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きゅんきゅんハニー  作者: 松宮星
鬼を狩るもの
113/236

鬼と成りし者

「ここまでにしようか……」


 シュテンの声に応えようとした。

 けど、声が出ない。したたかに背をうちつけたせいか、胸が苦しい。


 ほわっと、水色の癒しの光がアタシを包む。瞬きの間に、苦痛は遠のく。

《大丈夫ですか?》

 ラルムに頷きを返し、上半身を起こした。


 すぐそばに跪いていたアカネマ君が、サッと白太刀を差し出してくる。

 倒れた時に手からこぼしちゃってたのか。

 不死鳥の剣は、渡してこない……て、ことは、ふっとばされた衝撃で折れたのだ。炎にくべれば蘇る魔法剣だから、炎の塊(シュテン)と戦ってると、ポキポキ折れてもすぐに再生してたんだけど。


 夕日を浴びて、岩場は赤く燃え上がっている。

 赤く染まった世界の中で、仲間達は武器を構え、シュテンを囲んでいた。

 何もかもが赤い中、巨体の赤鬼は一際赤い。

 天に向かって逆立つ髪は赤く、筋肉隆々の肌も赤い。

 そして、腕や肩からあふれ出す血も。


「俺の負けでいい」

 シュテンは金棒を下ろし、その巨体にまとわりつかせていた炎精霊も下げている。

「けっこう楽しかったぜ、百一代目」


 何時間、戦っていたのだろう。

 戦い始めた頃は蒼天にあった太陽も、もうすぐ沈む。


 みんなが助けてくれた。

 精霊も、仲間たちも、共に戦ってくれた。

 姫さまも、途中から参戦した。覚醒した『鬼』の力は、彼女の臆病な性格を反映したのか、結界能力だった。結界自体は小さく、本人の周囲を覆う程度のものしか張れなかったけど、彼女が拒絶するものを弾き返す効果があった。シュテンの体勢を崩す役で貢献してくれた。


 対する巨体の赤鬼は、たった一人で戦い続けた。


 身の内に多数の炎精霊を宿しているとはいえ、完全に同化させて、自身のエネルギーとしただけ。

 攻撃は全て自分の手で。足場の岩を金棒でえぐって飛ばしてくるわ、まとめて薙ぎ払うわ……。バカげた強さだった。アタシも仲間たちも、何度もあの金棒でぐしゃっと潰されたのだ。

 しかも、体力までバケモノ。休憩なし(ノン・ストップ)治癒魔法なし(ノン・ヒール)で、何時間もアタシたちと渡り合ったのだ。

 こっちは数を頼りに戦って、怪我を治癒してもらい疲労回復もかけてもらい、時には下がって結界の中で休息できたってのに。


「あんたの負けは、ありえない!」

 赤鬼を見上げ、声を張り上げた。

「勝ちを譲られたくないわ!」


 そう言うと、赤鬼はぎょろっとした目を更に丸め、牙のある大口を開いてゲラゲラと笑い出した。

「気の強ぇ女だ」

 巨体を揺らし、赤鬼が腹をよじって笑う。

「俺の勝ちで、いいのかよ? おめえ、勝たなきゃ、イバラギから仲間を返してもらえねえんだろ?」


 あ。


「なし! なし! 今のなし!」

 アタシは慌てて両手を振った。

「てか、あんたの勝ちとは言ってない! あんたの負けは認めないって言っただけ!」


「んじゃ、引き分けか?」


 ぐ。


「引き分けじゃない気もするけど……」

 胸を張った。

「お師匠様やソルたち全員を返して。そしたら、引き分けにしてあげる」


「『してあげる』だぁ?」

 更に大きく体をゆすって、赤鬼は笑う。

 大爆笑だ。

……そんな変なこと言った、アタシ?


「気迫だけは、一人前だな……気に入ったよ、百一代目。おめえの言う通りにしよう。引き分けで、仕舞いだ。仲間はぜんぶ返してやる」

「歴代勇者のサイン帳も返してよ」

「ああ」


 シュテンの姿が、ゆらりと揺れる。

 大金棒は宙に消え……

 アタシの倍はあろうかって巨体が見る見る縮み、赤かった髪と肌が変色してゆく。


 背は、アランよりやや低いぐらい。

 雨に濡れたかのように重たげな黒髪が、日に焼けた褐色の肌に張りついてゆく。

 血と汗が滑り落ちていく体は、がっちりとしていて……強烈なインパクトがあった。



 胸がキュンキュンした……



 心の中でリンゴ〜ンと鐘が鳴る。

 欠けていたものが、ほんの少し埋まっていく、あの感覚がした。


《あと四十六〜 おっけぇ?》


 と、内側から神様の声がした。



 ときめいたわ……


 だって!

 腰布一枚なのよ!

 そこはアランと一緒! がっちむっちの筋肉もおんなじ!

 だけど、濃いのよ! 完璧な肉体には、カールした胸毛が! 腹毛も! すね毛も! 腕にも毛がボーボー!

 顔にも無精髭。


 鬼というより、熊!


 ワイルドな野人って感じ!


 お師匠様みたいなタイプが毛深かったら、ちょっと「え〜?」だけど……

 このごつい体には、濃い体毛がよく似合う! むさくるしさの中にもセクシーさが漂うというか、むんむんする男の色気があるというか!


 でもって、その顔! 眉も濃くて目つきも怖くって! なのに、大口開けて子供みたいに笑うとか……やだ、キュンキュンしちゃう。



「十一代目カガミ マサタカの名において、勇者一行を客人として鬼ヶ城に招く。仲間ともそこで引き合わせる。滞在中、望むのなら望むだけ、修行をつけてやるぜ、百一代目」

「え? 修行? どうして?」

「この世界に、強くなる為の修行に来たんだろ? イバラギにそう言ったな?」

 鬼の大将がニッと笑う。

「俺の(うら)じゃ、死霊王と俺がまみえるのは五十一日後。おめえが魔王と戦う運命の日こそ、俺にとっても決戦の日とみている」

 五十一日後?

 同じ日?

「俺の敵はおめえの敵。おめえの敵は俺の敵だ。俺らは同じ宿命の下にある。おめえが強くなりゃ、俺も大助かりさ」


「鬼の大将。質問してもいいかね?」と、シャルル様。

「その修行とは、肉体を使っての鍛錬かい? それとも、初代カガミ マサタカの追体験を指しているのかね?」

「どっちでもいい。好きな方に付き合うぜ」

 おお!

「追体験のうち、戦闘場面だけを抜粋して、延々と繰り返すことは可能だろうか?」

「無理だ」

 シュテンがかぶりを振る。

「あの術をつくったのは、初代だ。中身はいじれねえし、あの術の中に入り込めばどうしたって魂が疲弊する。一日に三度、多くても五度が限度だ。それ以上欲張ると、何十日も寝込むはめになるぜ」

 ありゃ、残念。

 先輩の追体験は、一瞬で終わる。あの中で無限に修行を続ければ、ものすごぉく強くなれるかと思ったんだけど……世の中、そんなに甘くないらしい。

 でも、一日三回は、あの追体験ができるのね……。


 鬼の大将はヨリミツ君へと顔を向けた。

「ヨリミツ。てめえらは、今日から自由だ。都に送ってやってもいい。が、まあ、今日のとこは、鬼ヶ城に招かれてくんねえか? 先のことを相談したい」

 シュテンが真面目な顔で言う。


「死霊王との戦いをみすえ、見込みのある奴をさらっちゃイバラギに鍛えさせ、これぞって奴に初代の記憶をみせ、覚醒と自覚を促してきた」


「だが、そん中でも、ヨリミツ。おめえは、別格だ。俺との強い縁を感じる……。俺の予知夢じゃ、俺の傍らにゃ百一代目とヨリミツ、赤鎧姿のおまえが居た」


「他の奴ぁともかく、おめえだけは残って欲しい。『鬼』の仲間になれたぁ言わねえよ。客人として決戦日まで居てくんねえか? あと五十日ばかり、俺が直々修行をつけてやる。おめえはそこらの『鬼』よかよっぽど強いが、俺に比べりゃまだまだ。せめて、俺の首をぶった斬れるぐらいの男になって欲しい。『死霊王』は、えれぇ強い魔族って話だ」


「鬼の大将」

 黒太刀を構えたまま、ヨリミツ君が尋ねる。


「お(ひい)さまをはじめ、高貴な方々は、都に帰すと約束するか?」

「都の方も備えが欲しい。あっちで働いてくれんなら、俺としちゃあ否はねえよ」


「それがしを、武人として遇すると誓うか?」

「ああ。盟友として扱おう」

「貴様らが盗みしミナモト家が家宝、返してもらうぞ」

「むろんだ」


「こちらからの望みは、いまひとつ……イバラギと戦う機会ももうけよ」

 ヨリミツ君が、切れ長の瞳を細める。

「あの男には、思うところがある。貴様らの側に道理があろうとも、あれがそれがしや姫君たちになしたことは捨ておけぬ。相応の報いは受けてもらう」


 鬼の大将が声をあげて笑う。

「いいぜ。気がすむまで、戦わせてやる。イバラギとも、とことん()り合えよ」

「二言はないな?」

「ない。あいつぁ、精霊をごまんと抱えてる。そうそう死なねえ。何度でもざくざくぶった斬れるぜ。腹もスカッとするだろうさ」


 ヨリミツ君が太刀をおさめる。

 もう戦いは無いとみて、シャルル様やアランも武器をおさめる。リュカは……とっくに小剣をしまっていた。


「んじゃ、行くか」


 鬼の大将がそう言うや、鬼の副将がスッと現れる。

「シュテン様。客人ともども、お運びします」

「ああ、頼む」


 移動魔法で現れたイバラギは、まずは大将に頭を下げ、それからヨリミツ君に対し顎をしゃくった。

 さも『みのほど知らずにいきがるな。愚か者。返り討ちにしてやるわ』と言いたげな顔で。

 ヨリミツ君の全身が、ピクリと動く。

 すぐに挑発されるんだから……おかしくなって、小さくふきだしてしまった。




 運ばれた先は、煌々と明るい広い部屋だった。


 光の魔法球が浮かぶその部屋には、何十人もの人間が居る。

 移動魔法で現れたアタシたちに対し、全員が平伏。

 一斉にババッと頭が下がってゆく。

 なかなかに壮観。

 男も女も居る。黒髪の人間が多いものの、他の髪色の者――異形も混じっている。オオエ山の『鬼』たちだ。


 鬼の大将は家来たちに、アタシたちを客人として紹介した。


 鬼の副将が、家来の中の五人の名前を呼び、アタシたちの世話役を命じる。

 そのメンバーを見て、姫さまが感嘆の声を漏らす。殺されたのだと思っていた子が居たようだ。親しい子だったのだろう、姫さまがはらはらと涙を流し、『ようございましたな』とヨリミツ君が声をかけている。



 世話役のみを残し、シュテン童子は他の家来たちは下がらせた。


「イバラギ、返すもんは返してやれ」

「はッ」

 鬼の大将に頷きを返し、鬼の副将が左手を上げる。


 アタシの前の空が揺れ、長すぎる前髪の人物が現れる。

 黄金弓を手にした農夫だ。

 魔法で運ばれて来た彼は、口元を歪め、ややうつむいていた。


「エドモン!」

 呼びかけると、ビクッと顔があがった。


 前髪で両目が隠れた顔が、アタシを見る。


「……あ?」


「よかった、無事だったのね!」


「……無事?」

 アタシを、自分を、周囲を見渡し、アタシじゃない誰かに彼の目はとまった……っぽい。目線がわかんないから、誰を見てるんだかいまいちわかんない……。


 エドモンがホッと息をつく。

「……問題ない、ようだ。そっちは?」

「こっちも平気よ」

 ガッツポーズをとった。

「何回か怪我したけど、癒してもらったし! シュテンとの戦いも無事に乗り切れたわ!」


「怪我……」

 下唇を噛み締め、それからエドモンは頭を下げた。

「……すまない」

 ん?

「……おれが軽率だった」

 なんのこと?

「……同じ過ちは繰り返さない。次は、必ず……」


「勇者の為に働けなんだのじゃ、恥じいっておるのだろう。多少の意気地はあったようじゃ」

 イバラギがフンと息を吐く。

「狩人。聞きたいこともあろうが、後じゃ。今は、貴様なぞに関わっている暇はない」

……あんた、エドモンにも何かしたの?

 睨みつけてやったけど、涼しい顔でいなされてしまった。



 イバラギが、ふたたび左手を振る。


 珊瑚(コーラル)の護符つきペンダント。

 エメラルドのイヤリング。

 ヘリオドールのイヤリング。

 ホワイト・オパールのブローチ。

 オニキスのブローチ。


……とっても大切なアクセサリーが……宙に浮かんでいる。


 その全てを手に取り、握り締めた。


「ピオさん! ヴァン! ソル! ルーチェさん! ピクさん!」

 アタシの声に応え、赤、緑、黄、虹色、黒のぬいぐまたちが現れる。


《ジャンヌ、良かった、無事だったんだな! いきなり強制送還されちまったから、もう駄目かと……あんたが死んだかと思ったんだぜ?》

 口調が()に戻ってるわよ、ピオさん……


《よ。オジョーチャン、また会えて嬉しいぜ♪》

 あいかわらず……軽いわね、ヴァン。


《あああ、女王さま……ご無事で何よりです。ふたたびお目にかかれて、嬉しゅうございます。さ、早速ですが、できますれば、先日のお仕置きを……ぜひ、踏んで》

 黙れ、変態。

……異空間では、ありがとう。守ってくれたのに、惚けててごめんね。


《勇者ジャンヌ。これから二十五時間なら滞在できますよ》

 久しぶりですね、ルーチェさん!


《ジャンヌ〜 お、おら……おら……》

 ピクさぁぁん! 契約の証を奪われてたのよ、不安にさせちゃって、ごめんね、ごめんね、ごめんね!


 クマさんたちを、力いっぱい抱きしめた。


『生まれし世界に()ね』

 そう言って、イバラギは契約の証に転送の魔法をかけた。


 五体との絆を奪われたのだ……

 そう思い知らされた時の絶望感は、忘れようもない。


 側にいてくれるのが当たり前になっていて……たった一つの宝石でつながっている関係だということを、アタシはすっかり忘れていた。


 もう二度と、みんなを手放すものか。


 ぜったいに……。



「あとは賢者か」

 いつの間にか、鬼の大将は服を着ていた。

 イバラギのと同じようなデザイン。髪はボサボサのまんまだけど、汗で濡れていた黒髪はからっと乾いている。鬼の副将が水と風の精霊を使って主人の身なりを整えたのだと、アタシの内のレイが説明する。


「賢者にはちょいと用事を頼んでてな、ややこしい所にいるんだ。勇者、おめえだけなら連れてってもいいがどうする?」

「どこへ?」

「カガミ家当主の間だ」

 ふーん?

「カガミ マサタカの名を継ぐ人間と、招かれた者しか入れねー場所だ。おめえなら、まあ、弾かれるこたぁないだろ」


 弾く?


《百一代目勇者様お一人を連れて行くつもりですか? 護衛もなしで?》

 噛みついた水の精霊に対し、鬼の大将が肩をすくめてみせる。

「縮まって荷物になるか、勇者に同化するんなら、ついて来てもいいぜ」


「そこには、お師匠様が居るだけ? ピロおじーちゃんとポチは? 子供たちは?」


「ガキどもは、別の館で眠らせている。その他のものは、賢者と一緒じゃ」

 答えたのは、シュテンではなくイバラギだった。

 で、手に持っていた物を、アタシに投げてよこす。

「これも返す」

 歴代勇者のサイン帳だ。

 大切な手帳を、アタシは急いで左胸のポケットに戻した。

「契約の証も、とっとと身につけておけ。無くすぞ」

 などどほざく白髪鬼。嫌ぁな顔で、薄く笑っていやがる。

 あんたが盗る前は、ちゃんと身につけてたわよ!


 アタシは精霊たちを見渡した。

 別行動をとる時は、アタシの精霊を仲間の護衛役につける……これは鉄則だ。

『鬼』たちが襲ってくることはもうないだろうけど、用心に越したことはない。突然の地震やら火事やら、別れている間になんかトラブルがあったら嫌だもん。


 誰を残そう?

……ようやく会えたピオさんたちとは、離れがたい気分。だけど、残れと言ってもラルムは嫌がるわよね。

《吾輩が残ろう》

《勇者ジャンヌ。私も残留組で構いません。導き手の職務中に、また、あなたの大事を見過ごしてしまったようですしね。ここで、仕事をさせてもらいます》

 と、申し出てくれた雷と光の精霊をリュカたちの護衛に残す事にした。

 クマさんたちはちっちゃくなってアタシのポケットに入り、ラルムは水色の光になってアタシの内へスッと入り込んできた。



 建物の裏手の枯れ井戸。

 梯子で降りると、底の方に扉があり、そこから地下通路へと繋がった。


 シュテンの炎精霊が熱をおさえた光になって、先導してくれる。炎精霊の後をシュテンと共にしばらく進み、幾つかの扉をぬけ、そして……


「嘘ぉ!」


 ず〜っと地下を歩いていたのに!


 行き着いた先は、森だったのだ!


 白い霧がたちこめているので、はっきりとは見えないけれど……

 見上げれば、空があるような。

 天から降り注ぐ陽の光に白い霧がキラキラと輝き、何百年もの時を生きてきたと思われる大木ばかりを照らし出している。


 ちょっと待って。

 陽の光?

 今、夜なんじゃ?


《この空間は、朝の時刻だな》

 ポケットからヴァンの声がする。

《ま、なんでもありだろ。ここはさっきまでとは違う空間だし》


 異空間……?


 また跳ばされたのかよ!


 アタシはキョロキョロと辺りを見回した。


《ジャンヌー 置いてかれちゃうよー》

 のほほんとした元気な声が聞こえた。

《ほらほらー 鬼の大将はあっちー》

 ポケットから、ピオさんがのりだしている。


 ズンズン先を行く鬼の大将の後を、慌てて追いかけた。


 処々に光差す、幻想的な霧の森の中をアタシは歩み……


 天を摩するばかりの大木の中でも、一際大きな樹が目に入った。


「賢者」

 シュテンの呼びかけに応え、大木の前で座っていた人物が立ち上がる。


 その右肩にちょこんとのってるのは、ちょっぴり縮んだ白クマさん。

 反対側の肩にいる緑色の半透明のクマさんは、バイオロイドのポチね。ぶるんぶるん、ぶよぶよ震えている。


「ジャンヌ……」

 お師匠様のさらっさらの白銀の髪と白銀のローブが、陽の光を浴びて神々しいばかりに輝いている。

 霧の中にたたずむお師匠様は、とても綺麗だ……。


「五人の仲間を増やしたようだな」

 アタシが誰かを仲間にすると、賢者のお師匠様にはたちどころに伝わる。誰を仲間にしたのかまではわからないみたいだけど。


「はい。シュテンとイバラギ、ヨリミツ君とアカネマル君。それから……」

 口をつぐんだ。

 アタシは……カガミ先輩にときめいたんだった。

 こことよく似た森の中で、年老いたカガミ先輩に出逢った。先輩は、白くて透けていて、まるでニコラのようだった。あれは本人ではなくて、決まった台詞を言うだけのメッセンジャーらしいけど。

「カガミ マサタカ先輩に萌えました」


「そうか」

 いつも通りの淡々とした声、ほとんど動かない表情。

「それは心強いな」

 まったく動じていない。千年以上も昔の勇者を仲間にしたって言ったのに……。

「おまえもあらためてご挨拶するがいい」


 お師匠様が横へと退く。

 大木の前には、大きな岩が……いや、石像がある。

 高さは、お師匠様の腰ぐらい。


 霧が邪魔でよく見えない。でも、あれは……


 気がつけば、走っていた。

 走り出したのは、アタシ自身なのか、アタシの内の精霊なのかはわからないけれども。


 早く……そばへ行きたい。気持ちは同じだった。


「触れねえぞ。結界が張られている」

 シュテンを追い越し、アタシはそこへと行き着いた。


 幽玄の木の下で瞑想する老人……そんな作品名がつけられてもおかしくない、石の坐像だ。


 頭には多角形の小さな帽子、ゆったりとした衣装。行者のようなその姿の人に、アタシは出会っている……シュテンからかけられた術の中で。


 膝から力が抜け、アタシはその場に座りこんだ。


 間近にある顔はとても穏やかで……まるで微笑んでいるかのようだ。


《マサタカ様……》

 アタシの内から声が響く。

 言葉にならない思いが、伝わってくる……。


「寿命がつきかけた時、初代は、カガミ家当主の間を築き、自らに石化の魔法をかけた」

 アタシの横には、鬼の大将が立っていた。

「何が何でも自分の手で仇をとりてぇって意地だな。この石化魔法が解けるのは、カガミ マサタカの名を継ぐ者のみ。つまり、今世じゃ、俺ってわけだ」


「生きてるのね」

「ああ。肉体の時を止めて、な。ま、魂の方は眠ってないんだが。話しかけてくることもある」

 え?

「たま〜に、だがな。ここで眠って初代の意思を読み取るのも、カガミ家当主の仕事の内だ。五十一日後に俺らが死霊王とまみえるって未来も、おまえらやヨリミツがその場にいるってことも、初代から教わった」


「お師匠様は、どうしてここに?」

「俺が対話を頼んだんだ。初代が賢者と話したがってるのは、夢でわかったからな。ここに籠もってもらっている」

 へー


「どんな話をしたんです?」

「いや。会話らしいものはない」

 お師匠様の平坦な声。

「この場で何度か眠り、夢を見ただけだ。カガミ マサタカ殿の過去、私が勇者であった時代の体験……白くまばゆく輝く光と、暗く深く淀む闇が、激突する場面も見た」


「そのイメージの応酬が、対話だよ。初代は、もう人間ってぇより、他の生き物に近い。何百年も石になってるせいか、人間と会話しようって思考も無くしちまってるんだ」

 後で対話の内容を心話で伝えてくれと頼んでから、シュテンがこれからどうするかとアタシたちに聞いてくる。

 何日滞在するか、どんな修行をするか、アタシも初代との対話を望むかとか。


「アタシは……」


 滑らかな石の像のようなカガミ先輩。

 先輩に心が囚われ、目が離せない……。


《まずは戻りましょう、百一代目勇者様》

 アタシの内に、ラルムの声が響く。

《ジパング界での戦闘は、あなたの体感時間では一日程度。ですが、その間、食事も睡眠も全くなかったのです。回復魔法にも限界があります。このままでは、脆弱なあなたは倒れてしまう……今は休息をとってください》


「でも……」

 カガミ先輩が目の前に居るのよ?

 あんたが、ずっとず〜っと憧れてた人が……。


「いいの?」

 あんただけ、ここにしばらく残ってもいいのよ?


 それに対し、アタシの内の思念が冷たく答える。

《お伝えしたはずです。今の私には、あなた以上に大切なものなどありません。愚かな行動の果てにあなたが死んでしまわないよう、ずっと側についていると決めたのです。私はあなたの側を離れません》


 そして、少しだけ間をおいてからラルムは続けた。


《同情も下手な気遣いも不快なだけです。余計なことは考えないでください。あなたは、ただ……数十年しかない寿命が少しでも伸びるよう、健康的に暮らしてくれればいい……私の望みはそれだけです》

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