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きゅんきゅんハニー  作者: 松宮星
鬼を狩るもの
115/236

鬼に託せし物

 還るのは、明日。

 今日は一日かけて、シュテンと修行。

 明日も午前中いっぱい修行だって、お師匠様は言った。


 だから……


「ヨリミツ君、ちょっといいかな?」


 忙しくなる前に、ヨリミツ君とちゃんと話しておきたい。

 外廊下へと誘った。




 ひんやりとした空気を感じた。


 シュテンの館が一番高い所にあるんで、見晴らしがいい。

 外廊下の縁まで行けば、うっすらとした朝もやがかかっている隣の山と、鬼ヶ城がよく見渡せる。


『鬼ヶ城』は、お城じゃない。

 集落の名前だ。

 山の頂上付近に地形に沿って家を建て、鬼と呼ばれる人たちはひっそりと暮らしている。


 まだ朝早いのに、畑に出てる人も居るし、剣や槍を振ってる人もちらほら。

 調理をしているのか、あっちこっちの建物から煙が立ち上っている。


 集落の境目には、高く詰まれた石の壁。そこから先は、鬱蒼とした森になる。

 張り巡らされた壁の上には、何体も毛鬼がいる。彫像のようにたたずむ使い魔は、物見兼ガードマンなんだろう。



「じあんぬ殿。話とは?」


「ちょっと待って」

 ヴァンに頼んで、アタシとヨリミツ君を包み込む形で結界を張ってもらった。

 これで、アタシたちの姿は外から見えなくなったし、声も漏れない。


《後はお若いお二人で〜♪》

 おどけて、ヴァンは姿を消した。

 護衛役だから、側には居るけど。何も聞かない口も出さないと、宣言してくれている。


 アタシは、ジパング界の若武者を見つめた。

 今日のヨリミツ君は、黒髪を一つに束ねている。短い総髪(ポニーテール)だ。

 まとっているのは、白い修行着だ。腰に黒太刀を吊るしてなきゃ、侍というより神官みたい。

 でも、この世界の白い装束は死に衣装を意味する。いつ死んでも構わない、死んだつもりで俗世の煩いを捨て修行に励む……その決意を表す衣装なのだとか。

 凛とした美貌が、より鋭く清らかなものに見える。


「ヨリミツ君には……ほんとうにお世話になったわ」


「なにを言う。こちらこそ、多大な恩を受けた。そこもとが救ってくれねば、それがしは未だに囚われの身であったろう」

 アタシの横に並んだヨリミツ君が、少し下った所にある細長い平屋を指差す。

「あそこに監禁されていた」

「あそこ?」

 思わず身を乗り出した。牢屋って感じじゃなさそうだけれど……

「外に連れ出される度に、建物の並びや警備などを調べたものじゃ。勝手をいたせば高貴な方々にも類を及ぼしてしまうゆえ、耐え忍んではいたが……いずれは逃げるか、一体でも多く鬼どもを斬り殺してから逝こうと、覚悟を決めていた」

 悟りを開いたような顔で静かに微笑むその顔は……おとなびて見える。

「この命、じあんぬ殿に拾ってもらったも同然じゃ」


「アタシだって、そうよ。ヨリミツ君が家宝の太刀を貸してくれたから、どうにか戦えたんだもん」

 深々と頭を下げてから、鞘に収めた白太刀をヨリミツ君へと捧げた。

「大事な物をありがとう。ほんとにほんとに助かったわ……お返しします」


「なにゆえ?」

 ヨリミツ君が眉をひそめる。

「返さずともいい。その太刀は、持ってゆくがいい」


「……そういうわけにはいかないわ」

 アタシは魔王戦で、ちゅど〜んするかもしれないんだ。そうならないように頑張るけど、死ぬかもしれないんだ。返せないかもしれない、そうとわかっていて借りては、ズルとい思う。

「この白太刀、ヨリミツ君の黒太刀と兄弟なんでしょ? 二振りでワンセット。両方が揃っていてこその物を、異世界に持っては行けないわ」


「それは違うぞ、じあんぬ殿」

 ヨリミツ君が、静かに、だけど強い口調で言う。

「ふさわしき持ち手のもとにあるが、武具の誉。そこもとと共に戦うことこそ、『ヒゲキリ』の喜びと心得るべし」

「『ヒゲキリ』って名前だったっけ、この白い太刀……」

「さよう。罪人の首を落とした時に髭の一本もあまさず斬ったゆえ、この名がついたのだ」

 う。

 意外と、エグイ。

「しかし、本日より名を改めよう……鬼どもに遅れをとらぬ勇壮な勇者……新たな持ち手にふさわしき名は……『オニキリ』。そうじゃ、鬼切る刀がよかろう」


「やめて、ヨリミツ君」

 アタシはかぶり振った。

「持ってかないって言ったでしょ。これから先、どんな旅になるかわからないのよ。海で溺れるかもしれないし、盗賊にあうかもしれない。この太刀を無くしたり、折ったりしたくないのよ。だから……」


「異世界にて果てたとしても、それがこの『オニキリ』の天命。じあんぬ殿が気に病まれることではない」

 侍少年が、凝っとアタシを見る。

 とても、熱っぽい目だ。

「異世界には、それがしは同行できぬ。『オニキリ』をそれがしと思い、伴って欲しい。『オニキリ』なれば、ミナモト家が総領の妻の力となろうぞ」


 そう思ってくれてるから……

 だから、借りられないのよ。


 深呼吸してから、頭を下げた。

「ごめんなさい」

 さっきよりも、もっともっと深く頭を下げた。

「アタシには、あなたの太刀を借りる資格はない……あなたの妻にはなれないんですもの」

 はっきり伝えなきゃ……


「魔王を倒したら、アタシは賢者になる。賢者になって、次代の勇者を導かなきゃいけないの。役目を放棄して結婚するなんて……そんな勝手なこと、人としてできないわ。魔王を倒したら賢者になるって、育ててくれたお師匠様と約束したんですもの」


「どれぐらいかかるかわからない役目なの。もしかしたら何十年も、ひょっとしたら百年以上も、アタシは賢者でい続けるかも」


「ちゃんと言っとかなくって、本当にごめんなさい。ヨリミツ君が嫌いなわけじゃないのよ。でも、結婚は無理なの」


求婚(プロポーズ)された時、すっごくキュンキュンしたわ……ヨリミツ君、凛々しくて格好いいんだもの。それに今では、あなたが熱い魂を持った侍だって知ってる。忠義心にあふれてて、一途で、筋が通った強い人だわ」


「アタシのことを好きって言ってくれて、ありがとう。嬉しかったわ。大切な思い出にして心の中にしまっておく……ほんと、ありがとう」


 頭を下げながら、白太刀を前へ前へと突き出した。

 ヨリミツ君の胸まで届いちゃってるわ。


 なのに、何にも言ってくれない。


 強い視線は感じるんだけど。


 沈黙が怖い……



 だいぶ時が経ってから、ヨリミツ君がポツリとアタシを呼んだ。

「じあんぬ殿……」


「はい」


「……顔を上げてはくれまいか?」

 その言葉に、甘えさせてもらった。


 目が合った。

 心の奥まで覗き込んでくるかのように、ヨリミツ君がアタシを凝っと見つめる。

 微かにしかめられた顔。

 頬が赤い。

 ひき結ばれた口はわなないていて、すっごく何か言いたげ。


 怒鳴ってくれて、いいのに……。

 悪いのは、すぐに断らなかったアタシだもん。


「ごめんなさい」

 もう一度謝ると、切れ長の瞳がスッと細められた。


「……許せ」

 何を、とは言わなかった。


 突然、ヨリミツ君は動き……

 ぎゅっと抱きしめられた。



 頭の中が、真っ白になった。



 白太刀を持ったまま、アタシはヨリミツ君に強く抱きしめられている……



「……ヨリミツ君」

 どうにか声をしぼりだしても、

「……このまま」

 彼の言葉に遮られる。


 彼の息が、アタシにかかる。


 ドクンドクンと激しく鳴ってる鼓動は、どちらのものか。


 触れ合う箇所が熱い……


「……結ばれぬ運命にあろうとも、構わぬ……愛しく思う」


……体がすっごく熱い。


「かなうのであれば、ずっと側にいて守りたい」


 何か言わなきゃって思うのに、気ばっかり焦って、言葉が出てこない。


 めまいすら感じてる。


 心臓は、もう……キュンキュンを通り越して、バクバクだ。


「あらためて……ミナモト家が総領として、家宝の太刀をそこもとに託す。じあんぬ殿の必勝も祈願する」

 せつなげな声が、甘く耳に響く……

「このような形でしか、重きものを背負うそこもとを助けられぬ。まこと、はがゆい……」


 断らなきゃと思うのに……喉がつまって、声が出ない。


「なれど、少しでも力となりたいのだ。受け取ってはくれまいか?」


 重ねて頼まれ、『うん』と頷いてしまった。

 だって、ヨリミツ君の声がすごくつらそうだったから……。


 更にぐっと抱きしめられた。


「我らは五十日後に、そこもとの世界の魔王と死霊王にまみえる。シュテンはそう占った。二戦となるのか、そこもとの宿敵と死霊王が手を結ぶのかは、わからぬ。なれど、」

 静かな声で、彼は言う。

「そこもとが敵は、それがしがあまさず討つ……この命にかえても、そこもとを守る」


 胸がきゅんきゅんした……


 そっと肩を押して、ヨリミツ君がちょっとだけアタシから離れる。

 だけど、吐息がかかるんだ。

 顔が近い。

 アタシたちはそんなに変わらない身長だから……ほんの少し動くだけで、唇と唇が触れ合ってしまいそう。

 アタシの胸の鼓動は、ますます早くなった。


「思い出のよすがが欲しい」


 アタシを見つめる瞳は、しっとりと潤んでいて……。


 きりっと引き結ばれた唇は、美しくって、とても艶やかだ……。


 凛々しい顔なのに、女の子以上に綺麗……。


「よすが……?」


「遠く離れても、そなたを思い出せるように」


 ヨリミツ君の唇の動きを、目で追ってしまう。

 厚くはないけど、ふっくらとしてる。

 花びらみたい。


「くれまいか……?」


 ズッキュン! と何かがアタシをつきさした。


「あ……アタシ、」

 声が裏返っている。


 体も、カチンコチンだ。


 ヨリミツ君のことは嫌いじゃない。


 けど、でも……駄目!


 これはちょっと違う!


 だって、アタシは!


「髪を一房でいい」


「……え?」

 目をしばたたいた。

「髪の毛……?」


 ヨリミツ君が頷く。


「肌身離さず持ち、守りとしたい」


「………………」


「身につけている物でもよい」


 いやん!

 そういうこと?

 やだ、アタシったら!

 勘違いしちゃった!


「じあんぬ殿?」


「なんでもない!」

 かぶりを振って、ヨリミツ君から離れた。

 あ〜もう! 頬が熱いわ!


「えっと……」


 髪の毛を切ろうにも、鋏も短刀もない。


 左手が、不死鳥の剣にあたった。幻想世界のドワーフの王様からの贈り物。剣身が燃える魔法剣だ。

 これで切ると、首まで切っちゃいそう。

 白太刀を借りるんだ、お返しに剣を渡すってチョイスもありといえばあり。

 でも、ヨリミツ君には、黒太刀があるし……。

 肌身離さずつけるんなら、ちっちゃい物の方がいい。


 ポケットの中身……

 歴代勇者のサイン帳。

 筆記用具。

 ポチの入った培養カプセル。

 スイッチ・オフにしてある『萌え萌え注意報くん』。この『うっかりキュンキュン防止装置』だけは、ないわー


 となると……


 これか。


 ポケットから取り出した物を、ヨリミツ君に手渡した。


 二枚持ってるハンカチの内の、男性に貸す用。

 可愛らしいローズの花をあしらった、白いレースのハンカチだ。


 ヨリミツ君が、それをそっと胸に抱く。

「……可憐だ。そなたと思い、大切にいたす」


 頬を少し染めて、はにかむように微笑む顔が……何というか、可愛い。


 ほっこりした。


 喜んでもらえたのなら、何より。


 思わぬところで、エレガントなデザインのハンカチが役に立った。

 ありがとう、テオ先生。

 持ってて良かったわッ!



* * * * * *



大江山


          石原和三郎


むかし丹波の 大江山

鬼どもおおく (こも)りいて

都に出ては 人を食い

かねや宝を 盗みゆく


源氏の大将 頼光(らいこう)

ときの(みかど)の (みことのり)

お受け申して 鬼退治

勢いよくも 出掛けたり


家来は名高き 四天王(してんのう)

山伏(やまぶし)すがたに 身をやつし

(けわ)しき山や 深き谷

道なき道を 切り開き


大江の山に 来てみれば

酒呑童子(しゅてんどうじ)が (かしら)にて

青鬼赤鬼 集って

舞えよ歌えの 大さわぎ


かねて用意の 毒の酒

(すす)めて鬼を 酔いつぶし

(おい)の中より 取り()だす

(よろい)(かぶと)に 身をかため


驚きまどう 鬼どもを

一人残さず 斬り殺し

酒呑童子の 首をとり

めでたく都に 帰りけり


   明治 34 年の『幼年唱歌(二の上)』



 - * - * - * - * - * - * - * - * - * -



 大江山には、三つの鬼退治伝説がある。


 最も古い伝説は、日子坐王(ヒコイマスノキミ)(崇神天皇の弟)率いる官軍の土蜘蛛退治。

 土蜘蛛とは、朝廷に恭順しなかった氏族への蔑称。

『鬼』と同義である。


 次が、麻呂子(まろこ)親王(聖徳太子の異母弟)率いる官軍の英胡(えいこ)軽足(かるあし)土熊(つちぐま)の悪鬼退治。

 妖術を使う三鬼に親王は苦戦を強いられるものの、神仏の御遣い(額に鏡を付けた白い犬)の助けを得て、鬼を討ち取る。


 そして、最も有名な伝説である酒呑童子退治。

 茨木童子ほか多くの鬼を従え京の都をおびやかした酒呑童子は、源頼光率いる四天王に討たれる。

 酒呑童子が易々と討ち取られたのは毒酒を盛られていた為であり、その毒酒を頼光に与えたのは住吉・八幡・熊野の神々の化身であった。

 神仏の加護を得て鬼を退治する等、麻呂子親王伝説と酒呑童子伝説は類似点が多い。



 - * - * - * - * - * - * - * - * - * -



(みなもとの) 頼光(よりみつ)

 平安時代の武士。藤原道長に仕える。清和源氏の嫡流。父の名は満仲(みつなか)

 物語では「みなもと の らいこう」の名前で親しまれ、

 満仲が作らせたとされる名刀『膝丸(ひざまる)』をもって土蜘蛛を退治し、

童子切安綱(どうじぎりやすつな)』にて酒呑童子を討ち取ったとされる。

(『膝丸』の兄弟刀『髭切(ひげきり)』は渡辺綱(わたなべのつな)が鬼(茨木童子)の腕を斬った後、『鬼切(おにきり)』と名前を改める)。



 - * - * - * - * - * - * - * - * - * -



「お待たせ、片桐君……なにしてるの?」

「……ちょっと」


 背後から、リーダーがPCモニターを覗き込んでくる

「大江山の鬼伝説、金太郎人形……?」

「まあ、いろいろ」


 リーダーを待つ間、リビングのPCであれこれ検索していた。

 武将関連の検索から、五月人形の画像ページにまで飛んだのは脱線だった。昨今はかわいい系の人形ばかりだ。眺めても、まったく心躍らない。武具甲冑の髭の武者人形は、もはや時代遅れなのか。


「調べてもあまり意味はないと思うけどねえ。君が行ったのは、並行世界(パラレルワールド)だ。平安時代によく似た別世界。酒呑童子や茨木童子も、別物だ」

「そうですね」

 検索ページは閉じた。


 もとの世界と並行世界は、同列の関係にある。

 いったん生まれてしまえば、主も従もない。それぞれが独立した道を歩む。分岐した世界は、時を経ればもとの世界からかけ離れてゆくものだ。

 だが、まったくの別ストーリーになるわけでもなく、神の気分次第で両世界がすり寄ることもあると、西園寺さんは言った。

『人間だって、壁紙が気に入らなければ張り替えたくなるし、お気に入りのティーカップが壊れたら同じものが欲しくなったりするでしょう? 並行世界からなら、同じようなものを持ってきやすいんです』

 並行世界間では、人や物の行き来が多い。大陸規模の巨大なものが丸ごと運び込まれ、歴史が上書きされることもあるのだとか。


 自分の滞在程度では、何も変えられなかったと思うが……

 気になって調べたところ、頼光(らいこう)さんの真の名前に行き着いた。

 鬼退治の時、頼光さんは源氏の大将だった。

 しかし、ジパング界では違った。忍者少年の主人は、元服したばかりの少年と聞いた。しかも、鬼にさらわれている。


 似て非なる世界だ。


 討ち手がさらわれていたのは、あの世界の神の意志だろうか? 鬼退治というイベントを無くしたいのか? 他の者に鬼を討たせたいのか? それとも、若武者に鬼退治をさせたかったのか?(藤堂さんは『絵的にその方が萌えるわッ!』と興奮していたが、頼光さんは雄々しい髭をたくわえた武将の方がいい。自分的にはしっくりくる)。

 勇者ジャンヌが転移したことで、あの世界の歴史は動いたのか?

 彼女は賭けに勝ち、仲間を取り返せたのか?

 あの世界の鬼は、王朝にまつろわぬ民なのか?

 答えなどわかるはずもないのに、とりとめもないことばかりを考えてしまう。


「昔、和風な異世界へ行ったこともあるよ。たおやかで愛らしい巫女がいて、僕を深く愛してくれたが……」

 リーダーの口元に、冷めた笑みが浮かぶ。

「異世界の方との縁はその場限りのものだ。僕は勇者世界を含め、十二の世界に行った。が、ほとんどの世界は一度きりの転移だった。使命を果たすと帰還となり、以後、二度と呼ばれない」

 昔の恋人を思い出したのだろう、リーダーは静かに瞼を閉ざした。

「美しい夢を見たと思うしかない。でなければ、テーマ・パークを旅行したとでも思うしか……。異世界のことは尾をひかない方がいいよ」

 のめりこみすぎるなと忠告してくれているのだ。

「……わかっています。世界ごとに時の流れも空間も異なる。同じ世界の同じ場所に転移する可能性は、ゼロに等しい……自分が、ジパング界の鬼に関わることはもう無いでしょう」


 異世界との絆はあやうい。

 よく……知っている。


 自分が勇者世界に呼ばれたのは、十年ちょっと前のことだ。

 けれども、勇者世界では千年以上の時が流れている。賢者となり傍らに居てくれた兄貴は、向こうに留まった。とうの昔に亡くなったはずだ。

 この間、勇者ジャンヌ一行がこちらを訪れた時に、兄貴のことを賢者シメオンに尋ねた。いつ賢者を引退したのか、その後どんな人生を歩んだのか、向こうで家族はつくったのか、知りたいことはたくさんあったものの……『賢者は、伝えられぬ事は語らない。現在、私が賢者である。あなたの兄の消息は、そこから察していただきたい』としか答えはもらえなかった。

 賢者よりは勇者の義兄の方が、情報をくれた。と、言っても、自分と兄貴の冒険が絵本になっているだ、二人とも有名な勇者だの御伽噺レベルの話だったが。


「旅の恥は掻き捨てとも言う。やり残したことがあったとしても忘れるに限る。後々ひっぱってもろくなことはない」


 リーダーは、まどかさんと結婚した。

 昔の恋を思い出とし、新たな恋を選んだのだ。


……ふと、兄貴の言葉を思い出した。


『立つ鳥後を濁さず。おまえはいずれ還る客人だ。後々の責任が持てない以上、この世界に関わるのは必要最低限にしておけ』


 諺は逆だが、アドバイスは一緒だ。


 異世界に深く関わるな。おまえの住む世界は違うだろう?……そういうことだ。


 兄貴が勇者世界に残った理由は、わからない。

 だが、あの世界に関わる道を好んで選んだのだ。

 案外、好きな女ができ、それで留まったのかも。



《正孝様、片桐さん。間もなく、神崎さんとのお約束のお時間です》

 赤毛の精霊()が、横にふっと現れる。

 トランジスタグラマーの、ちょっと勝気そうな美少女だ。


「ありがとう、ノヴァ」

 自分の炎精霊へと微笑みかけてから、リーダーがこちらに視線を向ける。

「行こうか」

 その顔に、悪戯な笑みが浮かぶ。

「綺麗な方だよ。純和風美人だ。だけど、美しいだけじゃないんだなあ。ぞっとするほどの凄味があるというか……。西園寺君が『本家のお嬢さま』と心酔するのもわからないでもない。まあ、僕の趣味じゃあないがね」

……それはそうだろう。

 チラッとノヴァを見た。

 グラマーで、童顔。リーダーの精霊はリヒトをのぞいて全員このスペック、新妻のまどかさんも同じような外見。……主人(リーダー)の趣味にブレはない。


「彼女は西園寺君以上に視える方。その場にいる人間の、思考・過去・未来を感じ取れる霊能者だ。くれぐれも不埒なことは考えないでくれたまえ」



 リーダーの精霊に運んでもらい、神崎八千代という霊能者と合流。

 その後、失踪中の学生――金子アキノリの自宅へ向かう。


 勇者ジャンヌ君の宿敵、百一代目魔王の家へ行くのだ。

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