狩らぬ者
黄金弓は、とある狩人一族に伝わる神聖武器だ。
その昔、二十三代目勇者の仲間が、魔王戦で黄金弓を使って、99万9999ダメージを出したらしい。
そして、六十五代目勇者その人が、魔王戦で黄金弓を使って、99万9999ダメージを出したみたい。
でもって、九十八代目勇者の仲間も、魔王戦で黄金弓を使って、99万9999ダメージを出したのだそうだ……
つまり、固定ダメ99万9999が出せる弓なのだ。
100万には1足りないけど……まあ、たったの1だし。
その上、黄金弓は、浄化の矢、眠り・麻痺・暗闇・毒などの状態異常を誘う魔法矢も撃てる。
攻撃面でも補佐面でも、この弓の使い手は優秀なのだ。
お師匠様が、黄金弓の使い手を仲間にしたい! と思ったのも当然。
当然ではあるのだけれども……
* * * * *
「勇者様の仲間に選ばれたのに、右手が使えない? おおお、それはお困りですな! 困ったなーという時には、この天才発明家にお任せあれ! あなたのお悩みを解決しますぞ!」
半透明なシールドガードのついたフルヘルメット、金属のチェストのような胴体、ロボの手足。
その格好はかなりアレ。
でもって、歩いても空を飛んでも騒音の塊。
『迷子くん』装備のルネさんが、オランジュ邸の庭に着地した時は鼓膜が破れるかと思ったわ。屋敷中の窓ガラスがビリビリと揺れてたし。
オランジュ家私兵に囲まれちゃったのも、無理ないと思う。お師匠様が引き取りに行かなきゃ、不法侵入で牢屋行きよ。
でも、今は、そんな非常識なルネさんが頼もしく見えちゃう。
アタシは、うっかりセザールおじいちゃんに萌えてしまった。
九十八代目カンタン先輩の代に、黄金弓の使い手として活躍した超一流の弓使いなわけだけど……今は孫に弓を譲り、引退している。九十八代目魔王に呪いをかけられ、右手の肘から先が石化し、砕けてしまったからだ。
むろん、戦闘なんか無理。
セザールおじいちゃんは『シメオン様に無理を言うて、同道を願ったが為にかような事態に……申し訳ありません。かくなる上は死してお詫びを』なんて言いだしてナイフを抜いて……
お師匠様が『死なれては困る。伴侶が一人でも欠ければ、ジャンヌの託宣は叶わなくなるのだ』と止めてくれたからいいけど……
兄さまは『ジャンヌに目隠しを強要し、自由を奪っていたあんたが、戦力外の仲間を押しつけるとはな……』とかお師匠様に喧嘩を売るし……
クロードは『ジャンヌぅぅ、ピンチ? ピンチなのぉ?』て半泣きになるし……
グダグダだったのだ。
お小言大好きテオ先生は、珍しく無言だった。九十八代目と共に活躍した武人に対し非難めいた事を言いたくなかったんだと思う。でも、その目は雄弁に『何故、後先を考えて萌えないのです? 戦闘力のない人間ばかりを味方にしたら、勝てませんよ? 総ダメージ1億に届かなくなります』とアタシに訴えていた……
このワヤクチャな事態も、ルネさんの非常識な発明に頼れば解決しそうな気がする!
「このルネを頼ってくださるとは! さすが、勇者様。お目が、高い!」
そのロボットアーマーは見た目こそアレだけど、右手の一振りで大岩どっか〜んな攻撃ができるんだもん!
セザールおじいちゃんに貸してあげれば……
「はっはっは。残念ですが、無理ですな」
やたら爽やかにロボットアーマーの人が答える。
「『迷子くん』は『人間以上に多機能』がコンセプト。頭も手足も体も実に複雑な動きをしましてな、デリケートな制御が必要なのです。制御盤は前面・側面・背面・頭部にあり、ボタンの数は五百以上。両手両足更には頭部も使わねば、制御できません」
え〜
そのアーマー、極限にまで機能を削ったシンプルでストイックな機械とか言ってませんでした?
「『迷子くん』はお貸しできませんが、私の発明品があれば、あらゆるお悩みは解決できますぞ」
ロボットアーマーの人が、腹部のトランクから何かを取り出す。
「利き手が使えない! 困ったなーという時にはこれですぞ! 『すらすら かける君』! 何とびっくり、口述筆記装置なのです! 唯一の欠点は対象物の認識が甘く、時々、紙から字がはみだす事だけ! しかし! だいたい紙の上に書けますから問題ないですな!」
へ?
「お気に召さない? ならば、これはいかがです? 『ともに かなで〜る ちゃん』! 自動ピアノ伴奏装置です! これさえあれば、片手となってあきらめたピアノ演奏も……」
いや、あの、そーいう発明ではなく……
「むむむ。これでも、駄目? ならば、とっておき! 『うんとこしょ どっこいしょ君』! この機械は、なぁんと! 畑から、大きなカブを抜いてくれます!」
……武器、ありませんか?
「……武器ですか……むぅ……このところ、とんと発明できませんでな……なにせ、大ダメージをたたき出す為には、それ相応の動力が必要。大型魔法炉を購入する資金など、今の私には……」
「多少ならば、融通できる」
お師匠様が淡々と言う。
「国から毎年支給される勇者育成用の助成金や、魔王討伐報奨のプール金がある。とりあえず、二百万ほど準備しよう」
「いや、しかし、それでは」と、言いかけたセザールおじいちゃんの言葉を、
「おおお! ありがとうございます、賢者様! 発明資金げっとぉぉ!」
ハイテンションのルネさんが遮る。ルネさんのロボットアームが、黄金弓を持った左腕をがしっと握る。
「どんな困難な状況にあろうとも、私の発明品があれば大丈夫! 隻腕の方でも戦え、且つ、魔王相手に大ダメージを出せる武器を発明してみせましょう!」
「さようか……かたじけない」
「いやいやいや! こちらこそ大感謝ですぞ! これで、ついに! 長年の夢だった『最終兵器 ひかる君』の発明に着手できます! 『めがとんパンチ』やドリルアームも浪漫ですし、レーザーソードも……。あ〜 いかんいかん。まずはクライアントのご意見を伺わねば! スイッチぽんでミサイル発射のような、簡単操作のものがよろしいですかな? リクエストを承りますぞ!」
「セザール。発明費のことは気に病むな。勇者の仲間を導くのも賢者の役目だ。おまえは、魔王戦で勇者の為に働いてくれればいい」
「シメオン様……」
「良い武器をつくってもらえ」
いかめしい顔のおじいちゃんの目に、ぶわっと涙が浮かぶ。
「……申し訳ありません」
左腕の袖で涙をぬぐい、おじいちゃんがふるふると身を震わせる。
「弓引けぬ狩人となった日からずっと……カンタン様から与えられた命を、どうにか生かせぬものかと……魔王に一矢報いる為、愚息や愚孫を鍛え……我が代わりに戦場に立たせようと、そればかりを思っておりましたが……」
きらめくものが、おじいちゃんの目からこぼれ落ちる。
「このような老いぼれが、魔王に再び挑めるとは……」
おいおいと泣き始めたおじいちゃんの背を、お師匠様が優しくさする。
いつもと同じ無表情だけど、微かに口角のあがったその顔は微笑んでいるようにも見えた。
ルネさんとお師匠様がいれば、セザールおじいちゃんの方は大丈夫。
魔王戦までに、きっと戦えるようになる。
たぶん、おそらく……
どっちかというと、不安なのは……
床に座り込んであぐらをかいている人へと、アタシは目を向けた。
前髪が長すぎて、目が完全に隠れちゃってる。
目線がいまいちわからない。けど、口元は明らかに不機嫌そうだ。
……まあ、怒って当然か。縛られ、猿ぐつわを噛まされ、ジュネさんにお姫様抱っこされてたもんね……むりやり連れて来られた感バリバリだった。その上、チュッチュだし。
……アタシの仲間になりたくなかったのかなあ?
むっつりとした顔で座る男の側に、ジュネさんも座っている。ポニーテールな髪形のせいか、黒の上下の私服でも女の人みたい。うっとりと頬を染め、美しい獣使いは幼馴染を熱い眼差しで見つめている。
秋波を送られてる方は、視線を避けるかのようにそっぽ向いちゃってるけど。
何かいろいろとひっかかるけど……
伴侶になってもらったんだし……
挨拶しとこう。
「はじめまして、百一代目勇者ジャンヌです」
前に行って、ぺこりと頭を下げる。
男が顔をあげ、アタシを見る。
「………」
しばらくアタシを見つめ、
「ども……」
と、だけ言って又、ぷいっと顔をそむけた。
「ごめんねー ジャンヌちゃん。こいつ、口下手なのよ〜 そんなとこも、可愛いんだけど♪」
うふふと笑いながら、ジュネさんがツンツンと幼馴染をつっつく。
「……触るな」
ガーッ! と牙をむかれても、『あら〜 ごめんなさいね』と悪びれた様子もなく笑っている。
気になってたので聞いてみた。
「無理やり連れて来られたんですよね? ごめんなさい。戦いたくない人を争いに巻き込んじゃって……」
男の人が、ぴくっと動く。
「……いや」
両目が前髪で隠れた顔が、アタシを見る。
「……構わない……魔王が勝っては、おれも困る」
だが、と言ってから男の人は口を閉ざし、遠くを見るように顔をあげた。
その先には、ルネさんと話すセザールおじいちゃんが……
「アレで……戦いたくない」
「アレ?」
「黄金弓よ」
ジュネさんが、おじいちゃんの背の矢筒と左手の魔法弓を指す。
「こいつ、生き物を狩れないのよ」
へ?
ジュネさんが悪戯っぽく笑う。
「腕がヘボいわけじゃないのよ。むしろ天才? ちっちゃいころから、おじいさまにがっつり教育されちゃったから。わずか十才で黄金弓を撃てるだけの筋肉ができあがってたし、おまけに目が良いのよ。針のような小さな的でも射ぬいちゃうの」
ジュネさんが、うふふと笑う。
「なのに、生き物に弓を向けられないのよ、かわいいでしょ?」
「……でも、狩人なんですよね?」
アタシの問いに、ジュネさんの幼馴染が重々しくかぶりを振る。
「……農夫だ」
のうふ?
のうふ……?
のうふって、畑を耕す、あの農夫……?
「世捨て人をきどって山に籠ってるって……お話では?」
山の中で弓修行でもしてるのかと、てっきり……
「……じいちゃんが山持ちだから……父さんが一部を切り開いて畑にして……おれもいっしょに働いて……暮らしている」
あれ? お父さん、死んだんじゃ……?
「お父さん、ご存命なんですか?」
農夫の人が、こっくりと頷く。
「……お父さん、黄金弓を継がなかったんですか?」
「……人間には……向き、不向きが、ある……と思う。父も、おれも……狩人に、向かなかった。生き物の体を……矢で、傷つけるなど……死んでも……やりたくない」
「………」
唖然としてるアタシの代わりに、
「話が違うではありませんか!」
横から学者様が、獣使いに怒鳴る。アランの背後に隠れながらだけど。
「魔王に99万9999ダメージを出せる男として、その方を推薦したのでしょう? 弓を使えない男を、どうやって戦わせるというのです?」
「……使える……鍛錬だけは……毎日、今も。腕は……錆びていない」
「しかし、無生物の標的しか射れないのですよね?」
テオの問いに、現黄金弓の使い手がこっくりと頷く。
「ん〜 魔王は魔族。生き物じゃないから、黄金弓で戦ってくれるかなあ〜 って、あたしは思ってたんだけど〜」
「……いやだ」
「って、こいつが言うのよね〜」
「……今は魔王でも……元は人間だ……」
胸がズキンとする。
今は魔王でも……元は人間……
その通りなんだけど……
だけど、倒さないと、この世界は……
「……心あるものを……壊すだけのことは……したくない。だから……」
現黄金弓の使い手が、アタシを見上げる。
「……浄化の矢ならいい……。穢れを祓う、清めの矢ならば……使える。それで……いいか?」
「はあ」
「勇者様、お認めになるのですか?」と、テオ。
「いや、いいも何も……それしかできないんじゃ、しょうがないんじゃない?」
「……ありがとう」
現黄金弓の使い手が、口元に笑みを浮かべる。
「……おれにも……守りたいものはある……戦う。……それに……」
両目が前髪で隠れた顔が、再び祖父の背中へと向けられる。
「……じいちゃんが……戦うなら……おれがついていて……やらなきゃな」
ちょっとだけ、胸がキュンとした。
「いやん、もう! エドモンってば、可愛いんだから!」
もう我慢できない! とばかりに、ジュネさんが幼馴染に抱きつき頬ずりをする。
「……ばか。触るな」
抵抗する大の男を、しっかり押さえこんでいる。綺麗なおねえさんみたいなのに、意外と力持ちなのよね……
「へー オカマの後は、弓で戦えない弓使い、でもって右手が使えないジイさんを仲間にしたわけ」
オランジュ邸にやって来たリュカが、ゲラゲラと笑う。
「あんた、ほーんとバカだよねー 魔王、倒せるの?」
倒すわよ……
「さすが、お嬢ちゃんだ。俺がいない間に、さっそく面白い星を背負い込んだな……」
ドロ様まで、ニヤニヤ笑ってるし。
「セザールの事は、すまなく思う。何人であろうが『男』を不用意に近づけるべきではなかった。私のミスだ」と、お師匠様。
「いえ……」
「セザールは老体となったゆえ、おまえの好みではないと早合点した。しかし、これからは、肝に銘じる。おまえは『男』であれば、何でもいいのだと」
は?
「容姿端麗な若者のみを警戒していた私が、愚かだったのだ。これからは認識を改める。全ての者を警戒する。おまえが何に萌えるか、正直、私にはわからぬからな」
……アタシだって、何でもかんでもキュンキュンするわけでは……
使徒マルタンの待つデュラフォア園に旅立つ前に、女伯爵のおばあさんの所に全員で挨拶に伺った。
「世を救う勇者様と賢者様をお助けするのは、臣民として当然の義務です。お気になさらず」
ジョゼ兄さまのおばあさんは、しゃんと背筋を伸ばした綺麗な姿勢でたたずんでいる。
「今後のご予定は?」
「使徒マルタンと合流した後、十一の異世界に順次転移し、仲間探しをします」と、お師匠様。
「使徒マルタン様……悪霊祓いで名高い、ご高名な僧侶さまですわね」
……そうらしいのよね、アレで。
「そうと聞いて安心しました。勇者様の周囲には、常識を逸脱なさった方があまりにも多く見受けられましたので……少々、心配となっておりました」
おばあさんが、ロボットアーマーの人と、蛮族戦士、流浪の民風占い師、下町の子供、綺麗なおねえさんみたいな獣使いと農夫を、冷たく一瞥する。
その蔑みの目には、ちょっとムカッとした。
「勇者様、ご立派に使命をお果たしなさいませ」
おばあさんはアタシに対してそう言ってから、兄さまにこんな事を言ったのだ。
「常に、当家の家名に恥じない行動を心がけなさい。周囲がどうであれ、あなたはオランジュ伯爵家の跡取りです。品格を落としたら許しませんよ」
これから異世界に旅立つ孫への言葉が、それなの?
「お言葉のままに、おばあ様」
兄さまが恭しく、おばあさんに頭を下げる。だけど、眉は不機嫌そう。
服従の態度はとるけど、心までは従ってないって感じ。
兄さまとおばあさん、ずっとこんな関係だったのかしら? 八年も一緒に暮らしてたのに。
すっきりしない気分のまま、おばあさんのお部屋から下がった。
「……おっかなそうな人だったね」
クロードが、チラッと兄さまを見る。
アタシも兄さまを見た。
大丈夫だ、と言うように兄さまは笑って、アタシの肩を抱き寄せた。
魔王が目覚めるのは、九十四日後。
デュラフォア園に行く前に、荷物を馬車に詰め込んだ。
「しばらく、テオドールの家を我々の拠点とする」
「拠点?」
お師匠様が頷く。
「異世界に赴かぬ者の集会所として使わせてもらう」
そっか。
幻想世界へ行けるのは、アタシとお師匠様を除いて四人だけ。
残りのメンバーは、お留守番なんだった。
「勉強宅です。たいへん手狭で申し訳ないのですが、居間と客間二つを提供します」
「勉強宅……?」
聞いた事もない単語に、首をかしげた。
「勉学にいそしむ為の家です。研究書や希書を収蔵していますので、地下には絶対に近寄らないでください。それから、二階の私の文筆部屋にも。収集した資料や書きかけの論文が……。ああ……第三者を家に入れたくなかったのですが、事情が事情です。いた仕方ありません」
額に手をあてながら、テオがふーっと溜息をつく。プライベート空間に他人を入れるのは嫌だ! と、顔にも態度にもありありと表している。
ちょびっとムッとしたけど、あえて聞いてみた。
「だから、勉強宅ってなに?」
まだわからないのか? と言いたそうな顔でテオが眉をひそめる。
「ボーヴォワール伯爵家別邸です。私が院生の頃、父が大学の側に購入してくれたのです」
「購入してくれた?」
テオが頷く。
「勉強に集中できる環境が欲しかったのです。母が少々……いや、かなり過干渉な方だったので。学生寮への入寮を検討していた私に、父が贈ってくれました。庶民の子供も、自宅に勉強部屋を持つのでしょう? 似たようなものと思ってください」
ふつーの庶民は、息子の勉強の為に家を買ったりしないわよ。
ったく、貴族め。
執事とメイドさんとコックさんと庭師も居るらしい。
「実家に頼み、明日にも召使い全員を女性とします。いいですか、勇者様、滞在中、あなたは客間に籠っていてください。戦闘力の無い執事やコックや庭師に萌えてしまっては、この世界は滅びてしまいます。それから、絶対に、二階の文筆部屋と地下へは……」
「エッチな本でも、ためこんでんじゃねーの?」
リュカがケラケラ笑う。
「そーよね、貴族の別邸だし。地下は、イケナイ秘密のお部屋になってたりして」
ジュネさんも、一緒になってテオをからかう。
「下種な推測はお控えなさい。ご自分の品性を貶めますよ。私は純粋に学問の為に、」
「テオドール様、蔵書の管理にお困りでは? 本棚を置くスペースが無くなった! 困ったなーという時にはこれですぞ! 移動本棚『まわ〜る君』! 二足歩行の本棚が勝手に家中を歩き回ります! スペース不足もこれで解消ですな!」
「……要りません」
……テオん家で暮らすの、気が重いなあ……
その前に、デュラフォア園で、あの僧侶と再会か。
ふぅ。