鬼に向かいし者
魔王が目覚めるのは五十一日後……
その言葉が、頭の中で何度も反響する。
アタシは五日もイバラギの小空間で過ごしてしまったのか。
あと四十八人も仲間にしなきゃいけないのに。
シュテンの横に浮かぶ白髪鬼を睨みつけた。
「あんた、お師匠様たちもさらったの?」
すかした男は答えない。
嫌な顔で笑って、肩をすくめるだけだ。
ほんっとムカつく!
でも……
異空間の中で、アタシは大事なことを知った。カガミ マサタカ先輩の生涯、オオエ山の鬼のこと、魔族『死霊王』のこと。
仲間も増やせてる。アカネマル君とヨリミツ君、おまけでイバラギ。
キンニク バカ先輩とラルムのおかげで、戦い方のコツや勇者としての心構えをちょっと学べた気もする。
だから、時を無駄に費やしたわけじゃない。
必要な時間だったと、思おう。
魔王戦当日を除く五十日。それで、たったの四十八人にキュンキュンするだけ。余裕あるわ。アタシなら、ちょ〜楽勝よ!
お師匠様たちがさらわれてるんだとしても問題ない。ソルたちとの契約の証と、サイン帳と一緒に取り返す。
シュテン童子をぶっとばした後、次の賭けにも勝てばいいだけよ。
アタシは、勝つ!
「勇者様、倒すのはあの赤い奴一体ですよね?」
アランからの問い。蛮族戦士はシュテンに剣を向けた姿勢のまま動こうともしない。何かあった時に真っ先に戦えるようにだろう。
「だと思うわ」
「シュテン様だけじゃ。我は見届け役よ」
シュテンの隣の白髪鬼が、薄く笑う。
「次をもって、勇者との五つの賭けは終わりであったな。最後の賭けは、シュテン様のもとまで行き着けるか否かだ。全員で行け。誰ぞ一人でもこぼれたら、貴様らの負けとする」
は?
「行くだけ? 戦わなくてもいいの?」
そんな簡単な。
「いいぞ。戦わずとも側に寄れるのであれば、な」
そういうことか……。
アタシは白髪鬼から赤鬼へと視線を動かした。
シュテンは巨体だ。巨漢なアランよりもずっと。でもって、背丈と同じくらいの武器を持ち、楽々と振り回す怪力の持ち主。
のこのこ近づいて行ったら、鋲付きの鉄棒で殴られてジ・エンドな気がひしひしと……。
しかも、『全員で、シュテンのもとへ行き着く』のが勝利条件だ。
その『全員』には、当然……
アタシは、チラッと背後を振り返った。
この世界の皇族の姫君……貴い血を引くお方として、ヨリミツ君やアカネマル君から守られ続けていた姫さまは、ずっと変わらぬ姿勢を貫いている。
袖で顔を隠し、小さく身を縮め、かたくなに現実から目をそむけている。恐ろしいものなど見たくない、と言うように。
鬼に怯えきっている彼女も、シュテンの側まで連れて行かなければいけないわけだ。
「参じた者から順に、シュテン様の相手を務めてもらう。全員がシュテン様のもとへ行き着ければ、新たな……いや、ほんに最後の賭けとなる」
一拍おいてから、イバラギは言った。
「シュテン様と戦え。勇者が倒されたら、貴様らの負け。シュテン様を倒せたら、貴様らの勝ちじゃ。勇者の仲間全員を返してやろう」
「『倒された』の定義は?」
シャルル様が白髪鬼に問う。
「一度でも戦闘不能状態に陥れば終わりかね? それとも、ジャンヌさんを治癒しても構わないのかい?」
「いずれかが、死ぬるか、戦意を失い降伏するか……それをもって賭けは終わらせよう」
降伏ねえ……
アタシは赤鬼を見上げた。
恐ろしい形相の赤鬼は、はちきれんばかりの逞しい体だ。戦意が漲っている。
武器を無くせば素手で、腕が折れれば蹴りで、足が折れてもあの牙で挑んできそうな相手だ。この手のタイプは、死んでも降参なんてしない。
「治癒魔法は好きなだけ、かけるがいい。だが、癒さぬ方が慈悲じゃぞ。挑んでも挑んでもかなわず、何度も何度も勇者は地を舐めることとなろうからな」
白髪鬼が声をあげて笑いやがる。
「ひとつ聞きたい」
アタシはシュテンを見つめ続けた。
「……あんたは、何のために戦うの? アタシと戦いたいってイバラギに言ったんですって?」
「おまえが、当代の勇者だからさ」
鬼の大将がのんびりと答える。
「初代カガミ マサタカは、えれぇ強い男だったそうだ。精霊どもがよぉ、初代と本気でやり合ったら万に一つも俺に勝ち目がないなんてぬかしやがるからよぉ、ずっと俺ぁ、」
赤鬼がにぃぃっと笑う。
「いっぺん、勇者とやってみたかったんだ」
「アタシは、カガミ先輩じゃない」
この台詞、前にも言った。既視感を覚えながら、言った。
「カガミ先輩は、歴代勇者の中でも一、二を争う実力派よ」
七代目ヤマダ ホーリーナイトことサクライ マサタカ先輩。
天界で修行した、二十四代目フランシス先輩。
それから、カガミ先輩。
この三人がたぶん、ちょ〜強い勇者のベスト3よ(順不同!)。
「いっしょにすると、がっかりするわよ」
「楽しくやれりゃ何でもいいよ、百一代目」
赤鬼がアタシへと顎をしゃくる。
「俺も聞きたい。おまえ、そのクズ弓で俺とやる気か?」
「……クズ弓?」
聞き捨てならん! と、ヨリミツ君の全身がピクリと動く。
いやいやいやいや、クズ弓じゃないから!
「弓は超優秀よ!」
ヨリミツ君ちの家宝だもん!
ヨリミツ君が使った時には、そりゃあもう凄まじい破壊力を発揮した。イバラギの異空間を揺るがし、かすめるだけでラルムの存在を削った。
それに比べ、アタシの攻撃のショボかったこと。ヨリミツ君には叩き落されたし、シュテンには届きもしなかった……。
「アタシの腕がへっぽこなだけよ」
「その腰のもんは飾りか?」
赤鬼は、アタシの『不死鳥の剣』を見ていた。
華美な装飾のついた片手剣は、儀礼用の剣のように見える。
「違うわ。でも、今は使えないの」
この剣は、幻想世界のドワーフ王からの贈り物だ。軽くて持ちやすくって、炎が出せて、ポッキリ折れても炎にくべれば甦る、素敵な魔法剣だ。
けれども、残念なことに、頑丈じゃない。無茶使いするなって、ドワーフの王様からも忠告されている。
対するシュテンの武器は、超巨大なすりこぎ状の棍棒。表面にトゲトゲ鋲がついたそれは、アタシの腰よりもぶっとく、シュテンの身長ほどに巨大だ。
やってみるまでもない。不死鳥の剣じゃ、まともに戦えない。
「ふぅん」
赤鬼のぎょろりとした眼が、アタシを上から下まで見つめ、それから宙に浮かぶ白髪鬼へと向かった。
「イバラギ」
「はッ」
「その腰のもん、あの女に貸してやんな」
「は?」
「おめえの武器を、あの女に渡せ」
へ?
「しかし、これは」
「言ったろ? 俺ぁ、勇者と楽しく遊びてぇんだ。武器のない女を潰したって、面白くも何ともねえよ」
「ですが、すでに、」
「貸せ」
イバラギは不平そうに主人を見つめ、大きく息を吐いた。
でもって、腰に吊るしていた白い太刀を外し始める。
「……ここまでせずとも」と、ブツブツ文句を言いながら。
あら、まあ。
シャルル様たち三人を返してくれた上に、剣まで貸してくれるわけ?
「おめえに武器やるぐらいじゃ、まだまだ釣り合いとれねえがな。一方的に勝ってもつまんねえからよぉ」
鬼の大将が、からからと笑う。
確かに、こいつは強い。
さっきもヨリミツ君を軽くあしらっていた。
きゅっと唇を噛み締めた。
「装備しても、大丈夫? 呪われたりしない?」
いちおう、確認しておく。
外せなくなるとか。狂乱状態になるとか。生命力吸われるとか。その手の呪われた武器の話、勇者の書で嫌ってほど読んだわ!
「心配めさるな、じあんぬ殿。イバラギめが腰に佩びている太刀は、八幡大弓と共に我が家から盗まれた兄弟刀の一振り」
ヨリミツ君は、アタシと向かい合っていた。
「ミナモト家が家宝『ヒゲキリ』。我が父ミツナカが武神八幡に祈願し、神示によりを鍛えさせた宝刀。それがしの『ヒザマル』とは、二振一具の兄弟刀にござる」
柄も鞘も真っ黒なヨリミツ君の太刀に対し、イバラギの太刀は真っ白。
漆黒と純白。
2対ワンセットっぽい配色だ。
「んじゃ、あれも神聖武器?」
厳めしい兜が、重々しく頷く。
「さよう。神魔すら斬る太刀。真なる侍にしか振るえぬ、武器じゃ。侍にあらずば、鞘から抜くこともできぬと言われておる」
「侍専用の武器なの? じゃ、アタシは使えないわ」
「何を言うやら」
ヨリミツ君が静かに笑う。
「じあんぬ殿は異世界のもののふにして、我が妻。必ず、『ヒゲキリ』も応える」
言い切るし!
てか、妻じゃないっての!
「シュテン様のご所望じゃ、使うがいい」
アタシの前の宙に、鞘におさまった白太刀が現れる。
不死鳥の剣よりもずっと大ぶりで、反りのある彎刀だ。
鞘が変わっている。鞘の鍔の近くと真ん中あたりに金具がついていて、赤い紐を通しているのだ。柄や鞘が真っ白で金具が銀なので、紐の鮮やかさがよく目立つ。
《持ちましょう》
ラルムは答えも聞かず、大弓と矢を持ってった。アタシの手があく。
「じあんぬ殿、抜くがいい」
さっきまで背を向けてたヨリミツ君は、アタシと向かい合い、じっと家宝の白太刀を見つめていた。
太刀は、アタシの世界の剣とは違う。
触れたことすらない。
両刃じゃなくて、片刃。振り方や角度がなってなければ何も斬れないって、勇者の書で読んだことがある。
扱いが難しそうな、初めての武器だ。
でも……
「借りるしかねーだろ。あんた、弓じゃ、戦力になんねーもん」
……リュカの言う通りだ。
「ありがとう、借りるわ」
鬼達にそう断ってから、
「家宝の太刀、大事に使うわね」
ヨリミツ君に会釈をし、アタシは宙に浮かぶ白太刀に手を伸ばした。
左手で鞘を右手で柄を握り、持つ。
不死鳥の剣に比べれば、重い。けど、大きさのわりには、軽い方かも。鋼の片手剣ぐらい?
深呼吸。
ぐっと両腕に力を入れてから、鍔を押し上げ、引いてみる。
太刀は、スーッと簡単に鞘から抜けた。
現れたのは、綺麗な太刀。刃は冴えざえと美しく、青みを帯びた輝きを放っている。
《斬れ》
頭の中に、誰かの声が響く。
《儂をなまくらとするか、剛のものにするか、おぬしの心一つ。斬る、とだけ望め。強靭な意志に、斬れぬものなどない》
すさまじい勢いで何かが、アタシの中を一気に駆け抜ける。
右腕から頭のてっぺん足のつま先まで勢いよく走り、それは、ふっと消えた。
アタシの全身に、軽い痺れを残して。
「それでこそ、我が妻よ」
ヨリミツ君が満足そうに頷き、口角で笑みをつくる。
「心置きなく使うがいい」
ちょっとドキンとした。雄々しくって、清々しい笑顔なんだもん。
「これでちったぁ面白くなりそうだな」
シュテンが楽しそうに、大口を開けて笑う。
「いつでも、来な。遊んでやるぜ」
宙に浮かんでたイバラギは、鬼の大将に頭を下げてから姿を消した。
賭け開始だ。
シュテンは、その場から動かない。
武器を右手だけで持ち、左手で印を結んで何かを小声で唱えてはいるけれど。
迎撃用の魔法でも仕込んでいるんだろうか。
赤鬼とアタシ達との距離は、二十メートルちょっとてところ。
走れば数秒。
ヨリミツ君なら一回のジャンプで、シュテンに届く。
移動魔法なら、一瞬で渡れる距離だ。ラルムなら、空気中の水を使って、パッと飛べるはずだけど……
《移動魔法は使えません。妨害されています》との答え。まあ、それは、そうか。
アタシは仲間たちを見渡した。
「バラけて行く?」
アタシの問いに、アランが首を横に振る。
「いえ。まず、俺が行きます」
赤毛の戦士は、両手剣を構えた姿勢のままだ。逞しい背をアタシに見せている。
「戦況をみつつ、みなさんは後からいらしてください」
鬼の大将を一人で押さえる気か……。
「何を言う。この戦の大将は、じあんぬ殿。なれば、一番槍にふさわしきは夫であるそれがしであろうが」
赤い大鎧のヨリミツ君が、アランよりもずいっと前に出る。
「下がれ、下郎」
「あ、いや、しかし……」
アランが困ったように語尾を濁す。鎧兜のおかげでちょっぴり盛り上がっているものの、ヨリミツ君の身長はアタシとほぼ変わりない。鎧からのぞかせる顔も、若々しいというか、子供っぽいというか。アラン的には『では、先陣はお譲りします』とは言えないわよね。ヨリミツ君がどれほど強いか知らないし。
「さすが、ジパング界の侍。勇ましいことだ」
そう言って、シャルル様は快活に笑った。
「だが、一番手が誰かなど、瑣末なことだよ。レディの御身をお守りするのが、騎士たる者の務め。勇者様とあちらの姫君。二人のおいでの前に、道が切り開かれていればそれでいいのではないかね?」
ヨリミツ君が、ビクリと身を震わせる。
「障害物を取り払えればいいのだ。手柄を奪い合うのではなく、レディ達の為に共に戦おうではないか」
「……貴様も先陣争いに加わる気か?」
シャルル様が、肩をすくめる。
「私は、魔法騎士だ。私なりのやり方でに戦わせてもらうよ」
爽やかに微笑みながら、シャルル様が呪文を詠唱する。
「……我が魔力が、願わくば、この者にあらゆる加護を与えんことを。戦場の鎧」
それは、ヨリミツ君への支援魔法だった。
「私の編み出した新魔法だ。君の、力強さ、防御力、素早さ、運等々、あらゆるパラメーターは上昇した……一時的なことではあるがね」
「奇怪な……妖術か?」
ヨリミツ君は渋い顔だ。
「戦勝の為の言祝ぎだよ」
シャルル様は気にせず、同じ強化魔法をアランにかける。
「しばし待ってくれたまえ。はやって戦火を切ってしまったが為に、戦が総崩れとなる事もある。まずは、全員の戦支度を整えよう」
「野郎どもで赤鬼に揺さぶりをかける。で、敵に隙ができたら姫さまにも移動してもらう。……作戦はそれでいいじゃん」
生意気盗賊が、背後をみやる。
「けど、あの女、一人じゃ歩けねえだろ?」
「恐れながら、オレが背に負わせていただきます」
そう言いながら、アカネマル君は姫さまから離れ、アタシのもとへスススと近づいて来た。
アタシが太刀の鞘を持ちっぱなしだったんで、佩き方を教えに来てくれたようだ。
「鞘の佩緒を、帯につなぎ、左腰に携行するのが作法です」
鞘に結ばれている赤紐を腰にひっかけて吊るすのが、正しいみたい。だけど、アタシの左腰には不死鳥の剣がある。帯剣用のベルトで、しっかり腰に固定されている。二本同時は無理でしょ。
と思ったら、左肩から紐をかけられ、あれよあれよという間に太刀の鞘を背負われてしまった。左肩の方に鞘の上部が、右腰側に切っ先がくるような背負い方。
きちんと装備させてくれようって心づかいはありがたいものの……アタシ、納刀できないと思う。この白い太刀、反っくり返ってるし、けっこう長いし。初納刀を背中の鞘にしろとか、無茶ぶり。
「ラルム。姫さまの護衛をお願い。彼女を中心に水結界を張って」
《あなたから離れ、あの姫を護衛しろ、と?》
「そうよ」
ラルムは不満そうだけど、ここは譲れない。
シュテンのもとへ全員で辿り付けなきゃ、負けになる。
なら、もっとも弱い方の守りを手厚くすべきでしょ?
《その考えには賛同できません。現状あの姫が無能な個体であるのは事実ですが、》
ちょっ! 悪口はやめなさい! ヨリミツ君やシャルル様たちが、こっちに注目しだしたわよ!
《彼女はカガミ マサタカ様の子孫の一人です。育てれば『魔族との戦い』に駒として使える、それ故さらったのだと、ミツハは言っていました》
「そうね、覚えてるわ」
《彼女も『鬼』なのです。能力に目覚めれば、そこの忍者少年や赤侍以上に強くなるかもしれません。イバラギやシュテンを越える可能性とてあります。甘やかした庇護は、彼女の為にならないと思います。成長を阻害するだけでは?》
「鬼……?」
いぶかしそうなヨリミツ君やシャルル様たちに、慌てて手を振った。
「話せば長くなっちゃうので! 詳しいことはあとで! ただ、姫さまは血筋がいいからすっごい能力があるかもしれないって、アタシの水精霊は言ってるの」
「………」
ヨリミツ君はラルムをジロリと睨みつけてから、シュテンへと顔を戻した。
「ともかく! ラルム、今は姫さまを守って! 傷つけないよう、しっかり護衛してちょうだい!」
《であるのであれば、吾輩が主人の護衛役であるな》
雷精霊が、ずけずけと言う。
《しもべ無しであれば、主人の実力は下から二番目、良くて三番目であるゆえ。弱き個体の守りを手厚くする》
ちょっ!
下から二番目はないでしょ!
アタシ、勇者なのよ! 十年間、賢者の館に籠もって、ひたすら修行を積んできたんだから!
盗賊よりは強いわよ!……たぶん。
下から三番目って言って……。
《主人よ、同化する》
紫の髪の精霊はスッと姿を消し、アタシの内に沁みこんでくる。
《雷は電光石火を好む。吾輩が同化したことで、主人の神経細胞の情報伝達が活性化した。端的に言えば、敏捷性が向上したのである》
ほほう。
《拳や剣に雷を付与する事も可能。また、主人と同化しながら吾輩は雷精霊本来の力も使える。雷撃、幻影、分身、雷結界等。なれど、吾輩には人体治癒の能力はなし。留意されたし。痛覚を麻痺させて痛みを忘れさせることは可能ではあるが、なるべく負傷せぬことをお勧めする》
「わかったわ」
精霊の目を借りて、改めて赤鬼を見つめた。
アランよりも大きい巨体。
天に向かって逆立つ赤い髪。
筋肉の塊のような体は皮膚が赤く、目はぎょろりとし、牙をのぞかせる口は大きい。
けれども、何よりも恐ろしいのは……業火のような炎だ。
シュテンの周りは、真っ赤だ。
もの凄い勢いで舞い上がる火焔をまとわりつかせ、シュテン童子こそが最も激しく燃え盛っている。
内におさまりきれぬ炎を全身から吹き上げ、何もかもを燃やし尽くさんとしている……
炎使い。
炎の申し子。
そんな言葉が、心に浮かんだ。
《周囲の火焔が、配下の炎精霊である。確認できるだけで、十七体。もっと従えておるやもしれぬ》
炎精霊が十七体……
《シュテンに近づこうとすれば、配下の者とて黙ってはおるまい。戦闘は避けられぬであろう》
だけど、全員で鬼のもとへ行かなきゃ。
で、戦って、あいつを倒すか、『参った』をさせなきゃ、みんなを取り戻せない。
アタシは白太刀の柄を握りしめた。