)こそ起きてはいませんが、王国の緊張は高まりつつあります。このような状況で、この世界の希望が失踪したなどと……公にすべきではありません」

 一同が頷きを返す。

 テオは白い幽霊へと視線を向けた。

「ニコラ君。このことは、アンヌ様やシャルロットにも言ってはいけませんよ。ブラック女神本人やその配下の者がどこに潜んでいるかわからないのです。賢者様たちが天界より戻られた場にあなたはいなかった事にしましょう。行先等なにか尋ねられた時には、何も知らない、私かシャルルに質問して欲しいと伝えてください」

《うん、わかったよ、テオおにーちゃん》

「賢者様たちが勇者様奪還に失敗した場合、もしくは十四日経ってもご帰還なさらなかった時には、しかるべき機関を通し、勇者様失踪を報告します。それまでの間、私達は極秘裏に勇者の仲間として活動いたしましょう」


 あらゆる事態が想定される。


 勇者ジャンヌさんがご無事に、救出に赴いた者たちと帰還する……これが理想だ。

 だが、魔界に長く留まれば、瘴気による障りもあるだろう。

 健康を害す。

 穢れを帯びる。

 邪悪なるものに憑かれている恐れもある。

 使徒様がおられるのだ、本来は問題なく対処できるはずだが……使徒様とて、魔界からご無事に帰還が叶うのかわからない。

 優秀な魔法医、治癒魔法に秀でた僧侶様方を手配しておくべきだろう。


 怪我の心配もある。以後の旅が困難になるハンデを負われてしまうかも……。発明家に何か発明させておくべきか。萌え補助装置のような。


 ジョゼフ君と獣使いの迎えには、エドモン君が行くようだ。

 我が妹の婚約者殿は、オランジュ伯爵家継嗣にふさわしからぬ男。貴族の義務を放棄して、己が趣味に耽溺している無能者だ。社交性はなく、知識も教養もない。おまけに、激情家だ。その貴族らしからぬ生き方に、シャルロットは好意を持っているようだが……

 あの男は、このまま北に置いておいた方がいいように思える。こちらに連れて来ても、何の役にも立つまい。どころか、あの男に下手に騒がれては、勇者失踪を隠蔽しきれなくなる。

 しかし、まあ……仮にも、義兄。ジャンヌさんが戻られた時、ジョゼフ君がそばにいればジャンヌさんも心安らかか。


 ジョゼフ君がこちらに戻って来る前に(騒動を巻き散らかされる前に)、やれるべきことはやっておこう。


 以後の旅の手配、王国への対応、仲間候補の探索……この地に残る者にもなすべき仕事は多々ある。

 可能な限り、後援(バックアップ)しよう。金銭面はむろん、人材や情報においても。我がボワエルデュー家には、それだけの力がある。




 当面の相談は終わり、解散となった。


 これから北方に向かうエドモン君は、彼にしてはかなり速い足取りで部屋を後にした。獣使い屋で、飛行型の騎乗獣を借りるのだそうだ。


《おにーちゃん。なにか手伝えることない?》

 ニコラ君は、テオのもとへ行った。子供なりに、ジャンヌさんの身を案じているのだろう。殊勝なことだ。



「あ、そうだ、パパー」

 妙な呼びかけが聞こえた。


「パパぁ?」

 呼びかけられた方は、きょとんとしている。


「ちょいと一段落したし……今、いいかな?」

 盗賊の少年はニッと笑い、セザール老と並び退出しようとしていた男のもとへ。

「何ですかな、リュカ君?」

「まあ、まあ、まあ。ここじゃなんだからあっちへ」


 そのまま三人は廊下へ。


 だが、じきに……


 派手な音が響き、屋敷に衝撃が走った。




「何事です?」

 テオとニコラ君と廊下に飛び出した。


 そこには、ケラケラと笑うリュカ君と、セザール老が居るだけ。

 騒音発生源に間違いない男は、見当たらない。


《今の音、なに? リュカおにーちゃん?》

「発明家のおっさんが、ぶっとんでったんだよ」

 リュカ君が笑いながら答える。

「オレ、手紙を届けただけなんだけどさ」


「娘さんからの手紙だったようで」

 セザール老は、困ったような笑みを浮かべていた。

「待ちに待った、娘さんからの返事ですからな。一刻も早く、一人になって読みたかったのでしょう。ロケットブースターは、まあ、やりすぎですが……」

 セザール老がしみじみとつぶやく。

 義手の開発に始まり、サイボーグ体の調整等で二人は共に過ごす時間が長かったと聞いている。それなりに親交を深めているようだ。


「ロケットブースター? 屋内で使ったのですか? まったくあの男は! アンヌ様のお屋敷で非常識な!」

 そう怒りながらもテオは、駆けつけたオランジュ家の家人に事情を説明し謝罪していた。セザール老も、ルネに代わり頭を下げる。



 しかし……


 この時機(タイミング)で、外部から手紙か。


 ふと、テオと目が合った。

 再従兄殿も同じ心持のようだ。目を見れば、わかる。


 裏が無いかと疑ってしまうのは、まったくもって嫌な(さが)だ。しかし、仕方あるまい。今は何事においても、慎重にゆくべきだ。


 発明家に離婚歴があることは調査済みだが……


 確か、十四、五歳の娘が居た。もと妻の実家で育てられているはずだ。


 間諜に再調査させてもいいが、いっそこの私が…… 

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