表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
きゅんきゅんハニー  作者: 松宮星
神の掌の上で
133/236

濡れて乱れて ~混浴シーンありマス~

《修行、おつかれさまでちた〜 あなた方の時間単位でこれから十二時間を、休息タイムといたちま〜ちゅ》

 オムツ天使のキューちゃんは、いつもニコニコだ。

《みなちゃま一人一人に、お部屋をご用意ちてありまちゅ。エグゼクティブでホスピタリティあふれる空間をイメージちて、おくつろぎくだちゃい》


 天界では、想像したものがそのまんま現れる。

 素晴らしいお部屋を望めば、それがそのまま形になるわけで……


《移動前に、禁忌(タブー)をお伝えちておきましゅ》


 キューちゃんが、指を一本たてる。

《その1 外出禁止。キューちゃんが迎えにいくまで、ぜったいに外に出ないでくらちゃい》

 キューちゃんが指をチチチって感じに振る。

《なぜならば〜 あなた方は三次元生命体。天界をまともに歩けるはずがないのでしゅ。空間のねじれに迷い込んだり、つぶされたり、ふっとばされたりして、命を無くちかねましゃん。じぇったい一人で外に出ないでくらしゃい。いいでちゅね》

「わかったわ」

《ご不自由でちょ〜が、その分、お部屋の中で好き勝手にどうじょ。それぞれのお部屋は、違う次元にありましゅので〜 大騒ぎしても他の方の迷惑になりましぇん。どんちゃん騒いでも、走り回っても、筋トレちても、大丈夫れしゅ》


 キューちゃんが、二本目の指をたてる。

《その2 来客禁止。誰が訪ねて来ても、扉を開けないでくらしゃい……と、いちおう言っておきましゅ》

「いちおう?」

《扉を開ける(イコール)相手を受け入れるでしゅから〜 会うも会わぬも本人の自由でしゅ〜》

 ぶあつい唇をゆがめ、キューちゃんがフッと笑う。

《野暮なことは言いまちぇん。逢瀬の果てに、手をとりあって別世界に転移するもよち、食べられるもよち、別の存在に創り変えてもらうもよち。自己責任でどうぞ〜》

 それって……

「神さまが訪ねてくるかもしれないってこと?」

 でもって、招き入れたら、さらわれたり、喰われたり、改造されたりするかもしれないと?

《……覚悟がなければ、扉を開けなければいい。それだけでしゅよ》

 キューちゃんは、ただ静かに笑っている……。


 キューちゃんが、三本目の指をたてる。

《その3 背徳禁止。まあ、言うまでもないことでしゅが、天界の法規とマナーに反しないでくらしゃい。追放処分となりまちゅので〜》

「天界の法規とマナー、知らないんだけど……」

《ご自分の世界の神さまの教えを遵守しとけば、だいたいおっけぇでしゅ。場所によっては、ローカル・ルールもありましゅが、お部屋に居る分には関係ありましぇんので〜》


 禁忌は、この三つのようだ。

 外には行かない、扉は開けない、悪いことはしない……心しておこう。


「なにがあろうとも、扉を開けるなよ」

 お師匠様が、女神さまにモテモテのアランと、動物限定でモテモテの(ヒト)と、女性に開けて〜んとお願いされたらその通りにしそうな方に、釘を刺す。

「ジャンヌの託宣は、百人の仲間と共に魔王を倒す、だ。一人でも欠けたら、ジャンヌは敗北を喫す。ゆめゆめ、そのことを忘れてくれるな」


「わかりました。お言葉に従います。俺は傭兵です。何においても、勇者様の安全を最優先に行動します」

「……扉は開けない」

「ハハハ。ご心配には及びませんよ、賢者様。私が最愛の方を悲しませるとお思いですか?」


 お師匠様が視線をアタシに動かす。

「ジャンヌ、おまえもだぞ」

 アタシ?

「おまえは、その場の勢いで行動してしまうことがある。だが、幾ら悔いようとも、後からでは取り返しがつかぬことも……あるのだ。勇者としての自覚をもって、慎重に行動するように」

 耳に痛いお言葉だ。

「はい、お師匠様。気をつけます」

「明日の修行に備え、今日はもうゆっくりと休むがいい」

「はい」


「使徒様、教え導きください!」

 キューちゃんに対し、クロードが手を挙げる。

「緊急時に、使徒様と連絡をとる方法はありますか?」


《緊急時ぃ?》

 キューちゃんが、はぁ? なに言ってんのこいつ、ってな顔になる。

「あの、でも、急に病気になったり、」

《お部屋の中に治癒システムがありまちゅ》

「火事になったり、」

《天界では、予期せぬ火など生まれまちぇん》


「だけど!」

 クロードが、アタシの方をチラッと見る。


「どーしてもどーしても、すぐに連絡をとらなきゃいけないことができるかも! 連絡手段がないと困ると思うんです! ボクたち、外に出られないから!」


《ん〜 ちょ〜がないでちゅねえ。必要ないと思いまちゅけど、不安を抱えたままじゃリラックスできないでちょうし、呼び出しベルを部屋に設置しておきまちょう》


 クロードの顔が、パーッと華やぐ。

「ありがとうございます、使徒様!」

 でもって、これでもか! ってぐらいに深くお辞儀をする。


 目が合うと、クロードがやけに真面目な顔となった。

「ジャンヌをおねがいします」

 ちがった。

 クロードが見てるのは、アタシじゃない。アタシが装備している、精霊たちとの契約の証だ。

「いざって時は、あなたたちだけが頼りです。ジャンヌが一人ぼっちにならないよう、気をつけてあげてください」


 むぅぅ。

 クロードにまで心配されるとは。

 アタシ、そんなに頼りないのかしら?




《こちらが、ジャンヌちゃんのお部屋になりまちゅ〜》

 案内されたのは、夢のようなお部屋だった。


「や〜ん、可愛いッ!」


 淡い光に照らされたそこは、白薔薇をモチーフにしたエレガントなお部屋だった。


 ソファセットやダイニングテーブルも、天蓋つきベッドも、うっとりもの。

 白薔薇、白薔薇、白薔薇模様!

 乙女チックで、上品で、ほんわかしてて!

 優雅なくつろぎのひと時を、あなたに差し上げますって感じ!


 でも、何よりも凄いのは、大きなガラス窓の向こうのバルコニーで……


 そ・こ・に・は!

 澄んだ綺麗な水をたたえるプールが!


「おおお!」

 思わず身を乗り出して、見ちゃった。


 バルコニーにはプール。その先にはなにも無いのだ。壁どころか、白雲さえも。

 清々しい光だけが、キラキラと輝いている。


《近づいて、よくご覧になってはいかがでちゅ?》

 キューちゃんの勧めに従って、窓ガラスのところまで寄ってみた。


「うわぁぁ」


 窓を開ければ、そこにはプール。そのまんま、ドボンと飛び込めちゃいそう。

 なかなかに広いプール……と思ったんだけど、湯気があがっている。露天風呂のようだ。

 そして、波一つないまっすぐな水面がしばらく続き、遠くてプツンと途絶えているのだ。

 あの端っこどうなってるんだろう?


《空中プールならぬ、空中温泉でしゅか〜 おもちろいことを考えまちゅね》

 両腕を組んだキューちゃんが、感心したようにうんうんと頷いている。

《温泉が好きなんでしゅか?》


「ううん、初めて!」

 行ったことないから、憧れだったのよ! 六つの時から、賢者の館でお籠もり生活してきたんだもん!

 英雄世界でジュネさんの旅の話を聞いた時も、羨ましいと思ったのよね。三十三代目フリフリ先輩ゆかりの温泉の話とか。


 温泉。フリフリ先輩。薔薇……


「あ」


 ポンと手を叩いた。

 お部屋が白薔薇づくしの理由がわかった。


「白薔薇温泉が記憶にあったからか……」


 歴代勇者の中でも、三十三代目フリフリ先輩はちょ〜人気。勇者本人も仲間も賢者までも美女の、美女PTだったからだ。三十三代目をモチーフにした絵画もお芝居も歌もいっぱいあって……

 三十三代目ゆかりの地は観光地になっている。

 立ち寄った温泉も今では『白薔薇温泉』の名で有名になっていて、薔薇の刻印が刻まれたフリフリ香水等、お土産グッズも充実しているのだとか。

 そこの最大の売りが……

 天と海を一望できる、絶景露天風呂。


 なんかドキドキしてきた……


「キューちゃん、質問」


 アタシはごくっとツバを飲み込んだ。


「この部屋って、アタシの貸しきりなのよね?」


《でちゅね。この次元は、ジャンヌちゃんのためだけに存在していまちゅ》 


 じゃ、温泉も貸しきりなのね!


 だけど……


「もひとつ質問!」

 アタシは拳をにぎりしめた。

「天界を訪れた人間の一挙一動は、神さまたちに実況中継されてるのよね? それって今も? この部屋の中も?」


 キューちゃんは、当然だって顔で頷く。

《神の目はどこにでもあるのでしゅ》


 がーん!


 せっかく目の前に、憧れの温泉があるのにぃぃ! 入れないのぉぉ!


《は? 入らないんでしゅか?》


 当たり前でしょ! アタシ、女の子なのよ! 覗かれるってわかってて、裸になるなんて!……無理無理無理!


《なにをくだらないこちょを》

 キューちゃんが、ふーやれやれって感じに頭を振る。

《神は常に自分の子らをご覧になっておられるのでしゅ。ありとあらゆる美男美女を見てきてるんでしゅよ。小娘の裸なんか、別にどうということも……》

 いや、でも、恥ずかしい……


《それに、今さらでしゅ》

 ん?

《ジャンヌちゃんは、ご自分の世界の神さまに全てを見せてきてるんでしゅよ》

……すべて?

 キューちゃんが頷く。

《そう、すべて》

 ゴク……。

《着替えも》

 う。

《お風呂も》

 ぐ。

《おトイレも。生理現象の、ゲップやおならだって》

 いやぁぁぁ! やめて! やめて! やめてぇぇ!


………


 アタシの興奮がおさまるのを待ってから、キューちゃんは聞いてきた。

《水着をお貸ししまちょうか?》

「……ありがとう。お借りします……」


 着替える時、恥ずかしいけど……

 タオルを巻いて、ちゃっちゃとやればすぐ終わるし……


 せっかくの温泉だもん! 入るわよ!




 てなわけで!

 赤いビキニを借りて、温泉初体験!

 キューちゃんが退出してから、早速露天風呂へ。


 太ももぐらいまでのお湯。座ると、ゆっくり肩まで浸かれた。


 気持ちいい……


 普通のお湯と違う。透明だけど、体にまとわりつく感じで、トロトロだ。

 天界のお風呂には食事同様、長寿、健康アップ、魔力・霊力増強、美容効果などがあるみたい。

 湯加減は、熱すぎもせず、ぬるくもなく。長時間入ってられそう。


 そして何より凄いのは……

 お湯につかりながら見渡せる、大パノラマ!


 なんといえばいいのだろう。

 露天風呂の部分だけ、断崖絶壁から突き出ている感じ?

 足元には確かに床がある。だけど、透明だから、その下に広がる白い雲の絨毯が見えるし、雲の切れ目からずっとずっと下の方に青いものが見える。たぶん、海だ。


 まさに、天空のお風呂!

 高所恐怖症の人には拷問かもだけど、アタシ的にはおっけぇ! すっごい開放感! 差し込む陽光もキラキラしてて気持ちいい!


 しばらくパチャパチャしてて、唐突に思った。

 この露天風呂、どこまで続いてるんだろうって。気がつかない間に端まで行って、落ちたらどうしようって。

 そしたら、けっこう遠くに白い石造りの手すりが生えてきたのだ。ぐるんと周りを囲む形に。アタシの希望のままに、境界が目に見える形になったんだろう。手すりは、水面……湯面? よりもやや高い高さだ。


 端っこまで行ってみて、手すりに触ってみた。手を伸ばし、その先の宙も触れてみた。どこまでもどこまでも手が伸ばせてしまう。これって、身を乗り出したらもしかして……


《堕ちますよ》

 振り向けば、水色の髪の男が一人。

 お湯につからず、宙に浮かんで、アタシの背後で両手を広げている。きっと、アタシが落下したら、すぐに拾い上げられるように。

 ていうか……

「ラルム。呼び出してないのに、勝手に出てきたわね?」

《しもべとしての緊急対応です。堕ちたら、あなたはおそらく死にますので》

 落ちないわよ。そこまでバカじゃないわ。

「いきなり出てくるのはやめてよ。心臓に悪いわ」

《必要とあらば、あなたの側に現れます。常に側にいることを、私はあなたから許可されていますから》

 む?

 そうだっけ?


……ま、いっか。


「出てきちゃったのなら、もういいわ。あんたも入って」

《は?》

「こんな広いお風呂、一人で入るなんてもったいないもの。みんなで入りましょう」


 水着着てるし!

 何の問題も無し!


 なのに……ラルムは、

《血行を良くし、老廃物や疲労物質を除去する為に人間は入浴するのです。精神生命体である精霊には必要ありません》なんて言いやがる。


 わかってるわよ!

 だけど、ノリよ!

 いっしょだと楽しいのよ!


 そう言ったのに、《あなたの主張は理解できません。荷物の管理でもしています》と部屋に戻ってしまった。ったく、付き合いの悪い奴……。


 ピロおじーちゃんは氷精霊なので、《すまぬのう。温泉はパスしておく……あ、クマー》と不参加。

 紫クマさんも《お気楽な主人に付き合うほど暇では無いのである》と、参加拒否。

 ピロおじーちゃんとレイとラルムは、部屋の中で顔を合わせていた。三人で何をするのやら……。


 他のみんなは、露天風呂につきあってくれた。


 こういう場面でノリがいいのは、ヴァンだ。

《よぉし、オジョーチャンのために、風結界でウォータースライダーをつくっちゃおうかな♪》

 緑髪の青年姿。体にフィットした緑のハーフパンツの水着だ。格好よくって、ちょっとドキドキ。


《温泉……おら初めてだ》ていう黒クマさん、

《ジャンヌとおふろー♪》てな赤クマさん、

 赤い×(バツ)マーク付きのマスクで口を隠している黄色クマさんは、浮き輪をつけてお湯をゆらゆら。かわいい……。


《勇者ジャンヌ。この水着はどうでしょう? お好きですか?》

 ルーチェさんも人型だ。いろんなデザインの七色水着を見せてくれる。

 最初は男性姿だったんだけど、途中からは女性になってくれた。遊ぶ時に同性がいっしょだと、やっぱ楽しい。ワンピース型の七色水着に、金のポニーテール。ルーチェさんの女性姿、セクシーで綺麗だわ……。


 ふと思いつき、心の中でリクエストして、ラルムに培養カプセルの蓋を開けてもらった。

『いっしょに遊ばない?』と誘ってみると、バイオロイドのポチはぶるぶると震えながら露天風呂にやってきた。

 で、アヒルに変化してお湯にプカプカ。これ、またかわいい♪



 みんなで、お湯をかけあったり、ヴァンが風でおこした波にキャーキャー言ったり。



 大満足の温泉初体験だった♪



 部屋に帰れば、テーブルの上によく冷えたジュースがあった。

 で、喉の渇きを潤すと、コーンスープから始まる豪華なディナーがスタート!

 デザートのシャーベットまでいただき終えると、テーブルはすっかり綺麗に片付いていた。


 お食事は美味しい。温泉露天風呂は絶景で気持ちいい。


 天界よいとこ一度はおいで……


 幸せな気分で、アタシは眠りに就き……




 夢を見た。


 夢の中に、お師匠様が居た。

 いつもと同じ感情の浮かんでいない顔。けれども、格好が違う。賢者のローブではなく、白銀の鎧をまとい、背に大きな槍を背負っているのだ。

 そして、見上げているのだ。

 小山のように大きな、白いものを。

《シメオン》

 澄んだ綺麗な声を聞いて……

 お師匠様が、微笑んだのだ。

 ほんの少しだけれども、口角をあげて……

 目元を細めて……

 幸せそうに……。

《大好きよ、シメオン。ずっとあなたといたい》

 白く大きなものに、お師匠様がそっと手を触れる。大切なものを愛おしむかのように。

『マルヴィナ……私も、』


 お師匠様の唇が動く。

 白竜マルヴィナをまっすぐに見つめながら、お師匠様が思いを言葉にする。


 けれども、その口がつむぐ声を、アタシは最後まで聞けなかった。




……ふと目が覚めた。


 サイドテーブルの上の時計に、目をやった。キューちゃんのお迎えの時間まで、三時間以上ある。起きるには、まだ早い。


 だけど、寝なおせそうもない。


 胸が痛くて……。


《ジャンヌ……》

 同じベッドで寝てた黒クマさんが、気遣わしげにアタシを見上げる。

 その頭をナデナデしてから、ベッドより離れた。


《一応、お伝えしておく。主人の就寝中、三名訪問者あり。主人に面会の意志なしと、お帰りいただいた》

 外への扉の前にたたずむ紫クマさんに、頷きを返した。


《百一代目勇者様。現在のあなたの精神状態ですが、実に非生産的で無意味な、》

 何か言いかけたラルムを、ヴァンが後ろから手で口を塞いで止めた。ありがと、ヴァン……今は、ラルムの忠告なんか聞きたくない。


 おろおろと、黒クマさんがアタシの後をついて来る。

《ジャンヌ、どこさ、行くだ?》

 水着を手に取った。もう乾いている。ヴァンとピオさんが乾かしてくれたのか。

「お風呂……目を覚ましてくる」

《おらもいっしょに行っでいい?》


 足を止めた。


 しばらく一人にして、そう言おうと思って。


 だけど……


《ごめん、ジャンヌ》

 振り返ったアタシの目に、頼りなげな黒クマさんが映った。プルプルと震え、涙で潤んだ瞳でアタシを見上げている。

《ごめん……》


「なんで、ピクさんが謝るの?」


 黒クマさんの目から、大きなしずくがこぼれた。


《おら、ちっちぇから……わがんねぇんだ。どうすれば、ジャンヌが元気になるのか、笑っでぐれるのか、ぜんぜんわがらねえ。ごめんな、ジャンヌの心がチクチクしてるのに、おら何もでぎなぐって》


「………」


《おら、何でもする。何でもやるよ。だがら……連れでってけろ。一人はダメだ。一人はさびしい。ジャンヌは、一人は似合わねえ。ジャンヌはおひさまだがら……みんなといっしょがいい》


 ポロポロと涙を流す黒クマさん。


 もう……


 そんなんじゃ、ほっとけないじゃない……。



 黒クマさんを抱っこして、露天風呂の中をザブザブ歩いた。


 ほんのちょっとでも遠くへ行きたかった。


 ラルムたちみんなは、何も悪くない。

 だけど、今だけは……心が読める精霊から少しでも遠のいていたい……。



 知ってたわ。

 お師匠様が、誰を好きかなんて。

 ずーっと前から、気づいてた……


 アタシ、十年間、お師匠様だけを見て生きてきたんだもん。



 お師匠様は、アタシにはあんな風に微笑みかけない……。



 前がよく見えない。

 湯けむりのせいね。

 視界がにじんでいる。


《ジャンヌ……》


 頬が熱い……。


 黒クマさんを抱きしめた。


 バッカみたい。

 夢を見ただけで、泣くなんて。


 マルヴィナは、お師匠様を庇って亡くなった……お師匠様の恩人よ。弟子のアタシにとっても、大切なひとよ。


 なのに、どうして、アタシは……こんなにも……。


 ああああ! いやだ、いやだ、いやだ、いやだ!

 すっごく嫌!


 アタシは……ヤな奴だ。



 うつむくと、足の下に何かが見えた。

 透明な床の下……はるか下の方にある白い雲。その上で何かが動いている。

 何かが飛んでいる。


 白い雲よりも、なお白い何か。


 大きな翼を広げ、天空を舞う生き物……。

 トカゲを思わせる形をした、それは……。


「白竜……?」


 マルヴィナ?


 ありえない。

 そう思いながら、アタシは必死に床の遥か下を見つめた。


 さっきの夢の中の白竜と、雲の上のそれはよく似ている。


 いや、似すぎている……


 もっと見たい。

 近くに来て欲しい。

 はっきりとその姿を見たい。


 そう思った時、キィィーンと耳触りな音がした。


 音は上からだ。


 天に、亀裂が走る。布がびりびりと裂けてゆくように、青い空がどんどん割れているのだ。

 やがて、切れ目同士がつながる。

 空は不格好な四角い形に切り取られ、そのまま……がくんと抜けた。


 大きな陰が、差す。

 空が切り取られたはずのところには、白く巨大なものが現れていた。

 まるで、大きな白い鳥のような。


 それが羽ばたき、風が起こる。


 上空からの強い風に、湯が大きく波立つ。まるで津波のように。

 強風と痛いほどの飛沫に叩きつけられ、よろけ……

 あおられるままに、そこにあったものを越えてしまった。


 それが、バルコニーの手すりだとわかった時には……



 アタシは、落ちていた。



 どこまでも、どこまでも……。


 まっさかさまに……

きゅんきゅんハニー 第8章 《完》



 第9章は、ただ今執筆中です。

 間をおかずに9章を続ける予定だったのですが、間に合いませんでした(あと3話か4話書いて全体を見直さなくては……)。

 4月には更新開始をしたい>< 発表のめどがたちましたら、活動報告でお知らせします。


 これからも「きゅんきゅんハニー」をどうぞよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=291028039&s
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ