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きゅんきゅんハニー  作者: 松宮星
神の掌の上で
125/236

◆QnQnハニー/気になるあの子◆

「よぉ、リュカ。くたばりぞこないの顔でも見に来たのか?」

 アレックスは、豪華なベッドにふんぞり返って寝転がってやがった。

 背中や腰にクッションをあてがって、頭の後ろで両手を組み、足を組んで。

 ベッドの側に、女が八人もはべってる。けったいな格好の女どもはぜんぶ、アレックスの精霊か。


 呪殺されかけたってのに、ずいぶんとまあ、元気そうだな!

 そんなこったろーと、思ってたけどさ!


「学者のにーちゃんが、見舞いに行けってうるせーんだもん」

 オレが近づくと、女どもは一斉に姿を消した。

 ほんとに居なくなったんだが、目に見えない姿になったんだか、わかんねーんだが。

「母親の身代わりになってくれた占い師さまに、すっげぇ恩を感じてるみたいでさー あの野郎、キショイんだ。オレにまで、バカ丁寧なんだぜ」

「ほう?」

「あんたにもしものことがあった時の用心だって、ゆうべ、オレまでボーヴォワール邸(ここ)に泊めたんだ。お貴族様用の、豪奢な客間を、オレにあてがってさー」

「ほうほう?」

「バッカじゃねえの、オレ、盗賊だぜ? って言ったら、部屋の中のもの、好きに盗っていいとか言いやがるし。自分名義のものだからって、あのバカ、宝石箱まで置いて行きやがったんだ! ンな物、懐に入れられるかっての! オレは盗賊だ、乞食じゃねぇっての!」


 髭もじゃ男が、ゲラゲラと腹を抱えて笑いやがる。


「あのボンボン、あんたの信者になっちまったんじゃねえの?」


「……それは、ないな」

 顎の下をさすりながら、アレックスはまだニヤニヤ笑いだ。

「恩を返そうとしてるだけだろ。学者先生は、既に使徒さまの信者だ。俺がつけいる隙はない」


 はぁ?


 あのイカレ僧侶の信者ぁ?


……趣味悪ぃぞ、メガネ。


「で? 具合は?」

 椅子を引っ張ってきて、跨いで座った。


「見ての通りだ」

 ふてぶてしい顔で、アレックスが笑う。

「だが、今日一日はベッドにお籠もりだ。昨日の今日でピンシャンしてたら、見入りが減っちまう。せいぜい重病人のふりして、学者先生にたっぷりと恩を売っておくさ」


「ケッ!」

 強がりやがって。

 顔色悪いぜ、タコ。 


「なあ、アレックス」


「ん?」


「あんたが死にたがりのM野郎なのは、よーく知ってるけどさー」


「……Mじゃねえぞ、ガキ」


「勇者の仲間は、一人でも欠けたらマズイんだろ? あんたが死んだら、魔王戦で勇者のねーちゃんが負けて、この世界は魔王のモンになっちまうんだ。あと四十八日は、あんたは死んじゃいけねーんだ」

「だな」

「ちっとは命大事にしろよ」

「ああ」

 魔王戦の後も……そう言いたかったが、飲み込んだ。下手なこと言ったら、誤解される。アレックスの生き死になんざ、どーでもいいんだ。育ててもらった恩を返す前にくたばられちゃ、目覚めが悪い……そんだけのこった。


「……俺がくたばったら、俺の全財産はおまえのものだ。占いの館も、やるよ。ギデオンとは、もう(ナシ)はつけてある」

「はぁ?」

「寝室のサイドテーブルの引き出しに、ちゃんと遺書があるぜ。いつ死んでも、問題ねえ」

「ふざけんなよ、バカ」

「愛しい女の忘れ形見に遺産を残す男……。けなげだろ、俺は?」


 アレックスが、愉快そうにゲラゲラ笑う。

 愛しい女の忘れ形見だぁ?

 嘘ばっか。

 おふくろもあんたも、本気(マジ)じゃなかったろ。わりきって遊んでたじゃん。

「ま、受け取ってくれ。他に譲れる奴がいねえんだ」

 嫁もらえよ、バカ。


「いらねーよ、金なんか。オレ、もうガキじゃないんだぜ。自分の腕で、食い扶持ぐらい稼げるっての」


「……なら、返して貰うかな」

 フフッと笑い、アレックスが顎髭を撫でる。

「俺の死後、おまえのもとを男が訪ねる……俺とおまえしか知らないはずの秘密を知っている男が現れたら……そいつぁ、俺の生まれ変りだ。俺の遺産をそいつにやってくれ。全部でもいいし、一部でもいい。おまえに任せる」


 バッ……


「バカじゃねーの! 生まれ変りなんざ、あるかっての! オレは脳みそアッパッパーな客たぁ、違うんだ。ンなでまかせ、信じるかよ!」


「でまかせ……か」

 アレックスは、ニヤニヤ笑ってる。


「……それとも、呪術で生まれ変るのか?」


「呪術?」


「キモい僧侶が言ってたぜ。あんた、大昔、一流の呪術師だったんだって?」


「使徒さまが?」

 アレックスが首をかしげる。

「……呪術師だったことはねえんだが」


 なにぃ!

 嘘つきやがったのか、あの僧侶!


「呪いの大家(オーソリティ)とか言ってやがったぞ、あいつ」


「ああ……」

 アレックスが、得心いったって顔になる。

「そういう話なら、間違いじゃねーな」


 じゃあ……

「……使えるのかよ、呪術?」


 それには答えず、アレックスは肩をすくめる。


「合言葉を決めとこうか。生まれ変わりの俺が言う言葉は……ガキ時分のおまえの好物で、どうだ? 七ついっぺんに喰って、腹下したヤツ」

「っせぇな」

 忘れろよ、ンな過去!

「おまえは、ちゃんと『七』って言えよ?」

 だから、ヤなんだよ、あんたは!


「てめーの戯言なんざ、聞きたかねー」

 つきあってらんねーっと、席を立った。


「オランジュ邸に戻るのか?」


「さぁね」


 勇者のねーちゃんは、もう天界に旅立ってるよな。


 邪な奴は、天界に入界できねーって聞いたが……

 アランは、ぜったい大丈夫だ。アレックスに騙されて、裸になったバカだもん。いい大人のくせに、あの素直さは、神に好かれそうだ。

 頭が春の魔術師も、見るからに田舎者の農夫も、たぶん大丈夫だ。神ってのは、無垢(バカ)が好きだから。


 けど、女タラシのお貴族様は、アウトだろ?

 泣かせた女は、星の数だろうし。


 天界から弾かれりゃ、あのバカだって……落ち込むよな。

 お高いプライドも、ズタズタで……。


………


 見に行ってみるか♪


「リュカ。二つばかり用事を頼む」


「なに?」


「……運命が揺らいでいるものがいる」

 いつの間にアレッサンドロの左手にゃ、商売道具があった。

「怒り……とまどい……嘆き……恐怖……虚勢……。誰の思いだかは、わからねえが……どうにも……よろしくねえ。その歪みが、全てを覆いつくしてゆく……。お嬢ちゃんの星に、陰りが落ちそうだ……」


「なんだよ? あやしい奴がいねーか、探って来いってこと?」

 ブラック女神の器だかスパイだかが、オレらを監視してるかも……。昨日、そんな話してたよな。


「……そうじゃねえ。見るからに悩んでそうな奴や、落ち込んでる奴を見かけたら、」

 水晶を撫でながら、モジャ髭男がフフッと笑う。

「優しい言葉をかけてやれ」


「はぁ?」


「おまえのその明るさを、分けてやって欲しい」


「………」


「おまえの星には歪みがない……病んだ星を照らす光になれるのさ……」


 うへ!


 キモ!


「……あんた、熱あんじゃねーの?」

 ねえよ、とアレックスは笑う。


「もう一つの用事は、メッセンジャーだ」

 オレのすぐ横に、すっぽんぽんのねーちゃんが現れる。何枚もの薄緑色のベールをまとわりつかせてるんで、重要なとこは見えそで見えないが……スケベが喜びそうなカッコーしてやがる。

 緑の短髪のねーちゃんが手を振ると、オレの手に白い封筒が現れた。

「ボワエルデュー侯爵家令嬢シャルロット様に手紙を届けちゃくれねーか?」

 バカ貴族の妹宛か。

「シャルロット嬢に、ちょいとお願いごとがあってね」


「なんで、オレが運び屋やんなきゃいけねーんだよ。精霊にやらせろよ」


「おまえに頼みたいんだ」


「あ、そ」

 としか言いようがねえ。


「……今日のおまえの(ラッキー)方位は東だ。こっから歩いて行くといい……素晴らしい出会いがあるかもしれねえ」

「言ってろ、バーカ」 

 ベッドの上の男に軽く左手を振って、部屋から出て行った。



* * * * * *



 んで……


 東に進んでって見つけちまったわけだ。


 見るからに、怪しい女を。



 オランジュ邸の裏手――召使用の通用門の近くに、その女は居た。

 街路樹の陰に隠れて(るつもりになって)、屋敷の方をジーッと見つめている。

 こげ茶髪、仕立てのいい、フリルのドレスに、レースのリボン。

 いいとこのお嬢ちゃんっぽいが……お伴が見当たらねえ。


 まさか、一人歩きか?


 ンなお嬢さまお嬢さましたカッコーで外歩きとか、バカじゃねーのか、この女。


 かどわかされるぞ。


 でなきゃ、スケベに……


 そこまで考えて、ああ、そっかって気づいた。

 もしかして、スケベ貴族に用事あるんじゃ? って。

 恋するあまり、不実な男のもとへ押しかけて来たとか……ありうる。


 どうすっかちょっとだけ考えて……

 このまんま通用門を使うことにした。


 声かけやすそうなガキが、一人でそばを通り抜けるんだ。

 用があるんなら、声かけてくるだろ。

 何もしてこなかったら、場違いなのが裏門のそばにいるぞって、オランジュの家人にでも教えてやりゃいいだけだし。


 そこで、

「あ、あの……」

 かぼそい声が背にかかった。


 ほら、きた。


「なに?」

 にっこり微笑んで、振り返る。


 ふーん。


 顔は……

 まずまず、かな。

 年は、勇者のねーちゃんとどっこいってとこか。

 けど、下町にゃいねえタイプだな。何つーか、ガキっぽい。すれたとこがねーっていうか、箱入りっぽいというか。


「あ、あのね……」

 まだモジモジしてやがる。


 よ〜し。

 小首をかしげ、ついでに、大きな目で上目づかい。

 どうだ、可愛いらしいガキだろ。

 警戒心解け。さっさと口われよ、ねーちゃん。


「あなた……オランジュ伯爵さまの召使?」


「ちがうよ」


 あからさまにがっかりした顔。


「オレのご主人さまが、ここでずっとお世話になってるんだ」


 ねーちゃんが、ぴくっと反応する。


 勇者は、いちおうオレの主人……嘘は言ってない。


「ご主人さま、ここのお坊ちゃまと親しいんだ」

 義妹だそうで。

「オレも、お坊ちゃまに目かけてもらってるんだぜ」と、自慢口調で。

 ま、あのバカ義兄(あに)、勇者のねーちゃんにほっぺにチュッをやったら、ぶっ殺す! って殴りかかってきたけどな!


 ねーちゃんの顔が、パーッと明るくなる。

……わかりやすい奴。


「お願いがあるの。手紙を届けてくれない?」


 手紙?


 またかよ。


 今日のオレは郵便配達人になる運命なのか?


「誰に渡すの?」

 スケベ貴族にか?


「発明家のルネ」


 へ?


「知ってる?」

 知ってるよ。

 変なもんばっか作る、変なカッコーのおっさんだろ?

 ショボイ発明品ばっかのくせに、やたら自信満々。おかしなおっさんだ。


 とりあえず、頷いておいた。


「よかったぁ」

 ねーちゃんが、ほっと息をついて、笑みを浮かべる。

 くりくりの目をちょびっと細め、口元をほんわかゆるめて。

 笑い方まで、ガキっぽい。


「昨日、お家に行ったら、留守だったの。こっちに来てるんでしょ?」

 昨日……

 オレらがジパング界から還って来たから、か。

 あのおっさんも、オランジュ邸に呼び出されてたっけ。


「今日はこっちじゃないかも。自宅に行ってみたら?」


 ねーちゃんがかぶりを振る。

「わたし、もう帰らなきゃいけないの……。今日じゃなくてもいいわ。いつでもあなたが都合のいい時に、手紙を届けてくれる? できれば、手渡しして欲しいの」


「……ま、いいけど」


「ありがとう!」

 

 満面の笑顔……


 っとに、ガキだな、こいつ。


 オレが嘘ついてるかもとか……微塵も疑ってねえな。


 ねーちゃんが、ポーチからいそいそと物を取り出す。

「これ」

 まず封筒。

「こっちは、あなたへのお駄賃」

 次に、ごそっとした袋まで渡してきた。

「焼きたてクッキーよ。サクッと香ばしく焼けたの、食べてね」


 手作り?


「お駄賃なんか、いいよ」

 オレは甘い(モン)は別に。


「いいの、いいの」

 ニコニコ笑って、ねーちゃんが菓子袋を押しつけてくる。

 だから、いらねーっての!


「じゃ! わたし、帰るから!」

 そのままクルッと背を向け、走り出そうとする。


「待てよ、ねーちゃん」

 う。

 いけねえ、地が出た。


……ま、いっか。


 女が振り返る。

 きょとんとした顔だ。


 しょーがねえな……ったく。


「表通りまで送ってやるよ。そんなヒラヒラフワフワしたカッコーじゃ、人さらいにさらわれるぜ?」


 ねーちゃんが目を丸め……それからニコ〜と笑った。


「ありがとう! あなた、いい子ね」


 ニコニコ笑ってやがる。


「わたし、アネモーネよ。あなたは?」


「リュカ」


「リュカくん。ご親切にありがとう。でも、あなたじゃ、わたしについてこられないもの。ここでお別れしましょ」


 は?


 なに言ってんだ、この女。

 神速のリュカさまに向かって!


「おい、ねーちゃん」


「またね」

 笑顔で手を振ってから、トロくさそうな女が体の向きをかえ、妙なポーズをとる。


「『ニュー かっとび君』セットアップ!」


 ピカーと光が広がって、ぶわっと風が巻き起こる。


 光の中心に居るのは、ねーちゃんで……レースのドレスが風圧で持ち上がる。


 ドレスの下に……ズボン?


 げ!


 この女、足が車輪?????


 じゃねえや。車輪付きのプレートの上に乗っかってんのか。プレートから上向きに伸びてきた(ポール)を、ねーちゃんがぐっと握り締める。


「『ニュー かっとび君』ゴー!」


 バリバリバリバリ! ごぉおんごぉおん! どっきゅぅぅん!

 けたたましいエンジン音を響かせ、ねーちゃんは超スピードで走り去って行った。


 まっすぐに、まっすぐに。


「お父さまに手紙、届けてねー」

 てな台詞を残して。



 こ、これは、たしかに、オレでもついてけねえ……。



 二通になった手紙とクッキー袋を持って、オレはしばらく呆然としていた。



……あのねーちゃん、あのおっさんの娘なのか……。


……変な女。親父そっくり。

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