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きゅんきゅんハニー  作者: 松宮星
神の掌の上で
124/236

◆使徒聖戦/呪われた部屋の主Ⅱ◆

 あらまあまあ。


 なんで絵のお部屋にいるのかしら?


 ベッドに横になっていたのに、変ねえ。いつ起きたのかしら?


 ポワエルデュー侯爵家のシャルルちゃんのおしゃべりを聞いていたのよね。

 病気のおばさんの相手なんて退屈でしょうに、シャルルちゃんは笑顔で、魔王のことや賢者さまのことを、いっぱいいっぱい話してくれて……。

 ほんとにいい子。

 素直で優しくって紳士で。

 どんなお願いごとも、いつもいつも笑顔で聞いてくれて。

 ほ〜んと、セリアちゃんの旦那さんになってもらいたいわぁ。年がもうちょっと近かったらねえ、正式なお話をもってゆくのだけれど。セリアちゃんが引け目を感じたら、かわいそうだものねえ。


 テオも、シャルルちゃんを見習って欲しいわぁ。

 テオも紳士だって、お母さまはよぉ〜く知ってるわ。でも、よそのお嬢さまはそうではないもの。堅物すぎるから、お嫁さんが来ないのよ。もっとにこやかになさいって、口をすっぱくして言ってるのに……ほぉんと困った子!



 あら?


 あなた、どなた?

 どうして、ここに?

 今、絵の中から出ていらっしゃらなかった?

 見まちがいかしら?


 エキゾディックな方ねえ。

 お肌が青黒いわ。

 その黒いご衣装も、異国風ね。頭と背中に、黒鳥の翼の飾り。綺麗だわぁ。

 あらまあまあ! 動いたわ! その黒い翼、本物みたい。すごいわぁ、どういう仕掛け?


 わかったわ! あなた、サーカスの方ね! 鍵がかかったこのお部屋にいらしたのだもの、奇術師なのでしょ?


 違うの? では盗賊? それとも、勇者物語に出てくる忍者かしら?


 悪魔……?


 まあ、びっくり。


 あらまあまあ。

 わたし、悪魔にお会いするのは初めてですのよ。


 はじめまして、悪魔さん。


 でも……

 変ねえ。あなた、とってもハンサムだわ。

 醜悪で恐ろしい生き物が魔族なのではなくて?


 え?


 まあ……人間を誘惑して骨抜きにするため? 

 上級の魔族ほどその美は完璧となる?


 そうでしたの。

 でしたら、あなたはとてもとても偉い魔族なのですわね。

 こぉぉんな素敵な殿方、初めて。

 シャルルちゃんも綺麗だけど、あなたは野生的なご容姿でとても格好良いわ。

『砂海の太陽王』みたい。

 あら? ご存じですの? ええ、三十年前に流行した恋愛小説ですわ。

 娘時代、挿絵の太陽王に恋してましたのよ。

 懐かしいわぁ。

 あなた……お声もいいわぁ。甘いハスキーな声で……オペラ歌手みたい。聞きほれてしまうわ。


 もしかして、わたしを誘惑にいらしたの?


 だめよ。

 あなたはとぉっても魅力的ですけれど、わたしの一番はテオですもの。ぜったい誘惑されないわ。


 もっと若くて綺麗で……健康な方をお探しになったら?

 わたしは、もう……


 え?


 わたしがいい?


 うふふ。変な方ねえ。


 でも、悪魔さんと契約を結ぶと、魂をとられてしまうのでしょ?

 そぉんなバカことしたら、夫にも子供にも怒られてしまうわ。


 欲しいのは、命ではなくて、この部屋のもの?

 セリアちゃんとテオの絵でもない?

 他のもの?


 あらまあまあ。

 でしたら、よろしくってよ。お好きなものをさしあげますわ。

 お土産にお持ちになって。

 せっかくいらしてくださったのですもの、手ぶらでお返しするのも申し訳ないもの。


……願いごとを叶えないで、報酬だけをもらうわけにはいかない?


 律儀な方ねえ。


 わたしの願いを知っている……?


 さすが、悪魔さんね。


 あなたの望むものをさしだせば、その願いを叶えてくださる……?


………


 ほんとに?


 ほんとの、ほんとうに?


 あの子に会わせてくれるの?


 わたしのあの子に。


 ええ、ええ、一時でも構いませんわ。

 あの子に会えるのなら、命でもなんでもさしあげてよ。


 ずっと、ずっと、あの子に会いたかったの。


 あの子が、流行病で亡くなった日から……


 ずっとずっと……



* * * * * *



「アンリエット様」

 シャルルちゃんの声で、目を覚ました。

「ご気分はいかがです? お喉がお乾きではありませんか?」


 喉からは、かすれた息が漏れるばかり。


『ボーヴォワール伯爵夫人。寝て起きたら、別の世界だ。あなたの愛し子が目の前にいますぜ。ただし、魔法はもう一度眠りにつくまでの間だけ。眠っちまったら、もとどおりです。決してお忘れなく』

 美声の悪魔さんは、そうおっしゃったのに……

 ベッドの近くには、シャルルちゃんと魔法医(せんせい)がいらっしゃるだけ。あとは側仕え。


 わたし……


 夢を見ていたのかしら……


 悪魔さんとの契約は夢の中の出来事だったの……?


 ようやくあの子に会えると思ったのに……


 夢だったなんて……


 ひどいわ……


 会いたい……


 会いたいのに……


 あの子に一目でも……


 あの子の名前を呼んだら、ますます悲しい気持ちになった。


「わかりました。アンリエット様 ほんの……ほんの一時お待ちいただけますか?」

……シャルルちゃんが天使のように微笑んでいる。

「ボワエルデュー侯爵家嫡男にしてあなたの従甥(じゅうせい)シャルルが、必ずや憂いを取り除いてみせましょう」


 シャルルちゃん……?


 遠ざかってゆく背を目で追ううちに、フッと意識が遠のきかけ……


 眠りたくない……そう思ってぼんやりしていたら……



「母上」



 その呼びかけが、響いたの。


「お気を確かに」


 わたしの手を握ってくれてるのは……


「大丈夫です。脈は落ち着いています。病は気からと申します。気の持ちよう次第で、お楽になるはずですよ」


 わたしよりも大きな手……



「テオ……」



 赤みがかったライトブラウンの髪も、メガネをかけた澄ましたお顔も、学者の衣装も……なにもかもが……

「……セリアちゃんそっくりね……」


 テオが、かすかに眉をひそめる。

「双子ですからね」


「あなたも、学者になったのね……」

 セリアちゃんや、絵の中のテオのように。


「……またセリアのことを思っていらしたのですか?」

 セリアちゃんのこと?

「違うわ……今はあなたのことを考えていたの。こぉんなに大きく……立派になってくれて……嬉しい。テオ……ずっとずっと、あなたに会いたかったの……」


「母上……私はこれからもお側におります」

 わたしの手を、テオの手が力強く握る。

「決して、あなたを置いて逝ったりなどしません。ですから、どうか……私の心配などせずに、ご自愛ください。あなたがおすこやかでいらっしゃれば、セリアも喜ぶでしょう」


 セリアちゃん……


「セリアちゃんは何処……? また大学で、むずかしいお勉強?」


「いいえ。セリアは母上のおいでを待っていますよ」

 テオが微笑む……とても優しい顔で。

「お元気になられたら、一緒に絵の部屋に行きましょう……セリアに会いに」


 絵の部屋でセリアちゃんに会う……?


 あ。


 あぁ……


 あぁぁ……


 そう……


 そうなの……


 ここには……


「……セリアちゃんは居ないのね」


 テオ、あなたは居るのに……

 わたしのセリアちゃんは居ない……


 愛し子が二人そろっている世界など……ないのね。


「母上?」


 ごめんなさい。

 テオ。

 セリアちゃん。


 わたしが……間違っていたわ。



 涙があふれた。



「テオ……」


 真面目で繊細で優しくて……思い描いていた通りのテオドールがすぐそこに居る。


 けれども、この子は……わたしの子ではない。


 わたしのテオドールは、十九年前に流行病で亡くなったのだ。


 ほんとうはわかっていたのよ。

 でも、わかりたくなかったの……


 ごめんなさい。


 わたし……

 還らなくっちゃ。

 セリアちゃんが、わたしの帰りを待っている……。



「テオ。あなた……今、幸せ?」


「ええ。もちろんです。学者として、勇者様の為に働いておりますので」


「そう……あなたも、勇者さまの仲間になったの……」

 セリアちゃんと同じね。


「……好きな方は?」

 居るのかしら?

 セリアちゃんと一緒で、奥手そうだけど。


「……またそのお話ですか?」

 テオは息を吐き、左手でメガネのフレームを持ち上げた。

「繰り返し申し上げます。魔王討伐後、勇者様は賢者を継がれるのです。私ごとき俗人と恋愛関係になるなどありえません」


 あらまあまあ。


「こっちの勇者さまは、女性なの?」


 テオが首をかしげる。

「お忘れですか? このまえ、勇者ジャンヌ様が屋敷にいらしたでしょう?」


 女勇者!

 ジャンヌさま?


 あら! まあ! まあ!


「なら、頑張らなくちゃ。あなた、勇者さまが好きなんでしょ? 隠してもわかるわ。お母さまはね、あなたたちのことなら、なんでもわかるの。だってね、母の愛はね、海よりも深いのだもの」


 テオが困ったように、けれどもどこか嬉しそうに微笑む。

「元気なお声ですね。お顔の色も、ずいぶんよくなられましたよ。ご静養なされば、すぐにもお元気になられるでしょう」


「テオ……」


「今はお休みください」


 テオの手を握り返した。

「お願い、このまま……」


「わかりました。ご就寝まで側におります」


「……愛しているわ、テオ」


「はい。よく存じております」


 何かお話してとお願いしたら、

「……心の状態が身体に反映されることは科学的にも証明されています。スキンシップには抗ストレス効果があり、他者との接触は人体を温め、ひいては免疫力を活性化させます。しかしながら、ご無理な体勢を続ければ疲れがたまるだけ。体の向きをかえたくなったら、遠慮なく手を抜いてください」


 わけがわからないわ……。


 んもう。

 ほ〜んと、セリアちゃんそっくりねえ。

 難しいことを言うのが好きなんだから。



『おかあさま』

『おかあさま、だーいすき』

 抱きついてきた可愛い双子。

 ちいさな、ちいさな、二人。


 もう何処にも居ない二人に思いを馳せながら……テオの手をそっと握り締め、瞼を閉じた。



* * * * * *



 終わり、ました、セリアさん〜


 ええ。

 大丈夫です〜


 だいたい、なのですが〜


 あ。

 困ります〜

 お顔をあげて、ください〜


 お礼は、結構です〜

 私、なにも、してません、ので〜


 怪異を、鎮めて、くだすったのは〜

 悪魔さんと、『マッハな方』、なのです〜


 はい〜

 悪魔さん、です〜

 たぶん、よその世界の〜

 お兄さまの遺影から、ですね〜 お母さまを、エスコートなさって〜 出ていらしたんですよ〜

 黒く染まった、翼を、頭と、背に、持つ、雄々しくて、とても、紳士的な方でした〜 


 ずっと、ずっと、ず〜っと気がかりだったことが、無くなったと、お母さま、おっしゃって、ました〜


 絵の、向こうの世界で、セリアさんの、お兄さまに、会って、いらしたのだと、思います〜


 はい〜

 お母さま、笑顔でした〜

 とてもとても、晴れやかな、素敵な、お顔でした〜


 セリアさんに、会いたいと、おっしゃって、いたのです、けれども……


 ごめんなさい。

 私、邪悪な存在と、対峙すると〜

 必ず、『マッハな方』に、憑かれて、しまうので〜

 なにも、できなかったの、です〜

『マッハな方』と、悪魔さんの、やりとりを、見てた、だけでした〜


『マッハな方』は〜 いつも通り、すぐさま、終焉ノ(グッバイ・)滅ビヲ(イービル・)迎エシ神覇ノ(ブレイク・)贖焔(バーン)を、使おうと、なさったのですが〜

 悪魔さんに、止められて、ました〜

 命の源を一ダース、喜捨するので、一分ほど、待って、と〜


 なんとなくですが〜 『マッハな方』と悪魔さんは、知り合い、のような〜?

 悪魔さんのこと、『ドレッド』って、呼んでましたし〜

 でもでも〜 悪魔さんの、髪の毛は、左右で対の、黒い翼に、なってたので〜 ドレッドとは、かなり、違う、みたいな〜?


『マッハな方』のお許しをいただいて、ドレッドさんが、お母さまに、セリアさんのお姿を、見せて、いらっしゃいました〜


 絵のお部屋の扉の前で、祈りを捧げて、いらっしゃる、セリアさんを、お母さまは、とてもお優しい目で、ご覧になって……


 ご遺言を……。


 こちらです〜

 壁に浮き出てる文字が、そうです〜

 お母さま……とてもとても深く、セリアさんのことを、愛していらしたの、ですね……

 穏やかに、旅立って、ゆかれました。


 はい〜


 もう絵のお部屋に、お母さまの、霊は、いらっしゃいません〜


 セリアさんのお兄さまの、お名前を呼んで、シクシク泣かれることも、もうありません〜


 お母さまは……

 死者の、復活を、願って、知らず知らずのうちに、悪魔と、契約を、交わし、呪われて、亡くなられ、たのです〜

 悪巧みをした、その悪魔は、『マッハな方』が、退治、したのですが〜

 許されざる罪を、犯した事実は消えず〜

 神の、御許に、旅立つ資格を、失われた、お母さまは、邪霊となって、この部屋に、留まって、おられ、ました〜


 けれども、『マッハな方』の、究極魔法で、清め、られたの、です〜

 この世界ではない、どこかで、生まれかわって、新たな人生を、送られると、思います〜

 大丈夫です〜 光の教えに、満ちた、世界は、八百万那由多の彼方まで、存在してますから〜

 ぜったい、どこかで、幸せな、人生を送られるはず、です〜




 セリアさん……


 内緒、なんです、けれどもぉ……


『マッハな方』と、ドレッドさんの、会話から、推測したのですが〜

 絵の向こうでは、ボーヴォワール伯爵夫人は、亡くなって、おられない、よう、なのです〜

 ドレッド悪魔さんが、助けた、みたいです〜

 あちらの、お母さまは、セリアさんのお兄さまと、これからも、幸せに、暮らして、ゆける……きっと、そう、なのです〜



 この世界では、お救いできなかった方も、決して、不幸なまま、ではありません〜


 お母さまが、愛する、お子さんに、先立たれ、悲しみの、涙に、沈むことは、もう二度と、金輪際、決してぜったいに、ありません。


 ぜったい、です〜


 神さまの愛は、深いのです〜




 それで、ですね〜

 お願いが、あるのです〜

 絵のお部屋を、少しの間、封印、させて、ください〜


 今、お兄さまの遺影を、通して、向こうと、こちらが繋がって、いるのです〜


 しばらく、このままに、しておくので〜 邪な、ものが、入って来ないよう、聖なる、結界を、張らなくては〜


 えっと……


 ごめんなさい。

 なぜかは、お話、できません〜

 神さまの、ご意志と、思って、いただければ……


 これから一年ぐらい、ここの異次元通路は〜 ドレッド悪魔さんが、管理します〜


 報酬なのです〜

 あちらの、お母さまの、お命を救い、こちらで、彷徨って、おられた、お母さまの、旅立ちを、助けた、ドレッドさんへの〜


 大丈夫です〜

 こちらでは、悪魔の姿でしたが〜

 ドレッドさん、あちらでは、人間の器に、入ってしまう、らしい、ので〜


 あちらの神さまの、下にある限り、人間を、越える、力は、使えない、そうですから〜


 無害です〜


 異次元通路を、次に使う時は、『マッハな方』が、立ち会うそうですし〜


 無問題、なのです〜



 セリアさん。


 絵のお部屋を、封じる前に、祈りを、捧げたいの、です〜


 共に、祈って、いただけ、ませんか〜?



 ありがとうございます〜

 いっしょに、祈りましょう〜


 お母さまと、お兄さま。

 あちらの、お母さまと、お兄さま。


 みなさまに、神の、ご加護が、あります、ように〜 って。

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