猛獣使い(ビーストテイマー)
獣使いジュネさんは、スターらしい。
どんぐらいスターかというと、名前を聞いただけでクロードが興奮するほど。
獣使いはモンスターを使役して、警備・宅配・工事・ショーなどをこなす。
ジュネさんは、獣ショーの花形スターのようだ。
ルネさんの時にはギャンギャンうるさかったテオも、ジュネさんの仲間入りには反対しなかった。
なんでだろ、スターのオーラかしら?
「ジュネは、俺のダチでね」
ドロ様が男くさい声で、しぶく笑う。
「昔っから、悩みを聞いてやってるんだ」
ふーん、売れっ子スターでも悩みがあるのか……
今日は春の定期公演の、楽日。
われんばかりの歓声と拍手が聞こえる。でも目的地は、ショー会場のテントじゃない。兄さまに抱っこされたアタシはその近くの建物……獣部屋へと向かった。
獣ショーが終わるまで、そこで待つのだ。
アタシ達以外は誰もいないんで、目隠しは外していい事になった。
一定の間隔で檻やら干し草の山やら木箱が並んでて倉庫みたいだった。
闖入者のアタシたちを威嚇して、モンスター達がガルガル吠える。
大暴れする奴はいなかった。けど、ムッとするほど濃い生き物の匂いに満ちた部屋に居るのは、マンティコアやら双頭犬やら大蛇やらで……。いかにも獰猛そうなモンスターばっかだ。
兄さまはアタシをかばうように前に立ち塞がり、ビビリの幼馴染はアタシの背中に張りついた。
しばらくして、モンスター達のうなり声がピタッと止んだ。
どうしたのかしらと思ったら、扉が開いて……
それで……
お美しいジュネさんが、颯爽と現れたのだ……
胸がキュンキュンした。
心の中でリンゴ〜ンと鐘が鳴る。
欠けていたものが、ほんの少し埋まっていく、あの感覚がした。
《あと九十一〜 おっけぇ?》
と、内側から神様の声がした。
はっとするほど美しい顔が、目の前にあった。
衣装より漏れる、赤みの少ないさらさらのブロンド。
澄みきったグレーの瞳。眉も鼻も唇も頬も完璧……肉を持った人間とは思えない……神の采配を感じさせる美貌って、きっとこの人の為にある言葉だわ……
しかも…… 何というか、派手!
キラッキラでカラフルな、レインボウの羽根!
羽根だらけのデカい頭飾りと背負子、肩飾りも手飾りも足飾りも羽根でいっぱいだ。極楽鳥というべきか、羽を広げた孔雀というべきか!
けれどもご衣装自体はぐっと、シックでシンプル! 肩出しで、スリットの入ったセクシーな黒のイブニングドレス……でもって黒のハイヒール。
そう……ドレスに、ハイヒールなのよぉぉ!
こぉんなにお美しいのにぃ、男なのよぉぉ!
きゃーーー! すてきぃぃーーー! ジュネさまぁぁっ!!!
「落ち着くのだ、ジャンヌ」
「おい! ジャンヌ! しっかりしろ、俺の声が聞こえるか?」
「ジャンヌぅぅ〜 顔がトマトだよぉぉ」
は。
やだ、アタシ、ボーッとしてた?
なんか、ちょっとめまいがする……どんだけ、ゆさゆさ揺さぶられてたのかしら?
「あたしを仲間にしてくださったの、ジャンヌちゃん?」
魅惑の赤い唇が笑みをつくる……
『あたし』だなんて……似合ぅ!
こ、この人、声まで男っぽくない。ハスキー・ボイスの女性と話してるみたい。
「嬉しいわ。よろしくね」
差し出された右手は、意外なほど大きい。骨が太いせいね、指は太い。だけど、骨ばっていて、長くって……
ス・テ・キ……
胸がキュンキュンした……
ボーッとして、頭が真っ白……
何か、又、体を揺さぶられているような……
「ケ! オカマじゃん!」と、毒づいているのはリュカ……?
「服装倒錯と派手なパフォーマンスで、ご婦人方と一部好事家の間で人気の獣使いです。師に次ぐ実力で、獣ショーの花形、大型獣も意のままに操れるそうですね」……今のはテオ?
「ご覧になった事があるんですか?」……尋ねたのはアラン?
「まさか。学生たちや母が信奉者なだけです。低俗な見世物を観る暇があるのなら、私は一冊でも多くの書を読みます。時間は有限なのです」……ああ、この憎たらしいしゃべりはテオだ。
「おや。そいつはお気の毒に。ジュネのショーは超派手派手に華やかだが、うわっつらだけじゃあねえ。ユーモアとスリルに満ちた大パフォーマンスだ。コミカルでもあり、荒々しくもあり、スピード感も圧倒的だ。小物のネズミから大物のヒュドラまで意のままに操る。見なきゃ、損だぜ」と、男くさくドロ様。
え〜
「ヒュドラ? おっきな蛇のモンスターよね? お二階ぐらいの高さに九つも頭があるっていうアレでしょ? そんなでっかいのも操れるの? 凄いわ!」
なら、魔王に大ダメージは確実そう。
てか、この極楽鳥のようにお美しい獣使い様が、モンスターに火の輪くぐりとか玉乗りをさせちゃうわけ?
でっかいヒュドラには何させるの?
「やん! 見たい! 見たい! 見たい!」
「ジャンヌ……」
お師匠様がポンとアタシの肩を叩く。いつも通りの無表情。すみれ色の瞳が、真っ直ぐにアタシを見つめる。
「すまぬな……おまえは勇者なのだ」
う。
アタシは、がくっとうなだれた。
そうでした……
人がいっぱい居る所じゃ、目隠ししなきゃいけないんでした……
キュンキュン事故になっちゃいけないから。
兄さまもクロードもポンポンと慰めてくれる。
だけど、だけど、だけど……
ふぃ〜ん……
「ん〜 かわいそう。そこまでションボリされたら、一肌脱いであげたくなっちゃうわね」
美女にしか見えない獣使いさんが、色っぽく微笑む。
「ショーが無理なら、生であたしのテクニックを見てみる?」
え?
「双頭犬はどう? 右頭がオルちゃん、左頭がロスちゃん。あたしとオルちゃん達の愛の絆……見たい?」
「見たいです!」即答した。
「うふふ。素直でかわいい♪ 気に入ったわ」
ジュネさんの体がくねっと動く。
うぉ!
スリットからチラチラと脚が! もちろん、無駄毛なんかのない、すべすべのさらさらのすらりとした脚で……セクシー。
歩く度に、きらびやかでゴージャスな羽根飾りがわさわさ揺れる。
「お待ちなさい! まさか双頭犬を檻から出す気ではないでしょうね?」
檻の前のジュネさんに、学者様が叫ぶ。
「そちらの方は今世の唯一無二の存在、勇者なのですよ? もしもの事があったら、この世は滅びるのです。獰猛なモンスターを放つなど、この私が許しません」
「あら〜 もしもなんて、万に一つもないわよ。オルちゃん達は、あたしに忠実なかわいいしもべですもの」
「とかく『もしもなどない』という過信が、悲劇的な大事故を招くのです。人為的に事故の確率を高める愚昧な行為は慎むべきです」
テオ〜
たしかに、双頭犬は牛並に大きいわよ。鋭い牙と大口で大岩だってボリボリ砕いちゃう、獰猛なモンスターではある。
だけど、獣使い様が大丈夫だって言ってるの! 大丈夫に決まってるじゃない!
「……さしずめ、勇者さまをお守りする騎士ってとこ? 四角四面で、かわいいわ♪」
ジュネさんが振り返り、艶っぽく微笑み、ウィンクする。
「ジュネ。学者先生が気に入ったのかい?」
ドロ様の問いに、ジュネさんの笑みが一層妖艶なものとなる。
「うふふ。そうね」
「だと思った。あんたのタイプだよな」
テオが、眉間に皺を寄せる。メガネの奥の瞳に侮蔑の感情を浮かべながら。
「くだらない冗談はおやめなさい。品性を疑いますよ」
「あら〜 冗談じゃないわ」
ジュネさんが、うふふと笑う。
「誇り高くて真面目なエリート。華奢な顎のラインや、細い喉がそそるわ。あなた、素敵よ。……時間をかけてじっくりと調教……いえ、かわいがってあげたくなっちゃうタイプだわ」
「な?」
「あたしと新しい世界へ旅立ってみない?」
「な、なにを、たわけた事を。私は男で、そんな格好でもあなたも」
「あら〜 美に性別も種族もないわ」
ジュネさんの笑みに凄味が増す。絶世の美女のようなお顔は、セクシーさを通り越している。危険というか、エロティックというか……
「あたし、美しいものなら全て愛せるの」
……両刀?
「………」
学者様が固まる。
「男でも女でも獣でも、ね……」
え?
獣も、おっけぇ?
けもの、が、あいて、でも、りょう、とう?
え〜〜〜〜〜?
う、うぅぅ……どーなんだろ、それは……
も、もちろん、プラトニックな意味での、愛です、よ、ね? ジュネさん……?
ジュネさんが、獲物を弄ぶ猫のような顔で微笑む……
「………」
学者様は固まったままだ。けど、その顔からは血の気が下がっている。
でもって、獣使い様から投げキスを贈られた途端、ザザーッ! とそのままの姿勢で後退していった。
リュカがゲラゲラとお腹をかかえて笑う。
ジュネさんが、楽しそうに仲間達を見渡す。
お師匠様、兄さま、クロード、アラン、リュカ、ドロ様、テオ。
「超豪華PTね……」
一人一人を舐めるように眺めてから、『あなたも、かわいいわよ』とアタシに優しく微笑みかけた。
「じゃ、オルちゃん達を檻から出すわね〜」
「お待ちなさい! 勇者様にモンスターを近づけてはいけません! 許さないと言ったではありませんか!」
テオ……
アランの背に隠れて、命令しても威厳ないわよ。
まあ、そこが安全地帯ってのもわかるけど。裸蛮族な格好なわりに、中身はまともで礼儀正しい傭兵だもんね。
「ジャンヌの身が心配ならば、防御の技法を使ってはどうか?」
お師匠様が淡々と言う。
「おまえとて、獣使いの力を目の当たりにした事はないのだろう? ジャンヌと共に安全な防御結界に籠り、モンスターを操る様を観察してはどうか?」
「しかし、賢者様。私の絶対防御の法はあらゆる攻撃を防ぐ完璧な防御結界を築きますが、効果時間はさほど長くなく、五分程度しか」
「防御は任せろ」
ズン! って感じに、兄さまがアタシの前に進み出る。
「万が一、獰猛なモンスターが暴れたら、この俺が鎮めてやる。ジャンヌは俺が守る」
ボキボキっと指を鳴らし、兄さまがフフフと笑う。何か、嬉しそう。
「テオドール様。効果が解ける前に、結界を張り直してはいかがですか?」
ドン! って感じに、蛮族戦士が兄さまと並び立つ。
「大丈夫です。万が一の時は、ジョゼフ様とこの俺が、あの獰猛なモンスターを取り押さえますから」
両腕を体の前で交差させ、アランが脇の下でカッポンカッポンと音を立てる。やる気満々。
てか、二人とも、双頭犬に暴れてもらいたそう……
檻の中の双頭犬は、二つの頭を垂らして服従ポーズ。『やだ、この人たち……こわい』て感じに、クゥゥ〜ンと小さく鼻を鳴らしている。
「ボ、ボクだって、男だもん。ジャ……ジャンヌを守るよ」
魔術師の杖を両手で持ち、幼馴染はぶるぶる震えている。弱っちいくせに、もう〜〜〜〜
「……ありがとう、クロード。守ってね。アタシのそばを離れちゃイヤよ? 結界の中までついて来てね」
「わかった! 何があっても、ボクはジャンヌといっしょだよ!」
うん……これで一安心。
てなわけで、獣部屋でジュネさんの特別ショーを見せてもらう事になった。
テオが突然ぶつぶつと何かをつぶやき出し、手足や首を振ったり、腰をひねったり、足の上げ下げを始めた時には、突然、壊れちゃった? とか思ったけど……
「…… 様と子と聖霊の御力によりて、奇跡を与え給え。絶対防御の法!」
と叫んだので、わかった。
古代技法発動の為の所作をしてたのか。
技法は魔法じゃないから、魔力の無い人でも使える。
でも、呪文は長いし、それに合わせて正しい順にポーズをとらなきゃいけない。息つぎや瞬きのタイミングまで決まってる。
ンな面倒くさいもの使えるのは、宗教考古学を専門に修めた学者ぐらいよ。実際に技法を使うとこ見るの、初めてだわ。
目には見えないけど、アタシ達とジュネさんの間に、結界が張られたっぽい。
牛並に大きい双頭犬。モンスターを背に、ジュネさんが両手を大きく広げる。
「ジャンヌちゃん、みなさま。ジュネと双頭犬の愛のお部屋に、ようこそ……」
ジュネさんが、艶やかに踊り出す。滑っていくかのような、回転。背中や頭、肩や手足飾り、レインボゥな羽根がふぁさ〜と揺れる。まるで美しい鳥が宙を舞っているかのようだ。
背後から迫り来る、双頭犬。獰猛な牙を誇示し、いかにも悪! って感じに。
ジュネさんが振り返りセクシーな踊りを見せると、双頭犬の様子が一変する。
右の頭のオルちゃんは、ジュネさんにデレデレ。右半身が動きを真似して、踊り出そうとする。
でも、左の頭のロスちゃんは食欲のが勝っている。左半身は何とか噛みついてやろうと、踊りに抵抗する。
左右でまったく違う動き。
すっごいコミカル!
思わせぶりな仕草のジュネさんに、オルちゃんは夢中で、ロスちゃんは反発。
それでも、指示されるままに、伏せ、逆立ち、前転をやっちゃう。
ジュネさんが、背の羽根に両手を回した……と、思ったら両手にカラフルでデッカイ骨が! どっから出したの? マジック?
それを左右の頭に投げて、返してもらいと、ジャグリング。
骨に喰いつこうとするロスちゃんを、オルちゃんが邪魔したりして。
リズミカルに背から骨を取り出し、で、骨の数は八本に!
それを器用に交換し合う。さぼりたがるロスちゃんの代わりに、オルちゃんが大活躍! 鼻づらでもおでこでも頭のてっぺんでも前足でも受けちゃう!
「よく仕込んでるなあ」
ポツンとリュカがつぶやく。さっきまでそっぽを向いてたのに、顎の下に手をあてて真面目に見てる。
「カリスマが非常に高いのだろう。あの双頭犬は主人に心酔しきっている」と、お師匠様。
『勇者の書』に、勇者の仲間として、たまに獣使いが登場する。
だから、知ってる。
獣使いの優秀さは、カリスマで決まる。
獣は上下関係にシビア。相手が、群れの中の上位か下位かを見極めたがる。
なので、獣達に『この人すごい! 逆らえない! 何でも言うこと聞いちゃう!』って思わせれば獣使いの勝ちなのだ。
外見、かもしだす雰囲気、腕力、気迫、眼力、声の大きさ。魅了する方法は何でもいい。
ジュネさんの場合は……美しさかしら?
芸はついに、クライマックス。
魅惑の腰つきで踊るジュネさんに惹かれて、双頭犬も後ろ足立ちになって踊っちゃう。
左のロスちゃんもすっかり、ジュネさんの虜。
ノリノリな腰づかいだ。
もう爆笑。
「素晴らしかったわ!」
いくら拍手してもしたりない! ジュネさんは綺麗だし、オルちゃんもロスちゃんもかわいいし!
横の幼馴染も、アタシに負けないくらいの拍手を送っている。
楽しかったー。
暴れ損ねた兄さまたちは物足りなさそうだけど、『ほう』とか声あげてたし。それなりに楽しんでたと思う。
でも、テオはまともに見られなかったろう。『絶対防御の法』のかけ直しの度に、あやしい踊りをしてたから。
「ありがと、ジャンヌちゃん。みなさま」
オルちゃん達を檻に戻し、ジュネさんがにっこりと微笑む。
「あたしのテクニック、楽しんでいただけたかしら?」
「はい! とっても!」
アタシは拳を握りしめた。
「素晴らしいカリスマでした! さすがスターって感じ! そのオーラに、きっとあらゆる獣がひれ伏すんですね!」
「うふふ。ありがと。野良の子たちにも、あたしの力は有効。獣であれば、操れない子はいないわ」
おおおお!
「ま、操るだけなんだけどね」
ん?
ジュネさんが軽く肩をすくめる。
「ジャンヌちゃん……アレックスから聞いたわ。『百人の異性を仲間にする』のがあなたの使命なんですって?」
アレックス?
アレックス……?
むぅ?
「ああ。お嬢ちゃんは、茨の道にいる勇者でな。魔王を倒す為に、色とりどりの星と交わらなきゃならねえのさ。百種の職業の男をモノにしなきゃいけねえ運命にある」
と、ドロ様。
………
あ。
そっか。ドロ様のご本名はアレッサンドロ。アレックスはドロ様の愛称か〜 忘れてた。
そーいえば、ジュネさんってドロ様の占いの館のお得意様なのよね。
こーんなに美しくって獣にも女性にも超人気な獣使い様でも、悩みってあるのね。不思議な感じ。
ジュネさんが、艶やかに微笑む。
「魔王に99万9999ダメージを出せる男を知ってるんだけど……仲間に欲しくない?」
!
アタシを見つめ、ジュネさんが悪戯っぽく笑う。
「あたしの幼馴染なの。もう何年も、世捨て人をきどって山に籠ってるのよ。でも、勇者さまがいらっしゃれば、世を救う為にきっとあいつも……」
「99万9999ダメージ? 固定でそのダメージ数値なのか?」
お師匠様の問いに、ジュネさんが大きく頷く。
「それでは、黄金弓の……」
「ええ。現所有者です」
「おーごんゆみ?」
クロードが目をぱちくりさせる。
知らないか。
勇者の書にちょこちょこ出てくる神聖武器なんだけど。
近いところでは、九十八代目カンタン先輩の仲間、セザールが使い手だった。
お師匠様は既に賢者になっていて、先輩だけでなく、セザールも導いたのよね。
「ご案内しましょうか? 山といっても、さほど遠くはありません。ここから馬車で半日の距離……今から行けば明日の午前中には着きますわ」
アタシはオランジュ邸に帰る事になった。
これからこのままジュネさんの幼馴染の所へ行こうと思ったのに……
「勇者のくせに、夜を徹して馬車で移動? あなた、どこまで愚かなのですか? あなたが暗殺されたら、この世は終わりなのですよ? どうしてもというのなら、それ相応の準備が必要です。まずは斥候を派遣し、護衛を一個中隊は最低限準備し、」
学者様が許してくれなかったのだ。
っくそぉ〜
「ならば、私だけ山へ案内してもらおう」と、お師匠様。
「一度行った場所ならば、移動魔法で跳べる。明日、ジュネとその幼馴染を伴い、オランジュ邸へ戻る」
「しかし、それでは、賢者様が、」
テオの言葉を断ち切るように、お師匠様が言葉を被せる。
「私は不老不死の賢者だ。八つ裂きになろうとも、死なぬ。勇者を導く為に、もとの姿で蘇る。私の身を憂う必要などない」
アタシは唇をとがらせた。
たしかに、何があっても、賢者は死なない。
でも、怪我をすれば痛いのだ。痛覚はふつうの人と一緒だし、血も流れる……
『私の身を憂う必要などない』とかそんな風に言われると、悲しい気分になる。
「しっかりな、お嬢ちゃん」
ドロ様はリュカを連れて、帰って行った。
盗賊の仁義を通さなきゃいけないのだとか。
「リュカは、そっちの世界に足つっこんでるんでね。勇者の仲間になっている間はあがりを納めずにすむよう、上の奴に話つけとかねえとな」
たぶん明日には合流できるとおっしゃってたけど……
魔王が目覚めるのは、九十五日後だ。
お師匠様はジュネさんと一緒に、他の馬車に乗って行ってしまった。
兄さまたちと同じ馬車に揺られながら、ふと気づいた。
今夜は、お師匠様が居ないんだって。
賢者の館に連れてかれてすぐの頃、夜中に目覚めた事があった。
シィーンと静まり返ったお部屋が怖くって、手灯りを持ってお師匠様の部屋へ駆けてったのに……
お師匠様は居なかった……図書室にも居間にも厨房にも何処にも……
だぁれもいない賢者の館をアタシは泣きながらさまよったのだ。
寂しくて、疲れて、最後には床にうずくまって眠った……
だけど、翌朝目覚めたらベッドの中だった。でもって、ベッドのそばの椅子にはお師匠様が座ってて『おはよう、ジャンヌ』って。
ぜんぶ夢だった気もしたけど……
それからお師匠様は、夜には移動魔法で外へ行かなくなった。
必ず賢者の館に居て……
アタシと同じ屋根の下で過ごしてくれたのだ。
でも、今夜は……
何だか無性に寂しくなって、アタシは隣の兄さまにもたれかかった。
どーせ目隠ししてるんだ、寝ちゃえ〜 と思って。




