暗黒の女神と混ざりて
天にあまねく星が輝くがごとく、光の教えに満ちた世界は八百万那由多の彼方まで存在し、尊き神に信仰を捧げる清き者は無量大数のごとく存在する。
創造神が創造物を愛するの自己愛の延長であり、対象物からの愛に奇跡をもって応えるのは自己満足にすぎないのだが、完全不可欠を美徳とする神々においては奇跡こそが第一義となり、無量大数の奇跡をふりまかねばならないという義務感が発生し、多くの神々が寸暇を惜しみ大車輪で働き東奔西走したとてこなしきれぬほどのノルマを自らに課す事態に陥っておられる。
かくして、殺人的なスケジュールをこなしておられる神々は、代行者を欲した。
己の仕事をいくばくか代行してくれる存在・・神に代わり奇跡を起こすもの、すなわち清き者を邪悪より守護するものを求められ・・
奇跡代行アルバイター・・神の使徒が誕生したのだ。
ぬ?
耳がすべる?
時間がない?
要点だけを話せ?
チッ! この俺の話を真面目に聞かぬとは! 神罰を下すぞ、女。
むむむ。
賢者殿が、そうおっしゃるのであれば・・
心ならずも、やむをえず、不本意ではあるが、話を端折ろう。
ともかくも、
聖なる血を受け継ぎしこの俺は神の使徒。
そして、かつて、この世界にはあともう一人、神の使徒が居た。
他の追随を許さぬ圧倒的な聖気を持ち、
邪悪祓いが得意であるばかりか、結界魔法、治癒魔法にも秀で、
古えの祓いにも通じ、
外面が良く、いかにも聖者なふるまいばかりをしていたが、
きまぐれで、腹黒な、厭世家であった。
枢機卿エルマン。
この世界における、俺の師であった。
若かりし頃、あのジジイが、どういった経緯で、どんな心持で、九十八代目勇者と共に戦ったのかは知らん。
だが、九十八代目魔王との戦いが、あのジジイに深い絶望感と無力感を与えたことは想像に難くない。
俺が弟子となった時、あの男は既におかしかった。
神聖魔法の研究をしてたのはいいとして・・
古文書を読み漁り、禁書にすら手を出し、異世界の宗教書まで蒐集していたのだ。
ありとあらゆる手をつくし、己の神聖を高めようとやっきになり、
滑稽なまでに努力を続け・・
そして、ある日・・
プッツンした。
己を器として、ブラック女神に捧げてしまったのだ。
愚かにも、光の神を見限り、魔へと走ったわけだ。
魔王と勇者がある限り、終わりなき過ちが繰り返されるだけ。その愚かなる輪を断ち切る・・などと言って、次代勇者を殺しに行ったのだ。
* * * * * *
「いっしょだわ……お師匠様の偽者の台詞と」
マルタンがフンと鼻で笑う。
「さもあろう。その心境に至ったものだけが、あちらの器となれるのだ」
「十二年前、アタシはその人に襲われたわけね?」
ごくっとツバを飲み込んだ。
「いや・・あの男は、直接は手を下しておらん」
くわえ煙草のマルタンが、アタシを見る。ふんぞりかえって顎をつきだした、いかにも偉そうな態度で。
「ブラック女神の器の禁忌中の禁忌が、『魔王と勇者の戦いを妨げる』ことだ。すなわち、勇者を殺したくば、魔王の許しが必要なのだが・・あの当時、この世界には魔王は居なかった。百代目勇者に退治されたばかりだったからな・・。あの森では、古えに封じられた邪霊を目覚めさせ、けしかけていた」
「邪霊……」
幻想世界のリッチが言うには……
十二年前、クロードは派手な雷魔法を使ったらしい。
クロードの記憶には、焼け焦げた森の景色がある。ぱっくりと割れた黒く焦げた木とか、地面に残る放電の跡とか。
だけど、そこで誰とどうしてどんな戦闘したのかはわからない。
忘却の魔法をかけられていて、戦闘時の記憶はポッカリと抜けているのだそうだ。
クロードは、エルマンに操られた邪霊からアタシを守って戦ってくれたのか……。
「エルマンが魔となり、百一代目勇者様のお命を狙ったのですか……」
セザールおじーちゃんの顔には、苦渋の色が浮かんでいる。
「にわかに信じ難いお話です……。あ、いえ、使徒様のお言葉を疑うわけではありません。なれど、わしの知っているエルマンは、ほんに気のいい男で……。共にカンタン様の為に戦った時はむろん、枢機卿となった後も驕り高ぶることなく、このわしとも親交を続けてくれたのです……」
昔の仲間の変心に心痛める祖父に、エドモンがそっと寄り添う。
「石化した右腕のことも気にかけてくれ、あれこれ手をつくしてくれました。呪は祓えませなんだが、九十九代目、百代目魔王の降臨時に、わしが生き延びられたのは、ひとえにエルマンのおかげ。魔王降臨中ずっと、あやつが聖なる結界を張り、治癒魔法をかけ続けてくれたからこそ、石化もさほど進まず、堪えられたのです」
「私も、エルマンを信仰堅固な人物と思っていた。貧しい人々と積極的に交わり、下町の子供のための私塾を開き、病院を建てたりしていたな。将来世界を担うであろう若人を助けることこそが肝要と、口癖をのように言っていた」
お師匠様が、淡々と言う。
「いずれ聖人の列に加わってもおかしくない男が、聖寵を捨てた……ブラック女神の器となる為に、か」
「病に倒れ亡くなったと聞いていたのですが……」
「公式発表は、真っ赤な嘘だ。あのジジイは堕落し、巨悪となった。にも関わらず、聖教会はジジイを拘束し、とある牢に封印するに留めおいたのだ・・愚かにも、な」
忌々しいと、マルタンが舌を打つ。
「過去の功績がどうの、外聞がどうのなど、意に介するに値せん。事実のみをマッハで受け入れるべきであった。堕落したものには、粛清を。その黄金律を破ったが為に、あのジジイはますます力を強め・・」
そこまで言いかけて、マルタンは口を閉ざした。
怒りを静めるかのように、深く煙草を吸って、煙を吐き出す。
「・・アレが逝ったのはつい先日。勇者が英雄世界に行ってる間。重要なのは、ここだ」
「俺も神の器、賢者殿も神の器。神の器は一体とは限らぬ。だが、一対一を好む神も居られる。体を固定した方が親密度があがりやすいとのご判断だ。神と人とのあり方は、神の数だけあると言える」
「それは……ブラック女神と器とのあり方は、一対一ということですか?」
テオの問いに、マルタンは肩をすくめただけだった。
「勇者様が英雄世界に赴かれている間に、僧侶エルマンが亡くなった……ブラック女神は新たな器を選び直すことが可能となった……英雄世界から勇者様のお命が狙われ始めたのは、器ゆえのことだったのですね?」
マルタンは答えない。神の使徒なので、神様が言っちゃダメだと禁止したことはしゃべれないからだ。
だけど、不敵に笑うその顔は、『その通りだ、メガネ』と雄弁に語っていた。
「……ブラック女神は、通常の憑依はせぬ。器と『混ざる』のを好まれるのだ」
部屋に、抑揚のない声が響く。
「女神の願いが器の願いとなり、器の願いが女神の願いとなる。それ故、常に一体しか器を持てぬのだ」
「賢者殿・・」
とがめるようなマルタンの口調に、お師匠様はあくまでも淡々と返す。
「これ以上のことは語らぬ。賢者は、伝えられぬ事は語らない……心得ている」
「現在の器については、教えていただけないのでしたね……」
テオがため息をつく。
「器を発見し、倒したところで、新たな器が現れるだけ。僧侶エルマン同様に、聖域に封印しておくのが最善策でしょうが」
「馬鹿者。下の下の策だ」
マルタンが、ギン! とテオを睨む。
「何年何十年も閉じ込め、悶々とさせておくなど・・敵の力を凝縮させるにも等しい。脱獄されようものなら、地上は阿鼻叫喚の地獄と化す。後世に憂いを残さぬ為にも、邪悪は見つけ次第祓う。それが、神と人との黄金律だ」
そもそも、あいつを封印なんて、できるのだろうか?
マルタンなら出来るのかもしれないけど、絶対にやらないって宣言してるし。
「さて、俺の語れることは、あらかた終わった」
ククク・・とマルタンが笑う。
「あとの語りは、イチゴ頭に任せよう・・十二年前、きさまが見聞きしたことを、みなに語ってやるがいい」
さあさあと、手で促すマルタン。
「あ、あの、でも……」
マルタンを、アタシを、お師匠様を、テオを見渡し、幼馴染がしょぼんとうなだれる。
「ごめんなさい。お話できること……ありません」
「何故です? 記憶の封印は解かれたのでしょう?」
テオの問いに、クロードの顔がますます情けないものになる。
「……思い出そうとすると、頭が痛くなって……」
その鼻の頭も真っ赤だ。
「……赤い僧衣のおじいさん……どっかで会ったような気もするんですけどぉ……」
クロードは唇を噛み締めた。
「ちぃぃ。使えん下僕だ」
使徒様が、聞こえよがしに大きな舌打ちをする。
「華麗に、盛大に、景気良く、過去を語ればいいだけのことを!」
ムッとして、使徒様を睨みつけてやった。
「記憶の蓋が開いただけなんでしょ? 馴染むまで、時間がかかるんじゃないの? そのうち思い出すわよ……ううん、もしかしたら、思い出せないのには意味があるのかも。あの神様のやったことだもん、劇的な場でババーンと語らせてやろうって狙いかもしれないわ」
「なるほど・・時期尚早ということか。ほどなく、おっつけ、ぼつぼつと、記憶は甦り・・絶妙のタイミングで真実が語られるわけか・・フッ、悪くはない」
……なに、ニヤケてんのよ、あんた。
「……ジャンヌぅぅ」
子犬みたいな顔で、幼馴染がアタシを見つめる。
泣くなよ……。
赤い衣のおじいさんには、アタシも会ったはず。
だけど、ぜんぜん思い出せないのだ。アタシも記憶の操作をされているんだろうか?
アタシが覚えているのは……てか、夢に見て思い出したのは……
わんわん泣いているクロードだ。
クロードは、アタシに謝っていた。
『もうしない。もう、しないから。なかないで、ジャンヌぅぅ』
目から涙、鼻水も出しちゃって、大きく開いた口もわななかせ、全身を激しく震わせて……アタシに抱きついていたのだ。
大泣きのクロードに抱きつかれながら、アタシはぶるぶる震えていた。
怖くて怖くて、しょうがなかったのだ……クロードが。
ビビッてたんだろうな。
目の前で、ドォンドォンと雷魔法を使われまくりゃ、驚いて泣くわよねえ。四つだったんだもん。
「使徒様。語れる事だけで結構です。十二年前のことを、教えていただけませんか?」
テオのお願いに、マルタンは冷ややかに答える。
「何があったかは、語らずとも自ずと自明であろう。その女が死なずに、生きているのだからな」
「僧侶エルマンは勇者様の暗殺に失敗した、という事ですね……」
思案げにうつむいてから、テオはメガネのフレームを押し上げた。
その後は、現在の器は誰かという話題となった。
「大いなる存在を受け入れられる人物です。凡人という事はありえません。信仰高き神官か、比類なき霊能力者か、優れた魔法使いか、英雄たるべき人物か……」
しかし、とテオが強調する。
「そのような人物は、皆目見当がつきません。諜報組織を雇って『戦闘力が高いと評判の男性』のデータ等を収集しているのですが……」
「女性なのでは?」
シャルロットさんの発言に、テオは眉をひそめ、それから頷いた。
「……その可能性もありますね」
「聖修道院の尊き方々、大魔術師級の女性魔術師、一流の女剣士。女性にも優秀な方は、たくさんいらっしゃいますわ」
「そうですね……心当たりがあるのでしたら、リストアップをお願いします。私はあいにく、女性の情報にはうとくて……」
「よろしくってよ、テオ兄さま」
「器は、裏世界の人間かもしれません」
シャルロットさんがサラサラと紙にペンを走らせる中、テオは自分の考えを述べた。
「魔王を信奉し、勇者様の死を望む秘密組織もあります。また、『呪われた北』以北は、無法地帯。あちらの住人には戸籍がありません。裏世界の者を調査するのは、非常に難しいでしょう」
魔王城のある地は、『呪われた北』と呼ばれている。神の恩恵が届かぬ地だと、アタシは聞いていた。
けど、実は人が住んでて、村もあるらしい。つい最近知った。
昔っから北は、土地を捨てた農民、犯罪者、異端者、政治犯の逃げ場なんだそうだ。
ジョゼ兄さまは、北の格闘家を訪ねに行った。
あっちには、ジュネさんの故郷の村もある。
「無能を装って、表社会に潜んでるのかもよ?」
リュカの意見にも、テオは頷きを返した。
「その可能性もありますね」
「……案外、こん中に居たりして」
そのつぶやきに、ドキリとした。
リュカがおどけた顔で、ケラケラ笑う。
「勇者のねーちゃんと英雄世界に行ったの、誰だっけ?」
「え?」
クロードがきょとんと目を丸める。
「ボクと、ジョゼと、ジュネさんと、ルネさん……だけど?」
「んじゃ、エスエフ界に行ったのは?」
「使徒様と、ニコラくんと、セザールさんと、ルネさんだよ?」
「決まり」
リュカがポンと手を叩く。
「いっちゃん怪しいのは、あんた」
と指差したのは……ロボットアーマーの人で。
「いやいやいや、はっはっは。私を犯人とお疑いですか? これは困りましたな!」
「状況証拠は語るって奴だ。勇者のねーちゃんは、ジパング界じゃ襲われなかった。けど、あんたも同行した、英雄世界とエスエフ界じゃちょっかい出されてるよな。なんでだろーね、発明家のおっさん?」
「さっぱりわかりませんな!」
「同行者=襲撃者とも限りませんよ」
メガネをかけ直しながら、テオが言う。
「高位の神魔は、異世界転移など思いのまま。異世界へ、自身も器も自在に送れますから」
「『可能性もある』って意見を言っただけだよ」
ひらひらと手を振りながら、リュカは言う。
「仲間なら、勇者の予定は丸わかり。襲い放題だからさー」
ルネさんも真面目な声で言う。
「確かに。身近にスパイがいる可能性は高い……私もそう思います。器本人が居るのか、手下が居るのかはわかりませんが、情報は漏れている……」
シリアスなルネさんとは珍しい……そう思ったのもつかの間、
「実にお困りですな、勇者様! こんな時には……そうそう、これなどどうでしょう? 『ちゅーちゅーマウスくん』! 小型スパイロボです! スパイにはスパイを! 何処にでももぐりこみ、スパイ目とスパイ耳で情報収集します! 何処にスパイが潜んでいようとも、『ちゅーちゅーマウスくん』が発見します! もちろん! いざという時のための自爆機能も……」
いや、それはいいです。
蛮族戦士が、冷静な意見を述べる。
「行き先程度の情報なら、オランジュ邸の使用人でも耳にする機会はあります。心話のできる魔術師であれば、遠隔地から情報収集もできるでしょう。疑い出したらキリがないのでは?」
アランの言う通りだわ。
「あ〜 もう、やめやめ」
アタシはテーブルを叩いて、立ち上がった。
「どうがんばっても、答えが出るわけないもの。女神の器探しは、ここまで。スパイが居るかもしれないから『注意しましょう』。今は、それで充分よ」
みんながアタシに注目する。
「……もっともだな」
お師匠様の声は淡々として、抑揚がない。
その綺麗な顔も、いつも通りの無表情だ。
けど、アタシを見るすみれ色の瞳は優しい……そんな気がする。
「この件については、いったん保留しよう。何か気づいたことがあったら、私かジャンヌ、或いはテオドールに伝えてくれ」
「テオドールさんが居るうちに、もっと重要な話をしておきましょう」
アタシは、ぐっと身を乗り出した。
「アタシが次に行く世界、何処がいいと思う? みんなの意見を聞きたいの」
テオがメガネのフレームを押し上げる。
「筆頭候補は、やはり天界でしょう。神々や天使それに神獣のおわすあの世界であれば、仲間探しに適し、且つ短期間での能力向上が可能。護符や聖絹布に携帯用聖結界リングなど、入界に必要と思われるアイテムは六人分用意してあります」
アタシは、白い幽霊へと視線を向けた。
「ニコラくんも、それでいいの? アタシが天界に行くのは、『何となく嫌だ』って前に言ってたけど? テオといろいろ調べて、何でだかわかった?」
答えはない。
「ニコラくん?」
白い少年は、ティーカップを見つめていた。瞼を半ば閉じ、小首をかしげて。眠たそうに見えるけど、ニコラは幽霊だ。眠ることなどありえない。
隣席のリュカにつっつかれ、ニコラがハッとして顔をあげる。
《なに?》
「勇者のねーちゃんが、『アタシ、天界に行ってもいいの?』って聞いてたぜ」
《あ?……うん》
ニコラは再びテーブルに視線を落とした。
《おねえちゃんが、そうしたいんなら……》
なんか歯切れが悪いなあ……
《テオおにーちゃんと考えたんだけど、なんで天界が嫌なのかわからなかったんだ……。ほんとは、わけなんて、ないのかもしれない。だから……》
「元気ないわね?」
さっきまでは、明るかったのに。
ニコラの顔をのぞきこんだ。
「どうかしたの?」
《……あのね、おねーちゃん……ぼく、》
ニコラが上目遣いに、アタシを見つめる。
《……もしかしてだけど……》
そこで、喉をつまらせ、ニコラは黙ってしまう。辛そうな顔で、アタシを眺めるだけなのだ。
「ニコラ君?」
だいぶ経ってから、ニコラは力なくかぶりを振った。
《なんでもない……》
なんでもないって顔じゃないけど。
「無理に天界に行かなくてもいいのよ? 他にも仲間探しに適した世界はあるし」
「いえ、勇者様。ニコラ君には申し訳ないのですが、今回は敢えて天界を推薦いたします」と、テオ。
「天界は神々の聖域。天界が認めた清らかなる者しか入界が許可されません。転移の魔法を用いても、不純な者は弾かれもとの世界に還されると言われています。天界であれば、ブラック女神の器に襲撃される危惧は皆無です。心置きなく仲間探しができ、修行に励まれることも可能かと存じます」
なるほど……。
英雄世界で会った、お師匠様のそっくりさんを思い出した。
あいつの前じゃ、アタシは塵芥以下の存在だった。恐慌になって、まともに動くことすらできなかった。
ジパング界で修行して、アタシは強くなった。
けれども、あいつに勝てるかというと……
むぅぅ……
修行はまだまだ必要なわけで。
「むろん、天界に赴く以上、勇者様の同行者は厳しく選考すべきです。入界が許されるのは、清廉潔白なる者だけですから」
「清廉潔白ぅ? オレは無理だな」
盗賊少年がケラケラ笑う。
「はっはっは。私も駄目でしょう。家族を不幸にした男ですので」と、ルネさん。
「天界にジャンヌと共に赴けるであろう者は……」
お師匠様が仲間達を見渡す。
「まずは、マルタン」
え〜
素行に問題ありありだけど、そいつ。
「フッ。行くのは、やぶさかではない。が、神の使徒たるこの俺の明日は、五里霧中・・」
む?
「・・今夜あたり、ドレッドの尻拭いをしてやらねばならんのです。さほど長引かぬとは思いますが・・俺抜きでさっさとあちらへ行くか、代役をたてておくかしていただきたい」
そうだった……ドロ様は、テオのお母さまの為に呪い返しをしているんだっけ。
「ふむ」
お師匠様が首を微かに傾げる。
「クロード、エドモン、セザール、アラン、シャルル殿……このメンバーの中から選ぶしかなさそうだな」
「ちょっ! 寝言言うよな、賢者のにーちゃん!」
リュカが素っ頓狂な声をあげる。
てか……賢者のにーちゃん??? お師匠様をにーちゃんだなんて!
「清廉潔白な人間を選ぶんだろ、バカ貴族が数に入るわけねーじゃん! バカか、あんたは!」
バカ呼ばわりまで!
「あのスケコマシ、女とみりゃババアでも口説く節操無しだ。泣かせた女は星の数、孕ませた女も星の数なんじゃねーの?」
「あらあらあら、まあまあまあ。リュカさん、鋭い洞察ですわねえ」
シャルロットさんが口元に手をそえて、コロコロと笑う。
あの……否定しないんですか? お兄さんへの疑惑……。