慈悲深き女神さま
《え〜〜〜〜! マジぃ? マルタン君、来てないのぉ? なんでぇ?》
なんでと聞かれましても……
《つまんない! つまんない! つまんない!》
《せっかく出待ち……じゃない、天界入り待ちしてたのにぃ〜 生マルタン君、見そこねた〜》
《まこと残念至極。義体を用い、本日こそ、あの者と物質的に触れ合いたかったのであるが。妾の初デートの夢が……》
置いてきちゃって、すみません……
天使のキューちゃんに飛ばされた先は、やっぱり雲しかない場所で……
そこでアタシたちは、待ち構えていた女神さまたちに取り囲まれることになった。
み〜んな、マルタンのファン……というか、『神の使徒』マルタンの魂を深く愛でているそうで……。
あの男、一部の神さまの間じゃアイドルなのだとか。
そいや、『マルタン様の聖気は、ピッカピカに神々しいですからねえ。視える人間には、たまらなく魅力的ですよ』ってサイオンジ先輩も言ってたなあ。
ナターリヤさんも、マルタンに惚れて、おかしくなったし……
クロードは盲目的に犬になってる。
ぜったい一般受けはしないけど、ごく一部に熱狂的なマニアをつくってしまう……そんな運命の下にあるのね、あいつは。
キューちゃんに、《こちらにいらっちゃるのは、メガミちゃまたちでちゅー》と紹介された時は、みなさん、輝かんばかりにお美しい方々に見えたんだけど……
今じゃ、『マルタンLOVE』のハッピを着た追っかけおねーさんズにしか見えない……
天界の住人は、見た者のイメージ通りの姿になっちゃうからなあ。
「申し訳ありません、使徒様は聖戦にお忙しいのです」
シャルル様が、女神さまたちに恭しく頭を下げる。
「この魔法騎士シャルル、微力ながら使徒様に代わり、女神さま方をお慰めいたします。何なりとご命じください」
《あ。でしたら、マルタンへ伝言をお願いします。天界歴の来月のこの日からこの日まで、私、温泉&陶芸格安ツアーに参加して、不在します。もしもの時には、私に代わって暗黒神の国への鉄槌をお願いしたいのですが》
「承りました。必ずや使徒様にお伝えしましょう……この命に代えましても」
《だったらあたしも〜 天界暦の今月末、ヒーロー祭りを開催するの! 悪霊てんこ盛り! 邪悪二十%増し! マルタンくんも、ぜ〜ったい気に入ると思うの! ぜひぜひ参加して!》
「承知しました。お美しい女神様の為に、お伝えしましょう》
シャルル様……ちゃんとメモをとってるわ。
そして、マルタンとのデートを望んでいた女神さまのもとへ。
「はじめまして、いと気高きお方。使徒様のことで、あまりお心をお痛めになられませんよう。さあ……どうぞ微笑んでください。女神さまに、憂い顔は似合いません。あなたには、大輪の薔薇のごとき笑みこそふさわしい……」
うは!
さすがシャルル様!
女神さままで口説きますか!
《たしかに、来なかった者のことを気にかけていても仕方が無いな……》
「私が代役をつとめましょうか?」
艶やかに微笑むシャルル様。貴公子のオーラ漂う、悩殺ものの笑顔!
アタシのハートはキュンキュンとなった!
だけど、
《要らん》
女神さまは、すげなくおっしゃった。
《凡俗の相手はせん》
「そうですか……残念です」
断られても、シャルル様は紳士的な笑みや礼を欠かさない。
「出すぎたことを申し上げ、失礼いたしました」
《あのニンゲン、わかってまちゅねー》
空飛ぶ赤ちゃんが、うんうんと頷いている。
《アプローチちてダメなら、ちゃっちゃとあきらめる。しつこくちない。モテ・オトコのヒケツでちゅー》
……そうなのか。
《いったん、ひいて、チャンスがめぐってきちゃら、さいチャレンジ! またくどく。ちょれが、レンアイ・テクニックなのでちゅー》
ちょ〜なのかっ!
あら、やだ。バブちゃん語、移っちゃった!
てか、赤ちゃんに『恋愛テクニック』とか言われると、すっごい違和感!
て?
あれ?
シャルル様を振った女神さまが、アタシの仲間の一人のもとへ……
《そこの人間、そなたで我慢してやる。マルタンの代わりを務め、妾とデートいたせ》
女神さまに抱きつかれたのは、農夫の人で……
「は?」
「へ?」
「……え?」
シャルル様と、アタシと、エドモンの目が点になる。
さらに、
《ずっるーい! その子、あたしだって目ぇつけてたのにぃ〜》
《麿もや。その男の血……興味あるわ》
二人の女神さまが加わって、三人の美女が農夫の人にべったりとしなだれかかる。みんな、うっとりと頬を染め、熱い眼差しでエドモンを見つめている……。
「うわ〜 すごいや。エドモンさん、モテモテだねー」
邪気の無いクロードの一言に、
「く……」
シャルル様は一瞬だけ肩を落とされたものの、
「フフッ、麗しい方々のご機嫌が麗しくなられたのだ……花の顔に笑みが戻られて、何よりだ」
などと笑顔でおっしゃって、髪をふぁさ〜っと。
立ち直り早いなあ。
《よく見れば、そなた、なかなかによき男……。のう、マルタンと同じ世界から来し男よ。妾をぎゅっと抱きしめてよいぞ》
《だめ、だめ! そんなカタブツ女つまんないよ! あたしと遊ぼ! キモチいいこと、いっぱいしたげる!》
《ホホホ。かしましい女どもなんぞ相手せんとき。そもじの欲しいものなんでもあげるえ? 力でも富でも……麿のとこ、おいで……》
抱きつかれてる人は、カチンコチンだ。「……よせ」とか「……やめろ」とか、頑張って払おうとしてるんだけど、三女神さまはどんどん密着して、だんだん大胆に……エドモンにキスをし、赤い舌で舐め、さわさわとその体を……
ちょ!
みなさん、積極的すぎませんか!
少しは人目を気にしましょうよ!
押し倒してるし!
脱がそうとしてるし!
「アラン! ちょっとアレ止めて!」
「放っておかれても、問題ないのでは?」
赤髪の裸戦士は、何とも微妙な顔をする。
「エドモンさんに、小さな子がじゃれついてるだけですから……」
ぉい!
あんたの目には、女神さままで幼女に映ってるんかい!
クロードは真っ赤になってうつむいてるし(まさか、女神さままでマルタンに見えてる……わけないわよね?)、女性崇拝主義のシャルル様が女性に手荒なことできるわけないし。
救いを求めて、お師匠様を見る。
「心配はいらぬ」
お師匠様は、いつも通りの無表情だ。
「招かれし者は、生まれた世界に所属している。他世界の女神たちがいかにエドモンに執着しようとも、神さまが合意せぬ限りたいした力は及ぼせぬ。他世界に連れ去られる恐れはない」
「いや、でも!」
このままじゃエドモンが。
「ジャンヌ」
お師匠様が淡々と言う。
「あちらの方々は、動物型の女神さまだ」
へ?
「異常なほどエドモンに執着するのは、動物に決まっている」
お師匠様が断言すると、
《でちゅー よくおわかりになりまちたねー あちらにおわちゅのは、カメ、ネコ、ヘビのメガミちゃまでちゅー》
キューちゃんが、ほにゃ〜と笑う。
亀と猫と蛇の女神?
ふと見れば……
色っぽく迫っていた女神さまたちの姿は消え……エドモンは小さな生き物に擦り寄られていた。カメにツンツンされ、猫に舐められ、蛇に絡まれている……。
……な〜んだ。
いつも通りだわ。
動物にモテてるだけじゃん。
なんかホッとした……。
ほっといていいや。
「……ま? 待って、くれ!」
エドモンの叫びが聞こえたけど、とりあえず無視。
今はそれどころじゃないんだ。
ここにいらっしゃる女神さま方は、マルタンがしょっちゅう口にしている『内なる十二の世界』の神々らしい。主神級の偉い方がほとんど。そうでない方も、主神に匹敵する力の所有者――S級の方々らしい。超一流の神々ばかりのようだ。
でも、女神さまじゃ、ダメなのだ。
「アタシ、う〜んと強い男の神さまにお会いしたいの」
キューちゃんにリクエストしてみた。
「四十八日後に、アタシの世界で魔王と戦ってくれそうな方いらっしゃるかしら?」
《ちょっと、おまちくらちゃい》
赤ちゃん天使が、おでこに指をあてる。
《ジョーケンをちぼりこんで、ちょーかいちまちゅ》
キューちゃんのしゃべりが聞き取りづらい……そう思ったら、
《他に条件はありましぇんか? 『戦闘力高し』『男神』『四十八日後、勇者世界で戦闘可』。以上三点で照会かけても、よろちいでちゅか?》
バブちゃん語は、語尾だけになった。こうあって欲しいってイメージするだけで、コロコロ変わるとは……便利な世界だわ。
「強い神さまから順に会わせてもらうことってできる?」
ダメもとで頼んでみた。
「アタシ、職業ごとに一人の異性しか仲間にできないの」
何人仲間にできるのかわからないのだ。
もしかしたら、最高神、至高神、絶対神、主神、創造神はぜーんぶ別物の扱いでカウントされるのかもしれない。戦神とか太陽神とか天空神とか、名称の数だけ仲間を増やせる可能性もある。
だけど、『天使』の時のように、ジョブ『神さま』で限定でされたらたった一人しか仲間にできないわけで……
せっかく神さまを仲間にするのだ。どうせなら、う〜んと強い方を仲間にしたい。
「まずは、最強の男神にお会いしたいの」
キューちゃんが大きな目を見開き、こわばった表情でアタシを見る。
赤ちゃん天使だけではない。他の女神さまたちも、今さっきまでエドモンに甘えていた方々までもが、驚きの表情でアタシを見つめている。
辺りは、水を打ったようにシーンと静まり返っている……。
あ?
あれぇ?
アタシ、なんか、マズイこと言った?????
《最強の神さまにお会いしたい……でしゅか》
キューちゃんが、ごくっとツバを飲み込む。
《見かけによらず、大胆な願いごとをする小娘でしゅね》
えーーーー?
「アタシごときが最強神にお会いしようとしちゃ、失礼ってこと?」
《そうやない》
エドモンの体に絡みついている蛇女神が言う。
《天界に居る神々は、それぞれがそれぞれの世界を支配する、一国一城の主。主神やない者も、主神の座を他神に譲ってやっているだけ、実力は主神相当やて自負しておる》
はあ。
《つーまりー 神々の間にはね、順列はないのー》
ネコ女神が明るくにゃんにゃん笑う。
《みんながみんな、自分が一番! だと思ってるわけー》
はあ……
《そなた、酷な願いごとをしておるのだ》
エドモンの膝の上にのっかってるカメ女神が、頭を殻にしずめながら言う。
《その天使が誰ぞを『最強の神』としてそなたに紹介しようものなら、他の神が黙ってはいまい。神の名を辱めた無礼者として、その天使を粛清する。二度と再生できぬよう完全消滅させるか、魔界に堕とすか、だな》
なんですとぉぉ!
「なし! なし! なし! さっきのアタシの願いごと、無しにする!」
《手遅れでちゅ……》
赤ちゃん天使が、しょぼんとうつむく。
《天界を訪れた人間の今は、天界の神々の間に実況中継されてまちゅ。あなたが『最強の神』に会いたがってる小娘だってことは、みなしゃん、ご存じなのでしゅ……どなたか男神さまを紹介した時点で、キューちゃんは一巻の終わりなのでしゅ……ああ、はかない一生でちた。ほんの三千七百四才で、キューちゃんは、さよならなのでちゅー……》
そんな……
「じゃ、アタシ、還る!」
声を張り上げた。
「仲間探しも修行も無し! このまんま、もとの世界に還るわ!」
「え?」
《え?》
仲間たちも、キューちゃんも、女神さまたちもアタシに注目する。
「しかし、ジャンヌ、強い仲間を得て、おまえ自身が強くならねば、おまえは……」
「大丈夫です、お師匠様! まだ五つの世界に行けます! 四十八日の間に、たった四十五人を仲間にするだけ! きっと何処かにいい修行場もあります! 楽勝ですよ!」
「だが、神々ほど強き者は居まい。また、天界に勝る修行の地もない……このまま還れば、おまえは……」
お師匠様が、微かに眉をひそめ、瞳を細める。
「私は……おまえの死など、望んではいない」
お師匠様……
胸がジーンと熱くなった。
「ありがとうございます!」
お師匠様の気持ちは、とっても嬉しい!
「でも、アタシも嫌なんです。アタシがバカだったせいで、誰かに迷惑をかけるなんて……絶対に嫌なんです」
とびっきりの笑顔をつくってみた。
「アタシ、勇者ですから!」
すみれ色の瞳が、まっすぐにアタシを見つめ……やがて、静かに閉じられた。
「……好きにしろ」
「と、いうわけで! アタシたち、還るわね!」
《ほんとに……還るんでちゅか?》
キューちゃんに頷きを返した。
そして、天を見上げた。
降り注いでくるまばゆい光。
天界の何処かで、アタシを見ているであろう方々へと叫んだ。
「無礼なこと考えちゃって、すみませんでしたー! 神さまに順位はありません! みなさん、最高です!」
と、言っておこう!
《勇者ジャンヌちゃん!》
キューちゃんが、アタシの胸に飛び込んでくる!
うぉぉ! やわらか!
ミルクのような、赤ちゃん特有のいい匂いがする!
《ありがとでしゅ〜 恩に着るでしゅ〜》
「ううん、アタシの方こそ、ごめんなさい! ひっかきまわしちゃって、許してね!」
ぎゅっとキューちゃんを抱きしめた。
あったかい……
抱き心地最高……
《あはははははは》
明るい笑い声と拍手が響く。
《やだもぉ。笑かしてくれる! なかなか楽しい子だね、キミは!》
拍手をしているのは……『マルタンLOVE』のハッピを着た追っかけおねーさんズの一人……女神さまの中のお一人だ。
《勇者ジャンヌちゃん! 女神は、キミが気に入ったよ!》
「……ありがとうございます」
《今、還るのはやめてさ〜、三時間後に、女神とデートしない?》
「はぁ……三時間後ですか」
お師匠様をチラっと見た。無表情のまま、微動だにしない……好きにしろってことかな?
シャルル様も、アランも、クロードも頷いてるし。農夫の人は……獣たちにまとわりつかれて不機嫌そうだけど、反対はしてなさそう。
よし!
「いいですよ」
《ありがと〜 キミはほんとにいい子だ!》
女神さまがニコニコ笑いながら、アタシをビシッ! と指差してくる。
《女神が、天界一の修行場まで連れていってあ・げ・る♪ 修行オタク神のメッカでねー そこへキミがたまたま行って〜 たまたま強そうな神さまを目に留めてキュンキュンしても、な〜んも問題はないと女神は思うんだ〜 女神が連れてくだけだもん。キュービーちゃんが責められることは、百%ないねー》
!
《ありがとうごじゃいまちゅ〜 慈悲深き女神ちゃま〜》
「ありがとうございます! ぜひ連れてってください!」
キューちゃんといっしょに、女神さまに頭を下げた。
《いやいやいや♪》
ま、ま、ま、押さえて押さえて、って感じに、女神さまが掌をひらひらさせる。
《なんで三時間後かというとねー それぐらい時間に余裕があればさー 我こそは最強! ってな男神が修行場に駆けつけられるからなんだー》
きゃぴきゃぴと女神さまが笑う。
《キミの目に留まった者は、キミにとっての『最強神』扱いとなるわけ〜 勇者から『最強』と崇められる存在になるのは、神にとって悪くない栄誉だからねー これから三時間、最強チュ〜な男神は、ライバルを蹴落とそうと頑張るんじゃないかなー キミが行くころには、いい塩梅に、ほんとーに武力の高い神だけになってると思うんだー》
おおお!
《さてさて、おもしろバトルの見学にいってくるかな〜》
女神さまが、アタシにウインクを送ってくる。
《三時間後に会おう。おっけぇ?》
え?
あれ……この口癖……
「おっけぇです……」
女神さまが明るく笑う。
《んじゃ、またねぇ。ジャンヌちゃん。キュービーちゃんや仲間たちと仲良くして待っててね〜》
このしゃべり方……
アタシが手を振った時には、慈悲深き女神さまの姿は消えていた。
移動魔法で修行場に渡ってしまったんだろう。
アタシは腕の中のキューちゃんに聞いてみた。
「ねえ、今の方、もしかしてアタシの世界の神さま?」
赤ちゃん天使が、きょとんと目を丸める。
《ちがいまちゅよ〜 ジャンヌちゃんの世界の神さまは、面会拒絶札をお出しになって、プライベートルームに籠もっておられまちゅ〜》
「プライベートルーム?」
《天界における神さまの私室でちゅ〜 神さまの中でもお力のあるお方は、天界にも自分専用の領域をお持ちなのでしゅ》
へー
《人間界で言うと、高級ホテルのスイートルームをキープしてるようなものでちゅね……あ、伝言がありまちゅね》
何もない空を見つめながら、キューちゃんが言う。
《『来ちゃダメだからねー ジャンヌちゃん。会いに来たら、マルタン君けしかけるぞ〜 おっけぇ?』でちゅ〜》
……どういう脅しよ。
ま、来るな! って意志は、ひしひしと伝わってくるわ。
アタシの伴侶になりたくないのね……。
あの女神さま、うちの神さまによく似てたけど……他人の空似……じゃない、他神の空似だったのか。