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きゅんきゅんハニー  作者: 松宮星
堕ちた勇者
137/236

死霊王と道化

《あたしのかわいい子分どもを、よくもまあ景気よく吹き飛ばしておくれだね》


 現れたのは、超セクシーな美女だった。


 黒レースのブラで隠した、とっても大きな胸! 真っ赤なコルセットでぎゅっとしめた、ウエスト! スリットの入った黒レースのミニスカート! 網目模様の黒のタイツ! 黒のピンヒール!

 ゴージャスな金の巻き毛をところどころ赤や緑や青に染めてるのも、綺麗。

 だけど、なんというか……近寄りがたい感じなのだ。首のまわりに、でっかい縫い目がめぐっているし。あれ、つぎはぎメイクよね?

 つりあがった眉も、青い目も高い鼻も、むちゃくちゃ濃いお化粧――白粉で真っ白すぎる顔、黒のアイシャドー、真っ赤な口紅も、なにもかもが威圧的で。


 一言で言えば、おっかなそうなおねえさんだ。


 この女性(ヒト)が魔王級の魔族なの……?


《たっぷりとお礼をさせてもらわなきゃね》

 おねえさんが、イヒヒと笑う。見かけに似ず、笑い方が下品。


《しっかし、まあ……ずいぶんとかわいらしい侵入者だこと。クマちゃんをはべらせちゃってさあ》


 ヴァンやピオさん、ピロおじーちゃん、ルーチェさんが、アタシの盾になろうと動く。


 けれども、

《すっこんでな、三下》

 そう凄まれた途端、ヴァンたちの動きがぴたっと止まる。

 おねーさんがきつい眼差しで、ヴァンたちを睨む。

《精霊ごときが、しゃしゃり出んじゃないよ。あたしゃ、そこのおねーちゃんと話してんだ》


《ヴァンたちは、恐慌(テラー)である。魔の気に呪縛され、今は動くことかなわぬ》

 アタシの内から、雷の精霊の声がする。アタシと同化していたこいつだけは、恐慌を免れたようだ。


 アタシのもとへと、魔族が歩み寄って来る。コツコツと靴音を鳴らし、大きな胸をゆっさゆっさと揺らしながら。


 不死鳥の剣とオニキリを抜こうとした。


《抵抗するのかい?》

 女の人が足を止め、ウヒヒと笑う。

《いいね。そうこなくっちゃ。気の強い子は、あたしゃ大好きだよ》

 楽しそうに女の人が笑う。


《だけど、今はお話したい気分でねえ。やりあうのは、後にしようよ、勇者さま》


 え?


「なんで勇者だって知ってるの?」


《知ってるよ〜 さっき、あんたの精霊(しもべ)が、『勇者ジャンヌ』って呼んだじゃないさ》

 そいや、そうか。


 赤い口がにたりと笑う。

《勇者ジャンヌさま。あんた、勇者ジャンって知らないかい?》


 勇者ジャン……その名前には覚えがあった。けれども……

「なんで、そんなことを聞くの?」

《なにね……あんたの親戚か先祖じゃないかと思ったからさ》


「いないわ、アタシの親族には」

 歴代勇者の中にも、ジャンって名前の人は居ない。


《ふぅーん。知らないのか、百一代目勇者だったんだけどねえ》


 はぁ?


「それ本当? アタシも百一代目よ」


 魔族のおねえさんが、目を丸くする。

《百一代目ぇ? あんたが?》


 頷いたアタシをまじまじと見つめ……

 それから、女の姿の魔は大笑いを始めた。おなかを抱えて、ゲヒヒヒヒヒと。

《そーいうことか! だから、そっくりなのか! オーラも魂も!》


「勇者ジャンって人と、アタシ似てるの?」


《ああ、楽しいほどに、ね》

 まだヒィヒィと苦しそうな息を漏らしながら、女の人がニィィィと笑う。


 あらま。


 慈悲深き女神さまの世界の勇者よね、たぶん。女神さま曰く《お師匠様が言えば、白も黒。あの子も、お師匠様が大好きだったなあ。……キミらはよく似てるよ》だったし。

 名前が似てて、好きなものがいっしょ、そのうえ同じ百一代目だったとは。


「すっごい偶然ね」

 女の人はぶふっとふきだし、それからまたおなかを抱えて笑い出した。

《やだよ、もう! 中身までそっくり! 腹がよじれちまう!》

 座りこんじゃった。大口あけて、目から涙を流してるし。あ〜あ……泣いたら、黒のアイシャドーが流れちゃうわよ。

「笑いすぎると、お化粧が崩れるわよ。せっかくの綺麗な顔が台無しになっちゃうわ」

 そっくりそっくりと、女の人が地面を叩いて爆笑する。すっごい笑い上戸。


 グヒヒヒと笑いながら、おねえさんがしゃきっと立った。

《あたしが視たところ、あんたらは裏と表だ》


 裏と表?


 ゲヒヒと笑いながら、女の人がアタシを指差す。

《当ててやろうか?》

 真っ赤な爪が長い。先がナイフみたいに鋭くとがっている。

《あんた、仲間探しで魔界に来たんだろ?》


 へ?


《キュンキュンしたら、仲間をゲット。魔王に大ダメージを与えられる男を探しに来たんだろ? 百人の伴侶が必要なんだよね?》


「ちがうわ」

 アタシはかぶりを振った。

「百人の伴侶を探してるのは、その通りだけど……」

《へー そうなの? んじゃ、なにしに魔界に来たんだい?》

 話さずともいいと、アタシの内の雷精霊が忠告してくる。

 けど、どうしても聞きたいことがある。


「天界から落たら、ここだったのよ。ここって、魔界なの?」


《天界から堕ちた……》

 女の人がにぃぃっと笑う。

 とても嬉しそうに。


《そうかい。そうなのかい……そいつぁ、良かったねえ。あんなクソどもの世界からおさらばできてさ》


 クソども……。


《そうとも、ここは魔界だよ。魔族が集う、魔の為の交流世界さ。魔界の王の下で三十六の魔界貴族が、戯れの外交や戦争を繰り返す楽しい世界だよ》

 おねーさんは、イヒヒと笑う。

《天界から追放された奴は、たいてい魔界堕ちだ。何処に堕ちるかはそん時の運次第。良かったよねえ、あんた、このベティ様の領土に堕ちてきてさ。エドナのとこだったら、問答無用でパクッと喰われてたよ》

 ウヒヒと女の人が笑う。


「あなたが、魔界の王なの?」

 女の人が肩をすくめる。

《違うよ。あたしゃ、魔界(ここ)じゃ貴族の一人さ。ま、支配世界(くに)に還りゃ、そこの魔王だけどねえ》


「てことは……魔王級の貴族が三十六人もいて、その上に魔界の王まで居るってこと?」

 ぶるっと身震いした。

 こんな世界から、アタシ、還れるんだろうか?


 女の人が、ヒヒヒと笑う。

《こわがんなくっていいよ、おねーちゃん。あんたは、あたしが守ってあげる。他の奴には、ぜったい指一本触れさせないよ》


 え?


「どうして?」

《もちろん、あんたが、あいつにそっくりだからさ》

 女の人のサファイアのような目が、アタシをジッと見つめている。とても親しげな視線だ。

《あいつは勇者のくせに、あたしを『友達』と言ってくれてねえ。あいつの代わりに、あんたを大事にしてやりたいのさ》


 おおお!


「ありがとうございます!」

 魔族だけど、いいひとかもしれない!

「お名前を伺ってもいいですか?」


《おや? 名乗ってなかったっけ?》

 女の人が顎をしゃくってみせる。

《死霊王ベティだよ》


 死霊王……?


 それって……


「アンデッドの王様の……死霊王?」

《そうさ。あたしゃ、死者を統べる王さ》


 死霊王は……

 ジパング界のカガミ マサタカ先輩の仇だ。

 召喚された死霊王は、ジパング界で大暴れした。カガミ一族を皆殺しにし、死者の軍勢に都を襲わせ……カガミ先輩のおじいさんやお母さんまでをも、アンデッドキメラにつくりかえていた。

 シュテンたち子孫がオオエ山に籠もっているのも、死霊王の再来に備えてだ。


 このひとが、あの死霊王?


 魔王戦の日にアタシも対戦するって、シュテンが予言した……あの死霊王がこのひとなの?

 ほんとに?

 魔とは思えないほど、気さくでフレンドリー。なのに、残虐な死霊王なわけ?


「……質問」

 思わず手をあげてしまった。

「ジパング界って知ってます?」

《はぁ? どこだい、そりゃ?》

 知らない? ほんとのほんとのほんとに?


「えっと、もうひとつ。死霊王って称号はベティさん専用のものですか?」

《いいや》

 女の姿の魔族が、首を横に振る。

《魔界にゃ、あたしを含めて死霊王は六体いるよ》

 なんと!

 ポピュラーな称号でしたか!

《死神王も六、吸血鬼王が四、不死王が五だったけかねえ。ま、魔界貴族の顔ぶれはコロコロ変わるし、称号も気分次第で変えちまうから、はっきりたぁ言えないけどね……。それが何だい?》


「いいえ、いいんです。ベティさんがアタシが知ってる『死霊王』じゃないんなら、それで……」

 笑みが漏れた。

「戦わなくて済むもの。いい魔族がいるなんてびっくりだけど、幻想世界のリッチもそうだったって教えてもらったし……ピンチに駆けつけてくれたし……。いい魔族って居るんですね」


 しばらくの沈黙の後、ベティさんはまた大爆笑をした。


《イヒヒヒ。おかしいったらありゃしない! 嬉しいねえ! あんたみたいなバカが、またのこのこやって来てくれて!》


 ん?


《今度こそ、大事に大事に可愛がってあげるよ……永遠に、ね》


 ぞくっと背筋に冷たいものが走った。


《あんたを、死霊王ベティ様の道化にしてあげるよ》


 我知らず後ずさっていた。

 女の人は、変わらず親しげにアタシに笑いかけているけど……。


「せっかくですがお断りします。アタシ、自分の世界に還らなくっちゃ」

《ああ、そうだよね、勇者だもんね》

 うんうんと頷いてから、ベティさんは明るく言った。

《んじゃ、逃げ出せないように、首をちょんぎっておこうか》

 ちょっ!

 そんな、髪をカットしておこうかみたいな口調で! 首を刎ねるですって!

《だーいじょーぶ。なんかと頭をすげかえて、ちゃ〜んと体もつけたげるからさ。オークがいいかい? それとも、犬? 猫? スライムもいいかもしれないねえ》


 前言撤回!

 いい人じゃない!

 やっぱ、魔族は魔族だわッ!


《こわくないよ。痛いのはほんの一瞬……すぐに気持ち良くなるから》

 魔族がゆっくりと歩み寄って来る。にこやかに微笑みながら。

《子分たちは、み〜んな言うもの。あたしにバラバラにされるのは、快感だって……》


「改造はノーサンキュウです! アタシ、今の自分が気に入ってますから!」

《そーかい? その体、やけに貧相じゃないか。ボインに憧れてるんじゃないの?》

 ぐっ!

《ボンキュッボンの体と合体してやろうか?》

「けっこうです!」

《そうだ! 左胸のてっぺんに頭をつけたげよう。頭の重みで、片っぽの乳が垂れまくり。歩く度に、頭がブラブラ。きっと、マヌケでかわいいよ》

「いりません!」

《でべそみたいに、腹から頭を生やすのもいいねえ。……待てよ、尻に。いや、いっそ足裏に》

 聞けよ、人の話!


「あんたの手下になる気はないわ!」


《手下じゃないよ、道化さ。あたしのかわいいかわいい愛玩物だよ。毎日、蹴っ飛ばして、踏んづけて、尻の下に敷いて愛してあげるよ》

 それ、イジメでしょ!


《サリーにもノーラにもやらない……あんたは、あたしのもんさ》

 女の人が、グヒヒと笑う。

《ジャンそっくりな、ゆーちゃちゃま。死霊王の愛を受け取りな》

 いやいやいやいやいや!


「愛も、改造も、道化も、ジャンって奴にどうぞ! アタシは、勇者ジャンヌよ! あんたの友達じゃない! 玩具でもないわ!」


《なら、あたしに勝ってみせな》

 フンと、死霊王が鼻で笑う。

《キャンキャンわめいても、無駄さ。あんたじゃ、あたしにかなわない。魔界ではねえ、強さが正義なんだよ。正しいから勝つんじゃない。勝つから、正しいのさ。負け犬は、強者の玩具……それが魔界の常識さ》


 じゃ、とびっきり強い奴呼んであげるわ!

 邪悪相手なら、無敵の奴を!



 アタシは胸元の『歴代勇者のサイン帳』に右手をあてた。


 マルタン、来て! と、心の中で叫びながら。



* * * * * *



 使徒降臨。


 それは、落雷のようだった。


 ずどぉぉんと、頭から足の先までが貫かれたかのような衝撃。

 その後、全身に激しい痺れが広まった。


 体中が熱い……。

 燃えそうだ。


 ククク・・と、アタシが笑う。

「誰かと思えば・・きさまか、首。あいもかわらず醜く爛れきっているな」

 アタシの体が、勝手に動く。

 右腕を水平に伸ばし、びしぃぃっと魔族を指さす。


「誘拐未遂、誘惑、脅迫、殺人未遂、享楽改造未遂の現行犯だ。しかし、そんなものがなくとも有罪なのは、自ずと自明! 死者の眠りを妨げる、邪悪なる死霊王よ! 内なる俺の霊魂が、マッハできさまが有罪だと言い渡している!」


《おおお!》

 魔族の顔に喜色が浮かぶ。

《あんたかい、クサレ僧侶!》

 目をギラギラと輝かせ、魔族がアタシを……アタシの内のマルタンを見つめる。

《その女も、あんたの器の一つなわけか! こりゃ、ますます欲しくなったよ!》


「やってみせろ」

 顎をしゃくり、来いとばかりにマルタンが挑発ポーズをとる。

 かなりアレなポーズをとっている……そうとわかってはいても……それどころじゃないというか……。


 今、体の支配はマルタンに移っている。だから、立っているわけだけど……。

 そうじゃなきゃ、目を回してひっくりかえっている。


 視界が、ぐらんぐらん揺れている。

 体は火照っているのに、冷や汗が流れている。血が下がるような感覚がして、寒いのだ。

 体から力がぬけてゆく……

 体力も気力も、体の中の熱や水分までもがごっそりと奪われているような。


《その推量は、あながち間違いではないのである》

 アタシの内から、レイの声が響く。

《神の使徒は、神にも等しき存在。高次元の存在を降ろせば、受け入れる側に負荷がかかるのもやむなし》

『勇者の書』にも書かれているけど、神降ろしってのは半端なく疲れるらしい。神をほんの短い時間降ろすだけで二〜三日倒れちゃう巫女さんも居たし。

 むろん、降りて来るものとの相性や器となる人間の体質にもよるんだけど……。

 アタシには、霊力も魔力もない。

 本来、(うつわ)向けじゃないのだ。

 それを、無理矢理降ろしているわけで……。

《主人の肉体には、今、吾輩も宿っている。精霊たる吾輩は、神の使徒の魔力たりうる》


 死霊王が、鋭い爪と牙で襲いかかってくる。真っ赤な口から紫の瘴気すら吐いて。


 その全ての攻撃を、マルタンは見切る。

 たいして体は動かしていない。さほど速いわけじゃない。だけど、全てをギリギリのところでかわしてしまう。

 神の加護だ。神がかった僧侶は、千の矢が降り注ぐ戦場すら無傷で歩くとかいうアレだ。


 攻撃する側も防御する者も、笑みを浮かべている。

 命のやりとりを楽しんでいるかのように。


 だけど、アタシはそろそろダメだ。

 目まいがひどい。熱くって寒くって、だるくって、意識が遠のきそう。

 体は苦痛を訴えているのに、マルタンは容赦ない。アタシの体を酷使する。


 いつのまにかアタシの中に、ギラギラ光る大きなものが生まれていた。

 それに、アタシの中のいろんなものが吸われているのだ。


 アタシが……いや、マルタンがニヤリと笑う。


「その死をもって、己が大罪を償え・・・真・終焉ノ(グッバイ・)滅ビヲ(イービル・)迎エシ神覇ノ(ファイナル・)贖焔(バーン)!」


 なんか、いつもと呪文が違うんですけど!


 内なる光が一気にふくれ上がり、どデカい白光の玉と化してアタシの肌をつきぬけてゆく。


「ククク・・・滅べ」

 神の使徒が呟くと同時に、全てに加速がかかった。

 凄まじい勢いで、何もかもが抜けてゆく。

 アタシの中の何もかもがむしりとられてゆき……


 そして、アタシの内に居た奴がフッと消えた。


 レイ?


 心の中で叫んだけど、答えはなく……


 強大な浄化魔法が爆発的に周囲に広がっていた。






「くそぉ・・・この俺が・・・」

 マルタンが、がっくりと膝をつく。体に力が入らないようだ。脇から支えようとしたヴァンを殴り飛ばす元気はあるけれど。

 マルタンの神聖魔法は、死霊王ベティを吹き飛ばし、この周囲の瘴気を根こそぎ祓いきっていた。


 けれども……


「一発で魔力切れとはな・・」

 忌々しいと言わんばかりに、派手な舌打ち。

 それから、マルタンが、胸元をキッ! と睨む。

 アタシを睨みつけたのだ。

「女! 次からは、精霊は二三匹宿しとけ。一匹では強大な俺の魔力たりえん」


 レイは……

 どうなったの?


《四散しました》

 光精霊が静かな声で告げる。

《先ほどの神聖魔法は、レイの全存在そしてあなたの生命力を吸収して生み出されたのです》


 四散した……?


 マルタンの魔法に吸われて……?


 アタシを守って……?


《気に病むこたぁないよ、オジョーチャン。あいつ、こうなるとわかってて、同化したんだから》

 ヴァンが軽い口調で言う。

《泣いたら、ダメだぜ。あいつ、まえに言ってたろ? 自分の望みは『主人が幸福な未来を手に入れること』だって。あいつが、四散損になんねーよう、生き延びて、もとの世界に還ろうぜ》


「さっさと、このバカ女を癒せ、光精霊」

 アタシの口が毒づき、ルーチェさんが回復魔法をかけてくれる。


 けれども、体が重い。ものすごくだるいのだ。


「・・いましばらくの間は、この一帯は清浄だ。だが、しかし、けれども。忌々しくも、腹立たしく、不愉快ではあるが、(アレ)は浄化しきれなかった。いずれ舞い戻ってこよう・・移動しろ」

 マルタンがため息をつく。


「北へ向かえ。首よりは眼帯の方がマシだ」


 首?

 眼帯?


《死霊王の領土を離れ、他の魔界貴族を頼れということじゃな?》

 ピロおじーちゃんの問いに、マルタンがけだるげに頷く。

「あそこなら、喰われることも、改造されることも、穢されることもない。五体満足でいられるはずだ。俺が迎えに行くまでこのバカ女を生き延びさせておけ、精霊ども」


 ピロおじーちゃんが、ルーチェさんが、ヴァンが、ピオさんが頷く。

 アタシの精霊は、もうこの四体しか居ないのだ……。


「一つだけ助言しておくぞ、女・・眼帯に会ったら、萌えろ。無理なら、決して叶わぬ望みを言え・・心からそれを望め・・それであいつを無力化できる」


 目がよく見えない。


 世界が灰色に見える……


 頭が割れるように痛い。


 マルタンが、また舌を打つ。

「つくづく・・役にたたん体だ・・俺は還るぞ、勇者よ・・だが、心しておけ。きさまが邪悪なる存在に堕ちた時には、この俺が粛清してやる・・。内なる霊魂の輝きを忘れず、俺がくるまで」



 それ以上は聞けなかった。


 アタシの意識は、ふっと途絶えた。

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