神のしもべ
最高記録は、エスエフ界で樹立した。
翼人のバド、海人のルヴ、ライオン頭のリオ。
一目見ただけで、アタシはキュンキュンしてキュンキュンしてキュンキュンした。いっぺんに三体を仲間にしたのだ。
ついでに言うとエスエフ界では、エスパーのレナートさん、科学者のバリーさん&ダンさんの三人にも同時キュンキュンしている。まあ、あっちはナターリヤさんのキュンキュン・フィールドに居たせいなんだけど。
ともかく!
同じ視界に入れさえすれば、同時キュンキュンできる! 知ってたわ!
なのに……
アタシは拳を握り締めた。
アタシは天界神さまお一人だけにときめき、六神をまとめて仲間にできるチャンスをふいにしたのだ。
やっちゃった感はぬぐえない……。
だけど……
後悔したって、しょうがない!
天界で一番エライ神さまを仲間にできたんだもん! その幸運に感謝して、前向きにいこう!
《さ、さ、さ。ジャンヌちゃん、天界神さまにご挨拶して〜》
女神さまに促され、結界の端へと寄った。
お師匠様も仲間たちも、みんなアタシに注目している。
白馬の王様こと、天界神さま。
まぶしい光に照らされ、白馬にまたがる姿はとても神々しい。
オールバックにした黒髪を馬のたてがみのように背に流した、凛々しく気品にあふれたお顔。
太い眉、鋭い赤い瞳、広い額、高い鼻、長く蓄えた顎髭と厚い口髭……
幻想世界の竜王デ・ルドリウ様によく似ている。隻眼じゃなくって、両目だけど!
天界では、想像が形になる。
最高水準の美を意識し『男らしい美』を追求した結果、天界神さまのお姿がアタシの目にはこう映るようになったのだ。
天界神といえば、神の中の神。最高峰をそっくりさんにしていいのだろうか……心のどこかではそんなためらいもある。
けど! 人間の想像力には、限界がある!
未経験なものは想像できない。
今の天界神さまのお姿が、アタシにとっての精一杯なのだ。
美をグレードアップさせる努力だってやってる。
デ・ルドリウ様の鎧は黒だったけど、天界神さまのはキンキラにしたわ!
その場で膝をつき、手のひらを合わせて胸の前に立てた。
神さまに対しての祈りのポーズだ。
「百一代目勇者ジャンヌです。天界神さまを崇め、称えます。魔王を倒すために、どうぞ偉大なるお力をお貸しください」
《よかろう》
天界神さまが、フッと笑みを浮かべられる。
絶対的な自信に満ち溢れたその笑み……王者の風格と貫禄漂う笑顔だ。
胸がキュンキュンした……
おおおお!
カッコイイ!
神の中の神だからこそのお顔!
頼りがいがある男って感じ!
まさに万物の父!
やっぱ男神さまは、こうでなくっちゃ!
アタシにできる精一杯は、その美を少しでもグレードアップさせること!
頭に王冠! 光輪も置いて、より燦然と輝いていただこう! 背には白い翼なんかどうだろ? それからそれから……
《全能なる神の名の下に、そちを加護いたす》
天界神さまがピカーッと輝き、
激しい風を感じ、アタシはよろめいた。
凄まじい勢いで何かがぶつかってきたような、そんな気がした。
濃い香りが広がる。
ピュアでフルーティーな花々の香りのような。
甘い香りはものすごく強くなり、やがてすぅっと消えていった。
まぶしい光も消え、風もやんだ。
今のは、なんだろ?
祝福かしら?
威厳に満ちた方は、静かに微笑んでいらっしゃる……。
《天界に留まることを許す。望みがあるのなら、そこな御使いを通し、全能なる我に願え。聞き届けよう》
御使い……キューちゃんのことか。
天界神さまが手綱を引いて、神獣(白馬)の馬首を返す。
《では、さらば!》
ヒヒーンといなないた白馬が、パカラパカラと蹄の音を鳴らしながら走ってゆく。
白雲の上を、どこまでもどこまでも……。
去り行く背を見送っていたら、
《パカラパカラ……》
アタシの背後で、ぶぶーっと吹き出す音が。
振り返って見れば、
《もう、キミってば最高! 白馬ときたか! 雲の上をパカラパカラ!》
女神さまがお腹を抱えてキャハハと大笑いをしていた。
仲間たちも、何か言いたげにアタシを見ている。
「なんか、まちがってました?」
アタシのイメージ、おかしかった?
「雲の上では軽快な蹄の音は響かない……と思います」
少し自信なさそうに、アランが言う。
「靴音も、硬い床の上でなければコツコツとは響きません。やわらかい雲の上を走っても、たぶん……」
なるほど!
「パカラパカラがおかしかったんですね!」
って言ったら、女神さまの笑い声がますます大きくなって……。
むぅ?
「あのさ、ジャンヌ。天界神さまの神獣さん……ボクには白馬に見えなかったんだけど……」
これまた遠慮がちに、クロードが言う。
「半人半獣っていうのかな? 牛と獅子と鷲と人間の頭が四つついてて、四枚の翼と四個の車輪もついてたから」
それ、キメラなんじゃ……?
「……おれには、白牛に見えた」
ぼそぼそっとつぶやいたのは、エドモンだった。
「……天界神さまも……金の角を持つ、鹿だった……」
え〜
「私の魔力が捉えた天界神さまは、女性とも男性ともつかぬお美しいお姿でした。騎乗獣は、獅子と牛が融合した生き物でしたね」と、シャルル様。
あらためてアランに聞いてみれば、
「天界神さまは、有翼の獅子に見えました。騎乗獣は、はっきり見えなかったんですが……白い牛といわれればそんな気も……」
う。
全員のイメージが、バラバラ!
てか、アタシ以外、神獣から『牛』のイメージを感じてる?
あの白馬、牛だったの?
「お師匠様は、どんな風に天界神さまや騎乗獣が見えました?」
「天界神さまは眩き光、神獣は翼に見えた」
「鳥ですか?」
「いや、鳥ではない。羽ばたく一対の白い翼。神を運ぶためだけに存在するものだった」
翼だけの生き物か。それも、シュール。
「それぞれの感性が、多面的な神の一端を感じ取ったという事だろう」
お師匠様が淡々と言う。
「だが、それでいいのだ。卑小なる人の身では、神の正しきお姿など理解できるはずもない。また、信仰とは神と人との間に直接成り立つものだ。感じ取ったお姿を含め、心より天界神さまをお慕いし敬えば何の問題もない」
「はい」
アタシにとっての天界神さまは、金ピカ鎧のデ・ルドリウ様(両目。王冠・翼・光輪つき)。
神獣は、白馬。
それでいいのよ。
《……それでいいの?》
まだ笑いの衝動がおさまらないのだろう、女神さまはヒィヒィと苦しい息を吐きながら涙をふいている。
《女神が、天界神さまの情報もうちょっとあげてもいいんだよ? あのお方が所属世界で、どんな風に信仰されてるか知りたくない?》
「所属世界?」
目をパチクリとした。
「天界神さまは、天界所属なんじゃ?」
《ちがうよ。天界ってのはさー 神々の交流の場なわけー この世界の最高責任神として、天界神は必ず存在してるけど……う〜ん、人間界で言えば、市長? 裁判長? 生徒会長? 一定の任期の間だけやって、交代する役職なんだ。代々の天界神さまそれぞれに、所属世界は存在している》
へー
《現天界神さまが神として治めている世界の情報、欲しくない? その世界で、民間に信仰されている形でよければ教えてあげられるよ〜》
むぅぅ……
「すっごく興味ありますけど、」
アタシは首をひねった。
「やめときます。アタシが萌えたのは、アタシが想像した天界神さまですから。お師匠様のお言葉通り、そのお姿の天界神さまを心からお慕いして敬っていきます」
プッと、女神さまがふきだす。
《お師匠様が言えば、白も黒。盲目的になんでも信じちゃって、まあ……。純粋というか何というか……ジャン君にそっくりだ》
「ジャン君?」
《うちの世界に居た勇者の一人だよ》
へー
《あの子も、お師匠様が大好きだったなあ。……キミらはよく似てるよ》
「名前からして似てますね」
ジャンヌとジャン。
《だね》
女神さまが肩をすくめる。
《さて……これからどうする?》
女神さまが、にっこりと微笑む。
《もとの世界に還るのかい?》
「いえ」
アタシはグッと身を乗り出した。
「もう少し仲間探しを続けたいです。天界にいらっしゃる方々は清らかでお強い方々ばかりですもの。ジョブ被りでダメかもしれないけど、試してみたいです」
《ふむふむ》
「それから、可能なら天界の修行場を使わせてもらいたいです。魔王を倒すために、強くならなきゃ」
ブラック女神の器にも狙われてるし。
魔王との決戦は四十八日後。あと五つの世界をめぐって四十三人を仲間にしなきゃいけない。長期滞在は無理だけど、五日から一週間ぐらいなら天界で修行できるんじゃないかと。
《仲間探しは、むつかしいと思うよ。キミは意中の人を決めちゃったんだもん。神ってのはたいてい、恋人には自分だけを見て欲しいって願っちゃうもんだからねー 他神の女なんか、相手にせん、目に映らぬよう消えてやるって方、けっこー居るんじゃないかな〜?》
むぅ。
《天界でのこっから先の仲間探しは、期待しない方がいい。ちょっとでも増えたら、超ラッキーぐらいな気持ちで〜》
「はい」
《ま、中には細かいことをまったく気にしない方もいるからね》
女神さまが掌でスッと示したのは結界の外で……
そこには、白髪白髭のデ・ルドリウ様そっくりな方がいらっしゃって……
「とある世界の長老神さま……?」
残ってくだすってたの?
他の男神さまたちは、怒っていなくなったのに。
アタシが天界神さまにキュンキュンしたから。
見る目のない女だと、アタシは見限って。
長老神さまは、白雲の上にあぐらをかいて座っている。大盃を口に運んで、お酒をチビチビと飲んで。
アタシの視線に気づいたのか、長老神さまがこっちを見る。
毅然としたデ・ルドリウ様がベースなのに、雰囲気がまったく違う。眉が下がっていて、目元がやさしげで、口元がにこやかで……
なんというか……
人懐っこそうなお顔。
何のかげりもない、にこやかな微笑み。まるで春の陽だまりのようだ……
胸がキュンキュンした……
心の中でリンゴ〜ンと鐘が鳴る。
欠けていたものが、ほんの少し埋まっていく、あの感覚がした。
《あと四十二〜 おっけぇ?》
と、内側から神様の声がした。
長老神さまが、うんうんと頷かれる。
《ほんにええ子じゃ》
濃い香りが、アタシを包む。
天界神さまの時よりも、匂いが果実的。ナッツ? レーズン? 桃? 熟成された果実のような、甘い香りだ……。
《つらくなったら、いつでもおいで。置いてやってもええよ》
長老神さまのお姿が薄くなってゆく。
燦々と降り注ぐ陽の光に溶け込むように、長老神さまは静かにその場から消えてしまわれた。
まるで最初からそこに居なかったかのように。
《天界神さまにつづき、とある世界の長老神さまにも萌えたのか〜》
女神さまがきゃぴきゃぴ笑う。
《運が良かったねー ていうか、とある世界の長老神さまの強運のおこぼれをもらったんだ。あの方は、どんな勝負もボロ負けしない。キミが天界神さまに萌えた時点で、『最強の神』の座を争う戦いに負けたわけだけど、その場に残りキュンキュンしてもらったことで、とある世界の長老神さまは『最強の次点』を手に入れたとも解釈できる》
む?
《計算づくじゃなく、自然体でやっちゃうとこが、あのお方の強さだよ。ま、天界神さまととある世界の長老神さまからいただいた力、使いこなせるようにがんばりたまえ》
女神さまがニッと笑う。
《ジャンヌちゃん、キミは強くなった。ふつーの人間より、ずっとずーっとね》
「そうなんですか?」
《当然だろ? 勇者であるキミが、天界神さまの加護を得、とある世界の長老神さまの助力も得たんだから! どんな感じに強くなったのかは、女神の立場からじゃ教えらんないけど……三下魔族なんざ、もう木っ端だよ! ガンガン暴れて、ガンガン正義を通せるように、修行をつんで新しい自分に慣れておきたまえ》
ジパング界でシュテン相手にヒーヒー修行して、戦い方のコツやら、精霊の使い方を学んだけど……劇的に強くなれたわけじゃない。シュテンはもちろんヨリミツ君にも、アタシはぜんぜんかなわなかった。精霊つきでも、負けてたわ。
それなのに、天界神さまを敬って、長老神さまに気に入られただけで、強くなった? 三下魔族なら、もう木っ端?
お手軽……
いいんだろうか、これで。
なんかズルイ気がしないでもないけど……
素直に幸運を受け入れよう。
神さまに愛されるって、きっと、こういうこと!
感謝して、ちゃんと信心しよう!
どんな風に強くなったんだろ?
……知りたい。
体がうずうずする。
《天界には、人間でも使えないことはない修行場もある。修行場の使用許可&宿泊施設の利用を、キュービーちゃんを通じて、天界神さまにお願いするといい。キミだけでなく、仲間たちも、そこでいっしょに修行するといい》
「はい」
《んじゃ、そーいうことで〜》
ニパッと明るく笑って女神さまが、手を振る。
《後はがんばってね、ジャンヌちゃん♪》
え?
「行ってしまわれるんですか?」
女神さまが、大きく頷く。
《うん。とある世界の女神と約束していてねー これ以上待たせんのも悪いし、そろそろ行くわ》
「そうですか……」
女神さまに、深々と頭を下げた。
「女神さまにはたいへんお世話になりました。ありがとうございます」
いやいやいやと、女神さまが軽く手をヒラヒラさせる。
《女神は、ほんのちょっと手を貸しただけ。運命を切り開くのは、キミ自身だ。魔王戦、がんばってくれたまえ。期待してるよぉ〜ん♪》
「はい。がんばります」
「女神さま。ご助力感謝いたします」
アタシの横で、お師匠様もお辞儀をした。
と、そこで……
「少しだけよろしいでしょうか?」
仲間の中から歩み出た方がお一人。
「今、お話しなければ一生後悔してしまう。そう思い、勇気をもってお声をかけました……女神さまをお引止めする不遜な小人をどうぞお許しください」
《ちょっとぐらいなら、構わないよ。約束の時間は、もうとっくに過ぎてるんだもん。遅れついでに、話を聞いてやってもいい》
お師匠様によく似た顔の女神さまが、にこやかに微笑む。
《なに、シャルル君?》
「……女神さまから名前を呼んでいただき、光栄の至り。慈悲深き女神さまに深き感謝を捧げると共に、お約束中のとある女神さまに謝意をお伝えいたします」
《はっはっは。さっすがの気配り! フェミニストのプレイボーイらしい!》
「恐れ入ります」
《で? 女神をひきとめた理由を言いたまえ。口説きたいのかな?》
「女神さまのご都合がよろしければ後ほど是非にも……」
シャルル様が艶やかに微笑む。
ドキンとした。
見る者を虜にしてしまいそうな、不可思議で妖しいお顔だ。
「しかし、そのまえに質問させてください。神との契約についてお教えいただきたいのです」
《なにを聞きたい?》
「あちらにおわす猫女神さまは、勇者ジャンヌさんが別世界の神を信奉しても問題ないとおっしゃっていましたが……二神の教義が矛盾した場合はどうなるのでしょう?」
ん?
「たとえば……邪悪を徹底的に粛清することを望む神と、邪悪の改心を認める神を同時に信仰してしまった場合、信徒はその行動如何によっていずれかの神の寵愛を失う……そう理解してよろしいのでしょうか?」
《おおざっぱに言えば、そうだね》
女神さまが明るく答える。
《でも、まあ、天界神さまたちは、自分が唯一神ではないとご存じの上でジャンヌちゃんを受けいれたわけだしー 細かいことじゃ、目くじらは立てないはずだよ。所属世界の神の教えを守ってちゃんと勇者してれば、ずっと援助してくださるはずだ》
「つまり、所属世界の教えを優先すべき、ジャンヌさんは今まで通り我らの世界の神様の庇護下にあるということですか?」
《そうだよ。他世界の神さまは『近所の気のいいおじさん』ポジだ。ジャンヌちゃんがいい子なら好意をもってあれこれしてくれるけど、ジャンヌちゃんのおうちのパパが嫌がるような援助はしないし、する気もない》
ふむふむ。
《『近所の気のいいおじさん』ポジを超えた恩寵をもらいたかったら、所属世界を捨て、その世界に移住するしか手はない。ま、勇者或いは賢者である間は、所属世界神の子分扱い。他世界への移住なんか夢のまた夢だけどねー》
「ありがとうございます。得心しました」
胸に手をあて、シャルル様が優美にお辞儀をする。
「これで心置きなく、お話できます。お美しく、お優しく、賢く、機知に富み、偉大なる力をお持ちの慈悲深き方……願わくば、薔薇の騎士たるこの私の心をお受けいれください。あなたさまに信仰を捧げます……」
一瞬の間をおいてから、
《女神を信仰するぅ? どんな女神だか知らないのにぃ?》
女神さまは、キャハハと笑った。
《うかつすぎだ、シャルル君。女神が嫉妬深い神だったら、どーすんのさ? 他の女を愛したらキミを殺すかもよ?》
「ありえませんね。寛大な女神さまがそのようなことをなさるはずがない」
《ふぅん?》
「ですが、お望みとあらば、いかなる命令にも従いましょう。私は、女神さまに恋するしもべですから」
《他の女を愛するな、僧侶のような禁欲生活を送れと言ったら?》
「努力します。けれども、女性を敬いその美を愛でるのは、私にとって呼吸をするかのように自然なこと。おそらく、いずれは女神さまのお怒りを買う身となりましょう」
シャルル様が、まぶしいばかりに爽やかな笑顔を浮かべられる……
「しかし、女神さまの愛ゆえに滅びるのなら、本望です……。かようにお美しき方を前に、心を偽ることはできません。どうかあなたさまを崇めることをお許しください。私の女神と、あなたさまをお呼びしたい……」
《やだもう! キミも、最高だよ、シャルル君!》
しばらくお腹を抱えて大笑いした後、女神さまはおっしゃった。
《いいよ。キミの女神になってあげよう。あ、禁欲はしなくていいからねー キミは今のまんまが一番おもしろいから〜》
アタシにつづき、シャルル様もよその世界の神さまの加護を手に入れたようだ。