鬼を狩る者
千年先の未来からきた勇者で〜す、なんて子が目の前に居たら……
アタシなら『かわいそうな子なのね……』て、なまあたたかい目で見守ってしまいそう。
けど、先輩はやわらかく微笑んだのだ。何もかもを包み込むような優しい笑顔だ。
「……勇者なのですか、なるほど……」
アタシを見る目も温かい。
「納得しました。あなたは、賢者フェルナン様にそっくりだ。お顔立ちや雰囲気ではなく、存在そのものが……。そう感じたのは、あなたが勇者だからなのですね」
勇者や勇者であった者は、固い絆で結ばれている。出逢えば、『何十年も離れていた家族と再会したような喜び』を感じ、互いに惹かれあってしまうのだ。そのせいで、アタシ、女のアリス先輩やフリフリ先輩を仲間にしちゃったんだけど!
「はじめまして、三十九代目勇者だったカガミ マサタカです」
また、胸がキュンキュンした……
綺麗……
外見もそうだけど、何というかそこに居るだけで空気が変わる感じ。先輩の周りがキラキラ輝いて見えるわ。これがオーラが違うってヤツなのかも。
《確かに、心惹かれる》
内に居る雷の精霊も、同意する。
《かように魔力そのものが美しき人間は、今まで見たことなし。至高の存在なり。誘蛾灯に誘われる虫のごとく精霊が群がるのも、至極当然である》
珍しくベタ誉めだわ。
「しかし、百一代目とは……。不思議な話ですね。私が魔王を倒したのは、おとといなのに。あなたにとっては千年以上昔のことなのですか」
「アタシ、気がついたら転移していたんですけど……ここは?」
先輩の顔に影がさす。
「……私の故郷の都です」
先輩の後ろには、焼け跡となった街が広がっている。焼け焦げた地面、土台だけとなってしまった建物、煤けた石塔……尚もくすぶる煙が処々でのぼっている。
「還って来たら、こうなっていました。まだ火は鎮火しきれていませんし、亡者たちも祓いきれていません」
風にのって聞こえるのは、悲鳴。それに亡者の叫び声だ。
「力を貸していただけますか、ジャンヌさん。一人でも多くの方をお助けしなくては」
アタシは頷いた。
必死になって、『不死鳥の剣』を振るった。アタシにできるのは、不死者を祓うことぐらいだから。
蘇った死体は、動きは遅いし、知能は低い。
群がってくる性質にさえ気をつければ、怖くない敵だ。倒すのは、さほど難しくない。
て、思ってたら、そのうち俊敏な敵が混じってきた。武器や魔法を使う奴もいた。
見た目も、普通のゾンビとは違う。翼があったり、蛇のようにぬらぬらと這ってたり、鼠みたいに小さかったり、牛みたいに大きかったり。まあ、血みどろでグロいのは一緒なんだけど。
《アンデッド・キメラであるな》
死体と死体をかけ合わせてつくられた合成アンデッドだと、レイは言う。
《粗製乱造品よりも高度な技術で作られている》らしい。
でも、アタシの目には、ひどくおぞましく見える。
だって、普通、キメラって創造主にとっての『ボクの考える最強の生き物』じゃない? より強くより美しくを目指して合成され生み出されるものだと、アタシは思ってた。
なのに、このアンデッド・キメラたちからは、創造主の『愛』が感じられない。
頭から足が生えてたり、背中に顔がついてたり、手足が逆になってたり……
思いつきでその辺にあったモノを適当にくっつけた感じ。子供の落書きレベルよ。
こんな姿で彷徨わされるなんて……気の毒すぎる。
頑張って、剣を振るい続けた。
翼の生えた牛キメラを『不死鳥の剣』で燃やした時だった。
ぐにゃりと周囲が歪んだのは。
焼け跡の街も、ゾンビたちも、そこにいたもの全てがうねうねと蠢き、どんどん遠のいてゆく。
代わりに広がってきたのは、闇だ。
目が霞み、めまいを感じる。キーンと耳鳴りもする。
空気が重い……
《空間が作り直されている》
レイの声がやけに大きく聞こえる。
急にパッと明るくなり、視界が回復した。
「これは……」
目を細めながら、辺りを見回した。
真っ暗な闇の中に、幾つも光が灯っている。
現実を切り取ったような立体映像が、ポツンポツンと、あっちこっちに浮かび上がっているのだ。
醜い不死者たちの群れと、襲い来る彼らと戦う軍隊。
復興してゆく都。
その二つを除けば、あとはカガミ先輩の映像だ。
ゆったりとした白い服に冠。衣装を改め、いかにも偉そうな人々の前で膝をついている先輩。
怪我人や病人の治療、都の防衛、巡回、死霊退治、物資の運搬・配布……。精霊たちを駆使し、先輩がこの世界の為に働いている。
なんとなく、エスエフ界で見た監視モニターを思い出した。
宙に浮かぶ映像は、全て違う場面で、同時に動いている。全てを目で追うことはできないけれど、おおまかな情報は伝わってくる。
『カガミ マサタカ物語』だ。
「時間転移して、過去に行ったんだと思ってたのに……」
《違ったな。カガミ マサタカの人生の再現空間に送られたようである。先ほどまでは参加型、今は見物型。『カガミ マサタカ物語』の要約パートを見せられているのである》
迫り来る炎も、ゾンビも、アタシを見て優しく微笑んだ先輩も、本物じゃなかったのか。
《限りなく本物に近い複写であろう。でなければ、納得ゆかぬ。カガミ マサタカに、吾輩は惹かれ、主人は『勇者キュンキュン』していた》
そうね。ただの偽者なら、胸キュンするほど懐かしく思うはずがない。
「……じゃあ、炎もゾンビも複写?」
《うむ。全てのものが三次元的に完璧に再現されていた。精霊の目から見ても、現実と遜色なかったのである》
本物そっくりの幻……
「なら、炎に巻かれてもゾンビに食われても、ほんとに死んでたってこと?」
《なんとも言えぬ。この空間での死が現実の死と直結するか否かは、術師次第であるな。案外、死ねば現実世界に戻れるやもしれん》
だけど、命は一個しかない。試しにちょっとやってみるのもねえ……。
それに……『カガミ マサタカ物語』を最後まで見たい。
いや、見た方がいい気がする。
シュテンに攻撃を仕掛けたら、ここに飛ばされたんだもん。わざわざここに運んだ以上、理由があるはず。
この先の展開は知ってるけど……
時々、強制参加になった。
街の中で、野原で、森で、アタシは不死者と戦った。
《カガミ マサタカが戦った戦場なのであろうな》
しばらく戦うと戦闘場面は終了。立体映像が浮かぶ見物型パートに移行し、またちょっとしたら戦闘。その繰り返しだ。
戦闘に次ぐ戦闘でもバテないのは、見物型パート時に回復魔法が働いているかららしい。
やがて、
《吾輩を宿しての速度にも慣れられた由》
レイから体を返してもらえた。
その後も、索敵し、戦場に合わせた戦法をアドバイスし、敵に囲まれかければ範囲雷魔法で牽制しと、レイがサポートをしてくれたんで、危なげなく戦えた。
二刀流も、だいぶうまくなったと思う!
アタシは『カガミ マサタカ物語』を見続け……
そして、とうとう……
オオエ山での大将との対決となった。
森の中の、とある岩屋の前。
アタシは、カガミ先輩と並んで敵の大将三体と対している。
コウモリの翼と蛇の尻尾、山羊の角と下半身を持つ、顎鬚の老人。
鳥の嘴と翼を持った女。
顔だけが人間の、大槌を肩に担いだ大熊。
三体とも、アンデッド・キメラだ。
「そんな……」
言うべき言葉が見つからないのだろう、先輩は口を閉ざし、三体のボスを苦しそうに見つめる。
このアンデッド・キメラたちの人間の部位は……
「マサタカ様……ほんに大きゅう……いや、ご立派になられた」
大熊が感に堪えない表情で、声を絞り出す。
鳥女は、はらはらと涙を流すばかりだ。わずかに開いた嘴からは、「ピーピーピー」と高音が漏れるだけ……。しゃべれないようだ。
悪魔そっくりな老人が、厳かな声で言う。
「わしらを殺してくれ、マサタカ。創造主の命令のままに災いを撒き散らさねばならぬこの身が口惜しいのだ」
先輩のお祖父さん、お母さん、それから呪術の師匠だった叔父が、敵となって目の前に居るのだ。
十八年ぶりの再会だというのに。
オオエ山で、先輩が彼らと出会うことは知っていた。
ミツハから聞いていたから……。
十才の時に先輩は、次元穴に飲み込まれて勇者世界に流された。
それから十八年。魔王を倒してようやく故郷に還ってみれば、カガミ家は滅びていた。
お屋敷があった場所には大穴が開いているだけで、周囲の草木は毒でも撒かれたかのように枯れ、付近には誰も居なかったのだ。
一族に何があったのかわからないまま先輩は、都を襲う死者たちと戦い続け……敵の本拠地のオオエ山を攻め……
変わり果てた姿の彼らと再会したのだ。
「我らは、ただの傀儡よ。不死者どもの真の王は、『死霊王』。異世界の魔族じゃ」
カガミ家当主だった老人が語る。
「全てはわしの不徳の致すところ。わしが一族を束ねられなんだが為に、死霊王を呼び寄せてしまった」
死霊王を召喚したのは、カガミ一族の者。己が力を強めようと、そいつが勝手に古えの秘術を使ったせいで……
カガミ一族を皆殺しにされ、ジパング界は死霊王に蹂躙されたのだ。
笑いながら人間を殺すわ、殺しちゃ手下にするわ、アンデッド・キメラを遊び感覚でつくるわ、アンデッドたちをいたぶるのが好きだわ……。
話をきくにつけ、死霊王ってのは最低なクズらしい。
「気まぐれな死霊王は、じきにこの世界に厭いた。死霊王にふさわしき地につくり変えておけとわしらに命じ、己が世界に還ってしまったのだ」
創造主が消えた後も、命令は生きる。三人は死者の軍勢の大将として、ずっと人間と戦い続けていたのだ。
「我らは死霊王の傀儡。自決はむろん敵に勝ちを譲ることも、許されておらぬ。わしらと戦い、倒してくれ」
人外の姿になっても、人間であった時の記憶があり、知性も感情もそのままなのだ。
死霊王の配下であり続けることは、苦しかったろう。
「そして、この地で時を待って欲しい。『死霊王』は、いずれ戻って来よう。その時こそ……『カガミ家当主』として、災厄をもたらす『死霊王』を滅ぼしてくれ」
ただ淡々と訴えるその顔には、深い悲哀の情が漂っていた。
「すまぬ、マサタカ。何もかもをおまえに託さねばならぬ。不甲斐なき我らを許してくれ」
老人を、母を、叔父を見渡し、先輩は頷いた。
「……承知しました」
とても穏やかな顔と声。
けれども、目だけは険しい。決意のこめられた鋭い瞳で、先輩はまっすぐに愛する人たちを見つめた。
「お言葉に従います。いずれ現れる災いは、必ずや祓いましょう……どうか安らかにおやすみください」
そこで、先輩の姿がふっと消える。
森の中に居るのはアタシと三体のアンデッド・キメラだけとなった。
《身代わり戦か》
内なる精霊がつぶやく。
本当は、三人は先輩の手で祓われている。
けれども、この物語では、アタシがやらなきゃいけないようだ。
《大将にすえられていたアンデッド・キメラである。今までの敵とは比べようもなく強かろう》
そうね。
でも、やらなきゃ。
力を貸して、レイ。先輩に代わって、あの三人を苦しみから解放してあげましょう。
《繰り返すが、この空間にあるものは現実ではない。複写である。姿形や思考パターンが同じなだけの創造物。倒したところで、魂の解放なぞない》
わかってるわ。
だけど、複写でも、限りなく本物に近い複写なんでしょ? あの三人は苦しみの中にある。助けてあげなきゃ。
困っている人がいたら手をさしのべる、それが勇者ってもんよ。
《あいかわらず……頭の悪いおなごである》
体の内から揶揄の笑いが響く。
《主人よ。状況次第で、体の支配を奪わせていただく。魔王戦を前に死しては、愚昧の至り。生き延びることを第一義に動かれよ》
アタシは、二剣を構えた。
まっさきに動いたのは、大槌を持った熊。先輩の呪術の師匠だった、叔父さんだ。
やたらデカい木槌が振りかざされる。
槌部分がアタシの上半身ぐらいある。子供を抱えて、振り回してる感じだ。
雷精霊から借りた素早さをもってその一撃を避け、前に出た。
太刀の届く間合いへと踏みこむ為に。
* * * * * *
三体のアンデッド・キメラを全て浄化すると、また、ぐにゃりと世界が歪んだ。
飴のように曲がった世界は、ぐねぐねと変形し、違う形をつくってゆく。
そこは、深い深い森の中だった。
苔むした大地に根を下ろしているのは、何百年もの時を重ねてきたと思われる巨木たち。
天を摩するばかりの大木の中でも、一際大きく幽玄な樹。
その立派な木の前に、人がたたずんでいた。
髪も、髭も、顔も、体も、全てが白く半透明。
幽霊だろうか……?
ニコラのように真っ白なその人は、頭に多角形の小さな帽子を被り、白いゆったりとした衣装をまとっている。
深い皺の刻まれた顔が、柔らかい笑みを形作る。
とても穏やかで……何もかもを包み込むような優しい微笑みだった。
その笑顔に……
胸がキュンキュンした……
心の中でリンゴ〜ンと鐘が鳴る。
欠けていたものが、ほんの少し埋まっていく、あの感覚がした。
《あと四十七〜 おっけぇ?》
と、内側から神様の声がした。
――初代カガミ マサタカです――
声ではない声がそう名乗った時、やはり、と思った。
わかっていた、この心に湧き上がっている感情……引き裂かれていた半身と巡り合えたかのような歓喜を感じていたから。
――当代カガミ マサタカに導かれた方。あなたには、私の体験を追体験していただきました。死霊王とこの世界の縁をお伝えすると同時に、不死者と戦う修行を積んでいただきたかったのです――
先輩は柔らかく微笑んでいる……
――大将を倒しここまでたどり着けたあなたは、一騎当千の武人です。どうか力を貸してください。この世界を、魔族のほしいままにはさせてはいけない……共に死霊王を倒しましょう――
「先輩、アタシは、」
と、言いかけた時、内から声がした。
無駄だ、と。
《アレは、決められた台詞を伝えるだけのメッセンジャーである。会話の応酬はできぬ》
――あなた方はここで長い間戦い続けたように感じていらっしゃるでしょう。しかし、現実では瞬きの間しか流れていません――
先輩の姿のメッセンジャーがどんな魔法をかけたのかを説明する。
どうも……
魔法で眠らされ、精神だけがこの世界に取り込まれたようだ。
精神だけの存在でも、体があって、服もいつも通り。武器もちゃんと白太刀と不死鳥の剣を持っている。なにもかもが現実通り再現されるのは、ラルムの水鏡と一緒。
だけど! こっちは更に! 目覚めても、瞬きの間しか経ってないらしい!
《先ほどもお伝えした。異空間の時の流れは術師次第である。早くも遅くもできる》
レイの解説が入る。
《時の流れぬ空間で、ゾンビと戦い続ける……この中に籠もれれば、修行三昧であるな》
おおお! 確かに!
《術による負荷もある。無限とまではいかぬであろうが、鬼の大将に頼んでみたいところだ。修行を重ねれば、脆弱な主人とて多少は強くなれよう》
ついでに言うと、死んでも大丈夫だったようだ。
ある程度、時が巻き戻り、もう一回やり直しになるだけ。しかも、敵の数やら耐久力やらが減っていくという。
《オートセーブ機能搭載ゲームであるな。負けて死亡すると、セーブ地点に巻き戻され、ゲーム難易度が下がる。実に、間口の広い親切仕様である》
プレイヤーが死にまくってれば、大将もどんどん弱体化。そのうち、一撃で倒せるHPになるみたい。
ちえっ。死なないように頑張ったのに。
――あなたが当代カガミ マサタカと共に歩んでくださることを祈ります。どうぞお元気で――
強い光が目を射し、慌てて瞼を閉じた。
くらくらっと体が傾ぎ、ガキン! と金属どうしがぶつかる硬い音が耳を貫く。
薄く開けた開いた目に、派手に飛び散る火花が見えた。巨大な武器が打ち合っているのだ。
むわっとした熱気と、強い陽射しを感じた。
大小の岩と砂利が転がる岩場だ。
そこで、赤鬼と仲間達が戦っている。
還って来たのか……
「ジャンヌさん」
左腕を引かれた。
アタシが居た所を、風が薙ぐ。巨大な棍棒が通り過ぎたのだ。大熊の大槌よりも、もっと大きい。表面に鋲のついた凶悪な武器だ。
アタシを片腕に抱いているのは、シャルル様だ。
すばやく翻ってきた棍棒を避けつつ、魔法騎士が呪文を詠唱する。
「……我が魔力が、願わくば、美しきあなたの盾とならんことを。光輝なる帳」
光の壁が、鬼の金棒の一撃をはじき返す。
「勇者のねーちゃん。あんたも、アレ見たんだろ?」
すぐ側に、リュカが近づいていた。
「『初代カガミ マサタカの記憶』ってヤツ」
「リュカも見たの?」
盗賊少年が、頷く。
「ああ。鬼の大将に斬りかかったら、ゾンビだらけの街に飛ばされたよ」
「私もです」と、シャルル様。
「三十九代目勇者カガミ マサタカにもお会いしました。慈悲深く高貴で、伝説にたがわぬ凄まじい能力者だった……テオにも見せてあげたかったですね」
フッとシャルル様が微笑まれる。
そんな会話を交わしている間も、戦いは続いている。
赤鬼に、アランとヨリミツ君が斬りかかっている。
シャルル様の築いた光の壁が、薄くなりかけている。結界魔法は間もなく解ける。
「たぶん……全員がアレを見て、追体験ってヤツを終えなきゃ、賭けは終わんねー 鬼の大将のもとへ行き着いたってことになんねーんだと思う」
リュカが背後を振りかえる。アタシもつられて振り返った。
「あとは、あいつらだけだ」
姫さまを背負ったアカネマル君、そしてラルム。
姫さまはまだ水鏡の中で、修行中っぽい。
『カガミ マサタカの子孫にふさわしい人物』に短時間で育てあげてみせると、ラルムは言っていた。
彼らが参戦できるまでシュテンと戦い続け……その後も戦い続ける。
当代カガミ マサタカ――シュテン童子が、アタシたちの戦いっぷりに満足しない限り、六つ目の賭けは終わらない……そんな気がする。




