◆QnQnハニー/気になるあの子◆
「よぉ、リュカ。くたばりぞこないの顔でも見に来たのか?」
アレックスは、豪華なベッドにふんぞり返って寝転がってやがった。
背中や腰にクッションをあてがって、頭の後ろで両手を組み、足を組んで。
ベッドの側に、女が八人もはべってる。けったいな格好の女どもはぜんぶ、アレックスの精霊か。
呪殺されかけたってのに、ずいぶんとまあ、元気そうだな!
そんなこったろーと、思ってたけどさ!
「学者のにーちゃんが、見舞いに行けってうるせーんだもん」
オレが近づくと、女どもは一斉に姿を消した。
ほんとに居なくなったんだが、目に見えない姿になったんだか、わかんねーんだが。
「母親の身代わりになってくれた占い師さまに、すっげぇ恩を感じてるみたいでさー あの野郎、キショイんだ。オレにまで、バカ丁寧なんだぜ」
「ほう?」
「あんたにもしものことがあった時の用心だって、ゆうべ、オレまでボーヴォワール邸に泊めたんだ。お貴族様用の、豪奢な客間を、オレにあてがってさー」
「ほうほう?」
「バッカじゃねえの、オレ、盗賊だぜ? って言ったら、部屋の中のもの、好きに盗っていいとか言いやがるし。自分名義のものだからって、あのバカ、宝石箱まで置いて行きやがったんだ! ンな物、懐に入れられるかっての! オレは盗賊だ、乞食じゃねぇっての!」
髭もじゃ男が、ゲラゲラと腹を抱えて笑いやがる。
「あのボンボン、あんたの信者になっちまったんじゃねえの?」
「……それは、ないな」
顎の下をさすりながら、アレックスはまだニヤニヤ笑いだ。
「恩を返そうとしてるだけだろ。学者先生は、既に使徒さまの信者だ。俺がつけいる隙はない」
はぁ?
あのイカレ僧侶の信者ぁ?
……趣味悪ぃぞ、メガネ。
「で? 具合は?」
椅子を引っ張ってきて、跨いで座った。
「見ての通りだ」
ふてぶてしい顔で、アレックスが笑う。
「だが、今日一日はベッドにお籠もりだ。昨日の今日でピンシャンしてたら、見入りが減っちまう。せいぜい重病人のふりして、学者先生にたっぷりと恩を売っておくさ」
「ケッ!」
強がりやがって。
顔色悪いぜ、タコ。
「なあ、アレックス」
「ん?」
「あんたが死にたがりのM野郎なのは、よーく知ってるけどさー」
「……Mじゃねえぞ、ガキ」
「勇者の仲間は、一人でも欠けたらマズイんだろ? あんたが死んだら、魔王戦で勇者のねーちゃんが負けて、この世界は魔王のモンになっちまうんだ。あと四十八日は、あんたは死んじゃいけねーんだ」
「だな」
「ちっとは命大事にしろよ」
「ああ」
魔王戦の後も……そう言いたかったが、飲み込んだ。下手なこと言ったら、誤解される。アレックスの生き死になんざ、どーでもいいんだ。育ててもらった恩を返す前にくたばられちゃ、目覚めが悪い……そんだけのこった。
「……俺がくたばったら、俺の全財産はおまえのものだ。占いの館も、やるよ。ギデオンとは、もう話はつけてある」
「はぁ?」
「寝室のサイドテーブルの引き出しに、ちゃんと遺書があるぜ。いつ死んでも、問題ねえ」
「ふざけんなよ、バカ」
「愛しい女の忘れ形見に遺産を残す男……。けなげだろ、俺は?」
アレックスが、愉快そうにゲラゲラ笑う。
愛しい女の忘れ形見だぁ?
嘘ばっか。
おふくろもあんたも、本気じゃなかったろ。わりきって遊んでたじゃん。
「ま、受け取ってくれ。他に譲れる奴がいねえんだ」
嫁もらえよ、バカ。
「いらねーよ、金なんか。オレ、もうガキじゃないんだぜ。自分の腕で、食い扶持ぐらい稼げるっての」
「……なら、返して貰うかな」
フフッと笑い、アレックスが顎髭を撫でる。
「俺の死後、おまえのもとを男が訪ねる……俺とおまえしか知らないはずの秘密を知っている男が現れたら……そいつぁ、俺の生まれ変りだ。俺の遺産をそいつにやってくれ。全部でもいいし、一部でもいい。おまえに任せる」
バッ……
「バカじゃねーの! 生まれ変りなんざ、あるかっての! オレは脳みそアッパッパーな客たぁ、違うんだ。ンなでまかせ、信じるかよ!」
「でまかせ……か」
アレックスは、ニヤニヤ笑ってる。
「……それとも、呪術で生まれ変るのか?」
「呪術?」
「キモい僧侶が言ってたぜ。あんた、大昔、一流の呪術師だったんだって?」
「使徒さまが?」
アレックスが首をかしげる。
「……呪術師だったことはねえんだが」
なにぃ!
嘘つきやがったのか、あの僧侶!
「呪いの大家とか言ってやがったぞ、あいつ」
「ああ……」
アレックスが、得心いったって顔になる。
「そういう話なら、間違いじゃねーな」
じゃあ……
「……使えるのかよ、呪術?」
それには答えず、アレックスは肩をすくめる。
「合言葉を決めとこうか。生まれ変わりの俺が言う言葉は……ガキ時分のおまえの好物で、どうだ? 七ついっぺんに喰って、腹下したヤツ」
「っせぇな」
忘れろよ、ンな過去!
「おまえは、ちゃんと『七』って言えよ?」
だから、ヤなんだよ、あんたは!
「てめーの戯言なんざ、聞きたかねー」
つきあってらんねーっと、席を立った。
「オランジュ邸に戻るのか?」
「さぁね」
勇者のねーちゃんは、もう天界に旅立ってるよな。
邪な奴は、天界に入界できねーって聞いたが……
アランは、ぜったい大丈夫だ。アレックスに騙されて、裸になったバカだもん。いい大人のくせに、あの素直さは、神に好かれそうだ。
頭が春の魔術師も、見るからに田舎者の農夫も、たぶん大丈夫だ。神ってのは、無垢が好きだから。
けど、女タラシのお貴族様は、アウトだろ?
泣かせた女は、星の数だろうし。
天界から弾かれりゃ、あのバカだって……落ち込むよな。
お高いプライドも、ズタズタで……。
………
見に行ってみるか♪
「リュカ。二つばかり用事を頼む」
「なに?」
「……運命が揺らいでいるものがいる」
いつの間にアレッサンドロの左手にゃ、商売道具があった。
「怒り……とまどい……嘆き……恐怖……虚勢……。誰の思いだかは、わからねえが……どうにも……よろしくねえ。その歪みが、全てを覆いつくしてゆく……。お嬢ちゃんの星に、陰りが落ちそうだ……」
「なんだよ? あやしい奴がいねーか、探って来いってこと?」
ブラック女神の器だかスパイだかが、オレらを監視してるかも……。昨日、そんな話してたよな。
「……そうじゃねえ。見るからに悩んでそうな奴や、落ち込んでる奴を見かけたら、」
水晶を撫でながら、モジャ髭男がフフッと笑う。
「優しい言葉をかけてやれ」
「はぁ?」
「おまえのその明るさを、分けてやって欲しい」
「………」
「おまえの星には歪みがない……病んだ星を照らす光になれるのさ……」
うへ!
キモ!
「……あんた、熱あんじゃねーの?」
ねえよ、とアレックスは笑う。
「もう一つの用事は、メッセンジャーだ」
オレのすぐ横に、すっぽんぽんのねーちゃんが現れる。何枚もの薄緑色のベールをまとわりつかせてるんで、重要なとこは見えそで見えないが……スケベが喜びそうなカッコーしてやがる。
緑の短髪のねーちゃんが手を振ると、オレの手に白い封筒が現れた。
「ボワエルデュー侯爵家令嬢シャルロット様に手紙を届けちゃくれねーか?」
バカ貴族の妹宛か。
「シャルロット嬢に、ちょいとお願いごとがあってね」
「なんで、オレが運び屋やんなきゃいけねーんだよ。精霊にやらせろよ」
「おまえに頼みたいんだ」
「あ、そ」
としか言いようがねえ。
「……今日のおまえの吉方位は東だ。こっから歩いて行くといい……素晴らしい出会いがあるかもしれねえ」
「言ってろ、バーカ」
ベッドの上の男に軽く左手を振って、部屋から出て行った。
* * * * * *
んで……
東に進んでって見つけちまったわけだ。
見るからに、怪しい女を。
オランジュ邸の裏手――召使用の通用門の近くに、その女は居た。
街路樹の陰に隠れて(るつもりになって)、屋敷の方をジーッと見つめている。
こげ茶髪、仕立てのいい、フリルのドレスに、レースのリボン。
いいとこのお嬢ちゃんっぽいが……お伴が見当たらねえ。
まさか、一人歩きか?
ンなお嬢さまお嬢さましたカッコーで外歩きとか、バカじゃねーのか、この女。
かどわかされるぞ。
でなきゃ、スケベに……
そこまで考えて、ああ、そっかって気づいた。
もしかして、スケベ貴族に用事あるんじゃ? って。
恋するあまり、不実な男のもとへ押しかけて来たとか……ありうる。
どうすっかちょっとだけ考えて……
このまんま通用門を使うことにした。
声かけやすそうなガキが、一人でそばを通り抜けるんだ。
用があるんなら、声かけてくるだろ。
何もしてこなかったら、場違いなのが裏門のそばにいるぞって、オランジュの家人にでも教えてやりゃいいだけだし。
そこで、
「あ、あの……」
かぼそい声が背にかかった。
ほら、きた。
「なに?」
にっこり微笑んで、振り返る。
ふーん。
顔は……
まずまず、かな。
年は、勇者のねーちゃんとどっこいってとこか。
けど、下町にゃいねえタイプだな。何つーか、ガキっぽい。すれたとこがねーっていうか、箱入りっぽいというか。
「あ、あのね……」
まだモジモジしてやがる。
よ〜し。
小首をかしげ、ついでに、大きな目で上目づかい。
どうだ、可愛いらしいガキだろ。
警戒心解け。さっさと口われよ、ねーちゃん。
「あなた……オランジュ伯爵さまの召使?」
「ちがうよ」
あからさまにがっかりした顔。
「オレのご主人さまが、ここでずっとお世話になってるんだ」
ねーちゃんが、ぴくっと反応する。
勇者は、いちおうオレの主人……嘘は言ってない。
「ご主人さま、ここのお坊ちゃまと親しいんだ」
義妹だそうで。
「オレも、お坊ちゃまに目かけてもらってるんだぜ」と、自慢口調で。
ま、あのバカ義兄、勇者のねーちゃんにほっぺにチュッをやったら、ぶっ殺す! って殴りかかってきたけどな!
ねーちゃんの顔が、パーッと明るくなる。
……わかりやすい奴。
「お願いがあるの。手紙を届けてくれない?」
手紙?
またかよ。
今日のオレは郵便配達人になる運命なのか?
「誰に渡すの?」
スケベ貴族にか?
「発明家のルネ」
へ?
「知ってる?」
知ってるよ。
変なもんばっか作る、変なカッコーのおっさんだろ?
ショボイ発明品ばっかのくせに、やたら自信満々。おかしなおっさんだ。
とりあえず、頷いておいた。
「よかったぁ」
ねーちゃんが、ほっと息をついて、笑みを浮かべる。
くりくりの目をちょびっと細め、口元をほんわかゆるめて。
笑い方まで、ガキっぽい。
「昨日、お家に行ったら、留守だったの。こっちに来てるんでしょ?」
昨日……
オレらがジパング界から還って来たから、か。
あのおっさんも、オランジュ邸に呼び出されてたっけ。
「今日はこっちじゃないかも。自宅に行ってみたら?」
ねーちゃんがかぶりを振る。
「わたし、もう帰らなきゃいけないの……。今日じゃなくてもいいわ。いつでもあなたが都合のいい時に、手紙を届けてくれる? できれば、手渡しして欲しいの」
「……ま、いいけど」
「ありがとう!」
満面の笑顔……
っとに、ガキだな、こいつ。
オレが嘘ついてるかもとか……微塵も疑ってねえな。
ねーちゃんが、ポーチからいそいそと物を取り出す。
「これ」
まず封筒。
「こっちは、あなたへのお駄賃」
次に、ごそっとした袋まで渡してきた。
「焼きたてクッキーよ。サクッと香ばしく焼けたの、食べてね」
手作り?
「お駄賃なんか、いいよ」
オレは甘い物は別に。
「いいの、いいの」
ニコニコ笑って、ねーちゃんが菓子袋を押しつけてくる。
だから、いらねーっての!
「じゃ! わたし、帰るから!」
そのままクルッと背を向け、走り出そうとする。
「待てよ、ねーちゃん」
う。
いけねえ、地が出た。
……ま、いっか。
女が振り返る。
きょとんとした顔だ。
しょーがねえな……ったく。
「表通りまで送ってやるよ。そんなヒラヒラフワフワしたカッコーじゃ、人さらいにさらわれるぜ?」
ねーちゃんが目を丸め……それからニコ〜と笑った。
「ありがとう! あなた、いい子ね」
ニコニコ笑ってやがる。
「わたし、アネモーネよ。あなたは?」
「リュカ」
「リュカくん。ご親切にありがとう。でも、あなたじゃ、わたしについてこられないもの。ここでお別れしましょ」
は?
なに言ってんだ、この女。
神速のリュカさまに向かって!
「おい、ねーちゃん」
「またね」
笑顔で手を振ってから、トロくさそうな女が体の向きをかえ、妙なポーズをとる。
「『ニュー かっとび君』セットアップ!」
ピカーと光が広がって、ぶわっと風が巻き起こる。
光の中心に居るのは、ねーちゃんで……レースのドレスが風圧で持ち上がる。
ドレスの下に……ズボン?
げ!
この女、足が車輪?????
じゃねえや。車輪付きのプレートの上に乗っかってんのか。プレートから上向きに伸びてきた棒を、ねーちゃんがぐっと握り締める。
「『ニュー かっとび君』ゴー!」
バリバリバリバリ! ごぉおんごぉおん! どっきゅぅぅん!
けたたましいエンジン音を響かせ、ねーちゃんは超スピードで走り去って行った。
まっすぐに、まっすぐに。
「お父さまに手紙、届けてねー」
てな台詞を残して。
こ、これは、たしかに、オレでもついてけねえ……。
二通になった手紙とクッキー袋を持って、オレはしばらく呆然としていた。
……あのねーちゃん、あのおっさんの娘なのか……。
……変な女。親父そっくり。




